【玄武】魔の森研究所弐
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/23 09:13



■オープニング本文

【このシナリオは玄武寮用シナリオです】

 此処は五行の首都、結陣。
 玄武寮。
 玄武寮は入寮の時に『どんな研究をしたいか』を問われる。
 一年の頃から明確な目的を要求される点においては、研究者を排出する機関独特と言えた。
 しかし長い間学び、卒業が視野に入ると、興味はより明確なものに移り変わっていく。
 卒業論文が差し迫った者たちは、其々の研究を始めていた。
 魔の森で。

 かつて大アヤカシ生成姫は、志体持ちの子供を攫って、魔の森で育てていた。
 とはいえ人が魔の森で生きることはできない。
 瘴気感染をひきおこし、放っておけば一日か二日で死に至る。
 そこで大アヤカシが目をつけたのが、遠い昔に人が居住を放棄した村跡だ。
 ここは龍脈の真上に当たり、地下を流れる精霊力の噴出口だったのだ。言ってみれば、偶然湧いた温泉の吹き出し口である。何故か蕨の里は瘴気の侵食を受けぬまま、魔の森に取り込まれた。そして大アヤカシですら侵食不能な土地を……生成姫は、攫った子供を育てる場所に決めたのだという。
 開拓者の手で子供は救出された。
 以後、飛び地となった其処は無人に戻る。
 現在では『非汚染区域』と呼称され、魔の森に囲まれた土地という危険な場所へ、限られた陰陽師の研究者が出入りをするようになったのだが……知らぬ間に、非汚染区域の一つを独占した男がいた。
 封陣院分室長、狩野柚子平(iz0216)である。
 玄武寮の副寮長を兼任する彼は『危険? 大変? 学生に研究手伝わせれば、タダ労働です』という恐るべき発言で、豪雪で人の出入りが少なくなる冬から春先までの期間、占領権利をもぎ取ってきた。
 しかし何も準備や装備のない状態で出かけるのは危険極まりない。
 生真面目と名高い玄武寮の寮長こと蘆屋 東雲(iz0218)は、非汚染区域「蕨」に冬場泊り込める山小屋建設を行い、期限までに完成させた。

 + + +

「2度目の渡航ですのに、もう冬ですね」
 蘆屋東雲は寮生をつれて再び魔の森にやってきた。
 しかし非汚染区域「蕨」は山間部にある。魔の森にも冬が訪れ、足元には踝のあたりまで雪が積もっていた。
 銀世界である。

「遠出する方は少し気をつけてくださいね。この寒さでは……あら?」

 寮長が区画の片隅を見た。
 そこには縄で縛られた取っ手の取れた鍋のフタ、割れて焦げたしゃもじがあった。腐食している。しかしもう一つ、ちぎれた縄があった。元々そこには……汚れが落ちない雑巾寸前の割烹着があったはずなのだが。
 何かを考えた寮長が、設置した生徒と持ち主に警告を出した。
「割烹着が消えています。区画内でも充分注意するように」
 濃い瘴気に晒された衣類になにか宿ったかもしれない。

 + + + 

【周辺地理図】
※1マス約50M
■…汚染区域(魔の森)
□…非汚染区域(龍脈)
◇…非汚染区域(水源&小川)
=…水源への路(路幅3M。アーマーで潰しただけ。妖襲撃注意)
△▽…商船航路

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【非汚染区域「蕨」構造図】
※1マス10M
■:魔の森
×:重機拡張した平地(魔の森)
=:水源への路
★:監視棟(火の見櫓)
☆:寮長室(平屋)
龍:轟龍警備
◆:仮設山小屋(平屋:寮生宿泊)
◎:飛空船発着場
研:仮設研究所兼資材館(平屋)
舎:相棒置き場
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■□龍□□□□◆◆□□□研研★□■■■■■■
=□□□□□□◆◆□□□研研□□■■■■■■
×□★□□□□◆◆□□□□□龍□■■■■■■
■□★□□□龍□□□◎◎◎□□□■■■■■■
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■■■■■■□□□□◎着◎□□□□□□★□■
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■参加者一覧
/ 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 八嶋 双伍(ia2195) / ネネ(ib0892) / 寿々丸(ib3788) / 常磐(ib3792) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 十河 緋雨(ib6688) / シャンピニオン(ib7037) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / セレネー・アルジェント(ib7040


