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■オープニング本文 【★重要★この依頼は【アルド】【恵音】【結葉】【灯心】【桔梗】【のぞみ】【のの】【春見】の年長4人と年少4人の合計8人に関与するシナリオです】 白銀の雪が溶け、石畳の路に薄紅の桜が咲いては散り。 冷たい風の中に暖かい日差しが差し込む頃、神楽の都の郊外にたたずむ孤児院に、猫茶屋の主人から招待状が届いた。 「天の園?」 「っていうお庭よ」 神楽の都のある一角に、各地から集めた花々の庭園ができたのだという。 必ず四季折々の花で埋まるように設計された庭園を、一種の植物園として開放しているらしい。その経営者と猫茶屋の主人が大の仲良しで、出張猫茶屋を営むから是非猫たちに会いに来て、という内容だった。 「お弁当作って遠足、というのもいいかもしれませんね」 きっと花園だけでも見応えはある。 毬のように華やかな薄紅の石楠花や純白の小手毬、紅蓮に燃える薔薇の小路、紫の花弁が高貴な大紫羅欄花、淡いオレンジが繊細な柿の花、真っ白い苺の花、大地を覆い尽くす黄色いカタバミの花や薄桃の芝桜、花冠の材料になるシロツメクサ…… 近くの河では舟による川下りが始まっているのだとか。 「いきたーい」 「でも私たちだけ?」 最近、大人たちに殆ど会えていない。今は戦の最中だと聞かされていた。 「戦が落ち着いているか、きいてみましょうか」 院長先生の言葉に、子供たちが歓声をあげた。 +++ 最近、開拓者の間で再び噂になっている子供達がいる。 通称『生成姫の子』――――彼らは幼少期に本当の両親を殺され、魔の森内部の非汚染区域へ誘拐後、洗脳教育を施された経歴を持つ『志体持ちの人間』である。 かつて並外れた戦闘技術と瘴気に対する驚異的な耐性力を持って成長した彼らは、己を『神の子』と信じ、神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んで絶対の忠誠を捧げた。 暗殺は勿論、己の死や仲間の死も厭わない。 絶対に人に疑われることがない、最悪の刺客にして密偵。 存在が世間に知られた時、大半が討伐された。だが……当時、魔の森から救出された『洗脳が浅い幼子たち』は洗脳が解けるか試す事になった。 子に罪はない。 神楽の都の孤児院に隔離され、一年以上もの間、大勢の力と愛情を注がれた。 結果……子供たちは人の世界の倫理や考え方を学び、悲しい事に泣き、嬉しい事に笑う、優しい子に変化を遂げた。開拓者ギルドや要人、開拓者や名付け親にも、孤児院の院長から経過を記した手紙が届く日々。 だが養子縁組も視野に入った頃に『生成姫の子』を浚う存在が現れた。 名を亞久留。 配下アヤカシ曰く、雲の下から来た古代人なる存在らしい。 何故、今更になって子を浚うのか。誘拐を阻止した大勢の開拓者達の問いに、返された答えは『生成姫との取引報酬』『天儀と雲の下を繋ぐ存在になる』『我々の後継者である』という内容だった。 だから『返せ』と。 無数のアヤカシを使役し、行動に謎の多い、雲の果てから来た異邦人。 そして国家間の会議の末に、有害とされた異邦人は討伐された。 これで少なくとも直接的な脅威は排除されたと見ている。 生成姫の子供達や神代、大アヤカシに干渉していた経緯を踏まえても。 そして噂の子供達は、元の生活に戻っていた。 開拓者ギルドや要人、開拓者や名付け親にも、孤児院の院長から経過を記した手紙が届く。 +++ 「あ、そういえばね」 集まった開拓者たちの前で、人妖の樹里が別の資料を眺める。 「少し前に、五行東側から失踪者とか探し人の纏まった調査書が『匿名』で届いたんですって。三年分くらい? 