救われた子供たち〜修練章〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/08/15 16:59



■オープニング本文

【★重要★この依頼は【アルド】【結葉】【灯心】に関与するシナリオです。】


●消えぬ怨恨

 老人の一人が書類の束を投げ捨てた。
「これではまるで普通の子供ではないか!」
 別の老人は渋面をつくる。
 生成姫の子の追跡調査面談において、思っていた成果を彼らは得ることができなかった。


 一年と少し前。五行では戦があった。
 アヤカシと人間の衝突などさして珍しいものではないが、アヤカシの軍勢と戦うことで被害が出るのは、もっぱら戦地になった住民達と一般兵である。優れた術や格闘術で敵を屠り、生還する開拓者に被害は少ない。一方で、身を守る術に乏しい者、食料の供給を担う運び手、名も知られぬ末端の者達は、人知れず散っていく。
 彼ら老人達の息子や孫もそうして死んだ。
 人に殺されるならまだ恨む先がある。けれどアヤカシに殺されれば恨む先など跡形もない。
 開拓者がアヤカシの討伐を成し遂げるからだ。長年煮え湯を飲まされてきた人類にとって、開拓者が大アヤカシや上級アヤカシを屠れるようになってきた事は歓迎すべき活躍であった。無力な自分たちに代わり無念を晴らしてくれる。重傷を負いながら生還する開拓者を人々は熱狂的に迎えた。心の底から感謝もした。
 めでたしめでたし……

 とならないのが、人の心の難儀な面だ。
 優れた賢君の手腕で人々の生活は立ち直っていく。
 生活に余裕が出てきた者達は、言いようのない寂しさを胸に抱えた。
 憎悪や悲哀は簡単に消えはしない。
 愛する子を失う親の哀しみは、喪失を味わった者にしか分からない。
 何故、自分は生きているのか。
 できるなら自分が代わりになりたかった。
 何故、家族は若くして死なねば成らなかったのか……等と持てあました時間で、答えのでない問いを繰り返す。
 そして意識の底に眠っていた怒りは復讐心となり、矛先を探す。
 復讐心が向かう先は大アヤカシが育てた『生成姫の子』だ。
『我らの家族は殺されたのに。
 何故、殺されるべき敵の子供は庇護され、愛され、新しい人生を生きるのだ?
 ゆるせない』
 生成姫の子供の成り立ちを教えられ、子供達が被害者であると頭では分かっていても。
 暴走する感情に呑まれてしまう者もまた人であると言える。

「そう激怒する事もなかろう」
 目尻をつり上げる同僚を見て、面談を行った老人は肩を竦めた。
「面白いか面白くないかと言えば……面白くない話ではある。が、声を荒げるだけ無意味なことだ。化け物を出し抜いた狩野が、年の割に抜け目がない事は事実であるし、アレにとって儂らは政敵。獣すら敵に隙を見せぬもの。儂らは負けた。事実を認めねば対策も立てられん。頭を冷やせ」
 騒いでいた老人は押し黙った。
「まだ負けてなどいない。儂は必ず仇討ちを成し遂げる! 金など幾らでもあるんだ!」
 不可解な発言を残して出ていった。
 残された老人は、懐から他界した家族の姿絵を取り出した。
「アレを殺したところで……儂らの気休めにしかならんのにな。人の心は厄介だ」
 自嘲気味に笑った。


