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■オープニング本文 ●生成姫の予言の真意 大アヤカシ生成姫。 それはかつて五行の北東に巣くっていた魔の森のヌシである。 冥越を滅ぼし、五行へ渡り、一度封印されたものの、飢饉による手違いで解放された生成姫は人間社会の日陰に隠れ、人の暮らしと因習に溶け込み、数多くの脅威と悲劇を人間社会にまき散らした。その一方で絶望の底にいた人間達に甘言を囁き、惜しみなく力を貸し与え、時には神と崇められてもいたという。 一年と少し前、彼女は不気味な予言を残して、開拓者に討ち取られた。 『お前達はいつか、後悔するぞ』 存在の消滅が確認されても尚、生成姫が残した遺産は各地に悪夢をまき散らした。 大アヤカシなくしても汚染を拡大し続ける瘴気の木の実。 浚って洗脳し、育てた人間の子供たち。 戦火の被害を受けた土地。 儀の下から来た存在。 滅ぼせば終わり……などと安易な話では済まなかったのだ。 消えても、滅ぼしても、消滅しても尚、延々と……ちらつき続ける悪夢の影。 謀略を司った偉大にして凶悪な天女紛いが、果たして何を考えていたのか。その全貌は今でも全てが解明されたとは言い難い。冥府の果てから響く笑い声のような幻聴。 不気味な気配を感じつつ、五行の研究者たちは謎の解明に明け暮れていた。 ●玄武寮卒業試験 時は流れ。 五行国が誇る研究機関の卵、陰陽寮「玄武」の最上級生は卒業を控えて忙しい日々を過ごしていた。課題に継ぐ課題、各自の研究、卒業論文に術開発。それらが落ち着き始めた頃になって、最期の難関が寮生たちを待ち受けていた。 卒業試験である。 本来ならば寮長が執り行う卒業試験を諸事情で副寮長が担当する事になった。 副寮長、狩野柚子平。 この副寮長が曲者で……昨今、五行王に覚えめでたい封陣院分室長がこの人物である。いち組織の中間管理職に過ぎないのだが、大アヤカシ生成姫に関する研究の第一人者であり、戦でも目覚ましい功績を挙げ、最近では石鏡国の貴族との縁組もまとまり、実質上の権力は重鎮達に並ぶ。 そんな彼の悪い癖が、研究になると手段は選ばないところにあった。 今回『寮生の卒業試験を生成姫の居城で行う』と言い出したのだ。 「こーろーさーれーるー!」 寮生は吼えた。副寮長は涼しい顔で微笑んでいる。 一部諦めの眼差しをした寮生が「それで何をすればいいのでしょう」と淡々と話を進める。 「生成姫の城内の地図を作ります」 曰く。 長い間、城の場所はわからなかった。大勢の部下や開拓者が遺跡らしき場所を探索したが、いずれも外れ。果たして生成姫は広大な魔の森の何処に居を構えていたのか。森こそが城とも言えたが、数多くの事件や物型アヤカシなどを見る限り、生成姫は人間の文化に高い興味を示していた。動物が餌をため込むように何処かに居城があるはずだ、とひたすら探索を重ねた。 最近、努力は実を結び、仮説は9割現実となった。 「普通の人間は入れないんです」 「どういうことですか」 「山の内部なのですよ。渡鳥山脈は元々金や銀を採掘する鉱山でした。今は落盤事故を原因に採掘と立ち入りが禁止されていますが、古の人間達が無計画に掘り進めた坑道も多く存在します。その中の一つを居城にしたようで」 「どうやってそれを」 「ある絶壁に複数の穴が開いていて、飛行型の中級アヤカシが多数出入りしているのが確認されました。更に生成姫が引き連れていた黒の幽鬼等が、大抵そこの絶壁をすり抜けるんです。城でなくとも何かあるのは確実ですし、絶壁の下に坑道の入り口があるのですが……異様に整備されていて、居城であった可能性は高いと見ています」 つまり其処に潜入してこいと言う。 「可愛い生徒を命の危険に晒すとか……明らかに試験じゃないですよね?」 