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■オープニング本文 ここは五行東方、白螺鈿。 五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。 今は急成長を遂げたとはいえ、元々娯楽が少ない田舎の町だったこの地域では、苦痛なだけの除雪を楽しいものに変えようと考え、いつしか名物の『雪若投げ』と合わせてお祭り騒ぎへと変化していった。 大雪の季節になると除雪した雪を使って、沢山の雪像が会場に作られていく。花、人、建築物、怪物など。その多種多様な造形美は人々を楽しませる。 やがて賑やかな『雪神祭』にも習慣のようなものが生まれた。 それは、 『参加者は小さな雪だるまを作り、会場に奉納していく』 ことだ。 大人も子供も、握りこぶし二つ分ほどの雪だるまをつくって舞台に並べていく。 二つとして同じものは作られることがない。 その心温まる幻想的な景色は地元民や観光客にも愛されていた。 そして今年の1月も雪神祭が開かれる。 + + + ギルドの受付が慌てた様子で人を呼び集めている。 話を聞いていると、どうやら祭の為に送った警備の人達が、除雪で腰を痛めたらしい。積雪量は既に1メートルを突破しており、益々積もる傾向があるという。 流石は冬。 しかし大雪も地方の人間には日常茶飯事。 立ち並ぶ雪像を一目見ようと、沢山の人間が行き交っている。 祭が恙なく進むように警備の仕事をしてくれれば、担当時間外は好き放題に遊んでいていいと言う。 「雪像も楽しそうだけど『今年も雪若を開拓者から!』ってなにこれ」 「実は2年連続で開拓者が地方の福男になってまして、地主さんからくる依頼料金も多少多めになってるんですよ。ギルドも収入がないとやってけませんからね! 今年も依頼料をがっぽがっぽ!」 「ちゃっかりしてんのな」 雪若投げは、所謂『福男探し』である。 毎年豪雪となるこの一帯では、会場に大屋敷並の高さまで雪を盛って坂を造り、その上から半裸になった『未婚の男』を投げ飛ばして、何処まで転がれるかを競う。 大抵は雪まみれになり、時に風邪をひくが、最も遠くまで転がった者が、その年の『雪若』要するに福男として扱われる。 尚、雪若がもたらす福は、その周囲に限定される為、本人に福が来る保証は無いらしい。 「選ばれると『雪若様』と呼ばれてひっぱりだこなんだそうですよ。男女問わずモテモテで。あと……どうも眉唾だけじゃないっぽいんですよね」 「は? よくわからんけど他には」 「雪若の会場の周囲では食べ物屋さんも揃いますし、夜は巨大かまくらが宴会場に」 「それはいいね!」 こうして急いで雪神祭へ出かけることになった。 |
■参加者一覧 / 鈴梅雛(ia0116) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 輝血(ia5431) / 菊池 志郎(ia5584) / ニノン(ia9578) / イリア・サヴィン(ib0130) / 久遠院 雪夜(ib0212) / リスティア・サヴィン(ib0242) / ハッド(ib0295) / ワイズ・ナルター(ib0991) / レビィ・JS(ib2821) / 蒔司(ib3233) / ウルシュテッド(ib5445) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 蓮 蒼馬(ib5707) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 星杜 焔(ib9011) / 鍔樹(ib9058) / 呂宇子(ib9059) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / ジャミール・ライル(ic0451) / 庵治 秀影(ic0738) / 綺月 緋影(ic1073) / 星杜 藤花(ic1296) / 雪柳(ic1318) / 三郷 幸久(ic1442) |
