救われた子供たち〜猫之章〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 18人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/24 10:49



■オープニング本文

 神楽の都、郊外。
 寂れた孤児院に隔離された、志体持ちの子供たちがいる。
 彼らは、かつて慈悲深き神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んでいた。
 自らを『神の子』と信じて。

 ……というのは殆ど年長者の話だ。


 浚われてほどなく救い出された子供達四人は、人恋しさと自由奔放さを抱えて、あり余る体力を持て余していた。
 年少の子供は四人。
 桔梗、のぞみ、のの、春見の女の子。
 幼子たちの手足はすくすくと伸び、今では女児らしさも伺える。そのうち『のの』が猫を裏山で飼っていることが12月の中頃に分かった。一体どこから拾ってきたのか、五匹の子猫を自分の食事で養っていた。
 しかしながら季節は冬。
 一月に入ると水も凍る寒さになる。
 雑巾や木の葉を集めた岩陰の寝床では、寒さを凌ぐことはできない。

 後日、ののは子猫を連れ帰った。

 共同部屋の箪笥に隠したのである。他の子供たちも協力的だった。
 愛玩用の動物を捌いた過去は大人をハラハラさせたが、この一年近い教育でそういった行動は見られない。
 問題といえば、食事を残しては部屋に持って帰り、無差別に与えるので猫が下痢になって布団や床を汚したり、猫の体臭問題や爪とぎによる部屋のボロボロ加減が増したことである。
 また子供というのは何事にも飽きやすい。
 結局のところ、部屋に連れ帰って一ヶ月もしないうちに、のの以外の子供たちは世話に飽きた。
 そして。

 一匹の茶色い猫が、餓死と下痢で死んだ。

 泣いた。
 こればかりは本気で泣いた。
 可愛がっていた『ちゃーちゃん』が亡くなり、ののは大泣き。他の子供たちも同調して泣き出し、年長組が手を焼いていたところに孤児院の院長がきた。
 院長は咎めず、まずは猫の死骸を綺麗な布で包んで、買ってきた花を子供たちの手に一輪ずつ持たせ、紙の箱に入れて弔うことを教えた。
 そして庭に埋めた後が……大変だった。

「かーうー!」
「ダメです! そのせいで死んじゃったでしょ!」
「かぁぁぁぁうぅぅぅぅ! かうのー! やだあぁぁあぁぁぁ!」

 地団駄踏んで大騒ぎしているのは、この二ヶ月でほぼ成猫に近い猫を抱えた『のの』である。
 流石に猫四匹を養うのは並大抵の努力では無理であり、食事を分け与えてきたののはガリガリに痩せ、痩せた猫もまたネズミや雀を狩る様子も見られた。終いにはまっさらな洗濯物に潜み、襖をやぶき、院内の植木鉢で大事に育てられた草花を食べては吐く有様。当然、園芸が趣味の子達も心が平穏でいられない。
 よって院長が猫の里親を探すことになったが、幼い四人は激しく抵抗。
 決して渡さぬ、と猫を抱いたまま泣き叫び……
 現在に至る。

「かううううううううううううう!」
「やだああああああああああああ!」
「いっしょにいるのおおおおおお!」
「ねこごろしいいいいいいいいい!」

 一体どこで覚えてきたのか、あらん限りの罵声をぶつける。
 距離を置いていた幼い子が四人、一致団結。
 遠慮なく泣き叫ぶ様というのは結構な迫力があった。
 ほとほと困り果てていた所へ、年長の様子を見る為にやってきた五行の使い――人妖イサナが新しい提案を持ち出したのが依頼のきっかけ。

『猫の飼い方も知らないなら、学ばせればいいではないか。
 猫の引き取り手は、近くの猫茶屋なのだろう?』

 猫茶屋というのは、猫のいる茶屋である。
 孤児院からそう遠くない商店街の一角に、猫好きの主人が二十匹ほどの猫を看板娘にした二階建て茶屋を営んでいる。扱うお茶や菓子は各国から取り寄せた様々な品で、いずれも人気が高く、訪れる客も長屋の事情で猫が飼えないけれど猫好きが多かった。

