【魅了】キミとどんぶり
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/12 22:32



■オープニング本文

 五行結陣の遙か東方に聳える渡鳥金山を越えていく。
 やがて東南方向の平野に見えてくる大きな町、白螺鈿。

 かつて此処には何もなかった。

 一面に広がっていたのは水捌けの悪い湿田。
 しかしここへ移り住んできた古の一族は諦めなかった。
 長い年月をかけて数々の水路と排水路を完備することで、最も住みやすい土地を切り開き、かつて腰まで泥水に使った湿地は、水捌けのよい乾田化させた。当然、米の生産能力が飛躍的に向上。

 いまや国家有数の穀倉地帯として成長した。

 最近になって、山麓の鬼灯と山向こうの白螺鈿を結ぶ道が開通し、観光客も行商人も、かつての何倍にも膨れあがりつつある。

 当然、この機を逃すまいと町おこしが大々的に行われ始めている。
 そして真っ先にこの町が売り物にした品物。
 それが噛みしめれば甘みが湧くと噂の畑の真珠こと白螺鈿産の米だった。
 旅人や旅行客に美味しい米を食べてもらおうと、あれやこれやと無尽蔵に米料理が発生しているわけだが、最近、町中に突然現れた店が口コミで人気を博していた。
 その店の名は『どんぶり屋アカネ』という。
 世間知らずな看板娘の茜と、そんな茜に頭の上がらない若旦那の清史郎。


 お店は順調かと思われた。
 そう、あの二人がくるまでは。


「赤く火照った滑らかな身が、僕を誘って捕らえたのはいつ?
 それは幻惑の誘い、無防備が招く甘美な味。
 絡み合う舌が、全てを曖昧にとかしてく。
 とろとろ、とろとろ、とけていく。
 天に祝福されしこのからだ。
 汚れを知らぬ乙女のように。
 絡み合う舌が、全ての思考をとかしてく。
 震える胸と感動に、白く細い腕が絡みつく。
 こちらを向いて、と彼女は囁く。
 白く冷たく艶やかな指を絡め取って、よそ見をするのは許される?
 優しく押さえつけた牙と、頑なに拒むしなやかな体。
 赤く火照った肌と悪戯に誘う白い肌を。
 選べない‥‥僕は選べない!」

 相変わらず。

 訳の分からない評論で料理を食いあさる自称美食家の憂汰。
 男装しているが、一応女性だ。
 黙っていればそこそこ見えるというのに、天は二物を与えない。
 変人となんとかは紙一重だ。
 それと。
「魚の赤身とイカぐらい、さっさと食べてくださいでしゅ」
 そのお目付役。
 いちいち大げさすぎる動作とおかしな表現を使って食したあとのこと。

「気に入ったよ!」
 ヴァサァァァ、とたっぷり間を取ってから。
「今日から僕のためだけに、どんぶり、を作りたまえ!」
 相変わらずの我が儘を言い放った。

 そんなわけで。
 飯屋に居着いた変人は、自分より批評の腕が勝る者が現れなければ消えてくれないらしい。
 このままでは開店休業。
 やっとかまえた店から人がいなくなってしまう。
 どうにか論破し、追い出してくれる者はいないものか。

 こうしてギルドに珍妙な依頼書が貼り出されたのだった。


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
露草(ia1350
17歳・女・陰
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
幻獣朗(ib5203
20歳・男・シ
三太夫(ib5336
23歳・女・シ
白仙(ib5691
16歳・女・巫


