夢路飛行〜仮面舞踏会〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/04 08:48



■オープニング本文

●夢路の仕事

 その日、豪華客船の警備仕事がギルドに張り出された。
 共に添えられた華やかな紺色と白色の瓦版が、ひときわ注目を浴びている。
 豪華客船の目玉は『月の虹を見に行こう』というものだった。
「月の虹って」
「あら、知らないの。月の光でできる虹のことよ」
 太陽光が作り出す極彩色の虹はよく知られているが、月光がもたらす虹の存在を知る者は少ない。
 雲一つない空に輝く、蜜蝋色の月。
 満月を取り囲むように、白く淡い光の輪が現れる事がある。
 これが月光が生み出す奇跡の虹だ。
 世間では『月虹』『白虹』『月輪』などと呼び名は様々だが、総じて曰くがある。
「月の虹を目にした人には、幸せが訪れるんですって」
 幸せを運ぶ夜の奇跡。
 地方によっては『先祖の霊が白虹をわたって、祝福を与えに訪れる』と言われている。
 これにあやかろうと目をつけた者が、開拓者をたくさん雇って天候を調べること数日。
 今夜は月虹がかかる可能性が高いのだという。
「豪華客船の昼仕事が空いてるんですが……お暇なら行ってみませんか?」
 
 夜は幸せを拝めるだろうか。


●仮面舞踏会

 豪華客船の中では、毎日がお祭り騒ぎであったが、最終日は少し変わった催しが行われた。
 乗員も含めて、誰も彼もが礼服を纏い、仮面をつけて身分を偽る。
 今宵は仮面舞踏会。
 客船自慢の会場には、大勢の人々集まっていた。精錬された音楽が絶えず響いている。
 壁沿いには豪華な料理が並び、中央では軽やかに踊る人が波のようだ。
 
 華麗な女性たちの首筋や指先を彩る、眩い宝飾の輝き。

 珊瑚や瑪瑙。
 金、銀、瑠璃、玻璃。
 紅玉、碧玉、翡翠に真珠。

「そこの美しい方、どうか私と一曲」
「よろこんで」
 しなやかな指先に口付けて、夢路の道を歩き出す。

 特別な夜は、今まさに始まったばかりであった。


■参加者一覧
/ リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ヘスティア・V・D(ib0161) / シルフィリア・オーク(ib0350) / ニクス・ソル(ib0444) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / ウルシュテッド(ib5445) / 緋那岐(ib5664) / ローゼリア(ib5674) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / 一之瀬 戦(ib8291) / 一之瀬 白露丸(ib9477) / 音野寄 朔(ib9892) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / ジャミール・ライル(ic0451) / 白雪 沙羅(ic0498) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / 庵治 秀影(ic0738) / ニノ・コッポラ(ic0938) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

●心躍る装いで

 仮装舞踏会は、変わった格好は勿論のこと、ある程度の礼装を求められる。

 からくりのローレルは借り物の礼服に袖を通して、部屋の前に戻ってきた。主人にドレスに着替えるから、と部屋を追いだされて一時間が経つ。
「リト、着替えたのか。入るぞ」
 部屋の中から「う、うん」という躊躇いがちな声がする。そこには蒼く大人びたドレスを来たリト・フェイユ(ic1121)が立っていた。俯いていたフェイユは「あの……似合う?」と問いかけて顔をあげて……そのまま、ぽかん、と迎えに来た相棒の姿に見入った。
『仮面と手袋、肌の見えない服だけで……本当に人と変わらなく見えるのね』
「リト、俺に美醜の判断を委ねるのは不適格だ。美意識の基準を定義しないと」
 フェイユの意識は、急に現実へ引き戻された。ローレルは至って真顔だが、期待した反応を得られなかったフェイユは「そう」と寂しげに返す。
「リト、こういう事は人間の……」
「でもね、ローレルはとっても素敵よ」
 微笑んだフェイユが「ローレル、腕こうやって」っと腕の組み方を指導する。言われるまま背筋を伸ばして右腕を固定すると、フェイユが華奢な手を通した。
 これでエスコートの準備は万端だ。
「会場ではワルツ、付き合ってね。足踏まないように頑張るから」
 ローレルは「ワルツ?」と首をかしげつつ、フェイユを貴婦人のように連れて行く。

