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■オープニング本文 ●救われた子供たち 神楽の都、郊外。 寂れた孤児院に隔離された、志体持ちの子供たちがいる。 彼らは、かつて慈悲深き神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んでいた。 自らを『神の子』と信じて。 ●アルドの夢 戦うことは得意だった。倒した数は誇りだった。けれど皆と戦わずに済むお役目がいい。 そう思ったら、刃物を持つ事が怖くなった。強くなったら戦わされるに違いない。 恵音や結葉は開拓者になるといったが、興味はない。 ないけれど……どこへでも行ける権利は魅力的だ。 『ねぇアルド。あなた戦闘や勉強以外で、何かしたいことはありますの。お役目や里長の事はこの際抜きで、純粋に感じた事を教えてくださいな』 『俺は……歩いて旅がしたい、かな』 『徒歩の旅ですの?』 『ここに来てから色々な場所へ連れてってもらった。だが地図で探すと小さい。知らないところが沢山ある。絵本や瓦版を色々見たけど、実際に見る景色は違うと思うんだ。だから旅がしたい、お役目があるから、いけるかわからないが』 おかあさまのお役目は、いつ与えられるかわからない。 ではお役目までの時間を、旅に費やしてもいいのかもしれないと、思うことは罪だろうか。 ●恵音の決意 私は撫子。昔はおかあさまに、そう呼ばれた。 でも今は違う。私は捨てられた。私は神の子の資格を失ったできそこない。 結葉は庇ってくれたけれど、全員がそうとは限らない。私の故郷はあの里で、おかあさまはただ一人。 けれど二度と帰れない場所だから、この胸を締めつける思いにけじめをつけなければならない。 幸いにも、黙っていれば平気だった。 けれどいつまでも弟妹の『お姉ちゃん』ではいられない。 人の世界で生きていかねばならないと理解して、開拓者になる方法があると知った。 誰にも頼らず生きていける。 けれど開拓者になるには、おかあさまとの繋がりを捨てなければならない。 おかあさまの曲。自分が誇れる唯一のもの。 「ごめんなさい、おかあさま」 出来の悪い娘で。 神の子になる期待に添えなくて。 いつか神の罰が下っても、私はそれでかまいません。 だって、どちらも捨てられないの。おかあさまも、森の皆も、ここで出会った人達も…… ●結葉の願い いつか素敵な恋がしたいの。 強い男の人に出会って、素敵な結婚をして、幸せになるのよ。 『何故、開拓者になりたい?』 『決まってるわ! 今より強くなって、私より強い男の人と出会って、素敵な夫婦になることです!』 沢山の人に笑われるけれど、別に平気よ。だって結婚したヨキ姉は幸せそうだったもの。 里を卒業した、お兄様やお姉様の中には、夫婦になった人が沢山いたわ。 伴侶は神の子ではないけれど、偉い人や優れた人なら、おかあさまは認めてくださる。 優れた者には寛容なの。 お願いだって特別に色々きいてくださるって言ってた。ヨキ姉さまの伴侶は刀鍛冶だって聞いたわ。 おかあさまは『特別に眷属に迎える』とおっしゃったって、嬉しそうに笑ってた。 私もおかあさまに認めてもらえるような、素敵な人を見つけ出すの。 お許しを貰って一緒になって。 お願い事を聞かれたら『撫子を許してあげて』って話もしなくっちゃ。 もう一度、神の子にしてもらう。だって、撫子と私は同じ頃に里へ来た姉妹だもの。 苦しい時は助け合うのが、兄弟姉妹ってものでしょう? ●灯心の疑念 里で読み書きを習った。戦術書や政治の書物を読む為だ。 ここで料理を始めて、本を読むことは楽しいことだと知った。 再び書き始めた日記や料理本を読む為に、辞書を開くようになった。 単語の問題を出して、意味を当てる。 