「猫茶屋に相談したら、かまいませんよ、と言ってくださって」

 温厚な店主は『猫好きがもっと増えて欲しい』『幸せな猫ちゃんが増えて欲しい』という有難い人物だった。
 今度の週末に、しまちゃん、ぶちちゃん、くろちゃん、しろちゃんを預けるついでに、子供たちも猫の世話を学んでくることになった。猫茶屋は最近、二階広間の壁紙を変えたばかり。折角なので見る人の心があったかくなれるような絵を、子供達に描いて欲しいとも頼まれた。
 更にきちんとお皿洗いや接客、お料理のお手伝い、お客さんも猫も楽しくなるお菓子の提案、店裏で待機している猫の世話もできたら、小額ではあるが子供達に一日のお給料を用意するという。
「忙しそうですけど、いい職業体験ですね!」
「申し訳ありませんが、ご同伴をお願いできないでしょうか」
「もちろんですよ」

 刹那、どぱーん、と応接室の扉が開かれた。
 雪崩込んだのは、扉一枚へだてて話を盗み聞いていた居残りの年中組。
「お茶屋さん、僕もいきたい!」
「旭も猫さんのところいきたい」
 わぁわぁと騒ぎ出したので、院長たちの目が点になった。 

「……大所帯だな」
「猫茶屋さんに、他の子もつれてっていいか聞いてみます」

 歓迎の返事は翌朝に来た。


■参加者一覧
/ 礼野 真夢紀(ia1144) / 鈴木 透子(ia5664) / 郁磨(ia9365) / 尾花 紫乃(ia9951) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / レイス(ib1763) / 蓮 神音(ib2662) / ウルシュテッド(ib5445) / 宵星(ib6077) / ニッツァ(ib6625) / パニージェ(ib6627) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / 刃兼(ib7876) / 戸仁元 和名(ib9394) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498


■リプレイ本文

 年少の四人が、其々の腕に一匹ずつ猫を抱く。
 年中組も支度は万全。
 集まる子供を眺めたフィン・ファルスト(ib0979)は一年前を思い出して『おー、初めて会った時よりやっぱ大きくなってるよね、うん』と微笑ましい気持ちになった。傍らの礼野 真夢紀(ia1144)は「猫の育て方を教えておくべきでしたね」と零しつつ、今更言っても仕方がない事も理解していた。
 泉宮 紫乃(ia9951)は猫を抱いたのの達に「よく頑張りましたね」と微笑みかける。
「一生懸命に世話をしたのでしょう? ただ、こっそり飼おうとしたのはいけませんよ? 今度は許可をとりましょうね。まずは猫茶屋さんで飼い方をきいてみましょうね」
 ところで一部の子供たちは猫以外にも興味を示していた。
 猫又織姫をつれた狼 宵星(ib6077)が、桔梗や礼文たちの前で膝を折る。
「はじめまして、父がお世話になっています。……あ、ええと、ウルシュテッドがお父さんです」
「こんにちあー」
「はじめまして」
「皆、集まったか」
 孤児院に居残って院内修繕の道具を見繕うと決めたパニージェ(ib6627)は、仁達を呼び止めて「行儀よく楽しんでくるんだぞ」と告げた。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
 子供たちを見送った鈴木 透子(ia5664)は、庭の木の下に子猫の墓を見つけた。
「動物を飼うと、こういうこともありますよね」
 死んだ動物を弔う発想は、ここに来てから養われた考え方だ。
「つらいこともあるから、情操に良いのかもしれません」
 パニージェは「それ、子供に言うなよ」と釘を刺す。
「勿論、いいませんよ。不死の概念の中で育ったあの子達に、生死を教えなければならない大人の視点ってところです。さ、お掃除を始めないと」
 居残り組は、猫被害の片付けを始める。