■リプレイ本文

 非汚染区域「蕨」へ飛空船が着陸してからの話である。
 到着後、早速シャンピニオン(ib7037)は寮長に対して「区画の境に実験場所が欲しいです」と頼み込んだ。
「野外でアヤカシでもつなぐのですか」
「そうじゃなくてコレを植えたくて」
 シャンピニオンが荷物から取り出したのは、ぶつぶつとした小芋の密集物……榛の種だった。ご存知、種がひと粒だけ残ればソコからそこから夏冬関係なく増殖を続ける生命力の強い雑草である。
「ここは汚染土壌と清浄な土壌がある場所だから、比較にはいいかなって」
「わかりました。よろしいですよ、場所が決まったら柵を設けてこちらに報告するように」
「はい。行こうフェンネル」
 からくりがシャンピニオンの後を追う。
 飛空船の中で近隣分布図の復習をしていたネネ(ib0892)は、猫又うるるを頭に乗せた。
「さぁ、引き続いて黒百合の探索です! いってきますー!」
 猫又が「もういくのー?」と不満そうな声を出す。瘴気感染するのは猫又も同じだ。
「大丈夫、また抱えて逃げます! 今回も遭ったら逃げるの精神で!」
「……そういうことじゃないんだけど」
 猫又は諦めた声を発した。
 体毛があっても寒いものは寒い。
 例えば神威人の寿々丸(ib3788)の白い耳はぺったりと萎びており、人妖の嘉珱丸も外套に丸まる。
「皆、元気でございまするな。負けられませぬ」
「そうだな」
 遅ばせながら授業料を納めた常磐(ib3792)はマフラーと毛布にくるまった状態で、炎龍の紅玉を雪風の盾にしながら飛空船から降りてきた。
「……寒い。マフラーも毛布も持って来て良かった」
「本当に寒いですね。街中ではちらつく程度だというのに」
 リオーレ・アズィーズ(ib7038)も駿龍ベロボーグを風よけにしつつ降りてくる。
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は土偶ゴーレムことニグレドの影に立つ。
「あー寒い……お肌カサカサになるし、こればかりは何年経っても慣れないわ」
 隣からザクザクと前へ進むニグレドをジト目で見送る。
「あんたはいいわねぇ、寒さなんて感じないでしょ」
「確かに。……だが、寒いというのならもっと着込めば良いのではないか?」
 ぷい、と顔を背けたヴェルトは、小声で何か文句を言った。だがニグレドには届かなかった。若作りを追求する以上、着膨れでみっともない姿をさがすわけには行かない。
『兼ね合いとらないといけないのがつらいところなのよ』
 どのみち寒いので屋内へ走り出す。
 十河 緋雨(ib6688)は「う〜、さぶっ」と言いながら震えていた。街中は人の往来もあって熱源があるが、魔の森は何もない。雪はよく積もる。かつて此処に住んでいた子供たちは、どのように冬を乗り越えていたのか不思議だ。
「昔住んでた人たち、雪掻きとかどうしてたんでしょ」
