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■オープニング本文 奴らは、大事なものを盗んでいきました。 我々の平穏です。 開拓者になくてはならぬ存在。 相棒たち。 彼らは多忙な開拓者の影として、時には盾として、またある時は剣として、その活動を支えてきた。相棒たちの中には、人並みに知恵の働く者も多く、時には開拓者のお使いを頼まれたりする為、勝手気ままに動く姿も見られる。朋友たちは開拓者たちにとって、なくてはならない頼もしい半身と言える。 しかし固有の意思を持つという事は、時として厄介な事態を招く事もあった。 主人の命の全てにおいて納得しているかというと、やはり違う。 なにしろ。 二十四時間年中無休の開拓者業は、ツライ。 はっきり言ってツライ。 アヤカシは休日も祝日も関係なく襲ってくるし、有名氏族は大金を積んで開拓者を使い倒す。深夜0時にしか開門しない精霊門を用いて、北へ南へ、西から東へ。時には真夏のような暑さの儀から、真冬のような白銀の世界に飛ばされる。 これが楽な仕事と言えようか。 彼ら開拓者がそんな過酷な生活に耐えるのは、情熱や使命感であったり、大金目当てであったりと色々だが、主人の都合に振り回される相棒達の我慢というのは相当なものであった。勿論、苦労をかけていると理解している主人もいるし、時には仕事がてら祭りに連れて行ったりと気分転換ができるよう心掛けてはいるが……結局のところ、我慢が爆発する時は爆発する。 だって『いきもの』だもの。 過去に何度かストライキを決行した相棒たちもいたが、有能すぎる主人の技術と飴とムチにより、短時間の反抗期はあっという間に終わってきた。 しかし今回は違う。 「集合ー! 集合ー! 注目うぅぅぅうぅぅ!」 開拓者ギルドの入口で、誰かが叫んでいる。 なんだなんだと振り返ると、そこには一枚の瓦版を握り締めた仲間がいた。 「大変だー! やばいよ! あー! わああああ!」 「要点を簡潔に述べよ」 既に言語が崩壊している仲間に、淡々と尋ねる動じない猛者たち。最近、強敵と戦いすぎて日常生活では緊張感もどこかに置いてきたような者たちが、魚のように口をぱくぱくさせる仲間から情報を聞き出す。 「た、大変なんだ。お、俺たちを面白おかしく絵巻にしてる連中がいるだろ?」 ああ、と結構な数が頷いた。 近年、開拓者を妄想の対象にして数々の品物を作り出す一般人が増えているが、最近はネタにされた本人達も催しで店を開く始末なので、割と黙認されている。 「奴らの作り上げた物体の数々を、 あれを、 高笑いを上げている金髪のジルベリア人が、修羅の故郷、陽州に持ち込もうとしてる! このままじゃ妙な文化が普及されちまう! それどころか……いや、まて、みんな相棒はどうした」 一同は顔を見合わせた。 言われてみると、人妖や猫又たち小型相棒の姿もない。 「そういえば、いないな」 「うちの子は友達と旅行に出かけるって出てったけど」 「不在の間に買い物がしたいから休むってきいたが」 「朝か起きたら、もういなかったわ」 「そのうち戻ってくるって」 一瞬の静寂。 「うおおおおぉぉぉおおおい! おちつくなー! あのジルベリア人はな、大量輸入に貨物用の飛空船を貸し切ってんだよ! しかも俺らの相棒たちを招いた。 主人の痴態や個人情報と引き換えに、最高のバカンスを約束する、って触れ回ってんだよ! 早く追えー!」 一瞬の間を置いて。 開拓者ギルドから開拓者の大半が消えた。 「れでぃぃぃす、あんど、じぇんとるめぇぇん! 我が城(貨物船)へようこそぉぉぉウ!」 吟遊詩人の技術を獲得したらしい憂汰さんが、弾丸のように声を投げてくる。 「そう、僕は君たちをまっていた! このまま旅立って、華麗なる文化の目覚めに向かっても良かったのだがね。 君たちは天儀の栄えある開拓者! 間近で眺めたい方々もいらっしゃるというものさ!」 いつのまにか一般人の観客が群れをなしている。 憂汰さんは続けた。 