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■オープニング本文 吐息も白く凍る冬。 川の水も凍り始めた頃、五行の東では各地の湖に人が集まるようになっていた。 湖の氷は厚く張り、大人が歩いても全く割れる様子がない。人々は釣りの道具を手に、完全防備で湖へ繰り出す。ここと決めた場所に、機材で穴を開け、針の先に餌をつけて糸を垂らす。ただそれだけで、旬の味覚であるワカサギが釣れるのだ。 「……で、私たちは警備仕事?」 「警備って話だけど、万が一アヤカシが出たら仕事してほしい、って話だから大したことはないわね。一緒になって釣って楽しんできたらどうかしら」 「料理って自分で?」 どうやら近くで道具を貸出している店以外に、宿と食堂があるらしい。 高いお金を払えばワカサギ料理を出してくれるそうだが、多くの観光客は宿の台所を借り、自分が釣ったワカサギを捌いて努力の成果を堪能していくのだとか。 「釣りってやったことないかも」 「じゃあ滑ったら?」 「滑る?」 男性の多くが釣りに興じる傍らで、女性やカップル、子供たちは刃物がついた靴を借りて、分厚い氷の上を滑って遊んだりするらしい。時々運動神経のいい若者が、飛んだり舞いを見せてくれるというから面白い。 「とりあえず行ってみる」 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 慄罹(ia3634) / 皇 那由多(ia9742) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / 紅雅(ib4326) / ウルシュテッド(ib5445) / 明星(ib5588) / ローゼリア(ib5674) / 宵星(ib6077) / フレス(ib6696) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / ジャミール・ライル(ic0451) / 白雪 沙羅(ic0498) / リズレット(ic0804) |
■リプレイ本文 凍った湖は陽光を反射して煌く。 ワカサギ釣りを楽しむ人々と、氷の上を滑る人々で溢れていた。 「ふはは、この程度の氷、ジルベリアには一杯ある!」 声高らかに叫ぶフィン・ファルスト(ib0979)の隣には、もたもたと保護具を身につける幼い春見がいた。幼女というより少女に近づいた小柄な体を見下ろし、ファルストが「見せてごらん」と手を貸す。 「すっ転ぶと痛いからねー、ちょっと重いかもしれないけど、膝とか肘あての綿もしっかりつけてね。春見ちゃん、まずは氷に慣れるとこから始めてみよっか」 迅鷹ヴィゾフニルがゆうゆうと空を飛ぶ下で、まずは転んでも立ち上がれるように、立ったり座ったりを始める。まるで歩き始めた子供のようだと思いながら小さな手を握った。 「みぎーひだりーみぎーひだりー、その調子その調子」 「あしがとじれない〜」 氷の上で歩く難しさを体感しつつも、懸命に挑む幼い顔には微笑ましさがあった。 寒い湖で体を冷やさないように、と。 蓮 神音(ib2662)は幼い桔梗に、マフラーや手袋、半纏などを貸していた。人妖のカナンが重装備を眺めて「転んで怪我しても私が治してあげるよ」と笑いかける。 「ちょっと、カナン。神音が転ばないように教えてあげるんだから! 桔梗ちゃん、お姉ちゃんがついてるから大丈夫。今日は思いっきり遊ぼうね! 運動の後はおむすびだよ」 着替えを済ませて、滑る為の靴をかりて、立つ訓練から始める。おぼつかない足取りだが、子供は飲み込みが早い。周りの大人たちに比べて、桔梗はあっという間に滑り方を習得したが……止まり方はまるで頭にないらしい。前進はできても一人で戻れなくなってしまい、蓮や人妖のカナンが連れ戻すために何度も手をかした。 「桔梗ちゃん。一人で止まったり、戻れるようになってから遠くに行こうね」 「はぁい」 初歩から始める二人を見て、疎外感を覚えた人妖が「私もやるー!」と騒ぎ出した。 ネネ(ib0892)は幼いののに、ダブルダウンとノーザミントンをかした。厚手の外套と手袋は、冷えやすい体も温めてくれる。 「さぁ、ちゃんと防寒はできましたか?」 「できたー」 「じゃ、いきましょうか。あれ、うるるー?」 仙猫うるるが「私は毛布から出ないわよ!」と威嚇するので「わかってますよ」と返す。 元々ののが猫又と遊びたがるだろうと思ったネネは、子供用の靴以外に、そりをかりた。