ボクは物覚えがいいらしい。 兄や姉よりも、正しい答えを言い当てることができた。 前に『孤児院』という単語を開いた。孤児の住む場所、と書かれていた。 次に『孤児』という単語を調べた。両親を亡くした子、みなしご、と書かれていた。 此処が、どういう場所なのかを知った。 調べるうちに、本来の親子の概念を学び、里の暮らしが異質だと気づいた。 辞書によると『アヤカシ』は、怪物、人を食うもの、里を滅ぼすもの、この世の者ではない存在、らしい。 昔、屍狼を倒す時、里長さまはこう言った。 『案ずるな。我らが姫様は、この森に住むアヤカシ全ての母ぞ。不滅の命が与えられし我々は、姫様の手で何度でも蘇るのだ』 おかあさまはアヤカシの頂点にいた。 けれど、おかあさまが人を食べていた覚えはない。 おかあさまは優しかった。美しかった。衣服や食べ物もくれたし、子守歌を歌ってくれたことだってある。 『妾の愛し子、いつか妾の眷属におなり』 だから思うんだ。 人のボクらを愛した怪物の母は? 皆、何か勘違いをしてるんじゃないかって。 辞書で『誘拐』という単語を引いた日、ボクは眠れなかった。 人を騙して連れ去ること? もしや。 ボクたちは『さらわれた』のではないだろうか。 人の子は、人の腹からのみ生まれるという。 浚ったのは、おかあさま? 時々会いに来てくれるお兄さんやお姉さん? どちらも優しい。ボクたちを大切にしてくれる。だから益々分からない。 開拓者になれば、14歳未満でも権利が保障されるという。 一人前として扱ってもらえて、どこへでも好きな場所へいけるらしい。 答えを探すには、丁度いい場所なのだと知った。 ●四人の旅立ちと条件 ある日、狩野 柚子平(iz0216)は開拓者の数名を呼び出した。 「アルド、恵音、結葉、灯心の四人に開拓者になる資格が認められました。後見人をつける条件付きで」 年長者四人は、ここ数ヶ月簡単な開拓者仕事の見学を続けていた。 殆ど下級アヤカシ退治と失せ物探し等の日常的な仕事ばかりだが、異変もないため承認だけは降りたらしい。 「後見人の仕事は至って簡単です。慣れるまでの補佐と世話という名目ですが、あの子達が問題を起こしたら……早々に処刑、始末することですね」 「私たちに、あの子達を殺せと?」 「世知辛い話ですが、緊急時に処分を引き受ける開拓者がいるなら、野に放しても良い……というお偉方の意向です」 契約期限は約四年。 子供たちが成人する頃合まで何事もなければ、お咎めなし。 以降に問題が発生した場合は、国が開拓者ギルドに討伐依頼を出すという。 「皆さんの中から『後見人になる』と決意される方がいれば、四人は首輪付きで開拓者の身分を得て、長屋に住み、自由な暮らしが約束されます。後見人がいなければ成人するまで、孤児院で様子見ですね」 「……四人には」 柚子平は首を振った。 「世話役が見つかれば、開拓者になる手配をする。伝えたのはそれだけです」 柚子平は立ち上がった。 「責任を負うかどうかは、皆さんが決めてください。それと。今回外に出すと決まった子には、名付け親の話もすることになります」 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
无(ib1198)
18歳・男・陰
紅雅(ib4326)
27歳・男・巫
