【鬼灯祭】壺【農場記】
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/19 18:51



■オープニング本文

 広大な農家の中心に、ぽつんと家屋がある。
 窓辺に少女が座っていた。
 顎のラインで切りそろえられた美しい金髪に、空を写した青い瞳。
 本来なら嫁いでいるべき年頃にも関わらず、彼女はこうしてひとり、家にいた。身飾りの一つは所々綻んだリボンだけ。
 その横に寄り添うように、五歳くらいの少年がいた。
 真綿のような、ぼさぼさの白い髪。
『ミゼリねーちゃん。俺、少しだけ出かけてくるよ』
 手のひらに、指で文字を書いた。
 生きる気力を、根こそぎ奪われてしまった大切な姉。
 医者が言うには心の問題だというが、見ることも話すこともできず、耳はなにも聞いていないのだという。
「ほらぁ! さっさといくわよ! 杏!」
 ハエタタキで少年の頭をひっぱたいたのは、ぷりぷり怒っている人妖だった。
「痛いよ。ヒルデ〜」
「このブリュンヒルデ様をいつまで待たせるの! 急がないと鬼灯祭がおわっちゃうでしょ!」
「でもさー、そんなに上手くいくかなぁ、あの作戦」
 杏と呼ばれた少年は背中に荷物を担いで、軽くて大きな壺を手に取った。
「トーゼンよ! この聡明なブリュンヒルデ様をなんだと思ってるのー! この白螺鈿から開通した安全な道に、運良く始まった山向こうの鬼灯祭、そして狙うは大金持ちの旅人よ! 燃える、燃えるわー!」
 やけに人間くさいブリュンヒルデという人妖の言葉に、杏は溜息を吐いた。
「分かったよ。炎鳥、ミゼリねーちゃんを頼むな」
「任せておけ、小僧」
 ふん、と胸を反らす。
 赤い鶏冠のように髪を立てた、これまた一癖ありそうな人妖だ。
「そうよ、ロースト。留守中に問題でもおこしてみなさい。焼き鳥にしてやるから」
「食い物じゃねぇっつってんだろ! 目標を達成するまで帰ってくるな!」
「なぁんですってぇぇぇ!」
「ヒルデ、いくよー」
 ぎゃーぎゃー騒ぎながら、少年と一匹は旅にでた。


 + + +


 しんしんと、降りそそぐ白い雪。
 渡鳥金山の高嶺に、うっすらと雪化粧。
 吐息が白く曇る頃になると、人々はにわかに活気づく。
「今年もこの時期がきたねぇ。さぁ、みんな。鬼灯籠をめいっぱい飾ろうじゃないか」

 ここは五行結陣が東方、山麓の田舎里。
 かの名を『鬼灯』と人は呼ぶ。

 かつて人々は里の裏山‥‥渡鳥金山を『しでのやま』と呼んでいた。
 要は『死者がこえていく山』すなわち『あの世』を意味する。所々魔の森の侵食を受ける山脈は常人達から恐れられ、行商人や旅人が山を越えていく『山渡り』は命がけと言われている。
 そんな過酷な場所だからか。

 鬼灯の里では、山で命果てた者を「鬼になった」とよく例えた。
 アヤカシの鬼という意味ではなく、飢えた死者の魂という意味である。供え物をして供養してくれるのを待っているとされ『餓鬼』の字をあてた。鬼は常に飢えている。食べ物を見つけても火に変わる‥‥そんな哀れな鬼の供養に、現世で炎を燃やせば、あの世で炎は食べ物にかわるだろう、という眉唾な話が広まった。
 人々は供養の為、提灯に火を灯して供物とし、鬼面を被って来たる鬼をやり過ごす。

 そんな土地の風習は、いつしか鬼と共に宴を楽しむ祭、へと変化を遂げた。
 厳しい冬ごもりの前に、鬼に怯えず皆一緒に昼夜を騒ごうではないか‥‥
 里の人々は、鬼面の描かれた提灯『鬼灯籠』を飾りに飾った。
 出かける者は、大人も子供も、赤か黒の鬼面を被る。
 誰が鬼か、誰が人か。
 祭の間は、区別もつかぬ。
 さあ‥‥飲んで食べて、歌って踊れ。鬼灯祭が始まった。