毛布にくるまって外出を嫌がる猫又うるるを連れ歩く為であり、ののを掴まらせる為のものでもあった。 凍った湖は広いから、沖へ出れば地べたに座ることも難しい。 靴を着用し、ソリの中に毛布ごと猫又を入れ、氷の上に立つ。 「さぁのの、押してみて。滑りますからねー、しっかりつかまって」 走ってはダメですよ、と言われても、熱中すれば聞く耳もたないのが子供である。ソリ押しに熱中する余り、ごっつりと顔を打った。鼻から血が出ても「いたくない」と言い張って遊び続けようとする頑固さに手を焼きながら……ネネはののと一緒に遊んだ。 そんな幼い子供たちを遠巻きに見守るのが、宝狐禅の伊邪那と同化した状態で氷上を滑っている柚乃(ia0638)だった。 風を感じてきゅるりと滑ると、なんとも気分は爽快。 子供達の良き手本として舞いに磨きをかける。 「元気そうにしていてくれてるなら何よりかな、うん。みんなが楽しそうで良かった」 ふわふわの尾が嬉しげに揺れる。 「もうちょっと滑って、食堂が空いた頃にお魚食べに行こうかな。焼き魚のいいにおーい」 旬の魚に思いを馳せた。 弖志峰 直羽(ia1884)の隣には、ぶすっとむくれた結葉がいた。 「結葉、この間は困らせてごめんね」 「……すてられてもしらないから! 私はお嫁さんの味方なの!」 つーん、と顔を背ける。 一体この子は何処でそんな言葉を覚えてくるんだろう、と子供の成長に首をかしげつつも、肩の力を抜いた。 「うん……俺の大好きな人を、好きになってくれてありがとう」 幼い好意に気付けなかった。泣かせてしまった。 それでも偽ることなく、正面から向き合ってきたから今がある。 生成姫の里教育を仲間と暴いた弖志峰は、暴走しやすい結葉が一歩足を踏み外せば……殺意を自分や周りに向けていたであろう『危うさ』を悟っていた。 情も愛も役目の一部。 愛する者は、周りを殺して略奪すればいい。 そんな異質な考え方を……塗り替えて、良心を植えるのに、随分時間がかかった。 「前の話は嘘じゃないよ。結婚した者同士や血縁者のそれと意味合いは同じだけれど、他人同士でも深い心の繋がりで『家族』になれる事もあるって事なんだ。孤児院の、結葉のきょうだい達もそうさ。寝食や色んな思い出を一緒に共有して、過ごして、それは家族って、言えなくもないだろう」 「……そっか」 「さて、氷上の舞に我が姫をお誘い仕りたいのですが、受けていただけますか」 両足に嵌めた滑る為の赤い靴。 ふんわりと首に巻いた贈り物のマフラー。 ふくれっ面のお姫様は、差し出された手を見てためらったが……赤い顔で華奢な手を伸ばした。 「い、一日だけだからね! ほんとはお嫁さんと踊らなきゃだめなんだから!」 優しい子に、なってくれたと思う。 氷上を滑るにあたり、怪我をしないように手袋をはめ、風邪をひかないように厚着をしたアルーシュ・リトナ(ib0119)と恵音は、空龍フィアールカの尻尾に掴まりながら練習していた。 空が茜色になる頃が待ち遠しい。 食堂で予約したワカサギ料理と甘酒が待っているからだ。勿論、それまでは遊ぶ。 「実は私も、あまり得意と言う程ではなくて……きっと恵音さんの方が上達早いですよ」 先に遊んでてもかまいませんよ、と優しく囁くリトナに、恵音は首を左右に降った。 元々声の大きい子供ではない。 顔を伏せて喋るので益々会話を聞き取りにくい。 「……おかぁさんと一緒がいい」 やっと聞き取れたのは、そんな声だった。 恵音は『おかあさま』ではなく『おかあさん』と言った。 人の世での恵音の親になりたい、と告げたのは、リトナである。 「そうですね。一緒に少しずつ、滑れるようになりましょう。それと、えっと」 リトナは前に言いそびれた事を聞いてみた。 「私も『恵音』って呼んでいいですか?」 「え」 「さん、って付けると、どうしても距離がある気がして。呼び方は心の距離だと言いますし、嫌でなければ……」 恵音はパッと顔をあげて「うん」と頷いた。 頬を赤らめて笑う恵音を、久しぶりに見た気がした。表情が明るい。 お互いに笑って。 手をつないで滑っていく二人を見て、フィアールカがぺちぺちと尾っぽを振った。 氷上を滑る為の靴を履いた天河 ふしぎ(ia1037)は、リズレット(ic0804)を支えていた。体重の移動のさせ方から、足の向き、進め方なども丁寧に教えていく。 「でも意外だな。リズ、寒い国の生まれって聞いてたから、てっきり得意かと思ってた」 「い、いえ……リゼは、余り外で遊んだりはしていませんでしたので」 リズレットの顔が赤い。 なんとか迷惑にならないように奮闘している淑女の横顔に、天河は使命感を燃え上がらせる。 