【玄武】魔の森研究所終
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/23 10:37



■オープニング本文

【このシナリオは玄武寮用シナリオです】

 此処は五行の首都、結陣。
 玄武寮。
 玄武寮は入寮の時に『どんな研究をしたいか』を問われる。
 流石は、研究者を排出する機関独特と言えた。
 時は流れ、卒業論文が差し迫った者たちは、其々の研究を始めていた。

 魔の森で。

 かつて大アヤカシ生成姫は、志体持ちの子供を攫って、魔の森で育てていた。
 とはいえ人が魔の森で生きることはできない。
 瘴気感染をひきおこし、放っておけば一日か二日で死に至る。
 そこで大アヤカシが目をつけたのが、遠い昔に人が居住を放棄した村跡だ。
 ここは龍脈の真上に当たり、地下を流れる精霊力の噴出口だったのだ。言ってみれば、偶然湧いた温泉の吹き出し口である。何故か蕨の里は瘴気の侵食を受けぬまま、魔の森に取り込まれた。そして大アヤカシですら侵食不能な土地を……生成姫は、攫った子供を育てる場所に決めたのだという。
 開拓者の手で子供は救出された。
 以後、飛び地となった其処は無人に戻る。
 現在では『非汚染区域』と呼称され、魔の森に囲まれた土地という危険な場所へ、限られた陰陽師の研究者が出入りをするようになったのだが……知らぬ間に、非汚染区域の一つを独占した男がいた。
 封陣院分室長、狩野柚子平(iz0216)である。
 玄武寮の副寮長を兼任する彼は『危険? 大変? 学生に研究手伝わせれば、タダ労働です』という恐るべき発言で、豪雪で人の出入りが少なくなる冬から春先までの期間、占領権利をもぎ取ってきた。
 しかし何も準備や装備のない状態で出かけるのは危険極まりない。
 生真面目と名高い玄武寮の寮長こと蘆屋 東雲(iz0218)は、非汚染区域「蕨」に冬場泊り込める山小屋建設を行い、期限までに完成させた。

 そして始まった研究の日々。

 長い冬の間、玄武寮生は研究所に出入りしていた。
 当初冬の間だけの話だったが……戦の関係で国がごたついていたのでそのまま居座り。
 寮長誘拐騒ぎの後、開拓者ギルドから奪還の知らせが入って話が落ち着き、ついに明け渡す事になった。

 + + +

 魔の森の研究所に寮生が集団で訪れるのは、これが五度目。
 瘴気の木の実はサッパリ芽が出ず、氷や雪で凍結させていた粘泥は……甕の中で脱出に奮闘中という珍妙な光景がうかがえる。
 今回は最期の研究に加えて、建物引き渡しの為に掃除する日だ。
 なのだが。

「ここにいる皆さんにだけでも、伝えておきましょうか」

 何を?
 と、寮生たちの足が止まる。
「術開発や卒論、ギルドの仕事でお疲れと思いますが、月末までに英気を養っておいてくださいね。寮長が静養中である為、玄武寮の卒業試験は私が担当です。寮長は書類で誰の目にも公平に、との話でしたが、私は実際に当たって砕けた方がいいだろうと思いまして」
「いやいやいや!」
「砕けたらダメでしょう!」
 悪寒を感じた寮生たちのツッコミも何処吹く風。
「卒業試験に、滅びた大アヤカシ生成姫の城を探索することにしました。どれだけ敵を倒し、いかなる情報を持ち帰れたかを競う、いわば運任せの死地サバイバルです。既に単独で魔の森に入って生還できる方も多いですし、幾度か試練の門で強敵に対処してますから、調査くらいなら大丈夫でしょう」
 恐ろしいことを笑顔で宣う。
 迷いのない副寮長の言葉に戦慄する寮生達。
「生成姫が巣くっていた場所……っていうことは、上級アヤカシ紛いがいるかもしれないって事ですよね」
「ですね」
「私達を殺す気ですかー!」
「倒せとは言ってません。調査して幾らかの情報を持ち帰ってほしいのです。私やイサナも行きますから命は保証します。何しろ故・生成姫の城、というだけで普通の研究者は怯えて使い物になりませんからね。いずれギルドに頼む事になるでしょうが、発見者としては先に調べたいじゃないですか」
 危険な調査に、試験と称して寮生を連行するのは如何なものか。

