救われた子供たち〜老獪章〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 30人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/28 23:51



■オープニング本文

【★重要★当依頼は21名の子供達との接触はありません。単なる面接です。】


●五行国の万魔殿

「……生成姫の子供達が市井に下り始めたそうではないか」
 嗄れた声の主達は、年若い研究者を睨み据えていた。薄暗い部屋の中でぎょろりと動く目玉。刺すような視線の中に晒された若者は、涼しげな微笑みを浮かべていた。余裕に満ちた表情と不気味なまでの不遜な態度。ある種において無礼とも言うべき所作は、彼の処世術に過ぎない。
「それはそうでしょう」
 老人達に囲まれた年若い研究者……封陣院の分室長こと狩野柚子平は肩を竦める。
「正式な手続きを踏んだ開拓者が、アレを我が子にしたいと言うのですから」

 通称『生成姫の子』――――彼らは幼少期に本当の両親を殺され、魔の森内部の非汚染区域へ誘拐後、洗脳教育を施された経歴を持つ『志体持ちの人間』である。
 かつて並外れた戦闘技術と瘴気に対する驚異的な耐性力を持って成長した彼らは、己を『神の子』と信じ、神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んで絶対の忠誠を捧げた。
 暗殺は勿論、己の死や仲間の死も厭わない。
 絶対に人に疑われることがない、最悪の刺客にして密偵。
 存在が世間に知られた時、大半が討伐された。だが……当時、魔の森から救出された『洗脳が浅い幼子たち』は洗脳が解けるか試す事になった。神楽の都の孤児院に隔離され、一年半もの間、大勢の力と愛情を注がれた。そして最近になって、21名のうち数名の養子縁組が、開拓者との間で成立している。

 これ以上ない縁組み。
 だが、相変わらず警戒する者は多かった。

「本当に危険はないのか?」
「傍にいるのは一般人ではなく並以上の実力を備えた開拓者ですよ。皆様が出した絶対条件も満たしている。後見人や養父母の誓約書もある以上、問題があったとしても開拓者の責任です。子らを危険な害虫と評し、国の財を食い潰す事に難色を示していたのは皆様ではありませんか。今更何を恐れるのです」
 老人は眉一つ動かさない。
「警戒しすぎることはない。処刑した生成姫の子は何年も潜伏していた」
「洗脳における研究資料は既に出したはずですが」
 老人の眉が動いた。
「油断はできぬと言っている」
「疑り深い方だ。異変があれば包み隠さず、私の上官に報告を致しますよ。そんなことより……このように定期報告を長引かせ、無駄な時間を消費する事こそ、国費の無駄だと思いませんか。私も暇ではありません。御老体は暇を潰したいかも知れませぬが?」
 薄く笑うと、老人の双眸が殺意を滲ませた。
「口が過ぎるぞ」
「お気に障りましたか。失礼。しかし。諮問会を長引かせて利点のある方といえば、先日の不祥事で問題になった貴方様が周囲の追求を避けたり……」
 歯ぎしりが聞こえた。
「儂らの事情など関係なかろう。王のお気に入りだからと言ってつけあがるなよ、若造。我らが本気を出せば、貴様の身分や職権を明日にでも奪える。城から追われたいのか」
 明確な脅しにも関わらず、柚子平は涼しい顔を崩さない。
「国の為に身を粉にして働く私に、謂われのない罪を被せて全権限を剥奪なさると? 貴方に王に準ずる権限がございましたかな。
 此は困った。
 私の知る限り、そのような事をなされば越権行為として報告せざるをえません。仮に追われたとして、私は一向に困りませんし、研究は私財でも賄えます。しかし玄武寮と封陣院の激務、欠員はどなたが埋めるので? 東雲さんは療養中ですし、私ほどナマナリに精通した研究者は他にございませんよ。石鏡貴族との政略結婚はどう致しましょうか。色々と説明に困るでしょう。否、放逐されれば心配など無用ですね。それに国を背負って結婚するより一介の陰陽師として婿に入り、惜しみなく知恵と技量を提供し、石鏡に尽くすという手がありますね。これはいい、ふふ。……なんて顔をなさっているんですか。
 冗談です。
 お互いの為にも、無駄な騒ぎは少ない方が良いと思いませんか」
 老人が双眸を眇めた。
「……狐虎の威を藉るような真似をしおって。食えん男だ」
 柚子平は恭しく頭を垂れた。
「何をおっしゃいます。私は何の後ろ盾もない卑賤の出自。乏しい知恵と財を、せめて五行王の為に使わせて欲しいと申しているにすぎません。王から命じられた時は潔く退く覚悟です」
「よく言う。疾く去れ。話は終いだ」
 軽く礼をして席を立つ。
 遠ざかる背中に、老人は釘を差した。
「……言っておくが、例の件は我らが行う。貴様に仕込みや介入させる余地はないぞ」
「ご随意に。猫の手も借りたいほど忙しいので仕事が減って幸いです」
 ぱたん、と戸が閉まった。


●若い研究者の苦悩

「お前、早死にするぞ」
 廊下で待っていた人妖イサナが柚子平の隣に立った。
「憎まれっ子世にはばかる。雑草は死なない。いつものことです。私は強運でして」
 涼しい横顔を一瞥してイサナは肩を落とした。
「……全く持って此処は万魔殿だな」
「五行は氏族統一がとれない国ですから。私を引きずり落としたい御仁も山ほどいますしね。しかし、やっかまれる私より王の方が大変ですよ。妻を娶る余裕がないのも頷ける話です」
「連中に囲まれていれば……そうだろうな。私も聞いていてヒヤヒヤさせられる」
「そういえば貴方は『封陣院の備品』という扱いでしたね。私に何かあると没収されるのでした」
 歩いていたイサナが「貴様忘れていたな」と睨みつける。
「ご心配なく、追い出されないようにしています」
「是非そうしてくれ。私のソラが自立するまでな。で、どうするのだ調査の件」