絶対に楽しいと思って誘った。だから楽しんでもらいたい。 初めての滑りなら尚のこと。 「あ、あの……ふしぎ様。リズは初めてなので、粗相というか、ご迷惑をお掛けして」 あう、あう、とうまく言葉が出てこないリズレットに「心配しないで」と囁きかける。 「僕がついてるから。一緒にいるから怖がらないで。壁に手をつかなくても平気になれたら、僕と一緒に太陽のしたに行こう。キラキラしてて、リズの髪が映えるはずだから」 「は、はい……きゃうっ!?」 焦ればもつれ、しがみついてしまう有様の中で、抱きついたリズレットと受け止めた天河は、こちーんと氷像のように固まった。 ただでさえデートそのものに近いのに、抱きつくと体温を感じざるをえない。 意識してしまって心臓がもたない……と思ったのは、どうやら片方だけではないらしい。 ぎこちない二人の大変な時間は、始まったばかりだった。 湖が厚く凍るほどの寒さの中に明希を連れて行くわけには行かない。 過保護上等で支度したリオーレ・アズィーズ(ib7038)は冬支度「ゆきんこ」を贈った。雪中で行動するための、深靴、頭巾、蓑、編笠、綿入れの手袋からなる防寒具一式である。 「この格好でしたら、ちょっと転んでも寒くありません。それに何より可愛いですよ。ねー、沙羅ちゃん」 振り返った先に立つ白雪 沙羅(ic0498)は「大事なものを忘れています!」と孤児院の備品として寄贈されていた獣耳カチューシャを差し出した。 「リオーレさんも装着して! これで、ねこねこ三姉妹ですよっ!」 白雪の顔に達成感がにじむ。 「滑ってる皆さん、楽しそうですよね! 早くいきましょう!」 かくして心逸る三人は、刃物付きの靴を履き始める。安全確認を重ねつつ、アズィーズと白雪が目で合図を送った。というのも保護者が二人とも……実はまともに滑れない。 『明希には言えませんけど、氷の上を滑るのは初めてなんですよね。でも書物で予習はしましたし、大丈夫でしょう。猫獣人たる沙羅ちゃんもいますし!』 本で読むのと実際にやるのは大違いである。 『私、前に滑ったのは……遥か昔に一度だけ、でしたっけ。父様に教わった記憶はあるのですが、もう忘れて……いそう。でも、リオーレさんがいるから大丈夫ですよね!』 見事なまでに、すれ違う思いが切ない。 結局の所、仲良く転んで……三人で笑った。お尻や膝は痛いけれど、転ぶ初心者はたくさんいる。柵に掴まって少しずつならし、おっかなびっくり一列になって進んだ。 「いっちれつー! 明希、もっと滑れるよ? 中央行く?」 「まだ速さを競うのは危険です。というか……置いていかないでください」 「うーん、後ろ向きでどうやって滑るのか、完全に忘れました。大回りして戻ります?」 大人も童心にかえって遊べる楽しさの中で、賑やかな声は日が落ちるまで続いた。 ウルシュテッド(ib5445)は何故か、星頼、エミカ、イリスなど子供達の顔を飽きるまでマジマジと見てから「よし」と呟き、頭を撫でて笑うという行動を取っていた。 提灯南瓜のピィアが星頼の頭にのる。 「今日はみんなで思い切り楽しもう。と、その前に、俺の息子と娘を紹介するよ。仲良くしてやってな」 「僕はミンシン、よろしくね」 狼 明星(ib5588)たちが順番に名乗りをあげて、星頼たちと手を握って挨拶する。 「えっと、みんなで滑る? それとも」 星頼が「釣ってみたい」と言うのに対し、ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)達と手をつないでいたイリスとエミカは「滑る」と言った。 「二手に分かれたほうがいいな」 「でも滑るのもやってみたい」 優柔不断な星頼に、ウルシュテッドが「じゃあ今日は釣りにして、明日は帰る前に星頼も滑ろうな」と話しかけるのを見て、百面相をしていた明星は「僕も一緒に滑るから!」と二人の間に入った。 「今日の星頼は釣りやな」 ジルベール(ia9952)は星頼の頭に、ぽふりと手を置いた。 「星頼、おにーさんが山ほど魚釣ったるからな! 夜ご飯何がええ? 天ぷらか? 塩焼きか? どれもうまいんや。あ、勿論釣りは難しいからな。釣れんくても気にせんでええで、気楽に釣ろうや」 狼 宵星(ib6077)は現れたジルベールを見上げて『負けません』とメラメラ対抗心を燃やす。宵星の剣呑な眼差しに気付かないジルベールは「がんばろーな」と声をかけた。 長期戦を見越してまるごとにゃんこを着込んだ宵星は『皆のお夕飯の為に頑張らなくちゃ』と気合を入れる。釣りは得意だ。少し気取って星頼に語りかけた。 