私もまだざーっとしか見てないし、噂話半分みたいなんだけど、志体持ちの探し人に……特徴が一致する子が数人いるっぽいのよね」 部屋が静まり返った。 「あの子達に家族、が?」 「どうかなぁ。みんなに話したっけ? 生成姫の誘拐を阻止した事例。急に誘拐したりはしなかったのよ。少しずつ家族と夢魔を入れ替えて、ある日ふっと引っ越す事が大半だったの」 捜索されぬよう誘拐前に、肉親を皆殺しにする。 それが生成姫の常套手段だった。 「誘拐を阻止した事も何度かあったけど、生き残った家族はマレ。兄弟姉妹の年が離れてて、もうお嫁に行ってたとか、親の兄弟姉妹が別の村に住んでたとか、そういうの。 逆に言えば。 数年ぶりに里帰りしたら一家がまるっと失踪してた話、とかが可能性高いの。もし見つかったとしても父母じゃなくて、縁の薄い兄や姉、おじおば、意味……通じる?」 つまり『感動の再会にならない可能性がある』ということだ。 既に家庭を持っていたり、ひょっとすると既に養う子供が複数いる世代だ。 五行の東は諸事情で米以外の物価があがる事も多く、暮らしは厳しい。もしも血縁者が存在して引き取ってもらえたとしても……今より肩身の狭い思いや、貧しい暮らしを強いられる可能性がある。 開拓者達が惜しみなく愛情を注いだ結果、現在、子供たちは一般人より私財を持っている者もいる。開拓者が使う装備としてはガラクタ同然の品が、売り払えば町人一家が数カ月遊んで暮らせる資産に変わるのだ。 悲しいかな。 身ぐるみを剥がれる可能性がない、とは言えない。 樹里は溜息を零す。 「私も『誰が条件にあてはまるのか』を詳しく調べておくけど…… うーん、それとなくだけど、生まれた故郷が分かったらどうしたいかとか、血の繋がった兄弟姉妹がみつかったら何がしたいかとか、色々聞いておいて。もしくは……自分の生家はどんなだったか話して子供の反応を伺ったり、将来どんな暮らしをしたいか、でもいいと思う。 すでに色々聞き出してる人は、子供の話や反応とか纏めておいてね。 もし本当に親戚がいて、相手の環境と照らし合わせた時に『教えないほうがいい』って事もあるから、話し合う必要もあるかなって」 最も難しい質問を任された。 開拓者たちは、何とも言えぬ顔でお互いを見た。 |
■参加者一覧 / 星鈴(ia0087) / 芦屋 璃凛(ia0303) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 蓮 神音(ib2662) / 紅雅(ib4326) |
■リプレイ本文 門前に院長が毅然と立っている。急に現れた芦屋 璃凛(ia0303)と口論していた。 璃凛の親友で愛し合う相棒だと言う星鈴(ia0087)が間に入る。 「それに気づくんも謝れるんも一つの成長やと思うし、ここはひとつ」 「何を申されてもお通しできません。 誘拐された戦災孤児を戦に『利用すべき』だと主張したとか。狩野様から経緯を伺っております。出入り及び接触を禁じられたのでしょう。誤解だと申されるなら、あるいは謝罪をされるなら、此処へ来る前に申し開きすべき場所があるはず。 狩野様から正式な許しを得てから……おいでください」 璃凛は「恵音に謝罪したり傍にいていいか聞くのもあかんか」と再び確認した。 「……先に謝罪すべき相手が違うのでは? 少なくとも狩野様は子供達にとって、唯一の支援者であり現在の代理人です。わたくし共は支援者の機嫌を損ねる訳には参りませんし、勝手な一存で面会を決める権利はございません」 「天の園に出かけるんやったな。遠くから見守るのはええやろか」 「狩野様から伺っているのは、面会の禁止と孤児院への入出です。外でおきた事について、私どもは関与いたしません」 老婦人は毅然と立っていた。 