「これからの研究に思いっきり使う気満々ですよね?」 「まぁまぁ、それはそれ、これはこれ」 返事になっていない。 「一応、辞退されてもかまいませんよ。今までの授業出席と小試験、論文や術開発などをきちんとこなしてきた方には……充分にそれだけで及第点になる領域です。しかし封陣院の研究者を目指している方には、この程度の危険は乗り越えていただかないと。私は危険を重ねて今の地位にきましたし、何より人使いが荒い方ですからね。院に入って一日でリタイアされては使えません」 怖ぇー! と何人かが息を呑んだ。 「地図の完成度で成績をつけます。何か珍しい物を持ち帰れたら、更に加点としましょう。グループで挑む場合は総点数を平等に割りますから、高得点は狙えませんが安定した成績は確保できると思います。単独で挑まれる方には、生命保険としてイサナをつけておきます。イサナは貴方が戦闘不能になった段階で、貴方を連れて脱出します。分かりましたね?」 かくして。 恐るべき卒業試験という名のデットオアアライブが始まった。 +++ ●生成姫の城〜攻略編〜 以下、各潜入の第一図面です。 敵を倒した個所まで攻略したとみなされます。 <【1】第一図面「下級アヤカシの回廊」> ※1マス10M。天井まで3M。 ※約40体 ↑:順路。向かう方向。 ■:壁 □:空白通路 /:幽霊が出没する壁。人間や実態持ちは通り抜け不能。 火:50cmほどの火の玉。火炎放射注意。倒すと照明消失。 百:下級アヤカシ「大百足」(3M級) 塔:中級アヤカシ「暗き沼の塔」(横全長5M) ★&▼:何かがある。 →:第二面(非公開)に続く。 ■■■■■■■■■■■■■ ■★火百百□火□□□□火■ ■火百百□□□□□塔□□■ ■百百百□■■■□□□□■ ■百□□□□火■□□塔□■ ■火□百□□百■火□□□→ ■■■■■■↑■■■■■■ ■□□百火■□■▼▼▼// ■□■□百■□■□火□□■ ■火□■□■□火■□■□■ ■□百■火■□百■百■火■ ■□■■□■■□■□■□■ ■□火■□火■火□火■火■ ■■□■■□■■■■百□■ ■■↑□■百火□百□□火■ ■坑道■■■■■■■■■■ <【2】第一図面「中級アヤカシの巣」> ※絶壁にある為、潜入は飛行相棒必須。 ※1マス10M。天井まで10M。 ※総じて3〜5Mの大型アヤカシ。 ↑:順路。&第二図面へ。 火:50cmほどの火の玉。火炎放射注意。倒すと照明消失。 鳥:鷲頭獅子 鵺:鵺 夢:夢魔 ★:何かがある。 ■■■■↑■↑■■ ■★□□□■□□■■ ■鵺□□□■□□鳥■ ■□□■□■鳥□□■ ■□□■□□■□□■ ■□□■□□□□□■■■■■ ■□□■□□□□□□□□火■ ■□□□□■■□□□□□□■■ ■□□□□□■鳥□鳥■鳥□□■ ■鵺□■□□■■■■■鳥□□■■ ■■■□□□□■鳥■鳥□□鳥鳥■ ■■鵺□□■□鳥鳥■鳥□□□鳥■ ■□□□□■□□鳥■鳥□□□鳥■ ■□□■■■■□□■鳥□□□鳥■ ■□□■鳥鳥■□□■■★夢★鳥■ ■鵺□□□□□□■■■鳥★鳥■■ ■■□□□□□□■■■■火■■■ ■■■□□□□■■■■■■■ ■■■■↑↑■■■ ■■■■壁穴■■■ |
■参加者一覧 / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 八嶋 双伍(ia2195) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / ネネ(ib0892) / 寿々丸(ib3788) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 緋那岐(ib5664) / 十河 緋雨(ib6688) / シャンピニオン(ib7037) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) |
