忘却の鬼灯祭〜極彩の祭火〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 41人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/30 21:33



■オープニング本文

 しんしんと、降りそそぐ白い雪。 
 渡鳥金山の高嶺に、うっすらと雪化粧。 
 吐息が白く曇る頃になると、人々はにわかに活気づく。 
「今年もこの時期がきたねぇ。さぁ、みんな。鬼灯籠をめいっぱい飾ろうじゃないか」 

 ここは五行結陣が東方、山麓の田舎里。 
 かの名を『鬼灯』と人は呼ぶ。 

 かつて人々は里の裏山……渡鳥金山を『しでのやま』と呼んでいた。 
 要は『死者がこえていく山』すなわち『あの世』を意味する。所々魔の森の侵食を受ける山脈は常人達から恐れられ、行商人や旅人が山を越えていく『山渡り』は命がけと言われている。 

 そんな過酷な場所だからか。 

 鬼灯の里では、山で命果てた者を「鬼になった」とよく例えた。 
 アヤカシの鬼という意味ではなく、飢えた死者の魂という意味である。
 鬼灯では古くから土着信仰が根強く、飢えた死者の魂が鬼となり、いつか里へ戻ってくる、と信じていた。
 人々は里へ来る鬼の目を逸らすために、外出時は黒か赤の鬼面をかぶる。更に自分が食われないよう鬼の食事として供養の炎を軒先に吊したり、持ち歩くようになった。この炎を灯した鬼面の描かれた提灯を、里の人々は『鬼灯籠』と呼んでいる。
 現し世の食べ物が冥府で炎に変わってしまう御伽噺から、現世で炎を燃やせば、あの世で炎は食べ物にかわるだろう、という眉唾な話が広まって定着した説が有力で、人々は供養の為、提灯に火を灯して供物とし、鬼面を被って来たる鬼をやり過ごす。

 これが祭の起源と呼ばれている。 

 そんな土地の風習は、いつしか鬼と共に宴を楽しむ祭、へと変化を遂げた。 
 厳しい冬ごもりの前に、鬼に怯えず皆一緒に昼夜を騒ごうではないか。
 里の人々は、鬼面の描かれた提灯『鬼灯籠』を飾りに飾った。 
 出かける者は、大人も子供も、赤か黒の鬼面を被る。 
 誰が鬼か、誰が人か。 
 祭の間は、区別もつかぬ。 
 さあ……飲んで食べて、歌って踊れ。鬼灯祭が始まった。 


 + + + 


「鬼灯祭の警備かぁ、今年もそんな季節なんだな」
 毎年、鬼灯祭が近づくと開拓者ギルドには警備仕事が並んできた。

 五行都市『結陣』東方に聳える渡鳥金山の山麓に『鬼灯(ホオズキ)』と呼ばれる里がある。
 卯城家と境城家の二大地主が土地を治め、閉鎖された鉱山の坑道を自然の蔵とし、酒造りと、山向こう地域との交易の要として栄える場所だ。里の裏手に聳える渡鳥金山一帯は、かつて生成姫が支配した魔の森に半ば呑まれていた。
 今ではアヤカシ駆除や焼却が進み、静けさを取り戻しつつある。

「一年前は、あの後に戦争がおきるなんて考えもしなかったなぁ」
「時間は過ぎ、そして歴史も変わっていくものですよ」

 大アヤカシ生成姫は討伐された。
 魔の森の侵食が止まり、色々と不審な出来事もあったけれど、開拓者が知恵と力で勝ち取った平和のおかげで……住民たちは元の生活を取り戻しつつある。鬼灯の里を始めとする多くの村々は、守り神名乗る生成姫の配下に生贄を要求されてきた忌まわしい習慣から解き放たれた。
 最も恐れる存在が消えた喜びは、大きいだろう。

「鬼灯祭の天姫伝説は元々、生成姫や鬻姫の内輪もめから発生してるんだろ?」
「そんな昔話もありましたね」

 数年前まで。
 毎年鬼灯祭になると、舞姫が剣を持ち、舞台で里の成り立ちを夜通し踊っていた。
 天姫伝説と呼称される、里と御三家の歴史はこうだ。
『元々三つ鬼の財宝が眠ると言われる秘密里に、舞い降りた天女が飢えた鬼に食われてしまう。
 天に復讐を願った天女。しかし天女にあらざる振る舞いだと天の怒りを買い、自分を食った鬼の姫となって生まれ変わってしまう。
 美しい鬼姫に成長した後、二人の男に天の力が宿った剣と笛の音を教え、かつて天女の自分を食い殺した親鬼を成敗させたのちに、鬼の呪いを受けた男二人の片方と結婚し、人間と共に叡智を持って鬼灯の地を治める』
 開拓者の調査によって、この伝説は紐解かれた。
 なんと上級アヤカシ鬻姫と大アヤカシ生成姫の仲間割れを示した話だったのだ。
 元々地域を支配していた鬻姫の所へ、冥越から生成姫が渡ってきた。狩場を奪われて強制的に支配下に入った鬻姫は、これを良しとせず、密かに陰陽師と取引をして生成姫を封印し、一時的に己の天下を取り戻した。……最も、生成姫は後の世で解放されてしまったし、裏切りがバレた鬻姫も合戦中に自我のない肉団子にされた事は周知の事実である。

 時と共に摩耗する伝承の中には、必ず真実が混ざっている。
 恐れた存在から生まれた祭。
 大本の元凶が滅びても尚、続く習慣。
 本来はアヤカシを祀った祭だったというのだから……不思議なものだ。

「もう関係のない話ですけどね。最終日は自由だそうですが、警備仕事に行かれます?」
「ああ、頼むよ。祭は別物だしな」

 生成姫の左右の顔と同じ、赤鬼や黒鬼の仮面をかぶって。


 + + + 


 鬼灯祭が終わりにさしかかるころ。 
 舞台のあった広場には、一軒家ほども高く積まれた薪が配置される。 
 村人も旅人も、多くが広場の薪に注目していた。 
 鬼灯祭の警備を行っている迎火衆と呼ばれる男達は、皆、赤か黒の鬼面をつけていた。男達は片手に松明を持ち、頭の合図で松明を投げ込む。 