■リプレイ本文 ●昨年の福男「雪若」は何処 五行東方、白螺鈿。 雪神祭で次代の雪若誕生を見届けるべくやってきた鍔樹(ib9058)を待っていたのは人々の群れ。鍔樹は血走った目の人々から視線をそらすと、太陽を見上げた。 「……交代するその瞬間まで、福男は福男っつーことかね」 「わーお、ホントにモテモテなのねえ、雪若って」 一緒に祭に来た呂宇子(ib9059)が隣を見上げた。 白螺鈿の人々は、福男「雪若」が幸福をもたらしてくれると信じている。 雪若が街を歩けば、かなりの高確率で襲撃される。老人も若者も関係ない。白螺鈿の人々の注目を集めるという意味では、地主以上の影響力だ。雪若が足を運ぶ店では品物がよく売れるし、商売に携わる人々はこぞって雪若を宣伝に活用しようとする。 ただし過去二年間連続で開拓者が選ばれてしまったので、常時、雪若が白螺鈿にいるとは限らない。その為、人々は殺気立ってお近づきになろうとするのだ。 雪若に触れて、願いをすると、願いが叶う。 簡単なおとぎ話だ。 「呂宇子すまねえ、ちょっくら走り回ってくるンで、後で合流しようや。場所はさっき話した場所だ。さて……妥協はナシだ、逃げるぜオラァァァァ!」 鍔樹が走り出す。人々が追う。 呂宇子は遠慮なく笑った。 「雪若って、逃げるのが通例なのかしらねー。鍔樹〜、たまには止まって好きにされてもいいんじゃないの?」 「ひとごとだと思って、イイ笑顔しやがってこんちくしょーっ」 恨みがましい声だけが耳に届いた。 ●新たなる福男「雪若」候補者たち 雪神祭では数多くの出店が列をなしている。 仮設屋台で食事中の綺月 緋影(ic1073)は、雪若の話を聞いて拳を握り締めた。 「俺はやるぜ!」 綺月の脳裏には『モテモテな俺の図』しか浮かんでいなかった。隣で天ぷらそばを食べる蒔司(ib3233)は「じゃあ下で応援して待っとるけぇの。雪若になると女も引く手数多や言うし、キバってきいや」と、くつくつ笑った。 「何だよ、蒔司。雪若投げ参加しねえの?」 「ワシは福男いう柄やないき、えぇわ」 「折角独身なんだしよ、お前も参加しろって」 半裸で雪の坂に飛び込む男達の祭典、ということで衣類を剥ぎ取るべく、オッサンじみた行動を取ろうとした刹那、冷たい視線に昨年の痴態を思い出した。ワキワキさせていた両手を引っ込め「否、俺が悪かった」と顔を背ける。 「……ふむ、周囲に福を齎す雪若候補の為に、ワシが一つ、なんぞ願いを聞いてやろう」 余りにも暗く沈んだ空気は福男候補にあるまじき覇気のなさだ。 綺月はピンと耳を立てて「とりあえず景気づけに熱燗をくれ」と凛々しく強請る。 「酒か? 相変わらずやのう。よっしゃ、景気づけにかけつけ一杯、やな」 熱燗の杯を渡した。 飲んだら申し込みが待っている。 モッテモテになれる。 という情報だけがひとり歩きする中、モテることが半ば生きがいに等しいジャミール・ライル(ic0451)は、珍しくも震える子ウサギのように体を小さくして「あー」とか「うー」とか「むり。さむい」を連呼していた。まるで駄々っ子である。 「だらしねぇなぁ。祭ってぇのは参加してなんぼのもんだろう?」 庵治 秀影(ic0738)は輝く笑顔で、一歩踏み出す。 「ライル君がいかねぇなら、俺が飛んでくるぜぇ! 精一杯応援しろよ!」 紫ノ眼 恋(ic0281)は「秀影殿は流石だな」と笑みをこぼす。 「雪若を目指して頑張ってくるがいいよ。観覧席でまっているから」 ライルが「うーわー」とか謎の呟きとともに見送る中で、紫ノ眼は高く盛られた雪の丘を見上げて『ちょっと投げられてみたかったな』と思った。 耳が心なしか垂れる。 「ジャミール殿も一緒に行けば良かったのにな。雪若とやらは『もてもて』なのだろう?」 「いや。無理だろ」 「何故そこだけ真顔で言うんだ」 「だって! おにーさん、繊細な踊り子だから! 玉のお肌を傷つけるなんてムリだって! こんなにか弱いのに! 断崖絶壁からハダカで飛べるわけないじゃん!」 「単に寒いから、なだけなのでは?」 紫ノ眼たちは漫才よろしく喋りながら席へ向かう。 「じきに雪若投げの参加者を締め切ります」 係員の声を聞いたレビィ・JS(ib2821)はウルグ・シュバルツ(ib5700)の手を引いた。 