 開拓者に対して子供に関する聞き込みが行われる。
 生成姫の子を排除したい者達が、子供の粗探しをしたいのが調査の真意だ。
 危険因子と判断されれば排除に動き出す。最も、既に養子縁組を果たした子供を処分するのは至難の業であるから、恐らく戦の恨みを引きずる過激派が暗殺などの強硬手段に出るだろう。最悪の事態を防ぐには、この聞き込みで如何に無害か示せなければならないが……あの様子では、柚子平達は同席できない。

「皆さんに任せておいて大丈夫でしょう」
 全ては開拓者の手に委ねられた。


●召喚状

 数日後、開拓者のもとに五行国の要人から手紙が届いた。
 救出された生成姫の子の様子に関して直接話を聞きたいのだという。
 数名ずつ。
 前に聞かされた調査の話に違いないが……『生成姫の子』に関する問題を一任されている狩野柚子平を一切通していない手紙に、物言わぬ何かを感じ取る。
 少しばかり知恵の働く者なら、それが何を意味するのかよく分かる。
「柚子平さんに連絡する?」
「今、神楽の都にいないみたい。昨日、人妖の樹里ちゃんに会ったけど『暫く皆で乗り切って』と言われたわ」

 水面下で色々な思惑が動いているようだ。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / フェルル=グライフ(ia4572) / 郁磨(ia9365) / ニノン(ia9578) / 尾花 紫乃(ia9951) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / グリムバルド(ib0608) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / 紅雅(ib4326) / ウルシュテッド(ib5445) / ローゼリア(ib5674) / 宵星(ib6077) / ニッツァ(ib6625) / パニージェ(ib6627) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498


■リプレイ本文


 生成姫の子供に関する追跡調査。
 その名目で、大勢の開拓者が集められた。

 ニノン・サジュマン(ia9578)は廊下の向こうに待つ調査員の存在に眉をしかめる。
『……アヤカシや古代人だけでなく、ヒトも子らの生を捻じ曲げようとするか。人同士、言葉と心が通じて欲しいものじゃが……』
『折角いい思い出になりかけてたのに……また来たのか、じーさん達。さて困ったな』
 グリムバルド(ib0608)はヤレヤレと首を掻く。
 蓮 神音(ib2662)は『もー、しつこいお爺ちゃん達だなー』と呆れかえりつつも言葉には出さない。
 无(ib1198)は『親や面倒見の立場なら解ろうに』と渋い顔をしている。玉狐天ナイを呼び出すと、尾花紫乃と少しばかり話し込んでいた。
『一刻の時間も惜しい時に……でも、私はあの子をちゃんと見られているでしょうか』
 アルーシュ・リトナ(ib0119)は己に問いかけていた。
 子供の様子を聞かれるという事で不安になる者もいれば、ローゼリア(ib5674)のように『望むところですわ』と闘志を燃やしている者もいた。

 やがて係員が来て「アルドさんに関わっている方、ついてきてください」と開拓者達に声を投げた。
 最初の尋問の為、二人の仲間が遠ざかっていく。
 フェルル=グライフ(ia4572)は閉ざされていく部屋の扉を眺めた。
 話している内容は聞こえない。
「……戦の爪痕が根底にある以上、あの方々の気持ちも理解はできます。けど子供達の未来を閉ざす流れにもしたくない。嘘で塗り固めるのではなく誠実に対応していければいいのですけど」
 折り合いをつけていく事は難しい。


 アルドの件で入室したのは、グリムバルドと无だった。
「かけてくれたまえ。アルドはどんな子供だね」
 グリムバルドは「見たままのことで良いですか」と問い返した。
「願ってもない事だ」
 作り笑いに向かって淡々と返す。
「真面目で責任感のある子です」
「右に同じく。理性的な子供だ。自ら戦いを捨て歩むことができる程に」
 老人は更に二人へ質問した。
「その子に関して、どの程度を把握しているか聞かせてくれ。長所と短所、趣味や特技、何かに悩んでいるとか、問題を起こしたとか、覚えている範囲でかまわないよ」
 先に応えたのはグリムバルドだ。
「長所は先程言ったように真面目である事、でしょうか。弟妹達のまとめ役をこなしていたせいか自分の感情を表現する事がやや不器用ですが」
「ふむ。无殿はどうだね」
「感情表現は下手だが、それは感情を理性で御する証でもある。伝承から真実を得る旅する学者としては私の同類ですかね」
 暫く沈黙があった後に老人は尋ねた。
「生成姫の子の問題は、狩野の若造が担当しているが……何か不満や要望はないかね。儂らが力になろう」
 これに関して无は「老人の力は遠慮する」とキッパリ発言した。
 不穏な空気を察し、グリムバルドが冷静に言い添えた。
「狩野殿には、いつも子供達の事で何かとご配慮を頂き、我ら一同大変ありがたく思っておりますので、特に皆様のお力を借りるよう事は何も。お気遣いだけありがたく頂戴致します。引き続き温かく見守って頂ければ幸いです」
 完璧な返事に老人は「……そうか。時間をとらせてすまなんだ」と返した。