「そうだ星頼くん、沢山釣れたらお父さんとシャオと一緒にお料理しましょう」 「うん、ここのお魚美味しいかな。楽しみだね」 行ってきますと、出かけるワカサギ釣り班。 「おまたせー、あら?」 入れ違いで戻ってきたのは、人数分の靴や防寒具をかりたフェンリエッタ(ib0018)と上級人妖ウィナフレッドだった。 楽しげに色違いの靴を履くエミカとイリス。 依存の薄れた二人を見て、ケイウス=アルカーム(ib7387)は嬉しくなり、ぽふぽふと幼い頭を撫でた。事件後の二人が心配だったのだ。 「さ! 今日はたくさん滑ろう! ゼスも早く〜!」 ヘロージオは気難しげな顔で煌く氷の平原を眺める。 「いくら俺でも流石に氷の上を滑ったことはないが……しかし、恐らくすぐに慣れるのだろう? ……慣れると信じているぞ。ケイウス」 「ゼス、目が怖い」 居心地が悪かったのか「おっさきー!」と声を投げて滑ったアルカームが滑っていく。 「おいケイウス! お前は一度溺れかけているのを忘れるな」 しかしヘロージオの叫び声も虚しく、アルカームは氷の上での止まり方を分かっていないらしく「どうやってとまればー!?」と叫んだまま、どんどん湖の奥へ行ってしまう。 制御を失う友の姿を見たヘロージオは「言った傍からか。まぁ、らしくていいが」と呟きつつも……初心者の自分が助けてはやれない事実に気づき「頑張って戻ってこい」とだけ声を投げた。 「さて」 やはり急に滑るのは危ない。 「すまないが、フェンリエッタ。イリス達と一緒に、俺達にもご教示願いたい」 「ええ、任せて。ゼスさん。まずは準備運動からね」 フェンリエッタが、怪我をしないように皆の前で体操を始める。一列に並んで真顔で真似する一同の姿は、少しばかり愉快だった。 ところで遠くに行ってしまったアルカームを連れ戻し、軽やかな滑りを見せる明星が「エミカとイリスはスケート初めて?」と尋ねると、二人の少女が頷いた。 「じゃあ先ずはみんなで立ち方から練習だね! 滑り方や止まり方、転び方や立ち上がり方、基本を押えたら、上手い人を真似するといいと思うよ。僕はまだまだだから、上手な人もたくさんいるし、大人の滑りをよく見ててごらん」 湖の沖を指し示す。 まるで氷上を舞う白鳥のように、自在に滑っては注目を集めるフェンリエッタがいた。 思い出すのは、ジルベリアの凍れる森、白い平原、煌く湖。 長い冬を楽しむ為の知恵と遊び心は、日々を豊かにする。 「みんなもこんな風に滑れるわ、きっとね」 羽妖精のファイに去年の思い出話をしながら、フレス(ib6696)は氷の上に立った。 一年ぶりの氷上滑りだが、刃物を埋め込んだ靴で立つ感覚は覚えているし、何より自分は踊りの専門家である。 「わあ! やっぱり面白いんだよ! もっと上手になってみせるんだから」 手始めに前進、くるりと回転、後ろをむいたまま前進していく高等技術。久々の滑りではあったが、足を鳴らしたところで飛び上がった。ただ飛んだだけではない。体にひねりを効かせて、着地すると周囲から喝采があがった。 「みんなありがとうなんだよー! 氷の上を滑るのは、陸で滑るのとは違って、とっても楽しいから! もし失敗しても、転んでも、くじけないで頑張ってほしいんだよ!」 頑張れば上達するから、と言いながら片足で立って滑っていく。 観客からすれば、可憐なフレスはとても楽しそうで、眩しいほどの舞手ではあったが、滑りながらフレス本人が何を考えているかといえば…… 『楽しいけど、いっぱい動くと、やっぱりいっぱい疲れそうなんだよ。でもきっとワカサギ料理美味しくなるよね、楽しみだな。から揚げとかとっても美味しいはず』 食堂のお品書きが脳裏を巡っていた。 「あっちは楽しそうな女の子いっぱいだなぁ」 完全防備のジャミール・ライル(ic0451)は腿に迅鷹ナジュムを挟んでなんとか暖をとろうと必死だった。一応、冬毛の鳥はモコモコであるが、それ以上に真下は分厚い氷であり、底冷えする……なんてもんではない。 「ナジュム、ナジュム、もっともふもふになって。死んじゃう」 無茶を言いよる。しかし相棒はじっと穴に垂れた釣り糸を眺めるばかり。 「ねぇナジェム、食堂行こうよ、此処すっごい寒いよぅ、俺もうムリ。かよわいのに。せめて女の子と釣り、ぅお! 痛い! 突かないで! イタイ! 釣る! 釣るから!」 黙って釣れ、と言わんばかりの迅鷹ナジュムに勝てず、しくしく泣きながら釣る。 果たして、どっちが主人なのか疑わしい。 「大変だなぁ」 近場から誰かがくつくつ笑いながら声を投げた。 「どーも。ナジェムがさ、帰してくれないんだ。