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■オープニング本文 【★重要★この依頼は【未来】【明希】【エミカ】【イリス】【旭】【華凛】【星頼】【到真】【礼文】【真白】【スパシーバ】【仁】【和】の年中13人に関与するシナリオです】 木箱に入った赤いもの。 次々と運び込まれる箱を見て、子供たちが歓声をあげた。 「おいもさーん!」 神楽の都のとある農家で『商品にならない』と判断されたサツマイモが大量に寄付された。商品にならないとは言っても、外見に傷があったり、欠けてしまったり、大きすぎたり、不格好だったりと『外見が整っていないだけ』の品物たちであり、綺麗に土を洗って料理すれば、何の問題もない。 かくして大量の芋を消費する為の一日が始まった。 +++ 神楽の都、郊外。 寂れた孤児院に隔離された、志体持ちの子供たちがいる。 彼らは、かつて慈悲深き神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んでいた。 自らを『神の子』と信じて。 子供たちは自我が芽生えるか否かの幼い頃に本当の両親を殺され、親に化けた夢魔によって魔の森へ誘拐された『志体持ち』だった。浚われた子供達は、魔の森内部の非汚染区域で上級アヤカシに育てられ、徹底的な洗脳とともに暗殺技術を仕込まれていたらしい。成長した子供達は考えを捻じ曲げられ、瘴気に耐性を持ち、大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んで絶対の忠誠を捧げてしまう。 偽りの母である生成姫の為に、己の死や仲間の死も厭わない。 絶対に人に疑われることがない――――最悪の刺客として、この世に舞い戻る。 その悲劇を断つ為に、今年81名の開拓者が魔の森へ乗り込んだ。 里を管理していた上級アヤカシ鬻姫の不在を狙い、洗脳の浅い子供たちを救い出して、人里に戻したのである。 しかし。 救われた子供たちを一般家庭の里子に出す提案は、早々に却下された。 常識の違う子供たちが里親に害を出さないという保証は、まるでなかった。 洗脳は浅くても、幼い頃から徹底して戦う訓練を積まされた子供たちは、人間社会の常識を知らない。 日常生活を通した訓練による体力増強、度重なる友殺しの強要で痛む心を忘れてしまった。 子供たちはアヤカシに都合の良い価値観の中で、その人生の大半を過ごしてきた。 殺すことは美徳だった。 『子供たちの教育には、長い時間がかかります』 生成姫に関する研究の第一人者である封陣院分室長、狩野 柚子平(iz0216)は子供の未来を案じる開拓者にそう告げた。 少しずつ、根気強く、正しい『人の道』に戻すしかないのだと。 だから毎月。 開拓者ギルドや要人、名付け親のもとに孤児院の院長から経過を知らせる手紙が届いていた。 +++ 柚子平は孤児院から届く報告書に目を通した。 同じものが開拓者のもとにも届いている訳だが、子供たちが魔の森から救出されてじきに一年が経とうとしている今、昔に比べて変化は大きいらしい。 まず目を引いたのは年長組の大きな変化だった。 その次に年中組の報告が続く。 物事にあきっぽくて短気だった【未来】は、随分と社交的な『お姉さん』になってきたらしい。お気に入りのブレスレットベル、赤毛を綺麗に纏める簪「撫子」、首筋はアメジストのネックレス、エプロンドレスはトレードマークだ。 同じお洒落で明るいのは【明希】だ。エプロンドレスに朱色の簪、桜の耳飾りで日々、踊り場の鏡で容姿を気にする。舞踏会に出た事や温泉地への旅行などを周囲に語り、うらやまれている事の方が多い。 内向的な姉妹の【エミカ】と【イリス】も着飾って舞踏会に連れて行ってもらって以降、一層ジルベリアへの興味を強めている。大人になったらジルベリア人になりたい、社交界のレディーになるの、と夢を語れるようになった事は大きな一歩だろう。エミカは歌を、イリスはハープを習得し、幼い妹たちにせがまれる程になった。 華やかさに惹かれる姉妹たちとは一線をひくのが【旭】だ。御洒落という意味では砂漠の薔薇の髪飾りなど気を配るが、思い出を聞くと旅行先で食べた食事の話が圧倒的に多い。可愛いもふらや猫又よりも空を飛べる龍などの絵をよく描き、人の絵を描かせると必ず角がある。まさか生成姫では、と心配した院長が尋ねると「おとうさん」と言い張る。誰を指すのか院長は首をかしげている。 一方で【華凛】は子供の輪から距離を置くようになった。居心地が悪いのか、自由時間はよく木の上にいる。