救われた子供たち〜夜想章
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 26人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/24 19:46



■オープニング本文

【★重要★当依頼は21名の子供達との接触はありません。単なる重要会議です。】

●生成姫の子

 最近、開拓者の間で再び噂になっている子供達がいる。
 通称『生成姫の子』――――彼らは幼少期に本当の両親を殺され、魔の森内部の非汚染区域へ誘拐後、洗脳教育を施された経歴を持つ『志体持ちの人間』である。
 かつて並外れた戦闘技術と瘴気に対する驚異的な耐性力を持って成長した彼らは、己を『神の子』と信じ、神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んで絶対の忠誠を捧げた。
 暗殺は勿論、己の死や仲間の死も厭わない。
 絶対に人に疑われることがない、最悪の刺客にして密偵。
 存在が世間に知られた時、大半が討伐された。だが……当時、魔の森から救出された『洗脳が浅い幼子たち』は洗脳が解けるか試す事になった。
 子に罪はない。
 神楽の都の孤児院に隔離され、一年以上もの間、大勢の力と愛情を注がれた。
 結果……子供たちは人の世界の倫理や考え方を学び、悲しい事に泣き、嬉しい事に笑う、優しい子に変化を遂げた。
 だが養子縁組も視野に入った頃に『生成姫の子』を浚う存在が現れた。
 名を亞久留。
 配下アヤカシ曰く、雲の下から来た古代人なる存在らしい。
 何故、今更になって子を浚うのか。誘拐を阻止した大勢の開拓者達の問いに、返された答えは『生成姫との取引報酬』『天儀と雲の下を繋ぐ存在になる』『我々の後継者である』という内容だった。
 だから『返せ』と。
 無数のアヤカシを使役し、行動に謎の多い、雲の果てから来た異邦人。
 詳しい実態を掴めぬまま時は過ぎ……

 噂の子供達は、元の生活に戻っていた。
 開拓者ギルドや要人、開拓者や名付け親にも、孤児院の院長から経過を記した手紙が届く。
 静かに何かが変わっていくのを、知る由もなく。


●四人の秘密

 ある日。
 書類を届けに来た人妖樹里は、奇妙な事をきいた。
 先日、誘拐未遂にあったイリス・エミカ・未来・星頼に、変化があったという。
 四人は、何故か密接に過ごす時間が増えた。食事も同じ机の席を選ぶ、四人で屋外かくれんぼをする時間が多い。怖い思いをしたから思うところがあるのだろう、と院長たちは考えていた。
 しかし樹里は首をかしげる。
 なんだろう、このモヤモヤは……落ち着かない。
 食事の時間になっても噂の四人が戻らないので、樹里が屋外へ探しに出た。

「もう無理! どうすればいいのか、あたしわかんない」

 未来の声だ。
 立て続けに「静かにして」というイリス達の叱咤と鼻をすする音。星頼が「みんな一緒だよ」と囁きかける。喧嘩では、と焦った樹里は薄暗い裏庭に目を凝らす。

「誰にも言ってはダメだと教えたはず」
「イリスの言うとおり……特に姉さんや兄さんは正式な『神の子』だから」
「ぼく達は『おかあさま』に殆どお会いした事がないから。こうして相談できるけど……未来の言うとおり、ぼくだってウソは……つらい」

 話が不穏だ。
 樹里は物陰に身を潜めた。星頼達の声に神経を研ぎ澄ませる。

「嘘かは……わからないわ。確かめられないもの」
「でもね、エミカ。前の通りに振舞うって難しいことよ。四人とも同じ。それでも『いつも通り』でいなければ。会えなくなるのはイヤでしょう」
 しばしの沈黙。
 星頼の震える声が風の音に交じる。
「話したら、いけないのかな」
「……多分」
「二人で色々話し合ったけど『きいてはいけないこと』なんだと思うの。里の掟と一緒。尋ねたら、そこで『今』はおしまい。皆で楽しく暮らせないし、彼らはきっと、ここへ来なくなる。私たちをどんな目で見るのか、考えても……分からないの」
 膝を抱え込んだのはイリスだろうか。
 エミカが囁く。
「あのね……未来、星頼。
 船で聞こえた白冷鬼の叫び声が本当なら……おかあさまは滅んだのよ。
 殺したのは、彼ら。
 里に時々帰ってきた姉様や兄様の話を思い出してみて。
 お役目を果たした兄様たちは、標的の家族をどうした? 処分したでしょ?
 きっと、どこも同じ。
 じゃあ何故、おかあさまの娘や息子の私たちが、処分されないのか。
 何も知らなかったからじゃないかしら。
 だから見逃してくれたのよ。家族に迎えてくれたの。
 一緒に色んな事をして、色んな所へ出かけて、一緒に笑って過ごせた。けれど尋ねたら……今までどおりにはいかない。はぐらかされるかもしれない、処分されるかもしれない、二度と会ってくれないかもしれない。私たち四人は、殆ど会ってくれなかった厳しい『おかあさま』より『彼ら』と一緒の時間が好き。
 でも里の試験を通過して正式に『神の子』になった兄さんや姉さんも、同じだとは限らないわ。
 兄さんや姉さんが復讐を決意したら? どっちの味方をするか選べるの?
 だから……黙っているのが一番なのよ」