 入れ替わりで呼ばれたのは弖志峰 直羽(ia1884)と酒々井 統真(ia0893)だ。
 結葉の事を聞かれる事は目に見えていたが、何故か酒々井が姿を現さない……と焦っていた。
「おー、悪ぃ悪ぃ。すまねぇな。少し野暮用を済ませてきた」
 酒々井が戻った。
 察した弖志峰は「うん、じゃあ行こうか」と部屋に入る。
 老人は前の組と同じ質問を繰り返した。
 これに対して弖志峰は「利発で前向き。女性としての幸せを夢みる優しい子かな」と応え、酒々井は「感情に素直な女の子らしい子だ」と告げる。
 知っていることは、と聞かれると酒々井が記憶の意図を手繰る。
「料理に占い、お洒落と色々興味を向けてるな。感情に素直といった通り、不当と思った時にははっきり怒りを相手に示すこともあるが、その問題をどうするか前向きに考える力もあるよな」
 弖志峰が「うん、そうだね」と頷く。
「料理など家庭的な趣味を持ち、社会貢献への意識も高い。感情が昂りやすい面が子供らしい短所だが……納得できる理由を説いてやれば、冷静に受け止める事ができる子だし、そのような聡明さに加えて、周囲への思いやりと配慮を兼ね備える点は、大きな長所といえるんじゃないかな。今後の動向も継続して見守り、導いていくつもり。開拓者登録も終えたし、俺と同じ巫女として研鑽を積んでいる事だしね」
 饒舌な弖志峰達を前に、老人は押し黙ってしまった。
 最期の質問に、弖志峰は笑顔を返す。
「狩野氏のおかげで、多くの経験を通し、子供達が其々に人として大きく成長でき、感謝してる」
「てな訳で、特に援助の必要性はないな。それに子供達も今に馴染もうと頑張ってる。何人もの人間が関わって振り回すより、柚子平が一貫して音頭取る方が子供達も安心だろ」
 弖志峰と酒々井の面談は終了した。

 退室直後、入れ替わりで仲間が部屋へ入っていく。
「……お偉方の粗探しにも困ったもんだね」
 誰もいない事を確認して、弖志峰が呟く。
「まぁな。しつこいとは思うが……子供達の未来の為には越えるべき壁だ」
「だね。大人の思惑で、子供達の夢や将来を潰される事だけは絶対にさせないよ」
 願わくば、皆がこの面談を乗り越えられるように。

 紅雅(ib4326)と御樹青嵐(ia1669)が椅子にかけると、老人の鋭い目が煌めいた。
「灯心とは、どんな子供だね」
「少し感情表現が苦手な子ですね。でも、よく物事を見て冷静な判断が出来る子です」
 紅雅の言葉に御樹が頷く。
「とても聡明な子ですね、私のひいき目もありますが、落ちついて考える事ができる子だと思います」
 二つ目の質問に御樹が続ける。
「灯心さんは聡明ですが、理に勝ちすぎる部分はあるかもしれません。ですが得意な料理を通じて他人を大切にする心を養ってきてることは感じられますね」
 紅雅も感じたことを応える。
「灯心の長所は……たくさんありますが、料理が上手ですね。自分で工夫したりも出来るんですよ。お手伝いをしたり、人を喜ばせる事も知っています。欠点は……絵が少し下手なようで。私の事も描いてくれました。とても可愛いのですよ? それと、少々本の虫ですね。たまには外で遊んで欲しいのですが……」
「……むぅ」
 老人が唸った。表情が険しい。
 紅雅が「何か?」とごく自然に尋ねかけると「いや」と老人は無理矢理に笑みを作る。
 そして柚子平に関する話題が出た。
 紅雅が微笑み返す。
「彼には感謝しています。彼のおかげで、私は灯心と出逢えた。忙しそうなので体を壊さないか心配ですね」
「む?」
「確かにあの方は多忙ですね。でも子供たちの保護者としてはこの上ない方だと思いますよ。そうです、なんなら玄武寮に入寮してみますか? 彼の人となりよくわかりますよ」
 狩野柚子平は陰陽寮玄武の副寮長だ。しかし玄武寮入寮には相当の知識を必要とする。輝く笑顔で勧誘する御樹に対して、一介の役人にすぎない老人は何とも言えぬ表情をした。
「……ご足労に感謝する。以上じゃ」

 聞くだけ聞かれて追い出された二人が廊下を歩く。
「……世知辛き世の流れで仕方のないこととは思えど面倒なことですねぇ」
 御樹の言葉に紅雅が苦笑いを零す。
「ですが、私も皆さんと同じ懸念を抱いた時期が……ありました。けれど今は断言できます。私がさせません。それが私の役目でしょう?」
「何にせよ……全力を持って子供達を守っていかねば」

 一方、老人は名簿を睨んでいた。
「開拓者になったという三人に目立った話がないな……ぬぅ、市井に降りた子供について何か見つかればよいが」
 暗い企みの矛先は養子になった子供達へ向いた。

 恵音の養母アルーシュ・リトナを呼んだ老人は同じ質問をした。
「恵音はどんな子供だね?」
「面倒見の良い、真面目で優しい子です」
「その子に関して、どの程度を把握しているか聞かせてくれ。長所と短所、趣味や特技、何かに悩んでいるとか、問題を起こしたとか、覚えている範囲でかまわないよ」
「恵音は、思い深く人の気持ちをよく慮る繊細さと自分を律する強さを持ち合わせます。手先も器用で笛が得意です。その反面、自己評価が低く、周りを見、考える余りに自分の痛みや思いを抱え込みがちです。悩みは進路について自分に合う道を模索中ですので、真摯に向き合いたいと考えております」
 返事には澱みがない。
「生成姫の子の問題は、狩野の若造が担当しているが……何か不満や要望はないかね。儂らが力になろう」
「いいえ、柚子平様は過不足無く機会を用意し、手を貸して下さいます。これは難しい事。私達の逸る気持ちにも厳しく接して下さる……心から感謝しています」
 老人はリトナから揚げ足を取ることができなかった。

