【玄武】進路と術開発5
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/22 22:04



■オープニング本文

【このシナリオは玄武寮の所属寮生専用シナリオです】

 此処は五行の首都、結陣。
 陰陽四寮は国営の教育施設である。陰陽四寮出身の陰陽師で名を馳せた者はかなり多い。
 かの五行王の架茂 天禅(iz0021)も陰陽四寮の出身である。
 一方で厳しい規律と入寮試験、高額な学費などから、通える者は限られていた。
 寮は四つ。

 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。朱雀寮。
 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。
 金行を司る、四神が白虎を奉る寮。白虎寮。
 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。

 そして。
 少し前、玄武寮では、術研究論文を精査した結果が発表された。
 元より玄武寮は研究者が集まる傾向にあり、抑も入寮の段階から明確な目標を求められる。
 三年生の多くは卒業論文に全てを捧げていく。
 だが時折、学生の身分で高度な技術を創りだせる者が現れることがあった。
 術理論の構築から研究における筋書き。三年かけた膨大な論述書の提出。
 沢山の資料を積み上げて。
 実現の可能性が高いと判断された者にだけ許される領域。

 それは研究の高嶺へ挑もうとする者たちの戦いの記録である……

 +++

「おわらない、おわらない、おわらない、時よとまれ!」
「きーげーんーがー!」
 玄武寮の寮生達が卒論と術開発の追い込みに入る中で……
 その日、玄武寮の副寮長こと狩野柚子平は人妖とともに出かけた。

 向かう先は休業中の玄武寮の寮長、蘆屋東雲の自宅である。
「具合は如何ですか、東雲さん」
「こんにちは。もう大丈夫です、と申し上げていますのに鳥籠生活は相変わらずです。すみませんね、まかせっきりになってしまって」
「仕方がありません。上の命令ですからね」
 冬の終わり。羽妖精に誘拐された彼女は、極度の栄養失調をおこし、開拓者に救出された後も大事をとって休暇のままだった。ある意味、療養の名の下で自宅謹慎と言えなくもない。故あって開拓者達は詳しい事情を伏せているが……それらを抜きにしても被害者であるはずの彼女が、何故そのような扱いを受けているのか、柚子平にはまるで分からなかった。
 彼女の経歴は何の変哲もなく単純に見えて、空白の期間がまるで霧がかっている。
 本人が頑なに喋らないので、直接尋ねるのも気が引けるという状態だ。
 妙な蟠りの間を、仕事の話題がつないでいく。
「こちらが現在まで集まっている寮生の卒論と、申請書類の類です。目を通しておいて下さい」
「わかりました」
 柚子平が人妖イサナを一瞥する。イサナが柚子平の日程を読み上げた。
「近々卒業試験の実技を実施し、試験結果と出席率、授業成績、術開発の完成度合いから総合的に成績を算出する予定だ。その後、完成術に関する聞き取り調査と一同の進路調査を一括で行い、条件を満たした者に王から卒業証書を付与して頂く、と。以上が日程となる。少なくとも卒業式への出席は問題ないだろうか」
「ないと思います。忙しいのに任せきりですね、ごめんなさい」
「いつものことだ」
 見舞いを兼ねた訪問を済ませた二人が、雑談も無く早々に帰っていく。
 玄関を出る時、柚子平が振り返った。
「東雲さん。悩みがあるのでしたらご相談にのりますよ」
「あら。婚約者のいる身で口説いてます? それとも貸しでも増やす気ですか?」
「さあ。しかし私ほど石鏡と上に顔の利く人間は他にはおりませんよ」
「……協力的なあなたは気味が悪いのですが、副寮長」
「単なる好奇心と同僚のよしみですよ。それに……寮生もあなたを心配しています。悩みを抱えすぎてもよくありませんよ」
 ぱたん、と扉が閉まった。


■参加者一覧
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
ゼタル・マグスレード(ia9253
26歳・男・陰
寿々丸(ib3788
10歳・男・陰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
十河 緋雨(ib6688
24歳・女・陰
シャンピニオン(ib7037
14歳・女・陰


■リプレイ本文

●両立の難しさ

 自慢の髪を結い上げたリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は研究室で卒業論文を仕上げていた。

