【玄武】試験と魔の森の里跡
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/10 09:28



■オープニング本文

【このシナリオは玄武寮用シナリオです】

 此処は五行の首都、結陣。
 玄武寮。
 玄武寮は入寮の時に『どんな研究をしたいか』を問われる。
 流石は、研究者を排出する機関独特と言えた。
 時は流れ、卒業論文が差し迫った者たちは、其々の研究を始めていた。

 魔の森で。

 かつて大アヤカシ生成姫は、志体持ちの子供を攫って、魔の森で育てていた。
 とはいえ人が魔の森で生きることはできない。
 瘴気感染をひきおこし、放っておけば一日か二日で死に至る。
 そこで大アヤカシが目をつけたのが、遠い昔に人が居住を放棄した村跡だ。
 ここは龍脈の真上に当たり、地下を流れる精霊力の噴出口だったのだ。言ってみれば、偶然湧いた温泉の吹き出し口である。何故か蕨の里は瘴気の侵食を受けぬまま、魔の森に取り込まれた。そして大アヤカシですら侵食不能な土地を……生成姫は、攫った子供を育てる場所に決めたのだという。
 開拓者の手で子供は救出された。
 以後、飛び地となった其処は無人に戻る。
 現在では『非汚染区域』と呼称され、魔の森に囲まれた土地という危険な場所へ、限られた陰陽師の研究者が出入りをするようになったのだが……知らぬ間に、非汚染区域の一つを独占した男がいた。
 封陣院分室長、狩野柚子平(iz0216)である。
 玄武寮の副寮長を兼任する彼は『危険? 大変? 学生に研究手伝わせれば、タダ労働です』という恐るべき発言で、豪雪で人の出入りが少なくなる冬から春先までの期間、占領権利をもぎ取ってきた。
 しかし何も準備や装備のない状態で出かけるのは危険極まりない。
 生真面目と名高い玄武寮の寮長こと蘆屋 東雲(iz0218)は、非汚染区域「蕨」に冬場泊り込める山小屋建設を行い、期限までに完成させた。
 そして始まった研究の日々。
 早咲きの桜が咲く頃になっても、魔の森には雪が積もっていた。

 + + +

 四度目の来訪に、寮生たちも手馴れた様子で作業にとりかかる。
 しかし。
「少し待ってください。皆さん、一室に集合です」
 玄武寮の寮長こと蘆屋 東雲(iz0218)は不吉な書類の束を抱えている。
「小試験をはじめますよー」

 試験!?
 これだけ忙しいのに小試験!?

 玄武の寮生の心がひとつになった。

「皆さん。学業は学生の本分ですよ?」
「ですが寮長、これほど忙しいのに、まだ課題を架すのですか」
 絶望的な表情で尋ねる寮生たち。
「当然です」
 にべもない。
「今後暫くは、何度かに分けて学力調査の小試験を行います。卒論の方はともかく、術研究してる皆さんは1枠の方に響きますから、しっかり頑張ってくださいね。それと」

 まだ何かあるのか、と身構える一同に、寮長は地図を取り出した。

「試験の後に卒論がある方は残って結構なんですが、……余裕のある方は私と一緒に魔の森へ調査にいきましょう。防寒具は五度対応でお願いしますね。副寮長から頼まれてしまって」
「あれ?」
「でも副寮長って今回、こっちに来てますよね」
 玄武寮の副寮長こと狩野 柚子平(iz0216)は珍しく同伴している。
「副寮長には、瘴気の実を生み出す3メートルほどの細木に、生徒を連れていく約束があるそうで」
 一部の生徒が納得した顔をしていた。
 副寮長が生徒の調査成果を仕事で使った、その代わりらしい。
 瘴気の実を生み出す木は、先日、最も巨大な大樹が伐採された。しかし全てを完全に滅したとは言いにくく、今も細木が旧生成姫支配下であった魔の森各地に点在していると聞く。
「で、寮長。何の調査ですか」
「魔の森の奥に、立派な神社か何かの敷地や里の跡があったそうなんです。生憎、非汚染区域と違って街並みや境内は瘴気まみれだそうなんですが……調査をして欲しいそうで」
 是非手伝ってください、と寮長は頭を垂れる。

「では小試験を」

 容赦なく答案用紙が配られた。


 + + +

 ■現三年生対象
 ▼【筆記試験(小テストA)】

 <A問題> 回答を答えなさい。
 【1】1個50文の値段で売ると、1日200個売れる商品がある。この商品の値段を1文下げるごとに、売り上げ個数は8個ずつ増える。この商品の値段を5文値下げする時、この商品の一日の売上総額を求めよ。