戻ってきた時、何をしているのか尋ねたが「お友達と会っただけ」と奇妙な返事が多い。 知識欲に貪欲な【星頼】は、現在兄たちの背中を追わず、自分で勉強したり、自主的に弟たちの輪に入って遊ぶが、園内は退屈なのか出入りをする業者や客人にかまってもらおうと頻繁にうろついている。 おっとりとした【到真】は冬の寒さ故か、囲炉裏の傍でぼんやりしている事が増えた。暖かいお茶と煎餅や漬物があれば他に何もいらないらしく、幼い割に年寄りじみた趣味を露呈している。火を見ていると落ち着くのだという。 何事も自分で行う【礼文】は、外で長時間遊べなくなってきた分、自発的に家事をする事が増えた。洗濯ものをして忙しさに身を任せる事に充実感を覚えるらしく、孤児院は助かっているが……やることが何もなくなった時の不安そうな横顔を見ていると不安を覚えるという。 性格が穏やかな【真白】は、最近よく食事を食べるようになった。沢山食べて長時間寝る。弟たちとよく遊び、鬼ごっこで体を動かすことも増えた。けれど若干無理をしているような気配がある。鏡を覗き込んだり、兄達の傍をウロウロして仕草を真似したり、行動が不可解だ。何より急激に身長が伸びて、節々が痛むらしい。院長がお灸をしているのを見ると「ぼくもやって」とせがむ姿は珍妙である。 元気いっぱいの【スパシーバ】と【仁】と【和】の三人は、一括りで扱われることが多いが、個人に目を向けると随分と違う。 喧嘩以降、イリスやエミカ達と庭の手入れや雑草抜きをする時間を毎日設けていたスパシーバは、姉妹の内向的な側面がうつりつつある。ただし姉妹が旅行に行っている間も面倒くさがらず一人で花壇を世話し、責任感の持ち方や大人びた面が際立った。 双子の仁と和は悪戯盛りだからか、お互いの衣類や持ち物を取り替えて、院長を困らす事が増えたという。いかに入れ替わりを判別するかというと、喋り方や癖だ。自信のなさや誰かに依存する「我」のない仁に対して、和は自信過剰な側面がある。悪びれもしないところはやや問題だが、少々の失敗にめげない肝の太さは利点とも言えるので、一長一短だろう。 こんな調子で。 子供たちに関する報告書は一人一人の生活に密着して記録されていた。 年少組の資料を読み終えた柚子平が溜息を零した。 「子供を元に戻すのは、一筋縄ではいきませんねぇ」 今回の芋パーティで、なにか進展があればよいのだが。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 郁磨(ia9365) / 尾花 紫乃(ia9951) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / フェンリエッタ(ib0018) / 萌月 鈴音(ib0395) / 无(ib1198) / ウルシュテッド(ib5445) / ローゼリア(ib5674) / ニッツァ(ib6625) / パニージェ(ib6627) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498) |
■リプレイ本文 孤児院に到着早々、ローゼリア(ib5674)たちが未来たち子供を呼び集める。 「こんにちは、未来。元気にしてまして? さぁお手伝いに参りましょう」 外で焼き芋の支度をする班と、料理で工夫する者に別れた。 芋を焼くにも七輪や炭や葉っぱの準備があるし、料理は調理の時間がかかる。 さつまいもは、お菓子へよく使われる。 明希と厨房に入ったリオーレ・アズィーズ(ib7038)は複数がスイートポテト作りを始めているのを見て、芋ようかんと芋プティングを作る事に決めた。 「明希。刃物と火には注意です。やけどをしますからね。でも作り方を覚えて、機会があれば年下の子達に作ってあげるのですよ。明希は、お姉さんなのですから」 現在、年下の子の面倒を見る子は限られている。 一緒になって遊べても、我を殺して一歩引き、弟妹のわがままを受け入れられる子は少ない。例えば最年長のアルドや恵音すら、以前は弟妹の面倒を率先して見ていたのに、最近は自分のことで手一杯だ。 無理のない出来る範囲で少しずつ助け合う心を育てなければ。 「明希もお菓子を作ればいいの?」 灯心たちを見る。アズィーズは「まずはそこからにしましょうか」と返事をした。 「みんなと仲良くね」 「うん!」 この真っ直ぐな性格が、曲がることなく変わらずにいて欲しい。 ところで作る料理はお菓子ばかりではない。 刃兼(ib7876)はサツマイモ入りの豚汁と炊き込み御飯を作っていた。 