 ――――屍鬼の再生原理の解明――――
                      玄武寮三年生 リーゼロッテ・ヴェルト
 屍鬼は高い自己修復力を持つアヤカシであるが、その原理は解明されていない。治癒術式は複数あるが、それとは根本的に異なる原理であると考え、アプローチを開始した。
 捕獲した屍鬼を用い、精霊力に満ちた空間で再生力を計測した結果、屍鬼の回復力は一定量継続していたが、一定の時間が経過すると再生が停止することを確認した。
 一定時間は自身の瘴気を消費して回復を行っていたと考えられるが、蓄えられた瘴気が枯渇すると再生力を発揮できないばかりか、瘴気を用いた攻撃手段をも失う。
 これらの結果から、アヤカシにとっての瘴気とは自身を構成する要素であると同時に、志体所持者の練力と同様のものであり、屍鬼は瘴気を回復力に変換していると考えられる。
 よって屍鬼の自己修復は、瘴気回収と治癒符の術式と同様の活動を無意識下で行っているだけに過ぎないと結論付けた。
 尚、これら一連の流れは既存の術式の組み合わせと改良で再現可能であると思われる。

「ふぅ……まあ、これでいいわ。後で書き直せないのが地味に厄介よね」
 書類の書き損じを纏めていた羽妖精のギンコが「これでおしまいです?」と首を傾げた。
「卒論はね。さーて、提出したら術に取り掛かるわよ。もっと質を高めないと」
「術開発がまだですもんね、せわしないですね?」
「学業身分はそんなもんよ。んー、それにしても回帰っていうより転化かしら。陰陽転化?」
「カッコカリ取れます?」
「んー…名前って結構重要だしねぇ。むー…一般化の機会に恵まれたら改名について聞いてみるわよ。さて。失礼しまーす」
 戸を叩いたヴェルトは、返事を確かめてから副寮長室のドアノブに手をかけた。
 ヴェルトを始め、寿々丸(ib3788)や十河 緋雨(ib6688)などは術開発が大詰めにさしかかっていた。


●瘴気の檻(仮)のゆくえ

 新術『瘴気の檻』開発が迷走気味の寿々丸は、すっかり卒業論文を忘却していた。
 どうにか術を成立させたい。
 しかし施設や資材の使用期日は迫っていて、期限が切れたら結果を纏めて提出しなければならない。
 つまり時間がない。
 記録を手伝う人妖嘉珱丸が「何事も完璧からとはいかぬよ」と気遣った。刹那。
「決めましたぞ!」
「おお?」
「より形に成りやすい、瘴気を凝固させる術式を完成に近づけまする。瘴気の充填を考えずに、物理的に捕縛する事を優先に。敵を弱らせる術は、また後の研究課題として置いておきましょうぞ。……此度の審査に間に合わせられぬ事が残念でするが、実用に向ける事が少しでも出来れば、と思いまする」
 寿々丸は早速、異質瘴気を再充填させる術式を全て抜いた。異質瘴気を精製する術式も綺麗に抜いてしまう。
 かわりに周辺に漂う瘴気を使うことにした。更に接触でしか安定して保てなかった『瘴気の檻』を、少しずつ術者から離す実験を始めた。虚空に滞留させた瘴気を特定の形状で維持し続けるのは、調整が非常に難しい。更に狙った場所で一定の大きさに凝固させるには、固まりのような壁厚を薄くするよう意識を引き絞り、狙いの形に凝固させねばならない。寿々丸は様々な術式を組み込もうとする余り、その繊細な調整が今までおろそかになっていた。最初の頃は鏡餅の如き固まりで、何度も失敗していたのも、今では思い出。
『慎重に、慎重に、少しずつ……でするぞ』
 己の手元で精製し、集約し、凝固させていた瘴気。まずは椅子を置いて、それを囲めるよう調整し、一歩ずつ遠ざかっていく。朝早く始めた挑戦は、日が暮れるころまでに十メートル離れた位置までに出現させることができるようになっていた。
「もう少し早く気づき、踏ん切りがついていたら……更に射程をのばせましたかな」
 時間は戻らない。
「詠唱時間短縮もそうでするが……まだまだ、研究が必要でするな」
 術者にかかる負荷が格段に軽くなった事で、術射程にのびしろを感じつつも、寿々丸は前を向いた。残り少ない時間を練力調整と硬度の向上に当てる。練力消費を抑えて適正値まで引き絞るのには時間がかかる。そこで今の練力消費量のまま、三十秒ほどの詠唱で壁を直径三メートル前後の半球まで広げて凝固させる。檻状などは難しかったか、箱形など比較的安易な形に変えることは難しくなかった。
 椅子の周りに凝固させた壁へ人妖が触れる。
 こつこつと叩いた。
「確かに壁よの。弱いアヤカシ程度を拘束してくれればよいが」
「弱いアヤカシを一体……小鬼等が良いでするかな? もう実践できませぬ故、耐久力の限界まで試せぬことが残念で仕方ありませぬが」
 術者の無念を聞きながら、人妖は記録を纏めていく。