 幸せを繋ぎ留める代償は、真実を追求しないこと。

「ぼく思うんだけど」
 星頼が片手を上げて意見した。
「恵音姉さんが、森で迷子になった時のこと覚えてる?」
「それがどうかしたの」
「おかあさまは、森の全てが分かるって里長さまはおっしゃった。遠くへお役目に出ている兄様や姉様を見つける方法もあるって。
 亞久留おじさんは、ぼくらに嘘を教えて連れて行こうとした。お役目なら『お役目だから』って言えばいいのに。あれは……勝手な事だから? でも白冷鬼は一緒にいた。おかあさまは勝手を許さない。居場所は分かるのに何故連れ戻しに来なかったのか……って考えると『ぼくらはいらない子』になったんじゃないかな、って。
 だから、おかあさまが死んでいても生きていても、森に戻れないと思う」
「そう、ね。未来、話は……理解できた?」
「……ん。なにもいわない、いつもどおり」
「いいこね」
 四人は立ち上がった。
「夕食の後に、別な場所で暮らしてみたい、って院長先生に言ってみようか。お部屋の交換もエミカと考えたけど、兄さんや姉さんに会うと、やっぱり思い出してしまうし。遠くで暮らしても、家族に会いたい、って言えば、会わせてくれると思う」
「また秘密の相談だね」
「お腹すいたー」

 館内へ戻っていく子供達を、茂みに隠れた樹里が青い顔でやり過ごした。


●重要会議

 狩野 柚子平(iz0216)にギルドへ呼ばれた開拓者たちは、樹里が盗み聞きした話をきいた。
「樹里ちゃん……子供たちが、事実を知ったと」
「四人だけだと思う。それも部分的に」

『我らの生成姫様こそ、全ての王にふさわしい方だったのだ!
 一年前、貴様らが滅ぼしさえしなければ!
 呪われろ、呪われろ開拓者どもめ! 全ての災いを、その身にうけよ!』

 船内で白冷鬼が狂ったように叫んだのは、あの一言だけ。
 柚子平が一枚の紙を差し出す。
「この事案について、どうするべきか……皆さんのご意見を賜りたい」
 子供達の今後。四人に秘密を教えるべきか。


 避け得ざる、その瞬間が来た。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 郁磨(ia9365) / 尾花 紫乃(ia9951) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / グリムバルド(ib0608) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / 紅雅(ib4326) / ウルシュテッド(ib5445) / ローゼリア(ib5674) / ニッツァ(ib6625) / パニージェ(ib6627) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498


■リプレイ本文



 書類を囲んだ開拓者達の囁きが広がっていく。
「急な話ですし、少し考える時間を設けましょうか。樹里、皆さんにお茶を」
 椅子に座した狩野 柚子平(iz0216)の指示に従って人妖樹里が茶を入れ始めた。

「子供らを庇護し過ぎて、何か見過ごしてませんか」
 急に芦屋 璃凛(ia0303)が長い主張を始めた。
「今まで慎重論やったけど、そういう状態やないのでは。子供達と、どう対処していくのか考えてない。
 何故、利用できる事や立場を利用する事をしなかったん。
 今後すべき事を議論すべきや。四人には話すべきや。但し事実だけで無く、子供達と攫った者と、どう対処していくのか提案して協力すれば――古代人の行動を知れるかもしれない」
「立場を利用、ですか」
 延々と続く主張に、柚子平が柳眉を顰めた。
「子供達の一部は、己が養われている立場を知っていて、大人の言葉に逆らえない。
 我々が『協力』を持ち出せば、子供達には『命令』と同じ意味です。
 志体を持つだけの幼い一般人を、戦や囮、政の作戦で使かうべきだと……本気で思うなら、何かを口実に生成姫の子を処分したい老人達と変わらない。我々の都合で無知な孤児を利用する方法は、忌むべきアヤカシと同じ非道。
 アナタが何を考えようと自由です。
 しかし私の管轄下で『ナマナリに殺された人々の遺児達を、古代人の情報を得る為の道具としてしか見れぬ』のならば……
 芦屋璃凛。
 今後、貴方に対して孤児院への出入りを禁じます。
 私は子を人の世に戻す為に依頼を出した。子の処分や悪用を目論む勢力から守る、最後の要として開拓者へ協力を仰いでいるのであり……国益として利用する為では断じてない。肝に命じなさい」