 猫と遊べる猫茶屋では、一日店員さんが決まった子供達と開拓者には猫茶屋のエプロンが配られた。
 紫ノ眼 恋(ic0281)はエプロンを着た真白をじっくりと眺めて「うん」と頷く。
「……へん?」
「いや。エプロン、似合っているな。こういう店は馴染みないかもしれないが……大事なことはなんだろうな? 一緒に笑顔で学ぼう」
 そこで店員が「みなさーん、エプロンを着た方から奥へどうぞ。猫の世話を教えます」と言った。
 ファルストは幼い春見達を見下ろし「さ、教わりに行こうか」と奥へ急ぐ。
「おねーさんもおべんきょなの?」
 春見の言葉に、ふっと遠い眼差しをしたファルストは「ねこ好きだけど、なんか逃げられるの……」と切ない思い出を語った。
 近くのウルシュテッド(ib5445)が「奇遇だな。俺もだ」と同じ陰鬱な影を滲ませる。
「元々、うちは昔から犬ばかりでね……猫の世話は勝手が分からないんだ」
 桔梗が「わかんない?」と首をかしげる。
「ん? 大人でも知らない事は沢山あるさ。だから一緒に学ぼう」
 早速、猫と遊ぼうとする元気なののたちを礼野が捕まえる。
「ちゃんとおぼえないと、ねこかえなくなるよぉ? いいの?」
「やーだぁ!」
 仙猫うるるが、のの達の足元に擦り寄る。
「ねぇのの。私はあなたが大好きよ。じゃなきゃ猫は大人しくなんてしてるもんですか。だから、ね。私以外の猫にも人にも大好きを返してもらえるように、猫との付き合い方をお勉強しなくっちゃ」
「……う」
「おべんきょうできる?」
「……じゃあ、する」
 人数が多いので猫茶屋店員と一緒に、普通の猫の飼い方を教えるのは、実際に猫を飼っている刃兼(ib7876)たちだ。
「旭も傍においで」
 猫を見て、そわそわ落ち着きがない子供たち。
「まず食べさせたらダメなのはタマネギやニンニクだ。食べさせていいのは火を通した肉に魚、米や芋とか、だな。ただ、俺や皆にとって美味い味付けも、猫には毒だったりするので……塩や砂糖は極力控えること。猫はお腹に溜まった毛玉を吐く為に、草を食べるのは割と普通のことなんだが、無差別に食べると毒持ちの草花に当たる可能性があるし、猫草を用意してやるのがいいだろうな。選ぶ猫草は……ええと、エンバクだったか?」
 仙猫キクイチが「わっちは助けやせん」とそっぽを向いた。
 飼い主たるもの、猫の飼い方くらい完璧を目指せという意味だろう。
 ここで飼い主の威厳を失うわけにはいかない。刃兼は必死に記憶を探って子供達に教える。
 ちなみに食べさせて良いものと駄目なものは、泉宮が実物を目の前に並べてみせた。
 目で見て、耳で聞いて。
 記憶に残るように気をつけていく。
「生き物を飼うのは、その命に責任を持つという事です。特に子猫のような弱い命は容易く失われます。知らなかった、は言い訳になりませんよ。既にわかっていますよね?」
 覚えることは沢山ある。
 仙猫うるるを傍らに立たせたネネ(ib0892)は、年少組がわかりやすいように、覚えやすいように、可愛らしい絵と大きな文字をつかって和紙に記録していた。
「大事な事ですよ」
 覗き込むのの達に柔らかく言い聞かせる。
 礼野も、のの達に「ちょっと難しいけど、いつかちゃんと猫が飼えるようにお勉強しましょうね」と囁きながら頭を撫でた。ついでに猫又の小雪をずい、と差し出す。
「お姉ちゃん達が冒険者めざしているそうだけど、相棒には猫又って言って、猫にとても近い種類もいるの。しっぽがわかれてて、おしゃべりしたりね」
 猫又の小雪は「はーい、こゆき、あいーぼー」と言って頭をこすりつける。
 ちなみに猫の厠や爪とぎのしつけは兎も角、爪切りとお風呂で大暴れする猫を押さえ込む作業は、泉宮や人妖桜の手本を真似しようとしても……普通に大騒ぎになった。
