【玄武】術開発のススメ3
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/03 21:12



■オープニング本文

【このシナリオは玄武寮の所属寮生専用シナリオです】

 此処は五行の首都、結陣。
 陰陽四寮は国営の教育施設である。陰陽四寮出身の陰陽師で名を馳せた者はかなり多い。
 かの五行王の架茂 天禅(iz0021)も陰陽四寮の出身である。
 一方で厳しい規律と入寮試験、高額な学費などから、通える者は限られていた。
 寮は四つ。

 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。朱雀寮。
 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。
 金行を司る、四神が白虎を奉る寮。白虎寮。
 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。

 そして。
 少し前、玄武寮では、術研究論文を精査した結果が発表された。
 元より玄武寮は研究者が集まる傾向にあり、抑も入寮の段階から明確な目標を求められる。
 三年生の多くは卒業論文に全てを捧げていく。
 だが時折、学生の身分で高度な技術を創りだせる者が現れることがあった。
 術理論の構築から研究における筋書き。三年かけた膨大な論述書の提出。
 沢山の資料を積み上げて。
 実現の可能性が高いと判断された者にだけ許される領域。

 それは研究の高嶺へ挑もうとする者たちの戦いの記録である……

 +++

 玄武寮の寮長、蘆屋 東雲(iz0218)が結陣の医者のもとで療養していた頃。
 副寮長の狩野 柚子平(iz0216)が居座る寮長では、間近に迫った術開発と卒論に寮生たちが呻いていた。

「ジスーさま、ジスーさま、お帰りください」
「卒論が、卒論が!」
「術式、あの箇所の術式は一体どこに……魔術師になりたい、ふぃふろす」
「どうして失敗するんでしょう」
「そうだ、都にでよう」
「逃げたって終わらない、それは、わかってる。わかって……ぁあぁぁぁあ!」

 それぞれの研究が進む学び舎で、今日も切ない一日が始まる。


■参加者一覧
露草(ia1350
17歳・女・陰
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
ネネ(ib0892
15歳・女・陰
寿々丸(ib3788
10歳・男・陰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
十河 緋雨(ib6688
24歳・女・陰
リオーレ・アズィーズ(ib7038
22歳・女・陰


■リプレイ本文

●僕らの卒論

 玄武寮の寮長が医者の元で静養を続ける中、副寮長の狩野 柚子平(iz0216)が預かる玄武寮では卒業論文と術開発が大詰めにさしかかっていた。
 食堂には目の下に隈をつくった寮生が和紙に向かっていた。
 上級人妖の衣通姫が追加のお茶とお饅頭を運びつつ、露草(ia1350)の手元を覗き込む。
 すると次のように記されていた。


 ――――対物質における錆壊符の一点集中による損壊集中の可能性――――
                            玄武寮三年生 露草

 錆壊符は装備劣化の術として有能ではあるが、面で張り付くため箇所は広く効果はその分浅くとなる。
 全体に劣化を齎すには最適だが、着弾箇所を集中させることにより、効果をもその一点に集中、たとえば要の部分を破壊するという運用が考えられる。
 術を構成するにあたり、基本的な術を毒蟲・神経蟲といった毒注入型の術とし、その体内における毒成分を錆壊符の粘泥に組み替えることで、術として形を整えるが、この際蟲の体内組織の術式が耐毒のものであるため、組み入れるだけでは蟲が体内から腐食を起こしてしまう。また蟲自身も小さいため、腐食に足る量が保有できない可能性もある。
 そこで大型化、および粘泥への耐性を持たせる必要があるが、完全な耐性が理想であるものの、術形式が複雑になるため、いっそ「着弾・注入するまでもたせる」という考え方もあり得る。
 そも毒蟲・神経蟲を基本術とする場合迎撃される可能性も鑑み、潰された時点でも粘泥を吹き出して腐食を起こすという二段構えの攻撃構想も必要と思われる。
 基本術への組込・改良を多くせねばならないため術は複雑になるが、研究するに値すると思われる。


