救われた子供達〜六月語り〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 4人
リプレイ完成日時: 2014/07/04 23:53



■オープニング本文

【★重要★この依頼は養子になった【イリス】【エミカ】【未来】【星頼】の年中4人と【アルド】【恵音】【結葉】【灯心】の年長4人のその後を覗き見るシナリオです】


●狩野柚子平の忙殺
 書類を届けに来た人妖イサナは、だらしない格好で長椅子に沈む陰陽師を見て……顔色一つ変えずに叩き起こした。開拓者として登録される『生成姫の子』改め【アルド】【結葉】【灯心】の三名に関する各種決定には、保護観察が終了する成人の日まで狩野柚子平にも責任の一端が負わされている。それでも21人の全責任が負わされていた、8人の保護者や後見人が決まったというのは喜ばしい話だった。
 書類の判を確認したイサナが踵を返す。
「確認した。では届けてくる」
「御願いします」
「それと定期報告の件だが、私と樹里で、外の子供たちのところへ行ってくるつもりだ。狩野は玄武寮が忙しかろう」
「助かります」
 扉が閉まった、窶れた顔の柚子平が再び椅子に沈んだ。


●アルド
 目が覚めたアルドは、自分の時計を見た。
 もう明るいというのに肌に汗が滴る蒸し暑さだ。水を浴びて身なりを整え、ざんばらな黒髪に手櫛を通す。今まで身なりを整えてくれた恵音はもういない。弟妹が怖がるからと無理矢理に額を丸出しにさせられていたので余り気に留めなかったが、この一年で髪は随分とのびた。
「髪、切っていいんだろうか……」
 紫の瞳が天井を見上げた。やることがない。
 こういう時、料理ができた結葉や灯心が羨ましくなる。開拓者になる許しは出たものの、基礎的な事を学び終えて手続きが終わるまで、修練場や港へ行くのも一人ではダメだと言われていた。
 アルドは自分の荷物を漁った。
 契約の時計、根付「桜色の宝珠」が二つ付いた横笛「早春」、マフラー「ホワイトスワン」、紋入胴乱、詠草料紙「春霞」そしてトゥワイライト・レターと携帯ペンセットを見つけて、本棚から地図を取り出す。
 行きたいところを書き写し始めた。アル=カマルの地図も眺めてみる。
「大いなる大地、か」
 もう朧にしか覚えていない名付け親が与えてくれた名前はアル=カマル風の言葉らしい。広い大地を踏みしめ自由に歩いていける様に、という願いが込められているという。
「俺は歩いて行けるんだろうか」
 まだ見ぬ旅路の日々に思いをはせた。

●結葉
『恋のチャンスはいつあるか分からないんですって』
 そんな一文を巷の瓦版に見つけた結葉は、以前より几帳面になった。黒檀のような黒髪を丁寧に梳いて、二つに纏める。翡翠の瞳は何度も手鏡を覗き込んだ。南天の首飾りにクローバーのブローチ、毎日の運勢を占う神秘のタロット、料理などを書きとめた愛用の手帳は、最近毎日のように書くので厚くなっていく。愛用のエンジェルハープは、毎朝裏道で奏でると、通りすがりの人からお金をもらえることを知った。
「今日は、何をつくろっかな。おにいさまたちの好き嫌いよく知らないのよね」
 毎日が忙しい。
 滅びた『おかあさま』の代わりに人々に謝っていく。つらい人生を決めた結葉は、何故か底抜けに明るかった。泣いていても何にもならないと考えたからだ。それより『巫女』になって、色んな事を覚えて、近所の人の役に立つことから始めなければと、利発な頭は良く動く。もちろん憧れの夫婦達に負けないお婿さんだってほしい。
「最近暑いし、氷とか作れるようになりたいな」
 術を学べるのはいつだろう、と思いながら近所から貰った魚を台所に運んだ。

