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■オープニング本文 大アヤカシ不在の理穴方面を奪還する。 世界中がこの話に沸き立っていた頃、世界の片隅でも動きがあった。 ●雪の中の来訪者 「単刀直入に聞くでしゅ。お前たちは強いでしゅか?」 メイド姿の幼い少女が放った事に、孤児院に住む子供――未来、エミカ、イリス、星頼の四人は目が点になった。 事の起こりは数週間前。 ジルベリアのある貴族から『子供を何人か養子にしたい』という話があった。普通は目の色や髪の色、性格などを訪ねてくるものだが、先方が要求したことは『アヤカシよりも強いこと』だった。 条件にあてはまるのは、生成姫がさらって育てていた子供しかいない。 孤児院の院長は、子供の素性を話したが、先方の要求に変化はなかった。 よって21名のうち『ジルベリアの国に興味がある子』を募り、面会させる候補を絞った。 貴族と面会させる当日。 現れたのは、冴えない顔の男性とメイド服の侍女だった。 「どうでしゅか?」 「ポワニカ。主語とか色々省略しすぎている……ええっと」 侍女の隣の男性は「初めまして」と柔らかく話しかけた。 「私はミッチェル・マディール・ラスカリタ。ある大きなお家と領地を預かっている身だ。隣は、姉の侍女で魔術師のポワニカ。どうぞ宜しく」 温和な態度に子供達も名を名乗り「宜しくお願いします」と挨拶した。 「いい子だね。君たちはジルベリアに興味があると聞いたけど、本当かな」 「はい」 「よかった。実は、将来私の子供になってくれる人を探している。二人の姉は両方とも領地に縛られるのが嫌いな性格でね。だから今回、養子の話の前に『ジルベリアに遊びに来てくれる子』を院長さんにお願いして、君たちに声をかけてもらった。領地は何かとアヤカシが多くてね、身を守れる子じゃないと危険なんだ。それで彼女が、君たちに『強いか?』と聞いた」 どうかな、とミッチェルは首をかしげる。 「屍狼とかなら倒した、けど」 イリスの返事に他の子供も続いた。 侍女ポワニカは「結構でしゅ」と一言だけ返す。 「……だそうだ。ジルベリアへ遊びに来てくれるかな」 「あ、う、いきます!」 「では明後日に迎えをこさせる」 隠して客人は去っていった。 その日、ジルベリアに招かれる事が決まった四人は荷造りを始めたが、妹の華凛は外へ出た。 雪を被った木の上に呼びかける。 すると夜雀が降りてきた。 華凛の秘密のオトモダチだが……12月の末に開拓者が葬ったはずだった。 普通、下級アヤカシが人間に懐くことはない。遭遇すれば食うのが普通だ。なにより生成姫亡き後、子供たちへの加護とやらはないはずだ。葬っても現れる奇妙な存在に華凛は話しかけた。 「姉さんたちがジルベリアへいくんだって。ずるいよねー」 やがて夜雀は夜の闇に消えた。 ●夜雀を放った者 「ふむ。なるほど……。よくやった」 月光に照らされた人影は……濃い紫色の髪に、銀色の瞳を持つ細身の男。 「ナマナリの育てた子が生き残っていると聞いた時は安堵した。が、結界の守りが固く、今まで手出しできなかったゆえな。漸く開拓者無しで動いたか」 男は闇の中から孤児院の方角を眺める。 「ナマナリが育てた子は、我らの大切な同胞となるべき存在……返して貰おう、開拓者ども」 低い声を発した男は、夜雀をどこかへと飛ばし、自らも闇に消えた。 ●失踪 その日は雪の華が降っていた。 大雪で殆ど誰も道を歩かぬような天気だが、特別な旅の始まりとあって、荷造りをした未来、エミカ、イリス、星頼の四人は笑顔だった。迎えの馬車に乗ってジルベリアへ旅立つ。轍の消えゆく白銀の道に向かって、兄弟たちは手を振った。 異変は数日後に起こった。 なんと侍女ポワニカから『子供の旅行は延期して欲しい』と連絡が入った。 困惑する院長との会話で判明したこと。 それは迎えに出した御者が殺された事と手配した貸し馬車が失踪した痕跡。 何者かが使者を偽って、四人の子供を誘拐した事実だった。 すぐにギルドへ連絡が入り、調査班が作られた頃には、ポワニカの配下から情報が届けられた。奪われた馬車は途中で乗り捨てられ、近郊の飛行場から子供を乗せた小型飛空船が一隻、急に飛び立った後、予定にない飛行を続けているという。 『ここからでは追いつけない……座標は送ったので追跡して欲しいでしゅ』 「分かった!」 開拓者たちは飛行相棒に跨り、不審な小型飛空船を追った。 ●子供たちの行方 その頃、小型飛空船では子供達が呑気に遊んでいた。 ふと敏いイリスが窓を見て異変に気づく。ジルベリアの方角へは向かっていなかった。 しかも小型飛空船の周囲には、飛行アヤカシが集まりつつあった。 操縦席の男が、依頼人を一瞥する。 「あの、旦那ぁ。大金でしたし、なんでもするとは言いましたが……誘拐はやばいですよぉ。まだ子供じゃないですか」 「……黙って飛べ」 「ですけど、なんかアヤカシ集まってますし、緊急着陸した方が」 「あれは護衛だ。黙って飛べ」 「ご? 護衛?」 その時になって、雇われの船長は漸く隣にいるのが人でない事に気づいた。 今頃気づいても後の祭り。 依頼人の男は指をひとふりした。 「食って構わん。代わりに操縦しろ」 すると船長は食い殺された。記憶を引き継いだアヤカシが操縦席に座る。 「ナマナリが早く我らに子を託していれば、こんな面倒は……忌々しい」 紫の髪をした男は、子供の様子を見に行こうと立ち上がった。 「あくるおじさま、でしたっけ。ジルベリアはまだ遠いのよね?」 イリスだった。 くるくる楽しげに踊りながらスカートの裾をつまんで可憐に挨拶した。 「そうだ」 「ねぇおじさま。孤児院ではおやつの後は、じっくり寝るの。たくさん寝ると背が伸びるのですって。みんな一緒じゃないと眠れないから、別のお部屋でおやすみしていい?」 「奥の部屋を使え」 「ありがとう!」 イリスは半ば強引に、未来とエミカと星頼を連れて別室に移った。 「……どうしたの? イリス?」 エミカが戸惑う。イリスはゆっくり部屋の扉へ鍵をかけた。 「静かに」 「え?」 「いいから聞いて。この船、ジルベリア行きじゃないわ。運転してた人が食われたもの。おかあさまの眷属でもないみたい。どうにかして逃げなくちゃ」 その頃、船の後方には開拓者たちが迫っていた。 「亞久留さま、追っ手が来ます」 白冷鬼が紫髪の男に開拓者の存在を知らせる。 「開拓者か……。今は、我らが事を構える訳にはいかん。俺は離脱する。お前達、深追いしてきた開拓者を始末しろ。子供達を約束の場所へ連れていけ。手は出すな」 「御意」 亞久留は、船内へ荷物を運び込む為の後方の扉を開け放つと、数体の鵺とともに暴風吹き荒れる外へ飛び降りた。 その様子を開拓者たちも目撃する。 「誰か飛び降りた!? いや、でも……あれは鵺? 雲の中へ向かう気か」 「だが子供の姿はないし、飛空船は動き続けている。船を追うぞ!」 |