 程なくして巨大な火柱が出来上がった。煙が天まで昇っていく。
 人々は嬉々として手に持っていた鬼灯籠や鬼面を炎のなかへ投げ込んでいく。 
 無病息災を願い、時には秘めた願いをこめて。 
 かつて送り火に慰められた鬼が安らかであるように、祈りを書いた鬼灯籠を一緒に燃やしていたのが、いつしか願い事を書いて燃やすと叶うと言われるようになった。

 天に届け、この願い。 

 人々は山道の果てにある一本松の所まで歩いていく。
 両脇を鬼灯篭で照らした炎の花道だ。魔の森の付近や山道には警備を配置してあるので、安全面も申し分ない。迎え火の道を歩いて一本松へ行き、くるりと里を振り返ると……そこには鳥居の形をした鬼灯の大通りが、煌めいて闇夜に浮かび上がる。

 祭の警備に増員されていた開拓者達が、暇を得られた最終日。 
 ともに祭りに参加するべく、里へとくりだした。

 町中に夜通し煌めく鬼灯籠。
 赤や黒の鬼面をかぶり屋台を練り歩く人々。
 時々混じる、人ではない者達の怪しげな影と声。

 そこは現し世に現れた……幻の里。


■参加者一覧
/ 鈴梅雛(ia0116) / 皇・月瑠(ia0567) / 鳳・陽媛(ia0920) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 若獅(ia5248) / 輝血(ia5431) / 神咲 六花(ia8361) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 十野間 月与(ib0343) / 萌月 鈴音(ib0395) / ネネ(ib0892) / ワイズ・ナルター(ib0991) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 蓮 神音(ib2662) / 蒔司(ib3233) / ウルシュテッド(ib5445) / 丈 平次郎(ib5866) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / 椎名 真(ib7308) / エルレーン(ib7455) / 刃兼(ib7876) / 一之瀬 戦(ib8291) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 鍔樹(ib9058) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 一之瀬 白露丸(ib9477) / 何 静花(ib9584) / 音野寄 朔(ib9892) / 宮坂義乃(ib9942) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / ジャミール・ライル(ic0451) / 緋呂彦(ic0469) / 白雪 沙羅(ic0498) / 白鷺丸(ic0870) / 奏 みやつき(ic0952) / 綺月 緋影(ic1073) / リト・フェイユ(ic1121) / 不散紅葉(ic1215


■リプレイ本文

●親の背中に
 祭り日の酒は格別と言えた。日頃の疲れや悩みも、すっと酒に溶けて消えていく。
 鬼灯酒を浴びるほど飲んでいた鍔樹(ib9058)は、幼馴染の刃兼(ib7876)から近況を聞いていた。仕事の話から行き着いたのは、刃兼がここ数ヶ月足を運ぶ孤児院の話だ。
「……で、本当は祭にも連れてきたかったんだが、生成姫と縁が深い土地だけに……どうしても、躊躇が。いつか話すべきことなのに、皆も俺も、今は極力その話題を避けていて」
「ははぁ、ちったぁ聞きかじってはいたが、その子か? 刃兼を親父さん呼びしたの」
 刃兼は「ああ」と呟いて盃を見た。月がぽっかり浮かんでいる。
「血のつながりのない相手を親父呼びするの、相当慕ってるってことじゃね?」
「正直、父親に望んでくれたのが嬉しい一方で……俺にその資格があるのか? とも思ったり」
 鍔樹は「ばーか」と団子の串を向けた。
「自分の親とか思い出してみろよ。資格のあるなしで育ててくれたわけじゃねーだろ……たぶん」
「いや、まァ、確かにうちの親父は資格云々とは関係なさそう、だが……」
 脳裏に浮かぶ刃兼の男親の思い出は、泥酔して褌一丁で帰ってきて、兄貴一同にシバかれる光景だった。仏壇で物言わぬ母の事までは想像できないにしても、父親像はわかる。
「でも、そうだな。俺を一人前に育ててくれて、感謝してる。ものすごく。親ってそんなもんなんだろうか」
 顔の緊張が解けた刃兼の問いに、鍔樹は道行く親子を見つつ歯切れの悪い生返事を返す。
「……俺ァ、親二人ともわりと立て続けにいなくなっちまったからなー」
「す、すまない」
 そうだったァァァ! と目が口ほどに物を言う。
 慌て出す刃兼の口に、酒饅頭を押し込んだ。
「刃兼お前、相っっっ変わらず真面目だなァ。気にすんなって。俺ァ早くに無くした分、親のありがたみとか、身に沁みて分かってるつもりだぜ? まーアレだ。最終的に決めんのは、お前とその子自身だわな。なんか煮詰まったら周りに言やァいい。俺も、酒ぐらいなら奢ってやンよ?」
 徳利の酒が、ちゃぷんと揺れた。