「さぁ」
 穏やかな笑顔の八嶋 双伍(ia2195)も、唇に血の気がない。震える肩が寒さを訴え、眼鏡越しに自然を見回し「すっかり冬ですね」と呟いた。主人が凍える一方で、轟龍燭陰は気合に満ちているのか、無骨な尻尾をブンブン振り回している。
『……魔の森に入っても、返り討ちにだけはならないでしょうね』
 相棒に頼るに限る。
「皆さん」
 寒さにめげないセレネー・アルジェント(ib7040)が両手を叩いて鳴らす。
「手っとり早く要所の雪かきをしてしまいましょう。急がない方は、お手伝いをお願いします。後回しにして研究の妨げになっては困りますし」
 アルジェントは駿龍セオに冬の資材を黙々と積んでいく。
 ところで。
 割烹着の消失により、急遽寮長から付喪怪の講座が行われた。
 これを聞いた露草(ia1350)は双眸を輝かせて上擦った声を上げた。
「わぁ、わぁぁ、本当に成っちゃったんですねぇ、ふふふ」
 見るからにウキウキしながら設置場所を見ている。
 縄が輪の状態で残っているという事は、身を細くして縄を抜けたのだろうか。
 露草の後方に割烹着の提供者、こと御樹青嵐(ia1669)が「よりによって割烹着ですか」と疲れた顔をしていた。道中、非常に嫌な予感しかしなかったのだが……悪い予感はよく当たるらしい。
「きっと私は真っ先に狙われますね」
「大丈夫ですよ青嵐さん! 護衛しますから! 今ならいつきちゃんもつけますから!」
「……何ですか、その『今なら大根がもう一本ついてお得』みたいな売り文句は」
「安心を保証しようと思いまして! ほら! アヤカシを作った私の責任ですから!」
 上級人妖の衣通姫は「でもなんだかわくわくしてるのー」と子供のように燥いでいた。
 御樹の深いため息が溢れる。
「では家事をしながら襲撃を待つしかありませんね。身に降りかかる危険は排除と行きましょう。それが研究成果に繋がるのでしょうし」
「ですよね! 大丈夫ですよ、手伝いますし。一緒に行きましょう! 待ちましょう! さぁ、私から離れて無防備に!」
「……せめて心配してる素振りくらいしても、バチは当たりませんよ?」
 旧知の二人による、漫才のようなやり取り。
「除雪はこんなものですか。さて料理の支度をしなければ」
「手伝いますよー! 護衛ですものー!」
 誰かさんが軽やかな足取りで近づく。
 近くにいた常盤は「料理なら俺も手伝おう」と言って、猫の刺繍入エプロンを手に持った。
「じゃ、それぞれの作業開始ですね」
 アーマー火竜ことごりあてを組み始めた十河は「水源までの道は拡張しておきますよ〜」と間延びした声をなげた。邪魔なアヤカシはこの際なので、雪と一緒に火炎放射だ。
「そうだ、十河。粘泥を見つけたら是非教えてくれ」
 常磐の意外な頼みに「分かりましたー」と声を返す。
 こうして魔の森における三日間が始まった。


