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■オープニング本文 ●伏せられた真実 先日150体ものアヤカシが現れ、飛空船を強奪。その際、数名の子供が巻き添えとなったが、腕利きの開拓者72名によりアヤカシは駆逐、生存者は救出された。 若干規模の大きい話とはいえ、戦の最中では珍しくない話だ。 人々は開拓者を誉め称え、ゴミのように散ったアヤカシを嘲笑った。 だが公に流れた話には伏せられた秘密があった。 ひとつ。 アヤカシは飛空船を襲ったのではなく、飛空船を乗っ取って護送していたこと。 ふたつ。 護送対象は全て、志体を持つ子供であり、かつて滅びた大アヤカシ生成姫に誘拐されて洗脳教育を施されていた経歴を持つ……通称『生成姫の子』であること。 みっつ。 飛空船が向かおうとしていた場所は、何もない天儀の果て。雲の下であったこと。 最後に思い出すのは生成姫の言葉ばかり。 …………お前たちはいつか、後悔するぞ………… 五行国封陣院分室長、狩野柚子平(iz0216)は報告書を閉じた。 積まれた報告書全てに徹夜で目を通し、憔悴しきった顔でため息を零す。果たして何十時間ほど報告書を読んでいただろう。人妖樹里が、主人が仕事を終えた事に気づいて近寄った。 「……ユズ、何かわかった?」 「ええ」 柚子平は元々、大アヤカシ生成姫の研究で、現在の地位にのし上がった。研究対象が滅びた今、研究の殆どは無用の長物となり、学術的論文と魔の森焼却にのみ当てられる資料になりつつあったが……先日の誘拐騒ぎで、見方が変わった。 元々柚子平には消えぬ疑念があった。 『生成姫よ、一体あなたは何者であったのか』 国を破壊し、大勢を苦しめながら、山の神を名乗り、人間を飼い、戯れに望みを叶え、己の消滅すら意に介さず、笑って消えた謀略のアヤカシ。 『その手で滅ぼしたのだから、自力で答えを探せ……という所でしょうかね』 自嘲気味に笑って立ち上がる。 今や生成姫について最も詳しい情報を知るのは柚子平しかいない。 「どこへいくの? 夕飯くらい食べたら」 「樹里、五行東へ……白螺鈿へいきますよ。唯一の生き証人がいるのを忘れていました」 誘拐され、洗脳を受け、成長し。 密偵や刺客として放たれた『生成姫の子』は、未洗脳の子をのぞき、殆どが討伐処分された。 商家の養女になった、榛葉紫陽花を除いて。 ●生成姫の子ー紫陽花ー 「あくる、という名前を知っていますね」 開口一番、柚子平は確信を持って尋ねた。実際には半ばひっかけだったのだが、紫陽花は暫く押し黙った後、首を縦に振った。 「亞久留(あくる)様は、おかあさまのお客様です」 「お客様?」 「はい。ずっと昔、連れの陰陽師と森に侵入してきたのですが、私たち番人役の子供では歯が立たなくて。里長様とおかあさまに報告したら、何時間か経ってからお二人を招かれ、こうおっしゃいました」 『二人は大事な客分である。決して害を加えてはならぬぞ』 「それは、いつから」 「覚えていません。二人の行動には干渉してはならない、好きにさせよ、との命令でしたから」 「ふむ。来客以前と以降では、秘密里の暮らしに何か変化は」 「おかあさまがよく会いに来てくれたり、勉強が少し変わったくらい、でしょうか。後は何も。私たちは精々、お客様がいつも行かれる場所までの見張りをする程度で……」 紫陽花の言葉を聞いた柚子平の目が光った。 「つまり魔の森の、どの辺りに入り浸っていたかご存知だと」 紫陽花は、ハッと口を押さえた。 彼女は人間側に情を覚えて生き残ったが、生成姫への愛情は完全に消え去っていない。彼女の口を滑らせるには、細心の注意を払う必要があった。 「紫陽花」 柚子平は華奢な手を優しく握った。 「とてもつらい事を聞いていると思います。ですが、どうか協力してください。 あくるという者が、神楽の都で保護されている貴女の妹や弟たちに危害を加えようとしたのです。恐怖に震えて泣き叫んだ弟妹達は助け出しましたが……次の保証はない。 貴女なら弟妹を見捨てぬと、私は信じています」 揺るぎのない瞳に、紫陽花が意を決した。 「私に地図を」 ●大アヤカシ生成姫の遺産 その日、大勢の開拓者が召集された。 「ユズの鬼、女泣かせ、ばかー!」 「何やってんの樹里ちゃん」 主人を罵倒する人妖を捕まえた開拓者が首を傾げると、ぷりぷり怒った抹茶色の髪の人妖が「ユズが大うそつきなんだもん」と顔を逸らす。 またなんかやったな、と一部の開拓者が死んだ魚の如き目を向けた。 「別に嘘はついてませんよ。少し不安を煽っただけです」 無表情の依頼主は、円卓に地図を広げる。 「会議を始めますよ」 五行東に広がる魔の森の範囲図だった。 「地図を間違えたのか? 合戦で攻め入るのはここじゃないだろう」 「いいえ国連合の件とは別です。今回の行き先は『滅びた大アヤカシ生成姫の支配域』で間違っていません。 先日150体ものアヤカシが生成姫の子を浚いましたが、その時の主犯と思われる人物が、生成姫の魔の森へ客分として出入りしていた裏付けがとれました」 ざわめく者達に紫陽花との会話を説明する。 「そいつら、何の為に魔の森に」 「瘴気の実」 何人かの体が震えた。 「……を覚えていらっしゃいますね。濃度の高い瘴気を蓄え、放置しただけで二週間に渡って土地を腐らせ、破壊すれば瘴気が広範囲に吹き出す……生成姫の負の遺産です」 「では」 「生成姫の子、紫陽花は『瘴気の実の大樹』がある場所を教えてくれました。亞久留とやらも此処へきていた。生成姫は森の何カ所かに木を設置したらしいのですが、最も巨大なものが……ここで守られている」 「嘘の可能性は」 「ないでしょうね」 少し前、魔の森で研究を行っている陰陽寮玄武の生徒が、瘴気の実を持つ眼突鴉を追跡した結果、同地点で大量の中級アヤカシを確認したらしい。 ほぼ間違いない、と断定された。 紫陽花の記憶によれば…… 大樹は元々細い幹が複雑に絡み合って作られた。今や幹の直径が5メートルほどで全長30メートル。