 + + +


 鬼灯祭が始まって数日後、ギルドに一件の依頼が持ち込まれた。
「壺かつぎ、ですか」
 なにやら妖怪かと思うような言葉に、頬を掻く受付。
「そうなんです。祭が始まってから、壺を被った変な子供が彷徨くようになりまして」
 宿屋の女将曰く、その子供は夕暮れ時になると広場の暗がりに現れるという。
 頭に壺を被り、大きな鞄と酒の入った竹筒の水筒を提げていて、旅人に近寄っては少年の声でこう告げる。

『なぁなぁ、翡翠をおくれ』

 散々付きまとって、翡翠を一粒くれると『ありがとう!』と可憐な少女の声でお礼をいい、さーっと人混みや暗闇に消えてしまうのだという。
 一度怒った旅人が捕まえようとしたが、壺を被っているくせに、やけに夜目がきく上に、すばしっこくて捕まえられない。挙げ句の果てに、時々壺の中からカラスが現れて襲いかかって来るという。
「害はあまりなさそうなのですが、うちのお客様が盗られた盗られたとおっしゃるものですから……翡翠を一粒、お客様と里の評判の為に、とりかえして頂けませんか」
 追い払えれば、なおいいのだけれど。と、女将は言った。


■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
水月(ia2566
10歳・女・吟
若獅(ia5248
17歳・女・泰
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
ロムルス・メルリード(ib0121
18歳・女・騎
ミシェル・ユーハイム(ib0318
16歳・男・巫
ネリク・シャーウッド(ib2898
23歳・男・騎
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰


