救われた子供たち〜花遊戯2
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 18人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/29 19:57



■オープニング本文

【★重要★この依頼は【未来】【明希】【エミカ】【イリス】【旭】【華凛】【星頼】【到真】【礼文】【真白】【スパシーバ】【仁】【和】の年中13人に関与するシナリオです】


 白銀の雪が溶け、石畳の路に薄紅の桜が咲いては散り。
 冷たい風の中に暖かい日差しが差し込む頃、神楽の都の郊外にたたずむ孤児院に、猫茶屋の主人から招待状が届いた。
「天の園?」
「っていうお庭よ」
 神楽の都のある一角に、各地から集めた花々の庭園ができたのだという。
 必ず四季折々の花で埋まるように設計された庭園を、一種の植物園として開放しているらしい。その経営者と猫茶屋の主人が大の仲良しで、出張猫茶屋を営むから是非猫たちに会いに来て、という内容だった。
「お弁当作って遠足、というのもいいかもしれませんね」
 きっと花園だけでも見応えはある。
 毬のように華やかな薄紅の石楠花や純白の小手毬、紅蓮に燃える薔薇の小路、紫の花弁が高貴な大紫羅欄花、淡いオレンジが繊細な柿の花、真っ白い苺の花、大地を覆い尽くす黄色いカタバミの花や薄桃の芝桜、花冠の材料になるシロツメクサ……
 近くの河では舟による川下りが始まっているのだとか。
「いきたーい」
「でも私たちだけ?」
 最近、大人たちに殆ど会えていない。今は戦の最中だと聞かされていた。
「戦が落ち着いているか、きいてみましょうか」
 院長先生の言葉に、子供たちが歓声をあげた。

 +++

 最近、開拓者の間で再び噂になっている子供達がいる。
 通称『生成姫の子』――――彼らは幼少期に本当の両親を殺され、魔の森内部の非汚染区域へ誘拐後、洗脳教育を施された経歴を持つ『志体持ちの人間』である。
 かつて並外れた戦闘技術と瘴気に対する驚異的な耐性力を持って成長した彼らは、己を『神の子』と信じ、神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んで絶対の忠誠を捧げた。
 暗殺は勿論、己の死や仲間の死も厭わない。
 絶対に人に疑われることがない、最悪の刺客にして密偵。
 存在が世間に知られた時、大半が討伐された。だが……当時、魔の森から救出された『洗脳が浅い幼子たち』は洗脳が解けるか試す事になった。
 子に罪はない。
 神楽の都の孤児院に隔離され、一年以上もの間、大勢の力と愛情を注がれた。
 結果……子供たちは人の世界の倫理や考え方を学び、悲しい事に泣き、嬉しい事に笑う、優しい子に変化を遂げた。開拓者ギルドや要人、開拓者や名付け親にも、孤児院の院長から経過を記した手紙が届く日々。
 だが養子縁組も視野に入った頃に『生成姫の子』を浚う存在が現れた。
 名を亞久留。
 配下アヤカシ曰く、雲の下から来た古代人なる存在らしい。
 何故、今更になって子を浚うのか。誘拐を阻止した大勢の開拓者達の問いに、返された答えは『生成姫との取引報酬』『天儀と雲の下を繋ぐ存在になる』『我々の後継者である』という内容だった。
 だから『返せ』と。
 無数のアヤカシを使役し、行動に謎の多い、雲の果てから来た異邦人。
 そして国家間の会議の末に、有害とされた異邦人は討伐された。
 これで少なくとも直接的な脅威は排除されたと見ている。
 生成姫の子供達や神代、大アヤカシに干渉していた経緯を踏まえても。

 そして噂の子供達は、元の生活に戻っていた。
 開拓者ギルドや要人、開拓者や名付け親にも、孤児院の院長から経過を記した手紙が届く。

 +++

「あ、そういえばね」
 集まった開拓者たちの前で、人妖の樹里が別の資料を眺める。
「少し前に、五行東側から失踪者とか探し人の纏まった調査書が『匿名』で届いたんですって。三年分くらい? 私もまだざーっとしか見てないし、噂話半分みたいなんだけど、志体持ちの探し人に……特徴が一致する子が数人いるっぽいのよね」
 部屋が静まり返った。
「あの子達に家族、が?」
「どうかなぁ。みんなに話したっけ? 生成姫の誘拐を阻止した事例。急に誘拐したりはしなかったのよ。少しずつ家族と夢魔を入れ替えて、ある日ふっと引っ越す事が大半だったの」
 捜索されぬよう誘拐前に、肉親を皆殺しにする。
 それが生成姫の常套手段だった。
「誘拐を阻止した事も何度かあったけど、生き残った家族はマレ。兄弟姉妹の年が離れてて、もうお嫁に行ってたとか、親の兄弟姉妹が別の村に住んでたとか、そういうの。
 逆に言えば。
 数年ぶりに里帰りしたら一家がまるっと失踪してた話、とかが可能性高いの。もし見つかったとしても父母じゃなくて、縁の薄い兄や姉、おじおば、意味……通じる?」