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●イサナへの報告 狩野柚子平の名代として、等身大人妖のイサナ(iz0303)がギルドに残っていた。 話し合いの結果を、アルーシュ・リトナ(ib0119)やローゼリア(ib5674)が伝える。 第一に、後見人を希望する人は複数居るが、今回は全員見送ること。 第二に、生成姫の消滅は別の機会を設けて話したい為、今回は全ては話さないこと。 「つまり全員見送り、ってことで結論した。意見を合わせるのは難しい段階だと思うぜ」 酒々井 統真(ia0893)がお茶を煽った。 「いずれ開拓者になる希望を叶える時には、生成姫の事とかを伝えなきゃいけない。だが……まだ全ては話せないからな。隔離された孤児院で、もう少し様子を見た方がいい」 孤児院は確かに、外界から隔離されている。 与える情報は限定できるが……外界へ出ればそうはいかない。例えば図書館には、賞金首の情報がゴロゴロしている。滅ぼされた生成姫に関する情報も、それに付随する報告書も、開拓者になれば閲覧が可能だ。 結葉の姉兄殺しもしてきたローゼリアや酒々井たちには言えないことが山ほどあった。 『どっかで歩みは進めなきゃいけねぇ、とは思うんだが……難しいんだよな』 慎重にならざるを得ない。 滅びても尚、ナマナリに嘲笑われているようで悔しい気持ちも拭えない。 「なんつーか、全てを受け止めるには生成姫の呪縛は強すぎるし、感情の振れ幅が大きい子もいる。もっと人の世界を実感して、感情の面で人に寄って受け止められるようになってからが良いと思うしな」 グリムバルド(ib0608)は「開拓者かー」と言って、椅子の背もたれに体重を預けた。 「後見人付きとはいえ、遂に認めてもいいって所まで来たんだな。あっという間だったな」 紅雅(ib4326)は「時の流れは早いものですね」と物憂げにうなだれた。目を閉じれば、一年前の事がまざまざと思い浮かべられる。 无(ib1198)は「ただ、少なくとも今回の見送りについて、アルドら子供達の理解は得ていたほうがいいと思います」と告げた。 酒々井も「子供達へ、見送りの話は個別にした方がいいな」と同意を示した。 子供と侮るのではなく少しずつ向き合うために。 グリムバルドは「細かい部分は任せる」と言った。 「まあ俺、謝り倒す事しか出来ねぇから。話せる人間のほうがいいだろ。正直、恵音とかは平気かなって思う……けど、今は駄目かな。実際、ちょっと心配な子もいるし、其々に誠意は見せておくべきだとは思うが……大規模を理由にするのが一番だろうな」 弖志峰 直羽(ia1884)は手元のお茶を見下ろした。 揺らめく自分の表情は、なんとも複雑だ。 結葉達を、信じて送り出してあげたい気持ちは勿論ある。けれど、生成姫が子供達を洗脳する為にかけた時間や細工を思えば、人の世界で過ごした時間は短い……そう思った。 「子供達に説明する理由なんだけど、確かに戦に駆り出される話が丁度いいかもしれない。開拓者はギルドに所属するものだって、もう結葉たちは分かっている。国主導の作戦始動中の故、用意や準備が十分に整えられない状況になっている事って辺りで」 無論、実際は子供達の現状や生成姫に関する秘め事の件から、時期尚早と判断した為ではある。 将来的に後見人になる意思があるかどうかを皆に確認した際、芦屋 璃凛(ia0303)は挙手をした直後に辞退するという謎の行動をとり、もごもごと長い話を始めた。 イサナは一通り芦屋の主張を黙って聞いた後。 「辞退だけは、賢明な判断だな」 と述べた。 「辞退する程度の覚悟なら、元より手などあげるべきではない。子に理解を示す仲間にすら説明できない者が、生成姫の子を殺したくてたまらぬ……国の上層に君臨する爺どもをどうやって説き伏せる?」 イサナは立ち上がった。 「芦屋とやら。お前が今言った『やりたい事』は、現状でも充分にできる事だ。尊敬や信頼は、自らの行動で示して勝ち得るものだ」 芦屋の猫又が「私が言ったことで難儀させてしまっただけだ」と告げた。 「相棒は開拓者に帰属する。相棒の失言や失態を拭えてこそ所有者だ。人並みに知恵の回る猫又の責任すら持てん状態で、どうやって迂闊な言動の多い子を庇う。