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■オープニング本文 【このシナリオは玄武寮の所属寮生専用シナリオです】 此処は五行の首都、結陣。 五行の陰陽四寮ではこの時期、進級試験と編入試験が行われる。 陰陽四寮は国営の教育施設である。陰陽四寮出身の陰陽師で名を馳せた者はかなり多い。 かの五行王の架茂 天禅(iz0021)も陰陽四寮の出身である。 一方で厳しい規律と入寮試験、高額な学費などから、通える者は限られていた。 寮は四つ。 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。朱雀寮。 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。 金行を司る、四神が白虎を奉る寮。白虎寮。 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。 そして玄武寮の寮長こと蘆屋 東雲(iz0218)は『各寮の調整』に大忙しだった。 副寮長の狩野 柚子平(iz0216)は相変わらず多忙で不在だ。人妖樹里やイサナが、寮長を手伝っていた。 +++ 普段の講義に顔を出した全寮生たちの元へ、寮長が顔を出した。 「ええ、と。転寮生含めて、試練の門に挑みたいという三年生の方は、こちらの用紙を受け取ってくださいね。後ほど現場まで案内します」 陰陽師達が己の実力を試すために挑む門の一つだ。 「進級の時と同じく、内部には特定の性質を持った中級アヤカシのみが一定数配備されています。いかなる武器防具の携帯、及び、回復道具の所持を認めます。ただし、必ず一つ陰陽術を備えていくこと。自立相棒は同伴しても結構ですよ」 寮長は更に別の紙を取り出した。 「それは」 「術開発の資料なんですが、その前に少し知らせることがありまして」 現在卒業論文の為にひとつの問題を研究している三年生が圧倒的に多いが、玄武寮は研究を好む者が多いという側面もあり、新たなる術の開発に意欲を注ぎたいと考える者もいた。 しかし術開発には幾つかの規定や問題があり、資材を手配するにも時間が必要で、さらに国の開発許可を取り付けるのが難しい。 「え、開発できないとか」 「いえ、できます。その許可と瘴封宝珠などの資材手配は済んだのですが……朱雀寮から連絡が入りましてね」 「朱雀寮?」 陰陽寮は施設が明確に区切られている為、普段はあまり他寮の情報は入ってこない。 「実は皆さんより先輩の……転寮生の同期の方々ですね。そちらの皆さんが新たに開発した術、これが国の承認を通って、現在一般化に向けて調整中なんだそうです。開拓者向けの公開も、時間の問題かと思いますので先にお知らせしようかと」 新たに実用化される術。 とくれば似たような術を開発するのは時間の無駄になる。 研究の重複を避ける為に、寮長同士で連絡を取り合ってきたらしい。 「ざっと簡単に説明しますと…… まず第一に『雷獣符(仮称)』という術ですね。 雷閃の上位版で、一直線上広範囲のアヤカシを焼くものです。 第二に『解毒符(仮称)』という術は、名称から術の効力に関しては想像がつくと思いますが、毒を癒す治療系の術ですね。 第三が『瘴気吸収(仮称)』という術で、こちらは瘴気を活用し、何らかの威力を一時的に大幅活性化するものです。所謂、強化系……みたいですね。 私も直接は目にしていないので、具体的な内容は申し上げにくいのですが……」 なんにせよ。 寮生の手で生み出された術が基準に達すれば一般化されていく。 それは事実だ。 「割り当て資材は限られていますから、今一度、希望者は要相談ですね。 皆さんが今実施している卒業論文は単体で評価されますが、術開発を行い、もしも一般化にこぎつけるだけの術を開発できれば、一端の研究者には違いありません。こちらは卒業への加点評価だけではないので……そうですね。詳しくは秘密ですが、実現できそうな術の開発はやっておいて損がない、ってことだけお知らせしておきましょうか」 俄かに部屋の中が活気づいた。 +++ ■試練の門<翠の門>同伴保護官:蘆屋東雲 ※1マス幅5M高さ5M ■:壁 ◆:5Mの円柱 沼:深さ1メートル50センチの沼 ○:垂直に太陽光が差し込む地点(スポットライト型/脱出不能) ★:アイテム ☆:海月姫1体(同地点スポットライト有り) ■■■■■■■■ ■■□□○□★■ ■□□◆沼◆□■ ■□○沼☆沼○■ ■□□◆沼◆□■ ■□□□○□□■ ■翠門■■■■■ |