「ほら、折角だし記念にさ! 今年はやってみよう!」 面食らったシュバルツはといえば「いや、ちょっと待て、俺はそういう柄じゃ……」等と引け腰だったが、相棒の導にまで「主も男ならつべこべ言わずに盛り上げてこんかい」と言われ、受付にずるずる引きずられていった。 同時刻、三人の子供を連れた久遠院 雪夜(ib0212)と蓮 蒼馬(ib5707)、鈴梅雛(ia0116)は雪神祭の会場へ来ていた。聡志と小鳥、杏たちはゴロゴロと奉納の雪玉を作り始める。しかし子供達を見守る久遠院の表情は、暗かった。鈴梅が手を添えて、にこっと微笑む。 「きっと、大丈夫です」 「……だと、いいんだけど」 「そう暗い顔をしていても始まらないぞ。今は、子供たちが楽しめる祭でないとな。やはり子供は元気に遊んでいるのが一番だ」 久遠院はもう一人連れてきたかった。けれど叶わなかった。家で待つ杏の姉を想いつつ、ぷるぷると頭を振って気持ちを切り替える。 来年こそは、家族みんなで祭へ来たい。 「雪夜、ひいな。三人を頼んでいいか? 俺は雪若投げに行ってくる」 「参加するの?」 「ああ」 蓮は、もう雪若にはご利益はないかもしれない、と思った。 けれど、自分が転がる姿を見て子供達が笑ってくれるならそれでいい……そう考え直した。聡志や小鳥は落ち込んでいるかもしれない事が気がかりだったのだ。 鈴梅も雪若のご利益に不安を感じた一人だが、信仰心と福が来ると信じる気持ちが大切だと考え直した。だから「信じていれば、きっと良いことがありますよ」と囁く。 「応援しててくれ」 「勿論です。振り子みたいに、反動をつけて勢い良く投げれば、遠くまで飛ぶと思います」 鈴梅の助言をもらい、迅鷹絶影を預けた蓮が受付に向かう。 子供達の雪だるまを作った後、久遠院は丁寧に雪だるまを箱に収めて奉納した。 「雪神様の加護は要らない、と言ったボクたちがこういったお祈りをするのは自分勝手だと、承知しています。でも、それでも」 言葉を詰まらせた久遠院は、両手を合わせて祈った。 ●雪神祭の雪若投げ 雪神祭といえば『雪若投げ』がひとつの見所である。 雪若は周囲に幸福を齎らす一年限りの現人神で、雪若から福を分けてもらえる、と地元では強く信仰を集めている。 会場には、新しい雪若さまの誕生を待ちわびる、可憐で清楚な女性たちから彫りの深いご老人までが、身を飾って男たちをみていた。 しかし雪若に選ばれるかどうかは、完全に運と言える。 「何故、いる」 半裸に剥かれたシュバルツは、輝く笑顔のレビィに尋ねた。 「ウルグが一番になれるように応援するから!」 会話が微妙に噛み合っていない。 レビィの曇りなき眼が、誰よりも楽しそうだ。 ここで逃げるわけにも行かないと判断したシュバルツは咳払いして覚悟を決めた。 「……分かっている。村の繁栄に寄与するのも開拓者の務」「そーれぇ!」 口上の途中で背中を押されたシュバルツは、空中に投げ出された。 そのまま加速しながら落ちていく。 二番手の蓮蒼馬は群衆を見渡す。 観覧席の片隅から、子供を連れた鈴梅たちが「がんばってくださーい」と叫んでいる。 「俺は自分のした事を後悔していない。だからお前達も前を向け!」 なんだかカッコイイ台詞とともに斜面に飛び込んだ。 ぐぉおぉおぉお、と呻き声なのか叫び声なのかわからない声が響く。 ところで雪若投げが始まると、昨年の雪若である鍔樹は人々の群れから解放された。 のんびり屋台の飯にありつく呂宇子と合流し、坂の上に並ぶ男達に手を振る。 「おおーい! 雪の冷たさがなかなか応えっかもしんねーけど、景気よく、遠くまで! 飛べええええ!」 解放感が鍔樹を包んでいる。 「雪山がいい感じに傾斜してるわよう、頑張って! 風邪も寄せ付けないくらい、遠くまで転がりなさいなー!」 呂宇子も負けじと応援した。 そして童心に返り、両目を輝かせる三郷 幸久(ic1442)が角に立った。 坂を下から見上げると傾斜だが、飛び込む場所から見下ろすと絶壁に等しい。 しかし三郷は挫けない。 「ほどほど遊んで嫁さん見つけて帰るぞ〜!」 どっ、と周囲を笑わせる。 両手を挙げ、脚も背筋もピンと伸ばすと坂へ挑んだ。 「うおぉぉおおぉおおぉ!」 猛烈に冷たい。 