話は以上だ」 にべもない。 イサナは人妖でありながら、多数の苦境を脱して人の弟子を持つ身だ。責任や扶養義務に対しては非常に厳しい見解を持っていた。だからこそ狩野柚子平の名代が務まるのだが。 「子供達は別室だ。鍵と宿の地図を渡しておこう。迎えに行ってやるといい」 ローゼリアの手に、ちゃりん、と鍵が渡された。 ●街中のひととき 子供たちを連れた一行は、街中に出ていた。 「わー、きれーい!」 結葉や恵音は着物や簪、灯心は見たこともない食材、アルドに至っては刃物に少し気を引かれつつ、日焼けして色あせた古書を見に行きたがった。 「みてみてー! 偽物の髪の毛ー!」 老人向けの金髪を被って「お姉さんみたい?」と小首をかしげる結葉に「ちょっとでかすぎやしないか」と真顔で酒々井が呟く。鬘よりも帽子を選ぶ様を見ながら、弖志峰は物思いに耽っていた。 この笑顔を、この少女を、医者を目指してきた自分は……果たして手にかけられるのか。 後見人は子供の身元を保証し、導く為の存在だが、子が道を踏み外せば処刑人の役割を果たす。後見人に人数制限は設けないとの話だった。誰かがなれば処刑人の数は増える。 『もしもの時は結葉が、誰かに殺される?』 ザッ、と脳裏を過ぎったのは……過去に仲間が殺してきた子供達の死に顔だった。 『嫌だ……そんな、そんな事態になるぐらいなら、いっそ』 自分の手で。 「……きいてる?」 はっ、と我に返ると、羊毛で編まれた愛らしい帽子を被った結葉が不審顔で覗き込んでいた。全く話を聞いてなかった弖志峰が「え、あ、ごめん」と呟いて周囲に助けを求めた。 「おぃおぃ、そういう時は一言『似合う』とか言わねぇと後が怖いぜ」 「流石は統真、嫁持ちは言い訳の質が違いますわね」 「ローゼリア。褒めてねーぞ」 「そこの2人置いていきますよ。アルドや灯心は足速いですから」 「灯心、待ってください」 无や紅雅が燥ぐ子供たちを呼び止める。目の前で繰り広げられる漫才じみた様子を、ぼーと見ている弖志峰に近づいたリトナが「大丈夫ですか」と顔色を伺った。 「うん、ちょっとね」 ふー、と深呼吸ひとつ。 「俺も綺麗なだけの人間じゃないなぁ、て思って。結葉が心底俺をどう見ているのか分からないし……人の道を違えず歩んで幸せになってくれる事が、一番の望みだけれど」 とりとめもない話をしながら、遠ざかる子供達のもとへ歩き出す。 リトナは「皆さんそうだと思いますよ」と笑いかけた。 あの日。魔の森で発見され、救出され、幾度も訪ねて触れ合ってきた。我が子のように。 「縁があって……情が湧いて、ただ、幸せにと。願ってここまで、きたんですから」 ここまで。 買い物に忙しい子供四人と仲間に追いついたリトナは、恵音たちに微笑んだ。 「一緒に何か食べましょう 好きな食べ物、あります?」 今は楽しい時間を、精一杯。 日が暮れるまで、開拓者たちは子供達と遊んだ。 宿に戻ってから「今回は全員見送りになった」とだけ告げた後、アルド、恵音、結葉、灯心を其々別の部屋に移し、開拓者たちは極力一人ずつ話をすることにした。 ●結葉と酒々井 婿探し、という理由で開拓者を希望する結葉に、酒々井は正面から見つめた。 「近々、戦がある。沢山の国が参加する案件だ。どうしても忙しくなるからな。孤児院から出たら……これまで以上に、里で教えられた考えと違う考えや、違う仕組みがあるしな」 結葉は心底残念そうだったが「ギルドのお仕事じゃ仕方ないわね」と呟いた。 「買い物も、里では必要なかったけど……ここは違うし」 「そうだな。後見人の話もあったんだが、結葉自身の為にも、片手間にやっていい事とも思わねぇしな。きっちり俺自身が納得できる態勢を整えられると思った時にしたい」 結葉たちに言っていないことがある。 そして子供達を見てきた開拓者達でも意見が統一できていない。 