 未来の養母ローゼリアは笑顔で現れた。
『さて。ヤマシイ事などありませんし、誠実に答えていくだけですの』
「はじめまして。ローゼリアですわ。こちらはからくりの桔梗です」
 礼をした上級からくりの桔梗は、冷茶をいれて老人とローゼリアに出した後、壁際に立つ。
「む、気が利くな。頂こう……して、未来とはどんな娘かね。何か知っていることは?」
「オシャレ好きな普通の女の子ですの。嘘の嫌いな、優しい……私の娘ですわ」
「……嘘が嫌い?」
「ええ。嘘は嫌い、とキッパリ言われたくらい。あとはそうですわね。将来はお花屋さんになりたいそうですの。素敵でしょう? 今は一緒に住んでますのよ。この前、彩陣で染め物を見せたり、買い物をしたりしたのですけれど、お聞きになりますわよね? まず最初に見たのは……」
 ローゼリアは聞かれてもいない話を延々と続けた。
 内容は全て……未来が何を言った、何をした、こんな服が似合う、つまるところ娘の自慢ばかりだ。話している内に『娘自慢って楽しいものですわね』と益々高揚していくが、老人は段々ローゼリアの言葉を右耳から左耳に流すようになっていく。
「あら、ちゃんと続きを書いてくださいまし。お国の方にも未来の可愛さを伝えるには」
「否、充分だ。狩野の事だが……」
 強制的に話題を変えられたローゼリアが不服そうにしつつも、三つ目の質問に悩みこむ。
「まあ……変わり者といえばそれまで。国の為に考え力を尽くしているのは、疑いようがありませんわ。ここまでやってきた経験もありますし、デリケートな問題に対して無くてはならない男ですわね」
 面談はそこで終了した。


 ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)が「失礼します」と部屋に入った時、老人は何故か身構えていた。ヘロージオがイリスの養母であると確認をとった後、質問は始まった。
『今は母として、愛する子供の為に俺はいる。しっかりせねばな』
 内心気を引き締めつつ、穏やかに答える。
「イリスは賢く優しい子……です。そして我慢強い。家でも積極的に手伝いをしています」
 二つ目の質問を聞いたヘロージオは淡々と過去の出来事を順番に話し始めた。
 孤児院で花壇を荒らされた時の喧嘩騒動。自分より上の者に意見を述べ、暴走を止めたこと。祭での振舞い。攫われた際の冷静な判断と子供達への対応……
「ですから様々な経験を経て、また私の教えを一生懸命に学ぼうとし、大人でも難しいことを努力し出来る子に育った。後はジルベリアの特に貴族のことに関心があるようです。私の経験から教えられることは喜んで教えるつもりです」
 話題は狩野柚子平に対する不満の調査に移る。
「柚子平さんに関しては感謝しています。イリスと出会い、私も成長できましたから。強いて不満を挙げるならば……」
 ヘロージオの瞳が鈍く光る。
「貴方の様な方々から信頼を得られていないことが悲しいかと」
 私達は信頼に値しませんか、と暗に問いかける。
「いやなに、別に信用していない訳ではない。形式的なものと思って頂ければありがたい」
 面談が終了して廊下へ出た。
 ヘロージオは「信用か」と些細な違いに気づく。
 咄嗟の返事からして、あの老人は子を守る開拓者を一切『信頼』していないのだろう。

 立て続けに呼び出されたのは緊張気味のケイウス=アルカーム(ib7387)だ。
『養父失格だと言われたらどうしよう』
 所定の椅子に腰掛けて「エミカはどんな娘かね」と聞かれると、饒舌に話し始めた。
「エミカは穏やかで優しくて、嫌な事があっても自分を落ち着かせられる自制心のある子だよ。花や音楽が好きで、自分で楽器の演奏もする。あ、時々おっとりし過ぎかな。俺が財布忘れてたのを気付いてたのに、散歩だと思ったってそのまま出掛けた事があって……でもその後、忘れた俺が悪いのにエミカは謝ったんだ。そういう配慮や悪いと思えば謝る素直さは長所だと思う。自制心も人への配慮もエミカが成長して得た物だと思う。この1年で、子供達は成長したよ……って、すいません、俺ばっかり喋ってて」
「いや、自慢話に比べれば大したことはない」
「……え?」
「気にせんでいい。ところで狩野の事なのだがな」
 不満はあるか、と問われたアルカームは肩を竦めた。
「柚子平は子供達の成長を認めて、俺達の話もちゃんと聞いてくれる。いつも感謝してるんだ。不満なんてあるはずないよ」
 面談は短時間で終わり「帰って良い」と言い渡された。

 養子になった子供は、孤児院という監視下から逸れている。
 不穏な動きがあって良いはずだと老人は思いこんでいた。
 残る二人に証拠を期待する。

「旭のこと?」
「さよう」
 旭を養女にした刃兼(ib7876)が椅子に座って「そうだ、な」と記憶を辿る。
「一言で顕すなら、年相応の子供らしい反応をする子。お裾分けをもらえばありがとう、食べ終わればごちそうさまを自然に言える子、だな。最近は孤児院で年長役を務めて、視野が広がったみたいだ……院に残る年長役を慮っていたな」
 二つ目の質問を聞いて、思い出話を交えつつ、刃兼の表情に笑みが混じる。
「元気が良くて素直な面と、海でクラゲを鷲掴みにするとか、若干危なっかしい面があるかな。危なっかしいのは好奇心の裏返しな気がする。何が危険か否か、その都度俺や周りが教えていけばいいんじゃないか、と。他は食べることと銭湯に行くことが好きで、食べ物は特に魚が好きだ。料理を手伝ってくれることも多いよ」
 思い出を語っていると笑みがこぼれる。しかし老人は渋い顔のままだ。
 三つ目の質問に「不満や要望は特にない」と簡潔に返す。
「本当か? 遠慮はいらんのだぞ」
「遠慮も何も……定期的に子供達と接触する機会を設けてくれたし、養子縁組の手順も整備してくれた。ただひたすら、感謝している」
 面談は始終、穏やかに進んだ。