●灯心
 世界は不可解なことで満ちている。
 誰もが当たり前になりすぎて、気づくことができないのかもしれない。
 聡い少年の橙色の瞳は、毎日三食の食事を作る趣味時間を除いては、殆ど陰陽術に関する書物を眺めていた。幸いにも身近な人物は勿論、定期的に様子を見に来る人物も、陰陽師関係の人物であったから、アヤカシや術式に関する資料にはまるで困らなかった。
「ボクは、もやもやを真っ白にしてみせる」
 どうしてアヤカシは人を食べなくてはいけないのか。
 食べないアヤカシとの違いは何なのか。
 どうしておかあさまは滅ぼされなければならなかったのか。
 おかあさまは本当に滅んだのか。
 共存は不可能なのか。
 誰も答えを知らないのなら、それを解き明かしてみせると決めた。
 とはいえ、情熱だけあっても何にもならない。使者の人妖に頼んで取り寄せた五行国陰陽寮への入寮希望書類や過去問題、それに必要な学費などを知って肩を落とした。自分は入学できるような技術も知識も全く備わっていなかったのだ。どこか抜けていると自分でも感じつつ、まずは資金作りが必要だ。
「術も覚えていないボクでもできる仕事なんてあるのかな」
 うーん、と悩み始めると……灯心の手はいつの間にか料理をしていた。

●恵音
 ふわふわと薫風になびく金まじりの茶髪に青い瞳。
 銀の手鏡に移る恵音は、どこかぼんやりとしていた。
 けれど指先は機敏に動く。魚の骨のように髪を編み込み、前髪を星屑のヘアピンで止め、おかあさんから貰った音符の首飾りを身に着ける。お守りのフラワーブローチに桜色宝珠の根付。身なりを整えて最後に手に取ったのは、おかあさんから最初にもらった横笛「早春」……開拓者になったら、使おうと思っていたもの。
「私、……ダメな子ね」
 おかあさまとおかあさん。立場の違う二人の母。
 いまは『おかあさん』の家にいるけれど、どうしても『おかあさま』を忘れられない恵音は開拓者になるのをやめた。開拓者になることは、長年愛してくれた『おかあさま』を裏切るような気がして、どうしても気が咎めたのだ。
「結葉たちは心が強いのに……私は」
 選べなかったくせに、おかあさんの優しさに甘えている。
 そんな自分が、恵音は嫌いだった。どうしていいのか分からない。兄弟たちは開拓者になってやりたいことがあるのに、同じように育った結葉もやりたいことがみつかったのに、自分は穏やかな暮らしの中で何も決められない日々だ。時々結葉は様子を見に来てくれるけれど、料理に明け暮れたり恋に身を焦がす姿には少し憧れる。
「やりたいこと、みつかるかな」
 私も何か、できればいいのに。


●年中組
 開拓者の籍を得た三人の年長組は各々の明日に向かって前進していたが、それ以外の子供達は新しい環境になじむのに忙しい。エミカ、イリス、星頼はまだ、知っている人物が傍にいるからいいのかもしれない。
 ただし未来は別だ。
 養父母はほぼ本決まりであったが、お目付け役の相棒2体の届け出が保留の為、ひとり五行国東方の寒村「彩陣」に住む開拓者に預けられている。知らない大人たちに囲まれた未来は、心細さを抱えつつ、毎日里の子供達に構ってもらっていたが……夜泣きがひどかった。
「わーん、あたしかえるー、かえるのー、わあん」
 赤毛に紅茶色の瞳をした少女を、いつも里長の妻があやしていた。


 それぞれの忙しい日々が、今日も始まる。


■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
紅雅(ib4326
27歳・男・巫
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲
ゼス=R=御凪(ib8732
23歳・女・砲