■リプレイ本文

 丼屋に居座る憂汰を追い払う為、各々が決意を秘めていた。
「いざ憂汰さんの心を鷲づかみ! 惚れさせます。私の料理は惚れ薬よりも効きますよ!」
 誤解を孕む大声を出した幻獣朗(ib5203)は、お店に丁稚奉公を開始。
 逆に静かな闘志を燃やすのは白仙(ib5691)だ。
「どんぶり‥‥盛り付け、面白そう‥‥打ち負かせられるか、不安だけど‥‥彫り物とか、持てる腕全部をつぎ込んで‥‥やれるだけやってみよう。芸術で勝負ッ!」
 なぜか批評対決から料理対決に移行しつつある。
 大丈夫なのか開拓者。
「他者が巡り合う機会を妨げ、食物への過剰な批評から来る冒涜を止めたいところ」
 ローブを脱ぎ捨てたカンタータ(ia0489)が、頭髪を手拭いで纏める。
 身なりを整えた御樹青嵐(ia1669)が憂汰に歩み寄る。
「三度の邂逅と相成りますか。相変わらず、迷惑度全開で過ごしてらっしゃるようで」
「ふ、君のうなじ、忘れはしない」
 宿敵への(奇妙な)挨拶。
 飛び交う視線。
 迸る火花。
「ここはやはり勝負ですね。批評の腕もさることながら料理の腕のさえも見せつけてさしあげましょう!」
 宣戦布告して厨房へ消えていく。

 店主の清史郎と看板娘の茜、開拓者の意気込みに唖然。

 弖志峰 直羽(ia1884)が生唾を飲み込んだ。
「確かにタダモノでは無い気合いを感じるぜ。簡単な菓子しか作ったトキねーんだけど、普段の食べ歩きと、青ちゃんの料理つまみ食いして味覚は鍛えられている‥‥筈なので頑張っとく! 茜ちゃんも清史郎さんもお久しぶり〜遅れ馳せだけど、開店おめでとう!」
 実はこの店の若夫婦。
 開拓者の援助あって今の暮らしがあった。
 騒動を知る三太夫(ib5336)も顔を出す。
「久しぶり。まさか店をやるとはねぇ。そんな才があったとはしらなんだ」
「清史郎の料理は絶品だからな」
「なるほど。二人とも元気そうでなによりだけど」
 苦笑しながら憂汰を見ると、同じく事情を知っている露草(ia1350)が店主に挨拶を済ませた後に、侍女の手を握って挨拶をしていた。
「お久しぶりです! 旅で、おもしろいものは見られましたか?」
 あくまで侍女を。
 憂汰さん、華麗なるスルーされる。
「女将をよべぃ!」
 突然の一声。
 立っていたのは『まるごとくまさん』で全身を覆い隠し、お尻に可愛い尻尾が揺れている大男。肩に山越りの途中で狩ったと思しき新鮮な猪を担ぎ上げ、雉と鮭を吊した角材を持っていた。
「わたし、だが?」
 茜が近づくと。
「黎乃壬弥(ia3249)だ。この紙に書いた丼をコレで作ってくれ」
 食材持参。
 一瞬で話題を浚った黎乃は『まるごとくまさん』を脱ぎはじめ、涼しい顔で正装し、隠し持っていた酒瓶を並べた。
 気づくと。
 店内外に人の渦が出来ていた。田舎は娯楽が少ないからだが、珍客の姿まで。
「虎司馬様、何故」
 白螺鈿の権力者が観客に混ざっている。視察中だったらしい。
 挙げ句の果てに、全身真っ黒の人が現れた。
『旧友の活躍を実況すべく、この私、黒衣の講談師ヤホイ・ヒナトが実況致します』
 御樹の残念な眼差し。
「どこにでも湧いて出ますね、あの人は」
 腹が減ると連呼する観衆に従い、対決終了後は商品として売ることになった。


『参りましょう。一番手、白仙!』
 白仙は見せる丼を選んだ。
 酢飯、刻み海苔、錦糸卵の順で敷き、叩いたマグロを丼の端に盛り付け、マグロの赤身、ヤリイカ、ブリの刺身を大輪の花を描くように重ね、中心には仕上げの刻みネギを置く。醤油とわさびを添えた定番だ。
「あなたは舌で楽しむ人‥‥だけどね、どんぶりは‥‥盛り付けを見て楽しむのも、一つなんだよ? 崩すのをためらって見てるのも‥‥いいけど。そのお花は‥‥あなたのために、咲いてるの。花弁を‥‥一枚づつ取って、その子を食べていってあげて、ね?」
 憂汰さんの表情が綻んだ。
 危険を感じたのは御樹を含めた一部だけ。
「少し‥‥失礼しますね」
 何も気づかない白仙は、丼にお茶を注いでいる。
「これで‥‥また違った顔が覗くから。顔はね、一つじゃないんだよ。女性が化粧すれば‥‥雰囲気が変わる様に、どんぶりも‥‥変えられるの。ほら‥‥水連のお花みたいに浮かんでる」
 自慢げな白仙の両手を掴む憂汰。
「芸術を導く美貌の君。ぼくの為だけに咲く恋人になってくれないか!」
 すぱーん、と侍女が憂汰の頭を草履でひっぱたいた。
「おさわりは禁止でしゅ」
 危うく標的が白仙になるところだった。