 ことり、と筆を置いた。
「おわったああああ! ばんざいっ! これで眠れます!」
 睡眠すら削らねばならない日々を虚ろに感じつつ開放感に浸る。
 あとはこれを提出してしまえば、卒業論文は完了だ。
 は、と我に返った露草は論文の奥付に一言追記した。
『栄養と着想のヒントを与えてくれた食堂のおばちゃんに心からの感謝を』
 せめてもの感謝をしたためて、饅頭を口に放り込み「出してきまーす」と食堂を出た。
「はー、書き終わった人もいるんですね」
「時よ止まれ、お前は美しい――…なんて、ふふ」
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)の詩人じみた独り言を切ない眼差しで眺める上級羽妖精のギンコは「……ご主人様」と呟き、労りをかねてジルベリアの茶菓子を隣に置く。
「どうして夜は3秒なのか。3日くらいばーんと止まりなさいよぉ!」
 世の技術の中でも奥義中の奥義に八つ当たりをかます。
「無茶苦茶いってますねぇ」
 真顔で論じるギンコに「うん。わかってる」と返す。机に突っ伏した。
 書き殴られた和紙の束に積み上げられた書物。魔術師として習得したフィフロスの術がこれほど輝いた機会はそうないに違いない。だが目的の単語や術式を調べ上げても、抜き出して書き出して再び纏めるのは骨が折れる。便利であるし、他の寮生に比べて術開発の遅れや卒論の書庫調査を巻き戻しはできたが……どのみち最期は自力の作業だ。
「く、多すぎよ。自業自得よね、いいわ、やってやるわよ。卒論は……魔の森での実験と術開発とか併せて仕上げましょう。ああ……完徹」
 玉のお肌によくない。
「目が覚めそうな珈琲、いれてもらってきますね」
 羽妖精ギンコが厨房の夜勤のおばちゃんの元へ向かう。
 一方、ネネ(ib0892)は前に書いた論文箇所と合わせて最終確認をしていた。


 ――――闇百合の非汚染地区における特殊分布について――――
                       玄武寮三年生 ネネ

 闇百合は魔の森に分布する植物であるが、希少植物であり、魔の森であっても奥深く分け入らねば見ることはできないとされている。
 瘴気の中で咲く事ができるが、その性質は脆弱であり、摘むだけで瞬時に枯れ、汚染土ごとの移植にも耐えられず、瘴欠片付与も栄養として受け付けない。また雪にも簡単に埋もれてしまう。
 魔の森のみで植生可能な植物であるというのが一般的結論であるが、魔の森化した里また非汚染地域周辺においては比較的簡単に発見することができた。
 ここまでで調査により判明した、非汚染地域周辺における闇百合分布の添付図を参照していただきたい。
 石鏡から続く龍脈上に生息しているのが、調査の結果判明した。
 ただし龍脈上に生息しているとはいえ、龍脈が直接関係している確証はなく、発生に別の要因があることも考えられ、さらなる研究が求められるものである。
 なお、この闇百合は特殊分布上における生息種でも既知の物と同じく脆弱で、球根の髭根の切断、あるいは根を傷つけることなく堀りあげても運搬途中で枯れてしまうことを前述の特性に追記する。


 文末に『了』の文字を書きくわえる。
「おわ、終わった? 終わった?」
 誰にともなく確認して万歳三唱。誰しも何かをやり遂げた喜びを全身であらわしたい時がある。仙猫うるるが「よかったわねぇ」と軽く声を投げて欠伸をかみ殺した。眠い。
「誤字脱字を調べたら提出してきます。うるる、もうちょっと待っててください」
「随分慎重に書いてたんだし、大丈夫なんじゃないの」
「いえ。でもいずれ、あの子を引き取るなら今後安定した身分が必要だし、その為の機会は逃せませんから。慎重になりすぎて困る事はないです。それに……」
 後は提出だけな論文の束を抱えて、ぽわわ、と妄想に浸る。
「私……ここを卒業したら、人妖を作れる陰陽師のところに弟子入りして……基本的な術を学びつつ、応用できるようになるんです……なってみせるんです……そして人妖やジライヤ以外の陰陽系相棒だって……ふふ、ふふふ」
 仙猫うるるが「ネネ?」と若干後ずさりながら恍惚とした微笑みを見ていた。
「よし、柚子平さんの部屋へいきましょう。リーゼロッテさん、お先に」
「お疲れさま〜」
 同じく卒論に唸るリオーレ・アズィーズ(ib7038)が「なんて羨ましい!」と震えつつ書き上げた者達の背中を見送る。手元には分厚い真っ白な和紙。章分けしているところを見ると、随分な害論文なのかも知れない。アズィーズは気力を絞って原稿に向かう。