「旭、まだつまみ食いは禁止だ」 「あじみだもん」 「この茹でて潰した芋は完成してないんだ。ここに牛乳と、旭に擂り鉢で粉にしてもらった米粉を混ぜる。そうすると汁に適した団子になるんだ。はい、入れて」 刃兼は、祖母がよく作ってくれた料理を思い出す。 『合ってるよな。あと砂糖と塩を少々。婆様は、揚げたり汁粉に入れて出してくれたっけ』 なんて懐かしんで目を離していると。 「おにぎりだんごー!」 「……旭、その大きさは煮えないからな。口に入るぐらいの大きさにしよう」 芋団子を全部まとめて自慢げにしている旭に、団子の在るべき姿を教え込む。 その頃、外では泉宮 紫乃(ia9951)達が礼文の傍で作業を始めた。 「薪はどうするの? 炭は七輪だよね?」 年初めに網焼きをした経験が礼文たちの中に息づいていた。 「それは焚き火で芋を焼く用に使うんです。折角ですから色々な焼き方をしてみようと思います。燃えやすいように組みますから、手伝ってくれますか?」 薪と年少の集めてきた葉っぱを使って、自然の焚き火で芋を焼く方法を教える。 萌月 鈴音(ib0395)が其々の焼き場に芋を配った。 「焼き芋が……焦げてしまわない様に……様子を見ていてもらえますか?」 「うん」 萌月は、皆の喉が渇くであろうことを視野に入れて、到真とお茶を入れに行く。 その場に残った泉宮たちは、芋を見守りつつ、咳き込んでいた。 「ごほっ、里の時より燃える……手も顔も真っ黒だね」 泉宮が煤を拭う。 「ふふ、洗えば落ちますけど、お洋服は後で洗濯しないと」 礼文が「洗濯は得意だよ」と自慢げに話す。生乾きの匂いをつけずに干す方法、履物を逆さまに干せばシワが伸びるなどの話をしていて、泉宮は「色々お手伝いしてくれているのね、ありがとう」と囁いた。 「終わった時はどうしているの?」 「他のお手伝いしたりするよ」 「何か、楽しいと思う事、好きだと思う事はない? またやりたいこととか」 礼文が悩むように頭を一回転させてから「うんと、お手伝いして、ありがとうって言われた時は、なんでも楽しいよ。また手伝おうって思う。あと山で食べれるものを探すことは、宝探しみたいで楽しかった」と言った。 焼き芋の甘さは、芋の品質は勿論だが、焼き加減で変わる場合が多い。 木箱に入っていた『おいしい焼き方』を参考に、出来上がった芋を一口ぱくり。 「うわぁ、芋がこんなに甘いなんて」 「こらケイウス、いつまで味見をしている気だ」 ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)が手の甲でコツンと親友の頭を軽く突く。甘いものが好きだというケイウス=アルカーム(ib7387)は「ごめん、はい食べごろ」と言ってイリスやエミカ、そしてヘロージオ達開拓者にも芋を手渡していく。 「う! みず、みず!」 「……ケイウス」 芋を喉に詰まらせたアルカームへ、溜息気味のヘロージオが水を手渡した。イリスやエミカたちは「だいじょうぶ?」と純粋に心配してくれる。 「大丈夫大丈夫、ほ、ほら、皆で食べるとおいしくてつい! ねっ!」 フェンリエッタ(ib0018)が上級人妖ウィナフレッドに火の番を手伝うよう頼んだ。 誰かがずっと仕事をするより、助け合ったほうが子供へいい影響になる。 「かわるよー」 「ありがとう」 「そういえば……エミカとイリスは、ジルベリアのレディになりたいんですってね」 フェンリエッタは芋を片手に「素敵な夢ができて嬉しいわ」とイリスとエミカに笑いかけた。 「レディや音楽に携わる者もそう。大人の大切な心得があるの。それは礼儀作法」 エミカとイリスは「舞踏会の時のは覚えてるわ」とか「こうでしょ」と物知り顔で振舞ってみせる。 気取った姿が愛らしい。 「あら、マナーや嗜みは沢山あるのよ。皆が気持ちよく過ごせるように、思いやりの心を形にしたものの事よ。先ずはその気持ちが大切だと覚えておいてね。貴方達の心の在り方が自然な振る舞いに表れて、自らを優しく輝かせるわ」 手始めにジルベリアの教養としてクリスマスの歌を教え始めた。 隣ではニッツァ(ib6625)が、スパシーバが姉妹の代わりに花壇の世話をしたりした事をきいて「ちゃんと毎日ちょっとずつ世話を手伝うとったんか、偉いなぁ」と頭を撫でた。 「手伝ったけど枯れ始めたんだ。また喧嘩かな」 「ん? どれや」 植物図鑑を借りて花壇を覗き込む。 すると単に冬で枯れたに過ぎない事がわかった。 「大丈夫やで、シーバは頑張っとるやないか。それに根っこは生きとるんよ。せやから年が明けて雪がのぅなったら、また生えてくるで。