孤児院の台所では礼野 真夢紀(ia1144)が食材を運び入れていた。霊騎若葉に積んできたと言っても、子供21人分の弁当と大人たちの食料はやはり多い。料理に勤しむ子供やあじみ目的でウロウロしている子などを眺めつつ、无(ib1198)は「もう一年以上経つのか」と呟く。 子供たちを救い出したのは昨年二月だ。 礼野が灯心を手招きして、直筆のジルベリア料理本を手渡す。内容は花見弁当の特集だ。 「何人かジルべリアに興味を持っていた子がいたし、こんなお弁当も挑戦してみたらどうかなって。冷たいものが作りたかったら声をかけてね、氷なら幾らでも用意できるから」 試しに氷を作ると、灯心の目が輝き「いいなぁ」と呟いた。 料理を作る者には羨ましい技能である。 「灯心さん、アク抜きが終わったはずなので、タケノコをお願いします」 灯心とともに料理に精を出すのは御樹青嵐(ia1669)だった。 戦や勉学が大変だったのだと、軽い愚痴めいた発言を零す事で、ここ数カ月ほど開拓者達が忙しかったことをアピールしていた。日頃の鬱憤をはらす、と宣言した御樹は次々と弁当のおかずを作り出す。 鰹の甘辛煮、山菜の天ぷら、筍とエビのはさみ揚げなど。 なにやら暗い情念を纏ったまま朴葉寿司を握る御樹に何があったのかは不明だが、……筍ご飯のおにぎりは、灯心に筍のあく抜きからごはん炊きまで全てさせていた。 これは最初から最後まで自分が作り上げたのだ、と。 自信が持てるに違いない。 「火加減はこのまま、吹きこぼさないように」 顔や腕を煤で黒くしながらご飯を炊く灯心の横で、御樹が助言をしながらふいに尋ねた。 「もし、の話をして良いでしょうか」 「もし?」 「いつか貴方に新しい家族が見つかったら、こうしてその人達の為に料理したいですか?」 「結葉が言うケッコン相手が、ボクに見つかったらってこと?」 服の袖で顔を拭う。 若干、ニュアンスが別な形で伝わったが「そんな感じですね」と御樹は言葉を濁した。 「わからない。恋や結婚は必要な時に命じられる、って里長さまに聞いた事あります。カイジューに必要だって。それ以外で結婚したいなら、優れた人じゃないと相応しくないとか言ってました。でも、もしの話……うーん」 大アヤカシ生成姫や上級アヤカシ達に刷り込まれた歪んだ観念が露呈しつつ、灯心は御樹の『もし』を考えてみた。 「ボクは料理が好きだし、作ると思う。おいしいって言ってくれるか分からないけど」 そう言い、再び竈に向かった。 恵音はアルーシュ・リトナ(ib0119)と真名(ib1222)とともにお弁当を作り始める。 「恵音、姉さん、みてて。アル=カマルの味付けは、ちょっぴり辛めだけど美味しいの」 袖を捲くって意気揚々と沢山のスパイスを挽き始める。ふんわりとスパイシーな香りが漂ったが、新鮮な香辛料は食欲をかきたてた。下ごしらえをしながらリトナが微笑む。 「ふふ、真名さんのお弁当はちょっと大人の味かしら」 「私……辛いの好きよ。いい匂い」 「恵音も一緒に挽いてみる? 挽きたては香りがいいの。沢山砕くから、手伝って」 砕いた香辛料が微風に乗って周囲に広がる。 「お腹減っちゃうね」 「だね。で、ちょっとぐらい料理してもバチは当たらないよ?」 天妖の雪白は野菜を洗いながら酒々井 統真(ia0893)に声を投げる。酒々井はというと「料理の上手い奴に任せる」と言いながら、じゃがいもの芽を包丁で引きちぎりつつ、皮を剥いていた。 「おにいさま料理できないの?」 結葉の疑問に、天妖の雪白が「農家の仕事してても肉体労働の方が多いからね」と応える。その様子を酒々井はちらちらと見ていた。相性的なものを見るためである。 「ほらよ、いも一キロ」 「ありがとう、おにいさま。