●寝言の警告

 人妖樹里が主人の手元を覗き込む。
「ユズ。それなあに」
「子供達の外出予算ですよ」
 先日、開拓者に対して行われた聞き込みは思わぬ成果を結んだ。
 干渉権限のない老人達は『第三者による評価の必要性を訴えた』ことで先日の調査権限を一時的に得ていた為、彼らの資料は上への提出が義務だった。
 結果、子供達が無害という評価に傾き、切りつめられていた予算の増額を決定付けた。
「で……嫌みでも言いに来ましたか、ご老人」
 人妖樹里が驚いて柱の後ろを覗き込む。
 其処には散々嫌みを投げてきた老人が座っていた。
「はて。空耳かのぅ。天気が良い故、瞼も重い。居眠りには絶好の昼時じゃて」
 話がかみ合わない。
「昼寝ならお部屋でなさっては如何です」
「昼寝ゆえに寝言が多い。年のせいかな。最近物忘れが激しい故、今喋った事も忘れているかもしれんのぅ。……白原祭に孤児を連れていくそうではないか」
 五行国の東、白螺鈿の里では毎年8月10日から25日にかけて白原祭が開かれる。
 その祭の準備を手伝ったり、賑やかな祭の日々の中で暮らすことを勧められた。
 幸いにも地主は柚子平の腹違いの弟にあたる。
 ある屋敷を借りて月末から暮らす事になっているが……
「手練れを連れて行け」
 老人は驚くべき事を告げた。
「人数は、多い方がいいな。といってもたった一人の暴走故、雇う程度は知れているが。いつかはわからんが目を離さぬようにしておけ。人が多いところで子連れは危ない。ちょろちょろしてすぐ迷子だぞ。まあ迷子で済めば良いがな」
「……どういう風の吹き回しです」
「寝言は思いも寄らぬ事を言う。だが儂は眠っていても、シノビに金を積んでまで人殺しに荷担する気はない。そこまで堕ちる気はないのでな。眠いな。もう帰るとしよう」
 老人は去っていった。
 人妖樹里が「なにあれ」と首を傾げた。
 柚子平は「ただのお節介ですよ」と短く告げる。
 開拓者の話に心動かされた老人の密告は、備えの時間を彼らに与えた。


●白原祭に向けて

 外泊をきいた子供達が呑気に荷造りをする中で、開拓者を呼び集めた柚子平は端的に要点を説明した。

 援助が増額された事。
 子供達を白螺鈿の町中で一ヶ月暮らす事。
 子に恨みを向ける過激な一派が、シノビに暗殺を依頼したこと。
 恐らく祭の中で狙われると思われること。

「理解を示した上の提案を無下にはできません。縁者の事もありますし、子供達は白螺鈿に連れていきます。純粋に祭を楽しませてやれないのは可哀想ですが、少なくとも奇襲には備えられる。皆さんを長期で雇います。子供達を暗殺者から守りきってください」
 その話を、アルドと灯心、結葉も聞いていた。
 三人は既に……事情を教えられた開拓者であったから。
「私達が嫌いなら、そんなに殺したいほど憎いなら、直接言えばいいじゃない」
 結葉が瞳に涙を溜めた。
 アルドと灯心は暗い顔をしている。
「人の社会は複雑なのです」
 柚子平は告げた。
「敵対していた人物から我々は貴重な情報を貰ったのです。少しずつ折り合いをつけていかねばならない。依頼された開拓者として何も知らない弟妹を守れますね?」
 三人は「うん」と首を縦に振った。
 しかし修練場で技術をささやかながら体得しているのは、まだ結葉ひとり。

 柚子平は開拓者に三つの仕事を頼んだ。

 ひとつ、白螺鈿で暮らす子供の一ヶ月間の護衛。
 ふたつ、修練場でアルド・結葉・灯心の修練につきあい、対人戦を教え込み、身を守れるよう指導すること。
 みっつ、何も知らない子供達の面倒を見ること。

 緊迫した一ヶ月が始まろうとしていた。


■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
无(ib1198
18歳・男・陰
紅雅(ib4326
27歳・男・巫


■リプレイ本文

 アルド、結葉、灯心の三人の装備を揃える、という結論になった。
 開拓者になると見習いとしての装備は支給される。
 しかしあの三人であれば宝珠武器も立派に使いこなせる可能性は高い。
 ではどこから装備品を調達するというか、というと、持ち寄るのが一番早い。なにしろ皆、手練れの開拓者である。長い間、旅をしていた分、大抵の開拓者の家には使わない装備品がごろごろと眠っている。
「では、品を取りにいってくるとしましょうか」
 无(ib1198) と目があったフェンリエッタ(ib0018)は「皆が何を目指して選ぶのか、楽しみね」と笑う。
 一度解散し、適当に良さそうな物を見繕った後で、子供達を連れてギルドの一室に集合することになった。