孤児院であれば、自立の最後の一線は越えられないはずだと考えた酒々井は、「ギルドのお仕事頑張って」と無邪気に言う結葉を、複雑な眼差しでみた。 ●結葉と弖志峰 「ギルドが忙しくなって、俺たちが行かなきゃいけない事は……きいたかい?」 結葉は首を縦に振った。とても残念そうにはきているけれど、納得できる理由があれば、どうしようもない義務であると告げれば、ワガママもなく聞き分けのいい子供である。 「お仕事応援してるから! あ、でも戦っていつ終わるの? 終わったら私たちの番?」 「難しい質問だな。俺達の仕事は、街のお店屋さんとは違うから。とても長引く事だってあるんだ。でも、きちんと仕事をしないと」 むー、と口を尖らせつつも「終わったら教えてね」とお願いする。 結葉が開拓者を希望したのは、良い伴侶を見つけるという傍ら『お役目』の為に開拓者への道を選んでいる節が強いと、弖志峰は思っていた。 「……結葉」 「なあに、おにいさま」 「もし『俺だけの家族になって』って言ったら、お役目も放って、ずっと一緒にいてくれる?」 結葉の目が点になった。 やがてみるみる顔が赤くなり、その場に立ち上がって激怒した。 「なんで!? なんでそんなこというの!? なんで!? ひどいよ!!」 弖志峰は結葉の怒った顔を、遠くに感じていた。 きっとおかあさまを、生成姫を優先すると思っていたから。 「およめさんがいるじゃない!」 今度は弖志峰の目が点になった。 結葉はぼろぼろ涙を零す。 「え?」 「お嫁さんがいるって言った! 温泉の時、いつか結婚するって! お姉さんのお婿さんになるからダメだって言った! おねえさん、子供ほしいって言ってた! おねえさんを裏切るなんてひどいよ!」 『――結葉の恋人には、なれないんだ』 それは恋人と一緒に、結葉を温泉へ連れて行ったときのこと。 「わ、私、お、おにいさま、好きだし、何度も、おかあさまにお願い、しようと思ったけど、ヨキ姉さまや、統真おにいさま達みてて、夫婦っていいなって思って、直羽おにいさまのおよめさんとも友達になったから、嫌われるのイヤだし、おかあさまのお願いで奪うのもイヤで、ずっと我慢して、別の好きな人みつけるって、決めたのに……ひどいよぉ」 えう、うぇ、と嗚咽をこぼして顔を覆う。 結葉はお役目があるからイヤなのではなく、弖志峰の婚約者を殺すことや嫌われることを恐れて激怒し、困り果てていた。 暫く呆然としていた弖志峰が「よしよし」と頭を撫でる。 「ごめんね。家族には色々あるから……別の形でそうだったら嬉しいなって思ったんだよ」 ●アルドと无 アルドから『お役目まで旅をしたい』と聞いた无は、中指3本を立てた。 「戦の事は話したね。まず大規模行動が予定され、十分支援ができない。開拓者は皆そうだ。次に混乱の中、子供の君たちは利用される可能性がある。三つ目は知ること、学ぶことがまだあるからだ」 「それは、そうだと思うけど」 「まだありますよ。ギルドは人間を第一に考える。よってギルドの規定では、アヤカシは人の敵であり、状況次第で生成姫とも戦う。ギルドにおいて生成姫の力、加護はなく、教わった技術は使用できず、森の掟でなく人の掟が適用される……理解の上ですか?」 「姉さんや兄さんはそうじゃなかった。仕事も選べるとイサナって人は言ってた」 一年前に葬られた、開拓者の中に潜入していた生成姫の放った密偵。 その末路も話せていない。 しかし……今話す内容ではない。 「今後も、君の疑問や感情は……見守る人達に言って下さい。激しい感情に圧されるなら私に打つけて下さい。出来うる限り調べ、思いには答えます。少し時間はかかるけれど」 「本当に教えてくれるのか」 「私はいつでも、君と向き合うよアルド。だから君も、私と向き合って欲しい。