【玄武】術開発のススメ2
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/13 00:52



■オープニング本文

【このシナリオは玄武寮の所属寮生専用シナリオです】


 此処は五行の首都、結陣。
 陰陽四寮は国営の教育施設である。陰陽四寮出身の陰陽師で名を馳せた者はかなり多い。
 かの五行王の架茂 天禅(iz0021)も陰陽四寮の出身である。
 一方で厳しい規律と入寮試験、高額な学費などから、通える者は限られていた。
 寮は四つ。

 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。朱雀寮。
 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。
 金行を司る、四神が白虎を奉る寮。白虎寮。
 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。

 そして。
 少し前、玄武寮では、術研究論文を精査した結果が発表された。
 元より玄武寮は研究者が集まる傾向にあり、抑も入寮の段階から明確な目標を求められる。
 三年生の多くは卒業論文に全てを捧げていく。
 だが時折、学生の身分で高度な技術を創りだせる者が現れることがあった。
 術理論の構築から研究における筋書き。三年かけた膨大な論述書の提出。
 沢山の資料を積み上げて。
 実現の可能性が高いと判断された者にだけ許される領域。

 それは研究の高嶺へ挑もうとする者たちの戦いの記録である……

 +++

 玄武寮の寮長、蘆屋 東雲(iz0218)が、先日魔の森で消息を絶った。

 状況的に見て精霊の仕業と考えた副寮長の狩野 柚子平(iz0216)は、さすがに分野外の話であると判断し、捜索と奪還をギルドに依頼。国の上層へ様々な連絡をすませると、封陣院の分室から玄武寮に戻り、寮長に代わって玄武寮の寮長代理業務を始めた。

 とはいえ。
 全く仕事をしていなそうに見えるこの男、実はかなり多忙である。
 タダでさえ封陣院分室の維持は大変だ。ここに生成姫の遺言に付随する再研究、城への参内、石鏡との政略結婚、さらには古代人に関する情報収集と生成姫の子に関する追跡調査の担当……に加えて、玄武寮寮長と副寮長の業務が加わり『そのうち過労で死ぬのではないか』と囁かれている。

「……おい、狩野。生きているか」
 コンコン、と戸を叩くのは人妖イサナ。
 しぃー、と合図したのは同僚の人妖樹里だった。
「さっき眠ったばっかりなの。徹夜3日目だから眠らせてあげて」
「そうか。すまない。次年度の予算案が届いたので、届けに来たんだ。それと、寮生がきたぞ」
「ん。後で伝えとく……随分、雰囲気変わったね、イサナ」
「母の真似事を、やめたからな」

 かつては賞金首として追われた人妖。
 等身大の姿を持つ彼女は、亡き陰陽師の遺作にして傑作。
 数年前まで、創造主の癖や言葉遣いをまるごとマネしていたイサナは、今では昔とかけ離れた言動をとっている。依存していた存在を切り離した彼女は、狩野柚子平の庇護のもと、弟子のソラを養っていた。

「ソラ君、元気?」
「入寮に向けて、狩野の屋敷にある書物を読み漁っているよ。本の虫だな」
「そっか。もうそんな時期になるのねー」

 毎年、6月前後に入寮試験が行われ、7月頃には入寮式があった。
 戦の影響により、入学が行われなかったこともあるが……
 玄武寮が再開したのは天儀歴1011年6月のこと。

「もうじき3年かぁ、今年は卒業生がでるのね」
「問題は卒論他諸々なのではないか? そのうちソラが追い付いたりしてな」
「みんな頑張ってるもん!」
 賑やかな笑い声に「うるさいですよ」と横やりが入った。寝乱れに無精ひげの柚子平が起きた。
「……とてもじゃないが婚約者と寮生にみせられん姿だな。桂銅の方が小奇麗だぞ」
「身支度はこれからしますよ、資料を」
 ぼさー、とした寝ぼけ眼の柚子平が、ひらひら手を差し出す。
「やれやれ、器量良しの嫁を貰うんだな。で、寮生の術開発の件は……把握しているのか?」
「ええまぁ。残っていた資料のおかげで。流石は寮長、でしたよ」