■リプレイ本文

●星頼と過ごす初夏

 鬼灯の里はひっそりとした片田舎だが、渡鳥山脈の山麓にあって、五行の首都「結陣」と山向こうの交易の要だ。主な特産品は酒。その日、ウルシュテッド(ib5445)は提灯南瓜ピィアと養子の星頼を連れて来ていた。
 ぎし、と畳のしなる音で星頼が目を覚ます。
 窓向こうの空は茜色に燃えていた。
「ただいま、星頼。弁当を買ってきたよ。やはり祭りとは里の雰囲気が違うな」
 ウルシュテッドは、線香と花と酒盃を持って星頼とともに黒鬼の提灯が掲げられた宿を出る。目指すのは何もない広場。
 半年前、鬼灯祭で大篝火があった場所。
 今は何もない。
「どこへいくの?」
「ここにきたんだよ。死者の国に一番近いと言われているからね」
 近くの酒場で数品買い込むと、外にいたいからと椅子と机を借りた。ウルシュテッド達は一旦、弁当などを席に置いて、地面に花をおき、線香に火を灯す。
「星頼。鬼灯祭の時に『人の信じるものは、皆違う』と教えたね」
「うん」
「星頼が覚えてる限り、彼らは心に在り続けるが、忘れずにいる事はつらくもある。一人で抱えきれない時は分けてくれ。お前の心に確かに在る事を、俺も一緒に供養するからさ」
 何の話なのか、いまいち星頼は察せなかった。
 星頼の肩を抱きしめたウルシュテッドは闇夜に瞬く星を見上げる。そして「星頼のお父さんとお母さん」と声を投げた。
「貴方達の息子は賢く優しい……心の強い子だ。それは生みの親に育まれた気質のお陰だと、友と話してたんだ。有難う。もう大丈夫、帰って来られた。これからは俺が全身全霊で愛し、向き合い、導いてゆくと誓う。だから、この子の父となる事を許して欲しい」
 ウルシュテッドは「挨拶は大事だからな」と朗らかに笑う。
 様子を見て「星頼も伝えたいことがあるかい」と促したが、星頼は口を一文字に結んで「いい」と首を振った。
 ぽたぽたと落ちた雫は、何を語るのだろう。抱きしめて頭を撫でながらウルシュテッドは双眸を細めた。
『やはり……声ひとつあげない、か。訓練過程の友殺しの件は兎も角、自分が実の両親を手に掛けたと思っている様だし、自責の念とも言えるのかな。全て胸に収め、責めない強さがつらい。まだ子供なんだ、声を上げて泣いていいのにな』
「さぁ星頼、晩ご飯を食べよう。明日は里巡りをしないとな。折角だし、土産も欲しいね」
 明るく接して弁当を開いた。
 鼻を啜りながら箸を動かす星頼も「おいしいね」と声を発する。ウルシュテッドは「ああ」と答えながら、首飾り型の武天の呼子笛を渡した。よく見ると星型の彫り込みがある。
「愛する息子に最初の贈り物だ。お守りになれば嬉しい。望んでくれて有難うな」
 早速紐を首に掛けた星頼が「ありがと」と言う。
 星頼の頭へ提灯南瓜が舞い降り「言うの忘れてた。名前ありがと」と告げた。