 【2】ペン先を投げて表が出る回数を調査した。すると投げた回数200に対して、表が出た回数は92。投げた回数400に対して、表の出た回数は182。投げた回数600に対して、表の出た回数は267。投げた回数800に対して、表の出た回数は358。投げた回数1000に対して、表の出た回数は450回となった。このペン先の表が出る確率を求めなさい。


 【3】何個かの瘴封宝珠が入っている袋がある。この袋の中の珠の個数をX個と仮定する。この袋から30個を取り出し、すべてに印を付けて袋に戻す。よくかき混ぜてから40個を取り出すと、印のついた瘴封宝珠は8個あった。この袋には、最初およそ何個の珠が入っていたと考えられますか。

 + + + 

【周辺地理図】
※1マス約50M
■…汚染区域(魔の森)
□…非汚染区域(龍脈)
◇…非汚染区域(水源&小川)
=…水源への路(路幅3M。アーマーで潰しただけ。妖襲撃注意)
△▽…商船航路

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【非汚染区域「蕨」構造図】
※1マス10M
■:魔の森
×:重機拡張した平地(魔の森)
=:水源への路
★:監視棟(火の見櫓)
☆:寮長室(平屋)
龍:轟龍警備
◆:仮設山小屋(平屋:寮生宿泊)
◎:飛空船発着場
研:仮設研究所兼資材館(平屋)
舎:相棒置き場
雪:雪捨て場
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■□□□□龍□□□□□□□□□□××■■■■
×□龍□□□□◆◆□□□研研★□×■■■■■
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×□★□□□□◆◆□□□□□龍□■■■■■■
■□★雪雪雪龍□□□◎◎◎□□□■■■■■■
■■■■■■雪雪□□◎発◎□□□□□□□□■
■■■■■■雪雪□□◎着◎□□□□□□★□■
■■■■■■雪雪□□◎場◎舎舎□□□□□□■
■■■■■■雪★□□◎◎◎□□□□□龍□□■
■■■■■■雪雪□□□龍□□□□□□□□□■
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■参加者一覧
/ 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 八嶋 双伍(ia2195) / ネネ(ib0892) / 寿々丸(ib3788) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 緋那岐(ib5664) / 十河 緋雨(ib6688) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / セレネー・アルジェント(ib7040


■リプレイ本文

●滞在四度目〜初日の午前〜

 玄武寮の寮長、蘆屋 東雲(iz0218)が呻く寮生たちに答案用紙を配り、いざ小試験を始めようとした刹那、室内から派手な物音が聞こえた。音の方向を見てみると、八嶋 双伍(ia2195)が白い顔で倒れていた。
 原因は寝不足と過労である。
「りょーちょおおおおおお! 八嶋さんが倒れました!」
 周囲の席から上がる声。慌てて駆け寄り衣服を剥いて診察――という訳にもいかない。
 というより既に原因に察しがついている周囲が寮長の顔を伺う。
「回復術、という手もありますけど」
 鬼か。
「これは純粋に休んだほうが宜しいでしょうね。副寮長、寝室へ運んでください」
 突然、命じられた狩野柚子平が「私は肉体労働が苦手なのですが」とやんわり拒否を申し出るが、寮における実権は、寮長が上。渋々運ぼうとするが、意識のない人間は重い。
 八嶋を持ち上げようとして、腰の辺りから変な音がした。
 弱っ、と寮生が成り行きを見守る。
 そのまま悶絶する副寮長を見て、リオーレ・アズィーズ(ib7038)が呆れかえった。
「全くなさけないですね、副寮長。そんな程度の体力で婚約者を守れるのですか」
 宙を漂う人妖樹里が「最近ユズは書類仕事が多いから運動不足よ」とトドメを刺す。御樹青嵐(ia1669)がなんとも言えぬ表情になる。
『……最近、副寮長の嗜虐趣味に磨きがかかっている気がするのは……気のせいでしょうか。否、そうでなく』
「運びますか」
 副寮長が使い物にならない為、御樹と緋那岐(ib5664)が八嶋を寝室に運んだ。兼業開拓者たる者、不規則すぎる日常生活で体力には自信がある。ちなみに副寮長のぎっくり腰は、寮長の手で修復された。
 今回は、キリキリ働いてもらう為らしい。
 長いような短いような試験の時間が過ぎ。
 人妖イサナが答案用紙を回収して回ると、寮生たちの輝く声と陰鬱な声が聞こえた。
「おわったー! おわりました! この後は実験と調査ですね、ふふ」
 卒論の目処がついている露草(ia1350)は上機嫌だ。
 緋那岐と御樹は頭をひねりつつ問題を読み返している。隣席のネネ(ib0892)とリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)、セレネー・アルジェント(ib7040)は試験なんかよりも卒論のことで頭がいっぱい。白い耳がへっちょり垂れた寿々丸(ib3788)は机につっぷし「試験は、何も分かりませなんだ……うぅ」と意気消沈。
 寮長の「皆さん、お疲れ様でした」という声が小さな救い。
「ふぃ〜、ほんと試験って嫌ですねぇ。学生の宿命ですが……お?」
 十河 緋雨(ib6688)達の手元に用紙が返却される。
 名前の隣に、寮長の印鑑付きで。
「あの、採点は?」
 アルジェントが首を傾げた。寮長が微笑む。
「もう致しましたよ。こちらの成績簿に記入済みです」
「確認の印鑑はついてますけれど……他に何も書いていないのですが?」
「今から問題解説をします。
 ですので、皆さん自身で朱書きしてください。
 私が書くと採点時間が長くなってしまうので。それに競い合う者同士、成績は最後まで知らぬ方が緊張感があるというものです。
 では皆さん、黒板を見て」
 寮長が問題を墨書きした和紙を貼る。

