|
■オープニング本文 【★重要★この依頼は【明希】【旭】【華凛】【到真】【礼文】【真白】【スパシーバ】【仁】【和】の年中9人と【桔梗】【のぞみ】【のの】【春見】の年少4人の合計13人に関与するシナリオです。】 孤児院から一気に人が消えた。 生成姫の消滅について話した八名が外の世界へ出たからである。 年長組の【アルド】【結葉】【灯心】は開拓者になり、よく知る人物の家に居候させてもらっている。一方、正式な養父母を得た【恵音】【未来】【エミカ】【イリス】【星頼】の五人は新しい暮らしを始めていた。 孤児院に残ったのは13人。 もちろん、外へ出たのは『世界を知るための長期旅行』という説明がなされていたし、いつか他の子にも同じような機会が来ると説明をしていたから、納得はしている様子だった。 一応は。 今まで子供達をまとめていたのは年長組だった。 一気に彼らが抜けた今、子供たちを食事の時間に呼び集めたりするのは、聞き分けの良い元気な旭、少し控えめだけれどお姉さんとしての自覚も芽生えた優しい明希の役目になった。二人を補佐するのがお手伝いに生きがいを見出している到真や、物腰の穏やかな真白たち。イリスとエミカが大切にしていた庭は、今はスパシーバが毎日世話をしている。礼文も時々手伝っているらしい。仁や和は相変わらず賑やかだったが、年下と一緒に遊ぶ時間が増えたらしい。少し威張ったりするのは、お兄さんぶりたいあらわれかもしれない。 集団行動には非協力的で単独行動が多い華凛にも、年少組はちょくちょく構うようになった。 あそぼーあそぼーあそぼー、と纏わりついて煙たがられている。 さびしいのだろう。 院長先生の話を聞いた人妖樹里が悩みこむ。 「そっかぁ、ユズも定期的に会える機会は設けるって話だけど」 「そうなの?」 「お知らせは送るって言ってたけど、来るかどうかは養父母の人たち次第だって」 「そう。そろそろ水遊びの季節だし、去年と同じ山の観光地へ行こうと思うの。お願いできる」 「いいよーまかせてー」 ひらりと手を振った。 +++ 最近、開拓者の間で再び噂になっている子供達がいる。 通称『生成姫の子』――――彼らは幼少期に本当の両親を殺され、魔の森内部の非汚染区域へ誘拐後、洗脳教育を施された経歴を持つ『志体持ちの人間』である。 かつて並外れた戦闘技術と瘴気に対する驚異的な耐性力を持って成長した彼らは、己を『神の子』と信じ、神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んで絶対の忠誠を捧げた。 暗殺は勿論、己の死や仲間の死も厭わない。 絶対に人に疑われることがない、最悪の刺客にして密偵。 存在が世間に知られた時、大半が討伐された。だが……当時、魔の森から救出された『洗脳が浅い幼子たち』は洗脳が解けるか試す事になった。 子に罪はない。 神楽の都の孤児院に隔離され、一年以上もの間、大勢の力と愛情を注がれた。 結果……子供たちは人の世界の倫理や考え方を学び、悲しい事に泣き、嬉しい事に笑う、優しい子に変化を遂げた。開拓者ギルドや要人、開拓者や名付け親にも、孤児院の院長から経過を記した手紙が届く日々。 だが養子縁組も視野に入った頃に『生成姫の子』を浚う存在が現れた。 名を亞久留。 配下アヤカシ曰く、雲の下から来た古代人なる存在らしい。 何故、今更になって子を浚うのか。誘拐を阻止した大勢の開拓者達の問いに、返された答えは『生成姫との取引報酬』『天儀と雲の下を繋ぐ存在になる』『我々の後継者である』という内容だった。 だから『返せ』と。 無数のアヤカシを使役し、行動に謎の多い、雲の果てから来た異邦人。 そして国家間の会議の末に、有害とされた異邦人は討伐された。 これで少なくとも直接的な脅威は排除されたと見ている。 生成姫の子供達や神代、大アヤカシに干渉していた経緯を踏まえても。 そして噂の子供達は、元の生活に戻っていた。 開拓者ギルドや要人、開拓者や名付け親にも、孤児院の院長から経過を記した手紙が届く。 +++ 玄武寮の卒業試験などで忙しい狩野柚子平に代わり、人妖樹里や人妖イサナが同行していた。 賑やかな子供たちが貸切宿に走りこんでいく。水着に着替えてお弁当の準備だ。 「昨年と同じ場所だから危険はないと思うが、目は離さないようにな」 開拓者たちが「そうする」と少し苦笑い。 「あーそうだ、皆少し集まって」 樹里は大人だけ集めて内緒話を始めた。 「前の話し合いで、華凛ちゃん、礼文くん、桔梗ちゃん、のぞみちゃんの四人をよく見ようって話になったでしょう。 それでね色々考えたんだけど…… 今日、近くの老人会が広場で犬猫を集めて戯れてるんだって。心が癒されるかららしいんだけど、お年寄りのおひざに猫をのせたり、犬の毛を梳いたり、裏方の仕事をするお手伝いに四人を送り出すことにしたの。沢登りはさせてあげられないんだけど、付き添いできる人いる?」 動物に心の癒しを求める、お年寄りたちに混ざって。 はたして子供たちの反応は如何に。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / フェルル=グライフ(ia4572) / 郁磨(ia9365) / ニノン(ia9578) / 尾花 紫乃(ia9951) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / グリムバルド(ib0608) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / ウルシュテッド(ib5445) / ローゼリア(ib5674) / ニッツァ(ib6625) / パニージェ(ib6627) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 御凪 縁(ib7863) / 刃兼(ib7876) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498) |