大地の瘴気やアヤカシを取り込んで瘴気を実の形に凝縮、結晶化させる。時間はかかるが再生能力がある為、損傷をうけても放置して平気だったという。 「空から大技でも放ってばいいんじゃないか」 「細部調査は必要です。第一、大樹を焼いたり切り倒しても、根が残れば何の意味もない」 単なる破壊は、実の破裂と瘴気拡散につながる。 「厄介だな」 「引き抜くには多数のアーマーが必要になると思います」 実から瘴気を拡散させずに葬れる術は「精霊の聖歌」「聖堂騎士剣」「白梅香」「浄炎」「魔祓剣」「無縁塚」が確認されているのみ。 単にアヤカシを倒すよりも何倍も大変だ。 「場所は魔の森奥地。飛空船と飛行相棒で出入りします。 強化されている周辺アヤカシを掃討し、瘴気の実を生み出す大樹を葬らなければ。 そして亞久留と同伴者が何をしていたのか。我々が突き止めねばなりません」 |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 朝比奈 空(ia0086) / 鈴梅雛(ia0116) / 芦屋 璃凛(ia0303) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 黎乃壬弥(ia3249) / 菊池 志郎(ia5584) / 鈴木 透子(ia5664) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ニノン(ia9578) / 尾花 紫乃(ia9951) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 白 桜香(ib0392) / 萌月 鈴音(ib0395) / オドゥノール(ib0479) / グリムバルド(ib0608) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 蓮 神音(ib2662) / ウルシュテッド(ib5445) / 叢雲 怜(ib5488) / ローゼリア(ib5674) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / 神座早紀(ib6735) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 朱宇子(ib9060) / 星芒(ib9755) / 戸隠 菫(ib9794) / 草薙 早矢(ic0072) / 火麗(ic0614) / 黒憐(ic0798) / トラヴィス(ic0800) / リュドミラ・ルース(ic1002) / 昴 雪那(ic1220) |
■リプレイ本文 ●失われたナマナリの軌跡 我々は何の為に生まれたのか。 確固たる定義が、忘却の彼方に葬られた時代に生まれた。 時の悪戯か。運命の導きか。偶然と必然の境目は何処か。 かつては何も知らなかった。 本能のままに、生き続けた。 けれど喰うことに飽き、遊ぶことにも飽きた。護大を取り込んで以降、飢えを知らぬ身は、悠久に等しい時間を食いつぶし続ける。渇望だけが我が身を焼く。森を守り、暇つぶしに山の神を名乗り、計略を積む為だけの日常が、この先、無期限に続くというのか。 なんと退屈な日々だろう。 ある日、客人から興味深い話を聞いた。 誰もが何かをなす為に生まれた、と人は言う。 ならば全てが調和した楽園を創ろう。 その力がある。 全てを統べる王の資格がある。 いつか滅びようとも、いずれ生物は我が意を知る。 誰も知らない。何も残らない。そんな無意味な消滅など許さない。 我が身は、英智を求めた意志の結晶。 我は理に従うもの。 理に調和するもの。 そして理の中で、全ての母として足掻くもの。 これほどまでに意義のある生き方が、またとあろうか。 理想の為に生き、そして死のう。 天儀に、妾がある限り。 空に還る、その日まで。 ●飛空船の珍道中 アーマーを積んだ飛行船が空を飛んでいた。 小隊【銀の薔薇空戦団】が提供した飛空船の船長を務めるのは、小隊長のリュドミラ・ルース(ic1002)である。眼下に広がるのは、既に滅びた大アヤカシ生成姫(iz0256)が支配していたと言われる領域である。ルースは舵を一旦、火麗(ic0614)に任せ、船の運行を手伝ってくれている者達に声をかけて回った。最後に依頼人のいる小部屋に顔を出す。 「じきに到着だから準備を……」 「副寮長、どういう事ですか――ッ! アレを倒してしまったら、私の卒論が、卒論が!」 そこには依頼人の襟首を掴んで前後に揺さぶるリオーレ・アズィーズ(ib7038)がいた。 壁際で様子を見守っている蓮 神音(ib2662)が「あ、もう時間?」と首をかしげる。 「……彼女は何をしているの」 「あれねー、今回の依頼の裏付けに、木の調査成果を横取りしちゃったらしいよ。職権乱用? 滅ぼさなきゃいけない危険性は、アズィーズさんも分かってるらしいんだけど、生徒の努力を持ってくのはよくないよね。もー、柚子平さんってば、紫陽花さんや皆に酷い事しちゃダメだよ。でも今は瘴気の実の対処が先決。とっちめるのは帰ってからだね」 漸くアズィーズは狩野の襟首を放した。今度代わりに別の細木へ案内する約束付きで。 扉を閉めようとしたルースが「そうだ狩野さん。待機中の操舵手を頼むわよ」と告げた。 「私を使う気ですか」 「現地では、小隊員に船の護衛は任せるけれど、上空待機させるにも最低二人は船内に必要だわ。人妖の樹里さんもいるんだし、暇でしょう。きりきり働いてもらうわよ。宜しく」 凛々しい女傑の宣言に「……分かりました」と依頼主が声を返した。 ●上空掃討班 奥深い魔の森の中に、その大樹は埋もれていた。 大樹の傍を十五体の以津真天が旋回している。木の枝に隠れてはいるが、相当数の眼突鴉も伺えた。木々の隙間から、中級アヤカシ達がこちらの様子を伺っている。飛空船は兎も角、隠しようがない開拓者の群れだ。警戒されるのは致し方ない。 小隊【華夜楼】を率いる小隊長の黎乃壬弥(ia3249)も、集った仲間に「各員、持ち場で最善を尽くせ」と伝達した。