■参加者一覧 / 六条 雪巳(ia0179) / 音有・兵真(ia0221) / 劉 天藍(ia0293) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 大蔵南洋(ia1246) / 御樹青嵐(ia1669) / 羅轟(ia1687) / 黎乃壬弥(ia3249) / 珠々(ia5322) / 菊池 志郎(ia5584) / 鈴木 透子(ia5664) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 咲人(ia8945) / 郁磨(ia9365) / 劫光(ia9510) / ニノン(ia9578) / 皇 那由多(ia9742) / 尾花 紫乃(ia9951) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / アグネス・ユーリ(ib0058) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ヘスティア・V・D(ib0161) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / リスティア・サヴィン(ib0242) / アリアス・サーレク(ib0270) / 白 桜香(ib0392) / オドゥノール(ib0479) / グリムバルド(ib0608) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 尾花 朔(ib1268) / ケロリーナ(ib2037) / 蓮 神音(ib2662) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 針野(ib3728) / フォルカ(ib4243) / 長谷部 円秀 (ib4529) / ハティ(ib5270) / ウルシュテッド(ib5445) / ローゼリア(ib5674) / 宵星(ib6077) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / ニッツァ(ib6625) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / 一之瀬 戦(ib8291) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 朱宇子(ib9060) / 戸仁元 和名(ib9394) / 一之瀬 白露丸(ib9477) / ジョハル(ib9784) / カルマ=V=ノア(ib9924) / カルマ=L=ノア(ib9926) / カルマ=G=ノア(ib9947) / 松戸 暗(ic0068) / 藤本あかね(ic0070) / 草薙 早矢(ic0072) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / リドワーン(ic0545) / トラヴィス(ic0800) / 白鷺丸(ic0870) / フラウ(ic1341) / カルマ=J=ノア(ic1376) / カルマ=I=ノア(ic1395) |
■リプレイ本文 ●誘拐犯の意図 それは肉の壁だった。 ざっと見積もっても鵺は50体、人面鳥は100体だろうか。 小隊【華夜楼】の音有・兵真(ia0221)は「大掛かりな誘拐だな」と呟いた。 「一個大隊まるまる飛んで来たようなもんじゃねえか……敵さん本気で人攫いしようとしてやがる」 甲龍サフィーヤに乗るフォルカ(ib4243)は慄いていた。 「この人面鳥の数……おまけに鵺も一緒、か」 空龍トモエマルとともに後を追う刃兼(ib7876)が「奇妙だな」と眉をひそめた。 「襲いもしない。食いもしない。あいつら全員、飛空船を襲うんじゃなくて護送しているこの光景、異様の一言に尽きる」 炎龍ヴェリタの背で観察していたトラヴィス(ic0800)は「子供四人に随分と張り込んだものだな。アヤカシとは実に、不愉快だ」と眼鏡に手をかける。瞳が怒りに燃えた。 リオーレ・アズィーズ(ib7038)も状況に眩暈がした。子供たちはタダでさえ微妙な立場にいるのに、未だアヤカシに狙われているとなれば国の重鎮達に排斥されかねない。 「子供四人に、このアヤカシの数……正気の沙汰ではありませんね」 アルマ・ムリフェイン(ib3629)は駿龍ファロの背中で護送の意図について考え、首を振った。 「思考は後回しだ」 フィン・ファルスト(ib0979)は駿龍バックスの背で「あんっの、人攫い共がっ!」と怒り狂っている。 小隊【華夜楼】の御樹青嵐(ia1669)は凍てつくような目を向けた。 「如何なる者であれ、あの子達に害をなす者は全力を以て排除します」 同小隊の巫女、白 桜香(ib0392)も頷く。 「元より両親を奪われ浚われた子供達ですもの。本人達が道を選ぶ時まで、彼らの選ぶ権利を守りたい。どの道も、自由に飛べる権利を。それが私達開拓者が守るべきものです!」 小隊【黒鉄】を率いる羅轟(ia1687)は快速小型船の舵を操りながら鵺を睨み据える。 「生成の……子は……元々……人より……奪われた……者達。今一度……取り返す」 大勢が更生に努力してきた。その結果が報われつつある。無駄にはさせない。 「せっかく助けた子ども達を、またあっち側に持っていかれてたまるか」 咲人(ia8945)は肩の迅鷹昴に甲板の警備に行こうと告げる。龍はおいてきていた。 