 つまり『感動の再会にならない可能性がある』ということだ。

 既に家庭を持っていたり、ひょっとすると既に養う子供が複数いる世代だ。
 五行の東は諸事情で米以外の物価があがる事も多く、暮らしは厳しい。もしも血縁者が存在して引き取ってもらえたとしても……今より肩身の狭い思いや、貧しい暮らしを強いられる可能性がある。
 開拓者達が惜しみなく愛情を注いだ結果、現在、子供たちは一般人より私財を持っている者もいる。開拓者が使う装備としてはガラクタ同然の品が、売り払えば町人一家が数カ月遊んで暮らせる資産に変わるのだ。
 悲しいかな。
 身ぐるみを剥がれる可能性がない、とは言えない。

 樹里は溜息を零す。
「私も『誰が条件にあてはまるのか』を詳しく調べておくけど……
 うーん、それとなくだけど、生まれた故郷が分かったらどうしたいかとか、血の繋がった兄弟姉妹がみつかったら何がしたいかとか、色々聞いておいて。もしくは……自分の生家はどんなだったか話して子供の反応を伺ったり、将来どんな暮らしをしたいか、でもいいと思う。
 すでに色々聞き出してる人は、子供の話や反応とか纏めておいてね。
 もし本当に親戚がいて、相手の環境と照らし合わせた時に『教えないほうがいい』って事もあるから、話し合う必要もあるかなって」
 最も難しい質問を任された。
 開拓者たちは、何とも言えぬ顔でお互いを見た。


■参加者一覧
/ 礼野 真夢紀(ia1144) / 郁磨(ia9365) / 尾花 紫乃(ia9951) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / フェンリエッタ(ib0018) / 无(ib1198) / ウルシュテッド(ib5445) / ローゼリア(ib5674) / 宵星(ib6077) / ニッツァ(ib6625) / パニージェ(ib6627) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498


■リプレイ本文

●孤児院にて

 台所からおいしそうな匂いがする。
 多くの子供がつまみ食い目当てに台所へ向かう中で、フェンリエッタ(ib0018)は子供たちの着替えや荷造りを手伝っていた。女の子はおめかしが欠かせない。好きな服を着て、好きな飾りを身に付け、髪を梳いたり編み上げる。ブローチをつけた姿に「可愛いわ」と声をかけたりした。
「華凛は木に登ったりするんですってね。高いところにいると空に浮かんでいるみたいでしょう。空で歌うと、すーっと心が晴れるのよ。帰ってきてから一緒にどう? 試してみない?」
 華凛は首を縦に降る。
 ふいに戸を叩く音がして「支度は進んだかい」と声がかかった。
 无(ib1198)が華凛に近づき「似合うよ」と声をかける。
「色々渡そうと思っていたのだけど、洋装にはこちらがいいかな」
 リムニルドの指輪を渡す。
「綺麗……もらっていいの?」
「無論。桜の時に何かお守りをと思っていてね。それと此方は今後の季節に備えて」
 そう言って簪「早春の梅枝」、枝垂桜の簪、螺鈿蒔絵簪「綾雲」を渡した。
「じきに浴衣を多く着る季節になりますから。華のように凛とした着物美人になるかね」
「よかったわね、華凛」
 華凛が頷いて簪をしまいに行く。

「さ、次はエミの番ね。……エミ? どうしたの」
 エミカは「ううん、なんでもない」と言って笑う。どこかぎこちないのは、やはり秘密を抱えているからだろうか。フェンリエッタは「悩み事?」と尋ねてみた。
「……ん、少し」
「ねぇ、エミ。世の中は敵味方で争う事も多いけど、どちらかを選ばねばならない時、どちらも選ばなくていい時もあるの。もし迷ったら先ず自分を選んであげて」
「自分?」
「そうよ。まず貴女を守らなくっちゃ。エミの代わりはどこにもいないの。貴女が苦しいと、貴女を大切にしたい人達も苦しいわ。だから本当につらい事があった時は、我慢しなくていい。親しい人を困らせたり、悲しませたくなくて、言い難い事もあるでしょう。その時は……誰でもいい、抱え込まず話せる、心から信頼できる大人を見つけなさい」
 鏡台の前で「前を向いて」と姿勢を正させる。
「勿論、私や叔父様でもいいわ。手を差し伸べてくれる人って、自分で思うより身近に沢山いるものよ。さ、今日は苦しい悩みは置き去りにしましょう。楽しいお出かけですもの。笑顔のエミカは花よりも綺麗よ」
 フェンリエッタの笑みにつられて、鏡の中のエミカが控えめに微笑んだ。