■リプレイ本文 ●それぞれの卒業試験 保護の万全を期すため、探索は一日ごとに行われることになった。 轟龍燭陰の背に乗って岩壁を登り、雑魚を振り払った八嶋 双伍(ia2195)は人妖イサナと樹里を連れて潜入した。しかしその表情はどこか暗い。 『……ああ、この胸を占める絶望感……どうして僕は時間配分が下手なのでしょう。せめてこの試験では上手くいくと良いのですが』 潜入直後、巨大な鷲頭獅子が突進してきた。 「任せましたよ」 するりと龍の背から飛び降りた八嶋達と入れ違いに、轟龍燭陰へ鷲頭獅子が襲い掛かった。洞窟の中は闇が蟠るばかりで光がない。人魂で30メートル範囲の安全を確認すると、八嶋は右の壁沿いに進み始めた。人妖達は暗視が使えるので、静かに後ろをついてきているのだろう。闇の中では一匹の鷲頭獅子がうろついていたが、こちらを発見できない様子だった。 闇の中を飛ばしていた人魂の感覚が唐突に消えた。 もう一度試しに放ってみたが、やはり消えた。 覚悟して松明に火をともす。 すると奥の方に鷲頭獅子の群れが体を寄せ合っていた。 「いましたか」 松明を投げて敵の姿を確認し、後退した八嶋は三枚の結界呪符を出現させてその間に体を置いた。向かってくる2体の鷲頭獅子に蛇の式神を襲い掛からせる。 しかし一発ずつでは消滅には至らない。 鷲頭獅子たちは隙間にいる八嶋を食おうと襲い掛かったが、隙間にハマって頭だけが顔を出した。体がつっかえている。上に飛ばれれば壁は無意味になる。素早く刃を二度繰り出し、鷲頭獅子は散った。後続の鷲頭獅子も隙間にハマるあたり知恵の程度を伺わせるが、二体目を剣で屠った頃、前方にのみむけていた注意が仇となった。 後方から鋭い爪に襲われたのだ。闇を彷徨っていた鷲頭獅子だった。 「くっ……」 やむなく蛇神を二体放って鷲頭獅子を屠った。 深手を負いながら「まだ行けます」と言った八嶋は更に2体の鷲頭獅子を仕留めた。 しかし快進撃はそこまでだった。唐突に全身が痺れた。放電の影響だ。武器が持てない。鵺が近くに迫っていた。既に重傷。このままでは殺される。 「脱出するぞ、樹里!」 「うん」 人妖イサナが八嶋を担ぎ、火炎の鳥を放って脱出口を目指す。 「すみません、イサナさん……大して進めませんでした」 「一人で中級を5体屠ったのだ。充分だろう」 「点数どうなりますか」 「術加点20、討伐点50といったところだな。飛ぶぞ」 洞窟から飛び出した時、轟龍燭陰が迎えに来ていた。 坑道を進むと決めた寿々丸(ib3788)の傍らには、人妖嘉珱丸が援護に立っていた。 「嘉珱丸、暗い場所では暗視を頼みまするぞ」 「うむ任せておけ」 では、と寿々丸が行った事は征暗の隠形で濃い瘴気が蟠る闇の中に隠れ、敵を素通りすることだった。 「焦らず焦らず……じっくりと、ですぞ」 知恵の働く類ならともかく、ただ漂っているような火の玉に敵と判断する知性はない。しかし大百足は、なんだかよくわからない瘴気の塊に敵対心より好奇心で近寄ってくる事の方が多かった。 「ぬぅ、完全には騙せぬのでするな。かくなるうえは!」 龍を召喚して凍てつく吹雪を浴びせかける。火の玉も大百足もひとたまりもない。 曲がり角に来るたび、寿々丸は人魂を先行させたが、大体火の玉に燃やされるか、大百足に踏みつぶされて長持ちしなかった。 やがて二度目の氷龍で下級アヤカシを撃退し、征暗の隠形を唱えようとしたところ、術は発動しなかった。練力が早くも底をついたのだ。節分豆を食べて持たせようかと思ったが、術を発動できる状態まで戻りそうもない。 「ここまででするか」 火の玉3体、大百足3体。術加点20点の討伐点9点という結果になった。 光の見える坑道を見据えて、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は覚悟を決めた。 