トキメキ開拓ロード!(腐)
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 17人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/07 23:42



■オープニング本文

 目の前で起きている現象を、誰か説明してください。

「ほーっほっほっほ、偉大なる神にして慈悲深き妾の試練を受けたい奴は誰ぞ?」
 声高らかに笑う、大アヤカシ生成姫の格好をした……よく見知った誰かさん。
「貴様は神ではない! 今それを証明してやろう!」
 ノリノリで叫んでいる見覚えのあるお方。
「――――かくして激戦が始まったのです。
 愛するものを守る為、皆さんという人々の暮らしを守る為!
 我ら開拓者は世紀の戦いに挑んだのです!
 待て次章ォォォ!
 それでは一旦休憩に入ります」
 朗読役の開拓者が台本片手に喋っている。

 開拓者たちの本拠地とされる神楽の都の片隅で、繰り広げられる熱い寸劇。
 檜の舞台のある商店街の通りは、一年前まで寂れ果てていた。
 はずなのだが……今や通りは若者でごった返す恐るべき繁華街と化していた。
 高く掲げられたアーチの看板には『トキメキ開拓ロード』という謎の文字が踊る。
 右の真新しい立て看板には次の文字が墨書きされていた。

『壱、この門をくぐる者は全ての現実を捨てよ。
 弐、萌ゆる情熱とともに生き、妄想を抱いて死ね。
 参、開拓者を愛する者、清く正しく盗みをするべからず。
 肆、敬愛すべき開拓者は皆の財産です。発見しても見守ること。』

 トキメキ開拓ロード。
 そこは『開拓ケット(カタケット)』に生きる人々の楽園だった。

 + + +

 アヤカシと開拓者。
 神楽の都では見慣れた存在も、世界的な人口と比較すれば対した数とは言えず、世間一般の人々にとっては、アヤカシ被害に差し迫らない限りは、あまり縁のない人物たちと言える。
 とはいえ。
 世の中には奇特な事を考える人種が存在するもので、開拓者ギルドで公開されている報告書を娯楽として閲覧し、世界各地を飛び回る名だたる開拓者や見たこともないアヤカシに対して、妄想の限りを尽くす若者たちが近年、大勢現れた。

 開拓者ギルドに登録する開拓者は数多い。
 しかし、神楽の都が総人口100万人と言われる事を考えると、その数は僅かであり、世界各国で活躍する活動的な開拓者に条件を絞れば、その数は更に減少する。
 開拓者とは、アヤカシから人々を救う存在である。
 そして腕の立つ開拓者は重宝される。
 英雄たちの名は人から人へと伝えられ、妄想癖のある人々の関心を集める結果になった。

 彼らはお気に入りの開拓者を選んでは、一方的に歪んだ情熱を滾らせ、同性であろうと異性であろうと無関係に恋模様を捏造し、物語或いは姿絵を描き、春画も裸足で逃げ出すような代物をこの世に誕生させた。
 人はそれを『萌え』と呼ぶ。
 さらには相棒と呼ばれる動物や機械を擬人化してみたり、人類の宿敵でああるはずのアヤカシとの切ない恋や絶望一色の話を作ったりと、本人たちが知らない或いは黙認していることをいい事にやりたい放題である。

 その妄想に歯止めなど、ない。

 妄想は妄想を呼び、彼らに魂の友を見いださせ、分野と呼ばれる物が確立される頃になると「伴侶なんていらない、萌本さえあればいい」そう言わしめるほどの魔性を放っていた。
 やがて生活用品や雑貨の取り扱いを開始し、有名開拓者の仮装をして変身願望を満たす仮装麗人(コスプレ◎ヤー)なども現れ、僅か数年で一大市場を確立するに至る。
 業界人にとって、開拓者や相棒は、いわば憧れと尊敬の的。
 秘匿されるべき性癖のはけ口といえよう。

 四季の訪れと共に行われる自由市は『開拓業自費出版絵巻本販売所(絵巻マーケット)』と呼ばれ、業界人からは親しみを込めて『開拓ケット』(カタケット)と呼ばれた。
 年々増加する入場者の対応を、薄給で雇われる開拓者たちが客寄せがてら世話する光景も、珍しいものではなくなってきていた。