「これを、私に?」
「ああ。もう結葉も着れるだろうし」
 酒々井 統真(ia0893)は艶のある鮮やかな紫に染められた雅易者の衣を結葉に譲った。
『身の安全の為でもあるしな』
「はい、皆さん、集まってください。順に始めますから」
 御樹青嵐(ia1669)は「此処にある中から好きな物を選んでください」と告げた。
「陰陽師は符ですよね」
 灯心が得意げに手に取ったのは、渦巻く竜巻の絵が描かれた緑色の陰陽符竜巻、柄本に小狐の銘が刻まれている陰陽刀小狐丸、そして陰陽の指輪だ。
 アルドは五芒星と九字が書かれた護法符ドーマンセーマンを手に取った。
 結葉は照閃百癒の杖を手に取ったが……身長よりも遙かに長くて重い杖は動きにくく、数回振り回して杖ごと倒れた。
「痛っ!」
「結葉、大丈夫?」
「平気。むー、……鈴の音は綺麗なのに〜、あ!」
 銀の鎖で水晶を繋いだティアラを手に取り、頭に被って「似合う?」と弖志峰 直羽(ia1884)に見せた。やはり外見的なものを気にする所は、年相応の女の子だ。
「もう始めてたかしら。おまたせ」
 フェンリエッタ達が帰ってきた。
 沢山の道具を部屋に運び入れる。
 物量に驚いているアルド達に、フェンリエッタは微笑みかけた。
「開拓者の仲間入りおめでとう。一緒に頑張りましょ、後輩さん。さ、アルド。お古でも良ければ好みで選んでね。貴方の命を守る物だから遠慮無用よ」
「どういう基準で選ぶんだ?」
「んー、そうね。陰陽師は呪術武器とか威力を高める装備を選ぶわね。
 でも陰陽師も様々なの。
 私は前衛で媒介に刀や本や指輪も使う。今までの訓練も無駄じゃないわ。アルドに合う戦い方を考えなくてはね……例えば無手の護身術もそう、自由な掌でできる事もある。術が使えない時や護衛中のことも考えてみて」
 フェンリエッタは无に「専門家のご意見はどうかしら」と話題をふる。
「そうですね……陰陽師といえど装備は状況に応じ選択が適切ですね。実際どうしているかと聞かれると、複数用意して気分と好みで選んでいるのが正直な話ですが」
「複数……」
 フェンリエッタと无の話を聞いて、アルドも装備品を選びに行く。
 見送ったフェンリエッタは、ティアラに喜んでいる結葉に近づいた。
「素敵な装備が揃ったみたいね」
「うん。これおにいさま達からもらったのよ」
 ひらん、と狩衣の裾を翻す。
 フェンリエッタは結葉の耳元に唇を寄せて「下着はどうしてるの?」と問いかけた。下宿先の女性や簡単なお使い仕事の報酬でやりくりしていると聞いて、紙袋を渡す。
「これ、あげるわ」
「中身見ていい?」
「ええ。こんなのもあるけど今度買い物にいってみる?」
 中身は薔薇の石鹸と薄水色の可愛らしいフリルがついた下着があった。結葉が「ありがとう!」とフェンリエッタに飛びつく。
 男性には話しにくい乙女の悩みという奴である。
「何してるんだ?」