●未来とお買いもの

 五行国の首都「結陣」に渡ったローゼリア(ib5674)は、訂正書類を狩野宅へ届けた後、アルーシュ・リトナや恵音を伴い、嵐龍ガイエルで渡鳥山脈にある秘境「彩陣」を目指した。五彩友禅を特産とする織物の里である。
 何故かというと、養女を預けっぱなしであったからだ。
 彩陣の里長は御彩霧雨という若者で、その奥方があやしていた少女は、ローゼリアを見つけるや否や、しがみついて離れなかった。
「未来。遅くなってごめんなさい。寂しかったでしょうね、許してくださいな」
 泣き腫らした顔が全てを語る。
「改めて。私が貴女の家族ですわ。宜しくお願いしますわね。もう一人にはしませんわ」
 そこへ現れた寝不足の里長が「やっときたかぁ、ようやく夜泣きから解放されるぜ」と言って首を回したので、微笑みの奥方が鳩尾に肘鉄をいれた。
「全くもう。……よかったわね、未来ちゃん」
「申し訳ありませんでしたわね。こちらが柚子平の書状と預かり代金ですわ」
「あら、気にしなくていいのに。子供ができた時に備えて、いい経験になったわ。ねぇ霧雨さん?」
 旦那は蹲って悶絶している。
「長旅で疲れたでしょう。泊まっていく?」
「お気遣いに感謝しますわ。でも服や家具類も買わないといけませんし、ガイエルに積むのも可哀想ですから今夜には都に戻りますわ。夕の前に立ちます」
 里長の奥方は「そうね、それがいいのかも」と未来を一瞥して微笑んだ。
「冷えた桑茶でも飲んでいって」
「ありがとうございます。それとその。アルーシュお姉様が娘の恵音に彩陣の美しい織物を見せてあげたいという事ですので……見学させて頂いても宜しいでしょうか」
 御彩の夫妻に、ローゼリアがリトナと恵音を紹介する。
 共に頼み込むリトナは『手先が綺麗でお洒落好きな恵音に良い影響になれば』と考えた。
 快諾した里長夫妻の後について、工房へ歩いていく。
「未来も気に入るといいんですけどね。気に入りすぎるのも考えものですが……」
 彩陣の織物は生涯一度の花嫁衣装。中には30万文を軽く超える代物もある。雅な染め物を見学し、懐かしい旧友達と談笑を楽しんだローゼリア達は、太陽が傾く頃に帰っていった。
 翌朝、神楽の都に戻ったローゼリアとリトナは、共に養女を連れて市場に来た。
「あまり高いものでなければ買ってあげますわよ。未来」
 しかしリトナが財布を忘れた。
「私達は後日に買うとしましょうか。恵音、欲しい物があったら覚えておいてね」
「でも」
「遠慮する必要なんてないんです。恵音は世界でたった一人の子で代わりはいないの。もっと甘えて欲しいし、ゆっくり選んで? 買い物も、将来のことも、ゆっくりでいいの」
 リトナが恵音に語りかけている間も、ローゼリアは容赦ない「これほしい」のお願いの嵐だった。
 まずは喉が渇く季節なので皮の水筒200文。夏の寝具、桜吹雪の茣蓙1000文に夏毛布600文。蚊遣り豚200文。窓辺に飾る風鈴200文。冬用のもふら布団4000文。今夜一緒に遊びたいからと線香花火セット200文、毬200文。お洒落用の銀の指輪1000文に薔薇の花300文。そしてお姉ちゃんと分け合うのを条件にキャンディボックス800文に高級チョコレート1000文。
 しめて1万文が財布から飛んだ。
「……養育ってお金かかりますわね、お姉さま」
 ローゼリアの悟りの横顔を見たリトナは、更なる出費を覚悟した。


●イリスとエミカと初夏の風

 大掃除をするとゴミが山ほど出る。
 引っ越しが近いゼス=M=ヘロージオ(ib8732)はイリスと荷物を纏めていた。元々ヘロージオが一人で暮らす為に借りた長屋だったので二人で暮らすには狭い。
 昼時になってイリスの茹でた素麺を食べた後、ヘロージオは時計を見た。
「美味だった。ごちそうさま。さて。掃除はこの辺でやめておこう。今日はケイウスと一緒に、生活用品を探す約束をしていたからな。久しぶりにエミカに会えるぞ、イリス」
 皿を洗うイリスが「姉さんも来るのね」と小躍りした。
 荷物を取り出していたヘロージオの動きが止まった。
「……姉さん?」
 振り向いたイリスが「うん? うん」と答えた。ヘロージオが「エミカとは、幾つ年が違うんだ」と尋ねると「いっこ」と返事が返ってきた。としごの姉妹だったらしい。姿が似通っているのも頷ける。最もおっとりしたエミカと口数の多いイリスは、内面が対照的だ。
『やはり一緒に暮らすと……新しい発見や驚かされる事の方が多いな』
 婚約者とも、そうなるのだろうか。
「それなぁに」
「これか、お前にいつか渡そうと思っていたものだ」
 箱の中身は紫陽花の髪飾り。紫陽花の浴衣。そして宝珠銃メレクタウス。
「短銃はお守りに。浴衣は今日のお出かけに丁度良いだろう。これからの祭にも映える」
 真新しい浴衣に袖を通して「わぁあ!」と喜んだ。救出された当時は六歳程度にしか見えなかったイリスも、一年半経って娘に近づいている。
「遠慮することはない。外出を楽しもう」
 駿龍クレーストに留守番を頼んで家を出た。

