禁断のゴミ&チョコ
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/14 14:35



■オープニング本文

 ゴミ。
 それはいらなくなった不用品である。
 人間という生き物が街を構築し、密集して生活する性質上、生活とゴミは切っても切れない関係にある。昨日居酒屋で買った折詰の空箱や割り箸、弁当の包み紙、空になった酒瓶、腐らせた食品にちり紙の数々。
 とりあえず毎週、ゴミは出る。

 その日、開拓者ギルドに集まったある開拓者一同は、待合室の一角を占拠して陰鬱な表情をしていた。机に両肘をつき、顎をのせて。生気のない双眸が、ぎらぎらと忙しなく動いている。なんだ徹夜明けか、と道行く若手開拓者たちは気にもとめなかったが、どうやら強敵や過労などの話ではないらしい。
「お前もか」
「ああ、君もか」
「私だけだと思っていたのに」
 皆、同じ言葉を口走る。そこへ一人の開拓者が現れた。
「皆! 敵の目論見がつかめたぞ!」
 ざわり、と一気に殺気立つ。
「敵は……恐ろしい企みを実行中だ。百合会を名乗る秘密結社が……俺たちの、俺たちのゴミを……転売している!」
 転売?
 通りがかりの若手開拓者は目が点になった。
 一方、陰鬱な眼差しだった開拓者の皆様は両手で顔を多い「やっぱりィィィ!」等と叫びながら絶望的な表情になった。
「あのー、どうかしたんですか」
「どうしたもこうしたも、あるかァァァ! 変な噂が蔓延してて『まさかな』と思ったらマジだったんだぞ! 落ち着いていられるか! 由々しき事態に決まってる!」
 話が通じない。
 誰か説明してくれ、と視線を横にすべらせる。
 すると真っ青な顔の女性開拓者が「あれは先々週のことだったわ」と語りだした。
「仕事帰りに長屋へ帰って、仮眠する前にゴミを出しておこうと思ったの。三時間後、外へ出たらなくなっていたわ。でもゴミ収集の荷車はまだだったのよ。そして先週もまたゴミが消えたわ。あの中には、あの中には私のし、し、したぎ……いやあぁあぁあ!」
 響き渡る叫び声。
 譫言のような言葉をかき集めてみた。

 どうやらここ半月、有名人の開拓者のゴミが何者かに持ち去られ続けていたらしい。別にゴミだし、まぁいいや……と気を抜いていたのが命取り。なんとゴミは転売されているという。特に価値が高いのは、折れた櫛に巻きついた髪の毛。
 最近『恋のおまじない』と称して『自分の髪の毛をチョコに入れて食べさせると恋が成就する』というトンデモない嘘八百が流れていた。

 どう控えめに考えても、実行すれば単なる変態である。

 しかし。
 この噂が流通してまもなく、別の『恋のおまじない』が囁かれ始めた。
 それは『恋する相手の体の一部を、チョコレートに入れて自分が食べれば恋が叶う』というものだった。

「なんだその逆転の発想」
「藁人形ならぬチョコレートに髪の毛を仕込む呪いかよ!」
「多分、最初の噂で人体入りの汚物チョコレートが捨てられるの見越したんじゃないか。あと、最近は自分へのご褒美チョコ、とかいう自分で食べるチョコレートも需要が高いから、その辺につけ込んだんだと思う……って、そういう話じゃないんだよ」

 現在進行形で売られている開拓者たちのゴミ。主に髪の毛。
 しかし見知らぬ相手に「これが●●さんの髪の毛の味か!」等という状況を想像しただけで気持ちが悪い。
 そしてゴミがまるごと販売されるという事は、ゴミから伺える開拓者の趣味もバレるということである。毎日食べている食事の偏りだけならまだしも、使い古した下着や人に見られたら困る絵巻など、暴かれてはならないものが沢山ある。
「どうしたら」
「あのー、噂のおまじないは一つ条件があって、14日の月光を浴びながら食べないと効果がないって話になってるらしくて……ゴミは予約の嵐になってるみたいなんですよね」

 数秒間の静寂。

「奪還だ!」
 立ち上がった。
「ゴミを取り戻さないと!」
 捨てられる存在から、取り戻さねばならぬ存在へ。
「とりあえず闇に葬りに行くぞ!」
 中級アヤカシすら一撃で倒すような開拓者たちが、ぞろぞろと鬼気迫る表情で出て行った。