だが止まれない。止まったら負ける。葛藤の中で三郷が遠ざかっていく。 投げられる順番を待つラグナ・グラウシード(ib8459)は「今年こそは、今年こそは」と念仏のように唱えていた。 必死過ぎる。 何故自分に春が来ないのか、真剣に悩んでいたグラウシードは、半裸の背中に縛り付けていたぬいぐるみを下ろして係員に預けた。 「頼む。……うさみたん、見ていておくれ! 私の勇姿を!」 遠目からも分かる桃色うさぎは、若い女性陣の間で物議をかもしている。 そして飛ぶ直前、グラウシードの視界に宿敵エルレーン(ib7455)の姿が! 「やーいばーか! ラグナの非モテバーカ!」 子供じみた喧嘩をふっかけ、素早く人ごみに消える。 真っ先に天誅をかましたい誘惑に駆られたグラウシードだが、今はそれどころではない。 「時代よ、私に微笑みかけろおおおおおおおおッ!」 地を蹴る。飛ぶ。 そして。 「ぐぎゃああああ!」 冷たい大地に転がった。 続くハッド(ib0295)は首をゴキゴキ言わせながら仁王立ちになった。 今年で三度目の挑戦である。 数々の雪若を見てきた。 時にひねりをきかせ、時に飛び込み、いざ新たなる世界へ踏み出さん! 「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王である!」 言い切って飛び込んだが、飛び込み台で男たちを投げ飛ばしていたおっさんは「追うである?」と些か勘違いをしていた。 時に言葉は正しく伝わらない。 「次の方どうぞ」 と言われて進み出たのは御樹青嵐(ia1669)だった。 家より高い飛び込み台の下では、人妖緋嵐と人妖文目、そして輝血(ia5431)が御樹の応援をしていた。 「しかし、皆頑張るなぁ。こんなに寒いのに。青嵐も随分と気合入ってる? 福男、ねぇ……雪若になれるのは男だけみたいだけど、なれたら何か幸せなことがあるのかな。どう思う、緋嵐、文目」 「ご利益欲しいです!」 「雪若になったら、ボクもお願い事をしにいきます」 微妙にズレた人妖たちの返事に「まぁ、あたしたちは応援しとこうか」と台を見上げる。 「まっ、頑張れー青嵐ー」 輝血が応援すると、御樹の武者震いは最高潮に達した。 ぎらりと斜面を睨む。 「決意の年なのです! はァァァ!」 長髪を振り乱しながら斜面を転がった御樹は、凍てついた雪の洗礼を受けた。地上に到着すると、真っ赤になった体を隠すように着替えを終えた御樹が、輝血のところへ戻る。 震える御樹に「お疲れ様」と労いの声をかける輝血の双眸が光った。 「決意って何?」 「え、あ、いえ、その……」と何やら歯切れの悪い声を発した後「とても重要なことです」と返事をした。暫く、輝血はじーっと御樹を見ていたが「まぁ言いたくないならいいけど」と背を向けた。 その頃、投げられる男は綺月の番になった。 「おい! 雪神! 俺を選べよ! 後悔はさせねえ!」 猫のようなしなやかな跳躍で飛んだ。 しかし飛べば飛ぶほど、冷たい斜面が待っている。 「ぶ! ぐほ! あばばば!」 全身を叩きつけた綺月が転がり落ちていく。 動きを止めたところで、蒔司が毛布を手に救出に行った。 「一先ずお疲れさんじゃ。雪若に選ばれたら、また祝いの酒でも奢るけんのぅ」 顔面を抑えて蹲る男は、首をなんとか縦にふった。 続く出番は庵治だ。 「くっはっは! 愉快愉快っ!」 若いものには負けんぜ、とでも言いたげに物凄い速さで坂を落ちていった。 「わー、人によって転がり方が全然違うな」 菊池 志郎(ia5584)は、羽妖精の天詩を頭の上に乗せて見物していた。 「しーちゃん、あの人すっごい勢いで転がってったね。はやいはやーい」 頭上の羽妖精は賑やかだが、菊池の顔色は青い。 寒さのせいではない。雪若投げに挑む男達の状態を見て、心臓に悪い。 「いや、あれ本当に危なくないですか? 変な風に転がると……頭や腰を痛めそうで心配だな、というか何人か起き上がれてないですよね」 これは治療に向かうべきか、見守るべきか。 それが問題だ! とマジ顔で心配するものの、羽妖精の天詩は飛び込む男達に夢中である。 