ほな、芋もう一本食べに戻ろか」 芋を食べながら近況報告をかねる。 スパシーバの話は、他人の話が大半を占めた。弟妹が昨日何をしたかとか、自分の話は何一つ語ることなく周囲の観察を語るのみだ。 「もうちょっと外にも目ぇ向けな……な? シーバは何しぃたい? 何に興味ある?」 すると迷いのない返事があった。 「最近ずっと獣の狩りもしてない。色々戦い方も忘れちゃったから、怒られるなぁって」 「それはしたいことなん?」 「やらなきゃだめだなって思う。一人で庭をいじっていると、考える時間がいっぱいあって、兄さんや姉さんは色々勉強してるのに、遊んでていいのか……よく分かんないんだ」 何者にも矯正されない生活の中で、戸惑いを覚え始めていた。 焼きあがった芋と、明希の作った芋ようかんを食べながら、白雪 沙羅(ic0498)は幸せそうな横顔に話しかけた。 「明希、私達とのお出かけを皆にお話してるんですってね」 「うん! 温泉とか、舞踏会とか、いろんなお話したよ」 「そう。喜んで貰えて、私達も嬉しいわ。……でも、明希と違って、遊びに行けなかった子達はどう思うかしら? 明希がその子の立場だったら……なんて思う?」 明希は屈託のない笑顔で笑う。 「いいなぁーって思うよ。里にいた時、お兄ちゃん達が外の事やお役目の話を教えてくれて、誰よりも早く卒業しよう、って思ったもの。里長さまも『いいことがあったら、皆に話しておあげ』って集めて話をするの」 明希が言いふらしていたのは、どうもアヤカシの意図的なものであるらしい。 里を卒業した兄姉の話を聞いて生まれる、羨ましい気持ち。焦り。競争心。それらを原動力に、子供らを競わせ、殺し合わせ、一日も早く優秀な手駒に育ててきた。子供たちの内で生まれる嫉妬心も、脆弱な個体を削ぎ落とすには有益だ。負の感情を煽って孤立させておけば、兄弟姉妹を殺すことへの抵抗も薄くなる。 無意識のうちに刷り込まれた習慣の恐怖が、垣間見えた。 『……なんてひどい』 「明希、話すのは悪い事じゃないけれど、他の子も思いやってね。悲しい気持ちを生むのは良くないわ」 「嘘はいけないのよ」 「そうね。でも、みんなが幸せになる方がいいでしょう。お土産を買ってあげたりね」 明希は「あ、そっか」と呟いた。 ところで芋パーティが始まってしばらく経つ迄、不審者が二名ほど子供たちの様子を物陰から見守っていた。 誰かというと、郁磨(ia9365)とパニージェ(ib6627)だった。 「教えないで見守るって、結構新鮮だね。あ、いた。頑張れ、和。偶には一人でゆっくり考える事も必要だからね」 「……見ている此方はヒヤヒヤするがな。む?」 沢山の七輪を使うのは春以来だ。 教えた通りに手伝いをする和と仁を見守りつつ、二人は双子を観察した。 最初、仁と和は遊びたい放題だった。だが食事の時間は真面目に手伝う。仁の視線は四六時中、和を探して観察していた。同じ作業を率先して加わる。手持ちの仕事を途中で放り出してまで、和とお揃いにするような一面があった。一方の和は興味のある事には勝手に飛び出していく。仕事を放り出したことが知れると、他の姉妹に怒られていたが……何をしていても途中で片割れを探すような素振りをみせた。 「何か、違和感だね。時々焦ってるのなんでだろう」 「和が主導権を握っているというより、単純に度胸と好奇心が仁より強いのだな。仁は興味があっても、言い出すのに少々時間がかかる。上下関係ではなさそうだが……結局お互い、同じ視界にいるような」 やがて郁磨とパニージェが『仕事で遅れた』と口裏を合わせて、芋パーティに参加した。 今度どこかへ連れて行こうか、と話しながら芋を分け合う。 「俺と二人が良い? 其れとも、仁も一緒が良い?」 郁磨の質問に、和は首をかしげた。 「一緒じゃないの?」 「えと、……ねぇ、和。四葉のクローバーを探した時の事、覚えてる? 和にとっての幸せを、次に会った時に教えて」 一方のパニージェは離れた場所で「和をどう思う」と仁に尋ねた。 すると返事は奇っ怪だった。 「ぼく」 「うん?」 「だから、ぼく」 「うん、続きを教えてくれないか」 「ぼくはぼくだから、ぼくらはぼくらだよ。でもまだ全部一緒じゃないから、服を変えても院長さまにもバレるんだ。何が違うんだろう。おかしいなぁ」 意味がわからない。 パニージェは、少なくとも『この時』はそう思った。 けれど同日の夜『何故双子が常に一緒にいるのか』と言動の意味を、郁磨とパニージェは別の形で知ることになる。 七輪の傍には必ず大人がいた。 戸仁元 和名(ib9394)はお茶を配って戻ってきた到真と共に、大きめの芋を二つに割って分け合う。 