「ぃつッ……ほら、爪立てちゃダメだよ〜? こわくない、こわくな……」
 ザクッ、と。
 水嫌いな猫の反撃に、痛みをこらえるファルスト。子供の手前、騒げない。
 その後、散々バリバリひっかかれたファルストは、回復を頼んだが人妖ロガエスに「オメーは無しだ。練力足りなくなる」と却下された。子供優先な現実に、少し落ち込む。
 一通りの猫を洗い終える頃には、皆が疲れ果てていた。
「では好き嫌いが判った所で、何をしたら猫さんが喜んでくれるか、猫さんの気持ちになって考えてみましょうか。其々の猫さんに性格があって、好き嫌いがありますからね」
 リオーレ・アズィーズ(ib7038)の言葉に、ぐったりしていた明希達に元気が戻った。
 猫と遊べる時間だ。
 猫を呼び物にしている茶屋なだけあって、猫の遊具に事欠かない。
 店奥の猫部屋は一気に騒がしくなった。
「あ。そうだ。ごめんレイス、少し猫茶屋の店主さんと相談したいことがあるから……春見ちゃんお願いね?」
 何かを思い出したファルストの発言に、春見を腕に抱えたレイス(ib1763)は「ええ、いってらっしゃい。フィンちゃん」と見送る。レイスはファルストに呼ばれた子守だ。
「では春見さん。猫毛の掃除の続きをやってみましょうか」
 小さな手のひらに櫛を握らせる。
「毛が飛んでしまいますから、ゆっくり、丁寧に……ですね」
 猫は体を舐めるので、ダマになりやすい。
 とくに長毛種は大変だ。
「さて明希。猫を飼うという事は、どういう事か分かりますか?」
 白雪 沙羅(ic0498)の質問に、少女は「毎日一緒に過ごすこと?」と首をかしげる。
「うーん、間違ってはいないですけど、残念。生き物を飼う事は……命を『その子の一生涯を預かる』と言う事です。猫には命があります。私にも、明希にも、皆にも平等に。死んでしまったら、もう戻っては来ない。だからこそ尊いものだし、軽んじてはいけないの。分かるかな?」
 明希は猫の前でリボンをふりふりしながら「猫さんには永遠がないのかな」と寂しそうに呟く。
 少し見方は違うが『猫の命に限りがあること』だけは理解したようだ。
 そして残念に思う気持ちも少なからずある。
「明希、猫と一緒に過ごす上で餌や厠ぐらい大事なことがあるんですよ。毛並みを整えることです!」
 じゃーん、と櫛を取り出した。
 自分が猫の獣人であることもあって、毛づくろいには意地がある。
 白雪はふらり、と自分の尻尾を差し出す。
「まずは訓練です。私の毛並みをキレイに整えられたら次は猫さんを……痛ッ――!」
 ざく、と櫛が縦に刺さって、力任せにひき抜かれた。
 これは痛い。
「ご、ごめんなさい。痛い……かな」
 ふー、ふー、と涙目になりながら、白雪がぐっと我慢して笑顔を作る。
「ちょっと痛かった、かな……あ、明希、優しく毛並みにそわせて、ゆっくりね、毛玉はゆっくり少しずつやるの。力まかせは……痛いから」
 ちょっと痛いどころではない。
 しかし言い出した手前、後には引けない。耐えるしかないのだ。
『沙羅ちゃん、がんばって!』
 アズィーズが目で訴える。子供は遠慮もなければ手加減もないが、三十分ほど経つとマシになった。白雪が耐えたおかげか、本物の猫相手のブラッシングはこの上なく静かだ。
「おわったー!」
 アズィーズは猫の両脇を持ってべろーんと持ち上げる明希に笑いかける。
「明希、猫さんはあたたかくて、やわらかくてふにゃふにゃしてるでしょう?」
 飼育動物は野生の獣とは違う。世話をしなければ生きられない。人間や相棒たちよりも弱い存在だ。一年前は訓練された相棒達すら、食い殺そうとするのではと心配させられた。
 けれど。
『弱者への慈しみ。相手の身になって考えること。いろんな心配りが身につくと嬉しいのですけど』