寒いのに苦手だし、釣り初めてなのに」 提灯南瓜かぼすけを連れた慄罹(ia3634)が「奇遇だな、俺もこういうのは初めてだ」と笑った。 妙な親近感が生まれる。 「まぁ頑張った分だけ、きっと飯は美味いぜ。旬はやっぱり逃せねぇよな。唐揚げ、天麩羅……だし巻きに巻いてみるのも面白いかもな。なぁかぼすけ」 「なんと! だし巻きとな! それは凄く惹かれるでごじゃるぞ!」 慄罹は早速釣ったワカサギを洗い、自前の調理器具で下ごしらえを済ませると、粉を振ってからりと揚げた。温めたお茶と一緒に持って……立ち上がる。 「かぼすけ、ちょっと続きを釣ってくれ」 「拙者がやるでごじゃるか!? うむむ……しかし、ここは頑張るでごじゃるー!」 「その意気、その意気」 「……ねぇ、ナジェム。ナジェムも自分で釣ってみな……イタイ!」 啄かれるライルに、慄罹は「これでも食べて飲んで、元気出せよ」と、あったかいお茶と揚げたてのワカサギを差し出した。熱を求めたライルが、ほーっと息を吐く。 「んまいねコレ。ありがと。おにーさん、生き返る〜」 「だろー? 和食料理はお手の物だぜ。沢山釣って、神楽の都に残ってる連中に土産にするって約束したからな。今日は長居する気満々で仕込んできたんだ、あ、おむすび食べるか?」 「もらう。ワカサギ、美味しいなぁ。たくさん釣れたら分けるから、よかったら料理してくんない? 俺、指がかじかんで料理どころじゃないし、ナジェムは啄くし」 「任せろ」 かくして此処に、偶然出会った二人による協定が結ばれた。ついでに生気を取り戻したライルたちの横を、提灯南瓜が振り回す竿から外れたワカサギがすっ飛んでいった。 ローゼリア(ib5674)は、皇 那由多(ia9742)に未来を紹介した。 「未来さん、こんにちわ。初めまして」 しゃがんで満面の笑顔を向ける。未来は「はじめまして」と挨拶した。 「いい子ですね。ローザさんから少しだけお話聞きました、お花が好きですか?」 「うん、すき」 「ん〜、陰陽師っていうのはこういう時に素敵な術がないのですが……そうだ、せめて光の花を貴方に。暖かくなったらお花見もいいですねぇ」 夜光虫の光を少女の目の前に飛ばす皇。未来が指を伸ばすと、術は儚く溶けて消えた。 「楽しそうですわね、那由多……さ、自己紹介も終えたところで参りましょうか」 「はい! いやぁ、一度やってみたかったんですよね、氷釣り! 育った寺にいた頃は近所の川で釣ってましたけど、待ってる時間も楽しいですよねー、塩焼きが美味しいかなぁ! まさかローザさんも釣りがお好きなんて思いませ……どうしたんですか、怖い顔して」 既に三人分の釣り道具その他を見繕って、恐るべき速さで会計を済ませた皇を見て、ローゼリアは「いえ、遅かったですわ」と呟いた。 「まさか真っ先に釣りを選ばれるとは思いませんでしたの。私としては身体を動かす分スケートがいいかと考えていたのですが」 「えっ! つ、釣りに来たかったんじゃないんですかっ?! あわわ、すみません〜てっきり! ……えっと、何しましょう?」 どうしようこれ、と釣具を交互に見る皇を見て、ローゼリアが溜息をこぼす。 「ま、良いですわ。意外な面が見れましたし。未来は釣りでかまいませんか?」 未来が「あたしも釣る」と答えたので、最終的に三人で釣りになった。 何分集中力が短く飽きっぽい性格ではあるが、昼寝が好きな未来は、ワカサギを待っている間は睡魔に身をゆだねていたので、皇とローゼリアが雑談する時間が長かった。 「……那由多は随分と釣りに詳しいのですわね」 「お魚さん、つれたー?」 「あ、未来ちゃん、おはようございます。なんとか食べられそうですよ」 皇が自慢げに木桶の中を見せる。覗き込んだ刹那、風が吹いた。ぷるりと震える未来に、ローゼリアがマフラーを貸した。 「そういえば未来。ジルベリア、行きたかったですか?」 未来は考える仕草をして「きれいなお茶会に行ってみたかったけど、いい」と言って、ローゼリアの膝に登った。マフラーを解いて二人一緒に巻きなおす。満足気だ。 「ひくうせんの大人は嘘つきだった。ジルベリアに行くと言って、知らないところに行こうとしてたんだって。イリスが言ってた。うそつきはきらい。だから知らない人がジルベリアに連れてってくれるって言っても。もう、あたしはいかない。ここにいるの」 ぎゅ、とローゼリアの胴体に抱きついた。しがみつくのに似ている。皇は「甘えたさんですね」と微笑ましげに見ているが、ローゼリアは少なからず恐怖の片鱗を感じ取った。 「では……いつか私達が連れてってさしあげますわ。