 豪華客船に一人、また一人と仮面の紳士淑女が増えていく。

 礼装のウルシュテッド(ib5445)は、星頼の手首にカフスをつけながら「これで立派な紳士だ」と笑いかけた。隣のジルベール(ia9952)は「礼装は何度着ても慣れない」とぼやく。
 ジルベールが連れてきたエミカの姿はない。別室で姉妹揃って着替え中だ。
「開拓者やってると意外とあるよな、礼装の機会」
「せやけどテッド〜、肩が張ってかなわんって」
 男二人と少年一人の格好は整った。
 隣室へ迎えに行くと、既に支度を終えた三人娘が待っていた。
 フェンリエッタ(ib0018)がイリスとエミカの背を押す。
「みてみて叔父様。華麗なレディーのデビューよ。テーマは『なりたい自分』ね」
 ウルシュテッドは「これは見違えたな」とうなり、ジルベールは「ええやんええやん」と褒めていた。姉妹ともに照れたような顔をしながら、頬を染め、くるりと回って見せる。
 小さな二人のレディーと幼い紳士を連れて、三人も会場へ向かった。

 孤児院の子供たちを連れてきた者は他にもいる。
「さ、おしゃれの時間です。アクセサリーはどれがいいか、選んでくださいね」
 アルーシュ・リトナ(ib0119)は恵音に黒地に白い刺繍が可憐なドレスを着せた。
 髪を結い上げ、毛先は巻いて癖をつけて、幼い顔に薄化粧と口紅を施す。
 仕上げは贈り物の、音符の首飾り。
「さぁ会場へ行きましょう。素敵な紳士でなくてごめんなさいね」
 白い手袋をはめて、絨毯の上へ踏み出す。

 借り物のダークレッドのドレスにアメジストの首飾り。
 鏡を覗き込んだ紫ノ眼 恋(ic0281)は『魔女みたいだな』と口元に笑みを浮かべた。
 幼い真白とからくり白銀丸は、燕尾服で凛々しく決めた。二人にも猫と鳥の仮面を渡す。
「徐々時間だな。いくか」
「ぼくは、とりさんだね」
「ふふ、今日は違う誰かになれる日だ。服はきつくても、少し辛抱するんだぞ」
 人恐れなくなってきた真白を見ていると、存分に羽を伸ばし、楽しんでほしいと思える。

 ネネ(ib0892)は幼いののに羽根つきドレスを仕立てた。幼い手でスカートをかき抱いて「もふもふーふわふわー」と燥いでいる。逃げた猫又のかわりだ。一方のネネは胸元と背中が大きく開いた官能的なジルべりアドレスを着た。揺らめく水面のように煌く布地が人目をひく。
「さ、美味しいご飯食べましょうね」
「ごはん〜」
 手をつないで廊下に出た。

 礼服を纏ったローゼリア(ib5674)は、未来に白いドレスを着せていた。季節が冬目前であり、童話に出てくるお姫様が良いだろうと考えて。
「参りましょうか、お姫?」
 未来は何を思ったのかドレスの裾をつまんで一礼した。
 そして手をつないで部屋を出る。