 明希のお洒落はリオーレ・アズィーズ(ib7038)と白雪 沙羅(ic0498)が手伝う。とっておきのエプロンドレスに、桜の耳飾り。首筋にきらめく琥珀の首飾りや貝の腕輪がお気に入り。
 白雪が髪を梳きながら「ひと回りしたら猫茶屋さんに行きましょう」と話しかける。
「猫茶屋さんへ?」
「いいえ、これから行くところに臨時のお店があるんです。猫さん達にまた会いたいって言っていたでしょう? 久しぶりに可愛がりましょ」
「久しぶりのにゃんこさん達ですよ。心ゆくまで可愛がってあげてくださいね」
 アズィーズが猫の接し方について復習をはじめた。

「星頼、お手伝いはそれでおしまいかな」
 提灯南瓜のピィアを頭に乗せた星頼はウルシュテッド(ib5445)を振り返る。
「うん、おわり。ぼくもお出かけしたくするよ」
「そうかぁ」
 背の伸びた少年をまぶしそうに眺めながら手招きする。
「天の園についたら、どうすれば皆が笑顔になれるか、意見を聞きたいんだ。いいかな」
 星頼は「うん分かった」と答えた。


●天の園

 天の園に入る前に、郁磨(ia9365)たちは子供達に注意を促す。
「……人に迷惑を掛けず、物を壊さず、花を傷付けない事。其れさえ守ってくれたら後は好きにして良いよ〜。何かあったら近くの大人や俺たちを呼んでね。もし転んで怪我をしたり、喉が渇いたりしたら、パニさんのところにいくこと」
 あっち、と指差した先ではパニージェ(ib6627)が黙々と応急手当の道具や岩清水、敷物などを運び入れていた。
 喩え強い日差しで倒れる子がいても、備えは万全である。
「俺はいつも定位置にいるから、何かあれば来るといい。目の届くところで遊ぶこと、花は荒らさないようにすること、危険なことはしないこと、喧嘩はしないこと……守れるか」
 子供たちは手を挙げて「はーい」と素直に答える。
「それじゃ、ヘリオス乗りたい人ー」
 戦馬の隣に立ったジルベール(ia9952)は、手を挙げた少年たちを一人ずつ相乗りして散歩させると言った。
 まずは星頼をのせて、通りすがりの人たちに手を振っていく。

「パニさーん、お茶頂戴〜。今日暑い〜」
 郁磨が早速、敷物に座る。パニージェが「少しは仁たちと遊んで来い」と言っている間に、目を離した双子は早くも剣呑な眼差しで闘志を漲らせていた。
「今から勝負だ!」
「勝負だ!」
 大声に気づいて「今度は何をしたんだ」と心配なパニージェに対して、郁磨は「本腰の喧嘩になったら止めないとね〜」と呑気に見守る。
 それもそのはず。
「先に四葉を見つけたほうが勝ちで、和のおやつを一個もらう!」
「じゃあ、ぼくが勝ったら仁のゆで卵はぼくのものだからな!」
 共に食い気。
「……平和だな」
 お茶を煽りながら郁磨が笑う。
「和たちらしくていいんじゃない。さてと、俺も四葉探そ。和ー、仁ー、まぜて〜、俺が勝ったら二人ともお菓子とおかず半分こ。はじめるよ〜」


 シロツメクサの冠は、うまく作るのが難しい。
 ローゼリア(ib5674)は未来に編み方を教えながら真剣な横顔に問いかける。
「ねえ、未来……貴女は将来は何をしたい? なんでもいいですわよ」
「お花屋さん」
 ごく普通の返事だった。
 膝の上でへらっと無防備に笑う少女を抱き寄せる。
「きっとなれますわよ。ここのように花がいっぱいのお店が持てるとよいですわね。……ねぇ、未来。私に何か聞きたい事はあるかしら?」
 一瞬、手が止まったのをローゼリアは見逃さなかった。
 未来達は、かかえた疑問について何も言わないと話し合ったと聞く。
『……皆で真実を話すと決めたけれど、この子が真実を知った時、なじってくるのかしら』
 想像するだけで身震いする。けれど真実を知る権利があると思う。
 ――――うそはきらい――――
 その言葉を思い出す。
「――――お、」

 お か あ さ ま は ほ ろ ん だ の ?