「今ここにいる君らの相棒たちの頭に『卵の殻』を装着させてもらった。 中には小さな紙が入っている。 書かれている番号は、君たちを描いた同人絵巻や木像、資料書につけられたタグの番号だ。 己の相棒を捕まえて、向こうの檻にぶち込み、紙を持ってきたまえ。 しからば倉庫から持ち出し、目の前に用意した……この巨大篝火の中に投げ込もう! 君達の性癖は守られる! だがしかし……覚悟したまえ? 相棒諸君には、逃げ切った場合の多額の報酬とバカンスを用意した! 本気でかからねば捕まらんと思いたまえ?」 なんという極悪。 ならば船ごと破壊して……と考えを巡らせると。 「ちなみに飛空船を襲う作戦は、やめておきたまえ。 我が家最強の2大巨頭、魔術師とシノビ……そして彼女たち二人が従える配下の軍団を呼んだ! 紹介しよう、魔術師のポワニカ、そしてシノビの寿々(すず)だ。 正直に言おう、君たちでは敵わない」 ざ、と一瞬で並ぶ軍団たち。 何故か黒薔薇の外套を羽織っている。 「ぎゃー! なにやってんですか、ポワニカさん!」 「寿々さぁぁぁん!?」 化物並みに強いと噂の二人。 彼女らと知り合いの開拓者たちが叫ぶ。 「申し訳ないでしゅが、城の財政危機を救うほうが先でしゅ」 「うちも御姉様と日向の養育費がかかりすぎなので……報酬に折れた次第です」 折れないで! と叫んだところで事態は変わらない。 「制限時間は一時間! 半径5キロ以内が逃亡区画だ! 返して欲しくば挑め! 相棒と戦え! そして超えていけ! 挑戦者カモーン! それでは、ゴー!」 仁義なき強奪劇、開始。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 相川・勝一(ia0675) / 葛切 カズラ(ia0725) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ワイズ・ナルター(ib0991) / ウルシュテッド(ib5445) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / 宮坂義乃(ib9942) / サライ・バトゥール(ic1447) |
■リプレイ本文 ●逃亡劇を前にして ゴー! と言われて無駄な動きなく逃亡を開始するのが相棒たちだ。 しかし上級人妖の桔梗は酒瓶片手に相川・勝一(ia0675)の方向へ全力で向かう。 「悪いのう。各地の酒飲み放題は中々に捨てがたい!」 「桔梗!? あなた」 まさかの鈍器!? と思って相川は身構えたが、単なるフェイクだ。 既に酒を煽って酔っ払っていた桔梗は、にんまり笑って相川の腰帯を解く! そして観客に向かって投げた。 「ぎゃー!? や、ちょ、皆さん! それは懸賞品ではありません! 返してくださ……ぐえ」 桔梗に襟首を掴まれる。 つかもうとすればひらりと逃げる。 桔梗はひらひらと虚空を飛んで相川を弄びながら……なんと衣服を剥いていった。 「褌姿になるの好きなのじゃろ? 良いではないか、良いではないか」 これほど大勢の観客の前で裸体を晒す屈辱。大慌ての相川は、顔を朱色に染めた。 ところで。 勇ましい桔梗以外は、瞬く間に姿を消した。 「僕の性癖って。いや、こんな事になるなんてね……原因に、心当りが無くも無いような」 ユウキ=アルセイフ(ib6332)が羽妖精の桜が逃亡した原因に頭を悩ませる。 「卵の殻、ねぇ……まさかね」 「十束の奴〜! 早く追い……皆どうした!?」 羽妖精の行動に憤る宮坂 玄人(ib9942)の隣では、既に戦意喪失気味の開拓者達が立ち尽くしていた。 戦意喪失と一口に言っても、皆、様子が違う。 酒々井 統真(ia0893)は「あいつ、時々こうやって遊ぶよな……」と呟きながら、投げ打った気力が戻る気配がない。 呆然とした御樹青嵐(ia1669)は『大人しい緋嵐がこのような真似に出るとは』などと未だ信じられない気持ちを抱えている。 諦め気味のサライ(ic1447)は明後日の方向に視線をそらす。 