 柚子平が「さて」と皆に向き直る。
「議題に対して、順番に意見を聞かせて頂きたい」


●一括で守る利点

 郁磨(ia9365)は軽く唸る。
「まず孤児院で育て続ける場合の利点ですけど……俺達には理解出来ない、考えが及ばない悩みや思いを抱いた場合、兄弟姉妹が互いに補い支え合えると思います。もちろん……今回の様に其れが返って負担となる場合もあるでしょうが」
 刃兼(ib7876)は簡潔に『生成姫に関する情報を制限できる』事と『育児に慣れた院長や職員達が傍にいる』ことを伝えた。
 人妖樹里が書き留めていく。
 より良い未来を選ぶ為に頭をひねっていた无(ib1198)が宝狐禅ナイを召喚すると、樹里の書きとめに『家族関係の維持がし易い』と書き加えた。
 紅雅(ib4326)は「同意します」と手を挙げた。
「このまま一箇所に留め置く場合、もし情報伝播により離反が起こった場合、対処しやすいでしょう。少なくとも敵の襲撃には備えられるし……ただ真実を話す時には、情報の伝播を考え、その後の対応も慎重に考えねば……不安が残る子は、隔離する事も必要かと」
 うつむく紅雅の隣で、フィン・ファルスト(ib0979)は「確かに子供達の居場所を集中する分、此方も守り易いですね」と頷く。
 襲撃を想定した話になり、パニージェ(ib6627)が「防衛の観点か」と個人の見取り図を眺めた。
「孤児院にて現状を維持する場合の利点は『防衛のしやすさ、無関係な市民への被害軽減』が挙げられるな。元々その為の郊外を選んだのだあろうし……しいて欠点をあげるなら『防衛失敗時に全員を喪失する危険』だろうか」
『……孤児院への直接攻撃がないならば、出さない方が無難か?』
 ふとそんな考えも脳裏を過ぎる。
 紫ノ眼 恋(ic0281)は同じ感想を抱いたらしい。
「孤児院に残すメリットは一括で守れること、かな。デメリットは防衛できなかった場合、皆が攫われてしまうことか」
「そ、それは逆の考え方もできると思うんです」
 戸仁元 和名(ib9394)は慌てて華奢な片手をあげる。
「確かに、敵による一網打尽が脅威やと思います。その代わりに、対応の手を集中させることが可能です。これは表裏一体の問題かと」
 アルーシュ・リトナ(ib0119)は口元を抑えて「集団の利点は、個々の差がありますけれど……襲撃の際に防衛箇所が絞れるのは、確かにそうです」と呟いて、顔を上げた。
「あとは、開拓者側の意図を平均して伝えやすい点があげられるでしょうか」
「そうね。今のまま孤児院で育てるに一票かな。一箇所で全員を護れるメリットは大きいと思うの」
 礼野 真夢紀(ia1144)は厳しい表情を崩さない。
「少なくとも亞久留を叩き潰さない限り、分散は難しいと思う。子供達を浚って、アヤカシを使える人を、子供の保護者として認められない」
 亞久留は『我が子も同然』だとか『我々の後継者』だと言ったそうだが、元々彼の子供ではない。生成姫に殺された、天儀の民の子供達だ。
 人の子を物の如く扱うなど笑止千万。
「難しいこっちゃて、どれを選んでも辛いわな」
 ニッツァ(ib6625)が首を回しながら軽く唸る。
「その内孤児院から出るんやとしても、や。今は亞久留の存在が危険過ぎるて……アイツが消える迄は、我慢したって欲しいて、思うんや。ここに居った絶対安心、言う訳やあらへんけど……そんでも。すぐに会いにも行けんとこで、また襲われたら――て考えただけで辛いてな」
「あたしも、孤児院での暮らしを継続するのがいいと思う」
 紫ノ眼は「上手く言えないけど」と前置きして皆を見回す。
「1人を亡くすのも全員を亡くすのも、同じくらいにあたしは辛いよ。真白には平穏な未来を約束した。亞久留を倒すことが先決なんだ」
 連れ去られた四人の報告を受けた時、多くの者が肝が潰れるような思いをした。
『未来のあの震えは、もしや……気づいてあげなければいけなかったのか』
 色々考えて俯いていたローゼリア(ib5674)は当時の様子を思い出しながら呟く。
「孤児院で、育てるのがよいと考えます。一か所では一網打尽になるという恐れもありますが、目が届くというメリットもありますもの」
「俺も、まだ暫くは孤児院で育てた方が良いと思う
 グリムバルド(ib0608)は卓を囲んで交わされる、沢山の利点や不安点を、どれも一理あると感じていた。どれも的確だ。だからこそ最善を選び出すのが難しい。
『正直何が良いかなんて自信は無ぇが……』
 後悔しないように。
「ただな、年長組は開拓者業をやりたい、って言っているからな……皆に話す事になった時に、改めて、どうするか。皆の意見を聞いてみたくはある」
 泉宮 紫乃(ia9951)は「私は複雑です」と、少しずつ言葉を紡ぎ出す。
「孤児院に纏まっているのが最も守りやすいのは事実だと思います。けれど現状維持には限界があるのも事実」
 きゅ、と唇をきつく噛んだ。
「最近考えるんです。いつまで危険が続くか解らない状況で、守るためだけに子供達の可能性を限定し続けるのはどうか……と」
 泉宮の話を聞きながら、フェンリエッタ(ib0018)が悩みこんだ。
 必要以上の苦労は、成長を妨げ、傷を残す。子供らしくいられる時間はとても短い。
 それを守ってあげたい。
 そんな気持ちも確かにある。泉宮は続けた。
「仮に、孤児院を出る子供には生成姫の事を話す事は必須だと考えます。いつか知ってしまう事なら、信頼できる相手から聞かされた方が良い。なぜなら子供達を快く思わない存在が、亞久留達に利用される可能性があるからです」
 曰くを持つ子供達の敵は余りにも多い。
 ローゼリアも頷く。
「同感ですわね。外に出す場合、見受け人を探すにしたところで、私達開拓者の誰か、という事でもなければ不安です」
 リオーレ・アズィーズ(ib7038)は「その事で少し考えたのですが」と声を投げた。
「外に出す場合、勝手に奉公先や養子先を見つけてくるのも、子供達は『厄介払いされている』様に感じるのでは。敏い子も多いことですし」


●一括で守る欠点

 様々な利点が出る中で、欠点の話し合いも行われた。
 ファルストが唸る。
「守りやすいってことは逆に……敵も集中しやすく、また全員に敵の口から真相が露見しやすい?」
「ええ、そうですわね。デメリットは一度に襲われる可能性、今回の様に情報が皆に伝わってしまう可能性……でしょうか」
 ローゼリアが頷く。
 刃兼は『集団で恐慌・不和が起きた場合、激化するかもしれない』可能性を示唆する。
 无の宝狐禅ナイは『扱い格差や不意の伝播で不安定化』を示す。