そして皇龍定國とともに、飛空船の前に出る。 「飛空船の耐久性は過信しないほうがいいと見た。地上の安全が確保されるまで、俺達が護衛に残ろう」 伐採作業班や浄化作業班が狙われては元も子もない。黎乃は、駿龍真勇に騎乗した白 桜香(ib0392)を護衛班に呼んだ。混戦になれば瘴気の実による爆撃がありうる。大樹の浄化は必要だが、上空にも浄化手段を持つ者を残しておくべきだと気づいていた。 「これ以上の汚染はさせません! こちらは任せてください!」 かくして護衛以外の者たちが標的を見定める。 「五メートル級の以津真天は目立つわね。手早くいきたいところだけど、魔の森では下級でも侮れないわ。気を引き締めてかかるわよ!」 空龍ポチに乗った胡蝶(ia1199)が「最優先対象を狙うわ。暫くの間、以津真天をお願い」と急降下していった。 「せやな。さてさて、まずは大掃除と行こうやヘリオス」 戦馬ヘリオスとともに空を駆けるジルベール(ia9952)も後に続く。追ってくる以津真天の毒旋風を浴びまいと、目に狙いを定めて矢を放った。ひるんだ隙に突破する。 「邪魔せんといてや」 胡蝶やジルベール達と狙いが同じゼス=M=ヘロージオ(ib8732)と嵐龍隠逸に乗った菊池 志郎(ia5584)、鋼龍風絶にのる芦屋 璃凛(ia0303)も胡蝶の背を追いかけた。 空龍風天に乗る无(ib1198)が護衛を務める。 先陣を切った者たちの前に立ちふさがる以津真天へ魂喰を二度けしかけた。それでも消滅しない以津真天の耐久力に誰もが舌を巻いたが、翼さえ落とせば……と、普段の感覚で思った開拓者は果たして何人いただろう。 「落とすだけは危ないのだぜ!」 叢雲 怜(ib5488)の追撃で、重傷の以津真天が地に落ちることなく虚空で霧散する。 「この真下は大樹の周辺。もし地面に瘴気の実が落ちてたら、落下したアヤカシの質量で割れちゃうのだよ! 地上班が鈍っちゃう。皆もできる限り、空で消滅させるのだ!」 瘴気の実は、たったひと粒割れただけで濃度の濃い瘴気が吹き出す。 无が唸った。 「ふむ。確かに、実に留意しておかねば。眼突鴉がよく持っていると聞きますが、真下は大樹。あっちこっちにあるのも道理……大変な戦いになりそうです」 以津真天の数が多い。 既に2体は飛空船に向かっていた。 向かってきた以津真天を見た黎乃は「全く、数で押す気かね」と言いつつ、皇龍定國の背に立つと、腰を低くして太刀を構えた。甲板を一瞥する。手練を含めて開拓者は多数いた。 本来なら、絶対に負けるはずがない。 だが……ここで力を消耗されては困るのだ。 「桜香、俺が試しに相手をする。これ以上の数が来ると甲板の連中に手伝ってもらうしかないが、練力は一切使わせるな。伐採が不可能になりかねん」 白は「はい」と答えると「真勇、よろしくね」と伝達に向かう。 「で。すまんが青嵐、一体は任すぞ」 甲龍黒嵐の背にいた御樹青嵐(ia1669)は「一人でですか」と少し困惑した。本来は伐採後の消滅要員だったからだ。 「船への接近自体を避けたい。んだが、呪詛られる前に誘導して倒すには、人手が足りん。多少の無茶は承知だ」 今、呪詛や解毒対象が増えれば、巫女の練力は派手に削られる。 かくして飛空船を襲ってきた二体の内、一体を御樹が船から引き剥がし、一体は皇龍定國が飛びかかった。黎乃が甲板の仲間達を襲おうとした以津真天の頸部に二度切りかかったが、手応えの違和感に気づいた。 「……なんつー硬さだ、おい! こいつら普通の以津真天じゃないぞ!」 やむなく甲板へと墜落させた。 甲板が歪み、船が揺れる。まだ以津真天はもがく。 待機していた火麗達が一斉に斬りかかった。流石にタコ殴りにあった以津真天は霧散したが、皆の手にじわりと汗がにじむ。 今ここにいる場所がどこなのか、開拓者たちは思い知り始めていた。 「うーん。夜雀や眼突鴉は小ワザが可能な方にお任せしますね。呪詛や瘴気をばらまく以津真天をなんとかしないと。行こう、カルマ」 空龍カルマの手綱を握るユウキ=アルセイフ(ib6332)が以津真天抹殺の為に空を翔る。 翔馬夜空にのる篠崎早矢(ic0072)も、以津真天掃討に向かう。篠崎も精密な射撃には自信があったが、篠崎もまた最低五本以上を一体に打ち込まなければ魔の森で強化された以津真天の巨体を葬ることができなかった。 時をかければ呪詛が体を蝕んでいく。 叢雲は、轟龍姫鶴から大型の魔槍砲で5メートル級の以津真天を狙う。的としては大きいが、元々空では素早い個体だ。叢雲といえども四発近く貫通させねば、消滅させるのは難しい。 「時間をかけると毒風や呪詛が厄介なのだよ。こうなったら!」 叢雲は以津真天だけに狙いを絞り、斜線上の以津真天を一気に負傷させた。 「敵は沢山なのだ。皆で畳み掛けるのだよ!」 呼び声に答え、アルセイフが遠距離からアイシスケイラルで援護に当たる。 一方、真っ先に仲間の元を離れ、以津真天に目もくれずに樹を目指した胡蝶とヘロージオには明確な狙いがあった。 樹の周囲を旋回し、枝にとまる眼突鴉の群れから標的を探す。 「やはりいたな」 最優先で小鳥の姿をしたアヤカシ「夜雀」を葬る為だ。 チッチ、と鳴き声をあげるだけで、遥か一キロ先にいる仲間すら呼び集める。ヘロージオはロングマスケットで確実に驚異を減らす事に心血を注いだ。胡蝶もまた呪声を研ぎ澄ませ、断末魔の隙も与えず葬る。 「鳴き声なんて、あげさせやしないわよ!」 「同感ですね」 菊池のホーリーアローや、ジルベールの弓矢も夜雀を貫く。 唯一の誤算は、夜雀の大半が眼突鴉の群れに混ざっていた為、目立った攻撃に驚いた目突鴉が一斉に空へ舞った事だろう。樹木から離れた眼突鴉は、遠ざかろうとする者や、混戦区域に挑む個体など様々だ。 ヘロージオ達は飛び立った眼突鴉に目を配る。 「夜雀はあらかた、消したか。まだ仕事はある。戻ろう」 こうして敵の増援を最小限に押さえたヘロージオや胡蝶達は持ち場に戻っていく。 元より上空掃討班の総数は17名。 