「いやー! 見ないで! ばかあ!」
 袋を覗こうとしたアルドから下着袋をひったくる。
 首を傾げたアルドの首には、興奮気味且つ自慢げな玉狐天ナイが巻き付いていた。
 両手にはめた陰陽甲「天一神」、墨染めの衣、脚甲靴、四角いレンズと角ばったシルエットを持つ賢人の眼鏡、指輪「真実の瞳」はフェンリエッタの所蔵品から。使い込まれた陰陽刀「九字切」、呪禁の衣、は无から譲り受けた。
 一方の灯心は、御樹から譲り受けた品に加えて、紅雅(ib4326)から美しく飛ぶ鳥の刺繍が施された陰陽服「鳥工」、片眼鏡「五芒」、見事な水墨画の龍が描かれた竜神の褌を受け取り、別室へ着替えに行った。
 紅雅が首を傾げる。
「アルドと灯心は、二人とも眼鏡ですね。目は悪くなかったと思うのですが」
 无には心当たりがあった。
「図書館に行くと眼鏡の人が多いからだそうですよ」
 周囲の大人の真似をしたがる時期なのかも知れない。灯心が戻ってきてから相棒の話になった。
「そういえば、相棒はどうします?」
 无がアルドを見る。
 龍に乗れる結葉や灯心は兎も角、アルドは高所恐怖症な一面があり、飛行相棒との相性が良くない。アルドがどの相棒を選ぶか次第で、フェンリエッタと无の懐具合にも随分と影響が出る。
 フェンリエッタがアルドに話しかけた。
「ねぇ、アルド。からくりが良ければ鍵を譲るし、羽妖精でもかまわなければラズに相談してみない? この前、旅好きな子が街に来てたんですって。きっと紹介してくれるわ」
 フェンリエッタの隣に浮かぶ上級羽妖精ラズワルドを見上げた。
 アルドは灯心を振り返る。
「灯心、からくりって何が大変だって言ってた?」
「教えること。味とか温度の感覚も最初は分からないみたい。ボクはまだ起こさない」
 灯心の首には鎖で結んだからくり鍵があった。紅雅が与えたものだ。
 いつか物を教えられる位になったら迎えに行くという。
 アルドは結葉の傍に立つ、からくり刺刀を見た。
 身長がとても高い。
「……俺が教えるのは、無理だな。多分、勝手を止められない」
 フェンリエッタがアルドの視線を追う。
「あらそう? からくりは主人に従順だし、少年や少女の型もあるのよ」
「いい。羽妖精にする。精霊力と瘴気の勉強をするには、妖精のほうがいいと思う」
 アルドは羽妖精ラズワルドに紹介を頼んだ。ラズワルドは修練場に連れてくると言い残して窓から出て行く。フェンリエッタは美しい赤色の宝珠がついた太陽のリボンをアルドに渡しながら「女の子らしいから、プレゼントするといいわ」と言った。
 更に无が荷物から道具を持ってきた。
「相手が羽妖精ならいいのがあったはずです。これを使うといい」
 鮮やかな緑に染められた妖精服ダンシングフェアリー、表面にルーン文字が書き付けられたピアスアールヴァクル、緑色に輝く妖精の礫を渡した。
「ありがとう」
 一通りの装備品をそろえた後、一同は港へ向かった。