「まず1問目です。
 これは元値50文に対して、一日の売上数が200個。
 値段を1文下げると、売上数が8個ずつ増えます。
 これを5文下げた場合に、総額売上がいくらになるかという問題ですから、まずは5文下げた時の売上の総個数を求めます。
 1文で8個ずつ、足していって5文の場合は40個。
 よって5文値下げした時の売上総数は、元の200個に増加分40個を足して240個。
 元値が50文ですから、5文値切れば45文。よって45文に240個をかけます。
 答えは【10800文】……暗算でも答えは出ますが、理想的な数式は」

 (50―5)×(200+8×5)=10800

 と書かれた和紙が黒板に貼られた。
 聞いていたアルジェントが「5文も安くなってたら、私なら3つ4つは買いだめしますわね! もっと売れると思いますわ」と別な情熱を垣間見せて拳を握っている。
「ふふ……では二問目いきますよ。
 こちらは複雑に見えて、かなりのお得問題です。
 まず『このペン先の表が出る確率を求めなさい』という部分に注目。
 つまり『同じ品を使っている以上、問題文のどの回数で算出した答えで回答しても正解』という事です。
 実は、答えが微妙に差があります。
 感覚が分かりにくいと思うので、ここで樹里ちゃんの草履を使いたいと思います」
 人妖から借りた小さな草履を掲げる。
「単純に二分の一と言いたいところですが……この問題には具体的な回数が記されています。『どの程度の比率で、表が出るか否か』なので、表が出た回数から、実際その答えが出るまでに要した回数で割り出します」

  92÷200 =0.46
 182÷400 =0.455
 267÷600 =0.445
 358÷800 =0.4475
 450÷1000=0.45

 と書かれた和紙が黒板に貼られた。
「一番わかりやすいのは1000回の場合ですね。
 表が出るか否か、1000パーセントに対して450パーセント……つまり100パーセント中45パーセントとなります。
 今表記した5種類のいずれかの回答が書いてあれば満点扱い。パーセント表示でもかまいませんよ。全ケースの回数を用いた合計算出もこれに同じ。
 小数点以下第二まであれば充分ですから、そうですね。
 問題文に記載はないが導ける回数……例えば92足す182割ることの、200回足す400回など、これらは正解の範囲としましょう。大体どの答えも0.44から0.46の間に収まるはずです。
 三問目いきますよ」

 時間がないので樹里に草履を返し、サクサク進む。
 寮長が瘴封宝珠を取り出した。

「総数不明の大袋の中から30個を取り出し、印を付けて戻す。
 そして再び40個取り出した時、印のついた瘴封宝珠は8個だった。ここから大体の総数にあたりをつけるという訳です。
 この勉強が必要か否かというと……合戦などでアヤカシの総数にアタリをつける作業と同じですね」
 つらつら喋りながら寮長が黒板に和紙を貼る。
「40個に対して内8個が印付きという事は、5個取り出せば内1個は印付きの確率。
 この問題は確率でなく印付き含めた総数を求めるものなので、印付き30個を同じ確率……つまり五倍すれば大体の総数になります。理想的な算出式は」

