【雨】雄大なる絶壁の悪夢
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/11 10:00



■オープニング本文

 最近、雨が多い。

 朝早くは晴れていたというのに、昼ごろには曇り空、そして夜には雨がざーばざば。
 山は天候が変わりやすいというが、山間部の里はその余波を受けやすい。
 突発的な大雨は、朝が来ても延々と続く。
 かくして事件は悪化する。

「さーむーいー!」
「夏はどこにいったの!」
「立てるかー!」
「なんだ……あれ……」

 開拓者たちの叫び声が響く。
 ギルドに届いた依頼は『裏山の林にアヤカシが住み着いたから退治してほしい』というものだった。
 よくある仕事だ。
 しかし、いざ陽州の現場に来てみれば、集中豪雨の影響で裏山が崩れ、岩がむき出し。問題のアヤカシも崖崩れに巻き込まれたらしく、崖の真ん中あたりでぶらついている。何とか絶壁を登ろうとしているようだが……根や枝が崖を這い上がろうと蠢いているのは奇怪だ。その奮闘ぶりに感動すら覚える。ちなみに崩れたのは一角だけで、どろどろの坂道から回り道すれば崖の真上にあがれるという。

「早く何とかしてくれ! あれが落ちてきたら家が! 真下の家がつぶれる!」

 どうにか、といわれても。
 あ、目の前で依頼主の付け毛が飛んでいく。

 現在は大雨で、立っているのも難しい暴風吹き荒れる悪天候だ。
 幸い、現場はゴツゴツした岩ばかりだが、この状況下であの斜面の物体と戦えという。
 開拓者は何でもできる超人と思われているんじゃないだろうか。
 常人より強靭な体だって風邪をひく。
 明日の仕事に響く。
 そんなことを考えている間に、付け毛を奪還してきた依頼主が戻ってきた。
 色々と不平不満をぶちまけたいが、それらを喉の奥に飲み込んで依頼主に笑顔をささげる。
「お任せください!」
「我々が滅ぼして見せます! さあ皆さん行きましょう!」
 無駄に見栄を張ってしまう口が憎い。

 だって信用はお金じゃ買えないんだもの。


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
露草(ia1350
17歳・女・陰
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ


■リプレイ本文


 見えない。前が見えない。
 嵐の中で崔(ia0015)の眼鏡には水滴や小石が飛んできていた。
 気を抜くと眼鏡ごと持って行かれる。
『……なんという厄日!』
 崔の懐に隠れた上級迅鷹の月光が嫌そうな顔で納まっている。
 猛禽類も嫌がる大荒れだ。
「つか、命の危険を悟るとアヤカシもああなるんだな……」
 崔たちの目の前には、もぞもぞ蠢いている樹木型アヤカシ。
 真下に民家すらなければ、いいやそもそも仕事でなければ、かなり放置しておきたい。
 露草(ia1350)が必死に前方を見上げる。
「……しがみついてるアヤカシもアヤカシですよね。てか、これもしかして、はりつけですか? はりつけって言うべきですかー?」
 もしかしなくとも磔(はりつけ)である。
 しかし。
 その声は暴雨で殆ど消されていく。
 露草の懐にも上級人妖衣通姫が隠れていた。人妖は虚空にふわふわ浮かんでいる為、ふんばることができない。むしろ飛ぶ。人妖も生命の危険を感じているらしく、しきりに何かを露草に訴えていた。
「だ、だいじょぶなの? だいじょぶなの? ほんとにいくの?」
 つぶらなまなざしは帰りたいです、と暗に訴えている。
「えー? いつきちゃん、何か言いましたか!?」
 聞こえていない。
 御樹青嵐(ia1669)は長い髪がべっちょりと肌に張り付いていた。
 普段は薫風になびく艶やかな黒髪も、もはや残念な印象と恐怖をかき立てる道具に過ぎない。
「青嵐さん、大丈夫ですか」
 露草に言われた御樹は、骨張った指先で前髪を掻きあげて、何故か優美に笑って見せた。
「ご安心下さい。ほら、世に言うじゃありませんか、水も滴るいい男って、今回の場合、水どころか風も滴る感じなので、より一層いい男って感じですね……よって私は美しい!」
 べちべちべち!
 びょおぉぉおぉぉぉおぉ……っ!
 雨風と一緒に枝葉が当たり、衣服が溝ネズミ色に汚れていく。
 緋那岐(ib5664)は不条理と我が身を嘆いた。
「おィ、これって初めから地元の修羅連中に頼めばいいんじゃね? 何故こんな」
 此処は陽州である。
 自分は非力な人間である。
 志体持ちがどうとかいう問題はさておき、修羅は人間より強靱である。
 よって初めから地元の若者にでも金を積め、と言いたい気持ちをグッと堪えつつも、堪えきれない魂の声が嵐の中に放たれる。
 しかし周りに聞こえていない。
 萎える気持ちを抱える緋那岐とは対照的に、上級からくり菊浬は不動の仁王立ちで崖を眺めている。
「雨じゃなくて飴だったらよかったね?」
 童女らしい発想だが、この猛烈な雨粒が飴だとすると打撲で済まない予感がする。
「……何故、今日に限って大荒れなのでしょうね」
 朝比奈 空(ia0086)は白き羽毛の宝珠を確認した。
 これさえあれば落下死はすまい。万が一の備えであるが、使わないことを祈りたい。
 しかぁし!
 同じく白き羽毛の宝珠を持っていた露草は、宝珠が万能でないことも悟っていた。落下の衝撃はなんとかしてくれるかもしれない。しかし横殴りの暴風や打ち付ける雨、そして吹っ飛んでくる瓦や石など、降りかかる危険物質からは守ってくれるわけではない。
『い、いつきちゃんだけでも体を丸めてかばわないと!』
 問題はどう戦うか。
「まー、アヤカシに感心してる場合じゃねぇ。やってみるしかないんじゃね? 依頼にーん!」
 崔は依頼主を呼んだ。
 離れた場所から顔を出した依頼主は「あぁあ? なんだぁー?」と大声を返す。
「あのさぁあああ! ちかくのぉおぉお! じゅーにん避難って済んでんのおぉお!?」
「あ!? なんだってぇえぇ!? きこえねえぇ!」
「だーかーらー! ひーなーんーはー!」
「あー!?」
 激しい雨風が崔の声をかき消す。
 近隣住民を遠くに退けたいだけなのに、声も枯れるほどに叫ばねばならない。
 つらい。吟遊詩人が弾丸の如く声を飛ばす技が今だけ欲しい。
 切実に欲しい。
 正気に戻った御樹が「現実逃避しても埒開きませんのでお仕事をしましょうか」と声を投げた。露草は「そうです! 倒しさえすれば消滅します!」と拳を握る。緋那岐は「あー、わかったよ! やればいいんだろ、やれば! うおおお!」と腕を捲り始めた。
「そう。仕事はきっちりやるとも! そして看病なら任せたまえ!」
 頼もしいフランヴェル・ギーベリ(ib5897)は、既に何か問題が発生する前提で話す。
『これは風邪をひくね、うん。子猫ちゃんの看病が楽しみさ、ふふふ』
 ギーベリの脳裏からは、自分が看病される側になる可能性が、サッパリ失われていた。
 そして徐に荒縄二本を持ち出し、二つの紐を固く結び始める。
 朝比奈が『術で済むのならば一刻も早く終わらせたい』と思っていると、目の前には果敢に挑む勇者たちの姿があった。
 ずしゃ、と泥の中に一歩踏み出す。
「……今回ばかりは! 術者であることを! 感謝せねばなりませんか!」
 前進する御樹は吼えた。
 真下からでも隷属を使った混沌の使い魔を叩き込めば骨も残るまい。
 否、大木に骨など欠片もないが、つまるところ圧倒的な攻撃力で食らいつくして被害を軽減し、とっとと現場からオサラバしてしまえば良いのである。
 良いのであるが、分かっていても実行に移すのは至難だ。
「おおぉおおぉおぉ!?」
 支えのない場所へ一歩踏み出しただけで、強烈な風と雨が御樹に襲いかかる。ローブやコートや衣類諸々が翻り、派手に乱れていく。
 ふとした拍子に真っ赤な紐ショーツがちらりと見えた暁には、不可抗力とはいえ着用主の無駄な趣味まで露呈して周囲にいらぬ誤解を招く。
 凍えそうな季節でないだけマシかもしれない。
「こ、これしきのォオォ!?」
 召還した管狐の白嵐は、瞬時に強風で飛ばされた。
 練力が尽きれば、いかに遠かろうが戻されるはず……と考えた御樹は放置を決め込んだ。ひっそり「たまにはいい薬という奴です」と呟いた彼と相棒の間には、何やら深い溝が見られる。
 更に光景を見ていた朝比奈が未召喚の管狐の青藍を一瞥し『こんな日には呼ぶのはやめておきましょう』と決意を新たにする。
 後方の露草は……御樹の露出ぶりを踏まえて匍匐前進で前方を目指す。
『花も恥じらう嫁入り前です、絶対に真似はできません!』
「どろどろ〜!」
「いつきちゃん、辛抱してください!」
 氷龍を撃とうにも、射程が少し短いのが悩ましい問題だ。ぶら下がって接近戦を挑む仲間はきっと振り子のように盛大に揺れることだろう。
『射線を誤っては何が起こるか……巻き込まないためにも接近して確実にあてねば!』
 しかし匍匐前進により泥まみれの衣通姫は「ぐちゃぐちゃ〜おふろ〜」と泣きながら騒いでいた。
 前進ままならぬ術者達。
 悪戦苦闘する姿を眺め、ギーベリはカッと両目を見開いた。
「術者の皆さんだけに任せるのは悪い……ボクがアヤカシに接近戦を挑む!」
 結んでいた二本の荒縄は崖を降りるための命綱であった。白き羽毛の宝珠を懐に忍ばせ、縄を担いで崖上を目指す。
 雄々しいギーベリに引き続き、崔は多節棍を連結して杖代わりにし、体を支える為にあれこあれすると、大事な眼鏡を外してしまい、懐の迅鷹をむんずと掴んだ。
「ギー! ギー! ギィィ!」
 いやいやと身を捩り、更には鋭い嘴で主人を突く。
 参戦拒否。
「落ち着け月光! 同化してりゃあ濡れねえから! だから俺と一緒に行……イテイテ!」
 黙した朝比奈は思う。
『アヤカシは……正直な話、これだけ強力な術士がいれば遠くから始末できそうなものですが、……あえて正面から挑む方がいるなら、それを邪魔するのは無粋というものですね』
 ナナメ上の結論に達した朝比奈は「おまちください」と崔と緋那岐を呼び止めた。
「ん?」
「何だ?」
「これをお持ち下さい。少なからず命の保証にはなります」
 朝比奈は予備の白き羽毛の宝珠を貸し出して「御武運を」と命運を祈った。
 麗しき友情、仲間思いの鏡だが……あえて、いらん危機に送り出している事を忘れてはいけない。
「おう! ありがとう!」
「頑張って行ってくるぜ!」
 真心と思って手を振る男達。
 真実は知らぬが花。
 無表情の朝比奈はアヤカシ落下時に備え、木と崖の間にアイアンウォールで壁を幾つか築いた。そして仕事は終わった、とばかりに軒下から傍観に回る。
 その頃、ギーベリは崖上の木に命綱を結び、鋼龍LOに確りくわえさせて「LO、飛ばなくていいから、姿勢を低くしてじっとしててくれ、合図したら引くんだ」と命じながら己の体に命綱を巻き付けていた。崔も樹木に命綱を結びつける。
 崖を降りるようだ。
 接近戦を挑む崔とギーベリが真下を覗く。
 十メートル下に、ごっそり無くなった岩場。二人がこのまま地道に降りて這うように進んでいき、更に下を覗き込めば、蠢くアヤカシが待ちかまえている。
 崖上にあがった緋那岐も結界呪符「黒」で要所の樹木や相棒達の周りに壁を構築していく。が、さらに観戦用の防壁の構築を思いつく。
『眼下には言い得て妙なアヤカシ、周りには闘志溢れる仲間、これって絶対見てる方が楽しいんじゃね』
 だが崖上から観戦するには一段低い場所へいかねばならず、正面から降りそそぐ雨風は防げず、天井もなく、どのみち泥と雨で濡れ鼠になることにかわりはない。
 地上で安全圏を確保した朝比奈に対し、悪天候下で観戦を決め込む緋那岐。