 気分の悪そうな猫又とともに魔の森へ入ったネネは、以前よりも奥へと足を伸ばした。
 当然、瘴気汚染は前よりも重くネネ達を蝕む。
 しかし悪いことばかりではない。
「あ、あった。まだ雪には負けてません」
 幻の花、黒百合。
 魔の森の奥地で希にしか発見できず、摘めば枯死してしまい、持ち帰ることも、移植もできない魔性の花だ。
 ……というのが世間一般論なのだが、ネネは頻繁に発見していた。
「やっぱり『瘴気濃度』よりも『流れ』ですかね。発見された場所がどうにも列みたいな」
 戦でアヤカシが進行し、大アヤカシ生成姫の霧散した瘴気が噴出したあたりなどに生えている。瘴気の濃い場所に生えているかというと、必ずしもそうとは限らない。
 点々と咲く花。
「龍脈沿いに発見傾向、っと」
 黒百合の丈は山百合に似ている。本格的な豪雪になれば、雪の下敷きになるのだろう。


 寿々丸は非汚染区域の外周を人妖嘉珱丸と回った。
 瘴気汚染された動植物が自然の一部として機能しているかを調べるためだ。
「嘉珱丸。外周を回り終えたら、魔の森に入りまするぞ。手当たり次第かもしれませぬが、何か見つかるかもしれませぬ」
「寿々らしいものだ。無理だけはせぬようにな」
 しかし汚染された動植物が自然の一部として機能しているかどうかは……半ば調べようのない疑問であった。瘴気汚染された動植物は、朽ち果てるか、アヤカシに変異するか、二つに一つである。アヤカシは本能のままに生き物という物質を喰らう。そして瘴気を排出する。大アヤカシという主を失った魔の森は、その場に横たわるのみだ。
 言わば、アヤカシの存在こそが『自然』のひとつに過ぎない。
 自然の影。負の自然。
 言い換えるならば……そんなところだろう。
「封印と護大とアヤカシと……何か、繋がっているような気がしまする……いけませぬな。確証もないのに、不安になってばかりでは、きちんと考えねば」
 焦って考えがまとまらない寿々丸は、己の頬を両手で叩いた。


 同時刻、十河に『粘泥を見つけたら是非教えてくれ』と言った常磐は、料理の手伝いを終えると炎龍にのって出かけた。
 常盤は、上空から汚染区域と非汚染区域の境界線の樹木を観察していた。
「まるで線を引いたように綺麗なものなんだな、浸食を受ける気配がまるでない。見えない壁でもあるみたいだ」
 時々忘れた頃に襲ってくる眼突鴉を呪わしい声で引き裂きつつ「そろそろだな」と呟いて地上に降りた。


 シャンピニオンは非汚染区域の境目に区画を設けて、榛の種を植えていた。
「露草さん達のを見てる限り……今回植えたこれが腐るかアヤカシ化するのは運みたいだけど、逆ってどうなんだろう」
 除雪をしていたフェンネルが「と申しますと?」と首を傾げる。
「例の瘴気爆弾な実は兎も角、魔の森に木の実っぽいのは他にもあるから……清浄な地で育てる事で瘴気の影響を脱しないかな、と思って。精霊力を宿した神木の植林とか」
「ふぅむ、元より魔の森で生育した植物は『物言わぬアヤカシ』と言っても差し支えない存在。例えば完全変異した生物が生き返った、という話は聞いたことがありませんぞ」
 からくりの言葉に悩むシャンピニオンは、植物を動物に置き換えてみた。
 動物や人間は個体差がある。
 魔の森へ入れば瘴気感染は免れないが、どの程度で死ぬかはマチマチだ。完全に肉体が侵食される前なら、浄化する方法も確立されている。しかし完全汚染された肉体からは命が失われ、腐っていくだけだ。中には稀に、瘴気と融和性の高い屍が変異して屍人となる事もあるが……屍人を浄化したところで、元の生きた人間に戻るわけではない。
「だよね……一度瘴気感染した物は、自然回復は困難、或いは膨大な時間がかかる、と見てよさそうだね。魔の森縮小に焼却をする方法があるけれど、感染する媒介がなければ浸食は止まる、って事かなぁ」
 シャンピニオンは首をかしげつつ、埋めたばかりの榛に水を撒いた。


 一方、アルジェントは近郊に生息する飛行アヤカシの調査から始めたが、羽虫や眼突鴉、イツマデン、鷲頭獅子などを遠巻きに観察しながら、ふいに思った。
『アヤカシって……何故飛べるのでしょう』
 翼がある者達は原理が分かる。
 だが火の玉や翼のないアヤカシ、例えば神楽の都を襲った妖刀も自由自在に浮いていた。その浮遊力は果たしてどのように生み出されているのだろうか。
『……は! これ研究にできないでしょうか。そうですよ、土から生えるだけの白壁を浮かせたりとか、浮く力を付与する術。もしできたら夢が広がります!』
 問題は、浮遊性質として根本的な瘴気の解明を済ませ、壁の重量や強度を維持したまま浮かせたりできるか、である。
 現在、人魂は知覚を術者と連動させて作り出した個体を一定距離まで動かすことができる。ただし形状は存在する生物に頼っている為、人魂で作り出した鳥や羽虫は、その翼や羽を飛行力の代わりとする。また人魂の強度は非常に
脆弱で、手で叩いただけで術が解けるような代物だ。
 アルジェントは和紙に手順を書き出す。
「まずは姿形に関わらず飛べるアヤカシの調査、捕獲、研究……でしょうか。流石に火の玉や幽霊なんて捕獲しようがありませんし、知性の高いアヤカシは危険ですし……飛行性質の解明ができれば、他の術と両立させられるかどうかですか……道のりが長いですわね」
 知りたいことを知るためには段階を踏まねばならない事は分かっていても、気が遠くなるような作業であった。