飛行中のケロリーナ(ib2037)は、子供がジルベリアに遊びに来る予定だった、ときいて「絶対助けるですの!」と気合を入れた。いつかジルベリアの暮らしや良さを知ってほしい。 甲龍ナミの背にいた朱宇子(ib9060)の体は、防寒具が万全の状態でも震えていた。 「アヤカシの、こんな大軍と相対するのは初めてかも。怖くない、って言ったら嘘になるけど……私にできる精一杯で、援護をします!」 もうひとつの問題は。 「では雲の中に消えた人物は私たちが追います。今後の安全の為には放置できません」 鈴木 透子(ia5664)が嵐龍蝉丸の手綱をひく。夜色の空龍風天にのる无(ib1198)が己の米神を押さえた。思い出すのは、子供の元に現れた夜雀。子曰く『おかあさまのオトモダチの子』だという。 「諸々の問題に加えてなんだよな……全く。何かの鍵か、依代か、贄か、何にせよ子供達には不要な干渉。元凶ならば落とさねば。そちらを任せます」 「ガキの誘拐か。アヤカシにとっての利点は何か……」 色々な可能性を考えるリドワーン(ic0545)も後を追う。 最終的に、開拓者四人が積乱雲に消えた。 「手下を残して主犯は逃亡とは……ナメられたものじゃ」 椿鬼 蜜鈴(ib6311)の青い瞳が鋭利に輝いた。 苦虫を噛み潰した顔の菊池 志郎(ia5584)が「まだ子供を狙うアヤカシがいるなんて」と呟く。大アヤカシ生成姫(iz0256)と直属の上級アヤカシは滅びた。配下は統率力を失った。一体どこからこれだけのアヤカシが現れたのか不明だが、絶対無事に取り戻さねばならない。 空龍鎗真に乗る酒々井 統真(ia0893)が忌々しげに呟く。 「あの子供達をこれ以上どうしようってんだ……どんなつもりだろうが、させねぇから関係ねぇがな。とりあえず足を止めなきゃどうしようもねぇ。飛ぶぞ!」 空龍かがほの背で慌てていた針野(ib3728)も我に返る。 「と、とにかく、逃げられないよう航行を邪魔せんと!」 空龍鈴麗に乗る礼野 真夢紀(ia1144)が「奪還よ! 奪還!」と連呼する。 水鏡 雪彼(ia1207)も「連れ戻させてもらうの。何があっても雪彼は退かないから!」と叫んだ。 敵の鵺は仲間の数よりも多い。 そして仲間の多くは吹雪の中で軽装備で本来の力を発揮できない。 「どう攻める? 接近戦は難しそうだ」 「船を巻き込んで放電はしないと予想はするが……どうだかな」 トラヴィスは顎をなでて唸る。雷の連射に耐えられる者などいないが……どのみち逃がす気はない。 「範囲攻撃で一定数を巻き込んで削れば……でも確かに接近は至難」 フラウ(ic1341)が難しい顔を作る。 「単純だ、道を切り開き、その道を保持する。……実行が簡単じゃないだけで」 言いながら小隊【華夜楼】のオドゥノール(ib0479)は項垂れた。作戦しだいでは全員撃墜されかねない。 アヤカシに囲まれた快速小型飛空船と開拓者の距離。 およそ120メートル。 小隊【黒鉄】や小隊【幼馴染同盟】が操る快速小型飛空船も同じ型だ。積荷の有無や多少無理した運転で距離を縮めつつあったが装甲と耐久性は遥かに劣る。鵺の壁を打ち破ろうと無理すれば、船は撃墜させられてしまうだろう。 「ダメね。あの船が減速しないと左から牽引できないわ。……皆、先に行って!」 甲板にいた小隊【幼馴染同盟】の小隊長ユリア・ヴァル(ia9996)が苦渋の決断を下した。仲間の多くは操作用の自立相棒連れだ。 他の小隊と仲間を信じるしかない。 最終的に、各開拓者の討伐域が細かく分けられた。 「後方を頼む。右は俺らに任せな」 懲悪と救済を掲げる小隊【カルマ=ノア】の小隊長カルマ=V=ノア(ib9924)が駿龍メルクリウスをひと撫ですると「さぁて狩りにいこうぜ。続け兄弟!」と雲に紛れる。 駿龍ユリアンに乗るカルマ=J=ノア(ic1376)は「しゃ、初仕事だぜ!」と気合一発。 「先に行くぜ、お師匠!」 「あぁジョシュア。いま行く。……ガキを誘拐ねぇ、そこまで人材不足なのかね。まぁいい。アヤカシに力を貸してやる義理なんざ無ぇからな……堕としてやるよ、地獄までな」 カルマ=I=ノア(ic1395)は駿龍アルゴの手綱を握った。 カルマ=L=ノア(ib9926)も「そうです。絶対に許しませんよ!」と意気込む。 「そうですね。ここから先は我々カルマ=ノアがお相手いたしましょう。皆様もご武運を」 挨拶した老紳士……カルマ=G=ノア(ib9947)達が、小隊長の後を追う。 ●後方を守る鵺30体 ハッチのある後方に20体、真下に10体。合計30体の鵺が、飛空船と開拓者の間を阻んでいる。突撃をかけることは危険すぎた。鵺の射程は100メートルをゆうにこえる。落雷の120連射も可能な状態で、生き残れる開拓者などいない。 呪詛を浴びれば、一撃にかける威力も落ちる。 「アヤカシの思い通りになんて、絶対にさせない! 二度とこんな事が起きない様に、倒し切ってやる……しゅしょー、後を頼みます」 船内には操舵手の羅轟と機関手のからくり琴音が残る。 「こちらの……船は……脆い。救出は……早めに……頼む」 咲人が「甲板は任せろ」と郁磨(ia9365)達に告げる。 郁磨は炎龍遊幻に騎乗し、先行した。 竜巻を起こして鵺を巻き込みたかったが、三十メートル付近まで接近しなくてはならない。いずれも鵺の射程範囲だった。心は怒りで焦るのに、接近がままならない。 甲龍闘幻とともに船の真下を目指す一之瀬 戦(ib8291)は、鵺がある程度弱体化するのを待つ為に、雲に紛れていく。 「敵に集中砲火されるような立ち回りは避けたいが……ちんたらしてられないしな」 小隊【華夜楼】を率いる小隊長、黎乃壬弥(ia3249)が忌々しげに鵺を見据える。鵺の注意を、こちらの4小隊と精鋭に惹きつけなければ、左右前方の仲間が狙われる。 さてどうするか。 「あの子供らを、これ以上彼奴等の好きにはさせまいぞ。かなり危険だが、試しにわしが囮になる、何匹か離脱後をねらえ」 小隊【赤い鳥】を率いるニノン・サジュマン(ia9578)は、駿龍クロエの上でビュッと手を横に伸ばした。自小隊員に待機指示を出す。全速力で鵺に向かうが、既に落雷の射程距離だった。閃光が煌き、サジュマンを焼く。 一瞬、意識が飛びかけたが、サジュマンは生きていた。 「お主らの相手はこっちじゃ! 徒党を組んだ腰抜けどもめが!」 