……お仕事は、まだ忙しいの?」 結葉は手帳を見ながら御樹に習った料理をを作り出す。 「俺は暇な方が珍しいな。開拓業ってのは多額を受け取ることもあるが、結構整備費に金がかかるからな。右から左だ。そういや……開拓者になって婿探ししたいんだったよな」 問われた結葉は頬を染めて「うん」と頷く。酒々井は努めて冷静に尋ねた。 「婿が見つかったら、どういう家庭を作っていきたいんだ?」 「おにいさま達みたいな強い夫婦になるわ!」 拳を握って瞳を輝かせる。 酒々井がひらひら手を振った。 「否、そうじゃなくてな。家庭ってのは、どういう暮らしがしたいか、って事だ」 酒々井はあまり詳しく例をあげない。結葉が『考えや育った環境の違う者同士が共に暮らす大変さを、どれだけ認識してるか』を引き出す為だ。 「ええっと……まず私より強い人! お仕事以外は一緒に暮らしたいわ。台所のある家がいい。お料理は私がするけど、お洗濯は苦手だから得意な人がいいな。たまにでいいからお婿さんと一緒にお洒落して旅行するの。あ、猫好きは選ばない!」 酒々井は「へぇ」と相槌を打ちながら結葉の話を聞いていた。 沢山作ったお弁当。 それらを持っていざ出発だ。 辿りついた天の園は人でごった返している。 霊騎若葉を連れた礼野はアルドを手招きした。 「霊騎って大きいから、あんまり触れた事ないんじゃないかなって思って。どう?」 孤児院には幾度か霊騎が連れてこられた事があったが、乗り回す事はない。无曰く高いところは苦手らしく、龍への騎乗は頑なに辞退するらしい。 「うん。開拓者になるなら走龍や馬がいいかも、って前に言われたけど操った事ないし」 「若葉、彼を乗せてあげて」 霊騎が頷く。 庭の花々をうっかり摘んでしまわぬように、蓮 神音(ib2662)達は子供の手を引く。 「春見ちゃん。猫茶屋さんが始まるまで、シロツメクサで花冠をつくろう。作り方、教えてあげる。完成したらあげるね、きっとお姫様みたいだよ」 時々四葉探しをしながら、蓮が春見に話しかける。 「神音が育ったのは山奥の小さな村だけど、こんな風に色んなお花が咲いてたんだよ。春見ちゃんは自分の生まれた所覚えてるかな? もし故郷がわかったらどうしたい?」 『春見ちゃんが幸せになる事をしてあげたいし、よりよい道を選びたいけど、わかるかな』 問われて数秒後、春見の表情が曇った。 「――――かか、とと」 しまった、と思った時にはもう遅い。 急に立ち上がった春見は、周囲を見回した。親子連れにばかり目が行くが、探している存在は見つからない。じわりと滲む涙は、忘れていたさみしさだろうか。 一年と少し前のこと。フィン・ファルスト(ib0979)と蓮によって救出された春見の傍には……両親の姿をした夢魔がいた。それを二人で消滅させた。 『神音を憎んでも恨んでもいいよ。でも、君は此処にいちゃいけない』 『かか? とと? かかぁ、かかぁ!』 あの後も春見は泣いた。突然消えた親の姿を探して。 当時まだ親に縋って歩いていたほどの幼児にとって、生まれた故郷がどこか、等どうでも良い問題だった。それよりも突然消えてしまった親の行方についてが重大だ。 「春見のかかとととは? なんでいなくなっちゃったの?」 「え、えーと、ね」 「うまれたとこに、かかがいるの? ととがいるの? なんで春見にあってくれないの」 「うーんと、会ってくれないんじゃなくて、あ、会いたくても会えないんだよ。あのお船みたいに、遠くのお空から春見ちゃんを見てるから! ね!」 『わーん、どうしようー!』 蓮は質問の難しさを改めて思い知る。 一年前に比べて大幅に言葉を覚えた今、今日一日は何故どうしての質問攻撃は続くだろう。