『二番手、露草!』
「丼を持ったその瞬間、手が嬉しくなりませんか?」
 微笑みを浮かべる露草が仕込んだのは、真綿のような白飯に甘辛いタレ、鳥ハムを敷き、目玉焼きを載せ、さらにタレをかけた一品だ。温泉卵にしてもいいらしい。味噌汁は油揚げと大根、香の物は浅漬け白菜と隙がない。
「この寒い季節、指先まで冷え切った手がほんわりと‥‥まるでお母さんのぬくもりを分け与えてもらっているような。それこそが丼のふぁーすといんぷれっしょん! つまり安らぎ! この手の中にご飯がある、という確実なるシアワセですね。巨大ぬいぐるみにだっこされているようなものです」
 大真面目な露草の言葉に対して、観衆は黎乃を見た。
 いかつい大男。
 脱ぎ捨てられた(以下略)。
「そしてご飯の上に乗った具! せかんどいんぷれっしょん! ばらえてぃー!」
 街の人達に横文字の単語が届かない。
「好きな具でできるんですよ! 意外性もすたんだーども両方いけますよ! 超贅沢に全部盛りとか‥‥そんな夢のようなことさえできてしまうんです! いわばミニぬいぐるみを両手一杯」
 悦。
 真綿に例えた至上の幸せ。
「細かい事はいいんです! 丼が美味しければそれで!」


『観衆が美味しさは正義だと吠えております! 三番手は三太夫一押しのとろろごはんだー!』
「ごつりと重い捏芋を摩り砕き、思わず歯をたてたくなるしなやかなマグロの身を削ぎ切り叩き潰し、ご飯に盛ります」
 緻密な盛り方は続く。
「なだらかな背を覆うどろりと濃厚な白、黒い涙(醤油)に濡れ花のように開き光る赤が生と死の深遠を覗かせ、背徳の欲をかきたてる一品で御座います」
 一礼。
 微妙に表現が難解になりつつ、どんぶり完成。
 白仙と同じ路線かと思いきや器を天高く掲げる。
「しかし! 肉身をかみしだき、滑らかに円熟したそれを夢中でかきこみ嚥下した後、何故か際立ち心に残るのは、その下に埋もれた熱く素朴な甘味を残すご飯! 有難いという気持ちと生きている喜びが沸き起こる」
 観衆がざわめいた。
 気を抜いていた憂汰の目が点になる。
 三太夫いつの間にか丼を完食しており、番茶を手に持って優雅にしめる!
「狭間で迷うとは生ぬるい。欲を統制し極めて殺し、解脱するのです。さあ、行脚の旅へ」
 大いなる悟りの果て。
 その向こうに佇む物言わぬ者、その名をどんぶり。


『難解の解釈、果たして王者に輝くのは誰なのか! 四番手は御樹青嵐! 選んだのぉぶ』
 実況ヤホイさんの口に醤油握り飯を押し込んだ御樹は、自ら丼を披露する。
「お待たせしました‥‥私が選び抜いたのは、脂のたっぷりのった鰻。歴史の裏付けを秘めたタレ。丼用にタレを吸収しやすく且つ崩れないよう選び抜かれたお米、味わいを深める肝吸いに、暖かい出し汁、薬味に山葵、細切りの海苔、小口に切った葱を添えて」
 観衆の喉が、ごくりと鳴る。
 宿敵を一瞥して丼を食し、語り始めた。
「丼とはすなわちひとつの完成された一つの世界を意味します」
 皿の上は、ぐろーばる(世界的規模)!
「この旨みの塊というべき鰻と其の内に歴史的な旨みを秘めたタレ、厳選され旨みを高める一点の目的で炊きあげられた白米。そこにあるのは世界の創世!」
 器の中に、天儀本島が見える気がする。
 ちなみに幻覚を見た人は、潔く医者に行ってもらいたい。
「非力なる身はその圧倒的な力の前に打ちひがつつ其れがもたらす享楽に身を任せるしか無いでしょう。
 それを覆すは伝説的洪水。
 ともすれば押しつけがましいほどの旨みをその清らかに流しつくし世界の崩壊を招きます。しかしその崩壊の甘美たることなんとしたことか!
 その堕落的味わいに身を任せるの一興でしょう」