その内、夜雀の発見と消滅を最優先して動いたのは5名。 以津真天の対応を引き受けたのは12人。以津真天の総数は15体。 夜雀による増援阻止を最優先したのは、判断としてこの上なく最善だった。 この日の作業中、ジルベール達が何度か望遠鏡で周囲を警戒したが、目立った増援の大挙は一切、認められなかったからだ。 だが敵は、魔の森で耐久力を増していたアヤカシたち。以津真天も例外ではない。 手練の開拓者が気力を絞っても、討伐には手を焼いた。 対応が後手に回り、相手に反撃する隙を与えてしまった上空掃討班の多くは……毒を帯びたり呪詛にかかっていた。 「全く、わしはこういった戦闘は向いておらぬのじゃがのぅ」 巫女のニノン・サジュマン(ia9578)は駿龍クロエとともに仲間の元を巡回し、毒性を打ち消したり怪我を癒していた。多くの巫女は地上の対応に忙しい。 「春の催しが近いから仕方ない。報酬分は働かねばな。以津真天は消し去ったか?」 見晴らしが良くなった空から、サジュマンがジルベールたちの方向を見た。 そして。 「夜雀も大体見つかったみたいですね、良かっ……」 ネネ(ib0892)の眼下で、眼突鴉の群れが舞い上がった。 駿龍ロロの背中にいたネネは、ゾッと肝を冷やした。眼突鴉が嘴に咥えているのは何度も目にした瘴気の実。 あれが割れたら何が起こるか、よく知っている。 「皆、あれを下手に攻撃すると大変なのだよ! どいつも瘴気の実を持ってる!」 叢雲が仲間に注意を促す。 「本当に厄介ですわね。ここまで命中精度を気にする機会は、そうはありませんわ!」 空龍ガイエルの背中でぼやくローゼリア(ib5674)は、極めてきた己の腕前を信じ、眼突鴉のみを見事に撃ち落とし始めた。 怯む暇も、迷う暇もない。 混戦に陥る前に、数を減らさなければ。ネネも気合を入れ直した。 「……よし! こうなったら徹底的に実を回収してやります! ロロ、飛んで!」 ネネは毒蟲で眼突鴉の動きを鈍らせていく。 おぼつかない眼突鴉が、ポロポロと口の瘴気の実を落とすことを狙った。 瘴気の実は落下していく。 駿龍クレーストが下方を周回し、ヘロージオが瘴気の実を集めて回っていた。 虫取り網で。 「三センチ程とは聞いていたが、意外に小さいな。虫取りか栗拾いでもしている気分だ」 しかし全てを拾い切るのはあまりにも難しい。 菊池は状況に応じて漆黒の霊剣に白梅香を乗せ、実ごと一撃で葬った。流石に乱発はできないが、仲間が瘴気汚染されて行動不能になる事を思えば、何を優先すべきかは分かる。 ジルベールもやむを得ないと判断した時だけ、白梅香を太刀にのせた。 「いくで、ニノンさん! この思いを受け止めてくれ!」 「そんな瘴気しかない思いはいらぬ。……と、おーらい、おーらい」 ジルベールが燐光を纏わせた太刀で眼突鴉を屠ると、サジュマンが普段は薄くて高い本を縛っている大風呂敷で瘴気の実を拾いに向かう。時々、突風が邪魔をした。 「ぬおー! クロエ! アレに追いつけねば今日のおやつは無しじゃ!」 冗談を言える程度には、心の余裕ができていたが、仲間から借りた時計を頻繁に確認しては、サジュマンは作業を中断して地上におりた。 魔の森滞在時間の管理。 それは仲間達の疲労と瘴気感染を最小限に抑える防衛策だった。 鈴木 透子(ia5664)も嵐龍蝉丸の背中から状況を観察し、人手が手薄な場所を手伝う。 「皆さん、長丁場になりますし、龍も疲れます。疲労時は教えてください、交代を」 一旦、空の敵を葬った後は、樹の除去と消滅が済むまで守り続けなければならない。 無尽蔵に現れる敵と戦う、恐るべき時間はまだ始まったばかりだった。 その頃、甲板に立つ火麗は、襲ってきた目突鴉への対処に追われていた。羽妖精の冷麗も、船の上で瘴気の実を割られる訳にはいかないと、無闇な攻撃よりも奪う事に専念している。黎乃もまた白梅香の直接打撃で瘴気の実ごと目突鴉を葬る。 胡蝶や白は浄化に忙しい巫女に代わり、怪我人を手当していた。 白達は回復手としてだけでなく、続々と運び込まれる瘴気の実を、いかに効率よく、数多く一度に浄炎で葬れるかに頭を悩ませていた。黎乃も大紋旗での絡め取った実を持ってくる。ヘロージオが網にぎっしり詰まった実を持って「浄化を頼む」と差し出した。 早くも練力が底をつきそうな気配がした。 力尽きたら壺で回収せねばならない。 ●地上掃討班 大樹の周りの地上掃討に当たったのは11名の開拓者だった。 空龍鎗真で一気に降下した酒々井 統真(ia0893)は目にもとまらぬ速さで三度拳を叩き込み、一瞬で鵺を葬った。更に息をつく暇もなく、二体目に飛びかかる。 轟龍エアリアルから下りたユリア・ヴァル(ia9996)は白銀の槍で鵺を二度貫いたが、耐久力を上げていた鵺を屠れなかった。 腐ってもここは魔の森。アヤカシ達の本拠地であり、力の源の場所だ。 鵺の呪詛が響き渡る。 ヴァルが大技を使うか悩んだ一瞬、柚乃(ia0638)がアイシスケイラルでトドメを刺した。振り向いた後方には、轟龍ヒムカの背から援護をしている柚乃が、更に一体の鵺を砕いていた。 「ありがとう。助かるわ。味方の数は少ないから」 「うん、まだ打てるから後ろは任せて」 「まだくるよ!」 駿龍アスラにソニックブームで援護を頼みつつ、蓮が鵺へ接近戦を試みる。しかし魔の森における鵺の耐久力は並外れている。 そこで萌月 鈴音(ib0395)と鈴梅雛(ia0116)が支援に動いた。 「ここでひるむわけには……いきません」 身長の二倍はあろう斬馬刀が鵺の首をはねる。 蓮は萌月に「ありがとー!」と声を投げた。しかしゆっくりもできない。 「ここは魔の森内部ですし、敵は下級でも強いはず……全員で当たる事も必要そうです」 鈴梅は呪詛解除に専念する。一秒も気を許せない。 「かもな。兎にも角にも有象無象が邪魔、ってなァ」 炎龍寒月を上空に戻した北條 黯羽(ia0072)は高位式神を召喚すると、死に至る呪いを三体の鵺に送り込んだ。魔の森で強化されていても、流石に鵺はひとたまりもない。 