 30:X=8:40  【回答】約150個

 と書かれた和紙が黒板に貼られた。
「……結局、足し算引き算割り算掛け算ばっかりでしたね。
 簡単すぎる、という方はごめんなさいね。小試験ですし、今回はこの辺にしましょう。
 皆さん、自己採点おわりましたか?
 それでは出かける方は支度を、残る方は研究に入ってくださいね」

 生き生き去っていく者。
 ほっとした顔をする者。
 そして陰鬱な空気の者。
 得手不得手無関係に難題と向き合う学生身分とは中々に難儀なものである。
 寮長とイサナが和紙を片付けていると、アルジェントや寿々丸の呻き声が聞こえた。
「改めて数字は苦手な事を思い知りますわね。この期に及んで、卒論が纏まってないとか……もうダメかも。そも私は何を研究しているやら」
「寿々も似た感じでございまする。……やはり、寮に向いておりませんかなぁ……うぅ、弱気はいけませぬよな」
 寮長が「あらあら」と頬に手を当てる。
「深刻にとらえなくても良いのですよ。各所に響く学期末試験とは違うのですから」
 急にがばりと起き上がった寿々丸が尋ねた。
「今回の小試験は卒業成績にはさほど響かぬと申されましたな。しかし術開発には多少響くと……ま、まだ、挽回の機会はございまするか?」
 寿々丸は『瘴気の檻(仮)』を開発中だ。
 寮長は「なんとか次の機会は勿論つくりたいと思いますよ。いろんな議題で」と微笑むが、片付け中の人妖イサナは「なんだ、また会議でどつきあいか」と声を投げた。
「どつ……?」
 首をかしげる寮生の面々にイサナは「所詮は中間管理職だからな」と短く告げる。
 寮長は苦笑いした。
「そうですね。私たち寮長の仕事は寮管理ですけれど……寮生の声を聞いて書類に直し、偉い方々と会議をして妥協点を探るのも務めの一つ。玄武寮が他に比べ、数多くの研究資材を得られるのも……寮長がどうのというより、寮生たる皆さんが長年、遥かに難しい課題を数多くこなし、色々国に貢献しているからこその賜物……という面の方が強いのです」
 説得するには相応の材料がいる、という事なのだろう。
 施設然り、研究資材然り。
 努力の積み重ねがなければ何も始まらない。
 研究寮の宿命を耳にした寿々丸は「寿々は、次こそ挽回しまするっ!」と拳を握った。
 荷造りして戻ってきたヴェルトが「ここに至ってまた試験……って思ってたら、そういうこと」とため息気味に声を投げた。
「……まあいいわ。いや良くはないけど。私もさっさと終わらせて論文の続きしないと。ギンコと研究対象の捕獲に行ってくるわー。夕飯はいるから伝えておいてね、樹里」
 副寮長の人妖が「まかせてー、いってらっしゃーい」と手を振った。
 かくして一日目が始まる。
 卒論や研究対象捕獲も含め、非汚染区域に残るのは、御樹、八嶋、ネネ、ヴェルト、十河、アルジェントとなり。
 寮長とともに調査に向かうのは、露草、寿々丸、緋那岐の三人。
 そして副寮長とアズィーズは瘴気の実を生み出す木に向かう。


●滞在四度目〜初日の午後〜
 駿龍ベロボーグで、魔の森上空を移動するアズィーズは、隣を轟龍で飛行する副寮長を見て『まさかの副寮長独り占めですよ。これで色々聞けるというものです』と野次馬根性含めてにまにま笑っていた。
「……で、副寮長。桔梗様とはいったいどこまで進まれたのですか?」
「いえ、あのままですね」
「は?」
「結納の話も事件でうやむやのまま……一応、建前の理由で報告はしていますが、近々改めて……ありました。あそこです」
 飛来した場所には、細い樹木があった。確かに瘴気の実らしきものが実っている。周囲のアヤカシを副寮長が一掃し、アズィーズが意気揚々と手帳を取り出した。
「さぁ調査に付き合ってくださいね。副寮長」
「いえ、私は戻りますが」
「えー!?」
「約束は案内まで。大体掃討しましたし、非汚染区域で学生皆さんの相談を受けないと寮長に締め上げられるもので。なんぞ不明点があれば聞きに来てください。それと例の大樹伐採の際に判明した事については、論文で活用して頂いて結構です。なにしろ貴女の調査結果がなければ、国から開拓者の雇用経費が落ちませんでしたからね」
 ……それはつまり。
 報告書を見直して樹木の特徴を抜き出し、己の調査成果と合算すれば、ほぼ卒論は終わるという事ではないだろうか。呆然としているアズィーズの前で、副寮長は帰っていった。