 ごきゅり、と唾を飲んだ未来は「お、なかへったな!」と話題から逃げた。
「ではお弁当にしましょう」
 花冠を頭にのせて立ち上がった。弁当を取りに走る未来は「はーやくー」と遠くからローゼリアを急かす。ローゼリアは自嘲気味に笑った。覚悟と偉そうな事を喋っても、未来が自分を許してくれるかどうか分からない。
 この一年間を試される時になるだろう。
『皆が好き、と。そう言ってくれた時、私は本当に嬉しかった……もしも嫌われようと、愛し守る気持ちが消えたりなんてしませんもの。今は、それで充分ですわね』


 木陰で休みながらウルシュテッドは星頼の言葉に耳を傾ける。
「全員で川下りに参加するって?」
「うん。お花畑にいったり、猫茶屋も僕は好きだけど、ばらばらだから。ほら、結葉姉さん達は猫好きじゃないし。鬼ごっこは姉さん達は誘ってもこなかった。だからみんなが嫌いじゃない川の舟へみんなで参加して、怖かったね、とか、楽しかったね、ってみんなが言える思い出があるといいと思うんだ」
 ウルシュテッドは「意見ありがとう、皆に伝えておく」と言った。
 ぐりぐりと大切な子供の頭を撫でる。
「成長したなあ……誇らしいよ」
「背がのびたから?」
「それもあるが、心の成長もな。お前が家族に幸せを求めた事も。俺も同じ、だから一緒にいるんだ。俺も姪も他の子らと兄弟同然に遊び学んだ。大人が皆で子供を育てる……お前達と少し似てるな」
 星頼は「みんな一緒だね」と笑う。
「ああ。今まで出会った人、あるかもしれぬ生まれ故郷や親戚……未だ見ぬ明日の出会い。選べるなら星頼はどこを故郷にしたい? 誰となら幸せに暮らせると思う」
「今住んでるところが今の一番だよ」
 星頼の返事に迷いはない。
「里にいたときは、庭の花みたいに綺麗なものは殆どなくて、水は川に汲みに行かなきゃいけない。けど、ぼくはよく怒られたし、ご飯も美味しいものなんてなかった。勝手に遊べばご飯を抜かれたり、罰もあったけど、今はそんなことない。なんでか寂しいな、って思う時もあるけど……故郷を選べるなら、今いる家がいい。皆が笑って暮らせれば、それは幸せだと思う。ぼくね、兄さんや姉さんが笑うの、こっちに来て初めて見たんだ」
 昔は目がつり上がって怖かったんだよ、と説明する星頼の声は弾んでいた。
 何が星頼の幸せかは明白だった。


 炎龍深緋にお留守番を頼んで、紫ノ眼 恋(ic0281)は真白とともにお昼を食べるのに適した木陰を探していた。花咲き乱れる園内を眺めて「懐かしいなぁ、育った場所を思い出すよ」と呟く。
 手を繋いでいる真白が傍らを見上げた。
「恋お姉さんの育ったところ?」
「そう。実を言うと、あたしは故郷の記憶が無いんだよ。覚えている中で最初に見たのは森の記憶。だから花とか植物は好きだな。いずれ強くなったら父母が迎えに来てくれるかな……なんて思いながらこの歳だけれど」
 ここでいいかな、と木陰に腰を下ろす。
 木漏れ日が二人を包んだ。
「真白。あたしはまだ故郷を探すべきなのかな。真白があたしだったらどうする? 真白はもしも、生まれた場所が解ったらどうしたい? やっぱりそこに帰りたいと思うかい?」
 紫ノ眼がうまく誘導する。
 真白は「ぼくが恋お姉さんだったら?」と考え込んだ。
「……うんと、探す、かもしれない、かな」
 真白が曖昧な返事を始める。
「探しても探さなくても、どっちでもいいような感じもするよ。だって恋お姉さん、都に住んでるんでしょう。でも……多分ぼくなら、見に行きたい、と思う。きっとぼくの知らないところだから旅行したい。故郷に帰るか、って言われると、帰らないと思う、ぼくのおうちはそこじゃないもの。知らないところは怖いし、寂しいよ。恋お姉さん、おとうさんとおかあさんは探すのやめちゃうの?」
「どうかな。迷ってるよ。真白だったらどうするか、きいていいかな」
「ぼくが恋お姉さんなら探すよ。でも産んでくれた人たちが見つかっても、知らない人と同じなんじゃないかな、って思うかもしれない。知らない人より、恋お姉さん達といっしょがいいし、たぶん挨拶して、どんなところかみたら、さようならって帰ると思う」
 真白がはい、と卵焼きを差し出す。
 紫ノ眼が差し出された卵焼きをぱくりと一口。
「でも、ありがとう、は言うかもしれない、かな」
「なぜ?」
「だって生まれた場所で暮らしてたら、ぼくは恋お姉さんとあわなかった。みんなと兄弟にならなかった。うまれてなくても、今のぼくはいないから。恋お姉さんは自分が好き?」
「難しい質問だね。好きな時もあれば、嫌になる時もあるさ」
「ぼくもー」
 朗らかな真白の頭を紫ノ眼が撫でた。穏やかな内面を感じる。
「ねーねー、恋お姉さん。たまごおいしい?」
「うん。甘めの卵だ」
「それぼくがつくったの。兄ちゃんに習ったんだ。ぼく、しゅふになれる?」
 紫ノ眼は笑みを零す。しゅふを目指して努力する幼い本気に『本気ならそれでもいいかな』という考えも脳裏を過ぎる。
 師弟関係というのも、ひとつかもしれない。
『……あたしの「しゅふ」になるよりはよほど良いと思うんだけどね』
 そよそよと木々が揺れた。


