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■オープニング本文 神楽の都、郊外。 寂れた孤児院に隔離された、志体持ちの子供たちがいる。 彼らは、かつて慈悲深き神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んでいた。 自らを『神の子』と信じて。 +++ ある日の朝。 時間通りに起きてこない結葉を不審に思い、恵音は丸い布団を揺さぶった。 「……結葉、どうしたの。ゆ、う、は」 「ほっといてよ」 手を止めた恵音は、台所から灯心を連れて戻って来た。 寝台の両脇に立ち、布団を鷲掴んで、掛け声とともに強制的にひっぺがす。 2対1では力で負ける。 浴衣姿の結葉が「なにすんのよ」と叫びだす。怒りを顕にする結葉を見て、恵音が「ひどいカオ」と一言返した。結葉の目は充血し、泣きはらした痕跡があった。黙ったままの灯心は、湯呑にぬるま湯を注いで結葉に手渡す。 「ありがと」 「ボク。食器洗わないといけないから」 灯心が去っていく。 寝台に腰掛けた恵音が「まだ悲しいの?」と尋ねると「よく分かんない」と返事をした。 結葉は、人生で初めて『失恋』した。 相手は結葉を気にかけてきた開拓者。傍で守ってくれる、妹や娘のように接してくれる青年に、淡い想いを寄せた。無論、歳が離れすぎているし、何より相手には婚約者がいた。 「……ただ胸がギューッとするのよ」 膝を抱える結葉を見て、恵音が天井を仰ぐ。 「おかあさま達が聞いたら……相手を消すから奪いなさいって言うわね。ヨキ姉の時とか」 「そんなのダメよ!」 叫んだ結葉の形相に「言わないわ」と恵音が笑った。結葉が安堵の溜息を零す。 「二人は好き合ってた、もの……嫌われたくない。今は、いつかあんな風になれたらいいな、って思うのよ」 結葉の憧れは二組いた。 ひと組は初恋の巫女のお兄さん。 もうひと組は、星占いなどを教えてくれた泰拳士と女騎士の夫婦。 彼らは良き見本になった。 「もっと素敵なひとを見つけたら」 「ふたりより素敵な男性なんていないもん! 好きになるなら私より強い人じゃなきゃ、イヤ」 枕を抱えて睨む結葉を見て、恵音が考え込んだ。 「少し前から考えてたんだけど」 「なぁによ」 「開拓者って……どうやったらなれるか聞いてみない?」 数日後、孤児院の院長に頼まれて、人妖樹里と等身大の人妖イサナが代理でやってきた。 客間には、緊張気味の恵音と結葉が座っていた。 「開拓者にはどうやったらなれますか」 「何故、開拓者になりたい?」 問い返された恵音は、瑠璃色の瞳をそらすことなく話を始めた。 「……あの、開拓者になるには素質が必要で、私たちに志体があるって」 人妖イサナは緑茶を啜った。 「確かに、開拓者にはなれるが……厳しい訓練や鉄の掟があるぞ。資格なしと判定されれば開拓者にはなれん。市井で暮らすのが一番だ」 冷たい眼差しに恵音は怯まなかった。 「か、開拓者はたくさんお金が稼げるとききました。人の暮らしにはお金が必要だって学びました。将来、私たちは弟や妹を養わなきゃいけないと思います。だから開拓者の職業につけるように、なりたいです」 人妖イサナは結葉をみる。 「そちらはどうだ」 「決まってるわ! 今より強くなって、私より強い男の人と出会って、素敵な夫婦になることです!」 人妖樹里が、物陰で笑い出した。 イサナの方は……死んだ魚のような眼差しを向ける。 「……そうか。お前たちが開拓者になれるか、適性検査が必要だな。上に言っておく」 「試験?」 「広義の意味で言えばな。ただしお前達が『里』でやった試験とは違うぞ」 イサナは二人の顔を覗き込んだ。 「開拓者は『人命を守る』ための仕事と言ってもいい。人に害なす存在は、全て抹殺できなくてはならない。同じ人間であれ、ケモノであれ、精霊であれ、アヤカシであれ、契約に従って戦うことになるぞ」 恵音と結葉の表情が輝く。 「戦いの訓練は怠ってますが……」 「屍狼なら今でも倒せます!」 「違う。開拓者の雇い主は依頼人だ。ギルドや国、依頼主が『倒せ』と言ったら、相手が何者でも戦わねばならない。同じように育った友は勿論……相手が親でも、な」 イサナの双眸が輝く。 「お前たちは、自分の母御と戦えるのか?」 おまえたちは生成姫を殺せるか? 恵音と結葉がサッと青ざめた。 「断っておくが『あくまで仕事で』だ。意に沿わぬ依頼を、受けぬ権利も認められている。