 養子に行ったのは残り一人。
 女子はともかく男子なら危険な兆候を見いだせるのではないかと考えた老人は、星頼の事についてウルシュテッド(ib5445)と狼 宵星(ib6077)を呼びつけた。
「星頼ですか? 素直で思いやりのある少年です」
「そうですよ。挨拶やお手伝いも確りできる、可愛い弟……です」
 宵星が頬を染める。
 二つ目の質問について、ウルシュテッドは喜色を浮かべた。
「今日までの全てをお話できますが……お時間よろしいでしょうか」
 老人の方は嫌な予感に震えた。
「星頼は好奇心旺盛ゆえ、優柔不断な短所と自主的に学び気付きを得る長所があり、学びや観察を生かし人と関われる行動力も持っています」
「星頼くんとは何度か一緒に旅行したけど……楽しんでくれてました。釣りも上手で、父を慕ってる様子で嬉しいです」
 宵星の言葉に、ウルシュテッドが続ける。
「少し突っ込んだ話に成りますが、魔の森の里で親を手にかけた自責と人の死の意味理解に心痛めています。会えなくなる事恐れ、何度も試練を失敗したとか。洗脳下で優しい心を保つ強さは、大人でも持てるものじゃない。家族が笑って暮らせれば幸せだと言った、嬉しげな様子は忘れられません……私は息子を尊敬する」
 息子と言えば、と宵星が気になる事を話し出した。
「星頼くんが父を呼ぶのを聞いた事なくて、私も養子で、最近まで気恥ずかしくて呼べなかったから……きっと同じなんだと思います。家族でも礼儀は大事だけど気を遣うのと違うし、もっと自然体でいられるように時間や心を共有していきたいです」
 話を聞いていたウルシュテッドは宵星を撫でた。
「この子が言うように星頼は子供です。完璧ではない。だからその分もゆっくり大人になって欲しいと考えています。優柔不断で結構、何でも挑戦し失敗するのも子供の特権、私は全て糧となるよう導きましょう」
「うぅむ」
 決意の程を伝えた後は、柚子平に関する探りが入った。宵星が俯く。
「私は今年から孤児院を訪れて、会う前はどう接したらと悩んだけど皆……普通の子と同じでした。開拓者は心を柔軟に鍛える手伝いをしてて、狩野さんは私達を信じて託してくれるのだと思います。なのでこれからもよろしくお願いします」
 宵星が頭を下げる。
「彼のお陰で無事ここまで来られた。感謝してますよ」
 ウルシュテッドは胸を張って答えた。それ以上は聞かれなかった。

 二人を部屋から追い出した後、老人は頭を抱えた。
 違う。
 こんな答えを求めていた訳ではない。
 開拓者になった子供にも、養子になった子供からも、命を奪うべきと主張に足る危険性は得られなかった。
「もう少し年齢を下げれば或いは……」
 老人の標的は、孤児院に残っている年中と年少に向けられる。

 白雪 沙羅(ic0498)とリオーレ・アズィーズ(ib7038)に向かって、老人は尋ねる。
「明希はどんな子供だね?」
「良くぞ聞いて下さいました!」
 唐突に立ち上がった白雪が拳を握る。
「明希は素直な可愛いいい子なんですよー!」
「沙羅ちゃんの言葉に付け加えますと、素直で優しく、小さな子の面倒見も良く駄目な事はダメと叱れる、私達の最愛の娘です。近く養女として迎える事はご存じかと思いますが」
 老人の顔から血の気がサッとひいた。
 何度か我が子自慢を聞いていたが、同じ手合いなのではと感じたからだ。
 その予感は的中することになる。
「……その子に関して、どの程度を把握しているか聞かせてくれ。長所と短所、趣味や特技、何かに悩んでいるとか、問題を起こしたとか、覚えている範囲でかまわないよ」
 アズィーズの瞳が光る。
『いくぞご老人、忍耐力の貯蔵は十分か?』
 心の中では雄々しく尋ねつつ、笑みを絶やさない。
「明希について? そうですわね。水に落ちた沙羅ちゃんを慌てて拭いてあげたり優しい子ですわね」
 白雪の尻尾が『待ってました』とばかりにゆれる。
『ふふふ、うちの明希の自慢をすれば良いんですよね! 任せて下さい!』
 目で会話した白雪が微笑む。
「明希は手先が器用で、とてもお洒落な女の子です。将来の夢は素敵なお手玉を作るヒト、だったかな。お手玉は私が教えたんですよ! 性格はとても思いやりのある優しい子です。この間も、孤児院を出る子の幸せを願って贈り物をしていました。その話を聞いた時、私もう感動で涙が止まりません!」
 更にアズィーズも満面の微笑みで親馬鹿作戦を決行する。
「この前の件は感動ものでしたわ! 負担が増えるからと養子に悩む他の子を幸せを祈って送り出してあげる、素晴らしい優しさを持っています。ただ、私たちが養子の話をしたら『他の子がみんな幸せになるまで』と言いそうで、もうどうしましょう!」
 老人は1時間に渡って明希自慢をきかされた。
「……もうよい」
「えー! ここからが大事なんですよ!」
「後の面談がつっかえておるでな。最期に確認しておきたい事がある。生成姫の子の問題は、狩野の若造が担当しているが……何か不満や要望はないかね。儂らが力になろう」
 白雪が少し悩む。
「素敵な方です。子供達の事にも凄く心を砕いて下さってますし。要望は早くご結婚して戴きたいなと。幸せな家庭を築けば子供達に対する業務にもっと力が入りますよね!」
 白雪の輝く笑顔に続いて、アズィーズは「それは良い案ね、沙羅ちゃん」と頷く。
「副寮長って、何時になったら桔梗様と結婚するのですか。国ももっとせっついて後押しを。子を持つ親の視点で働いていただければ……」
 老人は「……私はしらんでな」と話を中断した。

「華凛はお洒落でお姉さん気質のある子です」
 フェンリエッタ(ib0018)は華凛について問われて淡々と語る。
「寂しい想いをさせた事もあり、社交性に不器用さが伺えます。加えて菊祭の件で弟妹を想うが故『おじいさん』に良い感情を持てなくなった事がありまして」
 若干ピリピリとした空気が部屋に満ちた。
「老人会の際に発覚したのですが、諭したら私情を胸に収めて、教えた仕事を礼儀正しく確りこなしました。コツ掴むのも上手です。それは普段から人をよく見てる為だと考えられます。自分磨きを楽しみ、思いやりもあり、意外と木登りが得意で……総じて外へ向かう力を持ってるので、その表現法を学んで欲しいと思っています。触れ合いを重ね付き合い方が身につけば頼もしくなりそうです」
 最期の質問に微笑みを浮かべる。
「子供達ばかりでなく私達へのお心遣いまで頂いてありがとうございます。狩野さんは指導に最適な環境作りに配慮して下さるので、とても心強く思っています」
 華凛に関する面談はそこで終了した。