 失踪した寮長、蘆屋東雲はきちんと寮生の進行状況についてまとめていた。
 たとえば『複目符(仮)』は式4体の増産術式の開発に成功したが、まだ距離を飛ばしたりすることはできない状況であるらしい。酔いもひどく消耗も激しいそうだ。
 次に『侵蝕符(仮)』と『陰陽回帰(仮)』、『瘴気測定(仮)』は、現在、具体的な術式の開発途中。『金剛呪符(仮)』は別な意味で結論が出たらしいが、理想に沿う形で実現できないか、改めて術式を模索中だと聞く。『瘴気の檻(仮)』は術式がある程度成立しつつあり、研究所を借りて良好な成果を出しているが、具体的な形状や性質について模索中だという。

「そういえば結晶術を解読したら、解放すると言ったそうだな」
 人妖イサナの言葉に「ええ、それが何か」と首をかしげる。
「ソラが学びたがっていた」
「封陣院を目指すように教えてあげてください」

 それぞれの研究が進む学び舎で、今日も一日が始まろうとしていた。


■参加者一覧
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
ネネ(ib0892
15歳・女・陰
寿々丸(ib3788
10歳・男・陰
十河 緋雨(ib6688
24歳・女・陰
セレネー・アルジェント(ib7040
24歳・女・陰


■リプレイ本文

●闇百合の探索者

「うう、頭が容量を超えそうです。でもせっかくの助言ですから此処で生かさなければ!」
 魔の森の非汚染区域に来たネネ(ib0892)は、仙猫うるると共に瘴気感染上等の覚悟と装いで、北西方面へ狙いを絞り、調査に出た。既に雪解けで、あちらこちらの地面が露出している。それでも緑は欠片もなく、大小様々なアヤカシと腐敗した大地が続くばかり。
「そうですよね、魔の森ですもんね」
 しみじみと普通の人間が立ち入れない場所だという事を実感する。
 ここ数カ月かけて作ってきた分布図と合わせながら、極力戦闘を避けて北西へと進む。
 仙猫うるるの猫心眼だけでなく、毒蟲での麻痺や氷龍を用いる事で強敵を煙に巻く。といっても目立つ行動は命取り。術使用を最小限に抑え、アヤカシの少ない場所を狙って闇百合の根元の地面を掘り返す。
 本来、百合とは球根である。
 真っ黒い花を咲かせる闇百合は百合の形状によく似ている。もしかすると突然変異なのではないか、そう思って掘ってみた。すると球根らしき塊を見つけた。
「ありました!」
 ざく、と刃を差し込んで、闇百合の球根を取り出す。ブチブチと細い根を切り取って持ち上げた瞬間、それは急激に朽ちた。丸々と肥えていた球根は、しなびてカサカサになった。数々の資料書が語るように、闇百合は『移植不可能』とされる所以だ。
「引き抜いただけなのに」
 濃度の高い瘴気の中でしか、咲かぬ花。
 根を傷つけずに掘り起こし、なんとか枯れぬまま球根を掘り出しても、歩いているうちに枯死している。不可解な現象に悩まされ、諦めて普段の探索を続けて、いい加減に体の汚染がシャレにならない状態になった頃、魔の森をぬけた。
 都に戻って治療してもらい、手痛い出費を払った後、研究所に戻って調査結果を纏める。
 闇百合の生息地点は、疎らではあったが列を成していた。その形に眉をひそめる。
「石鏡から続いてる龍脈上にしか……咲いてない」
 ネネは早速、卒業論文を書き始めた。

【卒業論文】

 ――闇百合の非汚染地区における特殊分布について――

 闇百合は魔の森に分布する植物であるが、希少植物であり、魔の森であっても奥深く分け入らねば見ることはできないとされている。
 瘴気の中で咲く事ができるが、その性質は脆弱であり、摘むだけで瞬時に枯れ、汚染土ごとの移植にも耐えられず、瘴欠片付与も栄養として受け付けない。また雪にも簡単に埋もれてしまう。
 魔の森のみで植生可能な植物であるというのが一般的結論であるが、魔の森化した里また非汚染地域周辺においては比較的簡単に発見することができた。