「創世か、流石だ」
『憂汰が唸る! 六番手は弖志峰 直羽! 議題に選びしは半熟卵のせねぎトロ丼だ!』
 ご飯は寿司飯。マグロの中落ちを粘りが出るまで叩き、みりん醤油を混ぜて味付けた。刻み葱と一緒に細かく切った大葉を混ぜ、卵は半熟に。山葵と刻み海苔で、風味良く仕上げてある。
「未だ地を隠す白雪の上、それは春の先触れの如く鮮やかに咲く華」
 弖志峰は嫣然と微笑む。
「秘めたる白き子房に触れれば、甘くとろける蜜で花弁は色を変える」
 女性達の胸が怪しくざわつく!
 誤解なきように説明するが、半熟卵のことである。
「甘やかな華を啄ばむならば、幽かな棘が悪戯っぽく拗ねるように、唇を咬んで返す」
 啄んで!
 という妄言が桃色吐息と共に聞こえるが、山葵のことである。
「愛しい仕草に、心は昂りを禁じ得ない。蜜月の時は始まったばかり」
 侍女の目が死んだ魚。
 対して憂汰は身悶えている。弖志峰、天性の色香で操の危機!
「黒き紗に抱かれ、深く華に酔いしれていく‥‥甘い罠のひとときを」
 あくまで海苔のことだ。
 弖志峰の「新婚さん仕様の批評です」という言葉は既に観衆に聞こえていない。
 女性達の脳裏に迸る危険な妄想。
 獲物を狙う獣の目が弖志峰に降りそそぐ!


 司会、悲劇の弖志峰から目をそらす。
『六番手は黎乃壬弥! 題名は、生命の連鎖?』
 男が所望した丼は、玄米に塩焼きの雉肉、軽く炙った鮭の切身、猪肉の生姜焼きをのせていた。味噌汁は芋がら縄、香の物は塩もみしただけの胡瓜という徹底ぶり。
 まずは手を合わせ、食べるごとに酒を飲む。
 ガッ! と両目を見開いた。
「食とは! 大自然と己を繋ぐ生命の営み!
 生命とは! 無限に繋がる魂の連鎖!」
 店内に響き渡る大声。
 滝のように汗が流れる。
「生きる事とは本来罪深く、誰かの生命を奪わねば全ての物は生きてはゆけぬ!
 鳥獣魚、果ては草花やアヤカシですらだ!」
 熱いのか上着を脱ぎだした。
 天井に放り投げる。
「ゆえに!
 食には常に食材への感謝と畏敬がこめられていなければ、それは単なる罪業にしかならぬ!
 己が手で地を耕し、生を狩り、その汚れた両の手を合わせて感謝した間に、初めて見える物もある!」
 野獣光臨。手を阻む者(酒の空き瓶)は薙ぎ倒された。
 そして袴を引き破る!
「うぬが手は汚れているか?!!
 わしは今、その『己が手』で陸空海全てを制したぁぁぁあ!」
 ついに褌と兜だけの姿になった。
 パチィン、と虎司馬様が指を鳴らす。護衛を呼んだ。
「彼の汗を拭いて、着替えさせてやりなさい」


 ‥‥暫くお待ち下さい‥‥


 戻ってきた黎乃は再び『まるごとくまさん』を着ていた。
 服を破ったから仕方がない。
 彫りの深い顔には、達成感よりも暗い後悔が透けて見えた。
「‥‥雪彼、父さんはもう引き返せないかもしれん」
 娘の幻覚に語りかけ、店の隅で膝を抱えて蹲る。
 漂う哀愁。