「おー、こんなところにおったん。少し探したでー」
 星頼とウルシュテッドの所へ、ジルベールがやってきた。
 戦馬の綱をひいているのは、ヘリオスに林檎をあげている礼文である。
「食後はどないするん」
「川下りまで時間はあるから、散歩の続きか猫茶屋か」
「そっかー。なぁなぁ、一緒に食べられそうな野草探さへん? 蓬とかゼンマイとかわらびとか、誰が沢山探せるか競争や。集めたら猫茶屋にいこうや」
 そう言って始めた探し物は、子供の特徴を如実に表した。
 星頼がまるで標本のように少しずつ集めていく。対して、礼文は持てるだけ持って帰ろうという感じがする。
 ジルベールは「ぎょーさんとったなぁ」と礼文に話しかけた。
「灯心にぃさん達に渡すんだ。きっと天ぷらにしてくれるよ」
「なるほどなぁ。礼文は誰かの為に手を動かすのが好きなんやな。家事が好きなら、将来ええお父さんになりそうや。俺の親父も家事は上手やったな。礼文のお父さんは? どんなか覚えとるか」
「うんと、怖い人だった」
「こわいん?」
「いつもシワシワの顔で怒ってた。早く眷属になれるようにって言うんだけど、僕は戦術の勉強が苦手だったから。ひとつの何かを覚えるのは得意だったけど、同時にあれもこれも、ってするのができなくて……褒めてもらえなかったな」
「そっか。礼文、これから色々考えたり悩んだりすることあるかもしれんけど、俺らがついてるってこと忘れんといてな?」
 礼文は首をかしげつつ、再び蓬とりを再開した。


 ふーり、ふーり。
 明希が猫の前でおもちゃを振る。
 たし、たし、と前足が次々に動くが、なかなか捉えられない。そんな様子を和やかに見つめるアズィーズの隣には、野生の血が騒いで仕方ない白雪がいた。なんとか無関心を貫こうとしているが、尻尾がゆらゆら揺れている。
「……沙羅ちゃんも、我慢しないで戯れて良いのですよ」
 微笑みながら紅茶をひとくち。
 アズィーズの言葉に白雪は誘惑を感じつつも、ぐっと耐える。
「いいえ! 明希の親になるのかもしれないんですから、そういった振る舞いは控えないと……!」
 アズィーズは笑ってから猫と遊ぶ明希を振り返る。
「暫く見ない内に成長した猫達の様に、明希もすぐ大きくなってしまうんでしょうね」
 しんみりしていると、明希が成猫を抱えて「みて、おなかに星」と模様を見せに来た。
「あらほんとう。とっても綺麗な星の模様ね。そういえば明希、年長さんにはなりたいものや自分の将来について考える子もいるそうですが、明希は大きくなったらどんな自分になりたいですか?」
 沙羅も「明希は、将来どんな暮らしをしてみたいかしら?」と聞いてみる。
「どんな……お手玉の先生とかなってみたい、好きなお手玉を作る人もなってみたいよ。あと舞踏会の飛空船の案内をしてたお姉さんかな。綺麗な服をきて、色んな所へ旅できるんでしょう」
 アズィーズは「まだ沢山なりたいものが増えそうね」と微笑む。
「どんな道を選んでも、明希は大切な私と沙羅ちゃんの家族ですからね、またなりたいものが見つかったらいつでも聞かせて?」
「うん!」
 アズィーズに頭を撫でられている明希に、白雪がぽつりと尋ねた。
「ねえ、明希。例えばね、そういう旅をするお仕事についたりして、何かの偶然で明希が生まれた故郷が分かったとしたら……どうしたい?」
「どうしたい……んー、わかんない。だって知らないところだもの」
 少なくとも今の明希は、特になんの感慨も湧かないらしかった。
「そっか。あのね。私達は明希が大好きだから、いつか一緒に暮らせたらいいな、って思ってるんだけど……明希が選んだ道を応援したいから」
「お泊り? いきたーい!」
「お泊まりとは少し違うかな。兄弟姉妹と離れて、一緒に暮らしていくという意味よ」
 お泊りの期待に燥いでいた明希が、少しだけ真剣な目になった。
「考えてみてくれる?」
 明希は首を縦に降った。