●分離の欠点

「孤児院の一箇所にとどめる利点と欠点はでそろいましたかね。では分離の欠点と利点をお聞かせ願いたい」
 柚子平の言葉を聞いて、暫しの間があった。
「亞久留が誘拐事件を起こした時に感じたのですけれど」
 リオーレ・アズィーズが前置きしてから、当時の事を思い出す。
「外出した4人に狙いを絞った事から、少数に分けるのは各個誘拐される危険性が上がるだけではないかと」
 御樹青嵐(ia1669)も似通った感想を抱いたようだ。
「前回の誘拐の事考えますと……
 分散のデメリットはやはり警戒のしにくさですか。あの事件が同時多数で発生していたら助けることは叶わなかったでしょう」
 戸仁元が「奉公や里子に出した場合、一網打尽の危険は減りますけど、対応場所が分散される以上は、手薄となったところを狙われる可能性は、どうしてもあるんやと思います」と告げた。
 刃兼も「少なからず誘拐の危険が高まる、な」と呟く。
 パニージェは襲撃に関する見方として「防衛が困難なのは確かだな、無関係な市民を巻き込む可能性が捨てきれない」と述べた。
 フェンリエッタも「私も同じ事を感じたわ」と暗い表情を浮かべる。
「もしも分散し、あの数で同時襲撃されたら……防衛が難しい。開拓者の数は有限だもの。結界が有効といっても内側から綻びぬよう務める必要があるし、アヤカシが干渉を試みた子もいたのよね? だとしたら孤児院で一丸となり、全員との信頼関係の強化、不公平感を埋める努力、開拓者不在の外出制限は最低でも必要だと考えるわ」
 ファルストが首をひねる。
「柚子平さん。亞久留のような存在は、他にも確認されてますか?」
「いえ、今のところは」
 柚子平が資料を捲る。
「生成姫の支配領域に客分として迎えられた存在は、判明している限り、亞久留と賞金首の菱儀のみですね」
「そうですか。仮に複数だと陽動などでの戦力の偏りを突かれる危険がある? とも考えました」
 无の宝狐禅ナイは人妖樹里の作業を手伝いながら『家族関係の維持が難、孤児院から出た本人が情報多で不安定化』と書き込む。
 ケイウス=アルカーム(ib7387)が背もたれに体重を預けた。
「守りにくいのは、あるよね。外に出す子には、生成姫の事を話す必要があるかも。でも今は……さっきから度々話題に上がっているけど、外へ出す前に亞久留の問題解決後に検討する案は一理あると思うんだ」


●分離の利点

 最後に論じるのは子供たちを分散することの利点だった。
 パニージェは分散して世に出す利点として『子供達の成長、及び、人里へ入れる事による隠匿』を上げた。
「木を隠すなら森の中、とも言うしな」
 ファルストが「そうですね」と軽く唸った。
「子供たちの見聞や世界を広げやすい。そして一度に全員を奪われたり、真実が露見する可能性が減る……事はあると思います」
 刃兼も「分散する利点は『人の世についてより多くを学べる』事にあると思う」と呟く。
 リトナは「別離は、確かに誘拐の守りは薄くなります」と前置きして話を続ける。
「別離の利点は、個人差による対応が細やかに変えられ、人としてのより濃密な接点が取れる点にあると思います」
 郁磨も手を上げる。
「分けて外へ出す場合ですが……今以上に里との環境差があるので、お役目やおかあさま、からは離れられると思います。……あまりの環境差に付いて行けない可能性も高いですが」
 おかあさま――生成姫の存在感は大きい。兄弟姉妹でいれば里の意識は強まる。
「分散する事で、生成姫の情報の伝播は防げるでしょう。ですが、護る事が難しくなり、幼い子達に不安を与えてしまうやもしれぬ問題は、つきまといますね」
 紅雅は年長組を気にかけている分、影響が抜けきれない子供の姿をよく見ている。
 悩ましい問題だ。
 宝狐禅ナイが『価値観の多様化』と書き込む。
 酒々井 統真(ia0893)はガリガリと頭を掻いた。
「孤児院はある程度の安全を確保できるが、亞久留相手に万全じゃねぇだろ。孤児院だから対応しやすい、って俺たちの油断を突かれる可能性もある。
 あとな。
 年長組とか一部は外への思いを強めてる以上、押し止め続けると疑念と不安を与えて、それが付け入る隙になるんじゃねぇか? 勿論、出すとしても希望者で、出す先の吟味は必要だと思う」
 なぜ、なぜ、どうして。
 子供達の疑問に『待った』をかけ続ければ、それは不満につながる。
「なんでダメなのか。理由を言えないって難しいよね」
 蓮 神音(ib2662)も『子供達にとってよりよい方向』を模索していた。
「神音は、少なくとも年少さん達はまだ孤児院で育てた方がいいと思うんだよ。年少さん以外の他の子達については、外への興味を示した子達の思いを無理に留める事は……正直できないと思う。
 ただ亞久留の件が片付くまでは……っていうと、現状は無期限になっちゃうから難しいところなんだけど、公組織にしろ身請け人の元へ行くにせよ、何かあれば直ぐに守れる体制を確保してからがいいかな、と思うんだよ」
 悩んでいた无が口を開いた。
「私見は……時機相談で希望に応じ外に、でしょうか。後見人込で年長組と同じ扱いも方法としてあります。伝えてからが良い事には同意ですね」
 危険な目にあって欲しくない。
 ずっと見てきた。守ってきた。愛しているからこそ、不便をしいらねばならない状況が悔しい。そう思う者は多い。もしも何の枷もなかったら。何の危険もなかったら。様々な場所へ連れ出して、伸び伸びと世界を知ってほしい……それが正直な気持ちだろう。
 分散させるにしても、危険を退けるための条件は必要不可欠という意見は多い。
 アルカームが資料を一瞥した。
「子供たちが外に出て一年と少し。正直な話、視野が広いとは言えないと思うんだ」
 子供たちは、余りに何も知らない。
 アルカームは視野を広げてやりたいと考えていた。
「外の世界を知る事で、人の世への結びつきを強められるのは間違いないと思う。アヤカシよりも生き物に触れて、沢山の友達を作って……人の世の比重が大きくなれば、亞久留の勧誘を強く断れる心を育てられるんじゃないかな。そういう見方もあると思うんだ。今は『籠の鳥』だとしても、籠をもっと広げて、少しでも空に近付けられたらいいと思う」
 子供に揺らぎがある以上、拘束を続けるだけでは……拐かされる危険が消えない。
 ではどうするのか。
「少なくとも外界に強い興味がある希望者のみ孤児院から出てみるのはどうかな。ただし年少組は様子見が必要だとは思う」
 ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)は、友の言葉に頷く。
「ああ、やはり分散するにしても、年少組は孤児院に置くべきだ。年中、年長組は希望者のみ外で良いだろうと思う。勿論、相応の覚悟と適正があればの話だ。今の子供たちは、世の中全ての希望が叶わない事も既に分かっているだろう。納得できないというのであれば尚更、外には出せない」
 弖志峰 直羽(ia1884)は「そうだね。判断する上で重要な部分かも」と共感した。
「年少組は、継続して孤児院で過ごさせた方がいいように思う。洗脳は浅いが、物理的、及び精神的に、知識や身を守る術が不足している為だ。年中組は……残るか奉公に出るかは、当人らの意思を聞きたい。もしも奉公先に出す場合は、4人一緒、或いは2人一組の環境が望ましいかも、とは感じるかな。亞久留の介入に対し、団結し防衛しやすくなれるかもしれない。年長組は、諸事情を聞いても開拓者を希望する者がいるなら、意思を尊重したいと考えてる。……青ちゃんは、どう?」
 傍らの御樹は「一理あると思います」と頷く。
「方針が決まれば、子供達の意思を聞くのも大事ですね。どの程度、自立心があるのかも様子をみたいところです。もとより、子供たちの自立が早い事に越したことはありません。現在の状況での守りやすさと、将来に向けての指針を両立していく事を考えて、少しずつ調整していく必要があると思います」
 と意見した。
 幼いのの達に触れ合ってきたネネ(ib0892)も「年少組は孤児院ですね」と頷く。
「年中組以上は『開拓者の後見がある』等、先日の年長組の独立と同じく『条件付き』でならば、孤児院から出ることもありかと思います。
 なお後見については『少なくとも襲撃に対してはその開拓者によるガードを受けられる』という理由もつけて……ただ現時点、襲撃時に開拓者がすぐ出向けるかどうかという問題や、周囲の人間が巻き込まれる危険性が残っているので、その問題点をどう解決するか、また年少組を残すにしても、理由をはっきり告げる必要を感じています」
 急に姉や兄が消えれば、理由を問うてくるだろう。
 状況を変えるには手順がいる。
 白雪 沙羅(ic0498)は「基本は孤児院で、とは思いますが」と言いつつ皆を見た。
「何度か話題に出ていますが、信頼に足る開拓者の後見が得られるなら、……見受け人を探すというのがいいと思います。一箇所においておくと亞久留に狙われやすくなりますしね」