●酒は飲んでものまれるな
 赤と黒。ふたつの鬼面で溢れる大通り。
 仕事から解放された紫ノ眼 恋(ic0281)はからくり白銀丸を連れて迷いなく道を行く。
「ナマナリへの恐れから生まれた祭か……然し鬼灯といえば旨い酒。存分に飲むぞ!」
 白銀丸は「や、いいけど。喰い過ぎないでくれよな」と念を押しつつ、止めても無駄な事を悟り始めていた。たった通りを一つ歩いただけで、膨大な屋台飯と酒が両手を埋める。
「ちょっとは持てよ!」
「生憎、一時間後には酒瓶の仕入れで持てな……む?」
 二つ目の角を曲がったところで、旧知を見つけた。
 音野寄 朔(ib9892)とジャミール・ライル(ic0451)だ。耳を澄ませると音野寄と猫又の口論が聞こえてきた。猫又がワインを所望しているが、残念ながら鬼灯の酒は米だ。
 猫又の我が儘に困り果てた音野寄が、代わりに甘酒を勧めるが、猫又は口を尖らせる。
「ふむ、皆壮健そうで何よりだな」
「あら、恋」
「紫ノ眼ちゃーん」
 三人でつかの間の立ち話だ。ふいに紫ノ眼が、迅鷹ナジュムと猫又の霰へ戦利品の屋台飯を分け与える。艶やかな毛並みを撫でながら「利口だな、おまけに口うるさくない」と呟くと、本日荷物持ちのからくりが「何か言ったか、おい」と非難した。
 もちろん無視。
 音野寄が「そうだわ」と手をひく。
「折角だから一緒に回りましょうよ。これから噂の鬼灯酒を飲みに行こうと思っていたところなの。私はお酒は強い方だけど二人はどうかしら?」
「奇遇だな。丁度、酒を飲みに行くところだ。飲み比べよう、ジャミール殿の奢りで」
 さりげなく財布が決まったライルは「奢る? んー、仕方ないなぁ。可愛い女の子の頼みなら、断れないジャン」とあっさり快諾した。飲み屋を選び始める紫ノ眼と音野寄に挟まれて「やー……両手に花、だねぇ」と上機嫌だ。
 それからわずか1時間後。
「狼は酒には飲まれぬー!」
 と叫ぶ紫ノ眼は、完全に出来上がっていた。隣のライルに「ジャミール殿も飲んでいるか? 飲め呑め」と絡み酒上等な有様なので、忠告したからくりが呆れ返っている。一方、辛口を飲む音野寄は微酔い程度。
「飲む割に弱いのね……恋、大丈夫?」
 大丈夫を連呼しながら畳に倒れる紫ノ眼を見て、音野寄はからくりに水を頼み、自分は膝枕で介抱を始めた。
「酔っぱってる紫ノ眼ちゃんまじかわ〜〜……お兄さんも枕されたーい」
「……ジャミールさんも酔ったの? 意外。強いと思ってたわ」
 そんな訳が無い。少し前、依頼できつめの酒を瓶ごと煽ってもピンピンしていた酒豪である。しかし今は状況が違う。ここはひとつ酒に弱いふりをして、女の子に添い寝、女の子の太ももに頬ずり……と煩悩全開のライルを見逃すほど、迅鷹ナジュムは甘くなかった。
「いて! ちょ、嘴で何す……イタイイタイイタイ!」
 啄木鳥がごとく主人を追い回す猛禽類がいた。


●鬼火の中の宝石細工
 白銀に染まる道を赤鬼面と黒鬼面の人々が駆け抜けていく。
 牡丹雪が空を舞う中、噂に聞くだけだった鬼灯祭へ訪れた鳳・陽媛(ia0920)は黒真珠の瞳を輝かせながら「こんなお祭りがあるんですね」と囁く。
 しなやかな白磁の指が手を引く相手は、緋色の輝きを宿した髪と黒曜石の瞳をした、可憐なカラクリだった。けれど不散紅葉(ic1215)は従う者ではなく、鳳の大事な『お友だち』だ。個を認められた存在である。
  ひんやりと冷たい蛍石に似た肌に降り積もる雪は、結晶の形をとどめている。
「……綺麗。人が多くて……賑やか……陽媛さんと一緒だから、……もっと楽しい」
 頬をぽっと桜色に染めた鳳は、踊るような胸の鼓動に身を任せ「あっちを見てみましょうか」と走り出した。鼻腔を擽る甘酒の芳香、口に広がる肉汁たっぷりの饅頭、アツアツのおでんで身を暖め、淡白な魚でお酒を一献。
 不散に『祭』というものを語り聞かせながら、祈りを込めて鳳が囁く。
「ずっと一緒ですよ、紅葉さん」
「うん。陽媛さんは……ボクの、大事な友達、だもの」
 この星夜に溶ける水晶の黒髪に似合う輝きはなんだろう、と思いながら、不散は盃を傾けた。


●去年と今と
 幼子を腕にだくフェンリエッタ(ib0018)は、幾度目かの景色を眺めて去年のことを思い出していた。一年前、一体何を願ったか。それを思い出して自嘲気味に笑う。
「ウィナこれ食べたい! あっちのお饅頭と串団子もいいな〜」
 人妖ウィナフレッドの声がフェンリエッタを夢から現へ引き戻した。
「ほら桔梗、食いしんぼが食べ尽くす前に私達も頂きましょ。どれがいい?」
 フェンリエッタの腕の中の少女が、欲しいものを指差す。肩から周囲を見ていた人妖は「やっぱりお祭りは、皆で食べるのが一番だよね」と行った。
「去年は警備だったものね。あ、そこの席があいたみたい」
 饅頭に串焼き、甘酒に身もココロも温まる味噌の鍋。
 煮えたぎった豆腐を、ふーふーと吹いて冷まして、分けっこする。
「美味しい? よかった。今日のお祭りはね、一人だと寂しいなって思ってたの。二人とも一緒に来てくれてありがとう」
 軒下から見た祭火の群れ。
 ちらつく雪が、大通りに降り積もっていく。


●蓮華火蛋白石の宝石細工
 あの世とこの世が混ざり合う里の祭火は、古の思い出を呼び覚ます。
 提灯南瓜の天照は、白皮と淡い衣ゆえか牡丹雪に混ざると、まるで溶けて消えたようになってしまう。そこで黒鬼面をお互いに身につけた皇・月瑠(ia0567)は、無骨な容姿が相まって近くの幼子を怯えさせていた。
「旦那様のお顔は面を付けても、外しても変わりませんわ」
「褒めておらんぞ。……この世の現か、泡沫の夢か」
 朱塗りの杯に注がれる鬼灯酒が喉を焼く。
 祭囃子が人の声をかき消していく白銀の道端で、皇は初々しい恋人達に遠い日の己を重ねた。女性との距離がまるで分からぬ自分にも、かつては贈り物で一喜一憂した妻がいた。
 黒真珠の髪にはえた白地の着物は、薄給の中から贈った錦の一張羅。
 兎の毛皮で誂えた外套。蓮や鶴を象った鼈甲の髪留め。
 金糸と銀糸の帯紐しめて。
「短いが楽しかった」
 時々考えるのだ。育った娘と家族三人、縁日へ繰り出す未来もあったのではないかと。
 亡くした妻の面影は、忘れぬように背中に彫った。けれど声は砂粒のように、さらさらと記憶の盃から溢れていく。残された時を生きる事は、古い記憶から遠ざかっていくこと。
『……あなた、一献如何?』
 切なく甘い記憶を抱いて、皇は酒を月夜に掲げた。舞い降りた雪が、溶けて消えた。