■リプレイ本文 ●お出かけ準備 今日は子供達が二手に分かれる。 ひとつは沢登り。もう一つは老人会の手伝いだ。 リオーレ・アズィーズ(ib7038)は駿龍ベロボーグに滝壺で料理をする為の道具を積み込む。沢山のお米。大きな釜。煮炊き用の薪。綺麗な石清水。包丁とまな板。欠かせないのが調味料。流石に大勢の分量なので、白雪 沙羅(ic0498)も駿龍天青に手伝わせる。 「ありがとう沙羅ちゃん」 「とんでもないです!」 「ねー、これはもっていかないの?」 明希が背負い籠を持ってきた。アズィーズは「それは背負って歩きます」と教える。 「明希、今日は山菜を摘んで、山菜おにぎりをたくさん作りましょう!」 白雪の笑顔に「どのくらいたくさんなの?」と問いかけて、籠を覗き込む。 アズィーズが龍にのせた釜を指先で叩いた。 「そうですね。お釜いっぱい作ってお結びにして、子供達と開拓者みんなに食べてもらいましょうね。ですからみんなが食べられる位は必要です。ね、沙羅ちゃん」 「はい。今日はおにぎりを沢山作るので、山菜思いっきり摘んじゃっていいですよ! 籠から溢れるぐらいでも大丈夫! 摘めたら下拵えして、炊き込みご飯を作りましょう」 相当量が必要だと悟った明希が「採れるかな」と少し不安そうだ。 「がんばるね」 台所では戸仁元 和名(ib9394)と到真がお茶を水筒に入れている。 「今日は一緒に山菜取りに行きましょうね」 ネネ(ib0892)に言われた幼いののは、仙猫うるるを抱えたまま口をへの字にまげた。 「お野菜やぁー。お肉がいいー」 相変わらずの野菜嫌いだ。 以前は美味しく料理してくれる年長組がいた。今は院長が空き時間に、別で料理してくれる程度だ。完全に野菜嫌いが治ったとは言いにくい。しかしこんな反応を見こしていたネネは諦めなかった。 『ここでも苦手克服をちょっとずつやっておかねば!』 「ののー、おにぎりたべませんか?」 ちゃきーん、と取り出したのは特別に作った焼きおにぎり。 甘味噌たっぷり。 食い意地の張ったののは「たべる!」と即答して腕の仙猫を放り出し、自発的に手を洗っておにぎりを欲しがった。食べても食べたりない育ち盛りだ。幸せそうに囓る姿を眺めて「焼きおにぎりおいしい?」と尋ねる。 「あまくてー、しょっぱくてー、ぷちぷちして、美味しい」 「よかった。実はそのおにぎり、山菜のお味噌なんですよ」 ぴし、とののの表情が固まる。少し意地悪な作戦だったかもしれない。苦みを消す為に、大量の砂糖等を使った。呆然としたののが手元を見て、注意深く匂いを嗅ぐ。まるで猫だ。 ものすごーく凝視した後、もう一度食べた。ネネを見上げる。 「山菜のお味噌?」 「うん、そう。お野菜の味する? 苦い?」 「……ううん、しない。おいしい。へんななの」 「のの。普通のお野菜は苦いかも知れないけど、おいしく味付けすればおいしいの。お味噌の焼きおにぎりみたいに。ちゃんとののが好きな味にできるように考えておきますから、一緒にみんなの山菜を摘んでくれる?」 「うそつかない?」 「つきませんよ」 「じゃあ、つむ」 小さい頭が頷いた。 一方、お手伝い出発前の妹たちの身支度を整えるのは、アルーシュ・リトナ(ib0119)が連れてきた養女の恵音だ。やはり最年長の言うことは、幼い子供達も素直に従う。桔梗の髪を結う恵音は笑顔を作っていたけれど、時々戸惑い気味な様子だった。 今朝、内緒話をしたからだ。 『あのね、恵音。孤児院にいる子には、おかあさまの事はまだ内緒にして欲しいの。複雑な気持ちでしょうけど……先に学ぶべき事がたくさんあるから』 『……わかったわ、いわない』 『お願いばかりで、ごめんなさいね。ありがとう。それとね、桔梗さんの良いところを一緒に探して欲しいの。お姉さんの目線で教えてくださいね』 「はい、おしまい」 恵音が桔梗の髪を結い終えた頃、リトナは桔梗に話しかけた。 「桔梗さんこんにちは。秋に一緒にお菓子を作りましたね。桔梗さんは猫茶屋の手伝いのことを覚えているかしら」 動物への接し方のおさらいをはじめた。 ちゃんと子猫への接し方を覚えていた。 ウルシュテッド(ib5445)も星頼に「今日は弟妹の仕事ぶりを見てあげよう」と誘う。 「星頼にとって礼文はどんな弟かな」 「ぼくのすぐ下だよ。なんでも自分でやるし、綺麗好きだから、お掃除のお手伝いもよくしてた。でも何か一つ始めると、終わるまで他のことはどうでもいいみたいだよ」 『……ふむ。熱中すると周りが見えなくなるって事かな、それとも物事に根気強く取り組めて何事にも真面目と捉えるべきか』 養子の意見を聞いたウルシュテッドは、その後、礼文と話し込んでいた。 「花壇の世話を時々手伝っているそうだね」 「スパシーバが朝は大変だっていうから」 「花も生きてるから世話は楽じゃないよな。その様子なら今回の手伝いも任せられそうだ」 期待していることを暗に伝えた。 ウルシュテッドと礼文を眺めつつ、ニノン・サジュマン(ia9578)は星頼に「元気にしておったか」と声をかける。 「うん。こんにちは」 「息災でなにより。ところでテッド殿のことは何と呼んでおるのじゃ?」 すると星頼が狼狽えつつ「何も」と返す。ろくに呼んだ事がないらしい。 「さんは変だし、旭みたいに呼び捨てはできないし、おとうさんって急に呼ぶのは変かなって思うし」 今だ『おとうさん』と呼ぶことにも気恥ずかしさを覚えているようだ。 子供は子供なりに気を使うらしい。 「場に合せて可愛く、ね。お洒落の腕の見せ所よ」 「……あたしも参加しなきゃだめなの?」 華凛は老人会へのお手伝いに難色を示していた。