鵺の一頭が空中で止まり、何かを鳴くとサジュマンを目指す。二度目の落雷にも彼女は耐えた。三度目は……多分死ぬ。 しかしサジュマンは強力な巫女だった。 「まるで臨死体験とやらじゃの。しっかりやるがよい!」 「ああニノンさん!」 空龍ネイトで加速するジルベール(ia9952)、子を想って陰鬱だった表情を押し込め、アームクロスボウを構えた。音を込めた矢は、一本だけで鵺の臓腑を蹴散らす。 再び同じ方法をサジュマンが取る。鵺を倒した事で警戒が強まり、2体の鵺が身を反転する。何度落雷を落としても、傷を治して鵺の後方に戻ってくるサジュマンは恐怖だった。 同小隊のジョハルも、鵺をなんとか陸に落とすべく急所を狙う。 「素早いね……リリ、空を駆けろ!」 黎乃は皇龍定國の背から、鵺を一匹ずつ誘い出すよう隊員に指示を出した。 龍の衝撃波を放とうにも、最低三十メートルの距離まで接近しなければならない。電撃、放電、落雷、呪詛……鵺に全ての先手を取られるということ。 できる限り雲を使いませんか、と進言したのは白だった。こちらから見えないという事は、向こうからも見えないという事だ。生命を探知するような奴らもいない。 鷲獅鳥ツァガーンに跨ったオドゥノールは、八十メートル離れた距離から、2体の鵺を引き剥がせないか試みた。しかし敵は早い。そして威力はまるで消滅させるに至らなかったが、鵺が二体止まって落雷に備える。 「くる! 飛べ!」 白から龍ともども加護結界により抵抗力を引き上げた劉 天藍(ia0293)は呪詛を放つ個体に狙いを絞り、空龍凛麗で六十メートルの位置まで接近を試みた。黄泉より這い出る者を唱えはじめる。落雷に耐えられるのは運が良くて二度。呪詛に耐えられるかどうかは恐らく五分。 危険な賭けに、幸運の女神は微笑んだ。 「内より爆ぜろ!」 死に至る呪いは、2体の鵺を気化させた。 同60メートル地点に迫った珠々(ia5322)が、鑽針釘に毒を流し込み、一気に三体の鵺を貫く。殺傷能力こそ低いものの、鵺の機動力さえ奪えればやりようはいくらでもある。 「効果は一分! 片付けてください」 「おお! 頼もしいねぇ、タマちゃん!」 「タマちゃんじゃありません!」 「おら! きなすったぜ!」 俺が行く、と飛んだのは音有だった。 しかし。 「瞬間すぎて当てにくいか、耐えろ空電!」 一撃消滅にはいたらぬものの、一体が音有を追尾する。 血の契約で力を引き上げた御樹は白龍の式神を召喚した。音有を追う鵺に凍てつく吹雪を浴びせて凍りつかせるものの、鵺はまるで疲弊していない。恐るべき耐久力だ。 「やはり硬いですね」 空龍キーランヴェルとともに後方にいたフェンリエッタ(ib0018)は、小隊達に落雷を落とそうとする鵺へ急速に接近し、白狐の式神を使って大量の瘴気を送り込む。 三体の鵺の身が、一瞬で爆ぜ、瘴気に還る。 「誰かいる!」 ハッチの辺りにいて鵺の命令をしていたと思しき白冷鬼が身を翻した。身を焼かれながら真空刃で回復手を守っていた紫ノ眼 恋(ic0281)は、炎龍深緋から白冷鬼に向かって吠える。 「何を考えているかわからねェけどッ! 唯じゃァおかねぇから覚悟しろォァッ!」 首を洗って待っていろ、と。 やがて鵺が開拓者の排除を本格的に開始していた。 「これだけ腕利きが集まってるのは壮観ね。さぁ、きっちりお仕事しましょ、隊長」 アグネス・ユーリ(ib0058)が振り返ると、小隊【虹色】を率いるリスティア・バルテス(ib0242)もまた、小隊【黒鉄】が運転する飛空船の甲板に現れ、炎龍アップルに乗り、バイオリンを構えた。同小隊員もあとに続き、空を舞う。 五人で構成された楽団だ。 「白の吟遊詩人、リスティア・バルテス見参! さあ、いくわよ! あたし達の歌を聴けーい!」 ユーリが駿龍ヴィントの背から放った、魂を原初に戻す歌は、四体の鵺を巻き込んだ。 「瘴気に還って、空に溶けな!」 しかし鵺の耐久力は並ではない。 甲龍アスファに乗っているニーナ・サヴィン(ib0168)は「アスファ、私のことしっかり守ってよね」と尋常でない鵺の射程を前に頼み込んだ。 「これだけ豪華な吟遊詩人と演れるなんて贅沢! 出来れば次はこんな物騒な場所じゃないところで会いたいわねー、さあ! 本領発揮よ!」 激しい曲は、仲間の力を底上げする。 ●右翼を守る人面鳥50体 雲から現れ、トネリコの杖を掲げた柚乃(ia0638)が、轟龍ヒムカで人面鳥の群れに接近する。射程が一番の難点だったが、魅了や呪封の雨を完全にはねのけ、凍てつく吹雪を円錐状に浴びせかけた。 視界が白く、覆い尽くされた。 範囲外の人面鳥が、固唾を飲んで仲間を見守る。 白い吹雪の中からバーストアローが放たれた。空を翔る戦馬夜空に乗った篠崎早矢(ic0072)が放った矢だ。残念ながら人面鳥へ当てるのは至難で消滅には至らないが、怯ませた成果は大きい。 太刀に炎を纏わせた刃兼が、防御体制に入った人面鳥を2体、問答無用で切り捨てた。 「トモエマル、このまま右翼の連中を叩くぞ! ―――人の世に戻そうとしているあの子達を、再びアヤカシに渡すのは御免こうむる!」 龍の嘶き。そして続々と霧から現れる。 「そうだよ! 子供達にまた会いたかった人だっている……絶対、逃がさない!」 3メートルを超えるファルストの槍は薄らと輝いていた。鬼神の如き一閃が、三体の人面鳥を二つの体に分断し、消滅させていく。 「く、四体一緒まではダメか! ああもう! 飛んでる奴はこれだから! バックス!」 「手を緩めないで! 一気にカタをつけましょう!」 叫ぶ柚乃の威力と抵抗力は、人面鳥とは格が違った。初手の吹雪で19体を葬り去った。 恐るべきは余力が有り余ってること。 アイシスケイラルで確実に砕く! 「でも船体に傷をつけないようにしないと!」 「無論です。時間もないことですし、ね!」 菊池は柚乃と同じく、下級アヤカシたる人面鳥の魅了と呪封の影響を全く受けない。嵐龍隠逸の背から、聖なる矢を連続で放った。 十秒で三体の人面鳥が砕けた。 無数の人面鳥を切り進む前衛たちを頭上から見下ろすのは小隊【カルマ=ノア】のヴィンセント達だ。吹雪の範囲は広く、目くらましと奇襲にはもってこいだが、撃ち漏らしには気づきにくい。小隊【カルマ=ノア】は散り散りになった人面鳥の確実な撃破を選んだ。 ……のだが。 「はは! 俺の動きについて来てみろよ! おれ……は?」 泰拳士のカルマ=J=ノア、接近前に呪封と魅了の連発を浴びて無効化される。 「ジョシュアァァァ!」 師匠改めカルマ=I=ノアが救出に急ぐ。何分『ジョシュア。お前の好きなようにやってみろ』と言ってしまった手前、あまり責められない。しかし救出に行ったカルマ=I=ノアも、魅了には打ち勝ったが力を封じられてしまった。 「追ってくる! このまま誘導するぞ!」 「ちっ、護衛を放棄すると動きが早いな。鳥風情が目障りだ……落ちろ!」 ヴィンセントのマスケット「バイエン」が人面鳥の翼を射抜く。 カルマ=L=ノアも小隊長の意向に従い、駿龍ルミの背からホーリーアローで人面鳥の翼を狙った。二連射しても完全消滅に至らない力の差は、知恵で補える。人面鳥の素早さと飛行を可能にする翼。これさえ完全破壊できれば、後は地に落ちていく。 「まだ六体。もう少しです」 「そうだな。おぃ、爺さん。高みの見物してないで働けよ?」 駿龍サラから眺めていたカルマ=G=ノアは少しばかり降下すると、「鳥には鳥を」と眼突鴉を放ち始めた。目を抉ろうにも回避されたり、叩き落とされる事の方が多かったが、仲間の為の隙が作れれば良い。 偶然、同じ戦域に目を配っていた菊池が前線から離脱しており、ジョシュア達に気づくと後方の人面鳥を射抜き「力を封じられた方は、俺のところへ!」と声を投げた。 後方から白霊弾を放つ朱宇子の前で、落下していく人面鳥が灰のように霧散する。 右翼の人面鳥50体の排除は、一分とかからなかった。 ●前方から上部を守る鵺20体 「鵺はバラけさせるしかねぇな……先手いくぜ! 初手は俺から離れてな!」 九字護法陣で抵抗力を引き上げた劫光(ia9510)が吠える。 滑空艇朱雀で高度を上げ、加速して前方へ回り込んだ。航行を阻害しなければ逃げられる。装備万全の劫光は、慎重に敵や仲間との間合いを推し量り、呪詛や雷撃の射程外となる位置から一気に急加速をかける。2度降り注いだ落雷も、なんとか耐えきる。 一か八か、悲恋姫――呪いの悲鳴を三度、畳み掛けた。 ヒィイィィィイィィ! 僅か十秒で5体の強靭な鵺が砕け散った。 急反転して、劫光が落雷の射程域から逃れるようと試みるが、落雷は120メートルの距離すら楽々狙う。幾ら劫光でも落雷の雨を浴びては生きてはいられない。鵺は強力な術者の存在を確実に消し去るべく、2体が徒党を組んで後を追う。早々に落雷を二度浴びた劫光は、残る6発の落雷用意に……死の恐怖を感じた。 「くそ、やはり射程は向こうが上か」 やられる! 「隙は雪彼が作るから!」 駿龍神楽の翼で飛来した水鏡が、大龍符で勇ましい巨像をけしかけると、暗影符で視界を奪う。対象が見えなければ精度は落ちる。更に六条 雪巳(ia0179)たちが介入し、落雷の対象をそらす。 「彼の援護は私達が! 残りは任せます!」 駿龍香露に乗る六条は動ける者が動かねばと、仲間が集中的に雷撃を浴びぬよう、白霊弾で鵺を狙う。 「武運を! むこうでピンピンしてるのは任せるっさ」 八十メートル離れた距離から残りの鵺に狙いを定めるのは針野達だった。 「子供たちを、このまま連れて行かせはしないんよ!」 鳴弦の弓から放たれた二本の矢は、甲高い音を響かせてメテオを避けた鵺を貫く。 長年鍛え抜かれた響鳴弓の力は、強力な鵺を体内から引き裂く。 決定的な力の差が、2体の鵺を打ち砕いた。 当たりさえすれば掃討は可能! 「かがほ! 狙われるから雲の影に逃げるっさー! みんあ援護は任せるんよ!」 椿鬼も空龍天禄で素早く飛び、劫光の後に続く。飛空船の前方を守る鵺は、一気に十体まで数を減らしていたが、一度に四発も落雷を生み出す中級アヤカシの攻撃の雨に耐えられる者はいない。初手が全てを決すると、椿鬼は理解していた。天高く手を掲げる。 「子等は返して貰うぞ? 燃え上がれ……灰燼となり空へ還るが良い!」 虚空に生み出された業火の玉が、船を避けるよう斜めに降り注ぎ、大爆発を引き起こす。 40メートルに渡って、空は茜に染まった。突然の業火に驚いたのか、飛空船の軌道が歪む。鵺の呪わしい声が空に響いた。惜しいことに無傷が1体。 そして巻き込まれた6体は消滅に至らない! 「やはりメテオストライク一発ではダメらしいのぅ」 「だが奴らかなり堪えてるな、逃げる節もない」 攻撃されて極度に負傷しても、放電で無差別範囲攻撃を仕掛けてこない上、一定距離以上飛空船から離れようとしない。落雷で済ませ、精鋭を残す。それほどまでに船の護衛が優先されているという事だ。 酒々井と空龍は突撃をかけた。 「目を焼いた成果はあるぜ! 畳み掛けるぞ!」 一斉に動き出す前衛たち。鵺たちが大きく口を開ける。龍達に緊張が走った。 「止まるな! 仲間を信じろ!」 共に突撃をかけた吟遊詩人のハティ(ib5270)とフォルカが、鵺の呪詛の大波に対抗すべく、美しい旋律の加護で仲間達の抵抗力を急速に引き上げる。強烈な呪詛と、左右から溢れてきた人面鳥の術封じをはねのける一手が、甲板を目指す者の勝機を運命づけた! 「答えよ、精霊! 彼ら優しく強き者達に武運を、邪なる者共に打ち勝つ力を!」 忌まわしきアヤカシを駆逐せよ! 更にグリムバルド(ib0608)は2メートルものブレイブランスを振りかざした。 「いくぜ親父様! 雷で狼狽えるなよ!」 駿龍ウルティウスが特攻した。鋭い穂先が疲弊する鵺の脳天から腰までを貫いた。立て続けの斬撃に、鵺が瘴気に還っていく。 礼野の霊鈴から放たれた精霊砲が、負傷した鵺2体の胴体を吹き飛ばす。 フラウもまた駿龍の背から、極度に消耗した鵺をマスケットの銃弾で打ち抜く。 鬼神の如き酒々井の豪腕が、雷撃を放つ鵺を一撃で潰す。身に浴びた痺れなど、敵対象を倒してしまえば収まるまでの猶予はあった。 更に駿龍乙女の背から、皇 那由多(ia9742)の魂喰が放たれた。鵺は腕を食われてもピンピンしていたが、ここで引くわけにはいかない。子供を救い出すと誓ったのだから。 『ローザさん。神楽に美味しい甘味屋さんが出来たんですよ。子供達を助けたら一緒に行きましょうね』 「邪魔はさせませんよ!」 前衛を狙う鵺に術を放つ。 鵺の挙動を見守っていたネネ(ib0892)が駿龍ロロから白龍を召喚し、凍てつく吐息を一直線上に浴びせる。