 やがて子供たちは、店の中で掃除をしたり、手伝ったり、集中力がない子は奥の部屋で猫の相手を始めた。

 エプロンを着て髪をひとまとめにした戸仁元 和名(ib9394)は到真とお茶の種類を覚えながら、茶筒の中身が残り少ないものは継ぎ足していた。
「お茶ってこんなに種類があったんだ……僕、知らなかった」
「そうやね。お茶葉は零さん様にゆっくりでええんよ。猫さんが食べたらあかんし」
 猫茶屋は客席に猫が自由に出入りするが、お茶を扱う空間は違う。茶葉が落ちたら、猫が誤って食べないうちにキレイにお掃除しなくてはならない。場合によっては死んでしまうからだ。
 細心の注意を払いつつ、二人はお茶の香りに包まれる部屋の中で、ゆっくりと仕事を手伝った。
 一方、礼文達と一緒に台所に入った宵星は、子供の目が届かないところ……刃物の置いてある場所や、お皿を重ねた場所にも目を配った。時々「危ないものがあったら片付けてね?」と声をかけて、気づくように促す。
 隣の无(ib1198)は華凛と黙々と皿を洗っていた。
 足元では桔梗がお皿を布巾で吹いている。
「二人とも上手です。おかげで、もう少しで終わりますよ。頑張りましょう」
 褒められてまんざらでもなさそうだ。
 その頃、呼び出した宝狐禅ナイは、活発な猫にじゃれついていた。
 蓮 神音(ib2662)は刃兼のところに行き「ちょっといい?」と話しかける。
「何かあった、か」
「ううん、神音これから春見ちゃんたちと猫ちゃん用のクッキー作ろうと思うんだけど、……食べさせたらいけない材料があったら詳しく教えて欲しいな、って。どう?」
 材料がみっしり詰まった箱の中を覗き込んだ刃兼は「俺が教えられる事なら喜んで……えっと、これはやめたほうがいいかも、な」と、ひょいひょい材料を取り出す。
「えび? 卵も?」
「知り合いの家が漁をやってて、貝とか海老とか、色々貰った事もあるんだが……前にキクイチが消化不良になった。卵は確か……毛が抜ける、な」
 梁の上の仙猫キクイチが、無言でそっぽを向く。
「ありがとー! 砂糖はちょびっとだけにしておくね! さー春見ちゃん、のぞみちゃん、暇な子は一緒に猫ちゃんの為のお菓子を作ろう。がんばろうね!」
 芋をふかしてマッシュして、小麦粉もふるい、砂糖は本当に感じない程度に入れた。
 焼きあがったクッキーを味見してみて「味しないね」と春見たちが顔を見合わせる。
「猫ちゃん用だもん。甘すぎると太っちゃうしね」
 じっとりと仙猫くれおぱとらを見た。
 肥満が疑われる仙猫は、つーん、と顔をそらす。
 勿論、それだけではつまらないので、猫用クッキーの次は、人間向けに甘いお菓子作りを始めた。折角なので猫の肉球に見えるように仕上げる。
「ほら春見ちゃん、ぷにぷにして本物の肉球みたいでしょ? あ、くれおぱとら。もー、ダメとは言わないけど、自称ぐるめなんだからちゃんと評価するんだよ!」

 そんな賑やかな厨房を、暖簾越しに見守る店主。
「皆さん、楽しそうで何よりですわ。でもあんなに沢山の子供の世話は大変でしょう」
 猫茶屋の店主を務める婦人は、厨房から出てきた宵星に話しかける。
「いえ、その。私は猫茶屋に興味があって、子供達と一緒に連れて来て貰いました。私もいつかお店を持ちたいなって……」
「まぁ素敵ね」
 柔かな空気に座席掃除中のウルシュテッドが目を細めていたが、足元でなごなご擦り寄ってきた店の猫を眺め「いまいちピンと来なかったが……成程いいな、こういう店も」と穏やかな気持ちになる。
 ふいに店長が紫ノ眼へ「すみません、コレをお願いできますか」と布が巻かれた竹棒を預けた。
 それが何か気づいた紫ノ眼が「任せておけ」と受諾し、真白を呼ぶ。
 猫茶屋の玄関先に、開店の合図となる猫の絵の暖簾をかけた。
「気持ちよく楽しんで貰うには、どうすればいいだろう? と、常に意識するんだ。先に扉を開けてあげたり、外套が汚れないようにかけてあげたり、積極的にな」
 話し込んでいると客が現れる。
「今日は遅い開店ときいていたんですけど、もう入っても?」
「いらっしゃいませ!」
 真白は言われたとおり笑顔で出迎え、紫ノ眼につつかれて慌てて玄関をあけた。
「あ、ど、どうぞ!」
 がらりと扉をあける。
「ありがとう、小さな店員さん」
 感謝されて『できたよ!』と目で訴えてくる真白に頷き返しながら、紫ノ眼は『良い経験になるといい』と思った。