 樹木アヤカシが益々ズリ落ちてきた。
 真上の光景を見て、露草の脳裏に……追い風と砕魚符を使う光景が横切る。しかしこんな雨風の中で、それはいかがな物か。葛藤していると、真上で実行に移す猛者がいた。
「えーい、やっちまえー!」
 緋那岐が砕魚符を発動し、ぽぽぽぽーい、と魚の式を投げ始めた。
 アヤカシの注意力を削ぐ攻撃だ。降りそそぐ無数の魚がべちべち当たり始める。しがみついていた枝で魚を払おうとする樹の姿は滑稽にも程があった。
 むしろ可哀想にも思えてくる。
 あぁ落ちる……
 岩肌を滑っていく……
 掴むべき岩を剥ぎ取ってまで魚に投げて何になろう……
「わーはっはっは、おちろおちろー!」
 半ば自棄にしかみえない。
「なんて地味な嫌がらせだ……しかし魚に仕事を取られるわけにいかねぇ、いってやろうじゃねーか!」
 崔は友なる翼で月光と同化後、真横から挑むべく降りていく。
 振り子の要領で勢いをつけ、一気に渾身の一撃をぶち込むのが狙いだ。
「右に同じ! 見ていてくれたまえ、子猫ちゃんたち! ボクの麗しき勇姿を!」
 ギーベリは樹木アヤカシの真上に立つと、躊躇いもなく飛んだ。
「おねえさんが飛んだね」
 からくりの菊浬が淡々と実況。
「うおぉお。先を越された! さぁ飛び込め、もう一人の俺。死なば諸共やればできる」
 緋那岐が白面式鬼を蹴り落とす。
 むごい。
 先に落下したギーベリは美しくアヤカシに着地するかと思いきや、強風に押し戻されて絶壁に磔になりながら落ちていく。
 ガコガコガコガコッ!
 絶壁と衝突しあう金属鎧から嫌な音が聞こえるが、この際、無視!
「天歌流星斬!」
 練力の奔流が生み出す衝撃波が、流星が如く閃く。
 更に真横から崔がアヤカシにぶつかる。腕に宿る炎が鳳凰の羽ばたきのように広がり、鳥の如き鳴き声を響き渡らせた。