 からん、と大通りに下駄の音が響く。
「エーミカーっ!」
 浴衣姿のイリスが姉の姿を発見して走っていく。傍らにはエミカの養父ケイウス=アルカームが立っていた。
「やあゼス。俺だけじゃ女子の品なんて分からないから、ゼスがきてくれて助かったよ」
「ついでだ。何処から行く。いい店があれば偶には買い食いも……何かいいたそうだな?」
「えっと……お、お財布、なくしちゃった」
 一体、何の為に市場へ来たのか。
 乾いた笑いを発するアルカームに「すられたのか?」と確認するとエミカが袖を引き「お財布、机の上よ。ケイ兄さん」と言った。
「えぇえ机!? あれ? 俺、忘れただけ? 気づいてたなら教えてよ、エミカ〜」
「……ごめんなさい。……お散歩かな、って……思って」
 うっかり男におっとり養女。
 これはだめだ。
 仕方がないのでアルカーム達の買い物だけ後日になった。しかし道中に小腹がすいたりする為、ヘロージオが支払いを行う。水筒や軽食で500文。もふらの形をした蚊遣り豚200文。夏の毛布600文。桜吹雪の茣蓙に1000文。冬用のもふら布団が4000文……
「ごめんゼス〜、でも荷物持ちは頑張るから! 任せてよ! 次は奢るから!」
「そのうちに返してくれればいい。……ああ、そうだ。ケイウスとイリスに報告をしなければ、な。近々、結婚することになった……らしい」
 唐突な発言に動揺の嵐がまきおこった。
 ヘロージオが慌てて言い繕う。
「いや……求婚されて、それを受けたことには受けたんだが、今一実感が湧かなくてだな。イリスには、いつか会わせるつもりだ。急な話ですまなかったな……隠していたわけではないんだが」
 アルカームが「おめでとうゼス」と祝福したので、それにならって姉妹も「おめでとう」を告げた。
 引っ越した後、一緒に暮らす事になるのかもしれない。買い物の後、ヘロージオは羽根ペンを姉妹に一本ずつ持たせた。離れていても連絡を取り合えるように、だ。
「心はいつでも繋がっているさ」


●灯心と過ごす初夏

 開拓者が営む休憩処では、注文が飛び交い、緋姫が忙しく働いていた。
「餡蜜三つに葛きり一つ、冷茶四つね。灯心、悪いのだけど漆塗りの器をとって……あら」
 暖簾を潜って厨房を覗いた緋姫に、ずいと差し出されたのは注文の品。灯心が寸分の狂いなく準備していた。物覚えが早い灯心に感動すら覚えつつ、多忙な時間帯を凌いだ緋姫が、奥の間に戻ってきた。
「今日はおわり?」
「おしまいよ。ありがとう、灯心が来てくれて、とても嬉しいわ〜、兄様戦力にならないし」
 ぎゅー、と抱きしめられた。無抵抗の灯心に対し、縁側で読書をしていた兄様改め紅雅(ib4326)は「また叱られてしまいました」と苦笑いを零す。
 こういう時、からくり甘藍も主人の味方をしない。
 黙々と掃除をしながら「我、手伝い、得意。灯心、勤労。主、怠惰」と言って去る。
 紅雅が本を閉じて、灯心たちの所へ来た。
「反論できないところがなんとも。灯心は、私より余程、働き者ですね」
 頭を撫でた。
「お店の手伝いは大変ですか?」
「今まで皆のおやつ作ったりしてたから全然平気です。それに働かざる者食うべからず、だから」
「……いったい何処でそんな格言を覚えてきたのです」
 灯心は首を傾けながら「辞書?」と呟いた。放っておいても知識を吸収してくる。緋姫は「偉いわぁ」と単純に感心していた。
「ねぇ灯心、夕飯は何が食べたいかしら? 良かったら、一緒に作りましょう?」
「おや、姫。灯心は朝から働き通しだったのですよ、少し休ませてあげてください」
「あ……」
 朝早くから十にも満たない子を働かせ続けている。灯心は元々鍛えられた生活をしていた上、弟妹にせがまれて21人分の間食を手料理していた。全く疲れた様子を見せないが……紅雅の言うことは最もだ。
 緋姫が渋々引き下がる。
「灯心、少し散歩に行きませんか?」