■参加者一覧
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰
常磐(ib3792)
12歳・男・陰
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
十河 緋雨(ib6688)
24歳・女・陰
リオーレ・アズィーズ(ib7038)
22歳・女・陰 |
■リプレイ本文 まず緋那岐(ib5664)が翠の門に挑む為、同伴者の蘆屋 東雲(iz0218)が寮を開けることになった。 「夕方には戻りますから。留守はお願いしますね」 「いってらっしゃい」 「どーぞ、ごゆっくり。ふぃ〜久しぶりに陰陽寮ですね〜」 研究室にこもる前に除雪を、と十河 緋雨(ib6688)はアーマー火竜を組立て始めた。 一方、翠の門へ出かける寮長たちを見送った常磐(ib3792)は、台所で野菜のスープを作ると、食堂のお姉さん方に預けた。 「――これ、帰って来てお腹が減ってるヤツが居たら渡してやって貰って良いか? 余るなら、お姉さんたちも飲んで貰えると助かる。じゃあ、俺は卒論があるから」 図書室へ行き、粘泥と幽霊系の資料を探す。 「凍ってた、って事は泥でも水分って事だよな……今度、雷閃使ってみるか。それにしても卒論な……もう3年だもんな。術開発とか……皆、すごいよな」 深いため息が溢れる。 アヤカシの資料が見たくて寮生になった事を考えると、なんとも複雑な思いが浮かぶ。寮長との相談を思い出して、精霊が変質してアヤカシになったのでは……という仮説を捨てる事を検討し始めていた。見込みのない研究はやめるに限る。 「最近、色々考えすぎて頭が……休憩するか。生成姫のことも調べたかったんだけどな」 滅んだ大アヤカシ生成姫。 消滅したとはいえ、研究材料としては事欠かない存在である。 現物が消えた今となっては、生成姫を詳しく知るのは玄武寮の副寮長だけと言えた。 「でも副寮長って、本当に食えないっていうか……苦手なんだよな」 父親と一番上の兄貴を足した感じがする、と常磐が脳裏に顔を並べる。 「うーん、寮長より副寮長に聞いた方がいいのか」 「私が何か」 常磐が「わっ」声を上げた。 多忙で仕事を寮長に丸投げする副寮長が、珍しく陰陽寮にいた。 寒い廊下で立ち話もなんだからと、近くの仮眠室に入って、小さな机を挟む。 「それで、なにか伺いたい話でも?」 「色々……そうだな。副寮長は、居ると思い、ますか? 無傷で人を殺すアヤカシが」 「無傷?」 副寮長は怪訝な顔をした。 言葉通りにとれば、負傷経験のないアヤカシなど数えるのも馬鹿らしいほど存在するだろう。 けれど俯いたままの常磐は、ぽつぽつと言葉を続ける。 「俺は居たとしても……殲滅されてるなら、良いんだ。そしたら、姉貴は踏ん切りがつくだろうし……無茶もしなくなると思ってる」 「残念ながら……アヤカシは星の数ほど存在します。今話しているこの瞬間にも、魔の森で結晶化した新しいアヤカシが生まれ、程度の差こそあれ人を襲う。それが何百年も繰り返されてきた摂理というもの。ですが、それを変える為に大勢が力を尽くしています」 仮眠室には静寂が広がっていく。 その頃、翠の門の前にたった緋那岐は、又鬼犬疾風とともに薄暗い門を見ていた。 『泣いても笑ってもこれが最後か……再試』 考えることは多かった。指定物の入手、保護対象の動向、中にいるアヤカシは一体とは言え中級で、真に相手をすれば練力が尽きる。瘴気回収も、おそらく間に合わないだろう。 特に魔の森であったなら。 「前回はこの辺を考えてなかったんだよな……うし、行くか」 そして手鏡を寮長に渡す。 「鏡、ですか?」 「役立つか効果あるかはわかんねぇけどな。気休めのお守りに。