 男装のリオーレ・アズィーズ(ib7038)は、明希に青いドレスを贈った。ふんわり裾が揺れると、きらきらと輝く水面を彷彿とさせる。髪を丁寧に梳いた白雪 沙羅(ic0498)が感極まって抱きつく。
「うわぁ、かわいいですよ! 明希が一番きらきらですー!」
 アズィーズと白雪も明希と手をつないで部屋を出た。
 同時刻。
 姿見の前で襟元を正す火麗(ic0614)は、白い着物を着ていた。凛とした立ち姿は大人の色香を漂わせる、仕上げは撫子の簪に黒仮面。露出した口元は薄紅の光沢を放っていた。
「火麗姐様は、今宵も素敵にせくしーなのだ!」
 同室の兎隹(ic0617)が、憧れの眼差しを向けた。
 火麗は「大げさだねぇ」と照れ笑い。
 勿論、兎隹の格好も輝きに満ちている。水晶から削り出されたスノードロップの耳飾りは光を乱反射し、銀糸がきらめく清楚なドレスは、ジルベリアでも名の知れた一品であった。白いレースの手袋をはめ、水晶のハイヒールで立つ姿勢は、姫君の装いに勝るとも劣らない。
 最も、余りにも品位を重んじた結果、お気に入りのうさぎのぬいぐるみキルシュは、格好にあわないので部屋で留守番だ。
 火麗は兎隹の格好をみて「本当に可愛いねぇ」と素直に褒める。内心『男の言う、食べちまいたいくらい可愛いって、こういうのをいうのかしら』と悩みこんだ。
 女心は難しい。
「火麗姐様? いかぬのか?」
「ああ、そうね。会場で沙羅達をみつけないと。美味しいお酒も楽しみだねぇ」
 賑やかな廊下は着飾った人たちで溢れかえる。
 右も左も、笑顔で満ちていた。
「将来、火麗姐様と一緒に色っぽくお酒を楽しめる頃には、吾輩も『ばいんばいん』になっていたいものであるな!」
 目指す『大人の女』を語られた火麗は「そう」と言いつつ天井を仰ぐ。
『……そんなにいいものじゃないんだけどねぇ。服は合わないし、肩凝るし……なんて』

 ところで。
 日が暮れても武装していた天野 白露丸(ib9477)に「なーにしてんだぁ」と声をかけたのは、恋人の一之瀬 戦(ib8291)だった。黒と青の礼装に身を包み、にやにやと笑っている。
 いまいち状況をつかめない天野が「戦殿?」と首をかしげた。
「おっかないもん持ってんなぁ。……ジルベリア風の宴会は礼装必須だぜ? ほらよ」
 蒼い包を渡す。
 中身は流麗なシルエットを生み出す青のドレスに仮面と手袋。そしてハイヒールだ。
 盛大な勘違いに気づかされた天野が、顔を真っ赤にして、慌てて部屋へ消えた。

 礼服の存在を理解していなかった者は他にもいた。

「え、礼服なんて聞いてないんだけど」
 豪華な食事に釣られてきたジャミール・ライル(ic0451)は、壁に張り付いた。
 ライルを追い詰める、いい笑顔。
 ニノ・コッポラ(ic0938)の手には船から借りた五着の礼服や仮装の数々。
「そういうと思って借りてきたんじゃないか。安心したまえ、タイの色も五色用意済みだ」
「無理無理! こんなの着たら窒息死しちゃうってば!」
「大げさだな。僕ほどではないけど君も美しいからね、着飾ればもっと……あっこら、どこに行くんだよ!」
 あばよ、と逃亡を試みるライルを止めたのは、巫女装束から着替えを済ませた音野寄 朔(ib9892)だ。コッポラの見立てで借りた衣装は、ワインの赤で染めたような淑女の一着。
「失礼。待たせたかしら?」
 美姫の登場に見惚れたライルをコッポラが捕獲する。
「諦めたまえ」
「いやだー! 俺は豪華な料理を食べるんだって!」
「やあ、音野寄君。見苦しい姿ですまないね。君は……いつもの巫女服もいいけれど、今日のドレスも素敵だよ。僕の次にね」
「ふふ、有難う。赤がいいと言っていたから。似合っているなら、よかったわ」
 自分に酔ったコッポラの発言は華麗に流された。
「廊下から月が見えて綺麗よ。急ぎましょ」
「もちろんだ」
「いーやーだー!」
 礼服を拒絶するライルに「ご馳走は、礼装でないと食べられないが、いいのかね」という脅し文句が降り注ぐ。なんとか格好を見目麗しく整えた三人も、華やかな会場へ向かう。