 崖を這う巨木アヤカシ、容赦なく散る。

 ぷらーん、ぷらーんと岩肌で強風に揺れる崔と地上に着地するギーベリ。
 対し、地上の御樹と露草は強風と戦い続けていた。


 アヤカシ退治を済ませた後、崔は自力回復したのに対し、発熱して寝込んだのは雨風に晒されたままの御樹と緋那岐であった。無理もなかろう。震えていた露草と朝比奈は相棒共々風呂で体を温め、子猫ちゃんの看病を夢に描いていたギーベリは……アテが外れたので、せめて女性陣達の泥まみれの衣類を洗濯する気遣いを見せていた。
 男性陣の看病と洗濯は、からくりの菊浬が淡々と行う。
「すいませんね、ギーベリさん。お洗濯させちゃって」
「任せたまえ、フフッ」
「寒いですね……青藍と何か温かい物でものみましょうか」
「……この赤い紐の下着、だれの? うん? 白嵐が……もっていくの?」
「白嵐、菊浬さんを手伝ってきなさい、と言ったのであって、下着を窃盗しろと誰が言いましたか、う、目眩が」
「くくり〜、みず〜、あ〜、呼吸できねぇ」
 呻く緋那岐に湯飲みを渡した崔が、窓の外を見た。
「仕事は済んだけど……暫く大荒れだなぁ」
 帰りたいのに帰れない。
 よって一行が都に帰ったのは、それから数日後のことであった。