 ……そこまで書いて一旦、筆をおいた。
 窓の外が薄暗く、雲が唸り声をあげ、雨が降り出した。もうじき梅雨になるのだろう。


●うっかりさんの卒業論文

「おかしいですね、蘆屋寮長の資料にない」
 副寮長室の狩野 柚子平(iz0216)は、書類の山を引っ掻き回す。隣にいたセレネー・アルジェント(ib7040)が首をかしげた。彼女の手元には『付翼術(仮)』という題名の付いた和紙の束。
「あの、何をお探しなのでしょう」
「貴方の申請書に関する承認書類がないのですよ。使用資材の調達や封陣員直轄の研究所の利用には、上層部の確認を受けた後に発行される特別証文が欠かせない。……まさかとは思いますが、三月の申告時に」
 アルジェントが、そっと目を逸らす。
「えっと……申し訳ありません、その、色々忙しくて……出してない、ですわね」
 肩をすくめた柚子平が椅子に腰掛ける。
「申請書の提出を怠ったという事であれば、術開発はできませんよ」
「え?」
「サボったからといって成績には響きません。ですが寮に配給される資材は限られていますし、特別証文を発行するには……時間と複雑な手順を要する。いかなる理由があれ、遅刻者の提案書を追加で受け付ける等の対応が行われない事は、理解できますか」
「は、い」
 国の資材に依存する研究に怠慢は厳禁だ。
 肩を落としたアルジェントを見て、柚子平が話題を変える。
「卒業論文の進みはどうです? 提出まで一ヶ月ほどですが」
「へ? あ、はい、それが……まだ固まっていなくて。流石に道筋をつけなければと悩んでいる最中ですわ。一つは飛行アヤカシの観察から浮力式への応用を論じるもので、近々自然系や幽霊系のアヤカシ観察を行って纏める方向性を考えているのですが……もう一つ、結界壁を宙に浮かす発想は、要はアヤカシを捕えたいという所から始まってる訳ですから……瘴気の檻に似ていますわ。ですから寿々丸さんの研究結果を待つのも手かと。現状のお話をお伺いしたい所ですけど、お忙しそうですし、機会があればという所で」
 柚子平の目が澱んだ。
「研究結果を待っていたら、寿々丸さんが卒業してしまいますよ。留年する気ですか?」
 卒業論文の提出と術開発の結果が出るのは同時期だ。
「あ、あら?」
「のんびり待ってないで、今から見学に行って来た方が良いです。私が一筆、書きます。それと卒業論文をどうするか決めていないなら、それを論文に仕上げるのも手ですよ」
 視線の先は却下された『付翼術(仮)』の書類。
「術開発を実際に行う事はできませんが……術の成立に至るまでの術式書を書き上げ、新術の想定される効果と有用性や価値を語れば、それはひとつの論文です。青龍寮からの移籍組にそういった論文を書いている女性がいますから、今度聞いてみるといいですよ」
 はい、と手紙を渡された。

 寿々丸が出入りしている研究試験場を訪ねた後、寮に戻ったアルジェントが『付翼術(仮)』と向き合った。
 術開発はできない。
 けれど卒業論文に切り替える事は可能だという。
「飛ぶなら、翼をつけるのが一番早そうな気はしますけども。大きさと重さが問題ですわね。人魂で飛ぶ小動物は作れる訳ですから、応用で飛ぶ翼は作れるのでは、と思うのですが……人魂は脆弱で、触れたら術が解けてしまいましたし」
 人魂に物をつけて飛ばそうとしたアルジェントは、脆弱すぎる性質を思い知らされた。
 更に羽妖精ヴェルの翼を観察する。
「結界呪符は単なる壁ですものね。瘴気を思い通りに造形するなら……触れても消えない封陣院の結晶術習得が大前提。でもあれは置物同然で動かないのですよね。岩首は虚空に出現させる事はできても物質化した途端落ちますし、浮かす物をいっそ網のような物にするとか……複数作れば上に何か物を載せて飛ぶのも可能かしら? いえ、無理ですわね」
 淑女の迷走は続く。