光を反射できればいいと思ってる。よろしくお願いします」 「ええ、参りましょう。お先へどうぞ」 一歩、門の中に入ると、視界が色のある世界から闇へ転じる。 けれど薄明かりが中を飛んでいたし、大きな空洞の中央には、4本の柱と沼地があった。 左手を壁にぴったりとあて、前に進む。 夜光虫はアヤカシの注意を引くために、極力自分から放してふわふわと飛ばせた。 『……こちら側から、攻撃を仕掛ける必要はない』 緋那岐が壁伝いに奥へ進むと、柱の間から悩ましげな美女の背中が見えた。 見ている分には、水浴びをしている女性に見えなくもない。 しかし柱の間にあるのは池ではなく沼であることが、天井から差し込む光の加減で分かる。 ううぅぅぅ、と又鬼犬疾風の唸り声が反響する。 怪異の女が振り向いた。 滴る髪、切れ長の瞳、ふっくらと唇に、整った面立ち。スラリと伸びた上半身と豊満な肢体は、男を誘惑するだけの魅力があった。しかし最初からアヤカシだと分かっているだけに、ぽーっと見惚れるようなことはない。 背筋にゾッと寒気が走っただけだ。 『もう少し、もう少し』 緋那岐が柱の構造と美女の様子を闇の中から観察する。 幸いにも、緋那岐の抵抗力は高く、中級アヤカシ水母姫には惑わされなかった。 「今だ!」 氷龍を放った後、柱の間を結界呪符の連続構築で塞ぐ。べちべちと叩かれる壁。そして寮長の元に夜光虫を残して、緋那岐は走った。素早く角に置き去りになっている小石をひっつかむと、身を翻して寮長の手を引き、脱出を試みる。 「疾風! こい!」 ワン、という一声と共に犬も走る。 別方向から襲おうとする水母姫に「もういっちょ」と叫んで、防壁を構築し、門の外へと逃れた。 「ふー」 緋那岐の手のひらには玄武石「犠牲ノ血」が輝いていた。 冬だからか日差しはすぐに傾いていく。 玄武寮では複数の生徒が居残って、術開発の申請書を仕上げていた、何事も書類が先にくる、というのが公の援助を必要とする研究者の切ない一面である。とはいえ規定の書式に則っているのは、将来を見越しての練習と言えた。 研究室から窓の外の雪を眺めながら、ゼタル・マグスレード(ia9253)はふいに思った。 同じ寮生たちは、どんな思いで開発の提案書に挑んでいるのだろう。 名のあるアヤカシが続々と討ち取られている。けれど天儀の異変は謙虚になり、大アヤカシ達の残した謎の言葉の真実は、未だに明らかではない。人の世がある限り、争いがなくなる事もないだろう、とも。 「……護身の為、己の信じるものを貫く為、理由は其々であってよいはずだ。僕の試みもいつか実を結び、後世に事を成す誰かの一助となれるだろうか」 そう願わずにはいられない。 「……青嵐君達の様子も見に行ってみるか。気分転換に」 順調か気になる。 「差し入れが必要だな。体に良い薬草を沢山摩り下ろして作った温かいスープがいいか」 悲劇を呼ぶ足音が研究室を出て、台所に向かっていく。 研究室に籠っていた御樹青嵐(ia1669)は、ぐっと背伸びをした。明日の発表に向けた書類は大凡まとまったが、配布資料の作成と申請書の清書が残っていた。一旦、厠へ行こうと廊下を出ると、数ある研究室は煌々と光が灯り、同級生のうめき声が聞こえてくる。 「卒論で忙しい時期に重なってますからね……差し入れの夜食は引き受けるとしましょう」 キシキシ、と冷たい廊下を歩いていく。 「そもそも私が差し入れを作らねば、とんでもない薬草青汁などを用意されそうです」 よくわかっていた。しかし手遅れだった。 同じく研究室に籠っていた八嶋 双伍(ia2195)は、己の卒業論文と術開発提案の板挟みになっていた。 「論文の山は……心が折れます。気分転換がしたくなりますねぇ」 眼鏡を外して眠い双眸をこすると、机に上半身を預ける。墨の香りがする和紙。嗅ぎなれた状況なのに気が重い。学業とはかくも過酷なものなのか、と自問自答したところで白紙の書類は一向に減らない。未読の書物に目が止まる。 「ああ、術開発の手引きがまだ……面白そうですね。いっそ、そっちから資料を書き上げましょうか。ちょうど考えていた術がありますから、やれるかどうか試して……」 急に背後から、ぶわっと冷風が吹き込んで毛布を羽織った。 