鵺達が仲間の派手な襲撃に気を取られている間、空龍キーランヴェルで離れた地点に舞い降りたフェンリエッタ(ib0018)は、木立の影を利用し、死角から鵺を狙う。 走りながら呪本を手に印を組み、巨大な白狐を召喚した。 「引き裂いて!」 2体の白狐が地を駆け、鵺に襲いかかる。強大な力の前に、2体の鵺は消滅した。 一気に鵺を削ることができたが、安心している暇はない。 フェンリエッタの護衛として追跡していたウルシュテッド(ib5445)は、低空飛行を続ける空龍ヴァンデルンの不審な嘶きを聞いた。周囲に目を配ると、翼を持つ白い玉が一体、二体、と木々の隙間に姿を現す。 「白羽根玉が大樹に向かって集まり始めている……10体どころじゃないな。白羽根玉は数が増えると共鳴しあって厄介だ。手練でも意識不明になりかねん。皆、気をつけろ!」 ウルシュテッドは言いながら、視界に入った白羽根玉に鑽針釘を打ち込んでいく。魔の森においても一撃で葬れる脆弱さが救いだが、生憎と数が余りにも多い。 「すごい数の白羽根玉ね……ここは任せて!」 鵺が消し去られた大樹の元に走りついた真名(ib1222)は自信満々で呪本を構えた。 魔の森は瘴気を操る陰陽師の独断場、と言えなくもない。既に気分が悪くなってきている巫女たちに対して、真名を始めとする陰陽師達はピンピンしていた。 「浄化係の姉さんやローザの邪魔はさせない。共鳴するだけ無駄だって、教えてあげる!」 真名が白龍を召喚したのを見て、直線上にいた仲間たちが戦域から離脱した。 「砕け散りなさい!」 凍てつく吐息が密集しつつあった白羽根玉13体を襲い、瘴気に変えた。 一掃したのは僥倖だったが、ぱらぱらと物陰にいた白羽根玉が数体残っている。 「運のいい連中ね。集まってからもう一発打ってみる?」 「いえ。5体でも共鳴の影響は避けられないわ。練力は温存した方がいいと思う。叔父様」 「ああ、フェン。残りは俺達が倒そう。次の客も来たようだしな」 此処は魔の森なのだから。 反対方向に現れた3メートル級の強化炎鬼は、五体の群れだった。だが北條とヴァル、そして柚乃の前では十秒と持たずに砕け散る。圧倒的な力の差だが、それでも術が有限である以上、長時間は持たない。時間との戦いだ。 酒々井や蓮たちの視界にも5体の単眼鬼が現れていた。 何故かこちらをじっと見ている。うめき声のような声が聞こえた。 耳を澄まして聞いてみると……「ヒシギ」「ツカイ」「キャクチガウ」「ヒシギチガウ」「アクルイナイ」「シンニュウシャ」「ヒメサマノテキ」「コロセ」「ウバウモノユルサナイ」と口々に何かを喋っていた。 精神を研ぎ澄ませていた萌月は「あくると……ひしぎ?」と辛うじて単語を拾っていた。 しかし問い詰めている暇はない。大樹伐採の作業が先だ。 幸いなことに単眼鬼は鵺等とは違って、単なる力自慢の硬い巨体に過ぎない。酒々井や蓮たちは息つく暇もなく拳や刀を振るい、全て消滅させるのに三十秒とかからなかった。 大樹周辺の安全性が確保されると、大勢の巫女や伐採作業班が降りてきた。 以津真天や鵺の呪詛に備えていたトラヴィス(ic0800)も炎龍ヴェリタから降りると、呪詛の影響を受けた者たちに解呪を施していった。この作業は仲間の生死を分ける。 「これで全員解呪、で良かったでしょうか。まずはお疲れ様です」 「ああ。とりあえず場所は確保したが……長期戦の滅相なんだよなァ。交代で行くかァ?」 既に北條の練力は一気に半分以下に削られていた。 強敵に反撃の隙を与えずに潰す事は、どうしても練力負荷が大きい。 北條が人魂を上空に飛ばし、周辺を警戒する。目立った大型は全て駆除でき、上空掃討班のおかげで増援の気配は今のところない。 ここからは作業が全て終わるまでの持久戦だ。 ヴァルはフェンリエッタや鈴梅たち強力な巫女術使用者を呼び集め、回復手の人員を三組に分け、常時ふた組で周辺を守りながら、ひと組が上空で休憩する事を提案した。 「長い戦いになるわ。休息も大事よ」 「ひいなも、休憩の確保に賛成です。鈴音ちゃん、一緒に頑張りましょう」 鈴梅が同班の萌月の手を握ると、萌月も真剣な顔で頷く。 蓮も手を挙げて「さんせーい。かなりの時間戦闘しないといけないもんね」と零す。 酒々井は「できりゃぁ瘴気の実とは関わりあいになりたくねぇし、魔の森で長期戦なんざ御免だが……大技連発でさっさと息切れするわけにもいかねぇしな」と頭を掻いた。 「やるっきゃねーか。鎗真、お前は空にいろ、余計な戦闘はさけるんだ」 酒々井も空龍を上空に戻す。 練力を温存し、周辺警戒も、効率的に行わねばならない。 トラヴィスは大樹を見上げた。間違いなく夜までかかる作業となるだろう。松明の手配や篝火台の作成。浄化や伐採以外にも、仲間を手伝うことはたくさんある。 「瘴気の実の生る木とは……いかにも魔の森らしい。人知れず成長を続けたとして……どうなっていたやら。いえ、もしかすると……」 既に事は起こっているのかもしれない、そんな不安が胸をよぎった。 ●瘴気の実を生む大樹の傍らで 鋼龍ナミの背から降りた朱宇子(ib9060)は、足元に気を付けつつ大樹を見上げた。 大アヤカシ生成姫が滅びたのは一年前だ。大アヤカシが倒れた後もずっと森の中で瘴気の実を結び続けてきた。そう思うとゾッとしない話だと思う。 周辺を警戒していた真名が「姉さん」と、降りてきた友人に声をかけた。 「真名さんお気をつけて。頂いた時間 実は必ず浄化させます。皆を護ってみせます」 空龍フィアールカに背を預けたアルーシュ・リトナ(ib0119)は、精霊の聖歌を歌い始めた。周囲百メートルの瘴気を払う吟遊詩人の奥義であるが、三時間は無防備となる。 何より此処は魔の森。 通常であれば下級アヤカシの発生すら抑制する力のある音は、腐った大地から沸き立つ瘴気を打ち消すに留まる。射程内に落ちている瘴気の実から漏れる瘴気も打ち消した。 けれど消しても消しても終わりがない。 此処は魔の森で、瘴気の実に濃縮された瘴気は二週間に渡って土壌を腐らせるほどの中身だ。リトナの歌声は一見、不毛にも見えるものではあったが……彼女が歌い続ける限り、大勢の仲間達が瘴気汚染から守られる。