そうすれば怖くないでしょう?」 「うん」 この子は私が護ってみせる――…… 星頼が釣りでワカサギを釣り上げ始めていた頃。 ヘロージオ達に姉妹を任せた明星が、釣りの様子を見に来ていた。 「シャオ、まだ場所探してるの?」 「う、うん」 「おじさ……じゃない、ジル兄はもう始めてるよ」 分かってるけど、とウロウロしていた宵星は、滑っていた明星を手招きして「ね、ミンシン。心眼でお魚の位置分かる?」と恐るべき手段に出た。意地でも仕留める気である。 「いいけど。心眼で……わかるかな、動くのはなんとなく」 しばらくの後。 明星の協力で当たり位置を手に入れた宵星の隣では、氷の穴の節でガリガリ爪を立てる猫又がいた。引いている時に教えてくれるのはいいけれど、もたつく宵星を見て口煩い。 「あー、もう逃がしちゃうだろ! シャオ早く!」 宵星は「織姫さん、うるさい」と言いつつ、氷の下を覗き込んで背筋が寒くなっていた。着ぐるみのおかげで寒さは感じないが、泳げない為、氷が割れる想像をしてしまう。 ウルシュテッドもまた星頼やジルベールの様子を見に来た。 「星頼、楽しいかい? 釣れてる?」 「ピィアの方が上手だけど、ぼくも釣れたよ」 「そうか、それは良かった。これなら旨い料理が作れそうだ、腕が鳴るな! ジルはどうだい。お土産の分も釣れ……」 噂のジルベールは極寒の中で冷や汗をかいていた。笑顔が微妙に引きつっている。 木桶の中には皆で食べられるほどのワカサギはいない。 『ほ、本番は……これからや!』 笑みが引きつり、折れそうになる心を必死に奮い立たせる。しかし皆が釣れて賑やかな声は嫌でも耳に入ってくるし、脳裏には『お土産を楽しみにしているから』と笑顔の妻が思い浮かぶ。このままではがっかりされるに違いない。 重い空気を察したウルシュテッドは「星頼、ジルを応援しよう。夕飯がピンチだ」とぼしょぼしょと内緒話をした後、冷や汗の背中に「ワカサギにも気分があるんだよ」と慰めの言葉をかけていた。 无(ib1198)は宝狐禅ナイを召喚すると、襟巻きのように首に巻いた。もっふりと暖かくしたところで、売店で買った温かいお茶や惣菜を手に釣りの場所まで戻る。氷に開けられた穴の側には、アルドが釣り糸を垂らしていた。 「糸が引いてるよ、アルド。当たりがきたかな」 「あ、本当だ」 釣り糸を引き上げると、何匹ものワカサギがびちびちはねていた。魚の口から針を外して再び穴に戻すアルドに、温かいおしぼりとお茶を差し出す。 「釣りは頭を休めるのにも、考えるにもよい。何も考えない時に浮かんだことは意外と色々なヒントになるのだよね。仕事に忙しい私たちも息抜きは必要ですからねぇ」 「開拓者の仕事は、大変?」 「そうですねぇ。面倒なしがらみは多いですが、継続は力なり、とも言います」 眼鏡をくい、とあげた无は、自分の釣り糸を巻き上げ始めた。 紅雅(ib4326)は灯心にウシャンカを着せ、釣りは長引くからとひざ掛け用の毛布を貸した。凍った湖でも魚が釣れるという事実に驚く灯心は「もっと小さい時にも知っていれば」と悔しげに臍を噛む。昨年の夏、里における釣りの苦労を聞いていた紅雅は「今度からは釣れますね」と笑いかけた。機材で氷に穴をあけて、仕掛けを垂らして、じっと待つ。 「……少しだけ、話をしましょうか?」 灯心は「はい?」と首をかしげつつも姿勢を正して紅雅に向き直る。 「夏にも、釣りをしましたね。私も、覚えています。春の初めに、楽器を弾く皆を遠くで見ていた子の事を。少しずつ、料理も覚えて。少しずつ、人を喜ばせる事を覚えて。日記に書いてくれた絵は宝物です」 灯心は手帳を持ち歩いている。余り見せてくれることは少ないけれど、忘れたくない料理のレシピや人の似顔絵、楽しかった日の思い出が詰まっていることを、知っている。 「このまえ……貴方は不安だと言いました」 『ボクは、知りたいんです。色んなこと。おかあさまや皆のこと。何が嘘で何が本当か。おにいさんたちは優しいけれど、そればボクたちが子供だからで、全部教えてはもらえなくて……嘘とか隠し事とかあったら、って考えると、すごく嫌な気持ちになります。頭のもやもやを消したいです。だから大人になりたい。開拓者は何歳でも一人前だから』 子供扱いされる事に、何かを隠される居心地の悪さに、遠ざけられる距離感に覚えた不快感を拭うために、背伸びを始めた灯心の……橙色の瞳を覗き込む。 「今度は、私の本心をお話しましょう。普段、何を思ってきたか」 「……ボクに?」 「ええ。私は……貴方の家族になりたい。兄弟姉妹達と同じ、ではなく……貴方一人の為に、帰る場所として私は在りたい。