 卒業論文に術研究。
 只でさえ忙しいのに卒業試験でデットオアアライブ。
 玄武寮の寮生達は、己の悲運を……ちょっとばかり呪った。


■参加者一覧
/ 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 八嶋 双伍(ia2195) / 寿々丸(ib3788) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 十河 緋雨(ib6688) / シャンピニオン(ib7037) / リオーレ・アズィーズ(ib7038


■リプレイ本文


●魔の森の研究所にて
 随分と窶れた顔をした玄武寮の副寮長、狩野 柚子平(iz0216)の所へ露草(ia1350)が訪れていた。
「術式を試したい?」
「はい。卒論は提出しちゃいましたが……あとで実践での追記や実験を求められた場合の、研究もしておかねばと思うのです。開発の申請ではなくて、卒論の延長ですね」
 ふむ、と柚子平がしばしの沈黙。
 内心ひやひやしながらも微笑みを浮かべて返事を待つ。
「……卒論の付属資料の為の実験、という扱いなら良いでしょう」
 ぱ、と表情が華やいだ露草に「ただし」と鋭い声が飛ぶ。
「きちんとした上層承認をうけたものではありませんから、いわば『外法陰陽術』です。外部での利用はしないように。玄武寮内や魔の森の研究所……といっても今回で明け渡しですが、必ず敷地内で行うこと。とくに攻撃系が暴発した際、許可なく敷地外で実験すると……国は責任を肩代わりしてはくれません。いいですね」
「う、肝に銘じます」
 露草は論文の予備と書類を持って離れを出た。


●研究のゆくえ
 到着早々、シャンピニオン(ib7037)は、からくりのフェンネルと共に敷地の一角に植えた榛の様子を見に行った。非汚染区域に植えた榛は、緑も鮮やかな立派な葉を茂らせている。一方、魔の森に植えた榛も芽を出していたが、それは禍々しい植物に変じていた。
 さらにそれぞれのタネを一部入れ替えた方についてだが、正常な土の中で太った榛は魔の森に植えてみたところ朽ちてしまい。正常な土に植え変えた汚染済みのタネは跡形もなくなっていた。
「……えーと、腐ったのかな、いや、でも腐ったっていうのかな。どう思う、フェンネル」
「魔の森の大地から非汚染区域に植え替えた種は、姿形もありませんな。土に穴が開いているようになっている様からして、変異したタネは消滅したと見るのが妥当かと」
「浄化された、ことかな」
 残るは大本の榛二株だ。
 青々と生命力を感じさせる榛と、なにやら葉っぱがミミズのように動いている汚染されて変異したと思しき榛。そっと指を近づけてみると、榛が指を締めつけてきた。
「うわ、痛っ……こ、の!」
 シャンピニオンが力任せに榛の葉を引きちぎると、千切れた場所から瘴気になって消えた。獲物を仕留められなかった変異した榛が、うねうね動いている。これを廃棄するのはもったいない。
 シャンピニオンは副寮長の所へ行き、非汚染及び染土壌の一部と共に生育中の榛を持ち帰り、引き続き研究したいと申し出た。玄武寮から出さないと言う条件付きで許可を貰い、いそいそと専用の鉢に植え替える。

 一方、十河 緋雨(ib6688)は粘泥研究の最終実験を試みていた。
 荷物から取り出した籠には、生きている鼠が一匹いる。この鼠以外に、木彫りの鼠も用意していた。これから何をするかというと、この二つに人魂の鼠を加えて、粘泥がいかな反応をするかを確かめるのだ。
「どーなりますかね〜、では始めましょ〜」
 粘泥の入った壺の蓋を外す。
 結果、生きている鼠には当然反応したのだが、木彫りには無反応で、人魂の鼠には襲うような仕草を見せた。人魂は術者が動かす式にすぎない。つまるところ一見して生き物と錯覚する類には襲いかかる程度の低知能なのだろう。
「ほーほーほー、木彫りの鼠は精巧な品だったら反応するのかも知れませんね〜、おっと」
 きゅーきゅー鳴いて助けを求める鼠を救出する。
「食べられるのは可哀想ですもんね」
 十河はメモを纏めた。