 + + +

 市場を獲得し、大勢が祭騒ぎを愛する。
 そうなるとやはり商売というものは発展していく。
 トキメキ開拓ロードでは、大凡必要なものが全て揃う環境が出来上がっていた。
 例えば……

 開拓ケット事務局直営の流行の同人絵巻のみを扱った本屋、画材の専門店、和紙の専門店、木版の専門店、堀り師の店、木版印刷屋、日用品に開拓者の武装や寝乱れ姿を描いた雑貨店、布屋、仮装麗人御用達の高級衣装屋、むかしはマトモだった仏具の店は……もはや萌え看板がわりの高位開拓者木像を掲げる始末。
 開拓茶屋と書かれた食事処には……
 有名開拓者の格好をした給仕達が口調もそのままに有名人の真似をしている。

 そんな魅惑の場所へ迷い込んだ開拓者達の恐るべき一日。
 幸運か、不幸か。
 破滅の罠か。

 街中のアヤカシ退治をしただけだったのに……運命は時に残酷である。


■参加者一覧
/ 鈴梅雛(ia0116) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 星風 珠光(ia2391) / 珠々(ia5322) / ニノン(ia9578) / リーディア(ia9818) / フェンリエッタ(ib0018) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 无(ib1198) / ウルシュテッド(ib5445) / 八条 高菜(ib7059) / 宮坂義乃(ib9942


■リプレイ本文


 リーディア(ia9818)のからくりアクアマリンさんは、整頓された部屋を眺めて達成感に浸っていた。からくり奇跡の自立。ではなく、主人であるリーディア達にも秘密の小部屋である。細々と続けている小遣い稼ぎから、きちんと家賃も支払っていた。
 何故わざわざ主人宅を使わないかというと、最近はリーディアが友人と一緒にカタケに出入りするようになってしまった為だ。
「秘密の工房、ですね」
 カタケで入手した戦利品の数々が、あっちにもこっちにも。
 これからは思う存分に製作を行える。
 ちょっと暇な時に、散歩等を口実にして入り浸ればよいのだから。
 しかし新しく構えた作業部屋は広い。
 何かできそうだ。
 そこでぼんやりと思い浮かんだのは、等身大木像だった。

「そうだ、弟子入りしよう」

 まるで『そうだ、ジルベリアに行こう』的な脈絡のなさで新たなる目標が生まれた。
 けれどきちんと理由はある。
『思えば……春のカタケで等身大木像を目にして以来、アレらが頭から離れません。あの細部に至るまで妥協を許さぬ見事な彫り……素晴らしい……私もあのような芸術をこの手で生み出したいものです。そして行く行くは』
 めくるめく妄想。

「たーのもー」

 どん、どん、どん。
 底抜けに明るい声が聞こえた。アクアマリンが戸を開く。
「こんにちは。隣の者だ。新しい隣人さんにお裾分け……あれ?」
 見覚えがある相手に両者固まる。
 暫く玄関先で話していてヘスティア・ヴォルフ(ib0161)も、此処の長屋で作業場を構えている事が判明した。
「では〆切間近はいつもここで?」
「ああ。自宅じゃぁ……義子供達がいるからな、下手なことはできん」
 曰く。
 からくりD・Dのレース編みは兎も角……いや、子供に汚されるので兎も角でもないのだが、被服より何より、百合とか薔薇の絵巻、ナマナリヒメの装束などを純真無垢な子供の目の前に放置できない。
「押入にしまうと虫にやられたりするし、皺になるし。和紙もしけって在庫の管理も難しいからな〜。ってことで、別宅を借りてここにそっち系のは全て置いてあるんだ」
 座り込んでいたヴォルフが「よっ」と立ち上がった。
「ま、何かあったら呼んでくれ。必要なものは貸せるしな」
「そうだ。かの木像制作者を探しています。居所を知りませんか?」
「お、彫るの? 案内するよ、ちっと待ってな」
 ヴォルフが自分の作業場に戻って一声投げる。
「おーい、D・D! 品物の買い出しついでにお隣さんの案内してくるから少し待っ……」
 がらがらがらがら、と戸を開いた先に。
 数十分前まで無かった花嫁衣装を縫っているD・Dがいた。
 神懸かり的な針の動きをなんと言い表せばよいだろう。採寸的にはどう見てもヴォルフ仕様だ。
 沈黙の末に、ヴォルフは無言で扉を閉めた。
「さ、行こうぜ。まずはちょっと木版印刷屋につきあってくれ」
 見なかったことにした。