仮に実を踏みつけて割ってしまっても、同時浄化することができるのだ。 肺腑の奥が腐っていくような錯覚すら覚えながら、リトナは声を振り絞った。 ●大樹伐採班 手の空いた上空討伐班……駿龍銀に騎乗した昴 雪那(ic1220)たちは、アーマーケースの積荷を下ろすなどの諸作業に向かった。積荷を下ろす開拓者達が、何をしようとしているのか。眼突鴉達が理解しているとは思えない。それでも侵入者を排除しようと襲ってくる飛行アヤカシから、昴たちは仲間を守り続けた。 「銀、少し待って」 着地寸前の駿龍から飛び降り、昴は地上に転がっていた瘴気の実を素早く拾って壷に収める。周囲は汚染された土壌だが、瘴気感染してもある程度は動けるカラクリと違って、駿龍は生物だ。危険は少ないほうがいい。 「降りて大丈夫」 荷をおろした後、昴は再び、空の戦域に戻っていく。 大樹伐採組はアーマー部隊の大仕事である。 「この木が、瘴気の実の源泉……うし、ぶっ倒す! どこからやる?」 気合の入ったフィン・ファルスト(ib0979)に「少しお待ちを」と声をかけた。 アーマーケースに収納していたアーマーを組み立てるが、すぐに作業開始という訳には行かない。アーマーを動かす時間には個体差や限りがある。数分しか動かせないグリムバルド(ib0608)やファルストもいれば、22分程度動かせるオドゥノール(ib0479)のような者もいるが……総じて時間が足りなかった。 大樹の幹の直径は5メートルほどで全長30メートル。 呑気に刻んでいたら力尽きる。 小隊【銀の薔薇空戦団】のリュドミラ・ルースと黒憐(ic0798)が難しい顔で何かを算出していた。やがて「皆、耳を貸して」とアーマー搭乗者を呼び集める。黒憐が「りゅどみーと色々考えてみたんですけど」と前置きして、伐採の最善策を打ち出した。 まず鋸刀とアックス所持者で幹を切り込み、どちらが短時間で深く削れるかを調べる。 その間、他のアーマー搭乗者は用意した大量の荒縄を太い幹に結びつけ、幹の根元が一気に刈れる段階になったら、荒縄をひき、大樹の重量を利用して引き倒す。 「その後は、幹だけになるので……ここ掘れにゃんにゃん……です。でも大樹の下敷きにならないように警戒しないと。この大きさだと駆鎧でもぺしゃんこです」 煎餅のように潰れるアーマーを想像した黒憐が、ぶるりと震えた。 グリムバルドが「確かに一箇所で切り倒すしかないな」と唸りながらギガントアックスを見た。ルースが「できる限り、切り株の掘り起こしは全員でやりたいの」と告げる。 小隊【華夜楼】のオドゥノールも「そのほうがいいな」と固く締まった大地に触れた。 「今までこんな巨木を養っていたくらいなのだから、この下に何かあってもおかしくない。根は深いだろう。固いにせよ、柔らかいにせよ、何か今まで掘っていた地面とは違う感触がしたら手を止め、仲間を呼んで確認できるようにしたほうがいい。引き倒す方向は?」 オドゥノールの問いに、ファルストが周囲を見回す。 「倒す前に、人がいないように伝達したほうがいいよね。なるべくゆっくり地面に降ろしたいところだけど……無理っぽいよね、この大樹」 黒憐が指を示す。 「気休めですけど……木が少なくて平地の多い……向こうの方向にしますか?」 竜哉(ia8037)は「そうか」と言って、足先で地面を踏む。 「じゃあ引き倒す方向の地面は、先に俺がドリルで掘ろう。全方向に、どの程度の根が張っているのか調べないと予測もつけられないし、一度倒したら、どかすまでそこは掘れなくなるしな。……一般的に根のある周囲の土は、他の土よりも根に圧されて固くなっていることが多いそうだ。それを目安に、盾を農具がわりにして、出来るだけ根を傷つけないように掘っていこう」 まずは周辺の土壌に潜む根を調査しながら、実の回収が進むのを待つ。 ●瘴気の実の猛威 空龍ヴァーユに騎乗したケイウス=アルカーム(ib7387)が戸隠 菫(ib9794)とともに大地に降り立つ。戸隠は「ありがと、ケイウスさん」と運んでくれた事に礼を述べて、大樹に向きなおった。態々人妖の劔楡を連れてきたのは理由がある。 「劔、あたし達では採りづらい位置にある実をとってきて。大変な事頼んで、ごめんね。無事に終わったら、ご褒美に贅沢させてあげるからね」 約束の指切りをして、いざ作業だ。高い場所や細枝に実る瘴気の実の収穫には人妖の小柄な体が役立つ。戸隠も実を壺に集めては、満タンになると地面へ一列に並べた。 「ぱっと見、真っ黒い胡桃だよね。そんな訳ないんだけど」 槍に無縁塚で精霊力を乗せると、並べた瘴気の実に軽く当てる。触れた所から霧散して消えていった。炭化した胡桃に見える殻すらも、瘴気で構成された物質に違いない。 甲龍錘旋から太い幹に飛び乗った星芒(ib9755)も、一分一秒を惜しむように瘴気の実の収穫を急ぐ。巨大すぎる大樹は希儀の樹を彷彿とさせたが、清める為の代物と違って、汚染を拡大する為の大樹に過ぎないのが厄介だ。 「大アヤカシがいなくなっても魔の森が拡大するなんてね〜。下に何かあるのかなぁ」 不安ばかりが胸をよぎる。 鋼龍おとめに乗り、大樹の周囲を旋回した神座早紀(ib6735)は、太い幹を見つけると、飛び移った。 「おとめ、付近の警戒を手伝って。後で迎えに来てくださいね」 鋼龍のおとめを汚染から遠ざけ、作業を開始する。 噂に聞く瘴気の実。決して放置することはできないと決意してきたが、実の収穫を始めてすぐ猛威を知った。無闇に毟ると瘴気が吹き出す。ヘタが取れるような感覚で、瘴気の実に小さな穴があく。危険物だ。 「ごほっ……浄化する前に、一切壊さないようにしないと」 桜桃を摘むような感覚で瘴気の実を慎重に集める。壺が満ちた所で、聖なる炎を呼び出し、瘴気の実を燃やした。 「これで少しでも瘴気の、アヤカシの被害が抑えられたら……見ててください姉さん!」 瘴気を被っても、具合が悪くなっても、神座は決して怯まなかった。 その足に、しゅるりと、細枝が絡む事に気づかず。 