●卒論から解放されし者達
 御樹青嵐(ia1669)は台所の清掃を人妖緋嵐に頼みつつ、卒論の仕上げをしていた。


 ――――戦場における術式の有用性――――
                       玄武寮三年生 御樹青嵐

 戦場における術式の活用を考える場合直接的側面、間接的側面と分けて考える必要がある。直接的側面とはそのまま火力、攻撃力としての側面、間接的側面とは情報収集、情報伝達、その他情報隠蔽としての側面である
 直接的側面としては戦が単体戦もしくは小規模の集団戦でない事を考慮に入れなければならない。単体の相手に対し高い損害を与えるよりも広範囲に小規模のダメージ与える方が有用であると考えられる。
 間接的側面としては何よりも情報把握が重要な位置を占めると思われる。刻一刻と変化する状況を如何に性格に迅速に把握するかによって指揮の精度は大きく変わる
 重要であるのは直接的側面は兵力の大量投入等、代替案が多数存在するが間接的側面においてはその代替案が極小な点である。人魂のように即時性のある形で離れた場所の情報を得ることは人員投入等によっては補えない部分である。
 今後の術開発によって戦争は大きく変わる可能性がある。例えば戦場を俯瞰的、複数視点による即時的な情報収集することが術によって出来ればその勢力は大きな有利を得ることができる。
 戦場と術のかかわりにおいて今後の課題と言える


 ことり、と筆を置いた。
「終わりました……ああなんと清々しい開放感!」
 両腕を天に掲げてやり遂げた感動に浸る。
 そこへ軽やかな足取りのリオーレ・アズィーズ(ib7038)が通りかかった。
「あら、書き終わったんですか?」
「ええ、随分と徹夜をする羽目になりましたが」
「私もです。あ、宜しければ誤字を確認していただけません? なんども読み直したんですが、見落としをしているか心配で」
「奇遇ですね。私もです」
 卒論から解放された二人は、互いの論文を最終確認することにした。御樹が文面に目を通す。


 ――――瘴気の樹及びその実の生態と危険性について――――
                      玄武寮三年生 リオーレ・アズィーズ

 第一章 概要
 
 瘴気の樹とは大アヤカシ生成姫によって造られた、樹木型のアヤカシの一種である。その生態と常のアヤカシとは違う脅威について論じたいと思う。

 第二章 瘴気の樹の生態
 
 瘴気の樹は魔の森の内部に自生する。
 現在まで発見されている最大の物は、幹の直径が5mほどの巨木であり、自立移動や自立行動を行う個体は発見されておらず、性情的には健常な樹木に近いと思われる。
 その特異な性質は、大きく分けて二つ。
 第一に、大地の瘴気のみならず、他のアヤカシを吸収して自身の栄養に変える。
 その為その周囲にはアヤカシが群れを成している事が多い。これらのアヤカシが何故、逃亡せず無抵抗で樹に食われるのかはさらなる研究が待たれる問題である。
 第二に、取り込んだ瘴気を凝縮、結晶化させ実を生らせる。
 瘴気の実と呼称される実は瘴気の結晶だけあり、放置しただけで二週間に渡って土地を腐らせ、破壊すれば瘴気が広範囲に吹き出す危険物である。
 その瘴気の実が初めて猛威を振るったのは、天儀歴1012年の秋から冬にかけての白螺鈿である。
 瘴気の実が広範囲に白螺鈿の田畑に捲かれた結果、多くの作物が枯れ土は腐り、莫大な損害と人々の困窮が起きた。
 これが、瘴気の樹が常のアヤカシの『危険』と違う『脅威』であると断ずる理由である。

第三章 その運用の実例
 
 上記の以外にも渡鳥山脈における戦いで、飛行アヤカシによる実の『空爆』が行われた。
 また、魔の森では平地との境目に実を落とす行動が確認されている。これは魔の森拡大活動の一種と推測される。

第四章 まとめ
 
 以上が、瘴気の樹及びその実の生態と危険性の概要である。
 幸い瘴気の樹は他国で発見されていない。だが、大樹傍では苗木が持ち出された形跡があり、また生成姫以外に瘴気の樹製作が出来ない保証はない。
 その脅威に対し警戒を怠るべきでない、と記しこれを結びに変えたいと思う。


「問題ないと思います。多分」
「こちらも終わりました。副寮長の所へ提出に行きましょう」
 るーんるーん、と鼻歌でも歌いそうな空気を纏った御樹とアズィーズがその場を後にする。その背中は晴れやかで輝きに満ちていた。