■リプレイ本文


 緑の瞳が淡く輝く。
 祭を見た水月(ia2566)の幼い容は期待に満ちていた。感嘆の溜息と、祭火にまざりたい衝動。動き回って落ち着かない。そんな水月の頭上に、人妖のコトハがいた。
「お祭を見るのは初めてだけど、観光はあとなのかな」
「‥‥う」
 こっくりと首が前に倒れる。「ひゃあ!」と頭の上のコトハが落ちかけた。白銀の髪にしがみつく。もがくほど絡まった。
「動くなって。とってやるから」
 酒々井 統真(ia0893)がコトハを救い出す。
 また里を遠目から眺めた酒々井はやや不安そうな顔をしていた。
「普段と装い変えたし、ルイじゃなく雪白連れてきたし」
 追われているような独り言。
 人妖の雪白が怒っていた。
「ボクを変装の一環に使うのは少し納得いかないが」と言いながら肩に手を置き「祭に連れてきてくれたということでチャラにしてあげようか」と爽やかに笑う。現金な性分だ。
 祭りに興奮する者もいれば、逆もいる。
 隣のミシェル・ユーハイム(ib0318)は白い顔をしていた。
 しきりに深呼吸をして「大丈夫大丈夫」と自己暗示をかけていた。
 遠巻きに様子を見ていた酒々井が「‥‥大丈夫か?」と体調を気遣う。
「な、なんだ? 別に緊張してなどいないぞ!」
 狼狽する様に「具合が悪いなら休んだ方が」と若獅(ia5248)が宿を探し出す。
「そうじゃなくて‥‥実は初依頼‥‥なんだ」
 消え入りそうな声がした。
「なるほど」
「天儀に来たばかりで色々と不慣れだが‥‥みんな、よろしく、ミシェルと呼んでくれ」
 勿論という言葉にぱっと顔が華やぐ。
「しっかし壺を頭に被ってるって‥‥どんなやつだよ」
 目は見えているのか? 危なくないのか? そんな疑問を胸に抱きながら緋那岐(ib5664)は怪しげな子供のことを考えた。
 アヤカシなのでは、という声もあった。
 だが装飾品、こと石に見識のあるアルーシュ・リトナ(ib0119)は不思議に感じた。
「翡翠‥‥長寿・繁栄を意味する、強い破邪の護り石。そして現世と霊界、魂と心を繋ぎ精神の安定をもたらす」
 事実かどうかはさておき、長年人々にそう信じられてきた。
「そんな石をアヤカシが求めるでしょうか?」
 異形たる鬼面を飾る、恐ろしくも美しい祭火。
 遠巻きに鬼灯籠を眺めながら駿龍のフィアールカをお留守番に預けに向かう。
「アヤカシかどうかはさておき。ともかく面白そうなんで探してみっか。な、疾風。そういえば盗られたって言ってるのは一人だけなんだよな? ホントかね」
 赤いスカーフを首に巻いた忍犬を撫でながら、緋那岐は首を傾げた。
 酒々井が「そうだな」と首を捻った。
「翡翠を盗られたっても、強奪してる訳じゃねぇ。迷惑には違いないが、件の客も本当に盗られたんだか」
 騒ぎに乗じて自分も被害を受けたと騒ぐ、心底迷惑な人間だっている。
「翡翠は貴重品、持ってそうな相手を羽振のよさから判断してるのかね」
 ならば捕まえるのも容易そうだ。
 皆、方針と集合場所を決める。
「壺被った翡翠をおねだりする子供、かぁ」
 若獅は頭を掻いた。
「何かこだわりがあるんかな? でも人を困らせてるんじゃ、放っとく訳にもいかないか」
 訳有りな気はする、と考え出すが、予想だけでは考えが纏まらない。
 黒い鬼火玉を従えたブラッディ・D(ia6200)は肩をすくめる。
「集めてるなら何のための翡翠か‥‥調べてみねーとわかんないか。よし。いこう、黒緋っ!」
 黒い鬼火玉が子犬のように飼い主にじゃれつきながら後を追う。
 この人混みだ。
 すぐ見失う。
「確か鬼灯祭、だったかしら? 天儀のお祭りも興味深いわね」
 災害を沈めたり、恵みをもたらしたりと、招福の神を祀る地域はどこもかしこも代わり映えがしないが、鬼灯のように恐ろしげな逸話が祭の発端となるのは珍しい部類に違いない。ロムルス・メルリード(ib0121)は鬼灯籠を見上げて歩き出した。
「それじゃ、鬼の面を被らずに壷を被ってるという子供を捜しに行きましょうか」
 ネリク・シャーウッド(ib2898)が「ああ」と相づちを打つ。
「壷かつぎねぇ。何か事情があるんだろうが、会ってみないことには話も先に進まないか」
 こうして不思議な捜索が始まった。


 翡翠を取られたと騒ぐ宿泊客の話を聞いていたアルーシュは頓狂な声を上げた。
「では、あげるつもりがなかったのですか?」
「当然だ。人並みに働いて得られる給与の四倍近い額の品だぞ」
 それはアルーシュも気になっていた。
 金さえ払えば比較的手に入る宝石とはいえ、宝石は宝石だ。開拓者は日々大金をやりとりするので感覚が鈍くなっている事が多いが、普通は気軽に手を出せるものではない。
 客曰く、外で商っている時に壺かつぎに手品をみせてやり当てたらこれをやってもいいと気安く口を滑らせたらしい。
 自業自得ではないのかと頭の隅で考える。
「何処で奪われたんです?」
「広場の隅だ。人の多いところでよく見たが、足が速いしな。木を隠すなら森の中とはよくいったものだ。銀で縁取ったブローチだ。必ず取り返してくれよ」
 ひしめき合う人々と、鬼面を被った子供や大人。見失わせるのは容易いだろう。宿を出たアルーシュと緋那岐は二手に分かれた。アルーシュは目的の店を目指して走り出す。