「はい。到真君。礼文君も二つ目どうです? 何だったら到真君のとなりでゆっくりしてみるのもいいですよ? こうして暖かいところで美味しいもの食べながらお話するのも楽しいし、何もせんでいい時間を楽しむのも大事だから」 傍を通った萌月も「お手伝いも、大事ですが……ちょっとのんびり……させてもらっては?」と礼文に休憩を提案した。同じ年頃の到真の『のんびりさ』を見習っては、という思いがあった。 「先に着替えてくる」 「いってらっしゃい」 立ち上る甘い香り。熱風で舞い上がる灰。時々爆ぜる炭と紅蓮に燃える炎。傍にいるだけで、熱気に包まれる。 実家の囲炉裏端ではよく故郷の仲間と腹を割って話したものだ、と古い記憶をたどりながら、戸仁元は傍らの少年を見た。 騒ぐ子供が多い中で、戸仁元と到真を包む空気は穏やかだった。 「到真君、うちと一緒に火の番せんでも、遊んできてええんよ」 「ううん。ここがいい。あったかいから」 「そっか」 揺らめく炎だけを見ていると、つい眠くなってしまいそうなものだが……到真は片時も目をそらさない。 「到真君、最近の暮らしはどうやろ。やりたいと思うてる事とかあるん?」 雑談のつもりで発した言葉だった。けれど戸仁元の耳に、驚くべき言葉が返される。 「僕、卒業したら、おとうさんとおかあさんを探しに行くんだ」 おとうさんとおかあさん? 戸仁元は手を止めた。 炎を見つめる到真を凝視する。 「僕。里に来る前に住んでたとこ、覚えてるんだ。囲炉裏があって、狭くて、皆が火の前にいた気がする。おかあさんはいつも怒ってた。おとうさんは足と背中しか覚えてない。好きな服をきたくても、おかあさんが別なのを着せるから、すごくイライラしたり、嫌いな食べ物の入ったお椀を投げたら、お尻をいっぱい叩かれたな」 それは実の親の記憶だった。 「でもある日、僕が何もいわなくても欲しいものをくれた。やさしくなった。それで『もっと楽しい場所に行こう』って里へ来たんだ」 「そう、だったんや」 「里の試験の時、おとうさんとおかあさんを倒したら霧になったから、あれはおとうさんとおかあさんじゃなかったんだと思う。だってケンゾクになったはずの先生は、試験で兄さんに倒された時に肉の体が残ってたんだ」 到真の話からわかること。 それは到真が生後二歳頃まで本当の両親と人里で暮らし、親が育児に疲れた頃、夢魔に入れ替わられた、という事実だった。 誘拐後、倒された夢魔は霧散し、さらわれた先生役の開拓者の死体が残った事に、到真は大きな矛盾を抱いたのだろう。 導き出された結論は『おとうさんとおかあさんは、別にいるはず』という希望だったが……親の生存が絶望的な事は、数々の報告書から明らかだ。 生成姫は何十年も子浚いを秘密裏に行っていた。 少しずつ家族を夢魔と入れ替え、警戒を解き、探す者がいないように気を配って引越しを装った。仮に生家が残っていたとしても……両親は死んでいるだろう。けれど近所の話から面影を知ることは、或いは可能かもしれない。 「……昔のおうちはどこか覚えてる?」 「ううん。でも火を見てると、昔のことを思い出すんだ。ずっと忘れてたのに」 「探して、何したい?」 「お椀を投げてごめんなさい、っておかあさんに謝るんだ。だって、兄弟喧嘩した時に、同じことされたら、すごく熱くて痛かったから。おかあさん、きっと痛かったはずだから」 バチン、と炭が爆ぜた。 実の母に謝りたい。たったそれだけ。 けれど決して叶うことのない望みに、胸が痛んだ。 屋内では、院長に頼まれて芋パーティの間に買出しへ行っていたジルベール(ia9952)とウルシュテッド(ib5445)が運び込んだモミの幼木と松の飾りつけが行われていた。クリスマスや正月という季節行事を楽しんで欲しいという気持ちで相談をしたところ、孤児院の道具は古くなっていた為、新調することになったのだ。 「お、きたきた」 胃袋を満たした子供たちが、完成した飾りつけを見上げて「すごいねー」と感嘆の声を漏らす。ジルベールは自慢げに幼木を示した。 「綺麗やろ? この季節は仲良し同士、部屋でツリー囲んで楽しゅう過ごすんや」 飾りつけを終えたウルシュテッドとジルベールのところへ芋を持った星頼が近づいていく。順番に「二人の分だよ」と渡した。既に冷めてしまったが、真心はこもっていた。 「俺とジルの分を取っておいてくれたのか。ありがとう、どれ」 ウルシュテッドが星頼を抱き上げる。肩車をした小柄な体は、ずっしりと重い。 かつて里にいた頃は、最低限の食事しか摂取していなかったからか、骨と皮しか感じなかったのに、今は夏よりも筋肉や脂肪もついた。