|
■オープニング本文 ※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 一瞬、停電になったのだと思った。 しかし窓から外を眺めると、空は茜色に染まっていて、広い駐車場を挟んだ街並みは、点々と街灯がつき始めている。車は何事もなく車道を駆け抜け、歩道には帰路を急ぐ人々の背中が見せた。 果たして病院という巨大施設でブレーカーが落ちるような事はあるのだろうか。生命維持装置が必要な人間もいるだろうし、手術中に電気が途絶えるなどあってはならないはずだ。何しろ自分がいるこの階は、要監視対象の患者ばかりが揃っている。何かあっても自家発電装置に切り替わるだろう。 そこまで考えて。 廊下から何も聞こえない事に気づいた。 誰も騒ぐ声がしない。 足音もない。 ということは、この部屋の電気だけが消されたのだろうか? ナースセンターに部屋の電源を司る装置でもあるのかと腹立たしい思いを味わいながら、痛む体を起こして壁のスイッチに手を伸ばす。けれど反応がない。 電気はつかなかった。 移植手術を受けたばかり……とは言えないにしても、傷口は痛む。少し動くのもだるい。少ない体力を振り絞って寝台に戻り、ナースコールに手を伸ばした。 しかし。 どんなに鳴らしても、看護師や医者は来なかった。 一時間ほどは経過しただろう。もしかしたら別の場所でも停電があって、誰かの身に何かあったのではないか、それで来られないのではないか、などと様々な想像が脳裏を駆け巡る。だからといって緊急を要する呼び出しだったらどうするのだろう、と思いながら……仕方がないのでリモコンを手にとった。 テレビがつかない。 テレビカードは、まだ残数が残っていた。けれど冷蔵庫も動いていない。ノートパソコンの電源は入ったけれど、起動してすぐにバッテリーに切り替わった。壁に目を凝らすとコンセントには繋がっている。 やはり停電なのだろうか。 暇つぶしのインターネット画面を起動したが……回線は繋がっていなかった。 入院に備えて電波式に切り替えたから、決して繋がらないなんて事はないはずだ。仕方がないので携帯電話で不具合情報を探ろう、と画面を見て、目を疑う。 『圏外』 携帯電話を何度見ても同じ表示だった。 たった数十分前まで使っていた携帯が圏外になる、なんてことがありえるのだろうか? やはり何かおかしいと、肌で感じたとき。 薄暗い個室の天井に、じわりと何かが染み込んできた。 「水漏れ? 何で……」 今度こそ文句を言ってやろうと天井を睨み…… ぼ あ そ う 文字だと気づいて愕然とした。 水漏れだと思ったシミは、少しずつ輪郭を明確にさせていく。 けれど窓から差し込む光が薄れていき、闇の中に文字が消えていった。息をするのも忘れるほど驚いて、完全に個室の中が闇に沈むまで、天井から目が離せなかった。無意識にナースコールのボタンを連打しても、依然として誰も来る気配がない。 夢を、見ているのだろうか? ストレス? 薬の影響? しかし近くの物を掴む質感は紛れもない本物だ。 『……ねぇ、遊ぼうよ……』 少女の声が聞こえる。 頭の中に響いてくる。 周囲を見回しても、広がっているのは闇ばかり。 『……わたしがおにね……』 全身の産毛が、逆立った。 少女の声は、嗤っていた。 無邪気で冷徹な声だった。 『ひとーつ、ふたーつ……』 這いずるように廊下へ出ても。 誰もいない。 頭の中に響く声は、数を数え続けている。 『……ここのつ、とお……』 何かが、 何かの糸が、 ふっつりと途絶えた気がした。 全身に感じる刺さるような視線に、もしも名をつけるならば。 誰もが口を揃えるだろう。 それは『殺意』だと。 電気は不通。電波は圏外。 ナースコールは無反応。テレビは映らず、洗面台からは水も出ない。 誰もいない廊下は、痛いほどに静まり返っていた。 一体、何が起こったのだろう。 しかし何も分からぬ状態でも、頭の中の少女は囁く。 『私が勝ったら―――の―――を―――からね』 |