「失礼。差し入れです」 現れた御樹がお膳を差し出すと「ご丁寧にどうも。頂きます」とお盆を受け取った。 寿々丸(ib3788)もまた考えにふけっていた。 「ぬぬぅ……術開発でするか。大勢にむけた発表資料作りは大変でございまするな」 術開発の企画書締切と発表が明日ときいて、寿々丸は翠の門への挑戦を断念した。 「さぁて、何ができるか見物だねぇ?」 楽しそうな人妖嘉珱丸が恨めしい。 「ぬ、少しわからぬ記述がありまするな。寮長に相談しに行ってきまする」 寒いから待ってると言って毛布にくるまった人妖を残し、寿々丸は廊下へ出た。寮長室へ向かう途中、副寮長と出てきた常磐とばったり出くわす。 「常盤殿」 「寿々は……明日の発表の支度か?」 「その、再試も気になりまするが……寿々は、やはり新しい術が気になりまする故。少し寮長のご意見をと。違う観点から何か見えてくるやも知れませぬし」 「……そうか」 「常磐殿は論文でするかな? ……頑張ってくだされ。……寿々も、頑張りまするよ」 にこ、と笑いかけて横をすり抜けた。 そして運命の朝が来た。 「これより術開発の企画書を皆さんに紹介してもらいます。呼ばれたら前へ」 まず。 リーゼロッテ・ヴェルトが提案した術開発の企画書は【陰陽回帰(仮)】と記さていた。内容を聞くと、瘴気回収による練力補充や、朱雀寮で開発された新術こと瘴気吸収による術者強化を追求し、瘴気を素早く回復術に変換できないか、という内容だった。 「既に治癒符による負傷の緊急手当て、さっき言った術式による自己強化が実現できているなら、アヤカシの瘴気散布とか……瘴気に分解できる攻撃術を肉体回復に転化できれば、と思ってる」 人の研究成果を当てにするのは、少し気がのらないけれど……と、ヴェルトは肩をすくめた。 マグスレードの発表になり、からくり蓬莱が資料を配っていく。 紙面には【金剛呪符(仮)】と墨書きされていた。 「近年、結界呪符すら破るアヤカシの報告が相次いでいる。そこで僕が提案する研究は、結界呪符の強度を上げる術式の開発だ」 陰陽師の術は、主に瘴気を繰るもの、式として使役するものが圧倒的だが、結界呪符は異質な部類に入る。所構わず大地から生えさせ、術者の任意で解除が可能だ。 「構築後、瘴気を集めて補強する方法。全く違う術式で今の結界呪符より強度の高い壁を生み出すなど、幾つかの方向性は考えている。ただ並の術者でも扱えるよう、練力への不可は軽く抑えたい。強度の追求と術者への負荷が目下の課題だ」 淡々と告げて発表を終えた。 「次は青嵐だぞ。大丈夫か」 「ええ、まあ」 御樹は昨夜、スープと名付けられた物体……マグスレード特製の薬草青汁を飲まされていた。 『なに、遠慮はいらん。研究に没頭するあまり、体を壊してはいけないからな』 キラー、と輝く善意の笑顔を断れる猛者は少ない。 「ごほん……今回の議題は、人魂の上位術についてです」 青い顔の御樹は徹夜で纏めた資料を、寮長含めて皆に配る。 「ご存知、現状の人魂は複数の式を出現させても同時維持ができません。そこをなんとか改良し、式の同時維持、全視界の切り替えによる共有などを研究したいと考えています」 その提案は【複目符(仮)】と題された。 複数の式と同調することで、観察域を広範囲へ拡大し、陰陽師の死角を減らす術だ。 問題点として複数の式神の構築と同時維持、術の負荷の程度、視覚のみに特化した式神の試験、術者に流れ込む情報を如何に処理し、共有していくか……等の話が続いた。 「ほぼ術に専念することにはなりますが、術の開発は大変に興味深いもの。研究者同士、お互いに助言しながら進めていけたら、と考えています」 発表を締めくくると、人妖緋嵐が片付けに入った。 四人目の番になった。 「もしも開発できるなら……既存とは違う、毒の性質を持つ術を開発したいと思います」 八嶋の眼鏡が危険な輝きを帯びた……気がした。 「アヤカシにとって毒となる術は既に幾つかありますが、より強力に、致命的になるような毒を付与する術式の考案を提案します。破壊力を求めるか、行動阻害の能力を求めるかで迷いますが……この辺はまだ、先人の資料を確認しきっていないので相談次第で」 八嶋の書類には【侵蝕符(仮)】と記されていた。 