 ヴォルフが納期の確認に向かった先では、既に人がごった返していた。
「お邪魔するぜー、おお、早割客が結構いるなぁ」
「あ、こんにちは」
「ん? えっと確か開拓メシの……」
「お話し中に、失礼いたします。礼野様。こちらの部数で宜しければ署名を」
 外に霊騎若葉を待機させた礼野 真夢紀(ia1144)が、契約書に署名して捺印して大金を置く。
 礼野が木版印刷屋に手渡すのは、お馴染み『開拓メシ』の最新刊原稿だ。
 開拓ケットの業界では自掘り自刷りと言って、原稿を元に自分で木版を彫り印刷する者が多いが、最近ではこうした職人による木版印刷が増えつつある。
「ありがとうございました」
 礼野が暖簾を潜って外に出る。
 ひと仕事終えた開放感に包まれつつ、急いで食材を買って帰らねばらならない。なにしろ作業所兼在庫置き場では知り合いが〆切に追われているのだ。積み上げた薔薇絵巻の掃除もしなくてはならない。
「泊まり込みだし、もう一仕事がんばりますか。ん?」
 礼野と全く同じ衣装が展示されている店がある。それを眺めつつ、見なかったことにした。
「あの子連れてきたら、絶対着たいっていいそうだものね」
 気苦労が絶えない。


「買い出しはこれでおしまいかな」
 水鏡 絵梨乃(ia0191)が手元のメモを眺める。
 傍らには大量の画材や和紙を持った八条 高菜(ib7059)がいた。八条が最近本作りを始めた為、ネタと道具探しである。開拓者仕事が完全に無い日という事もあって、普通の格好をした二人は、見事に人混みにまぎれていた。
「そうですねー。必要なものはそろいましたし、このままお散歩というのも楽しいですし、うふふふふ、なーんか意欲が湧いてきますねー、おや」
 八条が足を止めた。自然と水鏡も視線を辿る。
 其処には『水鏡絵梨乃様専門店』とあった。
「え、ボク?」
「そういえば最近、有名な方々の専門店ができていると聞きましたが、そのひとつでは。絵梨乃様って本当に有名人なんですねぇ」
「へぇ。面白そう。どんな商品が並んでるのか気になるな。高菜さん、時間あるし寄り道してみようか。……気に入ったのがあれば買っていこう。可愛い女の子と絡んでるような本があったら嬉しいけど」
 猛者、現る。
 全く物怖じする様子もなく、八条と水鏡が魔窟へ飛び込む。
 様々な衣装の姿絵。肉食極まる絵巻の数々。開拓者業初期から現在に至るまでの衣装変遷に、職人のお針子が作った高級衣装の数々。
「いやー、流石絵梨乃様って感じですかねー」
 半ば感心した口調で呟きつつ『しかし本人が店に来るとかバレたら大変そうですが』と水鏡の身を案じる。
「やっぱねっとり濃厚な百合本ですかね。男相手でイロイロする本も捨てがたいのですが……あら?」
 いない。
 さっきまで隣にいた絵梨乃様ご本人がいらっしゃらない。
 八条が慌てて店内を探すと、文字通り百合絵巻の棚の前で「分かってるなー」などと言いながら熟読していた。これは危険だ。とても楽しそうだが、発見されてしまう。
「えーと、色々調べたいこともあるので家に行きません?」
 お名前は出せないのでさりげなく脱出に誘う。
「そうだったね、ごめん。そういえば高菜さん、濃厚な本つくるんだったよね」
「ええ」
「完成が楽しみだな。できあがったら最初に見せてくれる?」
「じゃ、たーっぷり付き合ってもらいますよー」
 二人は作業部屋として新しく確保した禁断の長屋に急ぐ。