 一方、屍鬼の捕獲に出かけていたヴェルトは、縛り上げたアヤカシを荷車で持ち帰りながら頭を悩ませていた。
「んー…そろそろ指針を見つけないとダメよねぇ。とはいえどうしたものか。妖は種によって独自の再生能力を持ってるんでしょうけど、それを術で再現するためには……ねぇ」
 羽妖精のギンコは、よくわからない為、そっと見守っているらしい。
 屍鬼に関するある程度のデータは、二度目に研究所に来た時、ある程度の実験が済んでいる。それを纏めつつ、自身が申請し、許可の下りた術に関する術式研究も始めていたため、多忙も多忙であった。

 八嶋は檻の中の単眼鬼を眺めていた。以前、上半身を吹き飛したまま檻に放り込んだ個体である。自己修復能力が皆無らしく、以前のまま消滅寸前であった。
「再生能力なし、という情報はとれましたが……魔の森でない平地での攻撃力が調べたいんですよね。とはいえ此処に連れ込むわけにも、うーん」
 考えあぐねた末、発見した個体を発着場の南に誘い込んで試すことにした。

 御樹は戦争資料を見る為、一旦、玄武寮に戻った。資料を持ってこちらに戻るらしい。
 五行国内で起こった戦いで最も最近のものは一年前の生成姫関連だが、以降の他国における騒動でも、五行は陰陽師や兵士を数多く派遣している。そうした図書館内蔵の戦争資料から、近年の陰陽師の戦うスタイルや、国軍の有り様を地道に抜き出すのも手段の一つだ。
「転職組はともかく、純粋な陰陽師でも前衛として戦えたりしているんですよね。国軍との連携はどうでしたっけ……調べないといけませんねぇ」
 自ら選んだ議題だが、道のりが遠い。

 ところで遺跡跡の調査に赴いた、寮長、露草、緋那岐、寿々丸はその蔦が生い茂り、朽ちた街並みを呆然と見下ろした。どれほど昔の郷なのか、まるで見当がつかない。入れそうな建物は殆どなく、大半の屋根は落ちていた。寿々丸が人魂を飛ばすが、うろついているのは下級アヤカシばかりだ。
「一番奥の社は平気そうでございまするが、街並みは壊滅的でするな。百年か、二百年か」
『何を祀っていたか、気になりますな』
 露草が「まずは右端の通りの調査からいきましょう。一番敵も少ないですし」と提案する。同意した寮長の轟龍が降りると、一緒に乗っていた緋那岐と又鬼犬疾風も地に降りる。
「疾風、頼むぜ」
 進みだす。寿々丸は駿龍空王丸を空へ戻した。瘴気汚染を避けるためと、上空監視役である。鬼通りとの石看板があった通りは、魔の森側に大小様々な石が群れをなしていた。いずれも人為的な加工痕跡がある。倒れたり砕けていたりと、殆ど原型がわからないが、何か書いてあったと思しきものも見つけた。しかし風化しすぎている。どれもこれもただの窪みばかり。手分けして読み取れそうな石を探した。
 露草が、石のくぼみに沿ってコケや土を削ぎ落とす。
「えっと……うるし? 漆零肆? いえ……違いますね、旧字の数でしょうか。大抵は当て字ですから『漆』は『7』だとすると、704……年没。え?」
 後ろの緋那岐達が「おぃおぃ」と手元を覗き込む。
「まさかこれ全部、墓石か。今が1014年だから、少なくとも310年前だぜ」
 早くも里が存続していたと思しき年代は判明したが、どれほど昔からいつまで里が続いていたかを調べるには……気が遠くなりそうな作業が必要だと分かった。