 太陽が沈み始めると、大空は茜色に染まっていく。
 うだるような暑さも影を潜め、空には月と星が瞬く。
 けれど港には多くの開拓者が足を運んでいた。
「灯心は、相棒はどんな子がいいか、希望はありますか?」
「陰陽師には何が必要かな」
「必要の有無で考えなくともよいのです。焦って決める必要はありませんよ。君には、たくさんの時間があるのですから……灯心、これを」
 紅雅が持たせたのは小さな鍵だ。
「これは……からくりを起動させる為の鍵です。この鍵で生まれる子は……生まれたばかり、何も知らない子です。貴方にとってその子は、相棒であり生徒であり子であり、貴方だけの友人となります。貴方の心を映す鏡にも、なります。……だから、貴方が決めた時に……迎えに行ってあげてくださいね?」
 頷いた灯心は凧糸を鍵に結びつけた。
 紅雅は唇に指を当てる。
「姫たちには、内緒ですよ? また甘やかして! って叱られてしまいます。さあ、家に帰りましょうか。姫も御飯を作って待っているでしょうから」
 差し出された手に、手を重ねて。
 町中へ戻っていく。


●結葉と過ごす初夏〜前編〜

 蝉の声が聞こえる。
 蒸し暑い夏にも関わらず、風が心地よいのは山麓の林の中ゆえだろう。木漏れ日の道を歩くフェルル=グライフの隣には、買い物かごを持つ結葉がいた。
「……ていうのが出会いかな。そうだ。明日から暫く、弖志峰さんのお家でしたっけ」
「うん」
「荷物はまとめた?」
「洗濯物をしまえばいいだけだから、お料理は手伝えるわ」
「ありがとう。今夜のお夕飯はね、夏に負けないお肉料理と肉じゃがにしようと思うんです。結葉ちゃん、肉じゃがのお手伝い、お願いしていい?」
「いいわよ」
 現在、結葉は酒々井 統真(ia0893)と弖志峰 直羽(ia1884)の家を行き来している。
 大凡二週間の周期だが、荷物が少ないのが幸いして移動に手間がかからない。
「お、夕飯は肉じゃがか。いいな」
 裏山で修行をしていた酒々井が帰宅していた。結葉達の「ただいま」という声に「おかえり」と返すのも珍しい光景で無くなっていた。
『明日から二週間、結葉は直羽んとこだな。初歩術を習得させるっつってたか。巫女になるなら、技術面で手助けできる事は少ねぇな。課題解決の為の考え方とか……農場の話とか、生成姫に関わらない、重くねぇ話あたりで考え方の勉強つけてやっかなぁ』
 教えるべき事は山ほどある。
『……生成姫が傷付けた人へ謝りに行く、か。何を話すべきか悩んでた俺達が情けねぇくらいに強くなってたんだな。辛い道だが、結葉が決めたなら口は出さねぇ。がんばれよ』
 子の成長を見守る親の心境とは、こういうものなのかもしれない。
 一方、隣の上級人妖のルイは複雑そうな顔で黙っている。単純な話をすれば『娘の立場』を取られて嫉妬めいた感覚を覚えつつ、しかし事情を知っているが故に悪戯もできず……現在に至る。
「ルイ。まだへそ曲げてんのか」
「曲げてない」
 べち、とずぶ濡れた手拭いを酒々井に投げた。
「なにすんだ」
 居間が騒がしくなる。
「あれって、本当に喧嘩じゃないの?」
 玉葱の皮を剥く結葉が、グライフに尋ねた。
「ええ、違いますよ。大丈夫。それよりほら、よそ見してるとお鍋がふいちゃう」
「きゃー!? あ、差し水!」
 土間を走り回る。
「うー、お水入れすぎた……味が薄い肉じゃがになったらどうしよう」
 居間から首を出した酒々井が「俺ぁ別に、ガツンとした味より柔らかい味でいいぜ?」とさりげなく好みを伝えるが、庇われたと思った結葉は「うそ」と落ち込む。こういう時の慰め役はグライフだ。軽い味見をする。
「ん、とっても美味しい」
「うそぉ〜」
「本当です。結葉ちゃん。統真さんは薄味が好きですから、大丈夫。私の料理もおダシだけでしょう。失敗したとか、落ち込まなくても平気です。想いをこめて頑張った分、皆笑顔になれるの、今の気持ちを大切にね」
 日が沈めば訪れる団欒の時間。
 食後はあやとり。寝る時は川の字で……と何の変哲もない普通の生活が過ぎた。
 翌朝、街医者の仕事を早めに切り上げた迎えと結葉が旅立つ。グライフが「また一緒に料理しよ」と囁くと「うん」と返事があった。道の果てに姿が消えるまで、酒々井たちが手を振って見送る。
「次に結葉が来る時は、本格的な夏だなぁ」
 木々の狭間から見える太陽が、じりじりと肌を焼く。