●終わらない卒論の夕べ
 ときに。
 天国と地獄という表現は、身近な所にあると思う。
『ヤバイヤバイです〜、あー!』
 十河は内心悲鳴を上げていた。焦っていた。何しろ卒論が手つかずだ。
 片づけをしながらやらなければならないことが沢山ある。ひとまず書き出しだけでも形にしてみる。


 ――――粘泥の生態についての考察――――
                      玄武寮三年生 十河 緋雨

 粘泥。ジルベリアではスライム、アル=カマルではシュラムと呼ばれる下級アヤカシであるがその生態について判明していない部分も多い。
 今回は実験の結果判明したことから粘泥の生態について考察していきたい。


「ふぃ、こんな感じで書いていけばいいですかね〜、まだちっとも終わってませんが頑張らないと」
 ちなみに焦っているのは十河だけではない。
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は机に突っ伏している。
「うーん。……書き慣れてないとこれだけ書くのも一苦労ねぇ……時よ止まれ」
 ヴェルトが書きかけの卒業論文を見直す。


 ――――屍鬼の再生原理の解明――――
                      玄武寮三年生 リーゼロッテ・ヴェルト

 屍鬼は高い自己修復力を持つアヤカシであるが、その原理は解明されていない。
 治癒術式は複数あるが、それとは根本的に異なる原理であると考え、アプローチを開始した。
 捕獲した屍鬼を用い、精霊力に満ちた空間で再生力を計測した結果、屍鬼の回復力は一定量継続していたが、一定の時間が経過すると再生が停止することを確認した。


「……暑いわ。もうじき夏ね」
 羽妖精のギンコがヴェルトにそっと労いの冷茶を運んできた。
「暑いですよねー、八嶋さんは暑くないんですか?」
「心頭滅却すればなんとやらです」
 八嶋 双伍(ia2195)は黙々と和紙に向かう。


 ――――魔の森がアヤカシに与える影響―単眼鬼の場合― ――――
                      玄武寮三年生 八嶋 双伍

 アヤカシは瘴気の集積によって生じる。瘴気自体はこの世界の至る所に存在しているが、 やはり密接な関係にあるのは魔の森の存在だろう。
 瘴気の海とも形容されるこの土地には大量の瘴気が存在し、日々多くのアヤカシを生み出し、その力を通常よりも強化する効果を持つ。
 ここまでは世の常識であるが、その強化とはどのような仕組みであるのかを説明する資料は少ない。

 個体ごとの特性を伸ばすのか、新たな能力を付与するのか。
強化は一律同じ効果であるのか、それとも個体差が存在するのか。
 その断片でも掴む事が出来ないかと研究を行った。


 ……其処まで書いて一旦筆を置いた。
「結論まで書くのは次にしましょう。ええ、まだ、まだ時間はあります」
 己に言い聞かせた八嶋は掃除と荷造りを開始する。
 一方、榛を持ち帰る為の処理を終えたシャンピニオンは、卒業論文を書き始めていた。


 ――――精霊力と瘴気、生物の可能性――――
                      玄武寮三年生 シャンピニオン

 完全に瘴気汚染された場合、不可逆である事は、既に多くの事例が示している。
 瘴気に影響され、瘴気の森で生育する動植物は、瘴気が栄養素であり水。
 神木など強く精霊力を帯びたものもまた、養分とするものが並の動植物と異なるといえる。今回試験的に植えた榛は、様々な可能性を示唆してくれる。
 条件と生育状況によって、生物はいずれかに強い耐性を得る事も可能ではないかと推察する。