 猫茶屋には猫好きが沢山くる。
 それは年頃の少女から、午後のひと時を楽しみに来る女性、そして老人や老婆たち。
 メガネの老紳士が店内に入ってきた時に、ひゅっと消えた子供がいた。誰が消えたか気づいたレイスは、仲間にその場を託して猫部屋を覗き込む。
「春見さん」
 年配男性に恐怖心を持つことを聞かされていたレイスは、春見に深呼吸をさせて落ち着くのを待ってから「あのおじいさんは怖くありませんよ。春見さんと同じで猫がすきなお客さんです」と言い聞かせて、物陰から老紳士が猫を撫でる様を見せた。
「……怖いですか?」
「怖くないおじいさん、だとおもう」
 少し時間はかかったが、店内にひきもどすことはできた。

 太陽は真上に登り、やがて空が茜色に染まっていく。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、2階の絵を描く為に今日は早い店じまい。
 店先の暖簾を片付けつつ、空を見て目を細めた宵星は「でも猫さんにも気分がありますけど……猫さんもお客さんも楽しく過ごせるのが一番ですよね」と猫又の織姫に話しかけた。

 早めの店じまいは、二階の壁に絵を描かせる為だ。
 何を書いていいのか戸惑う子供たちに、宵星がやんわりと教える。
「楽しいや嬉しい気持ちが伝わる絵だといいな。だから、猫さんと一緒に過ごして楽しい、楽しそうと思った事を残してみてはどうでしょう。例えば四季折々の風景の中で猫さんが好物を食べたり玩具で遊んだりのんびりしたり……ね?」
 好き放題に絵をかき出す子供たち。
 そのうち、やけに緻密な絵を書こうとするスパシーバを、ニッツァ(ib6625)は観察していた。
『シーバ、何も気にせんでえぇさかい、好きなもん描いてみ?』
 そう言って頭を撫でて筆を持たせた。
 ニッツァが思うに、スパシーバは周囲を観察できる目があるように思う。
 それもかなり広い視野だ。兄姉弟妹を、よく見ている。周囲を気遣う代わりに、我が殆どない。
『自分のしぃたい事がわからん……か。ちょっと良う無いな。周りを見れる目ぇがあるんは凄い事やけど、自分が見えへんのはあかん……シーバの目に、世界はどんな風に写っとるんやろな?』
 スパシーバは兄姉弟妹の絵の空白を埋めるように絵を書いていた。
 子供たちの絵は、基本的に見た事から成り立つ。猫の絵や虹、簡略化された家族、相棒たち、自由奔放な中で……スパシーバの絵からは現実主義が垣間見えた。毎日イリスやエミカと世話して育てた花なども書き込まれているが『品種』がわかるぐらいには丁寧な書き込みがされていた。猫も同じで、不自然な手足は生えていないし、稜線だけでなく毛並みも再現を目指す。
 大凡、子供の絵ではなかった。
 観察する力は並外れて優れている。
 よく言えば丁寧で真面目、悪く言えば頑固で潔癖。慎重、完璧主義、そういった一面が少なからず見えた。果たして楽しいのかニッツァは疑問にはなったが、きちんと一つの絵が完成する度に……満足気な顔をしているスパシーバがいた。

「そろそろ帰る時間ですね。皆、お支度をしましょう」
 礼野が手を叩く。
 帰ると聞いて、子供たちは我に返った。
 ここ二ヶ月世話してきた猫たちとは、ここでお別れしなくてはならない。
 ぎゅ、と猫を抱き込む春見たちに、ファルストは「大丈夫」と柔らかく囁く。
「ここに来れば何時でも会えるし、もっと元気な姿で会えるからさ。なんてったって、しまちゃん達にはお友達や家族ができたんだもの。よろこばなくっちゃ」
 ウルシュテッドも「いいかい」と猫をはなさない子たちに言葉を添える。
「動物と人は違う生き物だが、根っこは同じだ。腹が減るのはつらいし、遊び相手がいなくては寂しい。好き嫌いもあれば、良かれと思ってした事で傷つけてしまう事があるのも、ね。一緒に生きてくなら……自分だけ相手だけが幸せでも仕方ない」
 猫を思いやれるかな、と問いかける。
 じ、と店の猫が足元から見上げるのをみて、春見達は子猫を放し「またね」と言った。