「いらっしゃい」
 猫茶屋の玄関先で出迎えたのは狼 宵星(ib6077)だった。猫又織姫は猫たちに混じっている。風通しのいい場所にある仮設店舗の中は、日差しを避けてきた人々で溢れていた。
「お花、綺麗ですね。礼文くんと星頼くん、華凛ちゃんも、猫さんと遊びませんか?」
 おいでと招き入れる。
「午後からお手伝いするよ」
「私も少しなら。そのまえに喉渇いたー」
 氷を浮かべたお茶に、冷たいお菓子。
 ときには猫の遊びに付き合って。
 店の裏では礼野 真夢紀(ia1144)や泉宮 紫乃(ia9951)が、到真と一緒にお茶の勉強をしたり、配膳の確認をしていた。
 注文を間違えないように気を遣う。
 ローゼリアや未来達も、次々に涼を求めてくるので、礼野は「未来ちゃん、いらっしゃい、楽しかった?」と声をかけながら猫の多い場所に通す。店が暇になってくると、礼野は皆の弁当箱を預かってきれいに洗ったりしていた。
「綺麗になったかな?」
「ええ、ありがとう」
「次はお土産用の猫クッキーを作るのを手伝ってもらえますか」
 泉宮の頼みを、到真はよく聞いた。
 外で遊ばず、殆ど猫茶屋の手伝いばかりだが、お茶にまつわる作法や料理も聞けるので、本人は満足らしい。
 頑張った到真に、そっとお昼の時にとっておいたお菓子を渡す。
「誰よりもお手伝いを頑張ったご褒美です。他の子には内緒ね?」
「いただきます!」
「食べ終わったら、午後のお客様に猫の触り方を教える役目を、礼文くんたちとお願いしていいかしら。出張猫茶屋だから、初めてのお客様も多かったの。手伝ってもらえる?」
「うん、できるよ」
 ところで。
 何かと玄関先で客引きをする宵星に「誰か探してるの」と華凛がきいた。
「あ、うん。お父さんや星頼たちがこないかなぁって。ここのお手伝いをするって言ってあるけど、見に来てくれないのはやっぱり少し寂しいから……なんて言ったら笑う?」
「ううん。置いてけぼりは寂しいのわかるし……」
 華凛の言葉に「そっか」と言って、誰もいない待合の椅子に腰掛ける。
「あのね華凛。私、お父さんの子供になるまでは、顔も知らない親の事を考えたりしてて、普通の家族が羨ましくて……かなしかった。でも兄も私も、時々村に来る開拓者が大好きで、勇気を出して、連れてって欲しいとお願いしました。お陰で今があり、夢もある」
 宵星が華凛の耳に唇を寄せる。
「私の夢はね、お父さんみたいな人のお嫁さんになる事なの」
「結葉姉と一緒ね。いつかお嫁さんになるんだって」
「そう。華凛も、もし今を変えたいと思ったら、心の声を言葉にね。それはきっと困らせる事にはならないし……ここにいる大人は皆、受け止めて一緒に考えてくれるわ」
 猫茶屋に无がひょっこり顔を出した。
 椅子に座ると、あえて到真を呼んで注文を行う。
「あなたのお茶が美味しいと聞きまして。いっぱいお願いできました」
「おーちゃ、っと。かしこまりました。僕がんばっていれるね!」
 お願いします、と遠ざかる背中に声をかけた。