●宴会と鍋の道
 飲めや歌えやの騒がしい宴会会場の片隅では、黒鬼面をかぶった音羽屋 烏水(ib9423)が三味線を奏でていた。一緒に来たもふらのいろは丸は、店の表で招き猫ならぬ招きもふらとして胸を張り、道行く子供に餌付けされている。
 鬼灯の里に根付いた歌を奏でながら、ふいに起源について考える。
 けれど今は人の手によって続く祭だ。
「なれば楽しまねば損じゃな! せっかくの宴会じゃ! さて、少し休ませて頂こうかの」
「おう、にいちゃんこっち来いよ」
 気のいい若者の輪に入り、酒粕鍋を分けてもらう。
「酒粕鍋は癖ある味じゃが、寒さ負けじと身体が温まるのぅ……しかし久しぶりに普通の鍋を食べると、それはそれで物足りない気がするのは毒されているんじゃろうか」
「何の話だ?」
 毎年闇鍋で恐ろしい物体を口にしてきた音羽屋は「聞いてくれるな」と首を振った。


●三味線の音色にのせて
「これが鬼灯祭ですか。活気があってよろしいですね」
 警備仕事で殆ど屋内にいた椎名 真(ib7308)は、賑わう大通りを見て和やかに告げた。
 隣の若獅(ia5248)が「そうだなぁ」と言いながら渡鳥山脈を見上げた。
 里に犇めく赤鬼面と黒鬼面を見ていると、滅びた大アヤカシを思い出す。人々は喜んで明日を夢見るが、開拓者は『過去のこと』にできない質だ。色々と脳裏をよぎる思いに、若獅は蓋をした。今日くらいは不可思議な夜に身を任せるのもいいかもしれない。
「そういや椎名、何が好き? 飯ものは好物だっけ。俺が席取ってきてやるよ!」
 素早く近くの鍋物屋に入る。外は雪がちらついているのに、店の中は温かい。席を確保した若獅が、お品書きを眺めて次々に注文し「椎名。鍋の具、何にする?」と問う。
「おまかせで。……鍋料理はいいですねぇ。体も心もポカポカします。好き嫌いはないのでなんでも食べますよ。量に限度はありますが」
「そんなこと言ってないで遠慮なく食べろって」
 椀に山ほどよそって渡す。提灯南瓜が丁寧に鍋の南瓜を退ける傍らで、若獅は椎名の食べる様子を眺めていた。全て勝手に決めてしまったから……という理由だけではない。
「お酒も美味しいですね」
 生酒を口に運ぶ、穏やかな椎名の横顔に「ああ」と声を返す。
「雪見酒にお鍋とは至福のひとときです。……食べないんですか?」
「い、いや食べるよ。味どんなかなーって、ハハハ、豆腐とかうまそ……アチッ!」
 舌を軽く火傷した若獅が水を探す。大丈夫ですかと心配しつつ、介抱してくれる椎名から顔をそらした若獅は『カッコ悪いなぁ』と落ち込んだ。
 何気ない仕事、一年の思い出、他愛もない話をしながら目についたのは三味線だ。
「椎名、また一曲聴かせてくれないかな?」
「よろしいですよ。それでは一曲」
 ぽぉん、と澄み渡る音色に耳を傾け、目を閉じた。


●おっさんと一緒
 宴会場と襖を隔てて、個室を取った蒔司(ib3233)は、窓辺から篝火や提灯の並ぶ道を見て、物思いに耽っていた。綺月 緋影(ic1073)が「おい、おっさん」と声をかける。
「何ぼんやりしてんだよ。あの世にいる知り合いの幻でも見たか?」
「すまん。そうじゃのう……ここは、彼岸と此岸が混じり合う夜なのかもしれん」
 覚めた熱燗を煽る蒔司の言葉に、綺月は「鬼と共に宴を楽しむ祭……か」と呟く。
「まあ、楽しく飲めるなら鬼でも人でも関係ねえってな。きのこに山菜、山の幸を魚にいただく鬼灯酒は格別だし。腹も満ちて気分も上々、いいことじゃねーか」
「違いない。鬼灯酒は実に美味やな。今日は……ありがとう」
 蒔司が酌をした。
 酒をおごる、と言って連れてきたのは綺月だったからだ。
「今日は先日の失態の侘び代わりだし、これで綺麗どころでもいりゃあ完璧なんだけどな」
 煩悩を口にしながら一瞥する。
 横にいるのは獣耳の美女ならぬ、獣耳のおっさんだ。
「ま、……現実は甘くない。しゃーねえな。野郎同士、楽しくやろうぜ」
「先達ての一件、まだ気にしちょるんか? まァ、酒精の仕業に正気であれこれ募るも野暮ちゅうもんや。あんまり気にしィな」
 つい、と額を突く。
「この間の件は、不覚を取ったと言うか、俺、酒で失敗した事なかったんで衝撃的だったというか……あー、もう、やめやめ!」
 どちらかといえば酔って夜春を誤爆した蒔司にも責任の一端があるのだが、蒔司も綺月も、記憶に蓋をしたくてたまらない出来事なので、詳しく原因を追求する気がない。
「まあ、借り作っちまったのは事実だし。悪かったな。ま、これでチャラってことで! おーばちゃーん、熱燗2本」
 綺月が襖越しに声を投げた。


●失われた旅路
 宴会場から遠い個室で、男たちは睨み合っていた。正確に言えば、愉快に酒をすすめる緋呂彦(ic0469)に対して、丈 平次郎(ib5866)は冷えた眼差しを向けるのみだ。少し前まで猫又の駒蔵が部屋にいたが、口やかましく反対を訴えるので、給仕の女性たちの生贄に差し出した。今頃「いやぁん、かわいい」等と猫好きに頬ずりされているに違いない。
「平次郎。確かにお前さんの人生は良いもんじゃねえ、今のほうがずっと幸せそうに見えるぜ。それでも、思い出したいか?」
 緋呂彦の奢りの酒だという以上に『お前の過去を知っている』という言葉にひかれて、ここまで来た。けれど丈の猫又は「思い出して何になる」と食い下がった。
「それでも……それでも、帰らなくてはならないんだ。俺を待っている大切な誰かの元へ。早く、帰り道を見つけなくては。だから、頼む」
 緋呂彦は丈の爛れた顔を見た。その顔に泣く幼子の顔が重なる気がした。
「分かった。教えてやるよ。俺が知る限りの、お前という男の事をな。まず本当の名だが……『辰』、それがお前の名だ」
 丈は譫言のように「た、つ?」と繰り返す。
 失われた記憶を辿る、長い夜が始まったばかりだった。