 猫茶屋の店員達にお礼を述べて、エプロンを返し、別れを告げる。
「ありがとうございましたー!」
「さよーならー!」
 帰りは夜になってしまった。

 大通りには居酒屋の提灯が光っている。
 はぐれないよう、真白と手を繋いで歩く紫ノ眼は仕事の頑張っていた部分を褒めた。
「今日の働きで一日をより満喫できたなら、それは素敵なことだ。真白、お疲れさまだ」
「うん」
 片手に握り締めた小袋には、労働の報酬が入っている。
「恋お姉さん、何が欲しい? ぼく、今日お金持ち」
「なんだ、買ってくれるのか? 嬉しいが、自分の為に使いなさい。真白のお金だ」
「じゃあ、とうもろこしを買って二人で食べる」
「とうもろこしを買うには夏まで待たないとな」
 微笑ましい会話をしている内に、孤児院が見えてきた。

 玄関から手を振っているのはパニージェ達だ。
「おかえりみんな。仁、楽しかったか?」
「うん。見て、ぼく、お給料もらった!」
「ああ、良かった……では、食事の後に片付けをやろう。一緒にな」

 夕食の後、破れた障子紙を貼り直しが待っていた。
 ウルシュテッドたちが、子供達に声をかけて、外した障子を広間に運んでいく。
 パニージェにより新しい障子紙と糊、小刀は準備万端。
 不要になった筆と雑巾を仁に準備させるなどして簡単な手伝いをさせた。
「では仁。古紙を剥がした後に、枠を濡れ雑巾で拭いてくれ。残った糊を落とすぞ。……枠を折るなよ?」
 子供の体重でも簡単に壊れるため、踏まないように気をつける。
「刃物は危ない、というのは教えたな? 正しく使える様になれば便利にはなる。その為に練習しよう。真似をしてくれ。……よし、良くやった。此処に住む皆が住みやすくなっていくぞ。次だ」
 ちなみにのの達年少組も一緒に修繕……は難しすぎたので、修繕の時に出たゴミを、ネネと一緒に集めたりした。
 ところで廊下掃除に勤しむ鈴木は「明希ちゃん」と呼び止めた。
「猫と他の子供たちとのことをどう思う?」
「みんな会えないのは寂しいよ。でもお店に行けば会えるって、お姉さん達は言ってたの」
 寂しさをにじませながら、にっこり微笑んだ。

 礼野は子供たちの衣類を新調していた。やんちゃ盛りだからか、猫の被害か、どのみちボロボロになった衣類を捨てて、新しいものと交換する。
 衣替えや持っている品の状態を選んだり確認させるのも大切なことだ。

 ファルストは猫茶屋の店主と相談した話を院長へ話にいっている。植木の手入れを終えた泉宮も一緒に話し込んでおり、孤児院で猫は飼えないけれど……開拓者の同伴があれば、いつでも猫茶屋に遊びに行けることになった。

 真新しい障子を運びを終えた郁磨(ia9365)は和に話しかけた。
「和、焼き芋食べた時に聞いた事は覚えてるよね?」
『和にとっての幸せを、次に会った時に教えて』
「答えをきいてもいい?」
「……ごはんたべて、ふかふかのふとんで寝れて、毎日遊べるのも、全部幸せだと思う」
 日々に感謝すること。
 それは勿論、大切なことではある。
 魔の森で悲惨な生活をしていた分、ここの生活は格段に『幸せ』だった。
「おかあさまに怒られるかもしれないけど、お役目とか、どうしてもしなきゃいけないのかな。ぼく、ずっとこのままがいいよ。仁と離れ離れにならないし」
 肉親と引き裂かれる恐怖。
 それを防ぐ為に、双子の兄弟と鏡写しになるよう備えてきた過去。
「……仁は和の代わりなんかじゃないし、和は仁の代わりなんかじゃない。助け合い、分け合う為に一緒に居るんだよ。だから、違ったって良い。違う方が良いんだ」
「顔おんなじなのに? おかあさまは双子は特別だって言ってたよ?」
「大事なことは似る事じゃないよ。……和は和らしく、和として生きてほしいなぁ」
 個人の幸せを、この子は見つけられるだろうか。