フェンリエッタ(ib0018)の配慮でフリル付きのエプロンを着せ、お洒落を手伝う。髪を梳きながら心境を尋ねた。 「あら、お手伝いはしたくない? 不安?」 「ちがうけど」 「私達もついていくのよ。大丈夫。それとも犬や猫は嫌いかしら?」 「別に、嫌いって訳じゃない」 リムニルドの指輪を弄る華凛は、果たして何が不服なのだろうか。 辛抱強く尋ねると、華凛が小声で呟く。 「だって。春見たちを虐めたのと同じ、おじいさんとかがいるんでしょう。妹たちを虐めるかもしれない人達の手伝いなんて、あたし嫌よ」 フェンリエッタは目が点になった。 華凛は華凛なりに弟妹を思っているのかもしれない。 「見た目はおじいさんでも、春見ちゃんを転ばせた人達とは別の人よ? 一人に意地悪されたからって、他の人も同じだと決めつけたら可哀想だわ。もしものぞみちゃんや桔梗ちゃんが意地悪な人がいたとしても、華凛が護ってあげればいいんじゃないかしら」 華凛は渋々老人会の手伝いを承諾した。 ●沢登り 沢登りをするローゼリア(ib5674)の隣には未来がいた。山菜つみでないのは『花屋になりたい』という未来の言葉を尊重したからだ。 「未来、好きな花はありますか?」 「好きな花?」 「私は薔薇が好きですの。未来の好きな花は?」 未来は目に付いた花を片っ端から摘んでいる。傍目には雑草のような小さな花も、未来にとっては価値があるのだろう。けれどやはり大きくて華やかな花は、特に好きらしい。色違いの紫陽花。白い蓮。空木の小枝。夏椿。そして少し昇った高台から見下ろす向日葵に「あれがきれい!」と指さした。 「沢山好きな花がありますのね。良い事ですわ。滝壺に着いたら花冠を作りましょう」 「うん!」 「上手くできたら差し上げますわね。そういえば……未来。氷の上で魚釣りをした時の事を覚えていますか」 「う? おいしかった! また食べたい」 「それはよかったですわ。その時に一緒の殿方……男の人がいたでしょう。彼についてどう思いますか?」 尋ねたローゼリアが顔色を窺う。 『私にとって大事は人なので、仲良くして欲しい所ですけど……無理強いはしたくないですものね。とはいえ嫌いだといわれたら……本当にどうしたものか』 「わらってて、やさしくて、ちょっとあわてんぼう?」 「好きですか? それとも嫌いですの?」 「嫌いじゃないよ。怖い顔のにーにより好き。一緒にいて楽しい人は、あたしみんな好き」 ローゼリアはホッと胸をなで下ろした。 近くでネネとののも山菜積みに勤しむ。 「のの。たくさんとったら、他の人とも分け合いましょうね ほら、あそこで分け合いしてますよ」 「あげるー!」 ののが摘んできた花をネネに渡した。 ひょいひょいと沢の岩場を登るスパシーバを眺めたニッツァ(ib6625)は不思議な感覚を覚えていた。背も伸びたし、記憶の顔つきよりも大人びている。子供の成長は早い。 『もう1年か……早いなぁ、シーバも大きいなったもんな』 岩場で沢ガニを探したり、野生の獣の声に耳を澄ませて沢を上がっていく。 紫ノ眼 恋(ic0281)も同じ考え事に耽った。 『前に来てからもう1年か、早いものだな』 「恋おねえさん!」 真白の声に我に返ると、ちょっと先まで歩いた真白が細い手を差し出していた。 「そこの段差あぶないよ。ぼくにつかまって!」 心優しい小さなナイト。 一年の成長は目覚ましい。 「ふふ……そういえば、年長組が外へ出てがらりと生活も変わっただろうが、真白は変わりはないかい? いつもよく旭と明希を助けていると聞いたよ」 「うん。変わったかな。ぼくお手伝いする時間が増えたよ。兄ちゃんや姉ちゃんがいないから、やること多いし、少しならお手伝いできるかなって思ったから」 「無理はしていないか?」 「む、無理じゃないよ! ぼくだって、少しはお兄ちゃん……できるよ」 早く大人になりたい、背伸びしたい真白の主張が微笑ましい。 「そうか。いいことだ。協力できることがあれば、なんでも聞くからね。何か困ったことができたら、話すといい。きちんと周りに相談できるのも、良い大人の条件だよ」 「はーい」 「よし。では今日は滝壺に着いたら魚でも釣ろうか、焼いて食える。沢山釣れたら皆にも振る舞えるね」 聞き分けのいい素直な真白が「沢山釣るね」と笑った。 フィン・ファルスト(ib0979)は沢の木漏れ日の中で天を見上げた。 『去年はここでアルド君と過ごしてたなぁ……』 今、傍らには春見がいる。 「春見ちゃん。ほら、石あるから足下に気をつけて」 「うんー」 そこで少し先を歩いていた蓮 神音(ib2662)が楽しそうに戻ってきた。 「むこうで見つけた。今年も木苺を取りにいこうか。また美味しいジャムを作ってあげるね」 「つぶつぶのじゃーむー!」 じゃーんと調理器具セットを見せた蓮が、木イチゴの場所へ春見達を誘導する。ファルストも食べられる山菜を教えたりした。滝壺についたら山菜の天麩羅や山菜のおこわを蓮が作ってみせるという。楽しく採集する春見に、ファルストが問いかける。 「……春見ちゃん。あたしがさ、お姉さんだと、嬉しい?」 春見が首を傾げた。ファルストは外見的にお姉さん以外の何者でもない。ファルストが『言葉の裏に込めた意味』を、幼い春見は難しすぎてくみ取ることができなかった。 ●滝壺の過ごし方 礼野 真夢紀(ia1144)は滝壺に到着すると、皆の為に氷霊結で氷を作り、お弁当が傷んだりしないように気を使った。魚を焼く為の七輪も用意した。水着と着替えも用意して、栄養をとるための甘酒やクッキーも万全。 「そうだ小雪。本格的に料理している間だけでも、ののちゃんを遊ばせてあげたいの。お水の傍で見張っててくれる?」 ののはネネと一緒に山菜を洗っていた。猫又の小雪はじーっと水辺を見た。 「おみず? あついから、はいってもいーよ」 助かった、という心の声を漏らさず「ののちゃんを御願いね」と任せる。 