 ――――瘴気の樹及びその実の生態と危険性について――――
                      玄武寮三年生 リオーレ・アズィーズ

 第一章 概要
 
 瘴気の樹とは大アヤカシ生成姫によって造られた、樹木型のアヤカシの一種である。その生態と常のアヤカシとは違う脅威について論じたいと思う。

 第二章 瘴気の樹の生態
 
 瘴気の樹は魔の森の内部に自生する。
 現在まで発見されている最大の物は、幹の直径が5mほどの巨木であり、自立移動や自立行動を行う個体は発見されておらず、性情的には健常な樹木に近いと思われる。
 その特異な性質は、大きく分けて二つ。
 第一に、大地の瘴気のみならず、他のアヤカシを吸収して自身の栄養に変える。
 その為その周囲にはアヤカシが群れを成している事が多い。これらのアヤカシが何故、逃亡せず無抵抗で樹に食われるのかはさらなる研究が待たれる問題である。
 第二に、取り込んだ瘴気を凝縮、結晶化させ実を生らせる。
 瘴気の実と呼称される実は瘴気の結晶だけあり、放置しただけで二週間に渡って土地を腐らせ、破壊すれば瘴気が広範囲に吹き出す危険物である。
 その瘴気の実が初めて猛威を振るったのは、天儀歴1012年の秋から冬にかけての白螺鈿である。
 瘴気の実が広範囲に白螺鈿の田畑に捲かれた結果、多くの作物が枯れ土は腐り、莫大な損害と人々の困窮が起きた。
 これが、瘴気の樹が常のアヤカシの『危険』と違う『脅威』であると断ずる理由である。


 ……そこで一旦、筆を置いた。
「今回はここまで、かしら。誤字脱字を調べて続きを書かないと。案外、過去の経験や資料を論文として纏めるのは骨が折れますわね」
「あなたもですか」
 御樹青嵐(ia1669)は心の友を見いだしたような気分になった。
「そちらも論文ですか?」
 御樹は「はい」と頷く。長いこと術開発に明け暮れて、論文は手をつけていなかったのだ。勿論『これまでの成果を存分に発揮できるように致しましょう』と思うものの、いざ大量の原稿用紙に向かうと論述にする難しさを痛感してしまう。


 ――――戦場における術式の有用性――――
                       玄武寮三年生 御樹青嵐

 戦場における術式の活用を考える場合直接的側面、間接的側面と分けて考える必要がある。直接的側面とはそのまま火力、攻撃力としての側面、間接的側面とは情報収集、情報伝達、その他情報隠蔽としての側面である
 直接的側面としては戦が単体戦もしくは小規模の集団戦でない事を考慮に入れなければならない。単体の相手に対し高い損害を与えるよりも広範囲に小規模のダメージ与える方が有用であると考えられる。
 間接的側面としては何よりも情報把握が重要な位置を占めると思われる。刻一刻と変化する状況を如何に性格に迅速に把握するかによって指揮の精度は大きく変わる


「……なかなか書いてみると進まないものですね」
 既に夜明け。何度も書き直したり、睡魔による書き損じを省いたりしていると時間の経過が曖昧になっていく。食堂には既に複数が根潰れていた。御樹も限界が近い。
「まずは卒業論文をこれくらいまでにして、今日は術開発をやらないと。失礼を」
 立ち上がってよろよろと歩いていく御樹が壁や柱に衝突していた。