 豪華な料理と美味い酒に釣られた庵治 秀影(ic0738)も例外ではなく、からくり緋号巌鉄に無言で渡された礼服一式を眺めて「なんだこの服は」と怪訝な顔をしていた。
 からくりが差し出した依頼書の写し。
 その片隅には『礼装必須』の文字がある。
「ちっ、飯の場所は正装必須たぁ面倒だな。……何だよその目は……仕方ねぇなぁ」
 嫌々着て部屋を出た。

 しかし改まった格好が出来る者は、まだいいほうかもしれない。
 自室の緋那岐(ib5664)は「おかしいな、俺の衣服が見当たらねぇ」と呟きながら荷物を漁っていた。
 しかし無い。
 もってきたはずの衣装がない。
 かといって今更借りるには遅く、裸で出歩く訳にもいかない。
 すると提灯南瓜が持ってきたのは、胸元や裾を羽毛で飾った、ふわふわでゴージャスなドレス等の女物だった。
 妹の服だ。
 悪戯にも程があるが、もはや観念せざるをえない。夕食を食いっぱぐれない為に自尊心を放棄した。

 大勢が会場へ向かう中で、ニクス(ib0444)は頭を掻いていた。
 着替えに戻った妻のユリア・ヴァル(ia9996)が、書置きを残して消えてしまった。
 和紙には『私をみつけて』という一文と『ヒントは新しい贈り物と約束』と書かれていた。
「やれやれ、見つけないとな。新しく贈ったのは確か……漆と金粉の」
 桜の蒔絵をあしらった豪奢な簪だ。
 着物や髪型など、あれやこれやと可能性を考える。
 ふいにニクスの視界に入ったのは、ヴァルによく似た格好をさせられた男性型からくり。
『……女装とは不憫な。疑似餌のつもりか』
 普段、散々イヤミを言ってくるからくりが、不機嫌な気配を振りまきながら歩いている。
 そっとしておくか否かを考えて。
 囁かな報復にでた。
「こんなところにいたのか探したぞ……と、これはこれは誰かと思えば」
 わざとらしい発言に、からくりの刺すような視線が飛ぶ。
「これはニクス。ついにユリアに捨てられましたか」
 ああ言えばこう言う。
 華やかな宴の夜だというのに、迸る殺気。
 剣呑な二人を物陰から見守っているのは、物陰に隠れたヴァルだ。夫がどのように自分を探すか気になって、ずっと気配を殺して後をつけていた。
 面白そうなので放置を決め込む。



●豪華絢爛の舞踏会

 会場は大きなダンスフロアになっていた。
 シャンデリアが眩く輝き、壁沿いには豪華な多国籍料理が並んでいる。

 数少ないテーブル席を確保したネネは、ののにマナーのマの字を教えていた。
 と言っても相手は四歳児。
 本格的なテーブルマナーができるほど大人ではないし、落ち着きがない。食べ物を持ったまま歩いたり、大声で騒がないように目を配っていた。
「おにくー、うしさーん」
「たくさんのごちそうですけど、お行儀良くいただきましょうね、のの」
 片手にフォーク、口の周りはソースでベトベト、そして空いた手には……脱走したはずの猫又うるるがいた。猫又のくせに視線が遠く、ぐったりと首がたれている。落ち着きのないののを一箇所に留めておくには、お気に入りのもふもふ……今回の場合、うるるを抱かせておくのが一番だということに気づいた。
『ごめんね、うるる。我慢してね』
『がまんしてればいいんでしょ、もー、この貸しは大き……ぐぇ』
 アイコンタクトで意思疎通をはかるネネと猫又。一方ののはご満悦だが……ネネは皿のお残しに気づいた。
「のの、お野菜も食べないと体に悪いですよ」
「う〜、おやさい、あじしなーい」
 少し前までは、里にいた頃の飢餓感覚が残り、なんでも食べていたが……彼是選べるようになってきたからか、牛肉や甘いものを食べる一方で、野菜を残す事が増えていた。