山菜を洗ってきたののが「本当においしくなるのー?」と不審な眼差しを向けてきた。 ネネが礼野に耳打ちする。 「実はののに、山菜を必ず美味しく料理する、って言っちゃって」 「ののちゃん。野菜嫌いがまだ続いてるんでしょうか」 「年長組がいなくなってますし」 「ああ。院長先生たちも毎回、個別に料理はできませんよね。何か食べさせました?」 ネネが特製の山菜甘味噌の焼きおにぎりを見せた。礼野が「一つ頂きます」と焼きおにぎりをぱくり。ゆっくり咀嚼して「なるほど」と、ののが好んだ味を覚える。 「甘みの強い、甘しょっぱい味ならいけるんですね。香ばしさで青臭さも無しと。わかりました。うーん……食い合わせが悪いから鰻は止めておきましょう」 常日頃から料理をしている礼野が、的確にメニューを弾き出す。礼野がののに微笑む。 「必ず美味しく料理します。料理は得意なんです。さ、遊んできていいですよ」 ほら、と礼野が指さした先で猫又小雪が水辺を歩いている。 「ののちゃーん、おみず、つめたくてきもちいーよ」 「いくー! あそぶー!」 きゃー、と元気に走っていった。浅瀬でバシャバシャ追いかけっこを始めた。 危なくないように見守るネネが「のの、楽しい?」と問いかける。 「たのしー!」 無垢な笑顔。ネネは「良かった」と言いつつ、果たして自分は楽しいこと以外の事を教えられているかが不安になった。 滝壺に到着したパニージェ(ib6627)は、担いできた敷物で場所を作ると、てきぱきと着替えや食事などを整えた。勿論怪我をした時の備えも欠かさない。きっちり備えて「よし」と一人呟く。様子を見ていた郁磨(ia9365)が「パニさん、保父さんって感じだよね〜」と言いつつ、へらりと笑った。 「必要なことをしているに過ぎないぞ。さて」 パニージェは浮き足たつ仁達を手招きした。 「……いいか。危ないことはしないこと。水に入る前は準備運動を行うこと。喧嘩をしないこと。約束だ。……さあ、遊ぼう」 「よーし、まずは運動からだね〜」 双子は郁磨と一緒に運動をはじめた。そして水辺に走っていく。 「ん〜、未だ一寸水も冷たいかな……二人共寒くなったら直ぐ言ってね〜、あんまり深いとこ行っちゃだめだよ〜?」 果たして郁磨の声は届いているのかいないのか。しかし双子は浅瀬で遊ぶばかりで、余り率先して泳ごうとしない。 『去年は泳げなかったみたいだけど、其の後、上達したのかな? ……って言っても、泳ぐ機会なんて無かったら難しいかなぁ。うーん』 一年前は全く泳げなかった。多少、開拓者仲間にならったとはいえ、すいすい泳げる年長組とは感覚が違うのだろう。泳がない変わりに、郁磨は水球蹴りなどで子供達の遊びにまざった。 熱中すると、時間は瞬く間に過ぎる。食事の時間に、郁磨は和達に尋ねてみた。 「お兄ちゃんお姉ちゃんが外出てから、院内はどんな感じなの?」 「静かだよね。怒られないし!」 「うん。にーちゃん達がいないから、沢山あそべるかな。ね、和」 「そうだよ、遊べる。でも、ぼく達が桔梗達にお風呂先には入るように言ったり、かわりにゴミ捨てしてとか言うと、なんでか泣くし、旭と明希が急にお姉さんして和がやってって怒るんだよー」 いや、それはどうだろう。 双子の会話を聞いていたパニージェと郁磨は、少し不安になった。 お兄さんぶりたい方向性が、少しズレている。誰かに威張ったり命令することが、年上の権利だと思いこんでいる節があった。兄として弟妹の面倒を見ていたら褒めようと思っていた郁磨達は、詳しく話をきいて、双子の認識を上手に改める事から始めなければならなかった。 「……ふむ、仁。そのゴミ箱はどのくらいだ」 「このくらい?」 「仁や和でも持つのは大変そうだな」 頷く双子。隣の郁磨は「それじゃあ、もっと小さくて力がない桔梗ちゃん達は、多分持てないんじゃないかなぁ〜」と双子に状況を考えさせる。 「ゴミ捨てとか大変だよね〜、みんなやりたくない事もあると思う〜、遊んでる方が楽しいし。それでも旭ちゃんや明希ちゃんが『手伝って』って和達にお願いしたんだよね〜? それってさ、和や仁が頼られたってことなんだよ〜、思いやりで助けてあげなくっちゃ」 パニージェが続ける。 「仁。自分たちがやりたくないことは、他の者もやりたくないことだ。けれど手伝いたくても、できない者がいる。小さすぎる桔梗たちのように。そういう時は、無理矢理させたり、泣かせたりするより、兄として頼れるところを見せた方が……格好いいと思わないか」 「そーそー『おにーちゃん嫌い』より『おにーちゃん凄い!』って言われたくない?」 双子は「言われたい」と答えた。 尊敬されたいという思いが根底にある。 「じゃあさ、今度お願いされたら、嫌なことでも手伝ってあげられる?」 「うん」 「できるよ」 郁磨達はホッと息を吐いた。子育ては気が抜けない。 双子がお手伝いへの意気込みを失わないように、長期旅行の話はまた今度になった。 久々に会うエミカとイリスは沢登り中、お喋りがたえなかった。 姉妹を見守るのがケイウス=アルカーム(ib7387)とゼス=M=ヘロージオ(ib8732)、そして初めて会う御凪 縁(ib7863)だ。ヘロージオの婚約者である。御凪は姉妹を怖がらせないよう膝をついて視線を合わせたりと馴染めるように努力していた。 滝壺に到着してすぐ、ヘロージオが釣りを提案する。 「縁、皆で釣りを習って良いだろうか。生憎俺は釣りを全くした事がなくてな」 「釣りか。やり方を知らねぇなら教えるぜ。餌は石の裏に付いた虫なんかを使うが……触れるか?」 魚釣りをすると決まった後、横並びにアルカーム、エミカ、御凪、イリス、ヘロージオと座ったら、やはり姉妹はガチガチに緊張していた。 「……でな、そうコツってもんはねぇが気長に釣れるのを待つのが大事だ。後は餌つけた針を水に落として待つと。