 ブラッディの聞き込み中、目撃情報が多かった。
 地元の幼い子供達が、同じように壺を担ぎ始めたからだ。
 目立つ格好で、里に現れ始めたばかりの頃、噂と注目の的になった。気味悪がった子供達が虐めようと声をかけたら、逆に仲良くなってしまったらしい。
「似たような壺かつぎの子が、いっぱいいるってことかい?」
「だねぇ。翡翠をおくれ、翡翠をおくれと同じように喋るけど、でっかい荷物持ってるのはその子だけだねぇ」
「あんがと、おばさん」
 ニッ、と笑ったブラッディは足早に次を目指した。

 ミシェル達は甘味処に向かっていた。
『とりあえず甘味処を中心に回って、話を聞いてみようあ、言っておくが、いい加減な事はしないからな?』
 とかいいながら『ただ、話を聞くなら注文もしないとな』と何の甘味が有るかどうかを気にする辺り、実益を兼ねている気がする。
 店の暖簾をくぐり、注文し、店員に「このあたりで、奇妙な子どもを見かけなかったかな?」と、ミシェルが尋ねたところ。
「変な子供ねぇ」
 奥を一瞥する。視線を追う。
 四人の子供が壺を被っていた。思わず手にした匙を落とす酒々井と水月。
「よ、四人? いやでも籠も」
「最近、はやってるみたいなんですよねぇ」
 それはこちらの台詞である。
 別所で聞き込み中のブラッディと全く同じ説明を受けた三人は、暗雲蟠る捜索に気分が沈んだ。時間もないので、軽く楽しんで、店で舞を披露し、仕事に戻った。
 屋台の美味しそうな匂いが食欲をそそる。
 しかし引き寄せられては仕事にならない。音をたてるお腹を押さえて、頬を薄紅に染めながらも首を振った水月は大きな呉服屋を見上げた。
「‥‥こ?」
「『あそこ?』だってー」
 コトハの通訳に「ああ」と答える酒々井は「俺は此処で見てるから」と手を放した。
 小走りに駆けていき、店の店員を捕まえた水月は、くいくいと服の裾をひいた。
「壺‥‥‥‥‥‥の‥‥‥‥‥‥ら‥‥‥‥‥‥‥‥る?」
 何を言ってるのか分からない。
 白銀の猫っ毛をかきわけてコトハが現れて笑いかけた。
「壷を被った子供の事、知ってたら教えてくれるかなっ?」
 通訳になっていた。
 その様子を遠巻きに眺めながら周囲を見回す。
「いつも被ってるとは限らないよな」
 壺無しの姿で相手を決めてる可能性もある。酒々井は広場に趣、景気良く振舞ってる奴とか金持ってるのが出入りしそうな友禅商う呉服屋を狙った。この辺は、土地を多少なりとも知り尽くしている者の利点だろう。
 唯一移動中に気になることは、右に幼い水月、左に土地に不慣れなミシェルを引き連れた酒々井が、保父さんのように見えることだろう。気づいた地元の民は、恋人かしら、妹かしら、でも前は別の女の子と‥‥などと、いらん噂が立っていた。

 一方、シャーウッドとメルリードは翡翠の換金が出来る場所にきていた。
「折角の祭りなのに人探しを終始してるのも寂しいな。ロムルス、終わったら一緒に回るか?」
「お祭りを一緒に? そうね、構わないわよ、このお祭りにも少し興味あるし。失礼、どなたかいるかしら」
 店主が現れる。メルリードが「翡翠を売りにきた人物はいるかしら」と尋ねると「一人もいません」という返事。二人は壺かつぎが翡翠を換金しに来たのではと踏んだのだ。
「そう。店主、これと同等の純度の翡翠を一つもらえる?」
 事前に仕入れた翡翠を一粒見せた。
 二万五千文もする高級品だ。
「ロムルスも持って来てたのか。俺も‥‥あ、あれ?」
 シャーウッドは初めて慌てた様子で荷物を探った。用意したはずの翡翠がないらしい。
「どっかに置いてきたかな。後で探しておこう。店主、俺も換金してくれ」
 こうしてメルリードが追加で一つ、シャーウッドが二つ、文を翡翠に取り替えた。
「今日はなにか特別なことでもあるんですかねぇ」
「どういう意味だ?」
「いえね。購入しにきた方が沢山いらっしゃるもので」
 話を聞くと容姿の特徴から仲間達が次々と翡翠を購入したことが分かった。
 メルリードが一つ、シャーウッドが二つ、この他に、酒々井が一つ、若獅が一つ、ブラッディが一つ、合計六個。皆足早に購入して出かけたそうだが、店主は「祭りが始まってから」の異変を尋ねたメルリードとシャーウッドの二人に、加えてこんな話をした。
「そういや、白螺鈿からきた商人が『翡翠のまとめ買いをしたい』と言い出してね」
 白螺鈿。五行有数の穀物地帯にある大きな町だ。
「胡散臭いんで、業者っぽいのは片っ端から断っちゃいましたがね」
 からからと笑った。