 子供連れといっても、歳が上がれば興味も変わる。白雪がぐるりと内装を見渡した。
「豪華なお食事、綺麗なドレス……凄いですよね」
「うんー、きれーい」
 明希が「あれなに、これなに」と質問を繰り返す。
 それを丁寧に教えながら、この子には色々な世界を知ってほしい。そう思う。
「さあ、二人共。晩御飯は食べ放題ですよ」
 アズィーズは、皿に食べきれないほど料理を盛る明希と沙羅を見守りながら、楽しい時間を邪魔するナンパを遠ざけるべく、騎士の代わりを勤めていた。
「いたいた。ずいぶん探したよ」
「沙羅、其方のお姫様は?」
 白雪が聞きなれた声に振り返ると、そこには葡萄酒を持った火麗と、デザートを口いっぱいにほおばる兎隹がいた。白雪が手を振る。
「あ! 火麗さん、兎隹さん! こっちに綺麗なケーキがありますよ! 一緒に戴きましょう!」
「ほんとかい? 美味い料理に酒に綺麗な景色……やっぱりこういうところはいいねぇ」
 見知らぬ女性たちを見た明希が、白雪達の影に隠れた。
「あーき。このお姉さん達は私のお友達だから、大丈夫」
「その子が明希なんだね。はじめまして、火麗よ」
「おぉ、君が明希殿なのであるな! 我輩は兎隹だ、宜しくなのである。お近づきの印にお菓子をどーぞなのだ」
 しゃがみこんで片目を瞑り、薔薇を象った飴細工をおすそ分けする。
 窓辺から月を見上げ。
 集った女四人の胃袋は……底なしだった。
 一方「美味しいけど、もう食べきれない」と箸を置いた明希に、白雪は「食べ終わったなら、リオーレさんの所で、夢の続きを楽しんでらっしゃい」と後ろを指差す。
 男装のアズィーズが恭しく手を差し出した。
「お姫様、私と一緒に踊っていただけませんか?」
 怖気づく明希に、ふた言み言アドバイスを囁く。
 踊れないとか、ひと目なんて気にする必要はない。
 今宵は仮装舞踏会。
 姿を偽った人々が、楽しく過ごす為の宴だ。
 そして華やかな会場で踊る人々に、兎隹は見惚れた。
 いつか誰かとあの場所で、共に踊ることができるのだろうか、と夢を見ながら。

 立食テーブルの片隅には、女装を強いられた緋那岐が皿に山盛りの料理を食べていた。見知った顔が多い事に気づいて、なんとか気づかれずにすまそうと無駄な努力の最中だ。
 ちなみに緋那岐の存在に気づいたネネやアズィーズは、そっとしておくことにしたらしい。
 元凶の提灯南瓜は音楽に合わせて、くるくると虚空を踊っていた。

 音野寄はコッポラのエスコートで壁際の椅子に座った。初めての舞踏会に、なれないハイヒールで踊る余裕はない。それでも食べ尽くせないほど並んだ料理は、音野寄達の胃袋と心を満たす。
「んー、甘酸っぱい。普段は和食が多いから新鮮なのよね」
「音野寄君、海鮮のあんかけも美味しいよ」
「本当ね。作り方が知りたいぐらい。そっちはどうかしら」
 音野寄がライルを見ると、銀食器を加えた覇気のない顔で「あー、なんか、味わかんねぇわ」と呻いていた。いつの間にか首元のタイも緩め、整えた髪もくたびれ気味だ。美しい女性は沢山いるのに、一部の隙もなく着飾っているので……声をかけづらい。
「やれやれ……では気分転換でもしてみるかね」
「えー、どんなの」
「例えば、こちらの貴婦人と踊ってみるとか」
「んーこの手のダンスは踊ったことねぇけど……見てる限り、割と単調なんだよなぁ。すぐ踊れそうだし、気分転換にいいかも。一曲じっと見て覚えてみっか」
「あら踊れるの?」
「え……俺、踊り子よ? まぁまぁ、任せてちょーだいよ」
 数分後、ライルは音野寄の手を引いて会場の中央を陣取った。