「いいなー、みんな楽しそう! うたも一緒にごろんごろんしたいなー、しーちゃん」 「勘弁してください」 本気か、と覗き込む小顔を見上げる。羽妖精の天詩が「ごろんごろんしたーい!」と連呼するので、雪若投げ終了後に遊ぶ約束で手をうった。 出番が来たイリア・サヴィン(ib0130)は緊張で声が出なかった。 極寒の中に半裸で立っているにも関わらず、寒さも余り感じない。坂の真下には『珍しいお祭りね!』と燥いでいた恋人のリスティア・バルテス(ib0242)が、サヴィンの出番を待っていた。 「がんばってー!」 覚悟は決めて来た。 サヴィンは借り物のマントを脱ぎ捨て「ティアァァ!」と叫びだす。 「はいはーい?」 「まっすぐで! 面倒見が良くてしっかり者で! だけど照れ屋で、女の子らしくて! 人の事ばっかり考えて自分の事は後回しにしている! そんな君が好きだァァァ!」 なんだ彼女自慢か、と会場の目が死んだ魚のようになった。 一方のバルテスは状況をイマイチ把握していない。 しかぁし! 「俺は未熟な男で田舎に病気の親も居るし! 仕送りで大した金もない!」 おぃあんちゃん、そこまで暴露しなくても……と気のいいおっさんが横で話しかける。 「だが、この剣……」 スカッ、と手が虚空を凪いだ。 現在、半裸。肝心な時に愛刀を恋人に預けていた。 しくじったー! と内心テンパったが、ここで後に引けない。 「君に預けた、その剣に誓って君を幸せにする! だから……続きを二人きりの時に言わせてくれェェェ!」 穴があったら入りたい恥ずかしさを抱えて斜面に飛び込む。 斜面を転がるというより、斜面に飛び込んで隠れる勢いである。 ●雪若は……君だ! かくして一日中続いた雪若投げは終了した。 沢山の男たちが空に散った。何人か、顔面から叩きつけられて大変なことになっていたが、飛距離の計測が終わってから、司会が声を張り上げる。 「皆様、大変お待たせいたしました。本年の雪若の誕生をお知らせいたします! 本年の雪若に輝いたのは……『庵治秀影』さんです! おめでとうございます!」 わぁ、と観客の歓声と拍手が巻き起こった。 十秒後。 それまで「なぁに大したことはない」と寒さと痛みを痩せ我慢していた庵治は、数百人に及ぶ地元住民が、自分を目指して走ってくるのを見た。 人々が押し寄せてくる! 「雪若さまあああああああああああああああああああああああああああああああ!」 「わたしに! わたしに今年こそ縁談ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」 「商売はんじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」 「きれいになりたいのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」 なんか言ってる。 皆が両手を前につきだし、血走った眼差しで今年の雪若『庵治秀影』に触れようと走ってくる。 雪若は、周囲に福を齎らす福男。 たった一年だけの現人神だ。 あの人数に取り囲まれたら、生きて街を出られない気がした。 新たに選ばれた雪若のもとへ、昨年の雪若こと鍔樹が接近して手を握る。 「次は任せた、頑張れよ」 「え、おい!?」 哀れんでいるのか、解放された喜びに浸っているのか。 色々と判断しづらい応援である。 庵治は全力で逃げ出した。 ●夕日が沈んでも雪神祭は終わらない 雪若になれなかったグラウシードが血眼でエルレーンを探していた頃、エルレーンは屋台で焼き鳥を堪能していた。 「それにしても……雪若って、男だけなんだねぇ。女版はないのかなぁ?」 「雪神様は女神ってのが定説だからねぇ」 ふぅん、と少し残念そうにつくねにかじりついた。 惜しくも雪若の座を逃した御樹と、全く表情は変わらないものの面白くなさそうな顔をした輝血は、雪だるまの奉納に来ていた。ご利益に首を傾げる輝血も、賑やかな人妖達を見て、とりあえず並べてみる。 一方、御樹は機嫌がナナメな雰囲気を感じ取っていた。 「えーと、その、決意の件なんですが」 「あたしに知られたくない重要な事なんでしょ。いいよ別に。無理して聞く気はないから」 「……私にとって重要な事って貴女のことですけどね」 静寂が満ちる。 