幸せの重みに違いない。 「俺もお土産があるんだった」 幼木の買い付けに出ていた際、一緒に買った金平糖の小瓶で手品をしてみせる。 「消えたのに、ある?」 「そうだね、はい、あげよう。……星頼。世の中は不思議な事でいっぱいだ。知りたいなら、自分を知る事も大切だよ。好き嫌いや得手不得手とかね。特に俺達が傍にいる時は、沢山挑戦して失敗もするといい。そうすれば世界を知る為の力になる」 ウルシュテッドはモミの木の上で飾りと一体化していた提灯南瓜を呼んだ。 「ところでこれ、何だと思う?」 「南瓜? でも動いてる……こっち見てるよ」 「ちゃんとした妖精なんだ。名前を考えてくれると嬉しいな」 食後はお勉強だ。 彫り物と聞いて、張り切って彫刻刀の指導に当たったのかジルベールだった。 「実は得意分野なんやで。星頼は、自分の名前、彫ってみるか?」 そう言われて、芋の断面に墨で名前を書いた星頼に「うーん、これは完成すると反対になるで」と言いながら見本をみせた。 「な、逆やろ? 鏡文字いうねん。難しいけど、星頼なら出来るやろ。落款ていうてな、年賀状や習字にぽんと押したらカッコいいで。芋やから長持ちせんけど、気が向いたら木で作ってみ」 硬い芋の断面を丁寧に削りながら、ジルベールは開拓者として受けてきた仕事を面白おかしく話した。希儀の砂漠や泰の馬賊、外の世界への興味はこの先も広がっていくだろう。 「では私たちもちょっと作ってみましょうか?」 ローゼリアと未来も一本の芋を二つに切って、彫刻刀を手にする。 「手を切らない様に気を付けるのですよ」 未来は墨で下絵を描き始めた。花なのか猫なのか、迷う筆遣いでは判別がつかない。 一方のローゼリアは手元の芋に『未来』という字を彫った。 紫ノ眼 恋(ic0281)とからくり白銀丸、真白も横一列に並んで座り、芋を彫っていく。 手本になるよう頼まれた白銀丸は、異様なやる気に満ちて狼の文字を彫り始めた。 「さて、真白。文字も大事だが、絵も充分に心情を語るものだ。芋判も然り、真白も好きなように掘るといい」 言われた真白は少し考えて、絵を描き始めた。じっと眺めること数分後、真白が彫り始めたのは、串に刺したホカホカの芋だった。今日一番の楽しかったことに違いない。芋が美味しかった、焼くのが楽しかったという思いが、判子になって和紙に残ると共に、誰が見ても微笑ましくなるような絵から、伝わる楽しさを知ってほしいと思った。 白雪は明希と芋判子を何にするか話し合っていた。 「さあ、明希。お芋で判子を作りましょうね。柄は花でも動物でも、文字でも何でもいいですよ。明希はどうします?」 「明希、おそろいがいい」 「じゃあお揃いのねこさんで。明希は黒猫さん、私は白猫さんの判子に挑戦してみましょうか」 まず彫る柄を炭で描いて、少しずつ彫刻刀で削っていく。 「そうそう、周囲だけ彫って、黒いところに朱肉がつきます。細かい絵より、大雑把なくらいの方が綺麗に出ますよ。彫刻刀で手を切らないように気をつけて下さいね」 賑やかだった子供たちも熱中すると静かになる。 芋判子を彫り終えると和紙に墨で字を書いて壁に飾る。 その習慣を知らないローゼリアなどは「天儀には変わった習慣がありますのね」と言いつつ、未来たちと一緒になって文字を書いた。 焼き芋や習字の後片付けを終えた无(ib1198)は子供の数を数えた。 一人足りない。華凛がいなかった。 人魂を放って館内を探したがいない。そこで木の上にいるという話を思い出した。 ひょっこりと手のひらサイズに呼び出した宝狐禅ナイに偵察に活かせ……ようと思ったのだが、十メートルほどしか離れられなかったので、无自らが迎えに行った。 「何かいるのですか」 華凛は「なんにもいないもん」と言って木からおりた。そして館内に走り出す。 宝狐禅を木の上に飛ばす。すると華凛が院長に話した『お友達』の正体が判明した。 まごうことなき下級アヤカシ、夜雀だ。木のくぼみに隠れていた脆弱なソレを引きずり出し、一撃で葬る。普通、下級アヤカシが人間に懐くことはない。遭遇すれば食うのが普通だ。なにより生成姫亡き後、子供たちへの加護とやらはないはずだ。 考えられる可能性は二つ。 「ただの偶然か……何者かの指示か」 アヤカシを慕う志体持ちの子供。これほど美味しい道具はまたとない。 相応に知恵の働くアヤカシは、利用価値を見出すだろう。しかし考えても答えがでないので、无は華凛を追いかけて戻っていった。まずは不可解な行動をしていた華凛との距離を縮めて話を聞き出すことからだ。 一日が終わる頃には洗濯物が山だった。 