■参加者一覧
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
ラシュディア(ib0112)
23歳・男・騎
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
ジョハル(ib9784)
25歳・男・砂
リドワーン(ic0545)
42歳・男・弓
庵治 秀影(ic0738)
27歳・男・サ |
■リプレイ本文 遠ざかる声に、四月朔日レテ子は「待って! 話そう!」と対話を試みた。 「名前も知らないなんて遊び相手と言わないと思う。私は四月朔日レテ子。この遊びのルールと勝利条件くらい、教えてくれてもいいでしょう」 嗤う声が脳裏に響く。 『名前かぁ。もうあんまりイミのない事なんだけど。いいよ。私の名前は京神ユユリ。るーるは簡単。私がたりない臓器を全部集めるまで生き残ること』 青ざめたレテ子は「私の臓器?」と姿なき声に尋ねる。 『さあ。でも集めるには体を切らないとね』 それっきり声が消える。 体を切ると聞いて、レテ子は立ち尽くした。 這うように廊下へ出た幼い珠々(ia5322)は、病院で友達になったレテ子の病室に向かっていた。 病室と違い、廊下に蟠るのは完全なる闇。 首から下げた電灯が辛うじて足元を照らす。手にした免疫抑制剤とフェルトペンを握り締めた。 『……こわい、こわい、かえりたい……おかあさん。でもこれ本当かなぁ?』 「珠々さん」 声が聞こえた。 急に視界が白くなった。懐中電灯の持ち主は、病室から出てきたレテ子だ。スマートフォンの赤外線アプリを一旦終了して歩み寄る。 レテ子は躊躇い気味に尋ねた。 「あの、ね。……女の子の声とか、聞かなかった。例えば『遊ぼう』とか」 「レテ子ちゃんも? 知らない子の声で『私が鬼ね』って」 寸分の狂いもなく同じ内容だ。 「珠々さん、待合室に行こう。他にも誰かいるかもしれない」 手を握って長い廊下を歩き出す。 病室の窓から見た外の世界が恋しい。 涼・フォード・西條は、暫く携帯電話を開閉していた。電波は圏外だ。舌打ちして室内を見回す。背広を羽織って携帯電話をポケットに押し込み、果物ナイフを内ポケットに忍ばせ、ペットボトルの水を持って部屋を出た。 目指す先は病院の売店で顔を合わせた知人の病室だ。 「山田、いないか」 「西條か」 壁伝いで進み、窓を背にした山田太郎に辿り着く。 「どうなってるんだ。停電か」 「分からない。近くの病室を見て、それから待合室に行ってみよう」 「だな。一緒なら心強い」 男達は病室を出た。 病室にいた庵治 秀影(ic0738)は「ち、面倒だな」とぼやきつつ手探りで物を探していた。 移植後、暫くは目を使うな、と言われていたからだ。 まずタバコとライターをポケットに押し込み、ノートパソコンを抱えて壁沿いに歩き出す。 「おーい、誰もいねぇのかなぁ。いたら返事をしてくれぇ」 「目が使えない人みたい」 「こっちです。お髭のおじさま」 赤外線アプリを閉じたレテ子が呟き、珠々が手を引いた。 「よぉ悪いね、助かるぜ。誰もいねぇみたいなんだが……こりゃ一体どうなってるのか知ってるか」 「誰もいないんです。色々見たんですけど」 庵治を待合室の椅子に案内したレテ子と珠々は、ある事に気づいた。 肌に数字がある。 「変わったイレズミですね」 「刺青ぃ!? 俺は単なるフリーライターだぜ。そんな趣味ねぇよ。落書きか。悪いんだが、確認してくれねぇか」 上着を脱いだ庵治の体には【1】【3】【3】と文字があった。 再び服を着る。 「誰かいるのか」 レテ子が懐中電灯で背後を照らす。