●瘴気の檻(仮)に至るまで

 実験場で汗を流す寿々丸(ib3788)の様子を、人妖嘉珱丸が書き留めていく。
 暴走性質を持つ瘴気を、瘴気の霧と同性質の異物に変えて、征暗の隠形の同じ半円形に変形させる事までは……前回で既に成功していた。
 長時間維持できないにせよ、ここらでひとつ変化を持ちたいところだ。
『手探りならば……何事も、挑戦してみる価値がありまする』
「結界呪符も瘴気の固まりでするから……それを応用すれば、凝固させる事はできるかもしれませぬ。いざ!」
 外壁を作ろう、と思った。
 結界呪符「白」の術式を応用し、凝固させようという試みだ。そう思って徹夜で術式を組み直した。壁として瘴気を凝縮凝固させている箇所を抜き出して加えた。
 再び発動した寿々丸。様子を眺めていた人妖嘉珱丸が、煙管を落としそうになった。
「寿々よ、寝不足で疲れているのではないか」
 でーんと白い壁が出現した。その場に集約している瘴気を使って、壁を構築してしまった。おまけに物質化しただけで解除術式が入ってないので、邪魔でも消せない。
「質感はまるで呪符と変わらんな」
「……10分程で消えまするかな」
 余りにも清々しい失敗に、寿々丸の眼差しが虚ろだ。
 取り敢えず放置して術式を組み直すべく筆を取る。
 ふいに同寮生のアルジェントが現れた。
「ごめんください」
「これは……どうかされましたか?」
「その、副寮長と話していたら、寿々丸さんの研究を見学させてもらいなさい、と。これ、件のお手紙です。……よろしければ隅で見学させて頂いてもよろしいでしょうか」
「なにやら照れまするな。失敗ばかりでするが、お茶をお出ししますぞ」
 失敗壁が消えるまでの間、和やかにお茶の時間を過ごす。
 寿々丸は術式を書き直した。
「四角い壁化を抜いて、解除術式を盛り込んで。と、こんな形ですかな。もう一度!」
 異質な瘴気を半円形に変形させたまま、その上で硬化をさせる事に挑戦する。
「……寿々よ」
 人妖の声に、寿々丸の耳がへにょりと垂れる。
 半円形のまま凝固はした。
 凝固はしたが、それは鏡餅のような形状になった。おまけに試行錯誤繰り返す内に、反発した瘴気が炸裂して茸状の餅壁が天井にぶち当たる。そして落ちた。
 珍妙な光景に言葉が消える。
「まぁ、階段を上るように上手くいく訳もない。寿々よ、気を落とすな」
「ぐぬう。少しずつ変化はしておりまするし……
 続ければ何らかの囲いを作ること自体は可能かもしれませぬが……折角変化させて集約した瘴気を使い潰してしまいまするな。せめて器があれば暴走も……うぐぅ、結界呪符の耐久力に影響がありまするかな。しかし耐久力を図る為に攻撃するにしても練力は限りがありまするし、……己が作りだした瘴気同士が反発し合わない術式とかございませぬかな。ぬぅ」
 少し考えをまとめねばならない。

 その夜、人妖と資料を整理しながら寿々丸は術開発に夢を重ねた。
「やりたい事が沢山ありまするな。寮長殿が、言っておられた事を活用できましたら……可能性は、もっともっと上がるはずでする。何事も挑戦でする。でも、これは魔の森での実地が必要でするな。夢は大きく、果てしなくですぞ! でするが、何事もコツコツと」
「それが一番の近道であろうよ」
 研究者の卵は、はてない夢を抱いて眠った。