 目指すは百合会本拠地――――恐るべき開拓者のゴミにまみれた大屋敷。


■参加者一覧
/ 志藤 久遠(ia0597) / 柚乃(ia0638) / 斑鳩(ia1002) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 御樹青嵐(ia1669) / 雪切・透夜(ib0135) / フィーナ・ウェンカー(ib0389) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 宮坂義乃(ib9942) / 伊波 楓真(ic0010) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

 話を聞いた直後は「破廉恥な!」と叫んでいた志藤 久遠(ia0597)も、必死に日付を数えてゴミの内容を思い出そうとしていた。嫁入り間もない身故に、バレたくない代物は山ほどあった。
 それは他も同じこと。
「やはり、ゴミに出すんじゃなかった……!」
 誰得だ、と呻く一応は乙女の宮坂 玄人(ib9942)を人妖の輝々が慰める。
「玄姉ちゃん、僕も手伝うから……手伝うからぁ!」
「燃やさねば!」
「右に同じ」
 アレだけは焼却あるのみ! と決意した柚乃(ia0638)はぐるりと顔ぶれを見回す。
『被害は長屋暮らしばかりですか』
 引っ越すべきかな、と危機感を煽られる。
「しかし世の中にはいろんな人がいるものですね」
 呆れたような声で呟く御樹青嵐(ia1669)を見ると、その顔は青ざめ、ひどく狼狽して脂汗を流していた。冷静を保っているとは言えない。
「本当に。そんな眉唾話を信じる人もいるものなんですね……これは由々しき事態ですよ」
 伊波 楓真(ic0010)は内心焦る。中に入っていたのは確か、ちり紙と浴室掃除の毛玉と下着にそれから……
「平気そうに見えるけど」
「こんな事になるとは予想外ですよ!」
「そうねー、ここまでするとは思わないよね」
 数々の同人絵巻を黙認してきた礼野 真夢紀(ia1144)も、今回ばかりは放置できないと判断した。暴走する変態の絞め上げを決意しつつ、次回の開拓ケット(カタケット)で『同人活動のいろは』本を売るべきか、別な方向へ心配が移っている。
「やれやれ」
 壁にもたれていた雪切・透夜(ib0135)がため息をこぼす。
『……大切な、と思い返して描き、恥ずかしいと処分したものが、こうなりますか』
 微笑が、鉛のような重い空気に変わっていた。
 リト・フェイユ(ic1121)は両手で顔を覆って「知名度の低い私の何が嬉しいの」とメソメソ泣き出す。
「ゴミを持ち去られた、ですか。アレには見られると困る物が沢山入ってるんですよね」
 はふぅ、とため息をこぼす悩ましげな美女はフィーナ・ウェンカー(ib0389)だが、その隣に立つからくりのミラージュは『主に道徳や倫理的な意味で、ですよね』と胸中で突っ込んだ。
 ゴミは文字通りの代物なので口には出せない。
 皆の動揺を眺めつつ、斑鳩(ia1002)は無意識に手を首へ当てていた。というのも最近、伸びた髪を切ったのだ。まるで狙いすましたかのようにゴミを持ち去られた事を、漸く理解した。斑鳩は記憶を辿る。
 そして機密扱いのゴミを入れた事実に気づいた。
「ゴ……ゴミには見られたくないものも混ざっているというのに! 急いで回収です!」
 顔を真っ赤にして恥じらうリィムナ・ピサレット(ib5201)は「絶対阻止!」を叫ぶ。
 奪還を連呼する開拓者一同は、百合会本拠地へ急いだ。