山田と西條が現れた。 男達の肌にも数字があったが、明かりを持たない二人は気づかなかったらしい。 山田の体に【1】【3】【5】、西條には【6】【1】【6】の数字。まさかと思って女子トイレで確認したレテ子の体にも【1】【5】【5】、珠々の体にも【1】【3】【5】の数字があった。 意味がわからない。 事務室から失敬したお菓子を食べながら、五人で軽く自己紹介と現在に至るまでの話を済ませる。 共通するのは、少女の声だけ。 「悪戯にせよ怨念にせよ、何か元があるんじゃねぇかぃ」 怨念、ときいて西條は拳を壁に叩きつけた。 「……くっそ。窓の向こうは正常に機能してるっていうのに。現代にこんな非科学的な事があってたまるか。妙な次元にでも迷い込んだっていうのか」 山田が「まあまあ」と慰める。 「ともかく、ここから逃げたほうがいいだろ。一箇所に留まるのはまずい。俺と西條は一階を調べてくる」 「俺ぁ屋上を目指すか。天井に水を滴らせるんだ、何か仕掛けがあるんじゃねぇかぃ。悪戯じゃねぇなら……こそこそしても無駄かもなぁ。だが鬼ごっこ楽しむならズルはしねぇだろ」 庵治が立ち上がる。 逃げられれば良いが、見つかるとやばそうだと感じていた。 レテ子と珠々は各階を調べつつ、売店へ充電器を取りに行くと言った。 掲示板に書置きを残して動き出す。 用心深いリカルド・バルデムは、懐中電灯で足元を照らしつつ順番に部屋を覗く。 いない。 いない。 ここにもいない。 気配がしないのに相変わらず殺気だけは感じる。 『これだけの殺気を放っておいて、遊ぼうとは笑わせる』 脳裏に浮かぶのは雀や鼠を弄ぶ猫。さながら自分は獲物だろうか。 『待ちに待って、漸く漕ぎ着けた移植だ……訳の分からん理由で、殺されてたまるものかよ! こっちから油断を誘ってやる!』 相手の出方を伺うつもりで「苦しい」と呟き、何度も意図的に躓く。 すると。 ぺたぺたぺた。 素足で廊下を歩く音がした。 ぺたぺたぺた。 ぺたぺた。 ぺた。 バルデムは懐中電灯を向けた。 誰もいない。しかし影ができたのを見て『何かいる』と悟った。 バルデムは慌てて逃げ出す。 『うふ、のんびりさんね。遅いよ』 一階の廊下で呆然と立ち尽くしていたのは山田と西條だ。 玄関の扉があかない。鍵はかかっていないのに非常口も開かなかった。 窓から出ようとしても同じだ。 開かない。 あかない、あかない、あかない…… 「うおぉぉぉ」 待合室の椅子を掴んで窓へ叩きつけた。 硝子は割れなかった。 何度叩きつけてもダメだ。やがて椅子が壊れた。 呼吸が苦しくなって蹲る。 床に落ちたお守りを握り締めた。 『こんな所で……訳もわからないまま、死んでたまるか。生きて、妻と子の所に帰るんだ』 「山田。一旦、戻ろう」 まだ諦めるわけにはいかない。 売店で充電器をとり、お金と書置きをおく。 「これで、わかりますよね。戻りましょう」 「まって」 ふいにレテ子がナースステーションの奥へ入り、充電に切り替わっているノートパソコンでカルテの検索をかけた。 探す名前は『キョウガミユユリ』……1件がヒットし、番号のカルテを探しに行く。 カルテは死亡者の棚に収まっていた。 レテ子と珠々、山田と西條、庵治が『外へ逃げられない』事を悟りつつ、元の階に戻ってきた時、凄まじい血臭が鼻をついた。 逃げるべきだと本能が訴える。 珠々とレテ子、西條が闇の中を観察する一方、山田は踏み込んでいく。 「誰か怪我をしたのか? 答えてくれ!」 廊下の床に明かりがついた。懐中電灯らしい。 手がある。 誰か倒れている。 彼らには見知らぬ男――バルデムだ。全身をズタズタに引き裂かれているが息がある。 「う……え」 「しゃべるな! 誰にやられた? 西條、手を貸してく――」 山田の目の前に、逆さ釣りになった少女の首が現れた。 