 八嶋もまた近場で研究材料を探した。
「やはり肉弾戦が得意な方が観察しやすそうですよね。できれば単眼鬼とか」
 単眼鬼は、戦でも多くの開拓者を悩ませる中級アヤカシである。
 体長は大凡5メートル。一軒家と同じ巨体は、林の中にいてもよくわかる。ズシンと響く震動を頼りに雪を踏みしめていくと、早速一体、発見することができた。
「いきますか。燭陰、空から回って、合図があるまで空中待機」
 八嶋は地を駆けた。
 まずは銀世界を利用し、結界呪符「白」で景色と同化を兼ねた盾を構築する。
 単眼鬼はこちらに気づいていない。
 八嶋は死角に回って術を放つ。錆壊符が次々と武装に直撃し、三枚の符は武器の留め金や太刀を腐食させていく。異変に気づいた単眼鬼に向かって、背後から先制攻撃を狙った。
「どこまで耐えられるか見せていただきましょう」
 高揚する気持ちを抱えて、八嶋は巨大な蛇の式神を召喚した。
 鋭い牙が単眼鬼を襲う。
 しかし……単眼鬼はさほど消耗していない。
「意外と耐久力が……は、しまった」
 錆びた武具に瘴気の渦を発生させた単眼鬼の反撃が始まる。
 素早い身のこなしで逃げた八嶋は凶刃を掠めることなく距離をとった。
「少し甘く見ましたか」
 更に想定外だった事は、単眼鬼が二度体当たりした段階で結界呪符が消えてしまうことだった。壁の構築は猛烈な練力消耗を強いられる。それでも障害物を増やして足止めし、再び三十メートルの距離を確保してから、蛇神の召喚を試みた。
「今度こそ」
 四体目の蛇神が噛み付いて、ようやく単眼鬼は砕け散った。
「ふぅ。この悪天候下で倒すには一体が精々ですか。これは……捕獲するには、加減も必要そうですね」
 蛇神四発、錆壊符三枚、結界呪符「白」で壁三つ。
 練力がすっからかんになった八嶋は……急に笑顔になった。
「でも、良い記録になりましたから良しとしましょう。フフフ」
 出番を待っていた轟龍燭陰が、八嶋を乗せて帰る途中、不服そうに鳴いた。


 ところで瘴気の木の実を探して魔の森へ立ち入ったアズィーズは、下級アヤカシを蹴散らしながら首をかしげていた。
「瘴気の実の大樹って、なかなか見つかりませんね。実がなる時期が限定されているのか、アヤカシが巣穴にでも溜め込んでいるのか、そもそも木に実るわけではないのか」
 誰も大元の存在を知らない。
 炭化した胡桃の形状を持つ瘴気の実。あれが発見されたのは近年の話だ。
「アヤカシ同様、魔の森でそういうものとして結晶化しているのか……あら?」
 アズィーズの瞳が、眼突鴉を二羽捉えた。どちらも瘴気の実を持っていた。早速、ベロボーグとともに囲い込み、鴉を駆除して、実を奪う。
「とりあえず実験だけはできそうですね。今日は帰りましょう、ベロボーグ」
 駿龍の翼が大きく羽ばたき非汚染区域を目指す。