イリスも、やってみな」 「う、うん」 ヘロージオが苦笑い一つして「少しずつでも慣れてくれると嬉しい」とイリスに囁く。 「慣れるってどうするの?」 「少しずつお互いを知ることだな。俺やケイウスと初めて会った頃を思い出すといい。何も急ぐことはないさ。……俺自身は、縁からのスキンシップに未だに戸惑うんだがな」 耳ざとい御凪が「へぇ?」とにやにや笑う。 「難儀な奥さんだなぁ、夫婦になるんだし、頬にちゅー位やってみせたっていいんだぜ?」 「……縁。子供の前だぞ、釣り竿を見ろ」 「イリスは子供じゃねーよな、ドレス着てお辞儀もできるレディーだよなー?」 「うん、レディー!」 「こ、こういう時ばかり結託するんじゃ、ない」 まるで漫才だ。 一方、アルカームには秘策があった。 吟遊詩人として『小鳥の囀り』で能力を発揮すれば、きっと魚も集められる。その為には、餌の傍に魚を寄せなければならない。 「エミカ、縁達が釣っている近くに餌を撒いて! 去年の俺とはひと味違うよ!」 「……うん?」 エミカが言われるまま餌を撒く。 「みててね、俺が沢山の魚をあつめてみせるよ!」 しかしアルカームはすっかり忘れていた。魚釣りをしている場所は、大抵深い。 「おい待て……ここは」 御凪が察して襟首に手を伸ばしたが、時既に遅し。浅瀬におりるのと同じ感覚で水に飛び込んだアルカームは、全く浮かんでこなかった。見かねたヘロージオが駿龍クレーストに「引き上げてやってくれ」と指示を出すと、救出されたアルカームが情けない顔で皆を見た。 毎度のことに呆れた顔をしているヘロージオ達と対照的に、ただ一人エミカが拭うもの等を見繕っている。イリスも手伝い始めた。そつのない少女達とアルカームを見比べた。 「どっちが保護者なのかわからんな」 「ゼス〜」 地上に降ろされたずぶ濡れのアルカームに、エミカとイリスが駆け寄った。 ついでに内緒話をする。 「ふたりともどう? 縁のこと」 「どうって」 「よく知らないし」 「縁はね、ちょっと不器用だけど良い人なんだよ。俺が保証する!」 一応アルカームを助けようとした様子は見ていたからか、姉妹は納得していた様子だ。 「布、ありがとう。魚釣りに戻っていいよ、俺は大丈夫」 とんだ失敗も発生したが、昼時までには魚を釣れた。 エミカとイリスは、皆で釣った魚を料理して貰うべく、礼野たちの所へ運びに行く。七輪から魚を焼く煙が上がっているのが見えた。 アルカームが眩しげにエミカたちの様子を見守る。 「イリス達と会ってエミカは楽しんでくれたかな」 「なんだ、心配だったのか」 「少しね。初めて別々で暮らすわけだから。笑顔が見られて安心したよ」 エミカの笑顔を護っていきたい。アルカームは養父としてそう思った。いつか自分に大切な人ができても、この気持ちは変わらないだろうという確信めいたものがある。 刃兼(ib7876)と旭も岩場に腰掛けて、釣りをしていた。 釣れる魚は鮎が大半を占めるが、岩魚も釣れる。桶に張った水の中を悠々と泳ぐ魚を見て、仙猫のキクイチが本能のままにバシャバシャと前足を叩き込んでいた。 「あんまり爪をたてるなよ、キクイチ」 盗み食いに目を光らせつつ、重箱に詰めた弁当の風呂敷をほどいた。握り飯の外見は何の変哲もないが、具は中身を変えてある。 「ハガネー、旭のおにぎり、鮭とワカメー!」 「良かったな。好きなもので。こっちは鮭と胡麻だ」 旭の好きな魚を主体に据えて握り飯をこさえてしまう辺り『甘いか、な』と思いつつ、ばくりと囓る。沢登りの間は弟妹を気にかけていた旭も、ふたりっきりになると足をぶらぶらさせて幼さも伺える。 「……兄さん姉さん達がいなくて、飯の時に皆を呼びに行くのが旭だって聞いたぞ」 お茶を渡された旭が「うー? うん、そうなの」と頷く。 「旭も少しお姉さんになったってこと、かな」 「ふぇ? うー、わかんない。でもね、旭が呼びに行かないと、ずーっと遊んでるの。前は恵音や結葉が怒ってたけど、いないから。旭が怒っても、こわくないみたい。ぷー」 頬をぷくっと膨らませる。軽んじられているようで面白くないようだ。 「旭は人が減って、寂しかったり大変だったりするのか?」 「すこしだけ。寂しいより大変なの。あのね。今まで呼んだり怒ったりするのは、旭はしなくてもよかったの。全部してくれる人がいたから。でも皆おでかけだから、旭たちがしなきゃいけなくて、大変だったんだーって思ったの」 しゅーん、と少し落ち込んだように水面を眺める。 今まで分からなかったこと。兄姉の誰かがしてくれていたこと。それらをいざ自分がやる事になって、初めて視界が開けたらしい。 刃兼は旭の成長を感じつつ頭をなでた。 滝壺の料理は豪勢なものになった。 主にお握りを担当していたアズィーズと白雪、明希が火傷や包丁の扱いに気をつけながらおむすびを沢山つくり、水遊びから上がった子供達に食事を配る。そんな時にも明希の何気ない『お姉さん』の顔は伺えた。 「おなかへったー!」 「先に盥で手を洗わなきゃだめ。綺麗にして食べないとお腹こわすんだから」 め、と弟妹達を叱る。 全員に配り終わった所で明希たちもお昼ご飯になった。 「明希、最近小さな子達のお世話をしてるんですってね。とってもエライですよ!」 白雪の言葉に「明希、えらいの?」と首を傾ける。 アズィーズが、ぎゅーっと抱きしめた。 「もちろんです。さっきもそう。明希、しっかりとお姉さん出来ているそうですね、えらいです。流石、私たちの自慢の子ですよ。ねぇ沙羅ちゃん」 「はい! 明希がしている事が『思いやり』のある行動なんです。とても良いことですよ。私も嬉しいです」 二人が褒めちぎるので、明希は顔を覆って照れていた。 真白と紫ノ眼も魚釣りをしていた。昼食の時間は、上級からくりの白銀丸に釣り竿の番を頼み、二人で木漏れ日の中の食事を楽しむ。紫ノ眼は思い出したように、希儀料理指南書を渡した。