 孤児院に残っている少年の話は到真からだった。
 戸仁元 和名(ib9394)が「到真君は感情表現が素直で、おっとりした優しい子やと思います」と語り始める。質問は至って同じだ。
「長所はさっき言うたことがそのままです。ただ、おっとりした点は積極性に欠けるといえば、そうかもしれません。特技は……お茶を淹れることです。菊祭の時に少し怖い思いしたみたいですけど、その後引きずってる感じは無い、ですね。あと、本来のご両親の記憶を持ってる子なので」
「生みの親の記憶かね」
「はい。……今は親に会いたい、会ってやりたいことがあるそう、です」
 老人はなにやら思案している様子だ。親の記憶がある事は、かなり意外であったのだろう。淡々と「何をしたいか聞いたかね」等の質問に、戸仁元はきちんと答えた。
『……ここの子達に攻められるべきところは、ありません。到真君かて、同じ』
 怯むことなく穏やかに述べた戸仁元は、最期の質問に首を振った。
「その……特に不満や要望というのは……無い、です。到真君のご家族の調査にもご協力いただいてますし、感謝しきりです……はい。他には何かありますやろか」
 老人は暫くして「特にない」とだけ告げた。

 礼文に関する面談は、ジルベール(ia9952)とニノン・サジュマンが対応した。
「礼文は家事が得意で沢山お手伝いするお利口さんや。小さい頃の俺に見習わせたいわ」
 一方のサジュマンは「見どころがある」と唸る。
「ああいう性質の子は将来、何かの道を極めそうじゃ。そうは思わぬか。例えば……老人会で犬猫の世話からお年寄りとの受け答えまで教えた通り確りやっておったぞ。任された事に打ち込み確実にやり遂げる、人の為に率先して行動できる、熱中し過ぎて他が目に入らぬ事もあるが、幼子らしい不器用さと優れた集中力の現れでもあろう。じゃんけんぽんは弱いようじゃがな」
 フフッ、と思い出して笑みが零れる。
 老人から心当たりについて聞かれると、ジルベールが記憶の底を辿った。
「偽親のアヤカシが戦術を仕込もうとしたが不向きできつく当たられてたらしいな。それが怖くて……眷属になるとか戦術の勉強とかにはナマナリが居た頃から良い印象ないみたいや。今進んで手伝いするのは……その反動で褒められたいのもあるんやろ。自分でも言うてたけど一つを集中してやるのは得意で、同時に多くをやったり考えたりは苦手だ。課題与えると一人で黙々とこなすから、今後は周囲と楽しくやることも教えたいな。な、ニノンさん」
「そうじゃな。手伝いも良いが、自身が興味を持って取り組める事が見つかれば視野も更に広がるであろう」
 ジルベールとサジュマンは最期の質問に淀みなく答える。
「不満はないな」
「せやね。柚子平さんは忙しいなか最善を尽くしてくれてると思う。変える為の時間くれておおきに。お陰で真の意味でナマナリの手から、あの子らを取り戻せたと思う。今後もよろしゅう頼んますわ」
「今後も柚子平殿には子らの案件に関わって貰いたいと考えておるよ」

 老人の質問は繰り返される。
 子供21名分、全てを記録するために。どこかに異変の片鱗が無いかを探して。
 紫ノ眼 恋(ic0281)は真白についてありのままを伝えようと決めていた。
「真白の事を一言で言えば素直でまっすぐ。優しい子だよ」
「その子に関して、どの程度を把握しているか聞かせてくれ。長所と短所、趣味や特技、何かに悩んでいるとか、問題を起こしたとか、覚えている範囲でかまわないよ」
 どこから語るべきか考えて、紫ノ眼の記憶は出会った頃に遡る。
「最初は、あたし達に怯えているような子だった。好き嫌いもなければ感情も希薄に見えたが、すぐに色々な遊びを楽しむようになった。性格は良くも悪くもまっすぐ。言い出したら聞かない所もあるが……自分で考える言葉には意思を感じる」
「里の片鱗は、伺えないかね」
 切り込むような問いかけに肩を竦める。
「そもそも戦闘は得意ではないようだな。皆の手伝いを良くしつつ、最近は料理に励んでいる。自身の成長に悩んだりする様は、ごく普通の子供となんら変わりないな」
 最期の質問には「感謝を」と即座に返す。
「狩野殿は今迄いろいろと手を尽くしてくれた。おかげで穏やかな日々を送れ、子供達も道を誤ることなく来れたのではと思う。……もう暫く、見守っていて欲しい」
 紫ノ眼と老人の視線が交錯した。
 沈黙が部屋に満ちていく。

 スパシーバについてはニッツァ(ib6625)が問いかけに対する応答を行った。
「シーバは人を思いやれる子やで。周りをよう見とって人の辛い気持ちに気づいて気遣ってあげられる子や」
「渾名をつけて呼ぶとは、随分親しげだな」
「渾名で呼んどるからて一から十まで理解はできん……つか、理解する事は無理やけどな。シーバとは別の人間やさかい。気になるんは、さっき言うたんと一緒や。長所は周りを気遣えるとこ、短所は……せやな、自分に自信があらへんとこかな? 皆と一緒はえぇけど、皆と同じは好かんみたいやな。あんた等と一緒、言うたシーバに悪いな」
 きろん、と糸のように細められた瞳が光る。
「でもま、普通の子供と一緒やで? 遊びに夢中なって花壇散らかしてもうたりな。後はちゃんと反省しとったし、花壇も世話して元通り以上や」
 孤児院の記録の一部は老人も目を通しているらしい。
 幾つかの確認を終えると、最期の質問をされた。
「んー、不満はあらへんな。細かいとこ気ぃついてくれるし、樹里もがんばっとる。年寄りは長ぁ生きとる分、気になるんかもしれんけど……世代の若者ががんばっとるん応援したってんか?」
 面談はそこで終了した。