けれど里にいた親が本当の親でないこと、アヤカシに自分がさらわれた理由、両親の死を理解するには……春見はまだ小さすぎた。きっと正確に説明しても『かかも、ととも、いなくなった』という事しか理解しないだろう。わかるのは悲しみだけ。 子猫を死なせた冬の夜のように。 天の園の片隅では、水鏡 雪彼(ia1207)と弖志峰 直羽(ia1884)が競うように花冠を作っていた。完成した白いシロツメクサの花冠を、見よう見まねで花を編んでいる結葉にかぶせる。 「俺たちの大事なお姫様へ!」 「直羽ちゃんずるい。雪彼もあげる。ユイちゃんは大事なお姫様なのよ」 二連の花冠を被って、再び草花をあてる遊びの開始だ。 リトナがお弁当を取りに席を立った時を狙って、真名は恵音に一つの提案をした。 「恵音。今月ね、姉さんの誕生日があったの。私、旅に出てたからお祝いできなくて。遅くなったけど花を摘んでプレゼントしようと思うの。後で一緒に選んでくれない?」 「誕生日?」 真名はハタっと我に返った。 恵音たち『生成姫の子』は皆、幼少期に誘拐されて魔の森で育った。実の両親も分からない。そして人の習慣も学ぶ前だったという。 当然、恵音も己の誕生日を知らないはずだ。 「そういえば自分の生まれた日ってわかる?」 「……ううん。おかあさまに……きかないと。……でも、私は……聞けないし」 神の子の資格を失った事について思い出したのか、恵音は陰鬱な表情で肩を落とす。 「恵音。今はアルーシュ姉さんを『おかあさん』って呼んでるのよね」 真名の質問に「うん」と短い返事。 「じゃあさ。姉さんの子になった……おかあさんって最初に呼んだ日を、自分の誕生日にすれば」 「誕生日って、勝手に決めていいの?」 「分からないなら、ね。自分の誕生日を知らない人は数え切れないほど沢山いるのよ。だから今言った通り、記念日を誕生日にする人は多いわ。恵音にとって姉さんは『名づけ親』で、今は『おかあさん』って呼べるんだから、新しい誕生日に相応しいと思わない?」 ぱちん、と片目を瞑った真名。恵音の表情が華やいだ。 リトナが戻ってくる。 「なんだか楽しそうですね」 「おかあさん。わ、私の誕生日が決まったよ。おかあさんって初めて呼んだ日にするの」 訴える恵音を見て、更にシラッと無言で苺をつつく真名を見て、リトナが微笑んだ。 「恵音の誕生日が決まったんですね。来年は皆でお祝いしましょう。綺麗な服を着て、ご馳走を作って、それからプレゼントも。特別な一日を過ごしましょうね」 楽しみなことがひとつ、またひとつ。 恵音の心に積み上げられていく。 太陽が天高く登った頃。 ネネ(ib0892)は仙猫うるるとののを連れて、臨時猫茶屋へ向かっていた。 「猫たちの様子を見に行きませんか?」 そろそろお別れした猫たちが恋しくなってきているだろうと判断していた。当然ののたちは「いくー」と叫んで手をつなぐ。ぞろぞろと年少組を引きつれたネネたちが店に入った。 「ごめんくださーい」 「いらっしゃいませー。あらあら、よく来てくださったわ」 客として店内に入り、勝手気ままに遊ぶ猫たちを見つけた。 仙猫が囁く。 「あの子たち、ちゃんとお仕事してるわね。のの、あなたが命を救った子たちが立派に育ったわね、私もうれしいわ。でも。のの、お仕事のお邪魔はあんまりしてはダメよ」 「うん! くろちゃーん、おいでー」 ののの事を覚えているのか、猫たちも呼べばやってくる。 愚図っていた春見の面倒を見るのは、蓮と交代したファルストだ。 春見が蓮を問い詰めるので一旦、別のことで気を紛らわせようと考えた結果、猫茶屋に連れてきた。やはり猫と遊んでいる間は、熱中している。表情も楽しい様子に変わり、近くを年配が歩いてもあまり怖がる反応はない。 