「なにこれ」
 焚き火万歳を考えていた礼野は、ゴミ屋敷の前で立ち尽くした。
 平垣から溢れんばかりのゴミにより、もはや庭が原型をとどめていない。こんな庭で火を焚いたら、大変なことになりそうだ。よって悪臭に満ちた台所を目指す。
「しらさぎ、この家の中にあるごみ、燃えそうなのは運び出して庭……じゃなかった、竈で焼却!」
 松明を持ったからくりが「うん」と答える。
「じゃあ早速」
「まって! 魔術師には魔術師の戦い方があるわ!」
 フェイユは黒い革張りの書物を手に、フィフロス――目的の情報を探し出す呪文を唱えようとして……我に返った。片手が空をさまよう。フィフロスの弱点は、射程云々ではなく、目的の書物に『接触』しなければ情報を探し当てることができない。
 結局のところ、ゴミの山を漁るしかなかった。
「うわぁん! ごめんなさい! むり! ローレル、紙くずとか巻物とか全部集めて! でも中身は見ちゃ駄目!」
 念を押してゴミ捜索隊に加わえる。
「結局は自力ね」
 胡蝶(ia1199)は手拭いを取り出すと、鼻や口を覆った。更に上級ジライヤのゴエモンをひょっこり召喚すると、頭の上に乗せて両手袋をはめる。
「いいこと! 自分のゴミは最優先で焼却! ゴー!」
 人魂を放って屋敷へ突入した。
 同じように手拭いで鼻と口を塞ぎ、古い割烹着と手袋を装着した御樹が管狐を召喚する。
「あれだけは人に見られるわけにはいかぬです。……白嵐!」
 しかし管狐は困る主人が楽しいのか、一向に合体の要求に答えない。しょうがないので宝珠に戻し、ゴミの山に突入する。
 伊波は炎龍カルバトスに門番を命じると、顔に布を巻いて突入した。
「ああもう、僕のゴミ……どこですかー!」
 叫びたくなる気持ちはわかるが、ゴミは自発的に喋らない。
 雪切もからくりヴァイスとともに屋敷へ潜入し、まずは置かれたゴミの法則性を調査することから始めた。意外とゴミは細部に分けられている気がしたからである。どこに何が捨ててあるかわかれば、自分のゴミも探しやすい。
「まずはゴミ出し日の様子から!」
 門の前を陣取った柚乃が歌い始めると、鈴の音が響き、急にゴミまみれの幻影が現れる。ゴミ出し当日の様子から自分のゴミを洗い出そうというのだが、何しろ術の幻影は五分しかもたない。大凡の時間は近所の聞き込みから分かっているが、運び込まれる物量が多すぎて大変だ。

 次々になだれ込む開拓者を見て「困りましたね」とウェンカーが呟く。
「皆さんが潜入された以上、アークブラストで屋敷を破壊できないではありませんか。世間体は大事ですから、仲間を巻き込むわけには行きません」
 全く命を心配していない様が、いっそ清々しい。
 ウェンカーはドレスやヴェールに臭いがつくのは嫌だと、一旦着替えに出かけた。
 斑鳩はいない。
 からくりのわらびとともに、ゴミを回収しているであろう百合会を強襲しに行った。
『ゴミを観衆に晒さないためには、多少の手荒な手段もやむなし!』
 おもいっきし物理的手段である。
 次々と突入する仲間を見送った志藤は、隣で『行かないの?』とでも言いたげに首を傾けた轟龍の篝を菩薩の笑顔で見上げた。
「篝、思う存分暴れてみませんか?」
 甘い声音と爽やかな笑顔のまま『ヤってよし』の合図を出す。すると最近体がなまっていたのか、篝は屋敷の屋根に飛び乗って大きな声で雄叫びをあげた。近所住民は何事か、とその場で飛び上がった。


 胡蝶は必死になってゴミの山をかき分ける。
『髪の毛や下着も大問題だけど……アレだけは! アレだけはぁぁぁ!』
 胡蝶には髪の毛や下着以上に、恥の塊な存在があった。鬼気迫る表情でゴミを漁る胡蝶は、不意に志藤のゴミを発見した。
 中身は志藤作はぁと柄の真っ赤な編み物だった。帽子やマフラー、手袋はまだ良い。肌着やフンドシ、しまいには赤ん坊のよだれかけや靴下と思しき歪な失敗作が出てきた。新婚ゆえの愛と哀が溢れる素敵な一品を、胡蝶はそっと袋に戻した。