朱宇子も集めた瘴気の実を浄化するのに、浄炎を使った。 人妖桜と泉宮 紫乃(ia9951)も丁寧に瘴気の実を毟っていく。使うのは虫取り網にさらに布を貼り、綿を詰め、隙間をなくした網など手を加えた道具だ。瘴気の実を生み出す大樹の枝葉も、何か意味があるのかを調べつつ、消滅に必要な度合いを推し量る。 「……木々の再生能力は厄介ですが、刻んで消滅させれば不死身でもなさそうですね」 同じく瘴気の実を回収するアズィーズは、何を思ったのか懐中時計ド・マリニーの上に、瘴気の実をおいてみた。瘴気側に針が振り切った。深く考えないことにして作業に戻る。 小隊【華夜楼】の弖志峰 直羽(ia1884)も、鋼龍天凱と共に地上へ降りた。婚約者の姿に気づいて一声かける。 陰陽師は魔の森活動に向いているといっても、やはり心配だ。 「雪彼ちゃん、具合悪くなりそうだったら早めに言ってね。無理はしないで」 「心配しないで。雪彼は大丈夫。だって直羽ちゃんと一緒に居るんだもん。実は絶対死守してみせるから! あ、実が一杯になったら直羽ちゃんに預けていい? 直羽ちゃん?」 眩しい笑顔と殺し文句を放つ水鏡 雪彼(ia1207)に悶絶しつつ、弖志峰は「う、うん……浄炎で浄化するね」と答えた。 危険に備えて水鏡に加護結界を付与しておく。 準備ができたら、いざ駕籠を背負って回収開始。 誤って瘴気の実を潰したりすることのないよう、駿龍神楽たちは空へ戻す。 大網でとれたら楽なのに、と朝比奈 空(ia0086)は心底思った。 上級鷲獅鳥の黒煉に周辺警戒を任せた朝比奈は、最初こそ回収に精を出していたものの、いつしか黄金の錫杖に白梅香をのせて、皆が運んでくる瘴気の実の浄化に、ひたすら専念していた。一度の術でどれだけの実を浄化できるか、が重要になりつつある。 ●幹に見た地獄 ある程度、瘴気の実の収穫が進んだ頃合いを見計らう。 前面の胸部装甲を開閉させ、竜哉達はそこから乗り込んでシートに腰掛け、専用の操縦用ヘルメットを被り、操縦用グローブとブーツに四肢を入れる。 「桜の下には死体が埋まってると言われますが……瘴気の大樹の下に何かあったら」 「考えない、考えない」 アーマーアックスを持ったまま身構える黒憐に、ギガントアックスを構えたグリムバルトが幹を見定めながら斧を振るう。カーン、カーン、と音を響かせる。切れ目から、吸い上げていると思しき紫の瘴気が吹き出した。血がでないだけまだマシかもしれない。 「……ん?」 鋸刀で削り込むオドゥノールとルースは何かに気づいた。 幹に刺さっていたのは『足』だった。白冷鬼の胴体がめり込んでいる。よく見えば何かの嘴や翼も。大樹が食った痕だ。 ゾッ、と肝が冷えた。 滅びた大アヤカシ生成姫は、一部の上級アヤカシに共食いの性質を持たせたという。 使えぬ者や役目に失敗した者は、上位の仲間に食われた。だとすれば、この大樹は処刑で仲間を滅ぼすくらいなら養分にしてしまえ、という事なのかもしれない。 「何かあったー?」 盾を使って地面を掘っていたファルストが首をかしげる。 無言で幹を指差した。 「……うわぁ、もしかしてあっちこっちのそんな感じだったり?」 「らしいな。こっちにも足元に豚鬼の首があるぜ」 グリムバルドのマメな報告が、嫌な想像を掻き立てる。 「生体は幹に触ると不味いらしいから極力近寄らない方が……」 竜哉がアーマー人狼改のドリルで地面を掘りながら声を投げた。 途端、上空から女性の悲鳴が聞こえた。 大樹の幹に降りて瘴気の実を収穫していた神座や星芒が、大樹の枝に足を拘束されたのだ。近くを低空飛行していたヘロージオやサジュマン達が助けに向かう。 大樹は触れるものを食らって実を結ぶ。 食われない為には一箇所に留まらぬ様、細心の注意が必要だった。 やがて幹を削られた大樹は、縄でひかれ、メキメキと音を立てて大地に倒れた。 どーん、と大きな音がした後、音に驚いた周辺の飛行アヤカシが上空に舞う。 上空掃討班にも地上掃討班にも、休む暇はない。 ●夕闇は沈みゆく 太陽が落ち、辺りは闇に包まれる。 トラヴィス達が作業の為に松明を燃やすと、木々の周辺だけ明るくなった。 掘り起こされた大樹の根は、根別れした部分にある『核』を潰すと根の先まで滅びることが判明したが、引き倒された幹の消滅作業は、延々と続いている。御樹が氷龍で凍りつかせる傍らでは、朝比奈がララド=メ・デリタで灰にしていたりする。 二度目の聖歌で疲労が伺えるリトナの横では、詩聖の竪琴で二度目の『精霊の聖歌』を奏でる準備をしているケイウス=アルカームがいた。元々瘴気を浄化する聖歌は莫大な力を消耗し、扱える者は少ない。リトナとアルカームが三時間ずつ交代し、途切れさせない事を最初に誓った。しかし既に合計9時間に差し掛かろうとしている。ふいにリトナの声が途切れて、地に崩れた。もう三度目は歌えないだろう。 「アルーシュ、お疲れ様。次は俺だね」 アルカームの白い指先には弾きすぎで血が滲んでいた。そして表皮を少し侵食されているのは、休憩の間も実の回収を手伝い、更にアヤカシの接近を知らせていたからだ。 「ケ……ウス、さん、大……です、か」 「喉休めてなよ。大丈夫、俺なりに頑張ってみるって決めたんだ、このくらい平気だよ」 びぃん、と竪琴の弦が鳴る。 伐採浄化作業は大詰めに差し掛かっていた。 まもなく大樹が倒れた三十メートルに渡って、広い道が姿を現した時。 開拓者たちの歓声が響いた。 ●遺志を知る者を追え ララド=メ・デリタで最後の幹を灰に変えた柚乃が伐採後、大樹の根があった穴で『精霊の聖歌』使用を提案したが、此処は魔の森である。土壌浄化は不可能だ。 白は綺麗さっぱり無くなった大樹の痕跡を眺めた。 「瘴気の実、こんな所でこんな風に栽培していたなんて……ナマナリの遺産は後、どのくらいあるのでしょうか。でも負けるわけにはいきませんよね」 「まさかあの瘴気の実が計画的に量産されてたなんてね」 胡蝶は壺に回収された瘴気の実を眺める。 「石鏡でも瘴気が村を汚染する事件があったし……関係があるのかしら」 瘴気の実があれば、汚染拡大はたやすい。 