そして人と一緒に歩むことも……私と皆の希望です」 无は話を変えた。 「アルド、自由とは何だと思いますか。君は自分を得だしている。よく考えて」 ●灯心と紅雅 紅雅は灯心と向かい合い、目を合わせて告げた。部屋の中には二人だけ。 「今回は、開拓者登録を見送りさせていただきました。これは、私の判断です」 戦によって皆が忙しくなるという理由も重ねて伝えたが、灯心の表情は殆ど揺るがない。 元々淡々と話す子ではあった。だが昨年の初夏、水遊びの時に無邪気に喜んでいた感情豊かだった少年は……僅か一年で思慮深くなり、大人びた顔をみせるようになった。 「以前、依頼に一緒に行った事がありましたね? それに合わせて貴方の気持ちを聞きたいと思いました。貴方は何故開拓者になりたいと思いますか? そして、開拓者という仕事をどう思いますか?」 「……開拓者は何でも屋で、依頼人はお金を払って開拓者にお祭りや農業のお手伝いを頼みますが、一番多いのは飢えを我慢できず、勝手に人を襲ったアヤカシの退治です」 それはリトナ達が教えた開拓者の定義。 「ボクは、知りたいんです。色んなこと。おかあさまや皆のこと。何が嘘で何が本当か。おにいさんたちは優しいけれど、そればボクたちが子供だからで、全部教えてはもらえなくて……嘘とか隠し事とかあったら、って考えると、すごく嫌な気持ちになります。頭のもやもやを消したいです。だから大人になりたい。開拓者は何歳でも一人前だから」 紅雅は目を瞑った。 「いつか……貴方に、話さなくてはいけない事があります。それは話すのは……貴方達が揃った時に日を改めて、と考えています。それと……私は、いずれ貴方の後見人になりたいと思っています。後見人になったら、私は貴方に対しての全責任を負うつもりです。貴方を大切にしたい。ですから私を信じて……待っていてくれませんか。準備が整うまで」 灯心は、こくりと頷いた。 ●恵音とリトナとローゼリアと芦屋 時は少し遡り。 昼間、甘味処で幸せいっぱいの恵音にリトナは告げた。 『私は何時でもあなたの後見人になるつもりです。でも今回はもう少しお時間が欲しいの』 『開拓者に、なっちゃダメなの?』 『落ち着きなさいませ。アルーシュお姉様は反対している訳じゃありませんの。今回は日が悪い。それだけですわ。お国が関わる事ですから、後で説明して差し上げます。約束しますわ』 ローゼリアも言葉を添えていた。 そして今、夜が来た。 机を挟んで、恵音とリトナ、ローゼリア、芦屋は部屋の隅で様子を見ていた。皆が隠している生成姫消滅と生成姫を消滅させたのは開拓者である事を話せるか、段階的に開示できそうか考えていたが、少なくとも今ではないのだろう。 俯く恵音にリトナが囁く。 「恵音さん……何故、おかあさまの力を使ってはいけないか。街を見て気づきました?」 「ま、ち?」 「そう。昼間見た世界は人の世。貴女のおかあさまが神とはされていない場所です。人の世界で生きるには、開拓者になるには、人の掟も事情も、理解して覚えなければならない」 「……何故、人はおかあさまを神だと信じないの」 リトナは「信じるものが違うんです」と少しだけ言葉を濁した。 「前に、迷っても良いと言ったのは何故か分かる? それは人間のお母さん達が日々そうして子育てしているから。貴女のおかあさまの様に絶対的な力も答えも無いけれど、人の世の『おかあさん』は命がけで産んで、守り育てているの」 恵音が押し黙った。お茶を持つ小さな手を、ぎゅっと握る。 「もし、恵音さんが人として生きようとしてくれるなら……私が後見人になれた時は、人間のお母さんに少しでも近い親代わりとして、命がけで、向き合いたい。私だって間違う事も多いですけど、その時は遠慮なく言って下さいね。間違っても、そこからまたどうしようと考える。人は案外強かです。