 子供達を一箇所にとどめるか、分散するか。
 どちらにも利点と欠点ある。どちらも正しい。懸念を推し量ることは難しいのだ。
「一通り、意見は出揃いましたかね。樹里、書けましたか」
 人妖が「もうちょっと待ってぇ」と泣き言を言う。
「やれやれ。一旦、持ち帰って纏めておきましょう。状況に合わせてもう少し議論が必要でしょうから。次は……四人の件ですね」


●生成姫消滅を、子供たちに話すか否か

 話題が変わった途端、部屋の中はしぃんと静まり返った。
 戸仁元が恐る恐る口を開く。
「あの……敵から再び秘密の暴露を受けた場合なんですけど、対応が後手に回り、手遅れとなる可能性の懸念はあるんやないかと思うんです。それでなくとも人の口に戸は立てられない」
 もしも。
 亞久留やアヤカシから都合のいいように歪められた情報が伝わったら、今の子供たちに、それを取捨選択する能力はない。何が正しいのか必死に推し量ろうとしているけれど、その答えを出すだけの経験や情報が、子供たちには不足している。
 ウルシュテッド(ib5445)は「古代人何某、ね。後手に回るのも終いにしたいよな」と呟く。戸仁元が「ええ」と頷いた。
「せやから……今後の信頼性維持に先手を打つ為にも、全員へ話す準備を具体的にしておくべきと考えます。
 今すぐでなくても、いつかは来る日に備えて。
 全員まだ、子供ですから。
 すいません、悪い意味で子ども扱いするわけやなくて、事実として、です。いざ話す時に……内容が漠然としてたら、判断材料も経験も少ない子供に、ただ丸投げする形になって苦しめるだけにならんか……心配です」
 柚子平が軽く天井を仰ぐ。
「ふむ。では四人に告げぬ場合の意見を先に聞いておきましょうか」
 郁磨は「四人の嘘に付き合った場合の想定ですよね」と確認を取ってから言葉を選んだ。
「一生拭えない不信感を代償に、仮初の平穏を得る。……けれど彼等は、未だ俺達の思いを知りませんから、其れを知れば変化があるかもしれません」
 蓮は「遅かれ早かれこの時はきたんだもんね」と俯く。
 无は伏せた場合の利として『不意の伝播の不安抑制』をあげたが、それを凌駕する形で爆発物を抱えるようなものであり、最悪の形で崩れる可能性は大きいことを指摘した。


●イリスとエミカ、未来と星頼について

「ではこうしましょう」
 柚子平は手を叩いた。
「他の子の話は一旦置いておくとして、秘密をまた聞きした四人について、どう接するべきか。伝えるべきか否か。一人ずつ己の意見を述べていただきましょうか」
 郁磨は「真実を告げる場合ですか」と言ってうつむいた。
「不安が解消される代わりに、自分達の信じてきたものが全否定される。……真実と如何向き合うかは、個人に依って大きく変わるでしょうね」
「ええ。ですから四人に着目せねば」
 柚子平は意見の固まった者から話すように告げた。