●変わらぬ日々
 神咲 六花(ia8361)は猫又のリデルを膝に乗せて、窓辺から町並みを見下ろした。
「鬼灯祭か」
 ここから鬼灯の街を眺めたのは、一体何年ぶりだろう、とひとり思う。開拓者としてギルド仕事から離れて一年と少し。僅か一年で、何もかもが変わったように思える。でも。
「にーさまー! お鍋煮えたよー!」
 呼ばれて振り返る。蓮 神音(ib2662)の笑顔が、太陽のように輝いて見えた。
「どうしたの、にーさま」
「ううん。僕はどれだけ神音に救われ、励まされてきただろう……って思って」
 蓮の顔がみるみる赤くなった。仙猫のくれおぱとらが「若いっていいわね」とおばちゃんのような声を投げる。両頬に手を当てて「もー、にーさまズルいよ」と照れていた蓮も、酒粕鍋の存在を思い出して、木椀の中に人数分よそっていく。
「はい、神音が食べさせてあげるよ! あーんして」
 目を細めて見守っていた神咲は、少し照れた顔をしつつ「あーん」と口を開けた。
 豆腐が熱いが、出汁の味がよく出ている。傍らでは猫又たちが、あーでもないこーでもない、と言いながら鍋のおすそ分けに舌づつみを打っていた。ほろほろに煮込んだ鶏肉を噛み締めると、じゅわりと味が染み出していく。
「また一緒に、鬼灯祭りに来れたね。神音が願うなら、僕は、いつも傍にいるよ」
 頭を優しく撫でる手に擦り寄りながら、ふいに蓮は「あのね、にーさま」と顔を見上げる。神咲は少し陰った蓮の顔に「なんだい」と優しく問い返したが「ううん、なんでもない」と言って顔を伏せた。
 クツクツと鍋の煮える音だけが個室の中に広がっていく。
 口ごもった蓮の脳裏に浮かんだのは、依頼で殺した人間の顔だった。一人で殺したわけではないし、仲間もその場には大勢いた。けれど殺した相手の肉親とも会ったことで、蓮の心は重荷を引きずっていた。
『心配かけて、ごめんね。にーさま。少しだけ、今だけ、神音のそばにいてね』
 神咲は蓮の様子を気にしつつも、何も言わなかった。
 長い付き合いだ。表情から、汲み取ることは容易い。
『大丈夫だよ、神音』
 赤銅の髪を梳きながら、前髪をしゅるりと持ち上げて額に口付けた。
「勇気出た?」
「……うん」
 おでこの口づけは、心に刻まれたお守りになるのだろう。


●みんなのために
 白銀の石畳を足早に駆けていくのは上級からくりのしらさぎだ。礼野 真夢紀(ia1144)はしっかりと手を繋いでいるものの、しらさぎの行動に眉をひそめている。
『マユキ! お祭りいく?』
 少し前。警備仕事を終えて、いざ神楽の都に帰ろうという時に、からくりが礼野を引き止めた。期待に満ちた柘榴石の瞳。毎年恒例のお祭りで、改めて見るものもないと考えを巡らせた礼野にからくりは言った。
『シラサギ、いきたい』
『うん? まぁ予定もないし、いいけど』
 珍しいな、と思った。結果、寄り道もせず大篝火の前にいた。
「ネガイかいてモエル、コレ、カナウ?」
 礼野は「そう言われているけど」と言いつつ、じっとからくりの鬼灯籠を見た。
 お願い事がしたくで祭に来たかったらしいが、その内容はたった一行。
『みんなしあわせになれますように』
「みんなって?」
「シラサギのまわり、コジインのみんな」
 しゃらりと銀糸の髪が風に揺れる。優しさを褒めるつもりで、背伸びして頭を撫でた。
 一方、近くにいた十野間 月与(ib0343)は上級からくり睡蓮と共に泰国のことを思い浮かべた。
『泰国の乱で亡くなった人々が、……分け隔てられる事無く安らぎの中で眠りに付けますように。そして、今を生きる人々の元に、安寧の日々が訪れますように』
 名前は書かなかった。
 鬼灯籠は茜に燃える篝火の中に消えた。


●あなたを知りたい
 巨大な篝火を前に、リト・フェイユ(ic1121)とからくりローレルは、使い終わった鬼面の裏に願い事を書いていた。フェイユは一文だけ書いて手を止める。少し悩んで、もう一文を書き加えた。内容を覗き込んだローレルに「ローレルもお願いしてね」と声をかけておく。からくりの鬼面をフェイユが覗くと、やはり、らしい願い、が書かれていた。
 他の誰にも見られないうちに、素早く火の中へ投げ込んだ。
「綺麗ねローレル。本当に綺麗。張り詰めた様に冷たい空気も、今は気持ち良いわ」
「ああ」
「ねぇ、ローレル。覚醒していないからくりにも判断する意思や個性があるでしょ? それは何処から来るの? 宝珠? 色々貴方に綺麗な事や楽しい事を教えて行けば、貴方にももっとハッキリした好みが出てくるのかしら? それって成長した事になるの?」
「リトは質問が沢山だな。その答えを……俺は持たない。すまない」
 からくりには『過去の記憶』というものがない。成長という、概念すら。
 主人の希望に応えられなかったローレルが申し訳なさそうにすると、フェイユは「ううん、ごめんね」と囁いて手を繋いだ。冷たい硬質の指が、フェイユの手を握り返した。