 上級人妖の鶴祇が酒を配り歩く。
「希儀産の宝栓葡萄酒じゃ。滅多に飲めぬ一品じゃよ〜」
 給仕から飴色のグラスを差し出されたローゼリアは、一瞬ぐらついた。
「い、いえ……今日はお酒は結構ですわ」
 隣には未来がデザートを次々に平らげている。落ち着きのない子供を見ていなければならない都合上、どうしてもお酒とダンスは二の次だ。後ろ髪引かれる思いを振り切り、未来にあちこちで楽しげに過ごす兄弟姉妹の居場所を知らせる。
「ほら、未来。ごらんなさい、じきにアルーシュお姉様と恵音の出番ですわ」

 少し時間は巻き戻り。
 リトナは自分と恵音の分の料理やケーキを皿に持って確保すると、籠にしまった。後で空龍フィアールカもふくめて、月を見上げながら楽しむためだ。
「今食べないの?」
「ええ、今日はあなたと一緒に音楽を楽しみたくて。音楽や歌は、人の心を楽しくする、笑顔を彩る魔法だと思うんです。これから出番ですから、一緒に演奏しましょう」
 驚く恵音の手をひいて華々しい舞台に上がり、楽隊に加わる。軽やかに囀るような音に身を任せ始めた。

 美しい調べが、踊り手たちを魅了する。
 ワルツを楽しむ人々は、お年寄りから若者まで様々だ。

 一般的なワルツとは……向かい合って男性が左手を差し出すと、女性が吸い寄せられるように近づき、右手を男性の左手に重ねる。男性は右手を女性の背中にあて、女性の左手は男性の右肩の付け根に当てる。
 実はこの手。
 踊っている間は常に頭より高い位置にある上、背筋を伸ばし続けるので非常に疲れる。
 しかも男女は体の側面をぴったりと密着させなければ、動きが読めない。逆を言えば、リードする男性さえ動きが完璧ならば、女性はさほど苦もなく踊ることができる。
 その後、男性が左足から前進し、1、2、3の三拍子で左に進んでいく。ナチュラルターンとアウトサイドチェンジと呼ばれる動きを繰り返す事で舞うような動きが可能になる訳だが……会場の踊り手たちの様子は様々だ。

 例えば星頼はジルベールの特訓を受けていた。
「ええかぁ星頼、女の子をダンスに誘うときはこうするんやで」
 得意げに胸を張った青い瞳の青年は、傍らの紳士に向かって一例一つ。
「お嬢さん、一曲お相手願えませんか」
「誰がお嬢さんだ、誰が」
「近くにええ感じのお嬢さんがおらんし、むやみに誘うのもなぁ。俺、奥さんおるし」
「失敬な。少なくとも此処にはフェンがいるだろ。お前なら、大切な我が姪をダンスに誘うくらい許……」
 ジルベールがウルシュテッドの足を踏む。漫才を繰り広げる男たちの傍にフェンリエッタはいない。小さなお姫様……イリスとエミカにダンスの指導中だ。
 やがて一人で踊るさまを見たウルシュテッドが、フェンリエッタを捕まえて、ジルベールに託した。フェンリエッタは、子供たちへのお手本として一曲踊ることを決めた。
「いい、イリス、エミカ、星頼。肝心なのは何だと思う? 音楽と踊る相手を大切にして、楽しい気持ちを通わせる事よ。それじゃ……ジルベールさん、よろしくお願いします」
 貴族の令嬢として、指先まで気合の入った所作で会場を歩き出す。
「ダンスの腕はまあまあやねんで? 奥さんと練習してん……少し痩せたんと違うか?」
「ジ、ジルベールさん?」
 一瞬面食らったフェンリエッタは、ジルベールの眼差しが真面目な事に気づいて、複雑そうな笑みを浮かべた。心労を悟られないよう、精一杯の笑みを浮かべる。
「ふふ、気づかれちゃったわ」
「あのな。フェンさんが頑張ってる事、俺も他の友達も、皆よぉ分かってるで。せやから」
「ありがとう。そう言ってくれるお友達が居る事が……私の誇り」
 フェンリエッタは曲が止まったと同時に、ジルベールの頬にキスを贈った。
「叔父様の事、これからもよろしくね?」
 蝶は少女たちの元へ戻っていく。