●侵蝕符(仮)のゆくえ
 初日に副寮長へ毒の性質変化を相談していた八嶋 双伍(ia2195)は、試験場で唸っていた。和紙に延々と連ねられた術式は、一般的な行動阻害の毒や、ちょっと変わった毒まで種類豊富。ここからより有効なものを選び抜かねばならない。
「うーん困りましたね、なにやら行き詰まっている感が拭えない」
 昨夜の話である。
『肝心の性質変化がまだなんです。基礎術はこの通りで良いとは思うのですが、ご意見を……と思いまして』
『毒性を持つ性質変化は、さほど難しい事ではありません。瘴気というのは構築術式さえ間違えなければ如何様にも変化する性質を持っています。先人達の手で毒性を持つ術は考えられてきましたが、その多くが攻撃力に欠ける。一時的な行動阻害を目的とした神経毒や、武器破壊にのみ特化した強酸性の粘泥化……いわゆる敵の弱体化目的。過去の研究結果を眺めていると、完全なる行動阻害の類には誰も上手く到達できなかった様子ですので、前に仰っていた致命的になる毒……という意味で性質変化を追求するなら、破壊力と毒性の付与を考慮した方が合理的ではあります』
 八嶋の術は現状、設置型で無差別発動による外部侵蝕効果、となっている。
 理想には遠く、術者や仲間にすら作用してしまうので危険極まりない。
『では、副寮長。周囲の瘴気を食らって増殖する性質に変化できるでしょうか。それとも危険でしょうか』
『質問の意図が些か酌み取れないのですが……この設置型で無差別発動した異質瘴気に、共食いの増殖性質を加算する、という場合は危険すぎると思います。手に負えない化け物を作るようなものですし。ただ食う対象を絞るなら可能かも知れません』
『というと?』
『現在、設置型になっている術に、特定対象の瘴気――――それも体内器官を狙って食らうように術式を組むのです。磁石のように引き合う性質を利用すれば、無差別発動でなく、特定対象内部を侵蝕しつつ高圧縮された異質瘴気が増殖し、炸裂する。理論上では自動的命中させる事に等しい。ただしこれは敵対象が、生物性の瘴気個体に限られます。人には効果を発揮せず、幽体系には効果が見込めず、無痛覚個体には毒の性質付与が無意味であり、瘴気が殆ど無い清浄な空間では高確率で失敗する』
「とは言われましたが……さて」
 改めて術式を書いた八嶋は魔の森に出かけた。
 威力の程度や実践に向くかどうかを含めても、攻撃術は敵対象がいなくてはお話にならない。とりあえず発見した5メートル級の中級アヤカシ単眼鬼に30メートルほど離れた位置から試作術を打ち込む。
「無駄討ちはゴメンですよ」
 莫大な練力消費と引き替えに、丁寧に構築して試作術を打ち込む。
 瘴気の性質変化、集約による圧縮と充填、時間差による保持時間の確保、拡散解放による攻撃形態の確立、一対象の体内器官を侵蝕して増殖する術式の付与……
 刹那。
 単眼鬼の胴が弾けた。激しい音がして巨体が倒れる。内部から炸裂した異質な瘴気が、倒れた単眼鬼の体を侵蝕し続け、二十秒もしないうちに巨体が瘴気に還った。
「……単眼鬼を、一撃」
 呆然と呟いた。

●瘴気の檻(仮)のゆくえ
 人妖嘉珱丸の目の前で寿々丸(ib3788)の頭が煮えていた。
 変化させて集約した反発性の高い瘴気が、壁だったり鏡餅のような何らかの物体に凝固し続けた。一日ほど散々試して安定した半円球型にはなったが、みっちりつまった物体である為、何かを捕獲すると言うより虚空に出現させて質量で押しつぶす、一種の『岩首』に等しい。
「壁の作成を続けるか、瘴気の変化を考えるか……悩みどころですな」
「焦るな、寿々」
「分かっておりまする。うー、半円球型にした後に、中に瘴気を入れる形は如何でございましょう?」
「それはよいが、どうやってのっぺりした半円球に瘴気を後入れするのだ?」
「これから考えまする。まずは空洞化からですかな」
 寿々は形を作る事を優先し続けた。
 半円球型の中に瘴気を仕込もうとする過程でドーム状になった。厚みは結界呪符とほぼ同じ。しかし結局、中に異質な瘴気を再充填させることができない。
「寿々よ、これはあれだな。ざるを逆さにして鳥を捕まえるのに似ておるよな」
「……少なくとも何かの捕獲はできまする」
 前進したと思いたい。