●お猫様と一緒
 猫又うるるとネネ(ib0892)も鍋物を食べに来ていた。
「猫舌なんだから、ちゃんと覚ましてね」
「もちろんです。鳥さんがいいですよね。野菜も猫の体に悪いのは何も入れてませんから! ……ここしばらくお疲れ様でした。小さい子の世話、大変でしたよね」
 ネネは猫又を労わり中だが、大真面目に奉仕するので周囲の目が何かを訴える。
 元々は雪降る夜を見上げて『肉球で氷の上を歩くのは辛いですよね、きっと』というネネのいたわりと、どうせなら寒い外より、温かい部屋と鍋がいい、という単純な結論によるものだ。なにより『今日はうるるを労わろうかと!』というネネに対して『じゃあ労わりなさい』という返事が返された為でもある。
「うるる。帰りは寝ちゃって大丈夫ですよ、柔らか毛布に包んで抱っこして帰りますから」
「……そ、そこまでされるとなんか他の猫又とかの目が気になるんだけど……」
「うるるは体をはって頑張ってくれましたし、私にできる御礼はこれくらいですから!」
 善意輝くネネの笑顔に、猫又がたじろいだ。


●通り過ぎた過去の傷
 ウルシュテッド(ib5445)は提灯南瓜と孤児院の子供を連れてかがり火の前に来ていた。屋台や甘酒でお腹はいっぱい。次は願い事をしに行こう、と誘った先……巨大な炎の前で鬼面に願い事を書きながら、鬼灯祭の起源や面の意味を語る。
 けれど、人の言う意味で伝わらなかった。
「森の眷属になったのに悲しいの? 森にいればお腹は減らないって言ってたよ」
「ここの里の人たちは、そうは考えていないんだ。人の信じるものは、皆違うからね」
 ウルシュテッドは鬼面に『大切な家族がいつも健康で、幸せでありますよう』と書いた。
 そして星頼に見せながら「星頼も、俺が幸せを願う大切な『家族』のひとりだよ」と囁く。星頼は自分の鬼面を見せた。
 そこには『たおしたみんなにあいたいです』と書かれていた。


●願いを叶えるアナタは誰か
 広場の篝火は大きく燃えていく。
「あ、おかえりなさい。早かったですね」
「こっちから……行った方が……近道でした、から……」
 見慣れた街並みや裏通りを通って、隠れた名店の甘酒や酒饅頭を買い込んできた萌月 鈴音(ib0395)は、鈴梅雛(ia0116)とともに篝火のそばの一席で鬼面に願い事を書いた。火の中に投げ込んで、席に戻る。
「こうして何事も無く、のんびり出来るのが一番ですね」
 萌月は「……はい」と言って饅頭を手渡す。二人の幼い顔を炎が煌々と照らした。
 この炎に投げ込んだ祈りや願いは、果たして誰に届くのだろう。
 鈴梅は少し悩みこんだ。
「お願いが、叶うと良いのですけど、ナマナリみたいなのだと困りますし。かと言って、精霊様でも、ちょっと問題がありそうな気も……ふぅ」
「精霊様、ですか」
 首を傾げる萌月に、鈴梅は「なんでもないです」と言って笑った。
 鬻姫や生成姫が支配域を拡大する前に、渡鳥山脈を守護していたと思しき精霊の事を思い浮かべた鈴梅は……神頼みの難しさを感じていたのだった。


●拠点の仲間と過ごす夜
 鬼面と提灯で満ちた町並みが、闇夜の中でも煌々と浮かび上がる。摩訶不思議な光景に、提灯南瓜のハップは妙に馴染んだ。
「不思議な光景だね〜、パップの所もこんな感じかしら?」
「ワイズ殿、向こうだ」
 同じ拠点のワイズ・ナルター(ib0991)と宮坂 玄人(ib9942)は、道でばったり出会った後、巨大篝火の前に来た。提灯南瓜のハップと人妖輝々が、墨と筆の置いてある台を見つけ出す。それぞれが持つ鬼面を外し、願い事を書き始めた。
 ナルターは鬼灯籠を見て思案顔だ。
「なんて書こうか〜、そうだ『私を守ってくれる恰好いいよい男性と知り合いになれますように』っと。そっちは書けた?」
「ああ、投げよう」
 宮坂の鬼面には『兄の女装癖と女口調が直りますように』と家族問題が如実に分かる願い事が記され、人妖はというと『僕が女の子に見られますように』と微笑ましい願いを書いていた。ナルター達が、願いを火に投げ入れる。一方の宮坂と人妖が何やら口論をしていたが、宮坂が誤魔化すので追求はやめた。
「軽い食事だけだったから、お腹すいたね。鍋もの屋にでもいく? しゃもがいいかな」
「俺たちの願掛けも終わったことだし、ご一緒しよう」
 燃えゆく願いを背に歩き出した。


●紅玉彩華の宝石細工
 普段は可憐な旋律を歌う桜貝の唇が、今宵ばかりは悩みを囀る。
 真名(ib1222)は黒真珠の瞳を、アルーシュ・リトナ(ib0119)に向けていた。
 軒下に灯る鬼灯籠の炎や、大人や子供ががぶる赤鬼面と黒鬼面。これらが滅びた大アヤカシ生成姫と縁が深く、見る者が見れば、神を名乗ったアヤカシを思い出すに違いない。
 リトナもまた悪夢を恐れて、ある子供を連れてこなかった。
「……私の思いは、矛盾しているのでしょうか」
「姉さんの想い、ちゃんと伝わってると思うわ。私は知ってる。行こう姉さん!」
 にっこり微笑んで、華奢な指を掴んで、踊るように大通りを駆け出す。
 翠玉の瞳が、炎の明かりを宿す茜色の町並みを眺めながら、目を閉じた。来年は、この静寂と賑わいの中へ連れてきたい、と思えた。大きな篝火を見上げる人々の脇をすり抜けて、奉納に向かう。黒檀のように焦げていく鬼面や鬼灯籠は、七色の虹に願いを託す人々と同じものだ。緋色に燃える火の粉となって、星が煌く天上へ捧げられていく。
 リトナは自分を取り巻く者たちの為に願いを託した。
「あの子達が巣立ったら、もう少し生活基盤を落ち着かせていくつもりです。想いを実現するために。真名さんも、いつでも帰ってきてくださいね」
 かわらぬ笑顔を宿すリトナを見て、真名は自分の鬼面を火に入れた。
『ねぇ神様。もしも本当にいるのなら……私はいいから』
 だから、どうか。
「真名さんは何をお願いしました? やっぱり来年の事でしょうか」
「ふふ、叶うまではヒミツ。行きましょ、姉さん」
 温もりを抱きしめて、真名は再びリトナの手を引いた。