●川下り

 川下りは緩やかな場所から始まる。
 少し船が進むと静けさの中に出る。澄んだ空気と水の匂い。
 子供たちは興味津々で周囲を見渡すが、エミカの隣に座ったケイウス=アルカーム(ib7387)は彫像の如く動かない。時々「わ、あんまり乗りだすと危ないよ!」と妙に過保護だ。エミカが「ケイ兄さん、……具合悪い?」と尋ねる。
「いや、そうじゃなくて。同じ川でも俺の故郷と全然違うなって」
 微妙に誤魔化す。まさか子供の頃に、川で舟から落ちたなんて言えない。一年前だってカッコいいところを見せようとして水没したのだから。
 イリスの隣のゼス=M=ヘロージオ(ib8732)は、姉妹が水を怖がっていないか心配していたが、大きな舟の上だからか、姉妹の横顔に不安の色が見えないことを安堵していた。
「エミカたちの故郷の川はどんなだろうね」
 すると「里の川は浅かったよね」などの会話が飛び交う。魔の森で育った時の記憶が色濃いのだろう。ヘロージオは少し考えて話題を出した。
「最近、何か面白い出来事はあったか?」
「皆がお仕事で忙しい間に、庭の花が満開だったのよ。帰ったら押し花の栞をみせるね」
「それは楽しみだ。エミカは面白いことがあったか?」
「……ん、私は、鳥が」
「鳥?」
「鳥が……巣を作ってて。卵があって、落ちてて……頑張って戻したけど、そしたら全然親鳥が帰ってこなかったの。裏のおじさんが、人の匂いがついたからだ、って言ってて。親に捨てられたのは、しょうがないって」
 ぎゅう、とスカートの裾を掴む。青い瞳に涙が滲んだ。
 もらい泣きしそうなイリスが「エミカのせいじゃないのよ、兄さんに本調べてもらったら、親鳥の片方が死んだら卵を捨てる鳥もいるって書いてあったし、だから」と言い繕う。
「誰も責めてなどいない」
 そっと頬を撫でた。
「助けようとしたんだな。ならば恥などではない」
 森の中からカッコウの声が聞こえる。

「皆様、右手をご覧下さい。柱状節理と申します。岩肌の下に、カエルのような大岩がございます」
 船頭が大岩を指差す。
 岩を眺めた刃兼(ib7876)と旭が、純粋に驚嘆の声をあげた。
「誰かが彫ったわけじゃなく、風や水で自然とそういう形になったのが面白い、な。猿やカエル以外の形がないか、探してみるのも楽しそうだ。旭、見つけたら教えてくれるか」
「ふぇ? いいよー、旭がおしえてあげる!」
「頼む。それにしても涼しい、な」
「ちょっとさむい」
「はは。街中だと暑くなってきたんだが……じきに陽州も海開きかな」
「海行ってみたーい。海の傍におうちあるの?」
「あー……そう言えば、旭に陽州の実家の話をしたことなかった、よな」
 ぽりぽりと頬を掻く。
「昨年は海の仕事があって、ついでに里帰りしたんだ。歩ける距離だったから。間が悪くて誰もいなかったけど……本当は親父と、俺を末っ子に男五人兄弟なんだよ。母さんは俺を産んですぐに亡くなってる。上に四人も兄貴がいて、結構歳も離れてるからな……生き方が様々でさ。もう結婚してたり、仕事に打ち込んでいたり―――放浪癖の治らない兄貴もいるんだけども」
 旭は両手の指で数える。
 数えた後に出た言葉は「旭には、おじいちゃんとおじちゃんもできるの?」という突飛なものだった。
「そうだ、な。娘になれば……なァ、旭」
「旭のおじいちゃん! う? なに?」
「もしも旭に歳の離れた兄姉がいて、天儀のどこかで生きていたら、どうしたい? 兄姉じゃなくて、親戚とかでも」
「旭、おとうさんを紹介するよ! おじいちゃんも紹介するの! 旭の家族よ、って!」
 淀みのない声に思わず笑った。