「……依頼で、何度も女装してるし。綺麗なお姉さん達とのアレコレもあったし。殿方のお相手もこなしてるし……今更、性癖とか知られてもね……はは」 もしゃあ、と握り飯を食べ始める。 「諦めるなぁぁぁ」 宮坂が叫ぶ。 激しい頭痛に見舞われたウルシュテッド(ib5445)は、己を落ち着けるのと頭の中の整理を兼ねて、必死に何かを呟いている。 「よく考えたら……知られて困る事など俺にはない。 そうさ。お天道様に誓って、ない。 性癖だの何だのというが、その程度の事を他人が欲するなら、それはそれ。実害などないはずだ。 この程度の事で動じる訳にはいかない。 俺は、彼女の所有する絵巻で屋敷を埋め尽くしていいと言った手前、あとには引けない。 ……そうさ。どんな情報が漏れようと、結果として彼女が喜ぶなら本望だ。 そのはずだ。 思い出せ、彼女の生き生きした姿を!」 無理やり自分を納得させたウルシュテッドは、悟りの境地に達していた。 彼が正気に戻るには少し時間がかかりそうだ。 提灯南瓜のハップに逃げられたワイズ・ナルター(ib0991)も、後ろめたい部分はさほど思いつかなかった。漏洩されるとしたら、なんだろう。 頭が真っ白になっていた礼野 真夢紀(ia1144)の手に握られた和紙には『おりょうりおぼえにいってきます』と墨書きがあった。 上級からくりのしらさぎが残した置き手紙だ。 「いやー! まゆ自身よりしらさぎ本人の方が危ないのよー!」 開拓ケットの年齢制限は、主人を守ってくれるが相棒は野放しであった。 様子を眺めていた露草(ia1350)は「私が左側なら構いませんけど、さて」と容認の姿勢を見せた為、宮坂が「恐ろしいことを言うなー! 右側だってあるかもしれないだろ」と力説した。 「ふむ。右側……右側はいただけませんね。そうですよね。いつきちゃんたちが逃げ切った場合は、中身関係なく売られてしまいますものね」 一番ヤバイ奴らが今、放たれた。 しかしまだ状況を理解していない者もいる。 柚乃(ia0638)は『性癖って……何?』と首を傾げていたが、周囲の慌てぶりから察するに野放しが危険なことは理解したようだ。 「追いかけましょう! あの子を放っておくのは危険です!」 もはや手段は選ばない。 「追うとも!」 ウルシュテッドが立ち直った。 「秘密がどう以前に、主人を裏切る犬には躾が必要だ」 主人の秘密を売る忍犬。 確かに、別な意味で致命的だ。 「けど……どうやって、桜たちを捕まえよう?」 アルセイフが首を傾ける。 羽妖精や人妖などの空を飛べる相棒達を捕まえる手段がわからない。 「非がある場合は謝るしかないかと」 御樹の言葉を聞いて悩むアルセイフ。 「……一生懸命謝る、しか無いのかな。兎に角、頑張ろう」 「なんとか怒りがとければ良いのですが」 御樹は、大事な相棒を甘言でそそのかした憂汰を見上げ『憂汰さんは覚悟すべきでしょう』と事態収拾後の報復を決意した。 「やるだけやってやるさ」 言うや否や、竜哉(ia8037)は武器を預けると天妖鶴祇を追い始めた。 「詰まる所これは……」 ●相棒たちの胸の内 「唯の戯れと言う事よな」 「え、なに?」 「なんでもない」 逃亡した天妖鶴祇たちは街中に向かって移動していた。 相棒たちは開拓者が日常的に連れ歩いているので、街中をうろつくことに違和感はない。 だが、集団で移動しているのは異様といえば異様である。 「そういえば、皆も退屈しのぎか?」 人妖緋嵐は「私の主人は、普段ほかの子ばっか構ってるので反省するといいのですぅ」と言いつつ頬をふくらませていた。 ちなみに御樹がどんな行動に出るか、大体察しはついているらしい。 「そーだそーだ」 提灯南瓜のハップも全然冒険に連れて行ってもらえない不満を、イタズラで返そうと考えたらしい。 「わぅん!」 忍犬のちびも不平不満を零している。 「わっふ、わふ! わうーん」 (意訳『南瓜が来てからお出かけが減ったんだ……散歩も遊んでくれるのもいつも通りだけど……自分だってボスの相棒だ! なんで鍛えさせてくれないのー?』) 