 衣装屋の隣は狙ったような布屋である。
 大量の布地と装飾品を抱えて現れたのは露草(ia1350)だ。
「ふふふ、卒論が完成した私には、もうなにもこわいものなんてないの! いきますよ、いつきちゃん」
 上級人妖の衣通姫が「はいなのー」と言って後を追いかける。
 帰宅先は家ではない。
 アトリエ『じんよーもえ』へ、だ。開拓業という性質上、装備品の数々は倉庫に溜まり、小隊の来客も珍しいことではない。そんな純粋無垢な一般人に、反物の山を見られるわけにはいかない。露草は借りている作業場の長屋へ到着すると、汚れないように反物の棚へしまいこみ、巨大な和紙を広げて型紙を作り始めた。
「ふふふ、念願の大人買い完了です。人妖も羽妖精も、すべての子がときめける服を……縫子としての夢ですよね。あ、ここのパーツ、透け素材で作りましょう、うふふふ」
 袖口には手縫いのレース、首元には刺繍のブローチ。
 一枚のぺらっとした型紙が、露草の頭の中では既に一枚の洋服に組み立てられていた。
 採寸して型紙におこし、切って縫い合わせて立体に仕上げる。この方法を思いついた人は凄いと思いつつ、手は器用に動いていた。
 卒論の徹夜三日は苦痛の日々でも、縫い物の徹夜三日は至福の時間だ。
 萌えと燃えとときめきを込めた最新作を縫っていると、寝食を忘れても平気なのだから人体とは不思議である。縫い縫いに没頭する露草の糸くずや布くずの掃除は人妖が行う。
「ふー、いつきちゃーん、仮縫いするんで着てみてください」
「わかったなのー」
「作業が一段落したら開拓茶屋に甘いものでも食べに行きましょうね。いつもありがとう」
 行きつけの喫茶店だって決まっていた。


 提灯南瓜クトゥルーが最近、よく何処かへ出かける。
「今日こそ追跡してみせます」
 探偵の気分の柚乃(ia0638)は使命感に燃える。提灯南瓜は今でも珍しい存在である。そんな提灯南瓜が休みの日に気ままに出かける先とは、いかなる場所なのか。
 しかしお決まりの門を潜った辺りで、好奇心は悟りの境地へ消し飛んだ。
「くぅちゃん……こんなところがあったのですねー」
 右も左も、あんな店にこんな店。
 散歩がてら歩いていると、見覚えのある格好をした赤の他人が水を得た魚のように過ごしていることに気づいた。これは提灯南瓜の探索で余計なものを拝んでしまいそうだ。
 帰るべきか、進むべきか。
 それが問題である。
「あれ、なんだろう」
 興味を引かれてお店に近寄ってみる。
 暖簾のむこうには色鮮やかな和紙に顔料の数々が並んでいた。
「画材屋さん! 凄い、弁殻色に孔雀色まで揃ってる〜」
 柚乃は某大学で絵を学んでいる。
 当然めきめきと技術を上達させる過程で華やかな絵を描く機会も多いらしい。気づくと追跡を忘れて、大小様々な絵筆や画材の数々を購入していた。
「この色綺麗……ん?」
 同じ画材屋の店内に、生き生きした上級からくり桜花と宮坂 玄人(ib9942)がいた。
 幾度か開拓ケット会場の仕事で見たことがある。
「お買い物ですか」
 声をかけられた宮坂は、びくーんと体を硬直させ、さながら呪いの人形のごとき動きで振り返った。相手が同じ開拓者だと認識すると「あ、あ、あ」と右往左往しながら言葉を探す。
「違う、違うんだ、ただの付き添いで、こんなところには初めて来……」
「ありましたわー!」
 からくりの声が高らかに響き渡る。
「これがなければ何も始まりませんわ。売り切れる前に買い占めなければ! は、彫刻刀と新しい木版! 点描も自由自在なセットとはなんとお得! こちらも頂きますわ!」
 もはや言い逃れできない。
 ああ、無駄に紙の種類だとか、木版の削り心地だとか、顔料のノリ具合を知り尽くす相棒が恨めしい。
 泣けばいいのか笑えばいいのか分からない。
 切ない感覚に悩まされつつ、宮坂は理性を遠くに飛ばした。
『あははは、もうどうにでもなぁれ〜』
 自棄だ。
 しばらくの後、大量の荷物を抱えた宮坂とからくりは長屋に帰った。これから作業部屋で新作の仕事が待っている。付き合わされる宮坂が少しばかり不憫に思える哀愁の背中だった。
「さようならですわー、さ、帰りますわよ」
「うう……みられた」
「またねー。いいもの見つけちゃった。でも……なんだか喉乾いた。くぅちゃんも見つからないし」
 上機嫌の柚乃の視線が『開拓茶屋』で止まった。