『年配恐怖症は少し治まったようだけど……もう少し頑張ろっと』 何事も焦らず少しずつ手順を踏むのが理想だ。 「春見ちゃーん、お菓子食べよう。おいでおいで」 ファルストが手招きし、春見を膝に乗せる。 ティーセットを食べながら質問してみた。 「春見ちゃんはこの儀、天儀の他の儀のついて知ってる?」 「ぎー?」 「王様やお姫様のいるお国のことだよ」 春見は真っ先に「じるべりあ!」と答えた。やはり兄や姉が出かけたり郷土料理を作るから感覚が身近なのかもしれない。ファルストは「ジルベリアかぁ」と相槌をうつ。 「あたしね。ジルベリアに住んでたんだ。あんま裕福なんて言えないとこだけどさ、みんな優しい人が多くてね。体育会系も多くて暑苦しいかもだけど」 何を聞かせようとしたのか、わからなくなってきた。 「えーと。春見ちゃん、大きくなったらしたいことってある?」 「猫茶屋さん!」 子供は素直だ。 臨時猫茶屋で年少組と時を過ごすフェンリエッタ(ib0018)は、子供たちが猫をからかうのに飽きた頃を見計らって、ぬいぐるみのにゃんすたーを2体使い、腹話術をした。 「ボクらのお仲間、孤児院でキミらに育てて貰って、新しい家族ができたんだってニャ」 「いいニャ〜」 「生まれ故郷とキョウダイ探してウン年……」 「その話を聞いて新しい家族を作ろうか悩んでるんニャ〜」 「桔梗とのぞみは、どんニャ家族と何をしてみたいニャ?」 問われた桔梗とのぞみは口々に語る。 「もふもふ遊ぶ!」 「のぞみもあそぶのー!」 子供たちは猫を想定している。少し難しかったようだ。 「ウチらとお話ありがとニャ〜、お礼に幸せあげるんニャ〜」 「よろしくニャ!」 桔梗ものぞみもぬいぐるみをもらってご満悦だった。 猫茶屋の屋外席には、偶然遊びに来たという星鈴と芦屋がいた。 「……まぁ、それに気づくんも謝れるんも一つの成長やと思うし、ええと思うで」 璃凛は「ありのままを見せたかったんやけど」と手元のお茶を眺める。 「あのおばさんの話やと、自分たちは命令に逆えんし、先に依頼主で許可をとってこいゆーてたからな。今日は猫を愛でようや」 抱きあげた猫の肉球を、ぷにぷにしながら星鈴は癒しのひとときを過ごす。 騒いだ後はお弁当の時間だ。 「じゃーん。本日のオススメはフルーツサンドだよー」 弖志峰は手製サンドイッチを披露した。水鏡は母子草の草餅をおやつに出す。結葉も手料理弁当を出して、二人にすすめる。見た目は多少不格好でも、卵焼きなどを食べてみると覚えがある。 「青ちゃんの味だ」 「おにいさまに習ったもの」 手帳にびっちり書かれたレシピは御樹が教えたものだ。そっくりそのまま真似しているのだから味も近いものになる。昔は米も満足に炊けなかった子が、一年でここまで変わるのかと感慨深いものを覚えながら、憩いのひとときを過ごす。 「直羽ちゃん、さんどいっち美味しいね。ユイちゃんは食べた」 「……もう一個欲しいけど、自分の分は食べたから」 「遠慮しないで食べなよ」 どうぞ、と弖志峰がフルーツサンドを差し出す。更に水鏡の作った草餅を頬張って幸せそうな結葉を眺め、弖志峰と水鏡は顔を見合わせて覚悟を決めた。 「ユイちゃん。おちついて、よく考えて、答えて欲しいことがあるの。いい?」 「なあに、おねえさま」 水鏡に袖をひかれて弖志峰が意を決する。 「結葉。もしも血縁者が見つかったら――いっしょに暮らす考えはある?」 「おかしな質問。試験で倒したんだから、いるわけないです。考えてどうするの」 結葉は笑った。ごく自然に。弖志峰は「じゃあ現状、俺の希望だけど」と前置きする。 「開拓者になったら、皆と離れて都の中で暮らさなきゃいけない。その時、結葉と暮らしたい、って考えてるんだ」 開拓者となれば監視付きであっても巣立ちと同じ。 