『このくらい、大戦の時に比べたらなんでもないわ』 「ギンコォ!」 「は、はいぃぃい!?」 「ちゃんと後ろから万が一の時の回復よろしく。強敵をやり過ごす時は幸運の光粉よ、忘れないで」 「分かりましたぁ」 上級羽妖精は力なく頷く。 坑道の幅は10メートル。広い方に入るだろう。入ってすぐ見えた火の玉の火炎は、ほんの五メートル位の距離が限界らしい。ヴェルトは火の玉をそのまま生かすことにした。動きの遅い火の玉は、暫く後をついてきたが、角を曲がると追いかけてこない。 カサッと音がした。 天井に大百足が蠢いている。 ヴェルトは速やかに蛇神を放った。強烈な牙が大百足噛み砕く。 「すごいですねぇ、一発ですよ」 「あったりまえよ。戦の時と同じ備えだもの。この調子なら奥まで行けるかもね」 一本道に点々と現れる大百足を着実に倒していく。途中でヴェルトはみっつの箱を見つけた。周辺のアヤカシを倒した後、箱を調べてみる。大半が空箱だったが、中の一つに『鍵』が入っているのを見つける。 「どこの鍵かしらね」 「分かりません。でも何度も箱を動かした跡がありますよ」 ヴェルトは鍵を持ち帰ることにした。余力があったので更に奥へ向かう。 何故かその場を動かない大百足を消滅させた後、急に広い空間に出た。遠くに火の玉が浮いているのが見えたが、ぼんやりとした光を時々何かが遮っている。 「……いるわね」 ガサ、 カリカリカリ、カチカチカチ。 それは何度も聞いた大百足の音だった。かなりの数がいる。 松明を持ったヴェルトが、一歩前へ進むと、音は一斉にヴェルトの松明を目指してきた。 「まずいわね」 ヴェルトは居場所を示す松明を前に投げ、一旦後退した。道幅10メートルの坑道に戻れば襲い掛かってくる数を制限することができる。距離を保っている間に蛇神を二度打ち込んだが、数は遙かに多い。ヴェルトの頭は速やかに損得を勘定した。 「ギンコ、囲まれる前に逃げるわよ。引き際を弁えないと死にかねないわ」 更に2発撃ちこんで、後退を開始する。運よく全て駆除すれば、改めて進めばいい。 しかし…… 「え?」 術が発動しない。 当惑した刹那、強力な力がヴェルトを壁に叩きつけた。 視界がぶれる。激しくせき込む。一方、護衛の人妖イサナが敵個体を確認した。 「祟り神!? ち、呪封にやられたな。脱出するぞ、走れるか」 「つけられていた、の? 間が悪いわね……大丈夫よ、自分で走れるわ」 後方から迫っていた祟り神は、イサナの攻撃を受けてテレポートした。その隙にヴェルト達は暗い通路を走り出す。 脱出したヴェルトには術加点20、そして大百足を14体消滅させた討伐点28点、三つの箱を調べて鍵を入手したことで15点の合計63点が成績に加点された。 緋那岐(ib5664)は坑道の闇の中を進んでいく。 傍には上級からくり菊浬が控え、保険の人妖が後に続く。 『とりま生き抜く、頑張れ俺』 果たして居城の奥には何が待つのか、未知なるものへの探求心が緋那岐を支える。 道幅10メートルの坑道内部では、うまく動けば火の玉の火炎をさけることができた。人魂で先行して確認の上で進み、征暗の隠形で下級アヤカシから身を隠そうと試みるが、やはり全てから逃げ切ることはできない。 素通りさせてくれない大百足を吸心符で撃破するには、二度の集中攻撃が必要だった。 「一体ずつなら何とでもなるのに、こんにゃろ」 負傷は避けられない。 わずかではあるが、多少の安全を確保した通路で火の玉から生命を補う。 それでも緋那岐が六体目の大百足を倒して進み、三つ目の箱を開けて鍵を取った瞬間、壁から怨霊が現れた。呪わしい声が響き渡る。 「呪詛!」 「やべぇ、にげるぞ菊浬」 鍵を握りしめた緋那岐は、坑道洞窟を引き返す。 