 皆で並んで乗って、船乗りの解説に聞き入っていると、やがて水流の早い場所に出る。
「おおおおおおおおおおおお! 思ったより早いな!」
「すずしーい! はやーい!」
 燥ぐスパシーバが落ちないよう、隣に座ったニッツァ(ib6625)は、子供と一緒の視点で、若干気分が高揚していた。
 故郷は砂ばかりの平原で、川下りは初の経験だったからだ。
「こんなに沢山乗ってるのに、全然沈まないし、ぶつからないね?」
「いま立って漕いでる兄ちゃん達が、器用によけとるんやなぁ。みてみい、あの岩凄いでぇ。シーバ、後で何個の動物めっけたか勝負な。にしても、こつーん、て叩いただけでぶつからないんやから、凄いよな」
「あんなに楽々動かしてるのに不思議だね」
 漕ぐ動きを真似する。
「シーバは漕いでみたいか?」
「焦げたら楽しそうだなって思う。けど、僕じゃ無理かな。だって、お兄さんすごい腕太いもん。僕の腕三本くらいあるよ。ちからこぶ」
 相変わらず目がいいな、とニッツァは思った。
 同じくらいの子供なら、純粋に『やりたい』とか『やりたくない』で返しそうなものだが、やりたいことに必要なものが何か見極める目を持っている。
「シーバ。今は腕ひょろひょろやけど、きっとあの兄ちゃんくらいの歳になったら、ちからこぶもぎょーさんできるで。俺の生まれたとこは砂ばっかりのとこやったさかいに、こういう水とか緑の多いとこでやる遊びは縁がないんやけど、天儀は広いし、自分で焦げるところもあるかもしれんで」
 スパシーバの目が輝いた。
「ほんと?」
「俺は旅して過ごしとるさかいに、見つけたら教えたるからな」
 本当は他の景色も一緒に見たいとは思う。
「うん!」
 がくん、と揺れて思わず抱き合う。
 喋りにかまけて操縦を怠った船頭は「いやぁ失敗しました」と呑気な声を発していた。スパシーバが「大人のお兄さんでも失敗するんだね」と呟く。後方を守る二人目の船頭が「なにやってんすか、兄貴」と声をなげた。
 ニッツァが切っ掛けを思いつく。
「兄貴、か……和と仁みたく兄弟っぽいな。なぁ……シーバ、もし今とちゃう血の繋がった兄弟が居った……どない思う?」
「一緒に遊んでみたいかな。和と仁もそうだし、エミカ姉さんとイリス姉さんもだけど、血が繋がってるのは特別なんだって言ってた。僕とそっくりな兄さんや弟がいるなら、特別がなんなのか知りたい。でも姉さんや妹だったら、喧嘩しそうだから怖いな」
 船が終点に到着する。
 ニッツァは手を差し出し「皆んとこ行こか」と微笑んだ。


●飛空船のなかで

 川下りの帰りの飛空船で華凛を見かけた无は「桜とはまた違いますが、どうでした」と他愛もない雑談から話しかけた。反応は控えめだが、悪くはないという顔をしている。
「また来たいかい?」
「お洒落がべしょべしょになっちゃうのは嫌だけど、水のそばは涼しいから好き。もっと暑くなったら、また来たいな」

 窓辺のアルカームは姉妹を眺めて「2人ともほんとしっかりしてるよ」と褒めた。
「ゼスもそう思わない? 俺は弟がいるんだけど、あいつも昔からしっかりしてたなぁ」
「ケイウスの弟か。俺の……家族の話をしようか」
 ジルベリアの話と聞いて姉妹が耳を傾ける。
 その期待に満ちた眼差しが、少し痛い。
「期待させてすまないが、華やかな話ではないんだ。俺は貴族の道具として生まれ、育てられ、そこに疑問はなかった。はずだった。でもある時、俺は逃げた」
 イリスは「おうちから逃げたの?」と確認する。
「そうだ。逃げ出した後も、様々な事があった気がする。だが、そのお陰でケイウスにも、愛する者にも、そしてイリスとエミカにも出会えた。貴族失格だ……俺を嘲笑うか?」
 姉妹の憧れ。
 ジルベリアのレディー。
 華やかな社交界から逃げたヘロージオ。
 イリスとエミカは苦笑を零すヘロージオの手を引く。
「笑わないよ。ね?」
「ん、私も笑わない」
「ありがとう。一つ、今確かなことは――俺は幸せである、ということだ」
『……お前達の幸せを常に願っている。愛しているから』
 真剣な話もあるけれど、飛空船の中は笑顔が多い。
 旭は高いところに燥ぐので刃兼が追いかけるし、パニージェと郁磨は膝の上に双子をのせて楽しかったかを尋ねている。
 賑やかな様子を眺めて、泉宮は微笑んでいた。
 どの子も楽しそうに笑っている。愛されている。そうして育つ様が何よりも嬉しい。
 子供にとって良い選択をしたいというのは、誰もが同じこと。
『たとえ恨まれることになっても、皆さんきっと』
 決意は揺らいでいないはず。
 神妙な表情で視線を交わすイリスとエミカが飛空船を降りる時、エスコートしたアルカームは告げた。
「実は俺、ゼスの過去を詳しく知ってるんだ。でも過去があったから今のゼスが在る、俺にはそれで充分。その気持ちはエミカ達に対しても同じだ。……忘れないで。俺達は君達がすごく大切で、それはこの先もずっと変わらないよ」

 様々な思いを載せて、思い出に残るお出かけは終了した。