けれど礼文は楽しそうに洗濯をはじめる。 萌月は礼文と一緒に洗濯をしながら、そっと囁く。 「困った事とか……何かお願いがあったら……相談して下さい。……力になれるかは分りませんが……一緒に考えるくらいは、出来ますから……」 うん、と首を縦に振った。通りがかった无が様子を見守り「大丈夫そうだね」と呟いて華凛を追った。 談話室の片隅では、礼野 真夢紀(ia1144)が上級からくり「しらさぎ」と共に寄付する衣類を整理していた。例えばシャツ一枚にしても、幼い子には床に引きずる丈がある。どうするかというと、しらさぎが規則的な動きで縫い縮めたり、裁断したり、縫い足したりしていた。 「それも縫うの?」 未来の問いかけに「勿論」と言った礼野は「しらさぎ、こっちもね」と相棒に預けた。 「オサイホウ、ツギもタケあわせるの?」 「そうよ」 短調で機械的な作業は、自分で縫うよりからくりの方が得意らしい。少し嫉妬を覚えつつ、気を取り直した礼野は未来に向き直った。 「もうすぐお正月でしょ? お正月にはお清めの意味もあって日用品新調するといい、っていういわれもあるの。さ、両手バンザーイ」 一通り測って、仕事をからくりに任せると、礼野は院長の部屋へ向かった。 院長室には刃兼がいた。 旭の絵を見せてもらった刃兼は、嬉しいような面映ゆいような気持ちになっていた。 色鮮やかな似顔絵は、顔だけに棒人間、という下手な絵だったが、角にかかる額の紐と目の色からして間違いなく刃兼だ。旭と隣り合って手をつないでいる。生成姫やアヤカシと思しき絵もあったが、描かれる距離が遠い。空を飛んだ時の絵は、月の虹が蜜蝋色に描かれていた。 「いかがでしょう。やはりアヤカシが恋しいとか?」 「えーと。院長、おそらく旭の言う『おとうさん』は……俺のことだと思われる」 思い出すのは。 『旭、おかあさまいるけど、おとうさんいない。前のおとうさんは、試験で倒しちゃったし。試験ないなら、おとうさん、ほしいな。……お兄ちゃん、男の人でしょ? 結婚して旭のおとうさんになればいいのよ!』 斜め上を行く発想だ。 「まぁ。こんなに若いのに、ちゃんと叱りつけておきま……あら? 修羅の方って、人と同じ年齢で良かったかしら? 修羅の王様でお若い見かけで500歳くらいだった気も」 「いや、院長。とりあえず害のある話ではないし、叱りつけないでやってほしい。そして俺はまだ十代なので、深く気にしないでくれ」 「失礼します」 現れた礼野は「子供達に野菜を食べさせる為の方法です」と言って、院長にレシピ本を渡した。香辛料を聞かせたカレー、揚げ物、ハンバーグ、パンケーキ、餃子等だけでなく、人参を砂糖で煮込んだ一品など目隠しで食べさせれば殆どわからないであろう内容も含まれている。 「具を刻んで細かくしたり擦り降ろした野菜を混ぜて『これ野菜だ』という認識を少なくさせる必要があると思うんです。わからなくすれば多分食べてくれるというか、自分で作らせたりすれば抵抗も少なくなるんじゃないかと思って」 院長は「ありがとう。今度試してみますね」と微笑んだ。 その頃、時々手足が痛いと訴える真白に、紫ノ眼は「それは病ではないぞ」と言いながら、痛みが和らぐよう手足を揉む。 「誰しも、それらを乗り越えて男は強く逞しくなる。真白もそうだが……でも無理はしないでな? 真白は真白らしくいればいいんだ」 「でも、ぼく、お、オレは」 「無理に言い変えることはないぞ?」 「……はい。ぼく、子供っぽいままは、恥ずかしいって思って。手、小さいし、足も細いし……身長低いし。男らしくなりたい。早く大人の身長になって、恋お姉さんと踊る」 紫ノ眼は目が点になった。 目標は舞踏会のエスコート。 ふっ、と零れた笑いに、真白は『がーん』と声もなく意気消沈したが、紫ノ眼は「すまん」と声を投げつつ、ヴァイスファレン・スカーフを真白の首に飾りつけた。 「真白の努力を笑った訳ではないんだ。許せ。これは成長を祝して贈ろう。……随分背が伸びたな。之では、私はすぐに追いつかれてしまいそうだ」 「スカーフ大事にします」 笑顔が眩しい。 ほんの数ヶ月前まで。 遊び方すらロクに知らず、自己主張もままならない気弱な幼子だった。 けれど今はどうだろう。早く一人前に認められたくて、背伸びしながら気遣いや努力を重ね、周りの大人に憧れて、幼い恋心と嫉妬すら覚える。表情のくるくる変わる優しい少年に変わってきた。 取り巻く環境と愛情の量が、全てを塗り替えていくのだろう。 ふいに辞書を持った星頼が、片付け中のウルシュテッドの服を引いた。 提灯南瓜が頭に乗っている。 「名前決めた。