 非汚染区域に戻った副寮長を待ち受けていたのは、ネネだった。
「で、足で調べまわった咲いていた地図がこっちです、闇百合が『非汚染地区近くでよく見かけられる』ということについての仮説に『なんらかの流れに沿って咲いているのではないか』というものが雲をつかむようなものになってきたので……どうすればいいかと」
『うう、ここが勝負の分水嶺! 卒論の形を少なくとも見つけなくては!』
 ネネの目が真剣に副寮長を見る。
「そうですねぇ。まず現時点で分かっている闇百合の特徴や性質、世間での評価を纏め、調査図と照らし合わせて現時点での推論を帰結にする。が精一杯な部分はあります。元々移植困難の妙な植物ですから……ああ、でも」
 柚子平は、とんとん、と人差し指を示した。
「瘴気汚染上等で調査範囲をもう少し北西まで伸ばしたほうがいいかもしれませんね」
 と言ったところへ。
「ゆっぴ〜!」
 どばーん、と十河が扉を開け放ってやってきた。
「あ、取り込み中でした?」
「丁度終わったところです。卒論ですか」
「はいー、相談というより手持ちの資料を貸してもらえたらなーと。観察研究は進んでるんですよ〜、例えば……粘泥は光が嫌い、湿気を好む。後は目も耳も口もないアヤカシはどうやって獲物や苦手なものを知覚しているのか。触覚はありそうですけれど、この辺が不透明なので〜」
 副寮長がぺふ、と書類を投げてよこした。
「どうぞ」
「おっじゃましましたー!」
 それぞれの一日が過ぎていく。


●滞在四度目〜二日目〜
 翌日、ネネは朝早く闇百合の調査に出かけた。逆にアズィーズは施設に残り、瘴気の実を生み出す木の寸法とともに、やはり接触したアヤカシを喰って土壌共々瘴気を吸い上げることや、実を生産するサイクルが比較的遅いことなどを記していた。御樹も部屋で戦資料を延々と読みふけり、多人数の状況下における術効果を洗い出している。ヴェルトに至っては、引きこもって術式を延々と書きなぐっていた。
「そーれ」
 一方、敷地内では十河が粘泥を引っ張り出し、砂袋を粘泥の傍に落としたりしていた。
「反応あり、と。一応、飛びかかりはするんですね〜。生き物じゃない、とわかると離れてしまう。まるで防御する気配ゼロですけど〜知性が薄いのでしょうがないのかも〜」
 同時刻。
 八嶋は単眼鬼を南に誘い込んで、結界呪符で隔離しつつ戦闘を繰り広げていた。
「さて、魔の森外における単眼鬼の戦闘力は……最低でも氷人形2体分以上、或いは、武装した羊頭鬼や6メートル級のキマイラに並ぶ、と。……純粋な力比べだけを見れば、中級の中ではやはり上位ですか」
 逃げながら手応えを書きとめ、そろそろ、と処分を開始する。
 そして寮長達は問題の遺跡について『東の鬼通りに密集している墓石の調査の必要性有り』と報告書をまとめると、二日目は中央の通りの調査を始めた。露草たちが見た両脇の瓦礫は、殆ど朽ちてなくなっていたけれど、立派な門構えや屋敷跡、色彩豊かな柱跡からは郷の中心地であった面影がうかがい知れた。
「門前町、だったんですね」
「神社を中心に栄えたらしい……つーことは、当時は名の知れた場所だったんだろうさ」
「栄華の跡でございまするなぁ」
 枯れた井戸。乾いた側溝。地に還った生活用品。
 里の名前すらもわからない。わかるのは……墓石に残った家名や生没年のみだ。


●滞在四度目〜三日目〜
 朝早く、試験結果や寮長の提案書を持ったイサナが玄武寮に戻った。
 他の者はいつもの通り。
 仙猫うるるを伴うネネは、闇百合調査に出かけた。そろそろ雪が溶け出す頃だが、まだ大半が雪の中に埋まっている。次に来る時は、花を拝めるだろうか。なにしろ花が咲かない限りは見つけることすら至難である。
 御樹は集めた資料に頭を悩ませていた。どこに何があるかは分かる。術についてもある程度は熟知している。しかしこれを論述としてまとめあげるのは骨が折れそうだった。どういう状況下において何が有効で、今後に術の発展が望めそうなものは何で、陰陽師にとって前衛職と後衛職では、どの術が有益なのか。きちんと筋立て考える作業は御樹自身にしかできない。
 外では相変わらず八嶋や十河が実験していた。
「粘泥って、どうやってコミュニケーションしてるんでしょうねぇ。いえ、コミュニケーションとるほど知性はないっぽいですし、どっちかというと獣並みですけど、うーん」
 瘴気をぺい、と投げてみたが、粘泥は少し活発気味になっただけだ。