「それが無理でも、できるだけ応援したいし、結葉の帰る場所の一つでありたい」 結葉の目が点になった。狼狽えながら婚約者の水鏡を見る。 「実は、雪彼も直羽ちゃんと同意見なの。血は繋がっていないけど、雪彼も直羽ちゃんもユイちゃんを大好きなの。開拓者になれたら、色々と経験してきてね。でも雪彼達はユイちゃんの帰る場所でありたい。いつでも帰ってきて、会いにきてね。ダメかな」 小首を傾げた水鏡に「だ、ダメじゃないです。けど。えと」としどろもどろになった。 「おにいさまはおねえさまのお婿さんで、いつか一緒に暮らす夫婦で、子供も欲しいって話してたし。私が時々お泊りに行ってご飯食べに行っても――邪魔じゃない?」 子供らしからぬ質問に弖志峰が笑う。 「いつでも待ってるよ」 紅雅(ib4326)は木陰に座り、灯心と喋りながらお弁当をひらいた。 食事をしながら問いかける。 「灯心、私は貴方に『戦いをどう思うか』と聞きましたね? 答えを聞かせてください」 どんな小さなことでもいいから聞きたい、と思っていた。 灯心が口を開く。 「戦いは――何らかの優劣を競い合う事、障害や困難に立ち向かう事を示す広義の喩え」 灯心は辞書のままに諳んじて「そして必要なことだと思います」と結んだ。 「必要?」 「えっと。ボクが皆より強いかを考える。それは競う事で、戦いの一種だと思います。他にもボクらは毎日戦う。肉の体は、野菜や肉を食べないと生きられないから」 足元の榛を毟った灯心は、茎を齧りながら淡々と続けた。 「ボクは草との戦いに今勝ちました。捨てれば腐る。食べれば僕の体。どっちもボクの勝手で毟ってる。弱い奴は強い奴に負ける。負けるのが嫌だからみんな戦う。それも嫌なら自分を変えるしかないです。森の眷属になれば悩みのない体になれる。その為には競って戦って、全能のおかあさまに認められないとダメなら、ボクは優れなければならない。だから――戦いは仕方のないことで必要なことだと思います」 灯心はあまりにも賢すぎた。 毎日、趣味の料理をして、食用の肉を捌きながら、暇さえあれば辞書ばかり読んでいた少年は……同世代の子供たちよりも、遥かに大人びて、物事を物理的に考えていた。 人の道徳概念とは違う。 灯心の価値基準は自然界の弱肉強食に等しい。いつか根本概念を覆す為に、食う側の決断をしている。遠い目標の為に損得を計算し、他の全てを切り捨てられる芯の強い類だ。 けれどやはり世間を知らない。 視野が狭いし、思考の穴はある。灯心はアヤカシは食事を殆ど必要としないと思っている。人間が食べる為に獣を狩るのと違い、アヤカシは無駄に食い荒らして悪戯に殺す。灯心が『理想』だと思い込んでいる存在の『理想とかけ離れた実態』を知らないのだ。 紅雅は話を変えた。 「では……里で皆と一緒に暮らす前の事を覚えていますか? 何か、心に残っているものは、ありますか?」 「ないです。思い出すと息苦しくて、泣くのはダメだから、ずっと昔に忘れました」 痛む心は捨てさせられた。 紅雅は哀れな灯心の頭を撫でた。 「貴方は聡い子です。それでも貴方は子供です。……だから、甘えても良いのですよ。弱音や我儘を言っても構いません。私はそれを受け止めましょう」 む、とした灯心は「泣き虫は一人前じゃないから泣いたりしません」と言い張る。 「では灯心に一つお願いが。少しだけ……抱きしめても、良いですか?」 灯心には不可解な頼みだったが、大人しく膝の上に座った。 『……この子は、護らなければいけない。……私の大事な子です』 全てを教えた時に何を考えるのか。 そればかりが気がかりの種だった。 礼野に馬の乗りこなし方を詳しく教わっていたアルドを、无が呼びにきた。 皆で川下りに参加するからだ。 皆が集まっている中で、无はあえて桔梗をアルドに預けた。 