 メルリードとシャーウッドと入れ替わるようにやってきた娘がいる。
 アルーシュだ。翡翠を購入するつもりでやってきたが、ふと別の事を口にした。
「あの。翡翠の‥‥真贋の見分け方を教えていただけませんか?」
 これが思わぬ結果をもたらす。


 夕刻に集まり、目撃情報について話し合った後、皆広場の辺りを貼ることにした。壺かつぎが狙う相手は、総じて旅行者の年輩者が多く、また着飾っていて思うように走れず見失う者が多いという。
 羽振りがよく、里以外の旅行客で、足で追ってこれない者を、選んでいる節があった。
 アルーシュが広場の片隅で詩を詠う。
「あなたは何をお探しか。
 心と魂、別つ川を渡る、鳥の護り石。
 とろり澄む色、深緑。
 しとり手にした重みは、真か嘘か」
 若獅は忍犬の天月とともに同じ広場にいたが、視界の片隅に奇妙なものをみつける。
 壺を被った、幼い子供だった。特徴も一致する。
 素早く天月を走らせた。駄犬の飼い主を装う。
「わああ、天月! やめろって! 悪い、けがないか?」
 腰を抜かした壺かつぎに手を貸す。
「お前も、鬼灯祭に来たのか? その壺って、仮装? しっかしごめんな。うっかり目を離した隙に‥‥詫びに屋台の何か、奢ろうか?」
 食べ物で釣ろうとすると、子供は一瞬止まった。
 壺の中から叩くような音がする。すると「いらない」と言って立ち上がった。ぎゅるぎゅる腹が鳴ってるのは嫌でも気づくが、耐えるつもりらしい。
 若獅の元を立ち去っていく。
 若獅は深追いをせずに客に紛れた。丁度近くを通ったブラッディとすれ違い際に「食べ物でつれそうだ」という話を伝えた。その話は遠くにいた水月達にも微かに届く。超越した聴覚は周囲の会話を雑音混じりで精度は劣るが少しだけ聞き分けていた。
 そして足早に人の足下をすり抜ける壺かつぎの姿を緋那岐も発見した。
「へ‥‥妖怪?」
 奇怪にしか見えない。
 これで人が少なく鬼面や桃燈が無ければ、益々奇妙だったに違いない。
 壺かつぎは露店の方向をじっと注視している。
 そして突然、宝石をつけた羽振りの良さそうな観光客に近づいた。
「翡翠をおくれ」
「はじまったなー、よし、黒緋、気を引いて来るんだっ!」
 黒い鬼火玉が空を舞う。
 壺かつぎの周囲にまとわりつき始めた。
「こら黒緋、勝手にいくなって。あれ? 親御さんとはぐれたのか? それともひとり?」
 きゅるきゅると腹が鳴る。
「んな腹鳴らして何処行くんだ? 飯屋と露店でも一緒に回るか? これも何かの縁だし、一人で食べるのって寂しい‥‥し」
 ブラッディの言葉が止まる。壺かつぎが泣いていた。
「うぅ、ねーちゃん」
「泣かないの! 男でしょ!」
 可憐な少女の声。
「‥‥誰か、壺ん中にいるんだな?」
 壺かつぎが体の動きを止めた。反応に困っている。
 メルリードとシャーウッドがさりげなく退路を阻む。心なしかメルリードは怒っている気がしたが、傍らのシャーウッドは「まぁけどロムルスの得意分野だし、任せとく」と小声で言った。
「貴方が手にしている物は全て本物ですか?」
 現れたアルーシュの言葉に壺かつぎが動揺を示す。
「多少ですが、私は目利きが出来ます。理由も知らずに宝石を渡す人はまずいません。話を聞かせてくれませんか? 何故必要なのか」
「翡翠といえば、魔除けか浄化か。魔を祓うため、集めてるのかい? それとも浄化? どちらも巫女の領分だね。よければ話してくれないかな?」
 首を振る壺かつぎ。
 ミシェルが考えを改め、膝を折ってかがんだ。
「どうかな。ブラッディたちの言うように飯屋にいって、露店を回って、最期に甘味処で成り行きを話すというのは」
 後ろの水月が首を動かす。
 白銀髪からコトハが顔を出した。
「仲間に翡翠を持ってる人は沢山いる。あげるのは構わないと思ってくれる人もいるけど‥‥その前に事情とか聞かせてもらえるかな? 力になれる事があるかも知れないから」
 囲まれているが故か、食べ物につられたのか。
 壺かつぎは後に続いた。