 まず蓮が手を挙げた。
「四人については、生成姫の死について……きちんとこちらから話しておく方がいいと思う。どっちつかずの不安な気持ちのままでいさせたくはないし、それを知るなら生成を倒した神音たち開拓者みんなに話す責任があると思うんだよ」
 次に刃兼が手を挙げた。
「生成姫消滅を告げることを推すよ。一生知らぬふりを貫くのは、子供たちには負担が大きいと思う。何よりも……真実云々で開拓者との関係が壊れることはない、と……きちんと伝えないと、だな」
 御樹青嵐は「これも難しいところですが」と唸った。
「単純に『四人に掛かる負担』を考える必要があると思います。集団の中で秘密を抱えるという事は、それだけで重圧ですし、いざ破綻した時の損害が大きいでしょう。その点を踏まえ、私は少なくとも四人に対しては真実を告げるべきだと思います」
 泉宮も頷きながら手を挙げた。
「未来さん達、四人には話すべきかと。話さなかった場合、隠し続ける四人の負担が大きく、断片的な情報を元に……増大した不安につけ込まれる可能性が高い。
 今は保留ですが……他の子供達に関しては、接してきた親しい開拓者の各々の意見も聞き、十分に検討を要すると考えます。この場合は情報の伝播を踏まえ、話した子供達を孤児院から離すのを推奨します」
 アズィーズも「同感です」と言って手を上げる。
「事実を一部だけ知って想像で補う事は、悪い方向に思い詰めてしまう事が多々あります。子供達の負担となる位ならば……ちゃんと事実を説明し、その上で知ったとしても私達は変わらないと明言してあげた方が良いと思います」
 アルカームも「四人に生成姫消滅を告げる方かな」と手を挙げた。
「いま話が出たけど、中途半端に情報を持っているのは、かえって危険だ。せめて自分達から真実を伝えたい……真実を伝えるのは、少し怖い。でも、今のエミカ達はもっと怖くて不安だと思うから……全部知っても俺達は変わらないって伝えたいんだ」
 一緒に音を奏でた時の笑顔が、アルカームの脳裏を過ぎる。
 酒々井が手を挙げた。
「四人には事実を告げるべきと思う。『事実を知ったと分かったら、俺らの態度が変わるかも』という不安を抱かせたままでいることはどこかで歪みを生むと思う。それに『その方が都合が良いから』って考え方は……生成姫に近い」
 無知な人間を洗脳して利用した、その非道な行いを繰り返す訳には行かない。
「勿論、悪い方に転んだ時に賭かってるのが子供達の命ではあるが……」
 ぽりぽり頬を掻く。
 紫ノ眼が手を挙げた。
「あたしも四人には伝えるべきだと思う。疑心暗鬼は怖いもの。今は信じてくれていても、嘘と不安を抱えたままでは……それさえ不信に変わってしまうかもしれぬ。あたしたちに真実を話しても、関係は何も変わらぬと伝えよう。そして、あたしたちが話しても同じだと、信じよう」
 信じなければ、何も始まらない。
「他の子についても不安を抱え込む前に、時期をみてこちらから伝えてやりたいね」
 ウルシュテッドも「四人に話さぬ道は無いな」と呟いて手を挙げた。
「俺達は全て承知で共に在り続ける。そう伝えねばならない」
「ふむ」
「秘密や嘘が齎す負担は看過できない。それは既に子らも実感していることだ。本心を隠して取繕えば、先程からの懸念にあるとおり、付込まれる隙が生まれる。信頼や命、一度失えば取り戻せないものもある。それを優先すべきだと思う」
 迷っていたローゼリアの脳裏に、未来の顔が浮かんだ。
 そして決意した。
「伝えるべきでしょう。元々いつかは、と思って来た事ではあります。例えば死に行く身であれば秘密にしておいた方がいいとも思いますが……未来たちはそうではありませんわ。あの子達には先があります。伝えるべき、ですわ。例え、罵倒されたとしても、嫌われたとしても」
 うそはきらい。
 湖の畔で聞いた言葉を思い出して、ローゼリアは唇を噛み締めた。
 白雪はローゼリア達を気遣わしげに眺めつつ、手を挙げた。
「私も。4人には、きちんと真実を話した方が良いと思います。これ以上誤魔化すと、今まで築いた信頼も危うくなるんじゃないかと……思って。私は直接関わってはいませんが、皆さん、きちんと信頼関係を結んでいらっしゃったし、受け入れてくれるんじゃないかと思います」
 机に突っ伏していたグリムバルドが唸りながら身を起こした。
「そうさな……話すべき、だと思う。いつか来ると思っていた、その『いつか』が来たんじゃねぇかな。少なくとも議題の四人には。隠していたのは俺達なんだから、その真実を話すのも……俺達じゃなきゃいけないと思う。たぶん荒れるかもだけど、亞久留だか何だかに横から口を挟まれて、余計にこじらせたくは無ぇ、かな」
 亞久留は生成姫の客分だったという。
 おかあさまのオトモダチ、という触れ込みが確認されている以上、万が一接触してきて懐柔しようとするなら、子の弱みから攻める可能性は高い。
 ファルストは「あたしもそう思います」と手を挙げた。
「四人には真実は教えなきゃいけない、と思います。亞久留とかの口から告げられるよりまだマシかも。他の子も……近いうちに教えなきゃいけないかもです。……多分」
 ファルストは俯きながら「……あたしは」と言葉を強めた。
「あたしは、あの子たちがヨキさんみたいな事にならない事を望んで、あの子たちと接してきました」
 ヨキ。
 それは神代の娘、穂邑を狙った生成姫の刺客だ。
 洗脳が完成した『生成姫の子』である。追い詰められた彼女は生成姫の為に自決した。命すら安易に捧げたのは、死後は眷属になるという甘言を信じたからだ。けれど彼女にも慕う妹たちがいた。役目の為に兄すら屠った。愛した夫がいたことも、一部の調査で分かっている。彼女自身、悲劇的な人生だったが、彼女の死は周りの多くに悲しみを運んだ。
 そして年長組も、ヨキを知っているフシがあることが、日々の発言から分かっている。
 ファルストは血が滲むほどに手を握り締めた。
「だから……あの子たちと戦ったり、奪われる事態だけは、絶対に避けたいです!」
 同じ事を繰り返したくはない。
 年長組と接触の多い紅雅が手を挙げた。
「まず四人には話す事を推します。そして可能ならば、全員……もしくは、開拓者が選んだ子供にも。特に年長組は何らかの事を気付いている者もいます。まだ、私達の手が届くうちに真実を話し、対応をすべきかと」
 ネネが手を挙げた。
「四人に限らず、年長組及び年中組には話す必要があると思います。あまり秘密にしていてバレるというのが一番まずい。一番信用している人が話すことで心的不安を軽減できるのではないでしょうか」