ピィアは?」 PEER。名詞では対等、同等、平等、古くは仲間、同胞、貴族、高貴な人を意味し、動詞では「じっと見る」や「凝視する」を意味する言葉であった。 アルカームはイリスとエミカの穏やかな演奏と歌を聞きながら、上達するように助言していた。 「すごいよ、エミカもイリスもこんなに上達してたんだね! ね、ゼスも歌お!」 「……歌わないぞ」 銃を磨いていたヘロージオに、きっぱりと辞退された。えー、と残念そうにしていたアルカームも、二人の頭を撫でた後、愛用している詩聖の竪琴を持ち出す。 「次の曲は一緒に演奏しようよ。楽譜も持ってきたんだ」 一緒に演奏という話になり、交代で手ほどきを受けることになった。 「ではおいで、イリス」 ヘロージオがイリスを隣へ呼んだ。青緑に輝く銃身の掃除を終えると、元通りに組み立てて、玉を抜いておく。少女の身長と殆ど変わらないロングマスケットを垂直に立てると、イリスは背伸びをしてマスケットを越えようと必死だった。 「うー、重い」 「俺は使い慣れているからな。短銃を持ってみるか?」 既に清掃を終えたピストルを手渡した。弾は抜いてある。短銃といっても子供の指先から肘まであるような銃だ。イリスは小脇に抱えながら「銃得意?」と首を傾げる。 「まぁな。俺の場合は……育ちが少しあるかもしれないな。ジルベリアの貴族には狩猟を嗜む者もいる。ハンティングでディナーの野兎や鴨を仕留めたりな。珍しいことではない」 ジルベリアの貴族と聞いてイリスが『聞く』姿勢になった。 「……イリス、演奏聞かなくていいのか」 楽しそうに曲を奏でるアルカームとエミカを指差して「え、あ」とキョロキョロしていたイリスは「今はお兄さんが一緒だから、一緒じゃなくてもいいもの」と口を尖らせた。 今は。 その言葉にヘロージオは思案した。姉妹は何故か二人で行動することが多い。趣味も好みも片方が気に入れば、もう片方も習得する。 しかし何処か違和感がある。 「イリス、一つ聞いていいか」 「なあに」 「何か悩みがあるのか? どうも『一緒でいなければならない』と考えていないか」 びく、と俯いたイリスの肩が震えた。やはり何かある。 ヘロージオが静かに待っていると「だって」と小声で話し始めた。 「……貴重品だ、って」 話が見えない。 「どういうことだ? よければ教えてもらえるとありがたい」 「おかあさまは、双子や年の近い兄弟や姉妹は貴重品だから、同じようにしなさいって」 ヘロージオの眉間に、薄くシワができた。 神楽の都で生活していたり、開拓者業を続けていると錯覚しがちだが、志体を持つ人間の出生率は低い。現在の総人口に対して、約二万人前後と言われている。そんな中で、双子の志体持ちや兄弟姉妹で、更に同じ素養を持つ者はごく僅かだ。 『貴重品……なるほど、品扱いか』 生成姫は子供たちを洗脳し、有能な手駒に育てていた。 人間社会に送り込む刺客なのだから、同じ顔だったり、姿が瓜二つの兄弟姉妹、それも同じ技能を習得させた存在がいるなら……幾らでも『代用品(スペア)』として機能する。 「全部一緒になれば一緒のお役目になるよ、って姉様たちが教えてくれたもの」 エミカはイリスにとって、身近にいる唯一の肉親だ。 過去、開拓者が倒してきた『洗脳された子供達』の中には姉妹もいた、という報告がある。妹を守る為にアヤカシに従った姉、姉の元を目指して戦地に送り込まれた妹……恐らく彼らから教えられたのだろう。 一緒に居続ける為には『お互いの代用品になるしかない』と。 貴重品の手駒としての価値を高め、替えがきく存在として同じ任務に就くよう努力する。 それは悲しい環境の中で身につけた防衛手段だった。 ヘロージオとイリスの話を、郁磨とパニージェも小耳に挟んだ。 無邪気な和と仁は双子である。彼らも少なからず同様の理由で干渉しあっている可能性が高い。アヤカシの言う『貴重品』になるように、お互いの癖や言動、技能差をなくそうとしている。言わば並列化だ。 「イリス」 暫く考え込んでいたヘロージオは、眉間の皺を解いてイリスの手を取った。 「……全て一緒でなければならないという想いがあるなら、それは違うぞ」 道具として生きる辛さを、ヘロージオは誰よりも分かる気がした。 「違っていて良い。むしろ違うからこそ欠点を補い合える。守れる。心が繋がっているならば……何も心配することはない。俺がケイウスを信頼しているようにな」 ヘロージオは、イリスのネックレスに祈りの紐輪を結びつけた。 「自分の選ぶ道を進むといい。大丈夫だ。お前ならばな」 誰にも縛られない、明日へ向かうように。 祈りを込めて。 |