●願いは秘密
 仕事を終えた奏 みやつき(ic0952)とエルレーン(ib7455)は、共に願い事を投げ込みに来た。奏は早速『楽な仕事が増えますように』と鬼灯籠に書き込んで……手を止めた。
 思い出せば今年一年、仕事の七割が祭りの手伝いや何らかの大会だった。開拓者たるもの開拓とアヤカシ退治が本業なはずだが、これは如何なものかと自分で不安になってくる。
「……願い事、変えよう」
 奏は元の願いに縦線を入れて、隣に『楽しい仕事ばっか受けて罰が当たりませんように』と書き加える。人に向かって発砲するような仕事は勘弁願いたいので、当然来年も似たような楽な仕事を選んでしまうに違いない。葛藤が充分に済んだところで思考の海から戻って来た奏は、やけに楽しそうなエルレーンが気になった。
「僕の方はおわったけど、お願いごと書き終わった?」
 どんな願いか気になる。こっそり見れないかなぁ、と挙動不審な奏に対して、エルレーンは「えへへ、ちょ、ちょっと恥ずかしいから」と、徐々に距離を取る。
 エルレーンは鬼面に切実な願いを書いていたが、内容が内容だけに異性には話せない。
 ただし、すごいもふらのもふもふはエルレーンの願い事を盗み見て呆れた顔になった。
「ばかみたいもふぅ……もうちょっとまじめな願い事はないのかもふ?」
「う、うるさいなっ、私だってしんけんなんだからねっ! さ、奏くん、投げよう」
 殆ど背格好の変わらない二人は、お互いに人目を気にする願い事を炎を投げ込むと、仕事納めの打ち上げをしようと、居酒屋へ歩き出した。


●非モテの煩悩
 ところでラグナ・グラウシード(ib8459)は「さあキルア! 願い事をこれに書くのだぞ!」と羽妖精に鬼面を差し出していた。
 意気揚々と筆を動かしながら、時々背中のぬいぐるみを見て「うさみたんも書けたらいいのにねぇ」と独り言を囁く。いい年した男の醜態を、羽妖精は嘆いた。
「……よし、私は、貴様の阿呆が治りますように、と書こう。貴様も何か実用的な願いに」
 しておけ、と言いかけて……鬼面の裏に書かれた煩悩を見たキルアは言葉を失った。
『美しく愛らしく賢く、胸が大きな恋人が現れますように! ラグナ・グラウシード』
「ふう……本来であれば、もっともっと文字数を使いたいところだが、面に書くのは難しいな! ん? キルア? キルアー?」
 羽妖精は暫く顔を覆っていた。


●誓の先へ
 篝火の傍に設けられた茶席で、白雪 沙羅(ic0498)は鬼灯籠と筆を握りしめていた。
「……明希」
 願いは書いた。だから改めて思う。この里が、生成姫の呪縛から解放され、平和になりつつあるように……遠い神楽の都で過ごす少女が、いつか呪縛から解放されて困難を乗り越えていける日が来て欲しいと。
「親離れ、うまくいけばいいけれど」
 実の親を奪い、あろうことか『親』を装った凶悪な存在は滅んだ。
 唯一絶対だったおかあさまから離れて、見知らぬ場所で本当に良く頑張っている……と白雪は思う。
「……いつか、本当の事を話さなくてはいけない」
 避けられない現実がある。実の親が殺された事を、あの子達は知らない。物心ついてから育てていた偽りの親が滅びたことも、あの子達は知らない。親を二度失った現実から、どう心の整理をつけるのか、まるで見当もつかない。
 親を殺した私達を恨むだろうかと考えて、それでもかまわないと思える自分がいた。
 立ち上がった白雪は、鬼灯籠を炎の中へ投げ込んだ。
 炎は益々勢いを増していく。
「幸せになれるお手伝いなら、いくらでもするもの」
 自分の鬼灯籠が燃え尽きたのを確認して、白雪はお土産を探しに出かけた。


●帰る祈りを
 雪の結晶は、祝福に似ている。
 藍方石の瞳を空に向けていたユウキ=アルセイフ(ib6332)は空龍カルマとともに白銀の石畳を歩いていた。凍える寒さをもろともせず、里の人々は赤鬼面や黒鬼面を被って、鬼灯籠に満ちた祭へ繰り出す。祭の由来を聞いて、アルセイフも鬼面をかぶった。
「あと数日で、危険な仕事にいくなんて……嘘のようだね」
 白磁の掌に舞い降りた牡丹雪は、花びらのように見えたのに、手のぬくもりに触れると溶けて消える。あとかたもなく。その光景にすら己を重ねて、アルセイフは不安を抱いた。
「あの人を捕まえる事が出来なかったら、……亡くなった方達に申し訳がないね」
 ぐ、と拳を握り締める。そうして緋色に輝く大篝火の中に、願いを投げ込んだ。
 願わくば、皆が無事に生きて帰りますように、と。


●鬼灯の酒とともに
 无(ib1198)は宝狐禅のナイを連れて、毎年恒例の酒屋巡りをしていた。
 鬼灯祭の時期になると、酒蔵には杉球が掲げられる。これは新酒が完成しましたよ、という意味合いを持っており、蔵元を訪ねると初絞りの新酒が頂けるのである。酒を嗜む无に対し、宝狐禅は屋台で買い込んだイカや芋にかぶりついていた。
「今年は呑まれた年だったなぁ」
 慌ただしくめまぐるしい一年を思い出してしんみりとする。ナイが急にのびのびしている様がおかしい。一人と一匹は大きな篝火の前に辿りついた。
「たまには自分に対する願いでもするか」
 頭につけていた鬼面を外し、さらさらと墨文字で書き付ける。
『流されず陰陽の混沌や波乱ですら楽しめるよう空に成れるように』
 そして火に投げた。
「さて、青龍寮に戻るかなぁ……とその前に、おや」
 无の視線の先には、警備仕事で同じ班だった何 静花(ib9584)が、何やら奇声を発していた。呆れているからくりの雷花に近づいて「彼女はどうかしたかね」と声を投げる。
「ああ、いえ。多分、ぼっちの僻みというものだと思います」
「鬼がでたぞー! うがー!」
 寄り添う恋人達に嫉妬して血の涙でも流しそうな勢いで、道行く人々を脅かしているが、逆に子供を泣かしていた。流石にオカンなからくりも黙ってはいられない。
「わーっ静花! 何やってるんですかぁー!? 申し訳ありません」
 子供の親御さんに謝った後、からくりに引きずられた何と无が雑談をしながら坂道を登っていく。