●瘴気測定(仮)の至難

 朝食時の話である。
 食堂で寿々丸達と遭遇し、寮長の奪還と入院についての話を聞いた十河 緋雨(ib6688)は心配事がなくなった、という風情で、食後にぐっと両手を挙げて背伸びをした。
「寮長は帰還できたみたいでなによりですよ。さ〜て頑張って完成を目指しましょ〜」
 十河が初日にやったことは大量の木板購入と、瘴気吸収による斬撃符の強化だ。
 破壊力の程度をもって、吸収の割合を探るという。しかし元より優れた道具を使う十河の場合、自身の知覚が二倍以上に引き上げられている。術者本体の攻撃威力が高い為、瘴気吸収の術でどれほど威力が増したかを図る前に……もれなく木っ端微塵だった。
「いやぁ〜……正直盲点でしたね。程度を図ろうとすると、戦装備って不要なんですね」
 うっかり研究材料を消滅させてしまった寮生達を笑えない。
 資材を運ばされた駿龍の小次郎さんは、生ぬるい眼差しで主人を眺める。
 一旦、装備を外し、練力を枯渇させて、随時回収して発動でもしない限り、厳密に図るのは難しそうだ。しかしそれは開拓業を営む者にとって致命的な負荷でもある。更に攻撃対象を選ぶ、或いは実験術の内容を変えない限り、強化を視覚的に確認するのは難しい。
「うーん、瘴気量による強化度合いを図るのは、また今度ですね〜」
 二日目、やむなく十河は本来の研究に取り掛かった。
 瘴気吸収で得た力を結晶術に注ぐ、という発案だったが、まだ結晶術の術式解読ができていないので、未完成の術式に抜粋した術式を組み込んでも、想像と似ても似つかぬ物質が構築されてしまう。
「出口や方法も見えているのに、たどり着けない歯がゆさが〜……手順を考えないと」
 懐中時計ド・マリニー。
 瘴気に反応する道具や術式は、この世に存在する。では道具なしでどう測るか。結晶術で時計の長針や短針のような形状を作り出し、瘴気濃度のより濃い指し示せる術式に組み上げれば良い、と到達すべき地点は分かっているが……道筋が迷走していた。
「えっと、その場の瘴気を瘴気吸収で集めますよね。で、吸着性質を術式に組んで……」
 道のりは長い。


●侵蝕符(仮)に至るまで

 研究試験場に篭った八嶋 双伍(ia2195)は、術式をひたすら考えていた。
「……符へ充填、射出を瘴欠片の術式から。瘴気の性質変化を瘴気の霧の術式から」
 瘴欠片とは、符に瘴気を充填し、対象のアヤカシへ飛ばして分け与える実験用の術である。八嶋は瘴欠片の術で一定量集約した瘴気を、解放する為の術式を組み込んだ。瘴気の霧の術式に含まれる、瘴気を一気に拡散させる術式だ。ただしこれには難点があり、発動と同時に術者が巻き込まれていた。
「抜き出すとして、自爆のない時間差、時間差ですか。地縛霊? 一度設置したら動かすことができない点は……相手に射出するのだから問題は無い、はず。発動条件を『侵入者』でないものにしてみますか。一旦、対アヤカシに特化して」
 不安を抱えながら練力量を手応えで変動させ、詠唱を行う。
 異質な瘴気を構築し、符へ充填し、そして大地に封印しようとしたが上手くいかない。
 二日目にして集約した異質な瘴気が、指定条件下で封印場所から拡散解放される形にはなった。
 成功はした。
 成功はしたが……八嶋は我に返った。
「いやしかし、これでは侵蝕がどうのではなくて……単なる地縛霊の上位? 体外からの汚染による攻撃ですから、瘴気の霧を時間差で発動してるようなものですよね。内部炸裂ならともかく、外部拡散すれば威力も落ちてしまいますし。さて」
 瘴気解放条件が『アヤカシが発生する濃度の瘴気』とした以上、瘴気個体である人妖は反応対象になる可能性が高い上、魔の森では封印しても瞬時に解放されるという珍妙な現象が発生するに違いない。
 無差別すぎて実用化できない地縛霊上位術(仮)になってしまっている。
 迷走、極まる。
 しかし此処でめげるほど八嶋の精神は脆弱ではなかった。
「……何とかせねば。療養中の寮長が帰ってきた時、良い報告が出来るように頑張らないと。……寮長。どうかご無事で」
 空を見上げた八嶋が、午後に副寮長室を訪ねた。