 研究施設の中からは、魔の森から戻ったヴェルトと土偶ゴーレムことニグレドの声が聞こえてくる。手加減というのは倒す以上に大変だ。魔の森で苦労して屍鬼を弱体化させて捕獲したヴェルトは、次々に檻に詰めて持ち帰った。
 で、何をしてるかというと。
「一発で消滅なんてつまんないわねぇ。次!」
 魔術師の必殺魔法ララド=メ・デリタで灰化したり、アークブラストで焼いたりしていた。並アヤカシ相手に必殺魔法を繰り出すので、半ばイビリである。
 といっても。
 ヴェルトが魔の森で交戦した感覚では、屍鬼の耐久的な部分は妖鬼兵の三倍、氷鬼の一倍半ほどで決して侮れない。駆け出しの開拓者なら逆に殺される可能性は高く、傍目から弱そうに見えるのは、ヴェルトが開拓者として並外れた技量と実績を持つが故だ。
 鬱憤の発散にも見える一連の行動を終えると、ヴェルトは懐中時計ド・マリニーを取り出し、地道な研究を始めた。負傷と再生の度合いだ。
「浅い傷で一時間ってとこかしら。それじゃ」
 縛り付けた最後の一体……屍鬼の胴をかっ捌いて完全再生するまでの速度を観察する。
 地味な状況がしばらく続いた。
「……やっぱ魔の森の時とは勝手が違うわね。この空間」
 時計の針は精霊力側に振り切っている。瘴気が殆どない非汚染区域においても、屍鬼の回復力は一定量継続していた。自前の瘴気で修復しているらしいが、底を尽きると再生が止まる。
「浅い傷で一時間。完全に修復するには約半日ってとこねー、じゃ、ニグレド。潰して」
 残念ながら放置はできない。
 屍鬼達は武器に瘴気を集約する術を持ち、負傷者に瘴気を感染させ、しまいには魔の森で五十メートル先にいたヴェルト達に思念の刃を飛ばしてきた。
 よって次回の実験には新しい素材が必要だ。
「さーて、晩御飯は何かしらね」


 露草と御樹は、変異した割烹着を待ち望みながら……一日が終わった。
 夜のことである。
 御樹はむっくりと起き上がった。
「どこいくのー?」
 護衛についていた上級人妖の衣通姫も、布団から起き上がった。
「厠ですよ。こうも寒いとどうしても……すぐ戻りますので」
「だめよー、いっしょにいくのー、護衛なのー」
 露草はいない。
 食後に『寝ずの番をしますよ!』と輝く眼で主張してきたので、御樹が丁重に断った。いかに同じ寮生といえど、男女ひとつ屋根の下は宜しくない。
 元より、男女の寝室は別室だ。
「厠の中までついてくるのは勘弁してくださいね」
「わかったの〜」
 上着を羽織り、護身用の珠刀「青嵐」を持って静まり返った廊下を歩く。角を曲がったところで、御樹の視界は真っ白に包まれた。
「え」
 しゅるりと温かい布の感覚。それが御樹の体を容赦なく締め上げていく。
 人妖が悲鳴を上げた。
 首がしまっていく。反射的に刀の柄に手をかけた刹那。
「青嵐さん、だめぇえぇぇぇ! 貴方が切ったら付喪怪なんて一撃です!」
 もふもふの毛布を纏った露草が台所から現れた。
「……言、ってる、場合じゃ……かは!」
 露草の砕魂符が割烹着に当たった。
 すると割烹着は崩れ、瘴気が虚空に散った。一撃だ。布の切れっ端が床に散る。
「私の割烹着〜! そんなぁぁあぁぁ!」
 本人たちに自覚がないが、御樹も露草も開拓者全体の中では上位に入る。
 巷では簡単な術でも十分な威力を発揮する為、下級アヤカシの中でも脆弱な付喪怪は、二人にとってゴキブリを潰すようなものだった。今の一撃を威力的なもので考えると、更にもう一枚の割烹着へ軽傷を与えて余りある威力だ。
「……私の心配してくれませんか」
「……や、でも、元気そうですし」
「……確かに、元気ですけれども」
 貴重な実験材料を手に入れられなかった露草は「次こそ」と、穴のあいた足袋と鼻緒の切れた草履、汚れた風呂敷を設置する為に人妖と夜の闇に消え、安全を確保した御樹は厠に向かったのだった。