 弖志峰が手を挙げた。
「真実を話すなら、年中組全員に伝える選択を推すよ。黙っていた事は、子供達にすれば欺かれたのと同義で、不信感を生むかもしれない。一方で、培ってきた信頼関係は確かにあると思う。
 故に、此方も子供達を案じる想いは伝え、沈黙への謝罪は行う。子供達の信頼をより得ている者が、打ち明けるのが良いんじゃないかな」
 ニッツァは「せやなぁ」と顎に手を当てた。
「四人やけど、年長組と一緒に話したえぇと思う。兄ちゃん姉ちゃんが一緒、いうだけで感じ方が全然ちゃう思うねん。隠し事も嘘も、良うない……て教えたんは俺等やから辛いけどな。近い内に下の子等にもちゃんと話するて、そう約束したらどうやろか?」
 手順を踏み、時期を見極めて話す。
 そう意見したニッツァの横顔が、少し陰った。
「ただ、年長組と一緒なって『出て行く』て言われたら……困るんやけどな。そこは兄ちゃん姉ちゃんに期待て、他力本願やけど」
 宝狐禅ナイは人妖樹里の筆記を手伝いながら、真実を話す利点として『心の負担軽減』を書き込み、欠点として『不意の伝播や真実認知で関係不安定化』をあげた。
 筆記の様子を眺めつつ、无が手を挙げた。
「四人に伝えるべきだと思いますね。共に歩み、心の負担を軽減したい。いつ発火するかわからぬ火種に成ると、他にも負担が大きい。関係が崩れる不安や一緒に歩む希望等の心情も伝えていくのが良いと思います。とくに信頼関係を築いた人が。そういう意味では、年長組は四人と同時期か、開拓者に成る当りが良いのではと想定してはいます。他の年中、年少組は時機を観て段階的、でしょうか」
 礼野は「告げるに一票です」と手を挙げた。
「知っても、信頼関係は何も変わらない事を教えたい。後、年長者にも告げるべきだと思う。嘘ついたままは……ちょっと。ただ残りの13人については、個人的には保留かな。年少組はだんだん忘れそうだし、養子に行く可能性もあるから話さなくても良いかもしれません。年少の子達は攫われて来たばかりで『おかあさま』の概念を持っていませんでした。変身した夢魔を親だと思ってたみたいだし」
 そう。
 子供達の洗脳の程度には大きな開きがある。
 殺しの試験を通過し、楽器を得ていた年長組四人は、いわば実地訓練に入る前の段階であった。四人の発言からも、年長組は神の子だが、年中組以下は違う事が分かっている。
「それにね。あんまり連れ出してない子がいるじゃない? 外界と接触すれば、そのぶん子供たちは豊かになっていく。一年経って、かなりの差が出てると思うの。個性が出て、普通の子に近づいている子には話してもいいと思うけど、連れ出していない……里の感性が根強く残っている方の子ども達は、開拓者の事、まだ心から信頼してないと思うの」
 例えば。
 結界内に侵入していた下級アヤカシを友として接した華凛のような、そういった『人の世界への慣れ』が余り見られない子供を同列に扱うのは危険だと主張した。
「主にどの子の事を誰が気にしてたっけ? 漏れてる子がいる気がするの。年中組全部に話すか決める前に、そういうところも纏めるのはどうかな」
 刃兼も「一理あるな」と頷いて手を上げる。
「他の子へ伝播する心配も含めて、子供達一人一人見ていった方がいい様に思う。現段階でどれくらい生成姫に依存しているか、見定める機会があるといいんだが……」
 良い案はないかな、と刃兼が尋ねたので、柚子平は「大切な部分ですし、何か考えてみます」と告げた。
 ウルシュテッドは「俺は段階的に全員に話すのを推すよ」と告げた。
「子を選び話す事は、心理負担と予期せぬ電波、里同様に情報格差による差別や隠し事の不信を招きかねない。そういう意味では、話す子は隔離するか、全員に話す必要がでると思う。ただ全員話す事に対して安易に頷けない話が出ているのも……事実だな」
 ウルシュテッドが少し間を置いて再び言葉を紡ぐ。
「少なくとも話す場合、その後、放置するのは頂けない事は確かだ。子供を思って熱心に接する人も多いが、既に話が出たように、感覚が里のまま依存の強い子がいる事も確認できている。話す相手を見極め、相談相手として、気持ちを整理する時間を作りながら共に歩み、導いていく時間と場がいる」
 ふー、と深呼吸一つ。
「そう言う意味では、先ず四人と年長、その様子を踏まえて他の子へ伝えるかどうか話すのはどうだろうか。依存が高いとされる年長者の動揺が直に弟妹に伝わるのを防ぐ……という意味では、伝えた者は必然的に出す事になるのかもしれないが」
 パニージェが「確かにな」と手を挙げた。
「真実を告げれば、俺達は兎も角、子供達が挙動不審になるだろう。ただ、知らぬ存ぜぬを付き通してバレた場合はより酷い状況になりそうだ。その点には同意したい。段階的に年長組などから順に教え、心情的な整理を行わせるのが良いように思う。そうなると……少なくとも情報を与えた者から孤児院の外へ出すのが合理か?」
 情報ごとに出す場合、分散の話に帰結する。一気に話すのはやはり危険かもしれないという考えもちらつくのだ。
 リトナが手を挙げた。
「少なくとも年長と四人組には話す事を推します。前回の時点で私たちが一番恐れたのは、子供達の解釈のみで他の子達に情報が伝わることでした。事実を告げ、時間の限りなく話し合う機会が必要かと思います」
 リトナの顔色が少し陰った。
「苦しみ迷い……どの道を選んでも、まずは私達が受け止めなければ。結局は、私達の目線と想いであって、やっている事は生成姫と同じ……同じで違う。どう伝えればいいのでしょうね。でもこれだけは確信を持って言えます。
 願うのは唯一つ。
 人として幸せに暮らしてほしいと言うことです」
 暗殺の道具やアヤカシに利用されるのではなく、平凡な幸せを与えてあげたい。
 ヘロージオが手を挙げた。
「年長には話していいだろう。先ほど話に出たが、年少は止めておいた方がいい。
 だが四人には絶対に話すべきだ。
 そして俺はイリスと向き合い、話がしたい。話し合う前に、言っておきたい事もある。
 俺は何があってもイリスを信じるということ。
 イリスが考え良しと判断した事であれば信じて任せようとも考えている。何が起ころうと、今後も関係を断ち切る事はしないと誓える。もしイリスが取り返しつかない事をしたならば責任を持って俺が裁く。
 なぜそこまで明言できるのかと問われたら、告げることは一つ。
 愛しているからだ」
 覚悟の違いをヘロージオは示した。