 港で何をするかというと、龍の受け取りである。
 紅雅は灯心たちに念を押した。
「灯心、龍も一つの命です。分かりますか? だから、必要の有無ではなく……貴方と一緒に戦ってくれる、命を預けられる友人を探しましょう?」
「はい」
 アルド、結葉、灯心には龍を選ぶ権利があった。
 見習い開拓者と同じく、受け取りに必要な書簡を持っていった三人のうち、アルドは龍を受け取らない事を話して書簡を返却し、微量ながら手数料を受け取った。結葉は迷い無く炎龍を選び、灯心は三種類の龍を見せてもらって翼や足など丹念に見た後、駿龍を選んだ。
「やあ、待たせた?」
「はじめましてー! で、私と一緒に旅してくれるのは、どの子?」
 羽妖精ラズワルドが見知らぬ羽妖精をつれて戻ってきた。石鏡の辺境から来たという。アルドに羽妖精を紹介し、みんなの名前をどうするか、と話しながら皆で万商店にむかう。
 結葉が「前に直羽お兄様につれてきてもらったのよ!」といいながらアルドをひっぱっていく。
 後へ続こうとする灯心を紅雅が呼び止めて財布を渡した。
「灯心、買い物の仕方はお勉強しましたね? これは、私がお仕事をして稼いだお金です。分かりますね? 必要な装備と、龍の装備もですね。きちんと計画的に揃えましょう」
 お金を大事にして欲しい、という思いが伝わったのか。
 ものめずらしいものが溢れる店内を見てばかりの結葉とアルドに対し、灯心は龍の装備を黙々と選んだ。
 まずは炎を纏う金属製の煉獄牙、頑丈な厚手の皮篭手の大篭手獣王、騎乗の際に乗りやすい鐙、薄い緑に染められた稲妻の刺繍がある飯綱前掛、美しい青色の羽で作られた鳥の羽の御守り。紅雅の財布から合計37300文が消えた。
 子供達の装備は駆け出し以上のものになっていく。
 酒々井が子供達を振り返った。
「次は鍛冶屋と修練場に向かうわけだが……鍛冶屋は開拓者の道具の威力を高めてくれるし、修練場では術を習得させてくれる。結葉はもう術が使えるな?」
「うん。前に直羽お兄様と修練場でがんばったし」
 掌に、ぽっと火種ができた。
 結葉の実演をアルドと灯心が食い入るように見つめる。
「結葉にできたんなら、俺だって覚えればそれくらいできる」
「ボクも」
「無理よー、これ巫女だけの術だもの。ねー、直羽お兄様ー?」
 ふふーん、と得意げな結葉が弖志峰の腕にしがみつく。
 競争心の置き所が子供のままだ。
 陰陽師の无と御樹が顔を見合わせて、悔しそうな二人を宥めにかかった。
「アルドは陰陽師の技を学ぶのではなかったかい?」
「灯心さんは、灯心さんにしかできない術を覚えれば良いのです。術を学ぶ前に鍛冶屋ですよ」
 鍛冶屋の利用方法を学ぶ為に暖簾をくぐる。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
「お、駆け出しさんか? ここは鍛冶場だ。見ての通り持っている品を鍛えることができる。物品はどんなものでも鍛えればそれなりに使えるようになる。才能を引き出してやるのも、持ち主としての努めということだな。それじゃあ、よろしくな兄弟!」
 元気な営業に気圧される子供達。
 本来ならば、各自が持つ全ての所持品を強化したいところだが……
 期間内にある程度の習得を優先する為、短時間で済む参考例として結葉の持つ『枝垂桜の簪』を鍛冶職人に渡した。
 程なくして磨きぬかれた簪は以前の半分の重さになり、微かに抵抗力が引き上げられていた。
「すごい、頭が軽いわ! 直羽お兄様ありがとう」
 弖志峰が支払いから戻ってくる。
「結葉、二回程度の強化なら費用は出すから、今度時間のある時にまたこようか」
「ほんと!?」
 しかし无が「強化のしすぎは禁物です」と眼鏡を光らせる。
「え、何か悪いことがあるの?」
「欲張って鍛錬すると、こういうことになります」
 手に持っていたのはお手玉だったはずの黒い物質だ。
 八回目にしてゴミと化した。
 大切な装備品も、壊れると鉄くず等のゴミになってしまう事を教えておく。開拓者の中には悔し涙を流しながら持って帰る者や、鉄屑神社に奉納する者すらいる……ときいてアルドが首をかしげた。
「奉納? 鉄屑に精霊なんているのか?」
 実際に鉄屑神社で働いた経験を持つフェンリエッタは、アルドの素朴な疑問に「百個集めればいいこともあるのよ?」といいつつ「千回以上鍛冶挑戦すると、大体感覚がつかめてくるから大丈夫よ。あ、今叩いたらくず鉄って」と悟りの眼差しを窯に向けていた。
 鍛冶屋。
 そこは開拓者の希望と絶望が入り混じる特別な店である。