真白は「灯心兄ちゃんが持ってた奴だ」とぱらぱら中を捲った。 「そう、同じものだ。料理を憶えろ、というわけではないが、興味があるならみてみればいい。この間の玉子焼き、美味しかったよ」 褒められた真白は「ぼくがんばる!」と興奮気味に話す。 『興味を持てるのは良い兆候かな。日々何かを重ねていけば自立する時に、きっと役に立つ。あたしにとっては剣だった……真白にとってはまた別のものなのかも知れぬ』 真剣に本を眺め出す真白に「食べ終わってからな」と笑って囁いた。 食事しながらニッツァは四つ葉の栞を見せた。 「シーバ、これ覚えとるか? 幸せになれるおまじないはちょっとは叶ったやろか?」 「覚えてるよ」 ニッツァが様子を伺う。 『シーバの信じるもん……ちょっとは思い当たったやろか? 大事にしたい気持ちとか』 「僕、いちばん幸せなのは、難しいことや新しいことができることかなって思う。ずっと同じことすると何も考えなくなって……不安になる。他のみんなが難しいことも、僕はできちゃうんだ。やってる間は楽しいけど、終わるとつまんなくなる。おなじ一日だと、ぼくがいるのか、分からなくなる。昔里長さまは『それでいい、個性などいらぬものだ』って言ってたけど、それって僕じゃなくてもいいって事だと思う。いてもいなくてもいい気がするんだ。それが怖いから、僕が僕だって思える時は、幸せなことだと思う」 我思う、故に我有り。 正に哲学を聞いている気分だ。 個を消された里の教育。それは姉妹や双子でも見られた悪影響の一つである。 スパシーバは無意識のうちに、己の存在を現象から確かめ続けている。自分がいると確かめる事が安心に繋がり、それが好きな事なのだ。 ニッツァは虹紅水晶「縁」をスパシーバに与えた。 「これは新しいおまじないや。俺はシーバが、大好きやさかいな。悪いもんから護ってくれるように、てな。それでな。シーバ、ここからは重要な話やで」 スパシーバが「なに?」と問いかける。 「……その、な。叶うならちゅーか、シーバが望んでくれるなら、なんやけど……キャラバンに迎えたいと思うちょるんよ。座長の許可も貰うとる。孤児院を出て、色んな場所に一緒に旅するんや。憩いのオアシスに、砂の平原、見せたい景色がぎょーさんあるんや。兄弟姉妹にはあんまり会えなくなるんやけど……どないやろ」 ぽりぽり頬を掻く。 スパシーバが「それってずっと会えないの? キャラバンって色んな事できる?」と問い返してきた。 「一生やない。シーバが会いたい、言うときに会えるようにするで。遠出が多くなるけどな。その分、色んなこともできるんや。大勢の家族同然の仲間がいて、歌ったり踊ったり料理したり色んな場所へ移動して」 「行きたい、けど、でも」 「ほんまか……って、どした」 「姉さん達の庭どうしよう。僕しか世話できないんだ」 「ほんなら院長先生に相談しよか。俺も相棒2体決めたり、小難しい申請書類を延々書かされるさかい。ちょぉ待っててくれるか?」 「いいよ。待ってる」 「ほんなら、男の約束やな」 ニッツァがスパシーバの頭をぐりぐり撫でた。 昼食の後、戸仁元が到真と話し込んでいた。 「あの、な。前にお母さんに謝りたい言うてたやん?」 「うん」 冬の間だ、まるで年寄りのように囲炉裏や火鉢の傍から離れなかった到真には、幼い頃の記憶がある。必死に思い出そうとしていた。彼の願いはただ一つ。 母親に謝ること。 「おちついて聞いてほしいんや。その、樹里さんに皆の家族のことを調べてもらってはるんよ。せやから到真君が住んでた場所や、家族や、親戚のことも分かるかもしれないんや」 到真の瞳に輝きが宿るのを感じつつ、その期待を叶えてやれない事実が、胸を刺す。 子供達の親は『生存している可能性がないに等しい』からだ。 「会えるの?」 戸仁元は困ったように微笑む。 もう死んでいるかもしれない、とは言えなかった。 「どうやろう……ごめんな。調べてもらってるのは事実なんやけど、会えるかは約束できないんよ。到真君、おっきぃなったやろ。それだけずっと時間がたって、大分昔の話やからね。人って、お引っ越ししたりするんよ。悲しいことがあったりすると、その場にいるんが辛かったりして……せやから、家もあるか分からんし、会えるのはお母さんや無くてもっと別の人かもしれへん。でも、実際に自分の昔を知る機会が巡ってきた時……到真君はどうしたい?」 到真はお弁当を置いて俯いた。けれど瞳には強い意志の光があった。 「ぼく行くよ。だって家が無くても、もう棲んでなくても、調べたらわかるかも!」 捨てられない希望。ひたむきな思い。叶わない未来を夢見て、諦めない姿があった。 事実を知った時、この子の瞳は濁るのだろうか。 「そ、か。到真くんは、強いんやな」 戸仁元は瞼をふせた。 「あのな。うちは到真くんやここの皆に幸せになってほしい。せやから出来れば到真くんも自分の幸せについて、これからのことについて、ちょっと考えてみてもらえるかな。会えた時のことも、会えなかった時のことも……両方とも」 「うん、わかった」 到真は朗らかに応えた。 ●老人会で犬猫とふれあう 子供達の大勢が沢登りや滝壺での自由を満喫していた頃、一部の子供達は老人会で動物と戯れていた。特徴の少ない子供達……あまり我や性質の分からぬ子供の様子を見てみようと企画された『お手伝い』だったが、年長の子供達もお手伝いを忘れない。 ウルシュテッドは礼文たちに心得を忘れぬよう繰り返す。 「いいかい。大事なのは丁寧に、相手の気持ちを考えて、だな。何より笑顔には人を元気にする力もある。難しい事は頼ればいい、ニノンが手本をみせてくれるよ、一緒に楽しんでおいで」 サジュマンが「うむ、教えてしんぜよう」とまずは犬猫の爪の手入れから始める。のびすぎた爪は犬も猫も怪我の元だ。例えば犬は爪の中にも血管が通っているから、切りすぎてはいけない。光に好かしながら、丁寧に作業をする。 