●結葉と過ごす初夏〜後編〜

 結葉の荷物を持つのは、からくり刺刀だ。
 家に到着後、弖志峰直羽は「正式に開拓者になった記念だよ」と贈り物の包みをほどく。
まずは舞楽装束や巫女に用いられる絹と皮で作られた白い靴、精霊の加護を受けた純白の絹で作られた神職向け戦闘狩衣の前垂冬華、白鳥の羽と深緑の宝石で作られた白羽扇、雪の結晶を象るスノウホワイトピアス、そして弖志峰の婚約者とお揃いにした枝垂桜の簪……いずれも実用向けの品々だ。
「キラキラしてる……ありがとう、おにいさま!」
「喜んで貰えたならよかった。それを着たら万商店に買い物へいこう、その後は修練場へ術を学びにいかないとね。結葉ならきっと上手にできるよ」
 結葉の瞳の輝きが増した。
 興奮気味に荷物を抱えて、奥の部屋に消える。ソワソワしながら顔を出し「見ちゃダメだからね!」と顔を赤くして襖を閉めた。閉め出された家主の顔色をからくりが伺うが……弖志峰の顔はしまりがなかった。
「うん。やっぱり女の子だなぁ、えへ」
『結葉は……本当に強くて良い子に成長してくれたよ。料理に占い、お洒落。年頃の女の子らしい趣味も豊富で、親的目線抜きにしても可愛い子だと思うよ。うん、絶対可愛い』
 親バカ万歳の様子を察した刺刀は……そっと見て見ぬ振りをした。
 着替えて『巫女』の装いになった結葉とともに万商店に向かう。
「欲しい物や気になったものがあれば、俺に言ってくれな」
 結葉は調理器具セットを真っ先に欲した。お値段500文。結葉らしいな、と見守っていると、滅多に市場に出てこない、やまじ湯浅醤油の最期の一瓶に出会う。これも400文でお買いあげ。料理道具や調味料ばかりかと思いきや、香水「ミルキーウェイ」の売り場から離れない。
「ほしいの?」
 結葉は「う、うん。ミルクの甘い匂いだから」と言いつつ星型瓶を凝視してる。400文で購入した小瓶の使い方を教えて貰う。ふわん、と香る香水が、背伸びをしたい乙女心を感じさせるが、弖志峰は『……変な虫がつかないかな』と心配になった。
 万商店では1000文のシャッター付カンテラと6000文のミニハット「六月の夢」を購入し、荷物をからくりの刺刀に持たせて修練場に向かった。
「結葉。どんな術も氏族の宝だからね、ここでお金を払って術を学ぶんだよ。巫女の役割は、主に癒しと仲間の支援だね。楽器で行使する術も高位になれば使えるから、練習しておいて損はないかな、舞に興味があれば手ほどきもするけど……学びたい術はきまった?」
 結葉は絶句していた。
 初歩術はともかく、高位の術は桁が違う。食材の買い物で金銭感覚が身に付いてきていた結葉は、開拓者という仕事がいかにお金のかかるかを知って、狼狽えていた。
「俺達が使っているような術を学ぶのは、何年も先だし、それまでに仕事でお金も貯まるから大丈夫。駆け出しの開拓者は二つだけ無料で教えて貰えるんだ。心配ないよ」
「でも学びたいの、三つあって……選べないわ」
「どれ?」
 話し合いの末、神風恩寵と力の歪みを選び、火種の術は弖志峰が出資した。これから二週間、術の体得目指して通い詰めることになる。
「おにいさま、ありがとう」
「どういたしまして。そうだ。結葉の手料理、また食べてみたいなー、煮物とか好きなんだ。火種の術が使えるようになったら……台所で作ってくれる?」
「がんばるわ!」
 帰りに古書店により医学書を買った直羽達は、自宅へと帰っていった。