勿論あなたも。気に掛けてくれる人も沢山います」 リトナはローゼリア達を示す。ですわ、と短い返事があった。 「神の子失格のダメな私に、人の世でのおかあさんなんて、できるの?」 「おい、失礼するぞ」 シュパーン、と襖をあけたのは人妖イサナだった。 「話の最中に悪いな。精霊門の時間が来たので私は五行へ報告に帰る。後を任せていいか」 脱力したローゼリアが「心配せずとも明日、院長へ送り届けますわ」と言った。 イサナが恵音の様子を見て思案した上「これは私見だが」と、ふすまに手をかける。 「人の世では家族のあり方が様々でな。私は人妖で、一般見識では陰陽師の道具だが、弟子にとっては師匠で母親代わりらしい。血の繋がってない家族は多いのだそうだ。例えば人に名を与えた者も『名づけ親』と呼ばれる。一生揺るがない関係だ。資料によると……」 ローゼリアとリトナが仰天して立ち上がろうとしたのだが。 「恵音。お前が選んだ名を考えた者は、目の前にいるぞ。意味は、自分で聞くといい」 ぴしゃん、とふすまが閉まった。 恐ろしい沈黙が降りた。 誰も、恵音の方を向けない。 「意味って」 「い……意味、は……『あなたの奏でる音が、人にも自分の心にも恵みをもたらします様』というもので。えっと、恵音さんの音楽も……きっと見つかると思います。積み重ねて生きていければきっと」 観念したリトナが恐る恐る振り向いた時、恵音はうつむいたまま、赤い顔で尋ねた。 「お、お、『おかあさん』って……呼んでいい?」 ●月夜の分岐 階段を下りたイサナの見送りにきたグリムバルドの所へ、アルドと无も降りてきた。 ローゼリアも疲れた顔で現れる。 「随分な博打をしますわね」 グリムバルドが「なんだ。恵音たち、どうかしたのか」と首をかしげる。 「後で部屋を見ればわかりますわ。他の子には? 教えたんですの?」 悪びれもしないイサナが「教えていないよ。様子を見たが、頃合ではなさそうだったからな。では失礼する」と去っていく。 「おやすみなさい。さようなら」 ローゼリアが、手を振っているアルドを見た。 「そういえばアルド、私も……ひとり立ちする、その心意気は素晴らしいと思いますわ。でもそれは一人だけで生きるという事ではありませんからね」 子供たちは沢山の絆とともにあり、愛情に包まれている。 グリムバルドが「今回はごめんなー」とアルドの頭をわしゃわしゃ撫でた。 「俺たち皆、ちょっとやらなきゃいけない事があって」 「わかってる」 「そうか。それを終わらせないままで応援するのは難しい感じなんだ。俺らの問題ですまねぇな。今回は我慢してくれ」 グリムバルドの頼みに、アルドは「うん」と頷く。 「今回は駄目だけど、なっても良いとは思っているから。明日、帰る前に俺たちの長屋や相棒を選べる場所につれてってやるよ。相棒はこれから長い付き合いになる。じっくり選んだ方が良いだろうしなー。今から好きな奴を考えても損はないぜ」 ローゼリアがグリムバルドの脇を肘で突く。 『ちょっと、そんな大盤振る舞いして大丈夫ですの!?』 『いやまぁ、最終的には皆で何とかするだろ』 『う。確かに。もしも高額の相棒を選ばれても……私も協力してなんとしますわ』 ぼしょぼしょ内緒話をする二人。 内容を察した无はアルドに「気にしなくていいですよ」と告げておく。 最終的に。 明日、孤児院に帰るのは夕方になり、それまで子供たちは港で相棒達を学ぶ事になった。 「……つまり相棒選びについては、自分がどんな事をしたい、どういう依頼が得意かによりますわね。例えば駿龍なら速度に優れており、現場にいち早く急行できる。空でなく地上で速度を求められるのなら走龍や霊騎があり……忍犬なら旅の友に良いかもしれませんわ」 熱弁を振るうローゼリア。 様々な思いをのせて、夜の闇が明けていく。 |