異質な瘴気を打ち込み、内部より侵蝕、或いは飽和させることで、対象を破壊もしくは行動に制限を与えるという方針を打ち上げ、研究に使われる瘴欠片の術を参考に、その性質変化から目標術式への推論を模索したいと述べていく。 「従いまして、術の似たような性質面を研究開発する方がいらっしゃれば、協力をお願いするかもしれません。以上で発表を終了いたします。ご静聴ありがとうございました」 八嶋はお辞儀をして席に戻った。 五番目の発表者は寿々丸だ。 「寿々は……魔の森での研究をしていて、アヤカシを倒す為ではなく、捕まえる為に弱らせる術が欲しいと思いましたぞ。それゆえに研究したい術式でございまする」 もたもたと配った資料には【瘴気の檻(仮)】と描かれていた。 アヤカシにも効果を発揮する、瘴気の霧の術に言及しつつ、征暗の隠形の術式についての可能性や瘴気集約の拡大解釈を述べながら、2つの術式からアヤカシを閉じ込めて弱らせる檻のような術を開発したいという内容だった。 「欲を言えば、結界呪符のような強度が欲しいところでございまするが……そこまでたどり着けるかどうか。こういう術を欲しがるのは陰陽師だけかもしれませぬが、研究が可能ならもう少し様々な可能性も見えると思いまする」 ぺこん、と頭を下げて台からおりた。 十河の番になった。配布資料には【瘴気測定または瘴気計測(仮)】と記されている。 「実は玄武寮の資料とか、色々調べてみたんですけど……今のところ、陰陽師は瘴気を構築する事や集めることには専門分野なんですが、詳しい瘴気を感知したり、瘴気濃度を推し量る事について無頓着といいますか、道具に頼る事が多い気がしたので……その辺りを補える術があればいいなぁって思いましたよ」 瘴気を集めたり、道具に充填したりする幾つかの例をあげ、瘴欠片の符術など符に瘴気を集約できる技術を応用して、今よりも手軽な測量と最終的にはより瘴気の濃い方向を方角を示すような探査能力の付与についても語った。 「目盛とか、色の変化が付けられたら、他の人にも分かりやすそうだなぁって思いました。この辺は符術に詳しい、桂銅先生にもご意見伺いたいですね。おわりです〜」 十河が颯爽と席に戻っていく。 「私が開発したいのは『愛慕』です! もふもふとしてクセになる手触りも再現!」 双眸を輝かせたリオーレ・アズィーズ(ib7038)の資料には【愛慕】という二文字がくっきり記されていた。 「部屋篭りの友、研究生活に潤いを……そんなアナタに愛慕をぜひ! ……こほん、極端な話をしますと、愛玩用の小動物作成の術の開発ですね。自分の想像のままに作り上げた小動物に、温厚な知性や性格を付与し、時間を気にせず戯れる術です。人魂は消えてしまうので、第一課題は触れる強度の付与から。最難関は知性でしょうか。共有感覚の喪失はやむを得ないでしょうが、具現化時間は引き伸ばしたいところです。また奇異の目で見られる事の多い陰陽師ですが、可愛いだけの術があれば子供の遊び相手にもなり、世間の見る目も変わってくるのではないかなー、と」 普通に動物を飼えばいいのでは、とか、人妖が最終形態な部分が無きにしも非ず、的なツッコミには「研究に忙しい研究者は、世話が滞りがちになります。飢えられるのはツライです」というアズィーズの真顔の返事か返された。 かくして本気なのか冗談なのか紙一重の術案も含めて、玄武寮の術開発に向けたプレゼンテーションは終了した。寮生たちの企画書を持った寮長が立ち上がる。 「皆さんの希望は分かりました。これから会議がありますので、上に打診してみましょう」 寮生たちは首をかしげた。 「全部やるんじゃないんですか? というか寮長が許可を出すのでは」 「残念ながら、私の一存では決められないのですよ。何分、限られた資材を使いますから。開発研究に有益である事や、開発過程で危険がないか、過去の術式から実現の見込みが得られないことには……実施が難しいのです。寮長として後押しはしますけれどね」 果たして術開発は始まるのだろうか。 不安と期待を抱えながら、緊張気味な一日が過ぎていく。 |