……これは、私だけの我儘かもしれません」 白い指先が髪に触れた。 出会って一年。過ごした時間は遥かに少ない。 それでも。 「灯心。貴方は私にとっては、宝物です。心に灯る灯り、そのものです。それだけは……どうか、頭の片隅にでも置いておいてください」 忘れないで。 刃兼(ib7876)は旭にフォックスファーと毛皮の手袋を貸した。自分用のそれはブカブカではあったが、旭はぬくぬくとあったかそうだ。寒そうな仙猫キクイチを湯たんぽ代わりに、釣具を持って湖に出た。足元に気をつけながら、氷に穴を開けて仕掛けを垂らす。 「そういえば旭」 「ふぇ、なあに〜?」 「前に旭が、俺に対して『お父さんになればいい』って言ったことがあるだろ。その気持ちは今も同じ、か?」 この子は『お父さんが欲しい』と言った。随分前の話である。 余りにも突拍子もない話で困り果て、友人に相談した事もあった。昔は引っ込み思案だったが、今は表情のくるくるかわる少女になった。血縁はない。けれど開拓者であれば、身請けする事も不可能ではない、という返事をもらったと昔、仲間が話していた。 だから悩む。 人一人の人生を預かる事は、相棒たちと暮らす事とは違うから。 「俺自身、旭と家族になれたら嬉しい。ただ、親子の縁は一生に関わることだから慎重に決めたいんだ。……家族になっても、ならなくても。こうやって一緒にあちこち出掛けようと思うし、もしも旭が弱ったり困ったりした時は、傍に居て力になろうと思うから、さ……っと。難しい話だったらごめんな――――って、どうした旭!」 旭はどんよりしていた。 表情が暗く、腕に力が入っているのか、仙猫キクイチが「お助け」と呻いている。 「……ダメって言われた」 「そういう意味じゃなくてだ、な」 「院長先生が『言っちゃダメ』って旭に言ったの。あんなに若いのに旭のお父さんじゃ、お嫁さん来なくて可哀想でしょう、嫌われちゃうわよ……って。旭のお父さんになるのは、かわいそうなの?」 琥珀色の瞳に涙を溜めた旭が、刃兼を見上げた。言葉につまる。 『院長……気をつかってくれたのか? 否、天儀では十四歳で成人、結婚も珍しくないというし、まさか行き遅れ……じゃない、俺は嫁の心配をされたのか? 抑も何と言えば』 「旭は」 説明の難しさに悩む刃兼に、旭はキッと真顔を作った。 「旭は行くよ、ハガネに会いに行く! お父さんになってくれなくても、ハガネが会ってくれなくても、旭は会いたいから! 追いかけるよ! お父さんって言っちゃダメでも! 旭が大人になっても! ずっと一緒にいたいから、だから……旭を嫌いにならないでぇ」 『……俺は、押しかけ女房宣言をされているの、か?』 涙と鼻水を、仙猫キクイチの毛皮でぞりぞり拭う旭の頭を撫でながら「ダメだなんて言ってないだろう」と笑いかけた。 「旭の言いたいことは分かった。俺も沢山考えるよ。だからもう少し、答えが出るまで待っててくれ。さ、揚げ物たくさんできるよう、ワカサギ釣り、頑張ろうか。ワカサギ以外が釣れたら、塩焼きか味噌煮かな。魚は好きだろ?」 泣き止んだ旭が「すき」と頭を縦に振った。 氷の上は滑りやすい。 紫ノ眼 恋(ic0281)と真白が陸の傍で長時間滑る練習を重ねる一方、上級からくりの白銀丸は、得意げにすいすい滑っていた。無性に腹立たしくも見えるが『手本になれ』と言ってしまった手前『戻ってこい』とも言いにくい。 ぷるぷる震える真白と手を繋いで、刃物のついた靴で少しずつ前に進む。 「慣れてくると、なかなか面白いものだな。真白。最初から上手くなんて出来ないさ。ゆっくり、諦めずにするといい。今日は存分に付き合うからな。終わったら甘酒も用意してあるから」 思えば遠出は久しぶりだ。 冬場は篭もりっぱなしになりやすく、外へ出る機会も減る。 やがて支えなしで前進できるようになった真白と、湖の中央に向かって滑っていく。 「恋お姉さん、まって」 「大丈夫。白銀丸のように置いてったりはしないさ」 「別に置いてった訳じゃねーぞ、オィ。真白だって、こんな風に自在に滑りたいよな」 真白は真顔で「うん」と言った。 何度転んでも立ち上がり、紫ノ眼のもとを目指す。 「しかし真白、ちょっと速すぎ……おぅ!?」 紫ノ眼の体に正面からぶつかる。鳩尾にキマって息が詰まった。 初心者は自力で止まれないのも納得だが、……真白が腰にしがみついたまま離れない。 「怖いのか」 「恋お姉さんって、細いけど、とっても背高いし、きんにくもあって……かっこいいよね」 「あたしは狼の獣人だからな。