 壺かつぎは俊敏な動きとは裏腹に、ここ連日食事らしい食事をとっていないことが分かった。次々と食事を買い与え、空腹を満たし、警戒を解かせた頃に甘味処へ連れ込んだ。
「一度でも翡翠を盗んだか?」
 酒々井の質問に「全部もらった!」と話す。
 アルーシュが「鑑定をしてあげるから」と受け取った翡翠の中に、取り返して欲しいと言われた品も混じっていた。
 しかし。
「違いますね」
 アルーシュは『翡翠とよばれていたもの』を机の上においた。
「比重については人の感覚では余りよく分かりません。でもこうして光を当てても全く光が通らない。本物は金槌を使っても硬くて割りにくいそうですが、流石に割るわけにも‥‥ただ本物の翡翠輝石は無色透明、店頭で見せていただいた孔雀石に似ています」
 つまり偽物。
「本当に、これが必要なの? 全て光を通さなかった‥‥偽物でも?」
 壺かつぎは暫く言葉を失って、首を振った。いらない、という意味だ。
「では、私達がみんなに返しておくわ」
 偽物を回収する。安易に高額を立て替える必要がないことがわかった事は大きい。
 壺かつぎが「間に合わない」と泣き出す。
「翡翠を集めてどうすんだ? 何か‥‥呪いでもすんのか?」
 緋那岐が尋ねると首を振る。妙な音がした。
 若獅が「ソレ、重くないか?」と指をさす。
「壺の中ってさ‥‥中にもう一人いるんじゃない? 大きさ的には人妖、とか?」
「おだまり人間。気安く話しかけないで!」
「ヒルデ、もういいよ。開拓者につかまっちゃったし」
「諦めたらおしまいよ!」
 がぽっ、と壺が取れた。酒々井が引き抜いていた。
 紛れもない人妖だ。
 随分気が強そうな顔をしている。
「いい気にならないでよね! 私を怒らせたら」
 言葉半ばで若獅が飛びついた。
「近くで見るの初めてなんだよな! 小さくて可愛いなぁ」
 放しなさいよ、と喚きながらヒルデと呼ばれた人妖が若獅の手の中から逃れようともがく。酒々井が「相手の顔を見て話せ」と壺を返却する。
 壺かつぎは幼い少年だった。
「で、なんでこんなことしてるんだ」
 沈黙。
 そこで怒った表情のメルリードが話しかけた。
「ねぇ。黙ったままじゃ、何も分からないわ。あなたが集めた石は翡翠じゃなかった。翡翠が必要みたいだけど、一つもないわよね」
 厳しい口調だったが事実だ。
「私達は捕まえて牢屋に入れたいわけじゃないのよ。どうしてこんなことをしているのか、私達は何も知らない。だからこうしましょう、これから私達が質問をする。一つ答えたら本物の翡翠を渡すわ」
「嘘だ」
「じゃあ試しましょうか。名前は?」
 メルリードの質問に、壺かつぎは「杏」と答えた。一粒の輝石がころん、と小さい掌に与えられる。「こういうのはロムルスの方が向いてるよな」と呟きながら、シャーウッドが身を乗り出す。
「どこから来たんだ?」
「‥‥白螺鈿の‥‥端の‥‥畑のある白いおうち」