●亀のように一歩ずつ
 人々が里から一本松へと向かう道を、御樹青嵐(ia1669)と輝血(ia5431)も赤鬼面を被って歩いていた。やがて辿りついた松から見下ろす幻想的な里は、提灯や篝火の炎で闇の中に浮かび上がり、大通りは鳥居の形に輝いていた。
「美しいですね。どこか不安すら抱いてしまいます」
 御樹の手が輝血の手を固く握る。
 輝血は輝血で、握り返していいものか迷っていた。
「美しいからこそ不安、ね。それってあたしのこと? ……なんてね」
 冗談に対して、御樹は「そうとも言えるかもしれません」と意外な返事をした。
「輝血さんとこの時間を過ごせること。これを幸せと感じる一方で……私があなたに相応しいかどうかを、つい疑問を感じる自分もいるのです」
 輝血が御樹の顔を覗き込んだ。
「ねぇ。あたしは別に嫌じゃないんだよ。ただ……あたしは正直、誰かを好きになるってことが分からない。相応しいかどうかって言うなら、きっとあたしのほうが青嵐には相応しくない」
「そんなことは」
「だからね。こんなあたしを好きだって言うんだから、ホント変わり者だよね、青嵐は。青嵐があたしを変えたから……こういう話してるんだから、ね」
 輝血は御樹を見上げた。
 長い時間をかけて少しずつ、何かが変わっているような、そんな気がした。


●遠き日からの解放
 昨年は一人で歩いた山道を、今は二人で歩いている。
 天野 白露丸(ib9477)は傍らの一之瀬 戦(ib8291)を見上げて口元に笑みを浮かべた。手のぬくもりが愛おしい。大勢の鬼面と炎に紛れて一本松を目指す途中、曲がり角で不審な人影を見た。林の影から、じっとこちらを見ている。
「鶺鴒、何を見てた?」
「何を……って、いや、何、も?」
 再び振り返った時、男が黒鬼面の紐を解いた。白髪の下から現れた顔に息が止まった。
「あ」
 あの世とこの世。夢と現が混ざり合う鬼灯祭。
 思い出の中の幼い顔が、男の顔と何故だか被る。気のせいだ、と理性は囁く。そんなはずはない、と己に言い聞かせる。けれど白い旗袍で着飾った天野の姿から、片時も離さぬ黒真珠の瞳には覚えがあった。遠い日に失った父と母の面影。もしも弟が生きていたら、きっとあれくらいの背丈だろうと……
「ぁ……ひっ!」
 天野は小さな悲鳴をあげて、一之瀬にしがみついた。
 ガクガクと足が震える。指に力が入らない。
 私は許されたのではなかったのか、それともやはり恨まれていたのか、戦殿と一緒にいたいと願ったのは、許されないことなのか、だから諌めに来たのか……などと様々な思いが心臓を締め上げていく。
「鶺鴒、落ち着け。大丈夫だから」
 一之瀬は立つことすらままならない天野の体を抱きしめた。
 片手で両の視界を多い、耳にそっと囁きかける。
「あれは幻じゃない。俺が連れてきた」
「……何、言って……」
「お前が弟を探し求めてる事は知ってる。だから今日、白鷺丸を呼んだ。……苦労したぜ、警備の間、顔を合わせないように調整すんのは」
 再び視界を開放して一之瀬が軽く手を振ると、こちらを見ていた青年こと白鷺丸(ic0870)が手を振り返した。まごうことなき実体がある。天野の震えは止まったが、状況が飲み込めていないらしい。
 一之瀬は天野の両手を握った。祈るような気持ちで暗い気持ちを押し殺し、手を離す。
「行っておいで」
 宿願の時だ。
「俺は先に、一本松で待ってる」
 残された天野は白鷺丸を振り返った。言葉が何も出てこない。足が一歩も動かない。
 聞きたいことも、話したいことも、沢山あったはずなのに。
「……久し振り、も、何か違うか……」
 苦笑いして頬を掻いた白鷺丸は「姉上、お元気そうで、何より」と首を傾けた。
 姉上。そう言われて、やっと目の前にいるのが『弟』なのだ、と天野は理解し始めた。
 長い沈黙の中で、他人の鬼灯籠が二人の間をすり抜けていく。
「……姉上。あの時、あの選択は間違っていなかった。逃げた事、それは仕方の無い事だ……まあ、全く恨んだ事がないかと言われれば、それは嘘になるが」
 冗談めかした言葉にすら、天野は表情を強ばらせた。
「そんな顔しないでくれ。それに『今』は、幸せなのだろう? ……安心した」
 穏やかに笑う白鷺丸の表情は、天野の記憶の表情と重なって溶け合っていく。
「また今度ゆっくり話そう。姉上。今日のところは夫殿のところへ帰るといい」
「お!? まま、まだ夫では! ……また、今度」
 遠ざかる姉の後ろ姿を見て双眸を細めた白鷺丸は星を見上げて坂を下りていく。
 一方、一本松にもたれて待っていた一之瀬のところへ天野が帰ってきた。眩いものを見るような眼差しで、寄り添っていく。肩に額をつけて歓喜に泣いた。
「戦殿、ありがとう。ありがとう……ただいま」
「あぁ。おかえり、鶺鴒」
 区切りの夜。
 山肌から見下ろした鬼灯の里は、赤々と緋色に燃えていた。