 そこまで書いて休憩にした。お茶とお茶菓子が心の癒しだ。
 ふと眺めた鉢の中でうにょうにょと動く榛は、既に異形の物と化していたが……どこか愛嬌があった。


●術開発の至難
 人妖嘉珱丸を連れた寿々丸(ib3788)は二日間部屋に籠もり、何故か術式と向き合っていた。
 現在、寿々丸が考案している『瘴気の檻』(仮)は、異質な瘴気を半球型にまで変質させた後、ざるのような形に凝固させる段階にきていた。所謂、物質的な拘束であるが、檻と言うには程遠い状態であるのと、一度凝固させてしまうと結界呪符に似た感じで集めた瘴気を使い尽くしてしまい、中に再充填させることができない、という壁にぶちあたっている。
 そこで何を思ったのか、寿々丸は術式の見直しを始めた。
「掃除は済んだぞ。しかし連日連夜何をしているのだ、寿々」
 人妖が手元を覗き込む。
「急がばまわれでございまする。瘴気の霧を半円形にしたところから術式を変更してみようかと。中のものを弱らせる為に、吸心符にある『敵の体力を吸う』と『奪った体力を自身が吸収』の術式を取り出して、どうにか『式の形を取らせず、瘴気のままで効果を出す』ように術式を改変したいと思うておりまする」
「なるほど理論は分かったが……できるのか?」
 特に後半、と人妖が心配そうな顔をする。寿々丸が眠い目を擦りながらミミズが這ったような文字を書き直しつつ、一枚に纏める。
「副寮長に相談してみまする」
 書き上げた和紙を持って離れへ訪れる。
「副寮長殿。使う術式が間違っているのか、組みこみ方が間違っているのか……それとも、もっと良い術式を御存じか。助言願いたいですぞ」
「いや、私が未公開術式を助言したら、それは貴方の研究ではなくなってしまいますよ」
「うう。分かっておりまするが、その」
 柚子平は「そうですね」と過去の結果と術式書を眺める。
「理想に追いついていない、という場合も、あることはあります」
「……どういうことでございまするか?」
「どんなに素晴らしい術を考案しても、術者に制御する技術が足りない場合がある、ということです。ちなみに……前に実験されていた術式と今回書いてきた術式、これらは用途や狙いは同じでも『性質は似て非なるもの』です」
 寿々丸が首を傾げる。
「純粋に術式から感想を申しましょう。
 ざる型に凝固という前者は、物質による物理的行動の阻害に等しい。新しい術式は、非物理攻撃による一個体の弱体化に特化している。
 つまり。
 貴方は二種類の高度な術を開発しようとしている状態なのです。
 助言をしようにも……それぞれが全く別性質の類ですし、時期的に後数週間で両方を完成させることは不可能でしょうね。見る限り共に難度の高いものですから、少なくとも完成させようと思うなら片方に絞らなければ……」
 柚子平がぽふりと肩を叩く。
「期限は少ない。ですが成した努力は認められる。よく考えて、後悔のないよう研究を続けるとよいです」
 卒業試験まで、後僅かだ。


 皆が綺麗に寝静まったころ、台所に現れた御樹がヴェルトと露草の姿に驚いた。
「こんばんは。もうお休みになったかと思ってました」
「お肌に悪いのは分かってるんだけど、お休みになれないのよ」
 何度机につっぷしたか分からない。
「吸心符の接触点……結界呪符だと遅いのよね、術式混ぜすぎると難易度も上がるし……ああもう!」
「副寮長の所に行ってみては?」
「もう行ったわー。『もう期限が迫っているから、最低限、術として発動できる術式理論を一から十まで汲み上げておいた方がいいです』って言われたわ。……あ。瘴気を喰らう魂喰の術式とかどうかしら」
 ヴェルトは吸心符と魂喰の術士記を抜き出し始めた。
「がんばってください。と言いつつ私もまだ未完成ですが。露草さんも、術式ですか?」
「ええ。卒業論文の付属資料です」
 上級人妖の衣通姫が冷茶を運んでくる。
「大型化できるかどうか、とか。実戦に使えるかは無理でも実践できるかどうかですしね」
 あくまで資料と仮定に基づく論述しか行っていない露草は、書物を集めて術式を抜き出すところから作業をしていた。
 毒蟲の術式に錆壊符の粘泥を組み込み、そこに腐食に対する耐久性を持たせねばならない。その為には毒蟲の術式を分解し、外骨格の形成段階で腐食耐性を持たせねばならない。ところが果たして強酸性の腐食に耐えうる物質の構築が意外と難しい。
「私も負けられませんね」
「もうちょっとで終了ですもんねー」
「そういえば卒業試験ですけど」
「あれですか」
「あれって個人の利益をかねすぎよね」
「……とんでもない事を言っている方が離れの部屋にいる気がしますが、いまは卒論に集中ですよね」
「そうですね」
「そうね」
 御樹と露草とヴェルトは遠い眼差しで窓の外を眺めた。