「……という具合なんですが、いかがでしょう」
 副寮長の柚子平が『侵蝕符(仮)』の資料を眺める。
 八嶋の到達目標は『瘴気を打ち込み、内部より侵蝕させることで対象を破壊もしくは行動に制限を与える』術となっているが、現在の形状は、無差別発動による外部侵食になっていた。
 柚子平が朱書きを加える。
「瘴気の性質変化、集約による圧縮と充填、時間差による保持時間の確保、拡散解放による攻撃形態の確立。この辺は問題ないですが……毒性の付与、標的体内に送り込む為の術式やら、足りない部分が多いですね。地縛霊の術式をまるっと持ち込んでこのまま設置型にするというなら、話は別ですけども。理想の形に近づけるよう、頑張ってください」
 少しずつ前進していた。


●複目符(仮)に至るまで

 御樹青嵐(ia1669)は畳の上にのっぺりと倒れ伏した。
 他の寮生と違って、大掛かりな施設を借りなくても研究できるのは利点だが、延々と試行錯誤しなければならないので練力も気力も削られていく。
『何やら色々と手を広げすぎて……墓穴掘っているような気もする今日この頃ですが、何はともあれ取り組まなければ事は終わっていきませんね。力尽くしてあたらねば』
 畳に転がったまま、複雑な術式書を眺める。
「4体まで人魂を出せるようになったのは大きな進展ですね」
 過去に人魂の式を同時維持できた者はいない。
 何体出しても感覚が上書きされ、古い式は消滅してきた。そういう開発の歴史的経緯を眺めれば、御樹の研究は既に快挙である。しかし研究として素晴らしい成果が出たところで『術』として使用に耐えうるか、は別問題だ。
「今の問題点だけでも書き出してみますか」
 御樹が起き上がって筆を取る。

 複数の感覚連結による酔い、感覚の切り替え、消耗の大きさ、術者が術に専念しなければならない脆弱性、人魂の移動距離……

「やはり使用の上で大きな問題となるのは酔いと感覚の切り替え、そし移動距離の問題かと思います。柚子平さん、お忙しいなか恐縮ですが、ご意見うかがえるとありがたいです」
 御樹は副寮長室を訪ねた。
 柚子平が中間報告を眺める。
「そうですね……一応、切り替えによる対応で酔いの問題は一旦解消しているようですが、維持を優先して身動き不能になりましたか。術式の構築が複雑になっていますね」
「ええ。過度の消耗と、術者が術に専念するために無防備になる部分は……ある程度、仕方がない部分としてとらえべきだと思っています。そこはもはや許容範囲としてとらえ、動けぬ分を実用形態を模索しようかと」
「結構。練力をえらく食うのは……研究段階ではやむなしでしょう。長時間維持の短縮を心がけて、飛距離の術式箇所を何種類か入れ替えてみては」
「ふむ、やってみます」

 研究室に戻った御樹は、扉と窓を開け放った。
 術式を書き換え、再び術を試みる。
 今まで四体を出現させる為に、時間をかけた術式箇所を整理した。ひとまず四肢から流れる練力を順番に式に繋いで、実体化を維持する。まずは部屋の中しか動かせない現状を打破すべく、移動距離を伸ばしていく。
『現状の5メートルなど使い物になりませんし、せめて寮内を』
 一晩かけて二十メートル先まで動かせるようになったが、まだ要研究だ。
 翌日、練力が空になった御樹は術の試行錯誤を一旦休み、開発中の術における戦術的価値などを考えていた。開発中の術が形になり、さらに戦における有用性を実証できれば、卒論の独自色は強くなる。
「……広い戦場の侵攻状況を即時的に把握できれば、大きな情報有利を得ることができるでしょうね。この辺の一文も加えますか」
 ひたすら書き綴っていく。

 

 寮生たちの静かなる戦いは続く。