行く手を阻む火の玉を消滅させながら脱出した緋那岐には術加点20、そして火の玉5体5点、大百足を6体消滅させた討伐点12点、三つの箱を調べて鍵を入手したことで15点の合計52点が成績に加点された。 南瓜行燈を持って坑道を進む十河 緋雨(ib6688)は毬を転がして火の玉の動きを見た。 『ほーほーほー、大体5メートル位ですかねぇ。動きも遅いですし、道幅からして回避できないことはない、と。難しい場所は結界呪符で囲んでしまいますかね〜』 火の玉の動きに注意しながら奥へすすむ。点々と火の玉はあるが、闇は深い。十河が定期的に毬を転がすと、天井や壁に隠れた大百足が侵入者の気配に気づいて姿を現した。 魂喰2体が大百足を食らう。 「案外、らくしょーですねぃ」 順調に奥へ進み、箱を見つけて鍵を手に入れる。敵を倒した後は瘴気回収で隙なく回復していけば、さほど苦労することなく前へ進めると十河は思っていた。奥へ進んで大百足の群れに遭遇すると、結界呪符で進行を阻害し、距離を稼ぐ。 「分断して撃破すれば、あの奥まで」 キィィィ! 迅鷹るーがけたたましい声を上げた。 後方に怨霊の集合体が迫る。結界呪符で引きはがそうとしたが、無駄だった。 「テレポート!? って、やばいです、やばいです、あ〜!」 突如現れた幽霊は、人妖たちを無視して執拗に十河を追う。 『こちらを狙って……というより、鍵!?』 狙いは明確だ。鍵を取り返そうとしている。攻撃しても痛覚は感じていないようだった。テレポートのせいかはよくわからないが、攻撃が命中しにくいうえに、先ほどから呪わしい声を響かせてくる。 大百足を相手しながらの交戦は、十河の技量でも圧倒的に不利だった。 「もう少しなのに。なんとか先へ……あれ?」 術が発動しない。 何度か抵抗したが封じられてしまったようだ。 「やばいですー! 十河緋雨、帰還します!」 支援役の人妖達が援護に走る。 なんとか坑道を脱出した十河には、術加点20、大百足18体の討伐点36、そして鍵を入手したことで15点。合計71点が加点された。 絶壁の穴から鷲頭獅子が時々顔を出すのが分かる。 「怖いけど! めちゃくちゃ怖いけど……でも、今のボクを越えなきゃ! がんばろうね、ネネちゃん!」 「はい、シャニちゃん。がんばりましょう」 二人で絶壁の穴に挑むシャンピニオン(ib7037)とネネ(ib0892)は少し変わった事態になった。 甲龍ショコラと空龍ロロの助けで侵入したのも束の間。 襲い掛かってきた2体の鷲頭獅子に、シャンピニオンが呪縛符と結界呪符を放ったのに対して、ネネは眼突烏で視界を奪ったのだ。元々闇の中ではさほど自由がきかないが、両目を失った鷲頭獅子がめちゃくちゃに動き出す。 ギャァ! ギャアア! 鷲頭獅子たちの仲間割れが始まった。 壁を周回しながらそそくさと遠ざかろうとしたシャンピニオンとネネの視界の隅で、閃光が走った。鵺の放電である。さらに騒ぎを聞きつけて何事か、と注意をひかれた鷲頭獅子たちの眼球を、ネネの眼突烏が抉り取った。闇の中でシャンピニオンと手分けして構築した結界呪符黒は、よい目くらましでありつつ、二人の身を守る盾となった。 「ネネちゃん、こっちへ」 「あ、あぶな、あぶないことに!」 閃光とけたたましい声が静まる頃には、二体の鵺が地面に落ちていた。 ネネが夜光蟲を飛ばすが、すでに虫の息といえる。 「……えーと?」 「何が……おこったんでしょうか」 「この近くにいた鵺と鷲頭獅子がやりあってしまったようですね」 保護役でついてきた狩野柚子平が、物珍しげに中級アヤカシを眺めていた。 「副寮長、これってどういう扱いになるんですか?」 シャンピニオンが小声で尋ねる。 「そうですねぇ。術加点と討伐点、さらに調査成果をのせると決めていたんですが……まぁこれもひとつの頭脳戦、という事としましょうか」 シャンピニオンは直接の討伐手段をもたないため、ネネの眼突鴉が瀕死の鵺にとどめを刺した。