 フェイユとからくりローレルも踊っていた。
「お前の足を踏まなければ良いのだな。単純な動きでよかった」
 からくりは一度覚えると、その所作は乱れがない。
 ローレルに身を委ねるだけで、フェイユは自然とワルツを踊り続けることができた。
「あのね、誰かの代わりでローレルを連れて来たんじゃないのよ?」
 ひそひそと小声で囁く。硬質の顔の向こうに、窓から見える月があった。
「だってローレルは、私の王子さまだもの」
 願わくば。
 この先もずっと、楽しい日々を傍で過ごせます様に。

 ヴァルとニクスの夫妻も軽やかに踊る。
 舞踏用のバラージドレスは、ヴァルを蝶のように回せた。銀の仮面越しに言葉を囁く。
「ねぇ、ニクス。まさかとは思うけど、シンの事、本当に私だと思った?」
「普段のお返しをしたまでだ」
 にべもない。
 目印になった簪は、ヴァルの髪を飾っていた。こうして華を添えることが約束の証。
 二曲目になっても二人は踊り続けた。片時も離さぬと、指先に力をこめて。

 華やかな踊り手たちを見て落ち込んでいたのは、深紅と橙色で染められた情熱的なバラージドレスを着たヘスティア・ヴォルフ(ib0161)だった。仲の良さそうなニクスとヴァルを眺めて『いいなぁ』と羨んでしまう。あんな風に踊ってみたい、と望んだ刹那。
「それでは、一曲お相手願えますかな? 我が半身」
 手を差し出したのは、黒い礼服姿の竜哉(ia8037)だった。
 考え込むヴォルフを見て、体を動かしながら考えさせた方がいいな、と判断してだ。
 ちなみにワルツ等において、男性は女性を引き立てなければならない。そういう意味でも、装飾の省かれた竜哉の格好は場を心得ており、適していた。ヴォルフはいつもの調子で「受けて立つ!」等と言い放ってしまい、周囲の注目を浴びて赤面する。
「……決闘じゃないんだがね」
「わ、わりぃ、甘いってのが今一わかんねぇ……俺が相手で」
 穴があったら入りたい、と内心絶叫しながらヴォルフが竜哉の手を取る。
 生まれ故か、育ちの素養か、竜哉のリードで会場を軽やかに回っていく。
「すげぇ……たつにー、俺踊れてるよ」
 体の側面が密着しているので、竜哉がどの方向に進むかが分かる。最初は驚くばかりだったヴォルフは、回る視界の中でふいに思った。
「……どうやったら可愛くなれるんだろうな」
 それは乙女にとって永遠の課題。
「なに?」
「え? 俺、いま、口に出てた? ……き、聞かなかったことにしてくれ!」
 耳まで赤くなった。
 丁度曲が終わり、ヴォルフはからくりをつれて料理のある円卓へ逃げ出す。
 取り残された竜哉は肩をすくめて後を追った。ひらりと逃げた紅の蝶をつかまえて、夢見る夜に美酒を掲げる。囚われた蝶は「ありがと」と白皙の横顔に口付けを贈った。

 人見知りの激しい人妖小鈴とお揃いのドレスを着たシルフィリア・オーク(ib0350)は、まばゆいばかりの会場を優雅に眺めていた。人妖は相変わらず腹に抱きついて微動だにもしないが、オークの話にはちゃんと耳を傾けている。
『誘いがあれば踊ろうと思ったけれど……』
 小鈴を留守番させるのは、少し難しそうだった。

 少年アルドを連れた无(ib1198)は、宝狐禅ナイとともに、無口なアルドの様子を観察していた。借りた礼装に身を包み、硬い表情を崩さない。
「綺麗な雰囲気ですねぇ」
「うん」
「舞踏会は眺めているだけでも楽しいものです」
「いろんな人がいるな」
 アルドは目を皿のようにして何かを探しているが、目的のものは見つからなかったらしい。近くにあった魚料理を手に取り、椅子に座って食べ始めた。積極的に誰かに話しかけることもなく淡々としている少年に、果たして『としの近い友達』が出来る日は来るのだろうか。分からない。
 それでも無関心さが薄れてきているのが、若干の前進とも思えた。