「こんな場所があったなんて……驚きです」
 仕事帰りの散歩で、鈴梅雛(ia0116)はトキメキ開拓ロードに迷い込んでいた。
 色んなお店があって楽しい……と思いつつ、鈴梅はふらふら見覚えのある展示物にひきよせられていく。展示してあったのは、かつてカタケで買い逃した幻の絵巻たち。
「あの絵巻がこんなところに……あ、あっちも!」
 欲しい。買いたい。
 しかしお値段が倍以上なのは競売的な感覚だろうか。
 鈴梅は今月の生活費や装備品の整備費など諸々を計算してから再びお店に来ようと決めた。とりあえず歩き疲れてきているし、どこか休憩できそうな手頃な喫茶店を探す。
 威圧感漂う開拓茶屋の前は本能的に素通りし、小さな甘味所を発見した。
「甘味雛……ひいなと同じ名前です」
「いらっしゃいませ……は! え?」
 見覚えのある格好をした店員が、鈴梅を凝視して硬直。
 困惑すること数秒ののち「ど、どうぞ」と庭が綺麗に見える窓辺の席へ案内された。
「ひいな餡蜜を……おねがいします」
「か、か、か、かしこまりましたぁ」
 注文した後でお品書きをじっと見る。例えば「雛三色団子」だとか「ひいなの抹茶」だとか、果ては駄洒落めいた「涼梅葛きり」なんてものまである。やがて運ばれてきた金魚鉢餡蜜を食べながら店内を見回すと……朝から不在だった、からくり瑠璃が給仕と楽しそうにお喋りしていた。何か判子らしきものをカードに押して貰っている。
「……瑠璃さん、相当通ってるみたいですね」
 相棒の知らない一面を見た鈴梅だった。


 怖い者見たさで訪れた者は他にもいる。
「叔父様、少し覗いていきましょ! あそこに行ってみたいわ!」
「生きて帰れる気がしな……いや待て、フェン、まだ心の準備が、は、ちびの餌を切らしていた! 今夜買わないと、店が閉まる、だからあああ……」
 あの手この手で逃亡を試みるウルシュテッド(ib5445)をフェンリエッタ(ib0018)が引きずっていく。
「画材のお店があるみたいよ、叔父様。それにニノンさんもこの辺にくるって聞くし」
 魅惑の画材。
 愛しい人に巡り会える可能性。
 煩悩の天秤が傾いてしまい、完全に拒否できないウルシュテッドが渋々ついていく。
「フェンリエッタ様専門店? なんだ此は」
「あら、開拓者はネタにされるけど、私って有名なのかしら。ラズの絵もあるわ」
 羽妖精ラズワルドが人間並みの身長で描かれている辺りに、業の深さを感じる。ウルシュテッドは「お、俺の、姪を、こんな」とぶるぶる震えていた、一方ネタにされている本人は身内ネタの絵巻を発見し、ボッと顔を赤らめる。
『叔父様には悪いけど、ウルニノとニノウル絵巻も探してみたいし、もう少し奥まで連れて……』
「これは……黄薔薇のマリィ殿が職人になる前に出した小部数絵巻!」
 ぴくり、と耳が動く。
 声の主は一体何処だ、と視線が彷徨う間にも可憐な声は響く。
「興志王が架茂王そっくりのからくりを作り、愛でる……切ない系ゴシカモ!」
 探し人は、古書の並ぶ店で宝探しに没頭中。
「未知の神々の作品がこんなに! まさしく八百万神の儀じゃー! ふおぉぉおぉ禁断の姉妹もの新刊が出ておるー! 購入じゃー!」
 ニノン・サジュマン(ia9578)だ。
 フェンリエッタは「ほら、いたでしょ叔父様」と自慢げなのに対して「……そんな気はしたよ」とウルシュテッドは悟りの眼差しで呟く。
 サジュマンも二人に気づいた。
「こんな所であうなぞ、珍しいのぅ。具合でも悪いのか?」
「あら、ほんとね。ニノンさん。それじゃ一緒に茶屋へ行ってみませんか?」
「よいのぅ」
 あえて開拓喫茶を選んだ二人の選択に逆らえるはずもなく、約一名が引きずられていく。
「見て叔父様、私の格好した店員がいるわ! いつも思ってたの。自分がもう一人いればいいのにって。ふふ。……叔父様?」
 応答がない。
 フェンリエッタが振り返るとウルシュテッドは顔を覆い『何が妄想だ、どうせなら本物を抱いて死にたいね』と毒づいていた。まるで気力が戻らない。サジュマンから見た大男は窶れ果てている。
「太陽でも浴びすぎたんかの」
「ああニノン……抱き締めてもいいかい……疲れた魂が君を欲している」
 サジュマンは「ふむ、良かろう」と言うと、絵巻の詰まった戦背嚢をずっしゃりと床に落とした。パァン、と手を叩いて「くるがよい」と構える姿に色気のイの字すら無かったが、思いも寄らぬ許可にウルシュテッドが挙動不審に陥る。
 幸せの沸点が低い。
「え……ほ、本当に? じ、じゃあ失礼して」
 姪っ子の隣から愛しの君の所へ移動。
 膝に乗せられて後ろから抱きしめられたサジュマンは「大きな犬っころのようじゃの」とまるで動じないまま呟いた。
「ばうわう。優しいご主人、君は俺の現実だ。捨てるもんか」
「そうか。ところで帰りは荷運びを手伝ってもらえんかの。そろそろ運搬用のもふらを買うべきだとは思っておるのじゃが、その分絵巻を買いたくなってしまうものでな」
「喜んで」
 そんな二人を、フェンリエッタが微笑ましげに眺めていた。