「言うことを聞いてくれる犬猫と言うても、無理に押さえつけてはいかんぞ。言うことを聞いてくれたら、こうして沢山褒めるのじゃ。そうそう。まずは挨拶と犬猫の紹介をするであろうが、お年寄りと話す時は、大きな声ではっきりとな。あとはお年寄りや犬猫と一緒に楽しく過ごそうという気持ちがあれば大丈夫」 サジュマンが礼文たちを送り出す。 「うむ。礼文は人の為に動く事を厭わず、一つの事に懸命に打ち込むと友人に聞いたが噂通りじゃのう。長所も短所も表裏一体じゃ。取り組めることがあると良いのじゃろうな」 桔梗への指導は、リトナと恵音が交代で行う。 桔梗の首には、无の玉狐天ナイが首に巻き付いていた。リトナが語りかける。 「優しい気持ちで、そっと声を掛けて、抱いたり梳いて下さいね。気持ちは伝わります。ご老人にも爪で傷つけない様、そっと笑顔で渡しましょう。できる、桔梗ちゃん」 「あい!」 羽妖精の思音が「僕も触っていい?」と顔を出して、何故か老人達に拝まれていた。 養母の微笑みを遠巻きに眺める休憩中の恵音が、ふぅ、と溜息を零す。グリムバルド(ib0608)がひっそり近寄って「疲れたか?」と声をかけた。 「ううん、疲れてなんてないわ。ただ、凄いなって」 「何が凄いんだ?」 「おかあさん。私、あんな風に誰にでも優しく笑ったりできない。頬がね、こわばるの」 ずもーん、と落ち込む恵音は……どう見ても別の問題で悩んでいたが、グリムバルドはあえて空気を読まずに明るく話しかけた。これから先をどうすればいいのか等、悩み多き時代を肌で感じ取ったからだ。 「ルゥだって、落ち込んだり悩んだりはするぜ。何も焦ったり羨んだりする必要なんてないさ。それはそうと新しい暮らしはどうだ、慣れたか」 「えっと、慣れ、る、途中?」 何気ない話を引き出していく。 幼いのぞみにつきそうのは、フェルル=グライフ(ia4572)と酒々井 統真(ia0893)だ。グライフがのぞみの頭を優しく撫でて、髪を漉き、静かに語りかける。 「どう、気持ちいい?」 「うんー!」 「わんちゃんねこちゃんも気持ちは一緒、優しくね。統真さんがのぞみちゃんの隣でやるから、わからなくなったら統真さんを見てみてね」 「まねっこー?」 「そう、まねっこ。上手にできるかしら」 酒々井は様子を眺めつつ『そうなんだよなぁ』と感慨に耽る。 『今まで俺が世話した獣っつったら、農場の暴れ雌牛や鶏だもんな。農場で荒っぽい牛共と接するノリで犬猫の世話に当たるわけにもいかねぇだろし、俺ものぞみと一緒に頑張る方でいくかぁ……一緒にやれば張り合いもでるだろ。たぶん』 「統真さん。怠けちゃだめですよ。のぞみちゃんも頑張ってるんですから」 「おー、悪ぃ悪ぃ、ちょっと考え事をな」 のぞみは言われた事はきちんとやった。人慣れした犬猫を使っていることもあって、ちょっと引っ張っても噛みついたり爪を立てることもない。懐く動物たちを、のぞみは「かわいい」と言って、率先して世話した。 「上手ですよ。……統真さん、子供達は前に猫茶屋さんで世話を学んだそうですね」 「ああ、まぁな。それなりに世話できてるし、面倒はあんまり見ねぇ。子供達にも変化が出てるし、将来的にそれぞれの道がすすめるようになれば」 二人が話していると、のぞみが戻ってきて、グライフの膝によじ登った。 ことある事に膝に戻ってくるので、もはや定位置である。 誰かに何かをねだる癖も含めて、グライフはのぞみの行動を考える。 『今ののぞみちゃんは人なつっこいというか……寂しかったのかなぁ』 華凛は主に裏方の手伝いを望んだ。 希望に従って、无(ib1198)たちは常に周りをよく見て動くことを教える。 「話してきてもかまわないんですよ」 「いい」 にべもない。社交性は低いと判断せざるを得ないが、フェンリエッタに『あのね。お年寄りも犬も暑いのは苦手なの。だから時々休憩を教えてあげて、日差しや水分補給に注意してあげてね。華凛はコツを掴むのが上手いわ、任せていい?』と言われていたので、構われっぱなしの猫や犬は速やかに撤収していた。 「この子はお休みの時間なので失礼します」 無愛想ながら、ちゃんと頭を下げて礼儀を保つ。 普段は殆ど年下達との様子は見ないが、案外世話焼きなのかも知れない。 遠巻きに見守る无とフェンリエッタが話し込む。 「……ふむ。最近の様子をきいてもピンとこない返事でしたが、これは意外」 「きっと『お姉さん』はできる子なのよ。今まで弟妹と距離を置きすぎていたから、接し方が分からないんだわ。だってちゃんと理由があれば、積極的に水を渡しに行ったりしているもの」 そして忙しく動く子供達を、泉宮 紫乃(ia9951)は客観的に眺めていた。 頼まれた仕事ができるかどうか。お年寄りや動物に優しく接する事ができるか。困った時は素直に周囲に尋ねるのか。自分で解決しようと考え込むのか。 見るべき所は沢山ある。 『華凛さんは社交性に難有りですけど、ちゃんとお仕事はしてますし、弟妹のこともみてますね。礼文くんは自分で全部やろうとするけど、責任感が強くて、率先してお手伝いができる子ですし……のぞみちゃんは遊びとお手伝いがまだ区別がつかないかもしれないですけど、誰にでも笑顔で人なつっこい。桔梗ちゃんは、言われたことは守れるみたい?』 かくして恙なく老人会のお手伝い時間は過ぎていく。 ●養子縁組 それは宿に戻ってからのこと。 子供達の殆どが寝室に戻った頃、人妖樹里の正面には刃兼がいた。養子縁組の書類を書く為である。お目付役の相棒2体の記入も済ませた頃、仙猫キクイチを抱えた旭が横から覗き込んできた。 「ねーハガネ、それなあに? 難しい文字がいっぱい」 「んー? そうだな、旭がうちで一緒に暮らすための大事な手紙だな」 旭はパッと表情を輝かせて「ほんとー?!」と声を上げると、仙猫を座布団に下ろして、背中におぶさった。 