 副寮長こと狩野柚子平のところへはこの日も学生が足を運んでいた。ヴェルトは屍鬼に関する卒論についてではなく、自分がまとめた術式について意見を求めに来ていた。
「瘴気を練力として還元できて……瘴気吸収の強化式の代わりに回復式を、っていうのが悩みどころなのよ。そもそも瘴気回収をベースに考えると、事前に仕込みが必要よね、っていうのが昨日の悩みで、いっそ治癒符の効果時間を持続するようにできないかしら……とか色々と考えたんだけど、どうかしら」
 副寮長が『陰陽回帰(仮)』の論文を受け取る。
「そうですね。まずその場に漂う瘴気を集めて治癒に転化するのと、敵の物理攻撃を瘴気に分解して一瞬で治癒術に変えるのは、難度が雲泥の差です。術式が完成しても100パーセントの効果を期待するのは難しい。恐らく、何割かの確率で負傷は避けられないでしょう。ただ、一瞬で分解することさえ可能なら、瘴気吸収の術式で取り込み利用することは理論上可能ですね。では取り込んでどうするのか。生命力を補う術式を含む吸心符、符を用いて肉体の裂傷や欠損を補う術式を持つ治癒符、練力に転化する術式のある瘴気回収、抵抗力を高める術式を持つ九字護法陣、……陰陽術には既にいくつかの術式がある。どの辺を織り込んで利便性の高い術式にするかは、あなたの到達させたい目標によります。あとは……治癒符の効果は符を変質させる刹那的なものですから、治癒符の効果時間を伸ばすという言葉の意味がいささか不明です」
 首をかしげる副寮長に「もう少し考えてみるわ」とヴェルトは告げた。

 入れ替わりで副寮長を訪ねたのは、ここ三日間、思考の海から脱出できないアルジェントだった。余りにも思い悩んでしまったので、無意識に作ったお茶菓子を手土産にして。
「そも私は何を調べているのでしょう、という状態に。もともとはですね。飛ぶ壁作りから、何故アヤカシは空を飛べるのか浮力に興味を持って、この大地が何故空を飛ぶのか、浮力の仕組みを知り……浮力を付扱う式が出来ないかと」
「……見事に迷走してますね」
「おっしゃる通りですわ」
 泣きそうな顔で、はも、と菓子を口に放り込む。
 柚子平がお茶を飲みながら「うーん」と唸る。
「お話の内容がバラバラですから順番に行きましょう。
 まず現在の陰陽術では、結界呪符を空中に維持することはできません。縦に並べる事すら不可能ですから、結界呪符の形状を変えたり、推論を重ねて出現方法を模索するだけで、それはもう一つの論文になります。
 できるかどうかは別にして。
 岩首なんかは空中に物体を作り出しますが、基本落ちますし。
 次にアヤカシの飛行技術ですが、獣系が翼で飛ぶのは兎も角翼のない個体……それこそ幽霊系や不死系、自然系が何故空中に漂うことができるのか。これも解明した研究者はいません。解明に迫った推論を重ねれば、それもまたひとつの論文です。各系統いずれかのうち、翼に頼らない飛行力を持つアヤカシの種類を調査して纏めるだけでも論文としての価値はあります。いわゆる資料としての価値ですね。
 この大地が何故空を漂っているのか。
 これは……ごく最近、石鏡あたりから流れてきた情報だと、大型飛空船を浮かべているのと同じように『浮遊宝珠』か何かではないのか、という一説が出ていますが、まだ結論が出ていません。長年、決着をみていない話ですから、ここから探ろうとするのはまず無謀、とも言えます。
 第一、大地の飛行の謎であるとか、浮遊宝珠からの研究となると……もはや瘴気の利便性を探る陰陽術ではありませんから、卒論としての価値は限りなく低い。純粋に浮力を持つ式構築に活かせる論文を目指すなら、アヤカシの研究から瘴気性質を探るべきですね。
 ……大丈夫ですか」
 アルジェントが唸っている。
 そこへアズィーズもやってきた。
「副寮長、他国で瘴気の実を生み出す樹木の報告って、でてます?」
「いえ? 今のところはありませんね。大アヤカシが滅んでも魔の森や瘴気汚染を大々的に拡大する方法なぞ、生成姫の森ぐらいでしか発見されていません。どうかしましたか」
 アズィーズが口ごもる。
「いえ。その……瘴気の実ってクルミに似てますでしょう。既存の木や植物アヤカシとの類似点を探って、生成姫が何に手を加えてこの木を作り上げたのか……を考えているうちに不安が脳裏をよぎったんです。生成姫のみが作れるなら良いのですが、力あるアヤカシだと誰でも作れる、とかだと危険すぎますし……と、思いまして」
「なるほど。ですが……それは論文の結論に使っては」
「え?」
「あの木の性質や生態について纏めているのでしょう。でしたら。如何な形状、特性、性質だけでなく、危険性や想定される今後の問題を引き合いに出して、注意喚起する文面で論文をしめればいいと思いませんか」
 アズィーズが話を書き留めている間、副寮長は窓の外を見上げた。
「……蘆屋さん達、遅いですね」