「いい子だ。困ってるならお互い様だ。足りない分、恐らく俺たちが翡翠を提供出来るからな。順番に質問するから、嘘つくんじゃないぞ」
 シャーウッドの言葉に頷く。
 頬杖をついていたブラッディがニーッと笑いかけた。
「じゃん、俺も持ってたりして。心配しなくても翡翠はあげるし、次の質問いくぜ」
 順番に質問していった。
 分かったのは、翡翠の数に合わせて九つ。
 杏という少年の名前。
 五行結陣の遙か東、金山を越えた先にある白螺鈿からきたこと。
 家族は姉と人妖だけで、実家では心労で心を壊し、目も見えず、耳も聞こえず、語ることが出来なくなった姉と暮らしていること。
 翡翠は、白螺鈿で値が上がっているので、そこで換金するつもりだったということ。
 巨額が必要だったのは、家を追い出されそうになったから。
 本来の農場主であった父親は、元開拓者で、何年も昔に依頼を受けて旅立ち、どこかで勝手にのたれ死んでしまったという知らせを受けたこと。
 既に姉の母親が過労で死んでしまい、人を雇うお金が底をついたこと。
 ままならなくなった農場運営に加え、上がり続ける税金が払えず、白螺鈿の行政管理官の虎司馬に滞納分が払えないなら土地をもらうといわれたこと。
「事情はわかったわ」
 メルリードが二つ目の翡翠を持ち出す。酒々井が一つ、水月が一つ、若獅が一つ、ブラッディが一つ、ミシェルが一つ、シャーウッドが二つ、そしてメルリードが二つ。
 合計九個。
 白螺鈿で換金すれば、相当の値段だ。
「約束通り、これも渡すわ。でも貸すだけ」
 あげる、という気前の良いことは言わなかった。
「例えどんな事情があったとしても、こういうのは褒められた方法じゃないわね。奪ってるわけではなくても、誰かを傷つけたりしてなくても、人に迷惑を掛けていることには変わりない。お金が必要なんだとしても、こういう手段で人から集めるのは良くないわ」
 幼すぎるこの子には、善悪を指導し、指標となる人間が必要だった。
 いち早くそれに気が付いたメルリードが最期の一粒を手渡す。
「だからこれは貸すだけ。いつか返せるようになった時に、これの分を返してもらえれば構わないから」
 重みを持った、翡翠輝石。
 杏はじっと瞳をみて「はい」と答えた。
 提案があると言い出したのはシャーウッドだ。
「それじゃあ、今度はその農場に連れて行ってもらおうかね。のんびり農場生活ってのも悪くなさそうだし。杏、依頼書の出し方を教えるから覚えるんだ。俺達が直接、手伝いに行こう。‥‥その虎司馬とかいう奴の容姿聞いてると、良い印象は受けない」
 柔和だが能面に似た笑顔に、糸のような双眸をした異国の顔立ちで、細身の男。
「奇遇ね、私もよ」
「俺も。なんかこう、うさんくさい」
 メルリードとブラッディを含めた数名が、半ば感のような言葉を発した。
「大事なことは、ちゃんと相談するんだ。いいな」
「うん」
 シャーウッドの手が、杏の頭をくしゃりと撫でた。