「あ、旭、首が、首が絞まる!」 「ふぇ? ごめんなさい……いつ? 今度はいつお泊まりなの?」 人妖樹里が「帰ったら、荷物纏めてそのままおとうさんの家に行けるよ」と言った。 そこで漸く単なる外出ではないことを悟った旭が、急に静かになって背中から降りた。 「……どうした、旭?」 刃兼を父親に望んだのは旭だ。養子縁組も同意している。しかし旭は浮かない顔だ。 「一緒に暮らすのが嫌なのか?」 「ちがうの! 旭もおうちにいきたいけど、でも旭がずっといなくなったら、明希が大変」 旭は弟妹達を統率する苦労を最近になって理解した。養子になって孤児院を出るという事は、残っている明希に負担を強いることだ。 刃兼が頭を撫でた。 「旭。それぞれの道を歩んだとしても、また会った時に、苦労したことも楽しいと思ったことも、笑って報告し合えたらいいんじゃないかな、と思う」 「でも」 「旭のばか」 第三者の声が聞こえた。厠から戻ってきた明希だった。むっとした顔だ。びくん、と大きく震えた旭がおそるおそる振り返る。オロオロしながら「あ、う」と言葉に困っていた。明希が歩み寄って両手を掴む。 「旭、言ってたじゃないの。おとうさんができたんだって。いつか一緒に暮らすんだって。それが旭の幸せじゃないの? 明希が大変だから残るって言われても、明希嬉しくない」 「でもぉ」 「今度は明希がお姉さんなの。いつかみんなお姉さんやお兄さんになるの。だから全然大変じゃないよ。お姉さんは頑張るものなの。真白たちも手伝ってくれるもの。そうだ。旭にお祝いあげる!」 明希は寝室に戻り、すぐに戻ってきて、巾着からお手玉を三つ取り出した。 「陽州の海で明希が作ったの。これあげる。あと明希がお祈りしてあげる。旭がお父さんと一緒に幸せになりますようにって」 「明希……ありがとう」 一方、蓮とファルストも養子縁組の相談をしていた。 狩野 柚子平(iz0216)の代理である人妖イサナが「ふむ」と不備の書類を二人ともに返却する。生成姫の子と呼ばれた子供達を養子として引き取るには、監視を担うお目付役の相棒が2体の届け出が必要だった。 「うぅ、ごめんなさい。あたし気がはやっちゃって」 「神音も」 「別にかまわんがな。さほど急ぐ話ではないし、いつでも書き直せる。しかし、な」 人妖イサナがファルストと蓮を交互に見比べて、首を傾げる。 「こういうのは失礼かもしれんが……年齢的にフィンは兎も角、神音は未婚の母になるのは早すぎるのではないか? 確かまだ成人前だったと思うが」 きた、と蓮が生唾を飲み込む。 世間的な風当たりの問題は避けられない。 「せ、センセーがいるもん! それに、十二月になれば神音だって十四歳になるし!」 養父と話し合って決めたのだという訴えを聞いて、人妖イサナが「ふむ」と腕を組む。 「フィンの方はどうなのだ。既に成人しているとはいえ、まだ適齢期であろうに」 「あ、あはは、えっと……それはそうなんですけど、春見ちゃんとこれからも良い思い出を作っていきたいなって思って。……ま、選んで貰えなくても、時々遊びに行ったりとかはしたいかな。大切ですし、見守ってあげたい。でもま、お姉さんはともかくお母さんは微妙ですしね、あたし、あはは、は」 人妖が溜息を零した。 「おい。二人が迎えたいと言ってる子は、親御が必要な年の子供だぞ。ただ愛玩すればいいという年の子ではない。愛情も教育も与えねばならん親代わりが中途半端でどうする」 「……ごめんなさい」 「……申しわけない」 借りてきた猫状態の二人に「春見には直接聞いたのか」と尋ねたが、二人は顔を見合わせた。春見の意志を優先するという決意は共に同じ。よって半分寝ぼけた春見を起こして連れてきた。ぬいぐるみを抱えた春見が「なあに?」と瞼を擦る。 「春見。この二人が、お前の母御になりたいと言っているが、どう思う?」 「ははごってなあに」 「おかあさんだ」 「おかあさん……かか?」 ぱち、と両目がひらいた。 「そうだ。お前には選ぶ権利がある。好きな方をかかとして選べる、どうする?」 すると春見は黙り込んだ。ぎゅう、ともふらのぬいぐるみを抱きしめて「いるもん」と言った。瞳に涙が溜まっていく。怪訝な顔をするイサナに春見は叫んだ。 「はるみには、かかもととも、いるもん! ちゃんと、いるもん。うそじゃないもん……」 泣きながらぬいぐるみに縋る。 絶句したイサナが二人を振り返った。 「その、少し前に里のことを思い出しちゃったみたいで……」 何故、両親は会ってくれないのか。里にいた両親が変化したアヤカシだったと言う事も、本当の親がこの世にはいないことも、春見は理解していなかった。いつか消えた親が迎えに来てくれる、と信じているのだ。 「こうなると……誰かを親御として迎えさせるのは難しいな。では春見」 「うそじゃないもん」 「わかった。春見には、かかもととも、いるのだな」 「うん」 「では話を変えよう。時々お出かけをしただろう。楽しかったか?」 「うん」 「またお出かけしたいか? 外へ遊びにいきたい?」 「いきたい」 「そこのお姉さん達と一緒にいるのは楽しいか?」 「うん」 一通り話をきいた人妖イサナは、幼子の頭をなでて春見を布団に戻した。 「……さて。春見は理解できる年齢ではないようだし、実の父母がまだ忘れられない様だ。養子として出すことはできないな。これが原因で不良になられても困る」 「じゃ、そのまま孤児院に?」 「いや。少なくとも二人に嫌悪感を抱いている様子はないし、外に出す事は豊富な経験にも繋がる。二重国籍と同じ対応だな。親を忘れるか、物事が理解できる年齢になるまで、片方の養子にする件は保留。結葉と同じように、二人を一時的な後見人として互いの家を行き来させる。納得できるなら、改めて相棒2体を明記し、書類を書き直してくるといい」 蓮とファルストは顔を見合わせた。 それぞれの夜が過ぎていく。 |