「ユウキさんも……、いつも私を置いて何処かへ行っちゃう」 羽妖精の桜は、うりゅ、と瞳に涙を滲ませた。 「ユウキさんが悪いんだよ」 『だから……全力で逃げ回ってみせる! 誰も追いつけないぐらい頑張るんだから!』 その為には若干の嫌なことも我慢する、と桜は覚悟して卵を頭にのせていた。 時には、意地になりたい瞬間がある。そして捕まった場合、檻に閉じ込められることも嫌だった。 「がんばって、にげる」 上級からくりのしらさぎは、懐から亜麻のヴェールを取り出すと、卵の上から被せた。 ちょっといびつだが、パッと見、結い上げた髪の上から被っているように見える。 「これもって、まゆきたちと、おにごっこでしょう?」 「そう! 逃げ切れば陽州!」 拳を握り締める上級人妖初雪に、しらさぎは「ようしゅう」と考え込む。 「ようしゅうっていったことないの。おりょうりおぼえてきたら、まゆきよろこんでくれるかな? あ……おこずかいあるからお買い物できるよ、なにかたべる?」 自由奔放だ。 「おかいものも行きたいですー。けど」 上級人妖衣通姫は、きょろきょろと隠れる場所をさがす。 『このまま逃げ切って、カタケ文化が伝われば、露草のお洋服もたくさんうれるのー!』 主人の艶事には一切関わったことのない、清らか衣通姫の無駄な使命感が燃える。 「皆、何を言う。こういう時こそ大袖ふって戦える瞬間ではないか」 羽妖精の十束は、主人の宮坂と戦う気満々だ。 「これは……正に守る為の戦い!」 カッ、と双眸が見開かれる。 「物々しいよ!」 人ごみに紛れた上級人妖初雪は市場で身を潜めることに決めた。一般人が大勢いる場所で面倒なことはしないだろう、との判断と、人魂で追い掛け回される事を懸念してだ。 今は逃げ切らねばならない。 『すべてはバカンスの為に! たまにはこういう事やってもいいよね!』 そして提灯南瓜のクトゥルーは周囲の「なにあれ」発言にちょっぴりご機嫌斜めだった。 多少、提灯南瓜が開拓者と行動を共にするようになったといえど、総体的な数は少ない。 つまり知らない者は圧倒的に多い。 よって自らの存在感を示すが如くイタズラを決行するが、追いかけられながらの逃亡劇は、なにやら心が踊りだす。 ●悲劇と好奇心 その頃、ひとり昼食を終えたサライは満足気な顔で立ち上がり、急激な腹痛に襲われた。 ぐごごごごごご、と腹部からひどい音が聞こえてくる。 「な、何これぇっ、あ、あの、か、厠はどこに」 「あっちだが……大丈夫か」 「だ、大丈夫じゃ、ないです、はひ、捕まえるどころじゃないよ、お、おう」 急いで厠に消えるサライ。 そこへ逃げたはずの羽妖精レオナールが現れた。 「そろそろ効いてきたかしらぁ」 憂汰が「なんだ、一服盛ったのか」と尋ねると。 「ええ! さっきサライきゅんのご飯に、大量の精力剤と下剤を混入したの。実は夏のカタケで、サライきゅん総受け本を大量入手したいのよね。知名度も上がりつつあるし、邪魔はさせないわー」 目的の為には手段を選ばないらしい。哀れな。 阿鼻叫喚で駆け出す仲間の背中を、葛切 カズラ(ia0725)はのんびり眺めていた。 『ずいぶんおもしろい事になってるわね〜』 憂汰が問う。 「君は諦めたのかい?」 「他の人はいざ知らず、私自身には知られて困る事なんて殆ど無いのよね〜」 性癖や好みの暴露など今更感があった。 そんな些細なことに対して今更恥じるのも……と傍観を決め込もうとした葛切は考え直す。上級人妖の初雪の顔が浮かんだ。 「……あのハッちゃんが、どういうネタで私を売ろうとしているのかしら」 きゅぴーん、と好奇心沸き立つ。 楽しそうに追い始めた。 ●人が溢れる街中で 市場は人とモノで溢れている。 「パップ〜、出てらっしゃい〜、美味しいお菓子をあげるから〜」 ナルターがのんびり声を発して提灯南瓜のハップを探す。ふいに視界の隅を白いものが横切った。ナルターがぐるりと周囲を見回す。