更に奥へ進むか闇の中へ話し合ったが、混乱の中で練力を消費しすぎていた為、ネネ達は帰還を決めた。 どちらにしろ鵺2体、鷲頭獅子6体を屠ったことになる。 それぞれに術加点20、そして討伐点80を平等に二人へ割ることになった。 策士、策におぼれる。 露草(ia1350)はことわざを痛感していた。 「……露草さん」 「いいんです。かばわなくて。責めていいんです、責めていいんです」 ああ。 みんなの優しさがツライ。 人妖を抱えた露草は仲間達と坑道を進んでいた。御樹青嵐(ia1669) 、ゼタル・マグスレード(ia9253)いずれも強力な使い手であったし、人妖の緋嵐に管狐エウロスを連れていた。リオーレ・アズィーズ(ib7038)は結界呪符による防壁と治癒役に専念するというが、からくりベルクートのおかげで自衛手段も持っていた。露草も上級人妖衣通姫を連れて、状態異常攻撃に備えていたので、かなりの高い確率で奥まで進めるだろうと自信を持っていた。 獲得した点数は、四人で平等に割り振る。 ならばより高得点を目指せばいい。 後ろから背後霊の如く付き添う狩野柚子平については、色々もの申したい事もある。 たとえば御樹は『この嗜虐趣味者には目にもの見せてやらないと気がすみません。全力尽くします!』と文句を闘志に変えていたし、アズィーズは『鬼、鬼畜、ゆずひー、とか副寮長に言いたい事は多々ありますが、この後の正式調査の事も考え試験の点数とかは一先ず置いて、友人達と力を合わせてできる限り奥まで探らねば』等と殊勝なことを考えていた。 準備は万全だった。 そう思った。 やかましくて不気味な魔の森から、いざ静寂が蟠る坑道の中へ、足音をひそめて……と一歩踏み出した瞬間。 もふっ。 「え?」 もふっ。もふっ。もふっ。 もふらブーツという恐るべき刺客が、一同の存在を闇の中に響き渡らせていた。 露草は地の底まで落ち込んだが、始まってしまった試験は中断できない。 かくして張りつめた緊迫感を一瞬で霧散させる最強の履物を身に着けたまま、露草たちは内部へ進むことになった。 「ゼタルさん、火の玉は始末したほうがいいですかね」 「いや。火炎放射の範囲は短い。機を見て駆け抜け回避を試みてはどうだろう。どうしても危険なものだけ消しては。どうだろう。アズィーズさん」 「鈍いですものねぇ。行きましょう。露草さんも」 「……はい」 道中、露草はもふらブーツを外すことも考えたが、全力で逃げるような事態になった時に危険である為、そのままで、と説得された。 「大事な時に、私は、私はなんてミスを」 「気にする必要などないさ。いっその事、敵から来てもらえばいい」 微笑むマグスレードが坑道の奥で小箱を発見し、何かの鍵を入手した。 「そうですよ。露草さん。闇の中で構えている敵に気づくより、正面から襲い掛かってくる敵を倒すほうが楽でした。この調子で奥まで参りましょう」 遭遇する大百足は、御樹が一撃で切り倒してきている。 瘴気を宿らせた刃の威力は侮れない。 鍵入りの箱を発見する前、番人と思しき祟り神が箱を守るように現れた。 しかし御樹はそもそも抵抗力が高く、マグスレードは九字護法陣で抵抗力をひきあげて呪封をはねのけ、露草とアズィーズは人妖の守護童で事なきを得た為、幸運にも術を封じられる前に祟り神を撃破した。 「助け合えば大丈夫です。参りましょう、ベルクート」 「はい、参りますデス」 再び一行は歩き出す。 人妖緋嵐が松明を持って先を照らした。 迷路のような一本道を過ぎると、大百足の集団に遭遇した。 複数の音を感じたマグスレードは管狐エウロスの力を借りて狐の早耳で数を把握する。 多少の怪我を負いつつも討伐を終えた一同は、また箱を見つけた。 「なんでしょう?」 アズィーズが箱の中をのぞくと漆黒に塗られた横笛があった。 