●ひとつの結論

 言葉が途切れた。柚子平がひとつの決断を下す。
「では、イリスとエミカ、未来と星頼の四人には伝える。その事は確定でよろしいですね」
 皆が顔を見合わせたが、大きく頷く。
「四人と長く関わってきた方が話を伝えるとして……、年長四人にも同時に伝えるかどうか。そして、伝えた者を孤児院に置いておくか分離させるか。次回は、この辺の話を主軸に言及するとしましょうか。イリスたち四人にはもう少し、秘密を抱える苦悩を背負ってもらうことになりますが……」
 仕方がない。
 慎重に考えなければならないから。

 酒々井が「そーいや年長組への言い訳どうするかな」と話題を降る。
 年長組が開拓者になることを見送った際、認められない理由に戦をあげたのだという。
「ひとまず年長四人には、返事を先延ばしにしたのだったわね」
 フェンリエッタが无やリトナ達に確認をする。
「差し迫る脅威がある以上、子供達の希望通りにもいかないわ。戦を理由に年長組の開拓者希望を先延べしたなら……戦の影響が未解決なら今は、中途半端に振り回さず、その都合を通した方が筋として無理がない。混乱や疑念を深めずに済むと思う」
 結論は出た。
 もうしばらく、そしらぬふりだ。

 紅雅は「私達も、覚悟の時……ですね」と苦笑いしつつ、何か思い出して柚子平を呼ぶ。
「質問があります。年長組のように開拓者が後見となる事が可能かどうか」
「……どう言う意味でしょうか」
 いまいち意味をつかみ兼ねている柚子平に、パニージェが言い添えた。
「少し前から、仁を自分が引き取ってもいいと思っているんだが。其の辺の認可はどうなっているんだろうか」
 急に白雪が立ち上がった。
「あ、私、ずっと考えていたことがあって……リオーレさん!」
 アズィーズの手を握る。
「私と結婚しませんか!?」

 時が止まった。

「明希と三人で幸せな家庭を築きましょうよ! 今すぐでなくてもいい。いずれ明希を引き取りたいです」
「あらあら沙羅ちゃん、それはとても良い考えね」
 にこにこしている。どこまで本気なのかわからないが、提案の意図を拾って快諾したアズィーズが柚子平の方を向く。
「副寮長。もし今後、明希の引き取り手を探す場合、私は沙羅ちゃんと一緒に明希を引き取る覚悟はあります。忘れないでくださいな」
「あ、はい」
 柚子平も暫し呆然と見ていたが、刃兼の「それで、どうなんだろうか」という声に正気に戻る。
『旭との約束を護るためにも。今後の事を考えないと』
 刃兼達の真剣な視線が集まる。

 柚子平は咳払い一つ。

「そうですね。皆さんの努力あって、誘拐事件の直前には、一般家庭に出す話も出ていた程です。開拓者である以上、経済的にも外敵に対しても養う資格は充分と言えますね。今時、留守中に相棒が一体もいない開拓者は、そういないでしょうし。皆さんの管理下で子供たちを市井に下らせるなら、子を開拓者にするより条件が緩いのは、事実ですが……」
「が?」
「どこへ養子に出すかは、子供の自由意思に任せようと考えています」
「子供に選ばせると?」
「ええ。仮に皆さんに迎える意志が有り、子供たちが本当に皆さんを慕っていて、誰かを自発的に選ぶなら……認めようかと。何分、望まぬ家庭に養子へ入り、虚しい最後を遂げた兄を見ているので。其の辺は、望みを汲みたいと考えています」
 復讐の為に敵の養子に入り、最後は惨殺された実の兄を思い出しながら。
 数々の悲劇を見てきた男は寂しそうに笑った。