●複目符(仮)のゆくえ

 一日が過ぎるころ。
 研究室の御樹青嵐(ia1669)は、開発術の纏めをしながら唸っていた。如何に効率よく、混乱無く、酔いのない状態で視点の切り替え精度をあげられるか実験した。練力の消耗や詠唱時間を抑えていく為に試行錯誤し、術者の任意で視覚を切り替えられるが、術行使中は身動きができず、ひいては他の術の行使も不可能な状態は解消できなかった。
「元々想定していた部分ですが、それも仕方ないと思っていきましょうか」
 肩をすくめた御樹は肩をすくめて研究を再開した。
 この翌日。
 御樹は療養中の寮長を訪ねた。術開発の最終報告手続きについて尋ねる為だ。
 副寮長には愚痴を言いたかったのだが、多忙だからと逃げられている。
「まぁ、お久しぶりですね。さぁどうぞ」
 殆ど人に会わない暮らしをしていた寮長は、来客に浮き足立った様子でお茶やお菓子を用意していく。おかまいなく、と言いつつ近況について何気ない話をしていた。
「ではもう殆ど完成なのですね」
「ええ、一応は。提出申請書類の作り方を伺いたいのですが」
 日が暮れて寮長宅を後にした御樹は研究室に戻り、己が編み出した新術を喧伝していくための資料を作り始めた。複目符の性質と特性、術式書、術における有用性と複数式を一つの術で操ることの革新性、さらに今後の発展に関する見解を述べていく。
「こんなものでしょうかね。多くの術者に扱われ、その面が如何に洗練されていくかの情報は、今後の術発展に大きく寄与するはず。なんにせよ、副寮長には目にものを見せねば気がすみません」
 執念を纏う御樹の情熱は如何なる結果を出すのだろうか。


●卒業論文の悲喜こもごも

 副寮長室の扉を二度ノックしたのはゼタル・マグスレード(ia9253)だった。
「はい、どうぞ。術開発の件ですか?」
「卒論の提出に。術開発とするには、結界呪符の性質を深く研究する必要がありそうなので、今回は卒業論文という形で提出してみようと思う」
「そうですか、分かりました」
 マグスレードは論文を手渡して部屋を出た。そして壁に寄りかかる。
『私事で大きく遅れを取った分、少しでも成果を残したい所だが……寮長より頂いた助言を基に、性質の異なる二種類の強化術を思案してみたものの……果たして機能するのかどうか。いや、開発でない分、術の成果は求められない……よ、な』
 不安が胸をよぎったが、ひとまず食堂に行くことにした。
 一方、副寮長の狩野 柚子平(iz0216)が論文に目を通す。

 ――――既存の術式の合成、強化術の可能性について――――
                       玄武寮三年生 ゼタル・マグスレード

 陰陽術は、瘴気を操る性質上攻撃性の高い術式が多く見られる。
 しかしながら、次の攻撃への布石の為、防御に重きを置いた戦略の為、より優れた防御手段の実用化もまた、必要と考える。
 そこで、結界呪符の強化に着目し、既存の術との合成により、耐久性強化・性質付与する事での利便性の増強について仮説・展望を述べてみたい。
 まず、結界呪符の純粋な耐久力強化という目的で、九字護法陣を結界呪符の強化に重ねる方法を考えた。
 九字護法陣は、新たな式の召喚、再構成実験に利用されたものの応用術であるとされ、原初に還れば符の強化としての作用も期待できると考える。
 今一つは、結界呪符に「錆壊符」を合成させ、防御と同時に触れた物を腐食させる追加効果を付与する事で攻撃性を兼ねた防壁を作成するというものである。
 此方は発案段階で、今後の実験・研究を必要とするものである。

 既存の術式同士の合成は、その過程で、瘴気の本質も探る手段ともなるであろう。

 読み終えたところで副寮長は受領印を押した。
 続いて十河緋雨の卒業論文をひらく。

 ――――粘泥の生態についての考察――――
                       玄武寮三年生 十河緋雨

 粘泥。ジルベリアではスライム、アル=カマルではシュラムと呼ばれる下級アヤカシであるがその生態について判明していない部分も多い。
 今回は実験の結果判明したことから粘泥の生態について考察していきたい。
 粘泥は日差しを嫌い、湿気と暗所を好み夜間に活発に動く。
 天儀では沼地や水源近くの岩場の隙間に身を潜め、アル=カマルのような砂漠では砂の下に身を潜める。