ニタァ、と唇が弧を描く。 『ふたりめぇ』 少女が腕を振るう。 その手にはバルテスが持っていた果物ナイフがあった。 両手で顔を庇った刹那。 『ギャッ!』 化物は天井から落ちて、間合いをとった。 『痛ッ……なんか持ってるわね』 山田は手にお守りを握っていたことを思い出した。 慌てて西條が山田の手を掴み「逃げるぞ」と走り出す。 珠々達が懐中電灯で「こっちです」と合図した。 『せっかく半殺しで生かしておいたのに。失敗かぁ。臓器も違うし、もういらない』 バルテスの腹から何かを引きずり出した。 「やめて、ユユリさん!」 カルテを抱いたレテ子は『鬼』に向かって叫んだ。 「こんなの間違ってる。そりゃ、自分の体を奪われて、許せないことかもしれない。私だって申し訳なく思うよ。でも貴女は一ヶ月前に死んだのに」 ユユリはレテ子を見た。 やがて『ああ』と合点がいったように微笑む。 『あなた、私が体をあげたと思ってるのね? ちがうよ、そこにいるじゃない』 レテ子の胴を指差した。 『臓器の記憶って、知ってる?』 小柄な足が血だまりを踏んだ。 『移植前と移植後で、食事の好みが変わったり、知らない話を知ってたりする奴。 あれはね。 元の持ち主と融合するから起こる現象なのよ。 貴方の体にも前の人が宿っていて、現実に戻ったら徐々に融合するの。 いわば第二の人生ね。 だからその人も相性がいい人に手を貸そうとする。大事にしてくれる人と一緒に生き残ろうとする。負荷なく助け合えるのは、幸運に恵まれた人だけ。 かつては私もそうだった……でも負けた』 「どういう、こと」 少女はバルテスの果物ナイフをお手玉のように投げて遊ぶ。 『昔々のお話です。 川を埋める時、神様に捧げられた女性がいました。 人柱になった彼女は、大勢を恨みながら極楽へ魂を運ぶカミサマになりました。 時が経って、埋立地には病院が建ちました。 毎日、大勢が死んでいったけれど、ある時、死んでも生き返る人達が現れました。 体の中身を交換した人達です。 魂の結合を見ていたカミサマは思いました。 私も生き返りたい。 あの体がほしい。 でも此処にはカミサマが必要です。 考えた末、彼女は何も知らない魂を集めて鬼ごっこを始めました。 捕まった人は、生きる為の生命力を奪われます。カミサマは足りない生命力を集めて、他人の体を乗っ取る事に成功しました。そして鬼ごっこで理不尽に命を奪われた人達は、交代するカミサマとして残ることになったのです。 次も、次も、その次も……おしまい』 何千何万と繰り返された。 円環の鬼ごっこ。 『領域から逃れる方法はふたつ。 一つ、カミサマが足りない臓器を集め終わるまで、生き残ること。 私には誰が持ってるか殆どわからないし、嘘つくのもいるから、全員切るしかない。でも上手く逃げれば生き残るよ。自分が持ってたら絶対助からない方法だけどね。 二つ、私に必要な臓器をもってる人を誰か殺すこと。 ひとつでも欠けたら他は見逃すしかなくなるの。部品が足りないと乗っ取れないんだ。 ホント、よくできてるよね』 瞬時に理解した。 全員が生還する方法はない。 全員が殺されるか、或いは、必要な臓器の保持者を殺すしか…… 「保持者は誰だ。どの臓器だ」 『え〜、それ教えたら私が生き返れないじゃない。ま、いいわー、次のカミサマには教えるのもキマリだし。体に数字が浮かんでる事を知ってる? その重複が目印よ』 数字の重複者は『四月朔日レテ子』と『涼・フォード・西條』と『庵治秀影』だ。 刹那。 珠々はレテ子の手を掴んで猛然と走り出し、廊下の果てに消えた。 レテ子は「珠々ちゃん?」と戸惑ったが、珠々は強引に女子トイレへ身を隠す。 「私は違うけど、レテ子ちゃんの数字がふたつって、男の人たちは知ってます。力じゃかなわない。私たちだけで逃げなくちゃ」 「私を殺さないの?」 