●陰陽回帰(仮)のゆくえ
 初日にフィフロスによる書物の探索により、関連する術式の抜き出しで力つきたヴェルトは二日目に術式の組み立てを始めた。
「とりあえず吸心符と瘴気回収の組みあわせでいくしかないわよね。同時に別分野の還元ができるかは後で試すしかないとして……瘴気による物体化された敵の攻撃を……」
 術の理想型としては、敵の術攻撃を分解、瘴気回収で分解瘴気を吸収して、吸心符の術式で回復に変換する……とヴェルトは考えているが、これには大きな穴があった。
 瘴気回収を使えば練力に作用し、吸心符を使えば体力回復に左右する。しかし瘴気回収が練力への還元である事に対して、吸心符は敵体力の略奪による移植である。
 まだ未達成だが『攻撃の分解ができたと仮定』しても……
 ヴェルトの書いた現在の術式では、吸心符から転用した術式は正常に作用せず、瘴気回収から転用した術式で練力のみに還元されてしまう。それは回復術とは言い難く、生死の危険を冒して練力へ還元するくらいなら、安全を確保してから瘴気回収を延々やった方が効率的だった。吸心符の術式で体力回復を目指すには、敵攻撃との接触点を設け、変換のために術式をひと捻りしなければならない。
 更に行動力をゼロの状態に近づけるには、術完成後の試行錯誤が目に見える。
「元々超高度とは言われてたけど……今日中に、試す段階に到達するのは無理ね」
 また徹夜、とヴェルトは書類の散らかる机に沈んだ。
「抑も、敵の術の分解転用に挑む研究者なんて史上初よね。式や人妖だって再構築の産物だし、どうすれば個体化瘴気って分解できるのかしら。瘴気が精霊力と衝突すると、分解どころか消えてしまうのは非汚染区域の調査で分かってるし、必要なのは精霊力じゃないのよね。分解、分解、分解……」
『そういえば私達がアヤカシ倒すと霧化して大地に飲み込まれるけど、あの現象、何?』
 出遅れで何処まで理想に近づけるか。
 ヴェルトは己と戦っていた。

●瘴気測定(仮)のゆくえ
『う〜、未知の術を組み込むのは厳しいよ〜ですね。でも頑張らねば!』
 根性をバネにして術開発に挑む十河 緋雨(ib6688)は、ひとまず結晶術の解析をかねつつ、瘴気を示す方位磁石の再現を目指す。現在、懐中時計ド・マリニーで精霊力と瘴気を測量することができるが、この装置を模造する感覚を掴めるように外観のスケッチを重ねて細部描写の感覚を掴む。
「にしても、時計の中身を分解すると……これ多分、使えなくなってしまいますよね〜」
 宝珠道具の専門家ではないから修理することは恐らく不可能。貴重な道具なので一旦、分解は思いとどまった。壊れても後悔しない勇気ができたらにしよう、と心に決める。
 そして物質化を試みた。
 三度目にして測量の文字盤と針に似たものが構築できた。
 しかし所詮は瘴気を物質化しただけの代物である為、物質化しても置物でしかない。
 十河は物質化した文字盤の針に、どういう術効果を与えるべきなのか、その為の術式はどう組むべきなのか悩み始めた。
「うーん、これ効果を第三者に付与する感覚に似てますよね〜。人じゃなくて物ですけど。針の瘴気と射程内の瘴気が引き合うようにするには、どうすればいいやら〜。瘴気を集約して、物質化して、探索向きの性質付与する、ところまでは分かるんですけど〜」
 頭痛がしてきた。
 一旦、十河は術開発をやめ、気分転換に瘴気吸収で己を強化し、寮内のあちらこちらに結界呪符「黒」を構築した。駿龍小次郎さんの助けをかりて破壊に至る回数の一覧を作っていく。
「ふぃ、こんなもんでしょうか。そのうち時間がとれたら寮長のお見舞いができるか聞いてみますかね〜」

●複目符(仮)のゆくえ
 御樹は研究室の畳に倒れていた。
 複目符の起動条件を再び限定してやりなおし、細かい負荷を取り除いていく。最終的に四体同時起動の状態で、四十メートル先まで移動できるようになっていた。
 これは人魂の射程とほぼ同じ。
 その上、まだ飛距離にのびしろを感じる。
 通常の人魂と同程度を飛ばせると判明した段階で新術としては有益だ。
「……ふふふ、やりました、私はやりましたよ……これで戦への応用も不可能ではない」
 落ちくぼんだ目と窶れた横顔。
 複目符(仮)の未来は明るかったが、圧倒的に時間が足りない。卒論も完全に終わっていない今、恐らく期限までに効率的な練力配分を追求するのがギリギリであろう。
「全く動けない欠点はやむなしとしても、人魂よりも高性能が見込めるというのに……なんということでしょう」
 時よ止まれ。
 御樹は切実に時間を欲しつつ、睡魔に負けて意識を手放した。