そこには……頭に卵をくくりつけたままの提灯南瓜が、季節はずれの南瓜の置物になりきっていた。 ぷ、と笑いがこみ上げる。 「こういうのを頭隠して尻隠さずって言うんですよ」 ひょい、と卵を取り上げた。 隣の区画では礼野が声を張り上げていた。 「しらさぎー、戻ってらっしゃーい」 その声は食事中のからくりや人妖の耳にも届く。 「まゆきのこえ」 「え」 初雪が危険を察知し、花見団子を抱えて「逃げるね!」と席を立つ。提灯南瓜のクトゥルーもお菓子を口の中にしまって、ふよふよ飛び始めた。 しかし。 「しらさぎー、苺狩りの約束あるでしょー? どこなのー?」 「あ、いちごかりのやくそくー。はーい……まゆきー、こっちー」 しらさぎはあっけなく礼野の前に現れた。 「もう、ダメでしょ」 「ごめんなさい」 「他の子達は?」 すると何処からともなく。 「わははは! 見つけた! 心眼の力を思い知れ! 十束、観念しろ!」 「なんのこれしき! いい気になれるのも今のうちだ」 「その言葉、そのまま返してやろう!」 「み、店の前で暴れないでくださ――ぎゃー! 売り物がぁぁぁ!」 ……これは、見ないほうがよろしい。 間違いない。 礼野は、破壊魔ぶりを発揮しているであろう宮坂と十束の放置を決定した。 君子危うきに近寄らず、である。 ●捕まった者たちの座談会 「ふむ、来たか。一人はなかなか寂しいものでな」 檻では上級人妖の桔梗が、酒瓶を抱え、御猪口と何か布切れを握りしめていた。 提灯南瓜のハップが「真っ先に捕まっちゃったんですか」と言いつつ、桔梗の主人を一瞥する。おかしい、おかしい、と連呼しながら服を脱いだり着たりしている。 「ほれ。この奴のフンドシを奪うのに夢中になっていたら、うっかりのぅ。失態じゃった。ま、酒なら、あ奴の金でいくらでも飲めるしの。楽しめたからよしとするのじゃ。そういうそっちは、なんぞ面白いことはあったか?」 提灯南瓜のハップは「いや〜、置物になってみたはいいけど、店主が包丁持ったときは焦ったね。南瓜のようにかち割られなくてよかったわ〜」と逃亡中の思い出を語る。 「しらさぎは、どうじゃ?」 桔梗に問われた上級からくりはニコニコしていた。 「ひとりでようしゅうより、まゆきといっしょのいちごかりのほうがいいの」 ●鬼ごっこはまだ続く その頃、借り物の龍で上空から市場を見下ろすウルシュテッドは、犬用品を扱う店のあたりでふらふらしている忍犬を発見した。 「ちび、散歩に行くぞ! 言う事を聞けないなら飯抜きだ!」 ぴく、と耳が立った。 お散歩! お散歩! と踊るような足取りでうろちょろし始める。広場に出て地上へ降りたウルシュテッドの所へ近づこうとして、忍犬ちびの視界を何かが覆った。 見えない。何も見えない。 思わず前足でカシカシ掻くと、それが頭につけていた卵と布だと気づいた。 『そうだ、これを持って逃げないと』 「……ちび?」 腰を屈めて『おいで』の構えをとったままなウルシュテッドの目の前で、忍犬ちびは卵を包んだ布を加えて、再び逃走を開始した。 「ち、ちびー!?」 『ボスと追いかけっこ! 楽しい!』 目的を理解しているのか、理解していないのか。 兎も角、鼬ごっこになると察したウルシュテッドが、シノビの奥義を駆使して時を止め、忍犬を追い越して抱き上げた。 「全く無駄な労力を。……鼻を鳴らしてもダメだ」 もっと遊びたい、と訴える忍犬は、しょんぼり尻尾を丸めた。 「見つけましたよ、緋嵐!」 研究を生業とする陰陽寮に所属している陰陽師たるもの、体力面では他の開拓者に劣らざるを得ない。ふよふよと虚空に浮かぶ人妖緋嵐の頑固な性格と己の体力的な部分を踏まえた御樹は、呼吸を整えて説得を始めた。 「緋嵐、なぜ貴方が憂汰さんの肩を持つのか、それは分かりません。わかりませんが、こうして手を貸したということは少なからず私に不満があってのことと思います。肩身の狭い思いをさせているのかもしれません。自身の都合を押し付けていたり、行き届かないところは謝罪しましょう。ですから……」 うんたら、かんたら。 