ビシビシと凍る鵺の動きは鈍るものの、消滅には至らない。 「ロロ、離脱して! 回復役が怪我をしちゃ、モトも子もありませんからね」 20体の鵺を屠るのに、1分とかからなかった。 前方及び上部の警備が消えた。救出班が次々と甲板へ着地していく。 しかし問題はここからだ。 飛行速度の問題で左翼はがら空き。 この隙に甲板へ降り立ち、甲板から左翼人面鳥50体を凌がねばならない。 「鈴麗! 船に爪を! 減速させて!」 礼野が叫ぶ。しかし龍一体でどうにかなる質量ではない。 左の群れが侵入者を防ぐべく、前方、上部に散っていく。 ここから先は、絶対に死守せねば。 その頃、抵抗力に優れた六条が、雷撃を諸共せずに白霊弾を放ち続ける。しかし六発打ち込んでやっと一体。練力が底をつきた緊急時には備えたが、自身は残り3体を滅するのが限界だ。 鵺と立ち向かう六条が飛空船を一瞥する。誰もが感じている違和感を六条も感じていた。 『何故今ごろ、こんな大掛かりな事をしてまで。子供たちを連れ去ろうとするのでしょう。あの子達に、一体何があるというのか』 練力が早々に底をついた劫光へ、礼野が大量の節分豆の袋を投げて渡す。 「左の人面鳥が広がり出してきています! 外周を悲恋姫でやっちゃってください!」 「おう! しかし呪詛や呪封は厄介すぎるな」 ふいに飛来したトラヴィスが浄境で傷を塞ぎ、呪詛を解く。 「私の練力がもつ限り、きみ達の怪我は後衛が治す。呪詛の解呪も任せておくといい!」 鵺と人面鳥の対策も仲間たちは心得ていた。 椿鬼が生み出す氷の刃は、一撃で人面鳥を屠っても余りある威力があった。 しかし敵の数が多すぎる。 強力な術が支えようと、数の暴力に囲まれては対処が追いつかない。 「ぐっ、天禄……斯様な敵に遅れを取るで無いぞ。飛べ!」 ある意味、耐久力に優れた力自慢の鵺どもより人面鳥の群れが恐ろしかった。 20体の鵺に続き、左翼から溢れてきた50体の人面鳥を落とし切るには、全く手が足りない。数で押される。一斉に葬ろうにも甲板からは近すぎて自分たちも巻き込まれる。 そして気を抜けば力を封じられ、一切の機動力を失う。 侵入者排除の為に、甲板へ攻め入ってくる鳥の群れを押しとどめるには、巫女や吟遊詩人の協力が不可欠だった。 「終わりが見えんな。数は減っているようだが……せめて呪声と呪封だけでも放てぬようにできれば……いけるか」 ハティがフォルカを一瞥する。 「下級との抵抗勝負なら結構自信あるんだぜ? 今からちょっとばかり演奏に集中させてもらう。済まないが皆、フォロー頼む」 フォルカのバイオリンの弦が撓り、精霊の狂想曲を奏で始めた。 甲板から三十メートル以内の人面鳥が、殆ど八割の確率で統率力を失い、混乱をきたしていく。危険を察知した人面鳥の多くが一定距離を保とうと離脱する。そこへハティが、人面鳥へ重低音を叩きつけていった。 戦況は大きく変化していく。 ●甲板からの潜入 ニッツァ(ib6625)は駿龍ベネーラに甲板で人面鳥を防ぐように命じると、扉越しに船内へ感覚を研ぎすませたが、雑音が余りにも多すぎた。 「だー、うじゃうじゃ居るなぁ……せやけど、俺等が怪我してでも無事に連れて帰ったる」 「もう二度とあの子達を、アヤカシの世界になんて連れていかせない!」 甲板へ降りた蓮 神音(ib2662)は駿龍アスラに操舵室への扉を蹴破らせた。 刹那、氷の弾がアスラを突き刺さる。 「おのれ開拓者、姫様の仇!」 無駄口を叩く白冷鬼の懐へ踏み込むと、細腕からは考えられないほどの剛力で拳を叩き込んだ。打ち込んだ箇所から瘴気に還る。ニッツァの奏でる曲が、蓮の力を格段に引き上げていた。見渡した操舵室に残るは2体。 「折角、自分の道進み出したんや。お前等なんぞに邪魔させるかいな。観念しいや」 空龍ヴァーユに乗っていたケイウス=アルカーム(ib7387)とゼス=M=ヘロージオ(ib8732)、忍犬ヴァイフが甲板へ降り立った。 舵を握っていた白冷鬼は抵抗しながらも消滅寸前、扉に近い仲間に叫んだ。 「子供を『守れ』! 『希望』を絶やすな!」 砕け散る二体目の白冷鬼を見捨てて走り去る。 操縦者を失った船体が大きく揺れ、重力で足止めを喰らう。 「まて!」 一般的に飛空船を安定して飛ばすには、船長、航海士、観測員、操舵手、機関手、空夫が最低でも必要だとされる。蓮が潰した白冷鬼二体が操舵手と……船長か観測員だったとしても残りはまだいると推察できた。 「ヴァイフ! イリスとエミカの匂いを追え。もしくは二人の首飾りには私の匂いもついているはずだ」 ヘロージオの命令に、忍犬は「キャン!」と一声吠えて、匂いを辿り始める。 舵を引き受けたニッツァが舵を「急ぐんや、いつまでちゃんと飛ぶか分からへんで」と声を投げた。 追跡は難航した。 忍犬のヴァイフがカリカリと一箇所の扉をひっかく。 扉があかなかった。白冷鬼が内側から扉を凍りつかせたのだ。 『一緒に来い! お前たちは『雲の下』に行く宿命!』 『意味わかんない! 離して!』 曇った声。扉の窓越しに見えた二体の白冷鬼が、子供達を二人ずつ小脇に抱えていた。 「未来ちゃん! 星頼くん!」 「イリス! エミカァ!」 扉を叩くヘロージオ達に気づいた子供たちが手を伸ばす。 子供達の唇が『たすけて』と綴った。 「扉を破壊するよ! どいて!」 ●後方部隊の好機 絶えることのない小隊【虹色】の支援と攻撃。 出立前は陰鬱な顔だったアルーシュ・リトナ(ib0119)も、空龍フィアールカとともに仲間を支える。安らぎの子守唄は、呪詛を弾き飛ばすべく虚空に響いていた。 「お願い。どうか無事で」 脳裏をよぎる子どもの笑顔。 ユーリが泥まみれの聖人を奏でたとき、ムリフェインは他小隊を追尾する鵺に、全力で原初に還す楽曲を奏でる。負傷していた鵺が砕け散った。 鵺の個体数が減った事に気づいた黎乃が、小隊【華夜楼】の仲間を呼び集める。 「今しかない。いくか」 乗り込む道は開かれたが、ユウキ=アルセイフ(ib6332)は左右の戦況に目を配る。 「まだ人面鳥が。左が拡散しています」 「尚更今しかないな。とびこむぞ!」 ウルシュテッド(ib5445)の合図で救出班七人が固まる。 劉たちは「道を開く、それが俺たちの役目だ!」と体制を立て直す。 珠々も駿龍水銀をひと撫でし「水銀、任せました。