「これは……」 「私が預かりましょう」 急に柚子平が手を差し出す。 箱ごと受け取った柚子平が「どうぞ」と言って闇の中を指示した。 まもなく暗き沼の塔と遭遇したが、露草の砕魂符、御樹の瘴刃烈破による斬撃、ベルクートが銃弾を撃ち込んで注意を引いたところへ、更に管狐を宿らせた呪本を使ってマグスレードが斬撃符を叩きこみ、暗き沼の塔は二十秒とかからずに散った。 二体目を倒した後、アズィーズが細かい怪我を治療した。 未知なる奥へ進む。 そんな四人が引き返す決意をしたのは、目に見えぬ幽霊に囲まれて二人が力を封じられた時だった。 洞窟から脱出した後、火の玉3体、大百足33体、暗き沼の塔4体、祟り神1体、幽霊3体の討伐点と、鍵及び笛の入手点などを合わせて184点を四人で割り振ることになった。術加点の20と合わせれば、悪くない成果である。 ●総合成績発表 玄武寮の副寮長である狩野柚子平は成績の一覧表を掲げた。 「こんなものですかね」 惜しくも、といっても卒業論文や卒業試験を受けなかった者が何名か留年となったが、多人数の卒業が決定した。入れ替わるように寮生たちが恐怖の発表を眺めに来る。 露草がぶるぶる震えた。 「……せ、青嵐さん! 主席、主席ですよ!」 露草が棒のように立っている御樹を揺らした。 隣のマグスレードが友を称賛する。 「命を賭けて得るものも、また大きかろう。よかったな」 「あ〜、負けてしまいましたかぁ〜」 次席の十河緋雨が頬を掻く。 「いい線までいったと思ったんですが、総合成績ですもんね。おめでとうございます〜」 「あ、ありがとう、ございます……」 御樹と十河の差は、わずか五点。 ヴェルトは露草の隣に立った。 「同点で卒業なんて、なかなかないわね」 「おんなじですね!」 アズィーズは「これで養子の一人くらい養えそうでしょうか」と独り言をつぶやきながら、さてどこへ勤務すべきかを悩んでいる。露草は安堵し、ネネとシャンピニオンは二人で卒業できることを喜んでいた。八嶋は「あぁ、卒論が響いてますよね」と自己嫌悪に陥っているものの、ひとまず留年はさけられた。実を言うと寿々丸と緋那岐は卒論の提出すらしていなかったのだが……別な部分で助けられ、及第点を獲得していた。 「ギリッギリにも程があるだろ、俺。まめに回復してなかったら落ちてたかも」 「……卒業でございまするか」 なんだかしっくりこない。 ■陰陽寮『玄武寮』卒業対象者〜成績別合格者一覧〜■ ※総合成績算出/授業出席点0+卒業論文0+小試験0+術開発0+卒業試験0 ※授業出席点には魔の森に関する事件も一部含まれる。 ※小試験は最大30点である。 ※術開発は最大50%とし2%を1点に変換する。採点目安は以下である。 <術開発目安> 00%〜10%:新術理論立案(提案段階) 11%〜20%:基礎理論成立(申請段階) 21%〜30%:基礎術式作成(開発段階) 31%〜40%:特別術式成立(開発段階) 41%〜50%:新術発動可能(開発段階) ※卒業試験は単独で挑んだ者には獲得の全点を、複数で挑んだ者には総合点を割り振る。 【主席合格者】 【1】220点 御樹青嵐 (授業出席点70+卒業論文40+小試験20+術開発24+卒業試験66) 【2】215点 十河緋雨 (授業出席点64+卒業論文30+小試験30+術開発20+卒業試験71) 【3】192点 リオーレ・アズィーズ (授業出席点67+卒業論文50+小試験20+術開発02+卒業試験66) 【4】190点 露草 (授業出席点54+卒業論文35+小試験30+術開発05+卒業試験66) 【4】190点 リーゼロッテ・ヴェルト (授業出席点53+卒業論文30+小試験30+術開発14+卒業試験63) 【6】187点 ネネ (授業出席点52+卒業論文45+小試験30+術開発ナシ+卒業試験60) 