右耳から左耳に抜けていきそうな長い口上を、ぼーっと緋嵐は聞いていた。 つーん、とすましているだけで、御樹は必死に言葉を探す。 『……私が大事なこと、少しは分かったならいいですけど、もう少し』 30分ほど喋らせ続けた後、緋嵐は降りてきた。 「……桜〜、僕が、悪かったから……」 アルセイフも羽妖精に謝り倒していた。 その必死な姿を見下ろしていると、羽妖精の桜も『許してあげようかな』という気分になるらしい。ふよふよと近づいてきた。 「私を置いて……どこかに行っちゃわない?」 「……ギルドのは……仕事だから。……絶対の約束はできないけど、……気をつける」 そんなことより、とアルセイフが桜の首元の布を解いた。 「……嫌、……だった、よね?」 ちゃんと見ている事を行動で伝えた。 「待てと言ってるだろう! 何で奴の口車に乗っ……」 「待てと言われて待つ逃亡者がおるのか? 偶には我と遊んでくれても良かろう? これはその為の材料よ。捕まえてみると良い。そぉれ。あまり鈍いと置いていってしまうぞ」 瘴翼を使って空へ逃れる天妖鶴祇。 飛ばれては手出しのしようがないが、武器は使わないと竜哉は心に決めていた。必死に足場になりそうなものを探す。竜哉の様子を眺めつつ、天妖鶴祇は発見した通りすがりの人々に『涙目で助けを乞う』た。 「恐ろしい主人に追われておるのじゃ。頼む、我が逃げ切るためにも奴を引き止めてくりゃれ」 少し芝居が臭かったかの? と思いつつ、天妖鶴祇が一般人の様子を伺うと、気のいいおっさんが「任せなぁ! おい、あんちゃん待ちねぇ」と挑んでいく。 「鶴祇〜!?」 「まぁ……結果よければ全て良しじゃ。頑張って追いついてこいよ」 華麗に舞う天妖は角を曲がった。 酒々井が息を切らして走る前方には、天妖雪白がいた。地上から2メートル程を漂い、時々酒々井を振り返る。 そこへ逃亡中の天妖鶴祇が現れ、並走を始めた。 「もっと空へ飛べば良いのに」 天妖は翼を出現させて高い場所へ飛べる。 雪白は「まあね」と言いつつ長屋の角を曲がった。 「でも飛んで終わり、じゃ面白くないから。翼不使用は個人的な制約。たまには慕う相手に追われるのも面白い。けど……わざと捕まるほど素直じゃないよ? って、あれ?」 酒々井がいない。 「なーんだ、見失ったかな。隠れてもつまらないし、どうするか――」 刹那、雪白は真上からの圧力に押されながら何かにくるまれた。布? 否、この匂いは。 「つ、つ、つか、ま、え、げほっ」 はー、はー、はー、と激しく息をするのは、羽織で雪白をくるんだ酒々井だ。長屋の屋根に駆け上がり、立ち止まった雪白を狙って飛び降りた。のだが…… 「……呼吸困難?」 「誰のせいだ!」 「まだそんなに走ってないはずだけど、運動不足なんじゃない? でも……そんなに熱心に来られると、照れくさいね」 天妖雪白、色めいた眼差しで恥じらってみる。 なんとなく背景に真っ赤な薔薇が見えた気がしたが幻覚に違いない。見慣れぬ様子を眺めて、酒々井が鳥肌になったのを見て雪白は「失礼だな!」と叫んだ。 「いい加減、離してくれぬか」 「ん?」 一緒に天妖鶴祇もくるんでしまったので、考えた末に両腕に抱えて持っていく。 「米俵とか荷物じゃないんだけど」 「うるさい」 「くーちゃん、どこぉぉお!」 柚乃の悲鳴、響き渡る。 そこへ暫く姿を消していた露草が戻ってきた。 「どこへ行っていたの。もう時間がないよ!」 「失礼しました。コレを手に入れるのに少し手間取ってしまいまして」 露草の手元には、浮世絵の包があった。 により、と不敵に微笑む露草が人魂を飛ばす。 「うちのあの子も賢くなりました……ですが根っこは変わりませんっ! そっと、限定スイーツで罠をかけましょう。うふふ。では失礼」 「私もお菓子で釣ってみる!」 人魂で上級人妖衣通姫の姿を発見した露草が、隠れている路地に向かう。 「いつきちゃぁーん」 露草の猫撫で声が、逆に怖い。 ビクッ、と物陰の衣通姫が体を震わせる。頭の上をついつい確認した。 