 その頃、宮坂のゴミを雪切が掘り当てた。
「えーっと、宮坂玄人さん? からくりとのキスシーンの木版が溢れ出てき……」
「ギャーッ!」
 慌てて宮坂が駆けつけてゴミを奪う。
「俺の趣味じゃない! 断じて俺の趣味じゃない! うわあああ!」
 人様の同人絵巻を手伝った際の失敗項だ。慌てて叩き割り、礼野達の竈へ走る。
 燃やすしかなかった。

「うう、衣類系はゴミ山が大きすぎます! ん?」
 志藤が見つけた柚乃のゴミは使い古したサラシと……なんと柚乃の絵巻だった。
 決して自己陶酔の代物ではない。お菓子と引き換えに提灯南瓜のクトゥルーから没収した、カタケの戦利品だった。しかしそんな裏事情を露程も知らない志藤は、居た堪れない気持ちになりながら、女の情けで袋に戻した。
 柚乃が見つけやすいよう通路に置く。
 その頃、柚乃は行く手を阻むゴミを灰に変えていた。

 あれでもないこれでもない、と。
 ゴミを漁る伊波は、恥じらいや情けなさが怒りに変わりつつあった。
「こんなものでチョコを作るとか材料に対してバチが当たりますよ!」
 ぷんすこ怒っていた。
「はて?」
 伊波が掘り出した胡蝶のゴミには髪の毛や下着に混じって冊子が含まれていた。
 なんだろう、と目を凝らすと題名に『私の考えたすごい式(企画書)』と墨書きが……
「さくしゃ、こちょう?」
「イヤァアァァァ」
 シノビも真っ青な俊敏な動きで現れ、ゴミを奪い取る胡蝶。
「ど、ど、どこから!?」
「見た!? 見たの!?」
 まるで『殺さねばなるまい』的な目つきをしている胡蝶に「いえ、表紙だけ」と伝えると、ほっとした顔で持ち去った。

 冊子関係のゴミ山で自分のゴミを探していた御樹は、ウェンカーのゴミを発見した。
 紙袋が破れている。そこには黒檀とも言うべき料理の残骸らしきものと、謎の液体が詰まったガラス瓶に加えて、数冊の本があった。
「ふむ、題名は……ご家庭で出来る楽しい呪術?」
 一瞬、思考が停止した。
 ここで御樹は意識をフル回転させる。
 相手は魔術師、魔術師だ、きっと基礎的な魔術の書物に違いない。と考えて、もう一冊に目を向ける。そこには『DBL第十七版』と書かれた黒革の分厚い手帳があった。
 ……なんとなく見ないほうがいい気がする。
「し、しまったほうがいいですよね。知られたくないはずです……は!」
 つる、と生ゴミの滑りで手帳が落ちた。
 床に落ちた手帳が、パカ、とあいた。
 そのたった1ページを読んでしまった御樹は滝のような汗を流し「これは不可抗力です。これは不可抗力です」と念仏のように繰り返すと、近くから全く同じ紙袋を見つけ出し、中身をぶちまけ、ウェンカーのゴミをそっくりそのまま詰め直し、針金で巻いてウェンカーのタグをつけた。
 そしてゴミの山に戻す。僅か30秒の早業だ。
 刹那、完全武装のウェンカーが現れた。
「まぁ、御樹さん。ゴミは見つかりました?」
「いえ全く! こんなゴミの山から見つけ出すのは大変でして……はて? そこのタグ、フィーナさんのお名前じゃないですか」
「本当ですね。未開封で見つかってよかった……御樹さんも頑張ってくださいね」
 動揺を押し殺しながらも、ウェンカーを見送る。
 見えなくなってから床に膝をついて崩れた。
 恐るべき手帳の『DBL』――それ即ち『どさくさにまぎれてぶち殺すリスト』であった。見覚えのある開拓者名と共に記された処刑方法を、御樹は記憶の泉から葬り去った。

「ううう、みつかんない。元はといえばくぅちゃんがあんな……あいた!」
 柚乃は落下してきた巻物を覗き込んだ。こぼれ落ちてきたらしい。
「誰のゴミかな。中見ればどの袋に戻せばいいか分かるよね。
 ……ああ、せめて、
 あなたの心を動かす鍵があったなら、
 あなたの魂に熱をもたらす魔法があったなら……? 詩?」
「やめて、見ないで見ないでぇぇぇ!」
 刹那、風の鎌が巻物を切り裂いた。
 涙目で顔を真っ赤にしたフェイユが、仁王立ちで立っていた。
 呆然とした柚乃は「ご、ごめん?」と謝罪しつつ、何故か二人で理想の恋話を始めた。
 二人共、恋に恋するお年頃だったからである。