 また粘泥は体内に大量の水分を含む故に水が凍結するような冬の寒冷によって凍結して活動を停止するという現象がみられた。
 また、乾燥を極度に嫌い湿気の中に戻ろうとする習性を確認できた。

 粘泥には目、口、鼻、耳がないが本物の鼠や人魂の鼠には素早く反応し、動かない彫り物の鼠には反応しなかった。
 一方で傍に落とされた砂袋には反応をみせたものの生物でないと分ると離れた。
 以上のことから粘泥は動くモノを獲物と判別し触覚により無生物ならば離すと思われる。

 粘泥について今回の研究で判明しなかった部分も存在するので今後研究課題としていきたい。
                                      以上
 流れるように受領印を押す。
 更に八嶋 双伍(ia2195)の卒業論文に目を通す。

 ――――魔の森がアヤカシに与える影響―単眼鬼の場合―――――
                       玄武寮三年生 八嶋双伍

 アヤカシは瘴気の集積によって生じる。瘴気自体はこの世界の至る所に存在しているが、 やはり密接な関係にあるのは魔の森の存在だろう。
 瘴気の海とも形容されるこの土地には大量の瘴気が存在し、日々多くのアヤカシを生み出し、その力を通常よりも強化する効果を持つ。
 ここまでは世の常識であるが、その強化とはどのような仕組みであるのかを説明する資料は少ない。

 個体ごとの特性を伸ばすのか、新たな能力を付与するのか。
 強化は一律同じ効果であるのか、それとも個体差が存在するのか。
 その断片でも掴む事が出来ないかと研究を行った。

 【研究対象とその戦闘力】
 今回研究対象に選んだのは単眼鬼。
 未だ解明が完了していない中級アヤカシの一体であり、術よりも肉弾戦を得意とする単眼鬼の純粋な強さは魔の森が与える影響を観察するのに適していると考えたのが理由である。

 魔の森で遭遇した対象は加減が分からない事もあり、完全捕獲には至らなかったが、その戦闘能力を測るには十分であった。

 魔の森内部で遭遇した最初の個体を倒すまでに消費した術は蛇神四発、錆壊符三枚、結界呪符「白」で壁三つ。
 結界呪符「白」は二度の体当たりで霧散するなど、その攻撃力は森の力を受けて更に高まっていた。
 轟龍の爆炎を一発二発浴びた程度では表面を焦がす事しか出来ないなど抵抗力も高い。

 この際、闘志を燃やした轟龍の連射によって上半身を喪失する事故が起きたが、それでもまだ消滅せず、魔の森外での実験でも元気に暴れていた。
 この生命力も魔の森の影響なのか、それとも元から備わっていた力なのかは不明。今後の研究で解き明かしたい。

 【魔の森が与えた影響】
 今回単眼鬼に与えられた影響は「強化」であった。
 上半身が喪失しても戦うほどの生命力を持っていたが、再生修復する能力は備わっていなかった為、

「……おや?」
 結論までない。もしや紛失したのではと探してみたが、やはりない。先ほど受け取ったものだから部屋から消えるはずがない。つまるところは時間切れで未完になったのだろう。良く纏めてあっただけ非常に惜しい、と柚子平は肩を落とした。きっと高い点数がつけられたが未完では致し方ない。柚子平は規定に従って減点しつつも、受領印を押した。
「おじゃましまーす。提出にきました!」
 卒論を抱えたシャンピニオン(ib7037)が現れた。そわそわした様子で卒論を手渡す。
「では失礼して」