 その頃、寮長たち遺跡の調査隊は、旅通りから神社にむけて無駄な戦闘を避けながら視察をしていた。派手な作りに格子窓。もしかすると歓楽街か何かだったのかもしれないが、この辺だけより一層くちており、中には『朽ちた』というより『破壊された』ような痕跡もあった。
「立派な門構えですね」
 出入り口の屋根は落ちていたが柱は不動だ。地面の草木を毟ると、石畳が精緻にしかれていた痕跡もある。しかし石畳の間から生えたと思しき巨木が、廃墟となって長いことを知らせてくれている。
「あの中に入るの、危ないかな。気になるんだが」
 唯一原型を残す社を見て、緋那岐が頬を掻く。
「奥地には無理に入らぬ方が……」
 寿々丸が口にした刹那。
 急激に空気が変わり、目の前を漂っていた紫の霧が晴れていく。遺跡を徘徊していた下級アヤカシたちが一斉に動き出し、魔の森に走り込んでいく。
「な、なんだぁ? 一体何が。もしかしてやばいんじゃ」
 慌てる寮生に対して、寮長が瘴気の回収を試みる。しかし、一向に練力が戻らない。
「消えていく」
「え?」
「漂っていた瘴気が、急激に激減しています。よくわかりませんが……そうとしか」
 だからアヤカシが魔の森に逃げ込んだのか?
 一体、何故?

 ……うふふ、ふふーん……

「誰か、何か申されましたか?」
 寿々丸の問いに、緋那岐と露草、寮長は首を振る。楽しげな少女の声が聞こえた気がした。ぞ、と背筋に寒気が走る中で、又鬼犬の疾風が急に屋敷の中へ駆け出した。慌てて四人が追いかける。草木が床をぶち抜いている以外は、至ってどこにでもある神社の廃墟だ。
 疾風は奥の部屋へと進み、一枚の鏡の前で止まった。
「なんだこりゃ。でけぇ」
「ここだけ綺麗ですね、寮長」
「ええ」
「どんな場所だったのでございましょうな」
「ヌシサマを祀る場所よ」
 皆の手が止まった。
 後方には、翼を持つ少女が浮かんでいた。羽妖精に見える。
 皆が何か言う前に、少女は寮長に接近した。
「あなた、高位巫女ね」
「な……違います! 私は五行に務める陰陽師」
「でも前は相当な巫女だったでしょ? 隠そうとしても無駄よ。わかるから。良かったぁ……主様がお戻りになったけど、人間が誰もいないんだもの。どうしようかと思ってたところ。
 丁度いいわ。
 あなたを主様付きの巫女にしてあげる。身に余る光栄に、感謝なさい」
「な……」
 言うやいなや。少女は寮長こと蘆屋東雲の襟首を掴んで、鏡に向かって突進を始めた。
 何かを察した寮長が生徒達を突き飛ばす。
「来てはダメ! 早く逃げなさい! ここは――……」
 するり、と溶けるように、消えた。
 そして残った静寂。
「……寮長?」
 呆然とした露草達が鏡に触れる。
 ぺっとり、と。冷たい感覚がするだけ。
「寮長? 寮長、寮長、寮長! 寮長ォォォ!」
 三人がどんなに叫んでも、鏡を叩いても。寮長の返事はなかった。
 大鏡の前に残された草履が、持ち主が消えてしまった事実だけを伝えていた。

 それから。
 途方にくれた三人が救出されたのは……
 非汚染区域へ戻らない事を心配した副寮長と同級生達が、松明を手にやってきた……深夜十時過ぎの事だった。