 ところでピサレットは「これじゃなーい!」と叫びながら、片っ端からゴミをぶちまけていく。
『うー、髪とかどうでもいいけど、アレが……汚れたパンツだけは恥ずかしい!』
「早く見つけないと……なんだろ、このゴミ」
 御樹のゴミを拾ったピサレットが目を凝らす。
「えー、なになに求婚大作せ……」
 刹那、ごおおお、と猛吹雪が屋内に発生した。
 ピサレットに向かって放たれた氷龍により、視界は白く包まれ、少女の体は遠慮なく凍りついた。これが鍛え抜かれた開拓者だから無事なのであって、良識ある開拓者諸君は真似をしてはいけない。
「読んではいけません!」
 御樹は吹雪の中から接近してゴミを奪取すると、台所に向かって走り去る。
 その頃、雪切は自分のゴミを発見していた。大量の巻物には果たして何が書かれているのだろう。


 太陽は空の真上に登っていた。
「皆さん、おまたせしました〜」
 間延びした声を発したのは、姿のなかった斑鳩だった。
 ゴミを運搬する百合会を発見した斑鳩は……まず魂を原初の無へと還すといわれる楽曲を奏で、百合会を瀕死に陥れた。そして引きずってきた。
 ちなみに外傷はないが駆け出しの志士でも絶命寸前に陥る為、良識ある開拓者は真似をしてはいけない。
 問答無用での捕獲を考えていた雪切が我に返り、荒縄で百合会を縛り上げる。
「さてゴミが見つかってない人たちいます?」
「います」
 そこへ台所の竈に火種で点火し、延々と焼却を続けていた礼野がやってきて、男達の怪我を元通りに修復する。真水をぶっかけて頬を叩いた。
「ふふふ、気がつきました? 虫の息だったのを呼び戻してあげたんです。私って優秀な巫女ですから。大丈夫です、死ぬ手前になったら、何度でも恋慈手で回復させますから。まずはゴミの場所、次に販売したものがあったら販売先を全て吐いて下さいね。沈黙はやめたほうがいいですよ? 何回ほど地獄を見るでしょうか? ふふふ」
 幼い顔に、魔物の影が見えた。
 大凡の場所を聞き出す。
 例えば斑鳩のゴミの中には大量の髪の毛と古い衣類、そして体重推移を記した帳面があった。斑鳩は「秘密を見られる訳にはいかないですからね!」と言って、柚乃に灰化を頼む。礼野のゴミは髪の毛や埃より、野菜の皮や魚の臓物などが大半を占めた。ピサレットは名前の書かれたカビだらけな下着の数々に油をぶちまけて竈の炎に叩き込んで燃やしていた。