 給仕たちは各国から取り寄せた様々な酒を配り歩いている。
 庵治は正装に加えて髪を整えると、見事に容貌が一変した。しかし会場の椅子を一つ占拠して首元を緩め、やることといえば酒盛りだ。
「くくく、ちぃとせまっ苦しいが……中々良い酒にじゃねぇか。いつもの酒も悪くねぇがこういうのもたまにはいいねぇ。お、誰かと思えば恋君じゃないか」
 紫ノ眼が声をかけてきた男の頭からつま先まで凝視する。
「秀影殿か。珍しい格好だな」
「お互い様だろ」
 見知った顔に一声投げた紫ノ眼は、会場の片隅で真白と足の運び方を練習する。
「そうそう胸を張って。上手だ。あたしと一緒に踊るには……真白の身長が少し足りないかな。でも踊り方を覚えておくだけでも将来、好きな女の子ができたら役立つかもしれないぞ。普段しない経験に触れられるのは、いい機会だ。こういうのは楽しめばいいのさ」
 自分の手を見て難しい顔をしている真白に、庵治は「しかめっ面はあわねぇぜ」と言いながら、エビのすり身揚げを幼い口へ放り込んだ。
「おいひい!」
「慌てて食いすぎだぜ。ちぃと落ち着けよ、料理は逃げ……」
 ない、と言おうとして、半ば空になった隣りの大皿を給仕がかっさらっていく。
「あー……」
「逃げることもあるんだねぇ。ほれ、俺の分も食うかぃ?」
 もっしゃもっしゃと庵治の箸に食いつく。
 紫ノ眼が「すまないな」と申し訳なさそうに謝ると「かまわねぇよ」と手を振った。
「俺は酒がありゃあ良いからな。それより、どうだ恋君。俺と一曲」
「……秀影殿、警備の時に『踊れない』と言ってなかったか」
 ふいに真白が紫ノ眼の手を引いた。
「うん? どうした真白」
「いつか、ぼくが大人になって、ずっと身長が大きくなったら、一緒に踊ってくれる?」
 目が点になった紫ノ眼は「楽しみにしていよう」と言って小指を絡めた。
 この幼い紳士が成人し、紫ノ眼の身長を超えるのは……少なくとも8年先の話だ。

 天野はおぼつかない足取りで踊っていた。支える一之瀬はあくまでゆったりと動く。
「離れると倒れんぞ?」
 耳元で囁くと天野の顔が赤く染まった。余裕綽々の顔を見上げて「すぐに覚える」とムキになるのは、ささやかな意地だ。肩肘張った天野の様子を見ていると、悪戯心が芽吹く。
「まさか踊れない、とかが理由で……さっき、あのまま壁の花決め込む気だったんじゃあねぇだろうな? こんな美丈夫を放ったらかして?」
 曲が始まって一之瀬に手を引かれるまで、天野は大会場の隅で顔を覆っていた。
 仮面『舞踏会』を、仮面『武道会』と勘違いしていた恥ずかしさ故である。
 しかし冗談に付き合うほど、天野の精神に余裕はなかった。
 普段は男装な上、慣れぬ踊りで疲れが見える。
 曲が止まった後、一之瀬は天野を甲板に連れて行った。甲板は月光に照らされ、闇色の空には星々が煌く。緊張の糸がほどけた天野は、一之瀬の仮面をとって微笑んだ。
「……やっぱり、顔が見れた方が良いな」
「へぇ。けど自分だけ隠したままってのは、ずりぃだろ。俺が見えねぇと、寂しい?」
 天野の目を覆っていた白と蒼の仮面を人差し指で剥ぐ。白銀の髪の向こうにあるのは、唯一無二の女の顔だ。髪を梳く骨ばった指に、甘えるように擦り寄って瞼を閉じる。
「すごく、寂しい……それに……戦殿に、見られている方が幸せだ」
「なら、他の奴にはみせんなよ。――――鶺鴒」
 秘密の名を囁くのは、ひとりだけでいい。
 瞼に降り注ぐ唇の温もり。
 銀糸の頭上に輝く水晶の冠は、月光を反射して煌めいた。