は、と我に返った御樹が「は、居酒屋の予約が!」と慌てて身を翻す。 「……ねぇ青嵐、ねぇってば。全く。シノビの耳は騙せないよ? まぁいい、しっかり奢ってもらうから。序に問い詰めるから。覚悟しなさいよ」 つい、と袖を引いた。 同じく雪若の座を逃したサヴィンも、バルテスとともに雪だるまの奉納に来ていた。 最も、雪だるまより大事な用事が残っている。 「ティア、さっきの続きを。俺と……結婚してくれないか」 バルテスは瞬きしてサヴィンを見た。 真剣な瞳だ。 「え? い、今、なんて?」 初めて聞いたプロポーズ。大好きな恋人。 けれど『私なんかでいいのかな』という迷いもあった。もしも『冗談だ』と言われたら立ち直れない。だから聞き直した。ちゃんと聞いておきたかった。真実を。 「俺と結婚して欲しい。一生、傍にいてくれ」 はら、と涙が零れた。 真顔だったサヴィンが、ぎょっとバルテスを見る。 オロオロし始めたサヴィンの耳に「……はい」というはっきりとした声が届く。 「一生ついていきます」 雪像の会場では、アーマー人狼改ことてつくず弐号で雪を押すハッドが、巨大雪だるまに挑戦していた。 何しろ雪像は自由自在だ。 例えばワイズ・ナルター(ib0991)は、セクシーな自分の雪像を作っていた。 甲龍プファイルはつまらなそうに見ている。ナルターは台座に『彼氏募集中』と彫り込み「よし、完成ですね」と胸を張った。辺りはすっかり暗い。予約しておいた夕食に向かう途中で、行き倒れているグラウシードを発見した。 「こんなところで寝ていると風邪をひくよ?」 「今年も時代が微笑まなかった」 だばー、と流す涙も凍る。肩をすくめたナルターは、意識が怪しいグラウシードを甲龍に乗せると、宿に急いだ。 「今夜はお姉さんが付き合ってあげるよ。ごはん食べさせてあげるから元気だしなって」 夜の闇に消えた。 区画の隅では、女性型と男性型2体のからくりが雪像作りをしていた。片割れの女性型は雪柳(ic1318)といい『目覚めた』からくりとして開拓者ギルドに登録されている身である。 「雪像……何を作っても、良いの? なら、あるじ君を作るよ……ユキのあるじ君。ツユ君。お手伝い、してね?」 からくり露草は「彼の君か、心得た」と呟くと人型に削り出していく。 雪柳はからくり特有の無表情ながら、楽しそうに見えた。 「あるじ君は……とても格好良くて、素敵なの。……お山で摘んできた、紫式部を……瞳にするのよ。それから……冬牡丹の花びらで髪を染めるの」 からくり露草は「いつの間に」と少しばかり驚いた。 「……とどか、ない?」 「ユキでは彼の君の長身に届くまい。……抱き上げれば良いか。手伝おう」 やがて完成した雪像を、雪柳は「あるじ君にそっくり」と評した。 「ツユ君……上手に、できたね。あるじ君……喜んでくれるかな?」 幸せな、声だ。 からくり露草は複雑な眼差しを雪柳に向けると、最後に小さな雪だるまを寄り添わせた。 ●夜の宴に抱かれて 鍔樹は逃げ回った午前中で、いい席を撮り損ねた事に肩を落としていたが、ひとり気ままに屋台を巡った呂宇子が、お酒やつまみの数々、汁物を持って隅の席に腰掛けた。 「鍔樹。一年間、雪若お疲れさま。これで体でもあっためなさいよ」 と労いの言葉を添えて 「応、ありがとよ。……改めてそう言われると、くすぐってェ感じがするけどな」 鍔樹に酌をしながら、呂宇子はあることに気づいた。 『……あー、そう言えば。鍔樹が雪若のうちに、福をもらっておけば良かったかしら、私。まあ、いっか。過分な福を望んだら、バチが当たりそうだもの』 「どうかしたか、おい」 百面相している呂宇子の顔を覗き込む。呂宇子は「なんでもないわよ」と笑って返した。 モテモテの夢が砕けた綺月は、そんな事はどうでもいいぐらいには震えていた。予約したかまくらの席で向かい合い、小鍋のかけられた七輪の熱に当たる。 「寒ぃ……。蒔司、暖かい酒くれ」 お猪口に注がれる酒を、ぐいっとひとのみ。 「あー。熱燗が身体に染み渡る。寒かった後だと余計に美味い。最高の贅沢だな」 雪若の座は逃がしたが、十分幸せらしかった。 時は少し遡り。 