 ――――精霊力と瘴気、生物の可能性――――
                       玄武寮三年生 シャンピニオン

 完全に瘴気汚染された場合、不可逆である事は、既に多くの事例が示している。
 瘴気に影響され、瘴気の森で生育する動植物は、瘴気が栄養素であり水。
 神木など強く精霊力を帯びたものもまた、養分とするものが並の動植物と異なるといえる。
 今回試験的に植えた榛は、様々な可能性を示唆してくれる。
 条件と生育状況によって、生物はいずれかに強い耐性を得る事も可能ではないかと推察する。
 この度、魔の森にて生命力の強い榛を用い、生育実験を実施してきた。
 瘴気汚染された土地・清浄な土地其々で、最初から同一の土地で育てたものを「い群」、 発芽した時点で育成場所を逆にし、数ヶ月育てたものを「ろ群」と以後呼称する。
 い群は、瘴気汚染されたものは植物アヤカシ化、清浄な土地のものは活力に満ち通常の生育を遂げている。
 ろ群は、双方枯死する結果となった。
 これより、生物は育った環境により生態を変化させること、瘴気汚染された地で育ったものと清浄な土地で育ったものは、環境を変えると生存確率が著しく低下する事が示唆される。
 この結果より、私はもう一つの可能性を思考する。
 例えば、より短い間隔で育成環境を変えることで、汚染・非汚染地双方に馴染む個体を作ることはできないか、と。
 つまり、成長の早い段階から瘴気に対する耐性をつける事で、本来の性質を変異させる事なく成長できるのではないか。
 この推察が証明されれば、今後瘴気に抗し得る一助となる研究に繋がると展望するのである。
 今後も継続した研究を行っていきたい。

「はい、よろしいです」
 柚子平が受領印を押したのを確認してから、シャンピニオンは「ありがとうございました!」と言って廊下へ出た。辛く長い日々の終わり。開放感に包まれた、この瞬間の幸せ。
『あ……進路相談するの忘れちゃった。忙しそうだし、後日副寮長に相談してみよっと。これからも魔の森の研究を続けるには何処に就職目指せばいいのか、とか。ある程度は開拓者としての行動の自由も欲しいけど、両立できるかなあ?』
 首を傾げつつも踊るような足取りで食堂に向かう。


●つわものどもが……

「なんということでしょう、おわりませんでした」
 食堂で八嶋が突っ伏していた。粘ったが、卒業論文は途中の段階で提出せざるを得なかった。提出しないよりマシではあるが、これでは成績がどう転ぶか見当も付かない。
「まぁ、そう気を落とすな。俺も時間の都合で術開発の論理を卒論に使ってしまったので気持ちは分からなくもない。此を呑んで元気を出すといい」
 気遣わしげなマグスレードは、氷でキンキンに冷えたニュー青汁を皆に振る舞った。もあ〜と、くやさが如き香りが広がる。善意の差し入れに八嶋や御樹達が葛藤している。そこへ研究室の片づけと掲出を済ませたシャンピニオンがやってきた。
「……よし! 卒論終わりー! って皆、どうしたの? 集まって暗い顔」
 説明を聞いたシャンピニオンが肩をすくめる。
「もう終わったことだし、しょーがないよ。あとは採点待つだけだもん」
「言えてるわねー」
 ヴェルトだった。
 二日間、さっぱり姿を見かけないと思ったら、どうやら術開発で詠唱時間の短縮に挑んでいたらしい。一応、実践で反射的に発動できる程度の詠唱時間にはできたようだが、弊害も分かったそうだ。
 一般的な術と違い『陰陽回帰(仮)』は使うシーンが限られる。長々と術式を組む余裕は、実践では無いに等しい。よって詠唱短縮を可能にした事で、まず敵の攻撃を相殺して弱める部分に、式の力の大部分を消費してしまう事になった。
「……でね、受けた攻撃を瘴気に分解・吸収・術者に還元する特別な式。この耐久力を高められないから、ある程度の上限ができるのよ。敵の攻撃が強力すぎると、力を相殺しきれない式が破壊されて回復はできない、とかね。色々あるけど、術者依存になる面が多少あるかもしれないわ。幸いなのは陰陽師の攻撃に限り、対人でもいけるって事かしら」
 詳しい内容はまたね、とヴェルトが締めくくった。
 同じく二日間ほど術開発に徹した十河緋雨も草臥れていた。
「も〜死ぬ気でやるしかありませんでしたからー。みててくださいよー」
 十河の掌に時計の文字盤が構築されていく。長針は陰陽師を指していたが、人妖と羽妖精が並ぶと人妖を指し示した。おおお、と歓声が上がる中で、短針が少しずつ回っていく。
 一周すると全く動かなくなってしまった。
「長針は濃い方向。短針で瘴気量を量る……としたかったんですけど、今の段階だと短針が一周して限界までいっちゃうと短針が動かなくなるみたいなんです〜」
 瘴気を吸収して回るように短針の術式を組んだ為、濃い場所では一瞬で回るが、いざ瘴気の薄い場所にいくと針は戻らない。そのまま止まる。
 課題は多い結果になった。あとは投票と結果待つのみ。
 皆の表情が暗い。
 シャンピニオンがピーンと良いことを思いついた。
「今日はゆっくり寝て、明日はみんなで打ち上げにいこうよ。美味しい甘味処見つけたんだー!」
 騒がしい夜がふけていく。