狼の血に恥じぬ戦いができるよう、日々鍛錬を積んでいるから……急にどうしたんだ」 お腹のあたりに顔を埋めていた真白が、ぷく、と頬を膨らませる。 「ぼく……背、高くなるかな。恋お姉さんより低いの、やだ」 「いっぱい食べて運動すれば、きっと背が伸びる。たくさん寝ることも大事だぞ」 無いものを強請る幼さ。 大人より低い背を恥じる心を抱く真白は「あのね」と続ける。 「アルド兄ちゃん達に、恋お姉さん達より強くなれるか聞いたら、なれるわけない、って言われた。ぼくたちよりずっと強くて、ぼくたちはずっと弱いから叶わない、って」 紫ノ眼は頬を掻いた。 年長組は開拓者の戦いぶりを幾度か見学したと聞く。 歴然とした力の差を目の前にした兄や姉からすれば、弟の『強さへの憧れ』は滑稽かもしれない。 「真白、誰だって最初から強かった訳じゃない。剣の握り方も知らない所から始まって、あたし達は今の強さに辿りついた。絶対に叶わない、なんてことはないさ」 「でも、ぼくが強くなった時には、もっと強くなってるよね」 子供の理屈は難しい。悩む紫ノ眼に対して、顔を上げた真白の瞳が……妙に輝いていた。 「だからね、ぼく『しゅふ』になる」 言葉が、右耳から左耳に抜けた。 「は?」 「しゅふ! 恋お姉さんより強くなれなくても、お料理勉強して、しゅふになれば、えーきゅーほーこー(永久奉公)できるぞ、って教えてもらった!」 「……誰に」 「兄ちゃん達に会いに来た人。名前なんだっけ。いさなさん? 眼鏡のお姉さん」 狩野柚子平が派遣する人妖の一体であった。 子供は余計な知恵を吸収しやすい。 頭痛がする、と思いつつ、妙な目標を持った真白の手を引いて奥へ滑っていく。 「恋お姉さん?」 「一緒に滑るのはダンスのようかもしれないな。様になってきたね、今でも格好良いよ」 両手を繋いだ真白が、頬を赤らめて嬉しそうに笑った。 沢山の大人が傍につき、交代で子供の面倒をみれば、大人たちにも遊ぶ時間や休憩時間はできる。イリスとエミカの手を引いていたヘロージオ達は、フェンリエッタ達と付き添いを交代した。 「行っておいで、イリス。もっと上達できるといいな」 「うん! いってきまぁす。エミカ、まってー」 「イリスおそーい」 「焦っちゃだめよ、ケガするから」 フェンリエッタがエミカ達の姿勢に注意を配って、立ち方の助言をする。 ウルシュテッドは、正しい転び方や滑りの手本を見せていた。 木陰から様子を眺めていたアルカームの目元が、柔らかく弧を描く。 「……エミカ達が笑ってくれると、こっちまで嬉しくなるね」 楽しそうなエミカとイリスを眺めていると、この前の誘拐は夢幻だったような気がする。 「怖い想いをした後だ。忘れるくらい楽しませてやりたい。子供の体力には驚かされるが」 「……ねぇ、ゼス。例の報告書とか……読んだ?」 「どれの事だ」 「この前の誘拐と、一年前のやつ。確か『お前たちはいつか、後悔するぞ』だっけ」 「生成姫の最期の言葉、か」 開拓者は沢山の情報を共有する。 その中で物議をかもしているのが、とっくの昔に滅びた大アヤカシ生成姫が残した不気味な予言と、まるでそれらを裏付けるかのように度々判明している事実だった。 謎の地震、島の落下、瘴気の噴出、雲の下と呼ばれる未開の果て。 生成姫が人里から親を殺して誘拐し、恐るべき密偵や最悪の刺客に育てた志体の子供達も……どうやら別の目的もあって養育されていたという見方が強くなってきている。 敵は語った。 瘴気に耐性を持つ生成姫の子達が、古代人と呼ばれる者達の後継者候補だったこと。 雲の下と天儀を繋ぐ存在として、古の術と引き換えに売り渡される予定だったこと。 それらが何を意味するのか。 詳しいことはまだ……分かっていないけれど。 「いいか、ケイウス。これだけは言えるぞ。俺は後悔はしない」 助けた事も。滅ぼした事も。己を信じて歩んできた道だ。 この先、何が起ころうとも。 「誰に何と言われようと俺達は進み続ける。彼女達の笑顔を守る為に。イリス達が愛に飢えない様に」 淀みのない友の瞳を見たアルカームは「そうだね……俺も、後悔しない」と呟く。 「エミカ達の笑顔を見たら、何だって乗り越えられる気がするよ」 「ああ、あの笑顔の為なら何でも乗り越えられる」 笑顔が曇らぬように。 悲しまぬように。 その瞳が、絶望の色を滲ませる事のないように。 「それに、頼りになる親友も一緒だし。ね、ゼス!」 ヘロージオは「そうだな」とアルカームの顔を見た。 輝く水面は心に浮かぶ不安をかき消す。 氷上から聞こえる賑やかな声は、まだしばらくの間、途切れることはなさそうだ。 |