 そして双子の少年達に関する聞き取りは別々に行われた。
 まずは仁の面倒をよく見ているパニージェ(ib6627)に対して質問が行われる。
「仁か? 歳相応だと思うが。良く遊び良く食べ……元気で明るい」
「その子に関して、どの程度を把握しているか聞かせてくれ。長所と短所、趣味や特技、何かに悩んでいるとか、問題を起こしたとか、覚えている範囲でかまわないよ」
 パニージェが首を捻る。
「長所。そうだな、元気で明るい。食い気と、院の皆で遊ぶのが趣味と言えば趣味か。最近は年長組の代わりとして頑張ろうとしているようだ。無論、まだ経験不足で他の子を慮る事が難しいようだが……何、その内わかるようになる。根拠があるのかと思われるかもしれんが、以前そうやって子供達同士の喧嘩も仲直りできた。去年の夏頃だったか、報告書も上がっているはずだ。是非確認して欲しい」
 三つめの質問にパニージェは「ん? 不満などないぞ?」と首を傾げる。
「気を使う必要はないのだぞ」
「気を使うも何も……子供達とも定期的にやりとりをさせてくれる。今回の様に上層部とも意見交換を出来るのは寧ろ有り難い。よく頑張ってくれていると感心している」
 淡々とした言葉の端々から、輝くような感謝が飛ばされてくる。
 邪険にするだけやりづらいと感じたのか、老人は「さようか」としか言わなかった。

 パニージェと入れ替わるようにやってきたのは郁磨(ia9365)である。
 話題は勿論。双子の片割れ、和についてだ。
「そうですね……一言で言えば、歳相応にやんちゃで活発な男の子、ですかね」
 へら、と無防備に笑いつつも背筋を正す。
 二つ目の質問に関して、郁磨は短所もあわせて答えた。
「相手の気持ちを考えきれず、自分の気持ちを優先してしまうところが短所で、物覚えが良く行動力があるところが長所だと俺は思っています」
「ほう?」
「短所ゆえに何度か些細ではありますが……思わぬところで兄弟の反感を買う事がありました。が、長所故にきちんと謝る事も相手を許す事も直ぐに出来る様になりましたからね。後は体を動かす事が好きですね〜」
 短所も個性という風に、進歩のある様子を語って聞かせた。最初は生き生きしていた老人の目が『つかえん』とでも思ったのか、静かに翳っていく。
 明確な危険兆候を探っていることは、手に取るように分かった。
 その気配を知らぬ振りで、最期の質問に答える。
「狩野さんはお忙しいなか色々と考慮してくださってますし、不満は特にありませんが、敢えて助力は願うとしたら『生成姫の子供』という偏見の目で子供達を見る人達の誤解を解いてくださると嬉しいです。子供達にはのびのびと過ごしてほしいですからね」
 協力を申し出た老人が、最もしたくないであろう事を頼み込む。
 老人は作り笑いで「書類に書いておこう」と告げた。

 窓の外の日が落ちた。
 面談は年少組の四人に移っていく。
「のぞみはどんな子供だね?」
「のぞみちゃんは笑顔の可愛い、素直で、人と接するのが大好きな子です」
「その子に関して、どの程度を把握しているか聞かせてくれ。長所と短所、趣味や特技、何かに悩んでいるとか、問題を起こしたとか、覚えている範囲でかまわないよ」
 グライフは微笑みを浮かべて「そうですね」と続けた。
「例えば菊の飾りつけや小動物のお世話で一緒にお手伝いしました。素直に話を聞いて、きちんと行動できるいい子です。あとは、ちょっと寂しがりやさんかな。だからこそ、人との繋がりを大切にする子になると思っています」
 幼いが故によくある現象だ。老人は話題を変えた。
「生成姫の子の問題は、狩野の若造が担当しているが……何か不満や要望はないかね。儂らが力になろう」
「柚子平さんには感謝しています。そして皆さんにも。これからも見守っていて欲しいんです。悪さをすれば、その子の将来を思って叱る環境は大切ですから」
 老人は暫く黙り込んだ。

 幼い桔梗に関する話は、尾花 紫乃(ia9951)が知っていることを伝えるという。
「桔梗さんは素直で優しい、良い子ですよ。普通の子と何も変わりません。まぁ、そうですね。寂しさからかぬいぐるみやお菓子の取り合いをした時期もありましたけれど、すっかり落ち着いて、他の子と分け合う事を覚えましたし、職員や開拓者にもよく懐いてくれています。年齢を考えれば当然の行動も多いかと思います。動物が好きで可愛がるだけでなく世話も喜んでしています。大人の言うこともよく聞いて素直に守れる子です」
 隙のない返事に、老人が舌を巻く。
「そうかね。……生成姫の子の問題は、狩野の若造が担当しているが……何か不満や要望はないかね。儂らが力になろう」
「お気遣いありがとうございます。特に不満はありませんので大丈夫ですよ。とても良くしていただいています。他に質問はございませんか?」
 紫乃は不敵な微笑みを浮かべていた。