「嫌です。私は、他人でもなく自分でもなく、お友達が大事です。レテ子ちゃんと一緒に、おかあさんのところへ帰るんです」 震える手を握り返した。 死ぬわけにはいかないと、レテ子も思う。 退院したら友達といっぱい遊ぼうと決めた。今まで支えてくれた両親に、うんと親孝行する為にも。 その頃、山田と西條は、目の見えない庵治を連れて逃げていた。 少女に捕まれば見境なく殺される。 かといって山田は、この状況下で誰かを見捨てる気にならなかった。 「山田、わかってるのか。俺や彼は」 「うるさい」 このままでは仲間同士で殺し合うしかない。 西條は懐の果物ナイフを無意識に触っていた。護身用だ。西條は人を救う薬剤の開発に身を投じてきた為……誰かを傷つける事には躊躇いがあった。 少女たちを手にかけることも。 「きっと何か別の方法が」 西條は我に返った。 「さっきの話、おかしくないか」 「何が」 「該当者を彼女より先に殺せ、というが、彼女は見境なく殺して臓器を奪っている。俺たちが殺し合っても死体は残る。殺す手間なく臓器を差し出すようなものだ」 『結構、頭いいのね』 正面の踊り場に少女はいた。 庵治が低く笑う。 「皆、嘘をつく。なるほどなぁ……仲間殺しで手間を省こうってか」 『あら。全部が嘘じゃないわよ。臓器が欠ければ、私は負け。でもこの空間から欠けさせるには、炎で浄化するしかないのよね。でも此処って何もないし?』 庵治はポケットの中に手を伸ばした。 ライターはある。 『私をかわいそうって思ってくれないの?』 山田と西條が逃げようとする中……庵治は己の包帯を解き始めた。 「もうちっと早く、気づければな。いいわけじゃねぇが、俺は知恵が足りねぇから。だが他人を助ける為にぁ、自分が生きてこそってなぁ。いいネタをもらったぜ……ぐ、ぎ!」 ぶちり、と。 己の左目を抉った。 『もう諦めたの? つまんな……』 その手に握られたライターに、ユユリの顔色が変じる。 「片目でも『必要臓器が欠ける』ことには違いねぇだろ。じゃあな、カミサマ」 俺は生きて世界を見る。 『待っ――』 抉り出した片目に、ライターで火をつけた。 「……ねぇ、きいた? 新しく移植した人たちの話」 「風俗店を経営なさってたバルデムさん。亡くなったんでしょ」 「お若いのにね。色々お花が届いてたわ。酒屋のラシュディア(ib0112)、ドレス屋のレティシア(ib4475)、靴屋のジョハル(ib9784)、同業社のリドワーン(ic0545)……」 「他の人たち、急に自主退院や転院したそうね」 「まだ安静だったはずなのに」 「そのせいかな。庵治さん、片目の視力が戻らなかったらしいわ。手術費の支払いに来てた時に眼帯してて『視界が変わると結構世界は変わるもんだな』って言ってたわ」 「カッコイイ」 「そんなことより聞いてよ! 女子トイレに死んだ人のカルテが落ちてたんですって」 「やめてよ。最近アッチコッチに知らない落書きがあって怖いのに」 「この病院……時々、変な事あるよね」 「事務室や購買の品物がよく消えるんでしょ」 「この前はお金と置き手紙があったんだって。子供の字だったらしいよ」 看護師たちのお喋りが聞こえる。 まだお腹の傷口が痛む。ラジオを聞きながら窓の外を見た。 美しい茜色だった。早く、元の生活に戻りたい。 そうしたら…… ザ―――――。 ラジオが聞こえなくなった。携帯電話も圏外。 人の声もしない。 『ねぇ、あそぼう。私と……彼が鬼ね。ほら何か言って』 『遊ぶ気はない。すぐに終わらせてやる』 『どうかしらぁ』 脳裏に謎の声が響いてくる。少女と男性の声だ。 やがて死のカウントダウンが始まる。 カミサマ達の鬼ごっこ。 それは。 『私達が勝ったら、あなたの体を、もらうからね』 決して終わらない、感覚のナイトメア――――。 |