 そして最後に修練場へたどり着いた。
「ここが修練場です」
 修練場では一緒に学ぶことはできない。
 巫女は巫女、陰陽師は陰陽師として術を覚える。
 話し合いの末、数日間は術の習得に専念させて、白螺鈿へむかう前日や前々日に座学と模擬戦を行うことになった。其々に習得速度も異なってくるだろうとの判断からだ。

 酒々井と弖志峰は結葉の相談だ。
「巫女の術に関しちゃ、直羽が教える方が適格だろうな。どうしても俺は体を動かす、体力の方がある事を前提に考えちまうし。後頼まぁ。出発日までに模擬の準備をやっとく」
「分かった。できることをしようと思ってるし、結葉の修練は任せて」
『憎しみの連鎖を断ち切る為に、俺たちはできる事をしよう』

 一方、紅雅と御樹は灯火の相談だ。
「後ほど開拓者の心得を三人に聞かせる事と……術の訓練をした後に、戦闘訓練も必要ですね。なんにせよ、灯心の陰陽術の習得は御樹君にお任せしてもよろしいでしょうか。先輩陰陽師と後輩陰陽師として、灯心も聞きたい事があるでしょうから」
 御樹は「そうですね。承りましょう」と言って、術欄を示す。
「灯心さんには取りあえずの術として、斬撃符、治癒符、人魂を推薦し、他の術についても解説していく予定です。彼の目指す立ち位置から……呪縛符などの行動阻害系にいくか攻撃系に行くかは彼自身の意志で選ばせていこうかと。その辺りの費用については私の方が持ちたいと思います。自分の力で独り立ちしていけるため厳しく指導していきますよ」
「では夕方は怪我の確認に参りましょう。手当ての訓練も含めて」
 紅雅が灯心の背を押す。
「さて、灯心……力は、敵も味方もアヤカシも人も自然も…そして、自分さえも破壊します。習う術の使い方をきちんと考えてくださいね。決して振るう力に慣れないでください」
「はい。でも練習の間、ボクの龍、どうしよう」
「では術の訓練期間は、私が龍を預かります。戻ってきて時間に余裕があったら、龍の訓練をしましょうか。騎乗訓練も必要ですが、何より龍との信頼関係を築くことが大事です。灯心だって、怖いと思って従われるよりも、大好きだと思って一緒に居てくれる方が良いでしょう?」
 灯心が頷く。

 そしてフェンリエッタと无は、アルドに関する費用を全面的に分担することを決めた。
 无がアルドに術を習得させている間、フェンリエッタはアルドの羽妖精を連れて少なくとも白刃、ガード、幸運の光粉が常時扱えるように訓練をこなして来るという。
「お互いできる限りのことを。時々差し入れには行くから」
「では、一週間後に」

 俄然、やる気になる子供達に対して、酒々井は微妙な顔だ。
 弖志峰と修練場の門を潜ろうとしていた結葉が、酒々井のところへ戻ってきた。
「どうしたの、おにいさま。心配?」
「いや。本当なら、しっかり戦い方を教えるなんて、もうちょい後でも良かったんだがな……すまねぇ、大人がしっかりすべきなのに、お前らまで振り回しちまって。少しでも早くこんなことが無くなるよう、頑張るから。それと、修練はともかく、あんまり気を張り過ぎんなよ。いってこい」
「はーい」
 結葉達が門の向こうに消えた。
 残された酒々井、紅雅、フェンリエッタは其々預かった相棒を連れて行く。


 修練場に入った子供達の訓練は、とてつもなく過酷なものになった。
 本来なら長期間かけて習得するはずの技術を、僅か数日以内に複数覚えさせるというのだから致し方ない。それでも子供達は誰も挫けなかった。

 无はアルドに助言する。
「陰陽師は色々出来そうで出来ない。故に想像、観察、予測、そして工夫が必要だね」
 君はどうするんだい、と暗に問われたアルドは初日は考え込んでいた。

 弖志峰は結葉に昼夜付き添って訓練した。
「結葉が志した道は、とても尊く……余人が容易に成し得ない道だ。だからこそ俺は結葉の力になりたいと思ってる。
 いいかい、献身と自己犠牲は違う。
 結葉自身も仲間も護る為の方法を常に考えるんだ。生を繋ぐ技に誇りを持って。
 今回の襲撃者はシノビで、毒の使い手も想定される。
 戦闘では回復の要である巫女自身が真っ先に標的になる事もあり、致命傷を避ける為には防御や回避技の習得も望まれる。護りたいものを護り抜く為に、まず護身を身に着けることだ」
「はい!」
 結葉は解毒、月歩、加護結界を学んでいく。