突撃してください」と命じる。 控えている潜入班を守る肉の盾となり、強行突破を試みた。 「大きくも無い飛空船から、誘拐された子供達を助け出すだけの時間、ここを維持するだけの簡単な任務だ! できなきゃ開拓者の名が泣くぞ!」 アリアス・サーレク(ib0270)が皆を鼓舞し、鷲獅鳥エピフィラムが嘶いた。 潜入班の防壁となって突入をかける小隊【華夜楼】に、フェンリエッタが気づいた。 炎龍伴星にのった狼 宵星(ib6077)がフェンリエッタに加護を纏わせる。いかに強力な術者といえど、響き続ける呪詛は驚異だ。遠ざかる潜入班にひと吠えする。 「お父さんが、大切にしている星を分けてあげた……私達の「弟」みたいな子達なんだ。助けてあげて!」 近距離にいたフェンリエッタは落雷を放とうとしている個体に絞って白狐をけしかけた。練力は底をつき始めていたが、今は好機を逃さぬのが優先だ。 仲間が何人か撃墜されたが、ハッチに飛び込んだ。 黎乃「このまま飛空船を奪取するか、潜入班の発出まで確保するぞ! ふんばれよ!」 放たれるオドゥノールの矢は、鵺の前足を確実に塩に変えていた。 救出班突入後、郁磨はアイシスケイラルで船を落とそうとするアヤカシに集中して術を放った。 「今だよ!」 「人のモンに手ぇ出してんじゃねぇよ!」 呪詛を受け、雷撃をあびながら、それでも一之瀬は引かなかった。身を焼かれたまま鵺の方へ進む。幸運にもすぐにしびれが解けた。 「おおおおお!」 一之瀬の槍が鵺を貫く。鵺は一撃で砕け散ったが、周囲の鵺から放たれた雷撃を受けて落下していく。天野 白露丸(ib9477)が落下していく恋人を追う。なんとか息があったが、近くを飛来していた巫女に一之瀬達を預けて戦域に戻る。 「戦殿が大事に想うものを、私が護らないわけにはいかない……悪いが、此処で落ちるわけにはいかない!」 炎龍炎來とともに飛ぶ。磨き抜かれた弓「浄炎」で、九十メートル離れた位置から鵺に狙撃し、船底から引き剥がす。天野に狙いを定めて落雷を放つ鵺。天野は重傷を負ったが、鵺をひきつけ続けた。 なぜならば。 「白鷺丸!」 雲の中から現れたのは、弟の白鷺丸(ic0870)と駿龍雨水だった。 「貴様の相手は、此方だ! 義兄上の礼をさせてもらう!」 漆黒の槍が鵺を狙う。散々、天野の矢を受けていた重傷の鵺が砕け散った。 ●左翼の人面鳥50体 鵺の壁を破った後方部隊と前方の鵺を排除した者たちの成果により、小隊【幼馴染同盟】が操る快速小型飛行船が敵船に追いついた時には、左翼側の人面鳥は約30体までその数を減らしていた。 しかし追いついたといっても飛行船は動き続けている。飛行船を同じ状態に維持するにも人手は必要不可欠。操舵手と機関手を務める泉宮 紫乃(ia9951)と竜哉(ia8037)に並走維持を伝え、ヴァル達は甲板に出た。 「遅くなってごめんなさいね! ここからは私達が引き受けるわ! 短期決戦よ!」 ヴァルは錫杖を構える。からくりのシンは狙撃で人面鳥の位置を誘導し、 フラウ・ノート(ib0009)が人面鳥の魅了と呪封をはねのける為、仲間の抵抗力を引き上げに専念する。解術できる者は少なく、殆どが鵺などの主力を確実に倒す為に空にいた。よって抵抗力の引き上げは左翼討伐担当者たちの命運を握る。 「これで魅了されたら名が廃るわ!」 度々猫又のリッシーハットが「十時の方向!」と人面鳥の接近を伝えた。藤本あかね(ic0070)と管狐伊澄が、ノートの護衛を担う。 「小隊【幼馴染同盟】ここにあり! ってな!」 力を温存していたヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は駿龍ネメシスに騎乗して空へ羽ばたく。死角にいる、ばらけた個体撃破がヴォルフの仕事だ。仲間は大規模な一掃術が使えるが、敵を誘導して射程内に誘い込まなくてはならない。 「あばれさせてもらうぜ!」 稲妻を宿した金槌を振いながら、人面鳥の肩を割った。敵は逃げ足が速い。 竜哉の天妖鶴祇に操舵手を代わってもらった泉宮も、人妖桜とともに甲板へ出た。 傍らに立つのは、上級人妖槐夏を連れた尾花朔(ib1268)だ。 「さて、雷獣初お披露目、と行きましょうか」 「ええ! 早く駆逐しないと! 子供達にこれ以上辛い想いをさせる訳にはいきません。全力で阻止させて頂きます!」 高揚感に包まれる二人が同標的に時間差で放った雷獣は、ヴォルフを追跡する人面鳥を一気に十二体も打ち砕いた。更にヴァルの放ったメテオストライクは遠方へ逃れようとした人面鳥の残党十四体を焼き尽くす。 いずれも凄まじい火力だ。 「ひゅー、やるねぇ!」 ヴォルフが撃ち漏らし含めて四体討伐すると飛空船に帰還した。ヴァルが指示を出す。 「このまま飛空船に落られたらたまらないわ。潜入組の安全を確保する! ギリギリまで接近、積み込んだロープで船を繋いで急激な落下を防止! 紫乃たちは救護! あかねさんも手伝って」 藤本が積み込まれたロップとフックの固定を開始した。 ●ハッチ潜入 駿龍ベロボーグや駿龍クルースニク、空龍カルマやヴァンデルン達もハッチを守る。 ひらん、と着地したケロリーナが「一応ですけど、覚戒や生死流転はおまかせですの〜、絶対生還させてみせるですの!」と仲間に緊急時に備えてある事を伝えた。 願わくば無事でいてほしい。 アズィーズは事前に快速小型飛空船の船内を調査してあった。 「あまり部屋数は多くありません。子供がいるとすれば操舵室か船員室のはず!」 空龍ガイエルからローゼリア(ib5674)が、鷲獅鳥愁雪から戸仁元 和名(ib9394)も飛び込んだ。死角にいた白冷鬼との間合いを一瞬で詰めた戸仁元が、青く輝く刀を一閃させる。 「ぎゃあぁあ!」 「……探してる人の邪魔、せんといて。消える前に教えてくれへんかなぁ……子供らの居場所」 地に蹲った白冷鬼は「う、ぐ」と呻いたが、その瞳から闘志は消えていない。 ●アヤカシの正義 白冷鬼から闘志は失われていない。 「わ、渡すものか。あの子供たちは……姫様が残した……全ての希望……」 「アヤカシ風情が希望などとは笑わせますわね」 白冷鬼を蹴り飛ばしたローゼリアの耳に、哄笑が聞こえた。 