 ちなみに。

 まだカンタータと幻獣朗が袖で『最期に食事を出す順番』で熾烈な争いをしていたが、こだわるあまり登場の機会が遅れ、強烈な詩人数名に存在感を食われてしまっていた。



 憂汰が座っている。
 両脇を固めるのは幻獣朗達だ。
 カンカータは無言の威圧感を放っている。
「柿なますいかがでしたか? 丼を食べ続けていてお店に来たばかりの時の味は感じられないのではー? 胃も舌もストレスが溜まる頃かと思いメニューを工夫してみました。料理というのは彩りも大事ですが、食前の過剰な批評は食べ頃も逃しますし。作り手も困り両者に良くない事が多いです。ところで次の出会いもとどまる限りありませんよー?」
 幻獣朗の方は焼きおにぎりにお茶を注ぐ。
 浮かぶのは桜の塩漬け。
「豪華ではなく、地味かもしれない。だけど、私はあなた様の為に作らさせて頂きました。お腹は満腹でお辛いかも知れませんが、心休まる優しい味を堪能して頂きたく思います。最後に私が出せる最高の調味料は、あなたを思う優しさ、まごころ、でございます」
 決して『愛』とか言わない。
 丼の底には「最後まで美味しく召し上がって頂いてありがとう」の文字。
「本当に美味しい料理をお求めでしたら、私が専属でお料理しますよ」


「恋人を取り合ってるみたいだ」
 弖志峰が呟く。
 幻獣朗曰く『追い返したい相手にはお茶漬け』らしい。
 料理の為に髪を結い上げた色っぽい御樹が、丼を差し出しながら目を細めた。
「あなたほどでは無いと思いますが」
 襲われた弖志峰が怯える。記憶から抹消したいらしい。
「あ、俺、皆の作った丼も味見してみたいな。小盛りで全部」
「順にお出ししますよ。憂汰さんにも静かに感謝して食事頂くこと悟ってもらいたいです」
 侍女の方は露草と談笑していた。
「そういえば大丈夫でしょうか」
 露草の視線の先に、哀愁漂う黎乃。
 そして机に潰れる三太夫。しかしその手は丼を持っている。
「‥‥疲れた。しかしあたしなりに全力は尽くした。あ、そうだ。茜さん、向こうとは連絡取ってるのかい?」
「それが‥‥」
 旧友と話し込む。
 結果として、客も増やしたので上々だ。
 夕暮れになり観客と開拓者が憂汰の旅立ちを見送る。
「別れは言わない。‥‥だから唄を捧げよう!」
 侍女が掲げし、板に記された題名は!


『強く炊(だ)きしめて〜トゥー・マイ・ソウルメイト〜』


「愛しき魂の戦友(ソウルメイト)よ!
 遠ざかる英雄(きみ)達に、愚者の賛歌を贈ろう。
 冷たい汁(なみだ)に触れたあの日。
 華奢な具(すはだ)に泣いたあの夜。
 さっさと食べればいいじゃないって、つれないキミの背中が恋しかった。
 とっととのこせばいいじゃないって、あきれたキミの言葉が魂を打った。
 だから‥‥
 ボクは永遠の旅を続ける。凍りつかない愛を捜して。
 別れよりも約束を贈ろう。いつか再び巡り会うまで。
 炊(だ)いて炊(だ)いて炊(だ)いて、今宵は丼(どん)なミッド・ナイト・ディナー!」


 このひと。
 実家の冷や飯から逃げただけなんじゃないのか。
 そんな言葉が脳裏をよぎりつつ。

「どれも‥‥おいしそうだった」
 満腹なのに食べたりない白仙とか。
「まあ二人とも元気でねぇ」
 よろりと挨拶した三太夫に加えて。
「憂汰さんは広い世界で更なる味の探究を続けるべきじゃないかな? この店の味が恋しくなったら、また来ればいいと思うよ! 元気で!」
 火に油を注ぐ弖志峰の言葉を背に、憂汰さんと侍女は消えた。

 数日後。
 魂のままに吠えた者の姿が、仰々しい肩書きと共に掛け軸になり白螺鈿に飾られた。
 望まぬ形で時の人。
 栄光ととるか、恥ととるかは‥‥本人次第である。