 一方の御樹は、灯心に一週間で覚える術の講義から入った。
「まず斬撃符は費用に対して効果が高いですし、治癒符は有れば必ず役立ちます。人魂は警戒に使っている実際の様子を見れば、汎用性の高さがわかると思いますが、これらを習得した後に時間的な余裕があれば追加で覚えて構いませんよ。何か希望はありますか?」
 灯心は一覧を見て、迷わず霊青打を指差した。

 連日の修練が終わりに近づくにつれて、三人の素養に大きな差が出ていた。

 例えば灯心が近接系の技に興味を示し、優れた記憶力に頼る技よりも一時期に憧れた体術に頼る術の習得に苦労する一方、……己を見つめたアルドは斬撃符、治癒符、人魂、夜光虫、瘴気回収、火炎獣の六つを驚異的な速さで体得していた。
「体術系の方が得意だと思っていましたが」
 无が唸る。
 アルドは隅に置いた刀を見た。
「得意だし、好きだった。ただ里で覚えたのは、得意なことだけじゃなかったから」
「というと」
「里長様と見たものを覚える訓練をした。お役目を授かると頭で覚える事が増えていく、苦手でも、それを途中で忘れると困るって。だから頭の中に建物を作って部屋にしまう」
 アルドは術式書を視覚的に覚えているらしい。
 頭の小部屋に片付け、必要な時に部屋を空けて読んでいるのだという。
 だから体が反射的に動く特技と違って『探す為の間』がある。
「術を唱えるのに時間がかかる、と」
 一長一短の特技だ。


 長い修練を経て戻ってきた子供達には、座学と模擬戦が待っていた。
 講義は順番に行う。
 開拓者の基本的な心得は御樹と无が説明し、フェンリエッタはシノビの技の傾向を教える。酒々井は後衛職になった三人に前衛の動きについて教えていく。
「眠いだろうけど、ちゃんと聞けよー。
 俺みたいな前衛は避けたらその後、反撃に出なきゃならねぇから細かい攻撃は無視したり、回避は最小限にするが、巫女の類なら基本そんな事は考えなくていい。
 とにかく敵と距離を取れ。
 守れる力がある奴が駆け付けるまでの時間を稼げばいいんだからな。ただし、背は見せんなよ。相手の動きが見えなくなる。あと何よりもまず生き残ることだ。逃げること、そのものは恥でも何でもねぇ」
 状況に適した対応をとる為に要求される判断力は、数多の修羅場を潜らねば体得できない。部分的に端折りながら、酒々井は子供達に保身を訴える。
 そして差し迫った危機だけでなく、今後の為に状況の見方を教えていく。
 弖志峰が熱弁を振るう。
「いつか結葉たちが一人で仕事をする時期が来ると思う。初めて会う仲間と協力して仕事をこなす事になった時、受けた依頼が必ずしも前衛職の充実した面子になるとは限らない。もし後衛職に偏っていても、術の特性を活かせば選択の幅は広い。多くの基本は相手を知り、その得手を振るわせない事、かな……で、今回は彼女たちの出番だ」
 シノビの技術を知るフェンリエッタがにっこり微笑んだ。
 上級人妖ルイ達も、攻撃役に加わるという。


 模擬戦を行ったある日、数日出かけていた御樹が戻ってきた。
「青ちゃん、おかえりー。どこいってたの?」
 出迎えた弖志峰に「柚子平さんのところです」と答えた。灯心の後見人として手続きをしてきたらしい。御樹は紅雅に報告の後、握手を交わした。
「宜しくお願いします」
「こちらこそ。差し入れにいなり寿司を作ってきましたので皆さんで召し上がってください」
 休憩の呼び声に気づいて、子供達が訓練の手を止める。

 白螺鈿へ渡る日は、明日に迫っていた。