 同時刻、ニッツァはスパシーバと向き合っていた。
「今日はどないやった」
「たくさん褒められたよ」
「自分中で見っけれた事、あるか?」
 スパシーバは少し考える素振りをみせた。
「手で何かして、できると楽しい。失敗すると悔しいから、絶対ちゃんとできるようになりたい、って思う。花壇の世話とか、猫の世話とか、絵を描くのもそうだけど」
 ニッツァはふと思った。
『……シーバって、割と器用なんとちゃうか? 頑固なトコとか完璧主義はともかくとして、何か失敗しても努力で全部解決してまうし、必ず習得してから次に……』
 探究心?
 いやしかし能動的というより受動的……イマイチ答えに辿りつけない。
 この子は将来何になりたいのか。自分にその手伝いができているのか。疑問は尽きない。
「シーバ、しなあかん事をしなあかん時もある。せやけど、自分がしぃたい事を考えるんも大事やねん。例えば……俺は音楽と人の笑顔が好きで、好きな事仕事にしたさかい。またしたいって思うこと、あるか?」
「……やったことないことがやりたい、かな」
 漠然と返事があった。

 无は華凛と話し込んでいた。
 だんまり気味な華凛から機嫌を伺う、という感じではある。
「今日はどうでした? 楽しかった? またいきたい?」
 こっくりと頭を縦に振る。
「少し聞きたいことがあります。木の上のおともだちの事を教えてくれませんか」
「ひとりで遊んでただけだもん」
「私はただ、華凛のことを知りたいように、おともだちの事も知りたいだけです」
 少なくとも嘘ではない。穏やかな无の言葉に、華凛が警戒心をといたようだった。
「夜雀の言葉が、わかるのですか?」
「ううん。なんとなく。頷いたり、首振ったり、あたしの話をきてくれるの。昨日もそう」
 昨日?
 无は内心驚いた。確かに滅したはずだったからだ。
 つまり自然発生した類ではない。誰かが意図的に、夜雀を送り込んでいる。
「もしや夜雀は、おかあさまの?」
「ううん。違うって。おかあさまのオトモダチの子みたい。喋らないから分かんない」

 居間の刃兼は旭とゆっくり話し込んでいた。
「旭、何かやってみたいことはあるか?」
「また温泉行きたいな。お買い物もしたい。おいしいものたべたいの。あとね、あとねー、お魚釣りもやりたいし、お空の散歩もしたいな」
 旭の要求は果てがなかった。
 何事も楽しい思い出が多いということだろう。
 昔は物陰に隠れることは多かったが、今は社交的になってきている。
「旭、ここでの暮らしはどうだ」
「何もない日はつまんないけど……皆が一緒だから、なにかして遊ぶ」
 自発的に楽しい一日を作り出そうという能動的な意思があった。

 そして戸仁元は、火鉢のそばで到真と話し込んでいた。
 何か気づいたことや思い出したことがあるか、をやんわり尋ねた。到真には、生成姫の配下に誘拐される以前の記憶が、微かに残っている。それが判明してから……できる限り力になりたい、と思っての発言だ。
「難しかったら、言える時でええよ」
「おまつり」
「え?」
「おとうさんとおかあさんと一緒に、赤い橋から白い花を投げた」
 お茶を取りに来た通りすがりの刃兼が、何を思ったか和紙に絵を書いて、ぴらりとみせた。
「突然すまない。それは……こういう橋で、こんな花だったりしないか?」
 到真は目を丸くしたが「うん」と首を縦に振った。
 もう夜遅いから、と子供たちを部屋に戻してから……戸仁元は刃兼に尋ねた。
「あの。もしかして里の場所、知ってはります?」
「正しいかどうかは分からないが……多分、白原祭の事だと思う。五行の東に、白螺鈿って街があるんだが、毎年八月にある祭で、蓮の花を投げ込む風習があった。この橋も名所の一つだ。単に家族旅行だったのかもしれないが……何か思い出すかもしれないな」
「そう、ですか」

 仕事を終えたウルシュテッドが桔梗たちの様子を見に来ると、幼い子たちは夜更かししていた。見ているのは、ネネと礼野が作った『猫の飼い方』の絵だ。猫又と違って普通の猫は話せない。その事を、子供たちがよく理解した一日だった。何が楽しくて苦しいか、何に喜び腹を立てるか……相手を知り考える事は思い遣りに繋がると思う。
「次はうまく付き合えそうかい?」
「うん」
 ウルシュテッドが「また縁があるといいね、おやすみ」と声をかけ、蝋燭の火を消す。

 子猫と過ごした時間は、子供達にとってかけがえのない思い出になったに違いない。