「……ふ、ふはは、あははは」 「何がおかしい」 「貴様らの無知を笑ったまでよ! いいように使われ、己の正義を漫然と振りかざす開拓者風情が……お前たちは『瘴気の中で生き続けたい』とは思わぬのか」 瘴気の中で、生きる? 「何の為に、姫様が人なんぞに慈悲を与えたと思う? 志体の子を育てたと思う? 何故、幾つもの護大を集め続けたと思っている? 神代の意思を問うたと思う!? 我らの母は『万物を生かす方法』を探しておられた。目先の事しか考えられぬ貴様らとは違う」 ふいに。 遠い日の、生成姫の言葉が脳裏に蘇る。 『……何百年経とうとも。 所詮、人間は変わらぬな。 時と共に祖先の言葉も忘れ去り、歴史を都合よく変えていく。 目先の物事に囚われ、それ以上のことなぞ考えられぬ。 命短き人の、なんと愚かで救いがたき業よ』 あの忌まわしい大アヤカシは、何を知っていたというのか。 「姫様は、古代人たる亞久留(あくる)様との取引で、人間を瘴気の中で生かす為に『古の術』を手に入れていた。姫様が育てた子供達は、古の術の恩恵を受け『雲の下と天儀を繋ぐ象徴になる』はずだった。……無知なお前達にすら、姫様は家畜として生きる安寧を約束したのに」 一年前。 『お前たちはいつか、後悔するぞ』 『護大を制御した……この世で最も慈愛深きナマナリを、その手で屠った罪をな。家畜として生きる幸せを捨てたのじゃ』 『愚かなお前たちの行く末を……この世にて見届けられぬことが、残念でならぬ』 『神殺しの大罪を背負いし者たちよ。決して引き返せぬ、絶望の果てを識るがよい』 ナマナリは……開拓者を、哀れんだ。 「我らの生成姫様こそ、全ての王にふさわしい方だったのだ! 一年前、貴様らが滅ぼしさえしなければ! 呪われろ、呪われろ開拓者どもめ! 全ての災いを、その身にうけよ!」 狂ったようにわめき散らす白冷鬼の首をウルシュテッドの刃が薙ぐ。 「アヤカシの戯言に耳を傾けるな。時間の無駄だ、子供を探そう」 「ええ、わかってますわ……」 強烈な疑念を抱きながら奥へ進む。 「未来、必ず助けますわ」 般若か羅刹が如き形相で、薄暗い船内を睨み据える。 あかない扉に遭遇した。 松戸 暗(ic0068)があかない扉に破錠術を試みたが、扉はあかなかった。潜入に気づいた白冷鬼が扉を凍りつかせていた。喚く子供の声が、松戸の耳には届いていた。 扉をぶち抜くのはたやすい。 目の前に見えた床下を破ろうとしている白冷鬼。 踏み込んだアズィーズは暗影符で白冷鬼の視力を奪った。 「うがあ!」 「子供を返してください!」 アルセイフが短剣を掲げた。 ウルシュテッドの体が光を帯びた瞬間、白冷鬼の視界からウルシュテッドが消えたように見えた。秘術「夜」――時をかけたウルシュテッドが、白冷鬼の背に割り込んで忍刀で首を貫く。 抱えられていた子供四人が床に落ちた。 「未来、大丈夫ですの? ああよかった!」 呼子笛で確保を知らせる。 「喜ぶのは早い。俺は機関手のアヤカシを夜で仕留めてくる。何人か一緒に来てくれ。ユウキは操舵の交代を頼む。掃討が終わり次第、帰還を……と、その前に。星頼達にこれを」 ウルシュテッドは白き羽毛の宝珠を四人に与えた。万が一、墜落しても衝撃から守ってくれる。更にヘロージオが凍える子供達に毛布とウシャンカを着せた。 「子供たちを安全な船へ」 ●積乱雲に消えた男―亞久留(あくる)― 積乱雲の中は突風と雷が吹き荒れ、衝突するのは雨粒ではなく氷だった。 タダでさえ地上は0度の冬。既に積乱雲内の気温はマイナス20度を越え、益々下回っていく。飛空船から飛び降り、鵺とともに飛び降りた男は遠ざかる一方で、後を追った四人の内、長時間雷を浴びた上に酷い凍傷を負った鈴木透子と无は瀕死。 追跡を断念せざるをえなかった。 残る追跡者は、鋼龍八ツ目ともども重装備で飛んだ大蔵南洋(ia1246)と、駿龍ワーヒドを操るリドワーンのみ。百メートル上がる度、気温は一度ずつ下がっていく。 「まずいな。このままマイナス50度の領域まで飛ばれては、八ツ目共々……死ぬ」 大蔵達を待ち受けるのは、十秒で釣った魚が凍り、お湯が雪になる世界だ。 「ならば鵺を落とす!」 銀に塗られた弓を構えるリドワーン。ぎりぎり射程内だが、既に万全の状態ではない。 「こっちも指が動かなくなってきやがった……チッ! 耐えろワーヒド!」 リドワーンの手で放たれた二本の矢が鵺を貫く。急激に減速し、敵はこちらに気づいて別の鵺に飛び移る。重傷を負った鵺が落雷を落とそうとしたが、大蔵が切り捨てた。 しかし他の鵺が健在だ。 ダメだ、分が悪い……そう判断した大蔵が声を張り上げた。 「いまさら、あの子らに一体、何をさせようというのだ! あれほどの数のアヤカシを使って何故さらう!」 滅びた大アヤカシ生成姫の配下なら、早々に滅して後を追わせるつもりだった。 ところが。 「……なぜ? 大事な素材を浚ったのは貴様らだろう。数少ない我らの同胞に……後継にするべく、長年集めた志体から厳選され、ナマナリに教育させた子供達だ。あれは取引の見返り。正当な対価。我らが子も同然。親となる者が、奪われた家族を取り戻すのは当然だろう」 「な……に?」 「死ね、理に抗う者共め」 鵺が一斉に落雷を放った。既に負傷状態にあった大蔵とリドワーンは直撃を受けて重傷を負い、積乱雲の下へと減速していった。 ●張り出された報告書 【案件】飛行船の窃盗/子ども4名の誘拐 【敵数】鵺50体、及び、人面鳥100体 【戦果報告】 多数の重傷者を出しつつも、全アヤカシの掃討が完了。多数の小隊と開拓者により、誘拐された子供を奪還。奪われた飛空船も中破していたが牽引して、開拓者ギルドへ押収された。 子供たちは保護された後、安定しているという。 船内でアヤカシに命令を出していたと思しき男は消息不明。 尋問した白冷鬼から【亞久留(あくる)】という名前と容姿は判明するも、どこの勢力の配下か確証を得るに至らなかった。追跡者から『数少ない我々の後継になるべき存在であり、生成姫との契約報酬である』という趣旨の発言が認められる。 また船内の白冷鬼から『姫様(生成姫)は万物を生かす方法を探していた。』『古代人との取引で古の術を手に入れていた。』『生成姫の子は、雲の下と天儀を繋ぐ象徴になるはずだった。』等の謎めいた叫び声を聞いたというが…… 戯言だったのか、意味がある言葉だったのか。 詳細は今も不明である。 |