「前に約束していた限定スイーツ……もとい桜寿庵の黄身餡饅頭を手に入れましたよ」 ごくり、と喉がなる。少し前に強請って却下された念願のお菓子だ。 「少しは休憩しないと。ここに置いておきますから食べていいですよ。私もお昼ご飯を食べてきます」 遠ざかる足音。 上級人妖衣通姫が、にょきりと樽の影から頭を出す。露草はいない。 「……おかし」 ある。道端にある。 誰かに拾われないうちにゲットしなければ! 「おかしのじかんなのー! ぜったい、たべるなのー!」 ぴゅーん、と包に直行。拾い上げて抱きしめ、包から香る甘い匂いをくんくん嗅ぐ。 刹那、べたべたべたぁ、と体に符が付着した。体が重い。 「きゃー!」 「ふふふ、油断大敵ですよ。いつきちゃん。私はお昼ご飯を食べるとは言いましたが、何も屋台まで行く、とは言っていません」 おにぎりをもぐもぐしながら露草が頭の卵を強奪した。 ●捕まった者たちの麗らかな午後 檻に叩き込まれた天妖鶴祇は、桔梗達と主人談義をしている。 「ふふん、今のあやつは以前より余裕が無さ過ぎる。強くなると言う事は、己を受け入れると言う事よ」 「で、そっちは。結局、守れずに火の中へ?」 上級人妖の初雪は、何かを悟ったような眼差しを明後日の方向に向ける。 「ううん。守れなかったけど、別に投げ込まなくていい、って結論に」 「は?」 「……まさか自分で自分のえっちい木像のプロデュースしてることを、大衆往来まっただ中で暴露するとは思わなかったよ」 それがどうしたの、と。 全く恥じらう節のない葛切を前にして……逃亡することの意義を自問自答してしまったようだ。 提灯南瓜のクトゥルーはお菓子をもしゃもしゃ食べながら、次のイタズラ作戦を練り始めた。 天妖の雪白が「楽しそうだね、まぜてよ」と悪巧みに加わろうとする。 「そうそう。ここだけの話だが」 羽妖精の十束は、宮坂についてあらぬ噂を吹聴していた。 「玄人殿は相棒の擬人化本を大量に描いている。今度のカタケットにも参加予定で」 「だから俺の趣味じゃない! 勝手に言い広めるな!」 何かを火にくべている宮坂の絶叫が聞こえる。 「もっとお話ききたいのー」 上級人妖衣通姫は、桜寿庵の黄身餡饅頭をまぐまぐ食べながら、囚われた仲間たちに趣味やドレスの好みを聞いていた。商魂逞しい子になりつつある。 人妖緋嵐が、持ち込んだ茶器でお茶を出す。 「なんだかんだ言っても……皆さん、主人様が大事ですよね」 忍犬ちびが「わん!」と同意するように吠える。 ●燃える情熱と敗者の涙 相棒たちの多くが呑気に会話をしている傍らで、主人達は大忙しだった。 ナルター達は身体の採寸表やら諸々を火にくべる。 捕まえた彼らには、全てを闇へ葬る権利がある! ウルシュテッドは、何故か自分が題材になった全ての絵巻を一部ずつ回収すると、それ以外は炎にくべていた。本人は内容確認の為だというが……掛け算が大好きだという噂の彼女への貢ぎ物だろうか、と周囲の想像力はたくましく働く。 次々にポイポイと焚き火の燃料になっていくモエの結晶たち。 そんな中で露草は、自分が『右側の絵巻』だけを火にくべて『左側の絵巻』は返却した。 「私が左側ならば構いません。憂汰さん、カタケ文化伝播を託します!」 「君は話がわかるな!」 きりりとした表情の乙女二人が、しっかりと手を握り合う。 ついでに。葛切は木像にさらなる高値をつける為、細部の造形について議論を開始する。 疲れた顔の柚乃は『陽州観光でもしようかな、うん』と心身ともに癒しを求めていた。 会場の片隅では、未だ厠と往復を繰り返す、羽妖精に薬を盛られたサライが転がっていた。脱水症状が危ぶまれる状態にも関わらず、容赦のない羽妖精の責め苦は続く。 「ああ、サライきゅん、苦しむ顔もイイわ、もっとないてみせて」 つん、と痛む腹を押す鬼の所業。 「押しちゃダメぇ! もう我慢が……あっ……あうぅ!」 もはや。 卵や性癖がどうたらと言っていられない。 相棒に弄ばれるかわいそうなサライを見て、何人かが遠巻きに合掌したという。 |