 なかなか自分のゴミを見つけられなかった者も、恙無く奪還を終えた。
 残るは大掃除と百合会の処遇だ。

「辱めの報いは受けてもらうぞ!」
 と叫ぶ宮坂の隣で、胡蝶は鞭を持ち出すと『ピシャァァァン』と派手な音を鳴らした。
「私が『人間には攻撃術を使わない』という誓約を立てていることに感謝するのね!」
 攻撃術を使わないが、術以外は使う気満々だ。
 更にウェンカーが畳み掛けた。
「平和主義者の私としては大変遺憾ではありますが、貴方達の行いはつまり万死に値しますね。志体持ちならば遠慮は無用。ベテラン巫女もいらっしゃるようですし、死なない程度に全力で、骨の髄まで痺れさせて差し上げましょう」
 志体を呪い憎める処罰が待っている気がした。
「でもねー、あたしたちが本気出すと即死させちゃうんだよねー」
 ここに集っている半数は、相当な実力者でありピサレットも例外ではない。
「参考までに。斑鳩さん、どの術つかった?」
「弱体化に、ですか? 魂よ原初に還れ、ですね」
「ふーん、じゃあ痛みはわかるんだ?」
 ピサレットは「死にかけたでしょ」と囁きかける。
「あたしが彼女の術をやると……140連発くらいは連射できるけど、喰らってみる?」
「イヤァアァアアァアアァ! サーセンデシタアァァァアアァア!」
 まだ叫ぶ元気はあるらしい。
 志藤は「良いですか」と心して聞くよう語りかける。
「私は身も心も既に隅々まで、夫に捧げているのですから……他の相手の入る余地など微塵もありませんっ!」
 冷静に話しかけるつもりが、語尾が荒くなっていく。表情から、すっと興奮が消えた。
「人の私生活切り売りを画策したのです、覚悟はよろしいですね……?」
 ぎらりと刃物を抜いた。
 志藤は、百合会の頭髪を根こそぎ落とす。
 削いだ頭髪を「頂戴」と可憐な声で囁いたのはフェイユだ。
 そんな汚らしいものをどうするのだ、と言わんばかりに皆が見守る中、笑顔の愛らしい少女は「目には目を、です。少し待っててくださいね」と言い残して台所に消えた。
「では皆さんの顔の原型が無くなる前に、少し時間をください」
 雪切が百合会の似顔絵を書き出した。
 ウェンカーが首をかしげる。
「そんな汚い顔を書いてどうするんですか?」
 顔の皺からニキビのあとまでそっくりの不気味な絵の下には、きちんと名前まで入っていた。
 爽やかな笑顔の雪切は微笑む。
「それはもちろん。木版削って、大量に刷って、性癖を捏造した彼らの手配書をばら撒くに決まってるじゃありませんか! ですからね、天儀のダニめ……死ぬがいいッ!」
 社会的抹殺。
 普段静かな人を怒らせると怖い、とはよく言ったものである。
「終わりました。さ、みなさん。遠慮なくどうぞ」
「そうですね、ではお言葉に甘えて」
 伊波は炎龍を振り返る。
「……カルバトス、この木偶人形で少し鍛錬でもしましょうか」
 炎龍はお遊び感覚でべちこんべちこんと尻尾でビンタを繰り返す。
 柚乃は提灯南瓜クトゥルーに微笑みかけて百合会の方を指差すと「くぅちゃん、好きにしていいですよ〜」と言ったっきり、知らん顔を決め込んだ。
 1時間後。
 幾度も回復させられてボロボロの百合会の所へ、フェイユが戻って来た。
 焼いて細かくした髪の毛を、たっぷり練りこんだ……恐るべき呪術チョコレートを持って。
 チョコ鍋は煮立ってる。
「ふふふ、これが欲しかったんでしょ。遠慮しなくていいの。私が本気を込めて練り上げた、あなたたちの髪の毛たっぷりの熱々なチョコレートよ。きっと恋のおまじないに効くわ」
 はい、あーん。
 と食べさせる冷徹なサービス付き。
「イヤアアァァァ、アヂァアアァッァァアァァァア!」
 差し出されたオタマは、遠慮なく百合会の口に突っ込まれる。
 拷問も顔負けの有様に、見守る男たちは『ゾッ』と背筋に冷たいものを感じた。焼け爛れても、誰かさんが回復するので全く問題はないが、良い子は真似をしてはいけない。
「リト、何故そこまで」
 からくりローレルの言葉に我に返ったフェイユは「ち、ちがうのよ。これは古典に従ったバツの与え方で」と慌てて言い繕う。どんな古典だろう。からくりは少し考えて、主人の肩を叩く。
「リト、気落ちするな。俺は気にしない」
「ローレル!」
 主人の恐るべき仕打ちに理解を示す、男前なからくり。二人の未来が少しばかり心配だ。
 更に志藤は『ご自由にお持ちください』の張り紙を貼った木箱に、百合会の私物を叩き込んで路上においた。
 むごい。
「さて残るは屋敷の……ああ篝、勝手になんてことを――」
 轟龍の篝が吐く炎で轟々と萌える屋敷を見て、全く止める気配のない飼い主。
 胡蝶も火炎獣で焼却の手伝いを行う。
 燃え落ちていくゴミ屋敷を柚乃や礼野がせっせと掃き掃除をしていく。


 翌日。
 心身共に燃え尽きた身動き一つしない廃人化した百合会は、御樹の手でしかるべき場所へ突き出され、檻の中に入ったそうな。