警備仕事の後、仮眠をしていた礼野 真夢紀(ia1144)は雪神祭の実行役員や暇な男たちが集う打ち上げ会の為に、料理のしあげをしていた。 『コトシはなにナベつくる?』 『今年は鳥と牛のすき焼き鍋。また雪若が開拓者から出たら、その人その後屋台とか楽しめないからねぇ。食材は書いておいたから、お鍋の準備しておいてね』 かくして、からくりのしらさぎによる準備と礼野の料理が仕上がる頃には、日もとっぷりくれていた。 雪神祭を支える里人たちと賑やかに話し込んでいたのは三郷幸久だ。 「こんばんは。よかったら一杯貰えるかい? 豚汁でも酒でも歓迎だ」 「もちろんですよ。お酒は勿論、緑茶に紅茶桜茶甘酒……ひと通り揃えてます」 「おい、あんちゃん。残念だったなぁ、どっからきたんだ」 「理穴の森里から。……いやぁ、雪若になればモテるって聞いてな。うちの里も、こういう祭で、もっと人を呼び込めばいいのになぁ」 三郷が賑やかに祭のあり方について語らう。 一方の礼野は、昨年見かけた地酒を売っている酒屋を老人に聞いていた。 話戻って。 とあるかまくらの中では、レビィが正座していた。 「あの時は、なんていうか、空気におされて……えーと、ごめんなさい」 落ちた後は猛烈な打ち身で悶えていたシュバルツも、悶絶する痛みは遠のいたらしい。レビィが七輪で焼いた餅や魚をつまみながら「いや、まあ……そういうものだろう、これは」と声を投げた。百戦錬磨の開拓者としても、弱音を吐いてはいられない。 「何はともあれ、ウルグが骨折とかしなくてよかった」 「基準は骨折なのか」 「じょーだんだって。なんていうか、1年ぶりだなぁって思ったら楽しくて」 「ああ……あれが一年前だったか。おまえのおかげで、より天儀を知る機会を得ることができた。感謝している、レビィ」 一年前の雪神祭で、初めて出会った。 季節が巡り、今こうして同じ七輪を囲んでいる。 「ウルグ、これからもよろしくね!」 レビィが笑顔で求めた握手を握り返して「こちらこそ」と囁いた。 一方、隣のかまくらでは、深刻そうな顔をしたウルシュテッド(ib5445)が「すまなかった」とニノン・サジュマン(ia9578)に頭を垂れていた。瞳をぱちくりさせたサジュマンが、鍋を七輪の火にかける。 「なんじゃ突然。面妖な」 「先日のことを謝りたい。あの場のノリで言った事も、返答に笑った事も。ついでに、初めは変な女だと思った事も」 つらつらと赤裸々な懺悔に、サジュマンは肩を竦める。 「正直者じゃのう、ウルシュテッド殿。わしをどう思うたかなど、言わねば分からぬものを……あの時は良い素描を描かせて貰ったから構わぬぞ」 「ははっ、なら良かった、有難う。何しろ……予想外でね、お陰で久々に腹の底から笑ったよ。だからニノン……俺は本気で、君が欲しい」 どぼー、と豆腐が鍋に落ちた。 鍋を仕上げるサジュマンの手が止まる。 ウルシュテッドは若人の如き情熱的な眼差しを向けた。 「これからを共に歩みたいと思ってる。勿論、同人絵巻でうちを埋め尽くしてくれて構わない!」 明確なプロポーズに、サジュマンは暫く相手の顔を凝視した。 「……一度会っただけの相手に求婚するほど、おなごに困っているようには見えぬがな」 サジュマンとウルシュテッドが知り合ったのは、ごく最近の話であった。 「はは、ご明察。正直、俺は子らや姪の事で頭がいっぱいだ。女は面倒だと思ってたし、結婚も必要ないと考えて過ごしてきた……なのに何故だと思う?」 「幻聴かと思ったが……変なのはわしではなく、そなたのようじゃの」 「うっ」 ズバン、と一言で切って捨てるサジュマンは、鍋の具をよせて肉を放り込む。 「ふむ、判断するには材料が足りぬが、いきなり結論から斬り込むところは気に入ったぞ。わしはまだるっこしい事は嫌いじゃ。故に、そなたが知る一番の甘味処でならまた会うてもよい」 取り敢えずお断りはされなかったものの、ウルシュテッドは切なげに瞼を伏せた。 「そうだな……君がこの縁を繋いでくれたなら、その時に。よし、それじゃあ約束だ。さあニノン、料理を楽しもう」 晴れやかな笑顔で朱塗りの盃に酒を注いだ。 「雪若投げすごかったね〜」 色んな意味で。 