大地にぽっかり空いた空洞を、星芒も覗き込む。 何もないからよかったものの、瘴気を放出する護大の上に根付いたりすれば手に負えない代物になっていた可能性もあると思うと鳥肌が立った。生成姫は護大を複数欲していたというから、或いはそんな未来もあったのかもしれない。 「そういえば、あくるって人、ここで陰陽師と一緒だったんでしょ? 何かわかった?」 无は「大樹のもとに陰陽師が滞在していたのは事実みたいですがね。何をしていたかまでは」と燃え朽ちた本を見せる。 微かに『カミムラ』の署名がある。 大樹の周辺には、術式の刻まれた符の痕跡などもあった。 依頼主の狩野に報告しなければならない。 菊池はなぎ倒され、消滅した大樹のあった場所を眺め「こんな瘴気の木を育てるなんて」と呟いた。亞久留とカミムラとやらが此処へ足しげく通ったことは間違いないが、目的が分からない。 「でも物は考えようです。樹が大地の瘴気を吸収し結晶化するなら……」 アズィーズは思う。 魔の森において無尽蔵に瘴気の実を実らせるこの木を、危険でない程度の大きさで移植し、結実する度に浄化すれば、移植の地の瘴気の総量を減らせれるのでは……と考えはしたのだが、浄化技術のない場所では汚染が広がるだけであり、木自体が危険物である。 朱宇子は陰陽師たちの会話に首をかしげた。 「陰陽師の方は……あの木の利用法を、考えるのですね」 「研究対象としても興味深いですし」 「……瘴気を凝縮して持ち運べる実に、何の用があったのか、分からないですけど……陰陽師が同伴なら研究とか? 私が拾ったこのガラクタも一種の研究道具なんですよね?」 朱宇子が无達に見せると「寮で使うものとさして差はありませんね」と返事があった。 萌月が「単眼鬼達は『あくる』や『ひしぎ』という名を口にしていました」と告げた。 あくる、は生成姫の元へ客分として表れ、志体の子を攫おうとした者に違いない。 では『ひしぎ』は? 同伴していた陰陽師カミムラではないだろうか。 朱宇子が「あの」と手を上げる。 「図書館に、そんな名前の賞金首の方が、いた気が」 目的の為にアヤカシに組みすることも厭わない。 破門された陰陽師の研究者……神村菱儀(カミムラヒシギ)。 行方知れずの賞金首だ。 伐採班にいたオドゥノールは「そういえば樹の根元に一箇所、穴があったぞ」と言った。 「穴?」 「まぁるくな。誰かが既に掘った感じだった。その割に、掘り起こした土もない。大半の陰陽師が利用法を見出すというなら、そのアクルやヒシギとやらが持ち去ったのかもしれないな」 鈴木は「てっきり何か仕掛けてくるのでは、と思いましたけど……仮に苗木を持ち出しているなら、亞久留達の狙いは、何なのでしょう」と悩み込む。 顔色の悪いアルカームは「どうせロクなことじゃないよ」と吐き捨てた。 「亞久留、だっけ。契約報酬だ何だって、人の子供達を物扱いするヤツに、まともな考えがあると思えない。あの子達は絶対に渡さないし、何か試みてるなら阻止するまでだ」 弖志峰は「亞久留も、神村菱儀も、色々と注意したほうがいいかもしれない」と呟いた。 「かつてこの森を支配していた大アヤカシ生成姫は、一手で常に数多への影響と先々の根回しを伴っていた。そんな相手と取引をして客分になったからには、相当な取引材料があったはずだ。地に溜る瘴気を結晶化させる技術は、他に類を見ない。この森に出入りし、生成姫と協定を結んだ上、ここから苗を持ち出したなら、必ず意味があるはずだ」 ウルシュテッドは、客の来訪前後で、誘拐された志体の子の育て方が変わったという報告を思い出していた。それまで続けてきた密偵や刺客の製造過程に、何か理由があって変化が出た、と気づいたのだ。 果たして今後、その理由に気づけるか。 「ナマナリめ……滅びてなお消えぬ因縁は、確かに呪いと同じ、か」 三面六臂の恐るべき鬼女。 冥府の果てから、哄笑が聞こえてくるようだった。 大アヤカシを失っても尚、瘴気の実の影響で魔の森の拡大は続いていた。 萌月も「私もそう思います」と弖志峰達に同意した。 「ナマナリが目指していたもの……私たちの知らない真実。 ……ナマナリ一派の真意や、亞久留やその同行者など、私たちが知らない事が多すぎます。特に、先の飛空船強奪におけるナマナリ一派の言動は、アヤカシの戯言では片付けられないと思います」 決して。 アヤカシの言葉を信じるわけではない。 それでも彼らには、彼らの信じるものと目指した目的があったはずだ。 無駄を嫌ったナマナリの意を汲むとすれば、尚の事。 「八禍衆の弓弦童子や不厳王も、何かを知っているかのような口ぶりでした」 鈴梅は今まで滅ぼしてきた相手の事を思い出していた。 「自惚れではなく、事実として。 数百年を経た大アヤカシたちは、私たちよりも確実に多くの事を知っていた筈です。 それらが口を揃えて『先にあるのは絶望や滅びだ』と言うには、それなりの根拠がある様に思います。アヤカシが人を滅ぼすとか、そう言う意味ではない……もっと何か重要な事が、あるのかも」 尋ねられるのならば尋ねたい。 けれど。 生成姫は不気味な予言を残して滅び去ってしまった。 しかし生成姫の『取引相手』だったとされる『古代人の亞久留』と『賞金首の神村菱儀』を捕まえることができれば、或いは今は閉ざされている秘密を、解明する糸口を掴めるのかもしれない。 まだ全ての糸は切れていない。 「ね、鈴音ちゃん」 「はい。儀の下……嵐の壁の外に……一体、何が有るというのでしょうか………」 私たちは余りに、何も知らない。 「やるべきことをやっていくだけよ」 火麗は不機嫌な顔をしていた。生成姫が何を企んでいたかは知らない。知りようがない。けれど自分達にできる事は、忌まわしい負の連鎖を断ち切ることだけだと分かっていた。 酒々井は「だな」と言って肩を鳴らす。 「あいつらの姫が言ったみてぇに後悔する気はねーんでな。できることから、やってくしかねーだろ。まずは戻って報告だ」 何も語らぬ、魔の森の中で。 疲れ果てた開拓者たちは、大アヤカシのいない魔の森を後にした。 |