 幼い春見に関してはフィン・ファルスト(ib0979)と蓮神音が個室に呼ばれた。
 二人の視点から見て、どんな子供かを問われると、蓮は胸を張って答えた。
「もふらのぬいぐるみがお気に入りの可愛い子だよ。お手伝いもよくしてくれるよ」
 ファルストは落ち着いた口調で語り始めた。
「少し大人しい印象です。周囲に遠慮する感じも少しあるかな。七夕でナマナリや偽物の両親じゃなく、あたしを飾りで作ってくれたんです……連中への依存は少ないですね」
「どうしてそう言い切れる」
 これに対して蓮が口を挟む。
「どうして両親がいないのか考えてるらしいんだよ。元々は神音が悪いんだけど」
 孤児院で楽しく暮らしていた春見が肉親を思い出す切っ掛けになった日の事を、蓮は静かに語りだした。客観的な事実と発言のみを抜き出し、一つの結論に導く。
「でも一つ解ったのは、春見ちゃんにとっての親は自分を生んでくれた両親なんだ。決してナマナリなんかじゃない。思い出しもしなかったよ。だから神音は、生成は春見ちゃんになんの影響もないって信じてるんだよ。間違ってる?」
 蓮の問いかけに老人は答えず「他には」と返す。
 ファルストが記憶の糸を手繰る。
「運動よりも何かを作るのが好きな感じです。ただ、菊祭の時、視察のお爺さんが春見ちゃん、階段で杖で転ばせたんです。仕事して貰ってたのに、花壇を荒らしたって勘違いして。それ以来……春見ちゃん、年配の人見たら恐怖で震えて逃げるようになっちゃって……ああ、怖くないお爺さんか判別できる程度には訓練して緩和してきてるのでご安心を」
 ちくちくと言葉の端々で刺してみる。
 老人は眉を跳ね上げたが、それだけだ。
 柚子平や不満の有無について尋ねられた二人は、ファルストから順番に返事をした。
「柚子平さんに不満は無いです。子供に狼藉もしないし、とても信頼できる人ですね。要望も無しです」
「柚子平さん。性格はアレだけど、子供達の事を真剣に思ってる、その事は信じてるんだよ。だからお爺ちゃん達も神音達を信じて見守って欲しいんだよ」
 蓮の隣に舞い降りた上級人妖カナンもあわせて、老人に乞うように見つめる。

 ファルストと蓮が短時間で解放された事に、ネネ(ib0892)と礼野 真夢紀(ia1144)は顔を見合わせた。早く解放される開拓者と、そうでない者がいる。
 最期の質問対象は、幼いののだ。
「ののは素直な優しい子ですよ」
 部屋に入って質問されたネネの回答を裏付けるように、礼野の子猫又の小雪が机の上に現れて「こゆきよくだっこしてもらえるの」と機嫌よさげに答えた。
「ののという子は猫又がすきだと?」
 老人の質問に「猫又というより猫全般ですね」と穏やかに告げる。
「以前、猫を拾ってきて子どもなりに頑張って育てようとしていました。自分のご飯を分け与えて。最初は迷惑がかからないように……でしょうね、少し離れた場所で。孤児院の手許に引き取ってからも大騒動。でもそれ以来、何かをむやみに拾ってこようとはしていません。命を拾うとは大変なものと、わかってくれたのでしょう」
 老人が「ふぅむ」と唸る。礼野も続けた。
「兎に角、動物好きですね。自分の食事を分け与えて育てよう、なんて。あの年齢の子としては見上げた子ですよ。捨て猫を拾って、結果として孤児院の備品がぼろぼろになった事もありますが……動物好きの幼児でしたら一度は通る道。問題の範疇には入らないものだと思います。幼児が一致団結して可愛がってる猫を連れていかないで、と懇願したあたり、人としての情が育ってますよね」
 その辺の子供よりもよほど素晴らしいと言わざるを得ない。
 老人はネネ達に向かって「他には」と言った。
 話題を変える事にしたらしい。
「食べ物の好き嫌いがありますね。でも頑張って食べようとしますし、こちらの腕前も試されているから、ののと一緒に克服していけるように、励みになります。美味しいって言ってくれると嬉しくて」
 ネネ達は子供に野菜を食べさせる料理法を暫く話し続けた。
「……生成姫の子の問題は、狩野の若造が担当しているが……何か不満や要望はないかね。儂らが力になろう」
 何十回も繰り返した最期の質問に力がない。
 ネネは努めて穏やかな口調を保ったまま「緊急に困っている事は特に……」と言いつつ、深い皺の入った顔を観察する。一方の礼野は肩を竦めた。
「特にはありません。疑わしきは罰せず。まだ罪を犯していない子供達を、何とか人の手に戻したいと、忙しい身で尽力されておられて、頭が下がりますよね」
「お気づかい、ありがとうございます」
 ネネが深々と頭を垂れた。


 誰もいなくなった部屋で、老人は椅子に沈んだ。
 老いた指で目元を押さえる。21名の子供に関して、用意周到に準備を整え、開拓者と面談を行ったのは……真実を知りたかったからだ。
「何故だ」
 何度も繰り返して尋ねた。
 その結果が今、机の上に整然と並んでいる。
 ギルドを介した報告書を、何度も飽きるまで読み返した事にも理由がある。
「なぜ普通の子供なんだ。どうしてナマナリを望まない」
 彼は欲した。
 憎むための事実を。
 たった一つでいい。生成姫の手先として裏付けがとれれば、未来の脅威を排除できる。生成姫の子供を亡き者にできる。それこそが万民の為になると信じていた。そして若くして死んだ家族の無念も晴らすことができる。
 老人は復讐の機会を探していた。
 けれど手元に残ったのは、訳も知らぬまま両親を失った戦災孤児の話ばかり。
「わしらは負けたのか」
 自分で呟いた一言に驚いて、老人は顔を覆った。
 元々勝ち負けを競っていた訳ではない。
 けれど気に障る若者を失脚させる為に、そして殺された家族への恨みを晴らすために、回りくどい手を使って大義名分を探し、重箱の隅をつつくような調査で21名の戦災孤児を処刑台に送ろうとした。我欲の為に他人を殺すことを厭わなかった。それはさながら生きながら鬼になるようなもの。
 果たして自分は生成姫と何が違うのか。
「怪物は……ワシらか」
 どうしてこんなことになったのか。
 本当は何が悪いのか。一体、誰を恨めばいいのか。
 静かすぎる夜の闇に、復讐の鬼の声なき慟哭が溶けて消えた。