【7】185点 八嶋双伍 (授業出席点67+卒業論文25+小試験00+術開発23+卒業試験70) 【8】148点 シャンピニオン (授業出席点43+卒業論文45+小試験ナシ+術開発ナシ+卒業試験60) 【9】143点 ゼタル・マグスレード (授業出席点34+卒業論文35+小試験ナシ+術開発08+卒業試験66) 【10】118点寿々丸 (授業出席点68+卒業論文ナシ+小試験00+術開発21+卒業試験29) 【11】101点緋那岐 (授業出席点39+卒業論文ナシ+小試験10+術開発ナシ+卒業試験52) 【12】69点 ※※※※・※※※※※ (授業出席点34+卒業論文ナシ+小試験30+術開発05+卒業試験ナシ) 【13】23点 ※※ (授業出席点23+卒業論文ナシ+小試験ナシ+術開発ナシ+卒業試験ナシ) …… 以上、上位11名の者に、後日、卒業式を執り行う。 卒業基準である100点に満たない者は、卒業資格を有さない。 12位以下の者たちは留年とする。次の卒業に向けて更に励まれたし。 ■留年した三年生への告知 卒業試験を受けなかった者、成績が足りなかった者は、卒業資格を有さない。 従って、卒業資格を満たすまで3年間の在籍猶予を与える。 事務所へ届け出の上、勉学に励むべし。また留年した三年生は授業料の納付義務が免除されるが、一年後の卒業論文が提出されない場合は、入寮資格が取り消されるので注意されたし。 ●術の一般化と特別な話 皆が騒いでいる中で、御樹は人妖イサナに呼ばれた。 副寮長が呼んでいるという。 部屋に入ると、いつもと違う装いをした狩野柚子平が立っていた。 「素晴らしい成績です。文句のつけどころは殆ど無い」 「恐れ入ります」 玄武寮において、彼らは教員と寮生である。 よって御樹は言いたいことは山ほどあったが……静かにこうべを垂れた。 「さて。今日あなたを呼んだのは他でもない。休業中の寮長が口約した術の一般化。これの枠のうち、一つを主席にあてると話した。アナタに異論がなければ複目符の資料を上層にあげ、微調整の末にギルドへも提供することになります。卒業までに考えておいてください。競い合い、勝ち取った、あなたの権利です」 「分かりました」 術の一般化については他にも枠がある。 それを決めるのは寮生全員の投票による為、卒業までに皆と話し合う時間が設けられるそうだ。勿論、御樹は利害抜きで投票できることになる。 「それと」 柚子平はもう一つ、書類の束を差し出した。 「私はね」 柚子平が語りだす。 しかし御樹が資料を見て固まっている。 「元々、主席になった寮生はヘッドハントするつもりで玄武寮に来たのです。あなたがよければ、うちの研究員になりませんか。市井で腐らせるには余りにも惜しい。気が向かないのでしたら無理強いは致しませんが」 封陣院の研究員にならないか。 そう言われていた。 勿論、開拓者との兼業も踏まえて細かい規定がつらつらと記されている。 最初は補佐から。けれど本来ならあるべき受験の手順が一切ない。 柚子平の推薦状が試験の代わりになるからだ。 「考えておきます」 「結構。戻ったら皆さんにも進路について、考えるようにいっておいてください。生憎、何通も推薦状は書けないので無試験という訳にはいきませんが、公の受験を受ければ封陣院にも知望院にも所属できます。卒業基準を満たした彼らには充分な資格がある」 玄武寮を卒業すると、寮への出入りは問題視されない。 誰もが、ここにある貴重資料を読みに来るのだ。 一方で開拓者に戻ってしまう者もいるし、公の組織に属する者もいる。 研究と探求一筋に辛い寮生活を送ってきた玄武寮の卒業生は、高い学識と経歴を認められた後、己の求める高嶺を目指して新しい出発をするという。 瞬く間に過ぎた玄武寮の日々。 着々と卒業に向けて、時は進んでいく。 |