もふらの望月を撫でながら、星杜 焔(ib9011)は妻を振り返る。 星杜 藤花(ic1296)は「そうですね」と笑顔で答えると、鍋の仕上げに米を巻いた竹棒を押し込んだ。雪国且つ米所のかまくらで頂く鍋、という事で米を味わえる具材にしたのだ。藤花はできあがった鍋をおたまで掬って椀に盛る。 「あついから気をつけてくださいね。それで焔さん、独身だったら雪若に参加したかったですか?」 「独身だったら、か。どうだろう。何しろ、もう既婚者だからね。何より、こうして一緒にお鍋を囲める方がずっと幸せだから」 妻が腕を振るった鍋で舌鼓。美味しいもの心を温めてくれる。焔は大好物の酒を嗜みつつ「もっちーちゃん、あ〜ん」と米の串を差し出す。物凄い食欲でもふもふとたいらげる様を眺めて「消えちゃったよ、面白いね」ともふらの望月を撫でる。雪に消えたらわからなくなりそうな望月だが、雪と違ってこちらはもふもふ温かい。 一方、藤花は甘酒を舐めながら、早くも気分がフワフワしていた。頬も赤い。 もふらの望月があったかそうで、ついつい手を伸ばしていた。 「これからも、幸せだといいな」 とろんとした瞳が弧を描く。愛する夫に、大切な相棒がそばにいる幸せ。 「ああ、そうだね」 ほろ酔いの焔は、妻の藤花ともふらを、ぎゅうっと抱きしめた。そして出会った頃の懐かしい記憶を手繰り寄せながら、今年一年の幸せを祈った。 今年の雪若に選ばれた庵治は、猛烈に凍えていた。 顔が病人並みに青白い。 「おい大丈夫か、秀影殿。冷やしたままでは流石に体に触ろう。これで体をふくといい」 紫ノ眼がそっと、手ぬぐいを渡す。 三人が予約していたかまくらは七輪で温められていたが、外は氷点下である。 引導を渡された直後から、脂ぎったおっさんや枯れた爺に追われた庵治は、逃亡を続けてすっかり体が冷めていた。若い娘や子供だけでないところが雪若の切ないところで、何分、土着信仰なために年配が多い。 でも開拓者の中にも信じる者はいたらしい。 『雪若さん。この子達に福のお裾分けをお願いします』 同じ警備仕事をしていた鈴梅が、三人の見知らぬ子供を連れて現れた。子供たちは少しためらい気味だったが、庵治が「いいぜ」と手を出したので、何やら熱心に願掛けして去っていったのだ。 たった一年限りの雪若という肩書き。 一歩、白螺鈿の里の外に出れば、そんな風習を知る者はいない。他人に福をもたらせるかどうかだって怪しい。けれど白螺鈿の人間にとって、雪若の価値は単なる象徴以上の価値があるのだと肌で思い知らされた。 本人に福がこない、という辺りが難点だが。 「くくく、……ひでぇ目にあった」 まさに踊り子さんには手を触れないでください的な状態で、強面のおっさん達が、只今二十四時間体制で庵治の護衛を勤めている。立場が昼間と逆である。 安全を確保され、漸く仲間のもとで一息ついた。ちなみに屋台へので歩きは『大混乱になるからダメです』と言われたので、全て第三者に頼む状態である。 「だが、こいつも縁起ものさぁ……いや、今は俺が縁起物なのか? まぁともかく冷えた体に酒が美味ぇってなぁ」 髭と髪に付着した水滴が、完全に凍りついている。 震えながらもやせ我慢を続ける庵治を見ていて、かわいそうになってきた。 「案外雪の中ってぇのは暖かいもんじゃねぇか、なぁ」 笑い声が……というか口元が引きつっている。 何も追求せずに、熱々の鍋と熱燗を差し出すのは、紫ノ眼なりの優しさだ。 「寒い時ほど食わねば生きていけぬぞ、さ、食うがいい。酒もいいが、食わねば温かくならぬ」 「そーよ、庵治っちゃん。お酒のんであったまんないと死ぬって」 ライルの遠慮のない一言に「と、ともかく。雪濡れだったな! あれは凄かった!」と勇姿をたたえた。しかし庵治の微笑みは、渋さの中にどことない影を感じる。 「救護所で三途の川らしきものは見た、な」 それはあかん。 さりげなく腰を抱き寄せようとしたライルの手をつねった紫ノ眼は、庵治の顔色がもどるのを待って、自らも鍋に口をつけた。ライルも飲み慣れない純米吟醸酒にボーッとしだす。 いつもどおりの酒と鍋。 ひらり、ひらりと。 深々と降り積もる白銀の輝き。 雪深くなる五行の東で、雪神祭が賑やかに過ぎていく。 |