「申し込んできます。少し面倒を見ていてくれますか」 アルドが「分かった」と淡白な返事をして、桔梗の肩をがっちりおさえる。 やがて順番になった。 船へ乗り込みながら、无がアルドに「自然は雄大だ」と語りだす。 「これを探るのも旅の醍醐味かもしれない」 アルドは徒歩で旅をしたいという。 開拓者を目指すのは、どこへでも自由に行ける権利を得るためだ。 「実はアルド、私の祖父はこんな緑深い山に居を構える学者でね。親類も旅を続けながら仕事をしていた。稀に一緒に来ないか、と言われることもあった。もし君が同じ様に言われたらどうする」 アルドは「相手次第だ」と少し大人びた返事をした。 「おかあさまや兄さんや姉さんに言われたら、俺はいく。どこへでも行くべきだと思う。でも知らない人なら色々聞く。何で誘ったのか、とか、何が必要なのか、とか。旅をするなら肉の体はお腹が減って不便だ」 「……聞いていいですか。君にとって自由とは何ですか」 「なんだろう。選べること、かな」 アルドは選択権を与えられる事を『自由』と定義した。 川下りの別の船には、恵音とリトナと真名も乗っていた。 真名が「私もご一緒していい?」と尋ねると「こっち」とリトナの隣を指差す。先程は一緒だった為、交代のつもりらしい。恵音の律儀さや子供の気遣いに苦笑しつつ「姉さんを真ん中にすれば二人で隣よ」と第三の提案を持ち出す。 最も、川下りで『恵音に話をするから』と聞いていたからなのだが。 「ね、ふたりとも。あれカエルに似てない?」 童心にかえった真名の声。 リトナは恵音の肩に一枚羽織らせ、一緒に岩や水面を眺める。 「前は川を歩いたけど……大勢で船に乗るのも楽しいね。おかあさん」 「恵音は、このまま船に乗って何処か行けるとしたら……どこへ行きたいですか?」 すると「温泉か海」と迷いのない返事が来た。 「川は湖や海に繋がってるから……三人で森の温泉にいったし……あと、蒼い海を見たい。前にね、未来と明希が貰った海のお土産を……見せてくれたの。陽州の貝で作った腕輪は綺麗で、風鈴は綺麗な音がして……いいなって、思ったから」 「他に行きたいところは?」 恵音は今まで出かけた祭や舞踏会、凍った池での思い出を連ね始めた。 「じゃあ例えば、生まれ故郷や家族に興味はある?」 思い切った質問に恵音の表情が一瞬曇る。 「生まれた場所は覚えてない。生んだ人達は試験で倒したわ。森には帰れないから……『おかあさま』にとって、私はいらないから……もう家族じゃないから……撫子なんて子はいないの。帰っても、きっと処分されるもの」 恵音は夢魔が親だと思っているようだ。 「私は恵音になって……おかあさんの娘になった。だから……おかあさんのいるところが故郷で……おかあさんが、私の家族……よね?」 違うの? と。 リトナは逆に問い返されてしまった。 「……恵音。私は都以外にも、ジルベリアの森に機織をしながら住んでいて……白螺鈿にも、家と呼べる場所があります。いつか一緒に行きましょう。近々大事な話をしますね」 首をかしげる少女に、何とも言えぬ笑みを返した。 楽しい時間はあっという間に終わってしまう。 孤児院に戻り、遊び疲れたののは、ネネから貰ったにゃんすたーを抱きしめて、寝台に横になっていた。寝顔を眺めて安心した後、ネネは人妖樹里の姿を探す。 「樹里さん」 「あ、ネネ。おつかれさまー」 「親族が見つかった子はいましたか? 確認できますか」 仙猫うるるがネネの足元に絡みつき「できればののを引き取りたいんですって」と言葉を添えた。 樹里が肩をすくめる。 「まだ調べてる最中よ。慎重にならなきゃいけない問題だもの。分かったらみんなに伝えるよ〜」 もう少し待ってて、と樹里が言った。 |