 二日目になると十河はアーマーを道におき、借りた荷物を背負って水源へ降りた。
 今はまだ数センチの積雪量だが、もう一ヶ月か二ヶ月すると家が埋まるほど雪が降る。
「このじめじめなら粘泥もいそうかな〜……何とか見つけて捕まえたいところ、お?」
 つるつる滑る岩場を歩いていて、変なものを見つけた。
「飛んで火にいる夏の虫……じゃなく、飛んで水にいる粘泥って感じですかね」
 お目当ての粘泥を発見した。ただし岩場の隙間で凍っていた。水気の多い場所に生息する性質が裏目に出たのだろう。体の表面が凍結し、蠢く形状のまま動きを止めていた。
 持ち帰るのは非常に楽だが、岩から剥がすのは大変である。
 十河は木槌とノミを取り出して、凍結した粘泥の周囲の氷を叩き始めた。


 三日目の朝、常盤は寮長の住む離れを訪ねた。
「寮長、話いい……ですか?」
 土間で沸かしたお湯と自前のお茶を持ってきた常盤を、寮長は快く出迎えた。聞きたい話があって、と話す幼顔に「なんでしょう」と穏やかに囁く。
「生成姫が討たれた後……三珠群島が落下したんだよな?」
「ええ、そうですね。副寮長曰く。霧散した大アヤカシの瘴気が龍脈になだれ込んで……島に到達した後、落ちたそうですよ」
「原因は……」
「調べようにも嵐の壁に消えてしまいましたからね」
 寮長は困ったように笑う。常盤が首を傾げる。
「生成姫は……神として崇拝された記録も残っているときいた。じゃあなんで人を攻撃する側にいたんだろう。願いが善より悪が多かったら……神はどうなるんだろうな」
 もしや精霊が変質したのか?
 そんな事も頭をよぎった。
「生成姫は、元々人を攻撃し、食う側ですよ。所詮あれはアヤカシですもの」
「でも」
「ギルドに残る最古の記録では、冥越における残虐非道な殺しの方が目立っていたそうです。大勢を殺し、食らい、知恵をつけて肥大化し……やがて如何に効率的な搾取ができるか考えた結果、山の神を装うことにしたのでしょう。願いの代償は多大な命。生成姫が実際に何百年ほど漂っていたのかはわかりませんが、獲物を急いで狩る必要が無く、寿命が無いに等しかった伝説の大アヤカシにとって……人間の一生など暇つぶし程度の価値でしかなかったはず」 
「そう、ですか」
 常盤と寮長はお茶をすすった。


 瞬く間に過ぎた三日間で、成果のあった者と考えにふける者で船内は溢れていた。
 何より、毎朝毎晩の除雪で、何人か体力が尽きている。
 例えば苦労して粘泥を持ち帰った十河は「冬場の分厚い氷割りは過酷です」と言ったきり、床につっぷしていた。ちなみに区域へ持ち帰った粘泥は二日間で2体。ともに外の木桶に入れて水をぶっ掛けた。更に雪を積んで天然冷凍庫である。晴れの日でも簡単には溶けまい。
 寮長が甘酒片手に声を投げる。
「皆さん、ちゃんと危険な話などは情報交換しておいてくださいね」
 下級アヤカシを捕獲して持ち帰る者も増えた。
 今後、危険は増えていくだろう。
「僕は植えた榛がどうなるか結果待ちかな」
 シャンピニオンが自分の実験区画を皆に知らせる。
 アズィーズも区域の片隅に、柵を作って実験畑を設けた。非汚染区域の清浄な土地と魔の森それぞれに瘴気の実を植えた。果たして種のような実から芽が出るかを調査する。

 次の渡航は、正月の頃に違いない。