 その時、運命は動いた。
 ではなく。
 悪戯な運命の歯車に翻弄される別の犠牲者が、開拓喫茶の前を通りかかった。
 開拓ロードの存在感など露程も存在していない天河 ふしぎ(ia1037)だ。港に滑空艇改弐式の星海竜騎兵を停泊させた帰り道に、普段の道とは別の経路で帰ろうとしたのが、運命の分かれ道。
「わぁ、開拓者用の茶店なのかな? ちょっと休んでいこ」
 斜め上の認識をした天河が虎の塒へ端を踏み入れる。
『あれ?』
 見知った開拓者だと思ったのは店員だった。
 似た格好をしているが、本人ですらない。
『……あそこにいるの、僕?』
 困惑を確信へ導く更なる刺客は後続の客だ。
「わー、本物そっくり。凝ってるー! 店員さん、四人でーす」
「いっ、いや、僕は店員さんじゃないんだからな……あっ、あれ? これカタケと同……」
 恐怖に縮みあがる。
 唯一の救いは、店員に確保されて颯爽と個室へ案内された事だろうか。店員へのダメ出しをぽつぽつと思いつきながら、茶屋の窓から見える自分の専門店に戦慄した。
「……シノビに戻ったの昨日なのに、もうチェックされてる……」
 噂は千里を駆けるとでもいうのか。

 開拓茶屋でひっそりと甘味を頂く珠々(ia5322)が「賑やかですねぇ」と出入り口を眺める。助けを求める眼差しにヒラヒラと手を振って「諦めた方が楽になれますよ」と達観した囁きを投げておく。
 彼女自身、開き直って自分の専門店を覗いた帰りなので、傍らには小さな縫い縫いタマ人形などが詰まった袋がある。藁人形とクナイのチャームはよく分からないが買ってみた。
「どこもおもしろいですよねー、このお土産もかわいい系のものばかりですし、おもしろがってもらえるはずです……それにしても」
 開拓茶屋の徹底ぶりは筋金入りで、珠々の仮装をした店員もいた。
 後ろ姿や仕草も真似に熱が入っている。
 勿論、のっぺり洗濯板な胸も。
 普段、開拓ケットで見るようなばいんばいんの胸の人が仮装をしていたらどうしよう……と珠々は思ったが、そんな心配はなかった。
「追加のあんみつです」
「待ってました。……体格、一緒なんですね」
 しげしげと自分の仮装麗人を眺める。本物に褒められたと思ったのか、店員の無表情が少しだけ崩れて「ありがとうございます。食事制限と運動は欠かしていません。髪は毎週切りそろえ、胸もサラシで完璧に潰しています」と照れくさそうに笑った。
 ぐしゃり、とフォークが白玉団子に突き刺さる。
 珠々は……魂の心臓からブシューッと何かが漏れ出るのを感じた。
 きっと血の涙に違いない。


「凄い活気、何かのお祭りなのかな」
 迷える子羊改め星風 珠光(ia2391)が禁断の路へ迷い込んだ。人妖の神和天護は違和感を覚えると言うより、ある意味で職人の多い通りに瞳を輝かせている。
「あ、演劇!」
「え? ここのお祭りって演劇までやるの? お祭りなら立ち寄って見なきゃね」
 何も知らない星風が、人混みをすり抜けて舞台に向かう。
 乙女達が沢山注目している舞台の中央には、本日の主演男優改め御樹青嵐(ia1669)がズタボロの格好で敵役を睨み付けていた。演目は一年前の生成姫との戦いだ。
「……『もはやこれまでですか』……ぐあ!」
 台本に多少のアドリブを交えつつ、光を浴びて大袈裟に後退する。
 迫真の演技に加えて、誰の趣味か分からないが、御樹の衣装がビリビリに破けていく。
 巷の皆さん曰く『大破装束』と言うらしい。
 上も下も大事なところはきちんと隠しつつ、いい感じに素肌が露出するので、乙女達の鼻息が荒い。舞台の前に御樹自身も多少の抵抗感を示したのだが『人の業には立ち向かわねば成りません』と無駄な闘志を巡らせてご覧の通りだ。
 煌びやかな正装、驚きの戦闘装束早き替え、そして最期の大破装束。
 この舞台は一体何処へ向かうのだろう。
 わからない。
「『ほーっほっほっほ、そなたなど土塊も同然! わらわの玩具として未来永劫はべるがよい』」
 ……そんな台詞あったっけ?
 本物の開拓者は時々首を傾げるが、ここは演劇であり、多少のやらせは愛嬌である。
 御樹もその辺が分かっているのか派手に立ち回る。
「『……いいえ。戦いは、これからです! 都で待つ、皆さんの愛と勇気が私を強くする!』」
「せぇらんさまぁぁぁぁ!」
「がんばってぇえぇぇえ!」
「あいしてるぅううぅぅ!」
 観客席から乱れ飛ぶ声援。
 優越の笑みをたたえた御樹は、頭上高く片手を掲げ「『いでよ白狐っ!』」と叫んだ。
 現れた式神役は、どうみても狐版の獅子舞だったが、正月の獅子舞もどきが敵を襲って幕を閉じた。
 司会が声を張り上げる。
「『かくして愛と勇気の一撃により、一矢報いたのです! それでは休憩に入ります』」
 仕事が終わった御樹が楽屋に引っ込むと、其処には見覚えのある人物が花束を抱えていた。
 足下には見知った忍犬。くりくりの眼差し。
 そして微動だにもしない鉄仮面の少女。
「珠、珠々、さ……ん!」
「……きちゃった」
 小隊仲間を見て、こちーん、と固まった御樹に花を渡しつつ、珠々が忍犬を見下ろす。
「おかしいですね、風巻ちゃん。さっきの開拓茶屋ではウケたのに。何がいけなかったんでしょう、ああ、青嵐さん。よい露出でした。早速売店で絵姿が売りに……」
 無表情の珠々による渾身の一撃。
 風巻は「わうー?」と言いつつ対照的な二人を見て首を傾げた。


 劇場の前を、生き生きしたヴォルフとアクアマリンが通る。
「広い、ですね」
「むこうが画材の専門店、和紙の専門店、木版の専門店、彫り師の店、木版印刷屋、布屋、回るぜ〜〜夏用の画材に仮装用の衣装布、それからD・D用の装飾系の材料も調達しないとな! あ、ここ。最近流行の彫刻家がいる工房だぜー、すいませーん」
 かーん、かーん、かーん。
 工房から聞こえてくる丸太を削る音。ひょっこり覗き込むと、黒い髪をきっちり切りそろえた人物がいた。名を寿々(すず)と言い、同人絵巻業界でお馴染み『黄薔薇のマリィ』絵師の侍女を務めている。一方で今や羽妖精専門の木彫家であった。
 芸術家の義姉を見て技術を我流体得したらしい。美しい綺麗なものが好きなのだそうだ。
 木像を見てアクアマリンが飛び入りした。
「はじめまして! どうか弟子にしてください!」
「え……と。弟子を取ったことはないのですが……週一とかでもよろしければ」
 からくりアクアマリン、先生を獲得。
「じゃ、俺布屋に行くから。またなー」


 ときめき開拓ロード。
 そこは同じ趣味を共有する者達にとって憩いの楽園である。