ただしギルドへの妨害や背信行為は厳罰対象だ。開拓者になれば、アヤカシと親しく暮らすことはできない。覚悟がなければ開拓者になれぬものと思え。樹里、私は先に帰るぞ」 イサナは立ち上がって去っていった。 結葉が恵音の手を引いた。 「どうするの。もし、おかあさまを嫌いな人の仕事に出会ったら」 「……私は……適正検査を受ける」 「撫子!?」 拳を握り締めた恵音が、結葉に抱きついた。 「私は、もう撫子には戻れないの。おかあさまには会いたいけど……絶対に会ってくださらないわ。ごめんね、結葉。私……本当はもう『神の子』じゃないの。森に帰る資格がなくなっちゃった」 頬を伝う、涙の筋。 おかあさま――――生成姫が自分たちを絶対に迎えに来ない事を、恵音だけは悟っていた。 他の兄弟姉妹も同じ状態と薄々感じながらも秘密を伏せる。 「もう森に帰れないなら……人の世界で暮らす方法を探す、って決めた。もしおかあさまが、私を罰するなら……それでかまわない」 結葉は、恵音の手を握り締めた。 「私も受ける。だって姉さま達は開拓者になってお役目をしてたじゃない。私も強い人を見つけて、おかあさまに結婚のお許しをもらうの。一緒に言う。きっと許してもらえるわ」 恵音と結葉の会話を、樹里が物陰できいていた。 +++ 「何故この数人だけ集めたんですか」 後日、開拓者の数名に緊急で呼び出しがかかった。 依頼人の狩野 柚子平(iz0216)は、ぴらりと一枚の用紙を見せた。 そこには初心者の開拓者が受ける簡単な仕事が書かれていた。 「単刀直入にいいます。恵音と結葉が、開拓者になることを志望しました。よって年長者四人に適性があるかどうかを数ヶ月間かけて見極めます。実力的には駆け出し同然の技量はあるでしょうが、あの子達は未だナマナリを慕っている。多少、イサナがつついてみたそうですが、全員に開拓者としての将来性があるとは限りません」 「どうしろと」 「少し早い気もしますが、今後いくつかの仕事に同伴させて様子を見てください。皆さんの仕事ぶりを教えるもよし。どこまで手伝わせるかは、皆さんに委ねます」 一同は依頼書を眺めた。 +++ 【案件】町に出没後、徘徊中のアヤカシ退治 【依頼人】区長(男性:45歳) 【場所】神楽の都郊外 【確認されたアヤカシ】 豚鬼1体(軽武装。錆刀2本所持) 屍狼5体 眼突鴉5羽 【被害報告】 倒壊家屋なし。 区長宅に保護された女性一名、男性一名、幼児三名の負傷報告有り。 要治療処置。 |
■参加者一覧
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
无(ib1198)
18歳・男・陰
紅雅(ib4326)
27歳・男・巫
リオーレ・アズィーズ(ib7038)
22歳・女・陰 |
■リプレイ本文 開拓者ギルドに昼も夜もない。 年中無休で仕事を受け入れ、開拓者に割り振っていく。 子供達を連れたアルーシュ・リトナ(ib0119)達は、まず依頼の貼り出された掲示板の前に来た。 「開拓者は一言で言えば何でも屋です。依頼人は、多額のお金を払って私達に依頼をされます。ここに張り出されているものは全て依頼ですね。お祭りや農業のお手伝いもあります。でも一番多いのはアヤカシ退治」 子供たちはアヤカシに囲まれて育った。 大アヤカシが『母』であり、上級アヤカシは乳母の存在に等しかった。その一方で、長年共にいた目付け役のアヤカシを倒す訓練も積まされている。子供たちがどう受け取るのか、皆が心配だった。 例に漏れず、紅雅(ib4326)は不安そうに灯心を見下ろす。 『戦うことを、貴方はどう見るのか』 リオーレ・アズィーズ(ib7038)もまたアルドと灯心の様子を見守っていた。 二人は開拓者になることを希望したわけではない。特別扱いを避ける為に、同伴が決められた。言い方を変えれば巻き込まれたようなもの、と考えて、混乱や不安が認められれば対応するつもりで伺っていた。 「……付け加えると、志体持ちであっても開拓者にならずに普通の仕事に就く者も居ます。正直、傷つく事や悲しい出来事も多い、大変なお仕事です」 アズィーズはアルド達を抱きしめた。 「でも少しでも護れる人が居る、出来る事がある、だから、私は開拓者をやっています」 子供たちの顔色に変化はない。まだピンとこないようだ。 リトナが説明を続ける。 「本日請け負った仕事も、アヤカシ退治です」 「今回アヤカシは『人を傷付ける事』に力を使いました。ですから私達は止めなければなりません」 秋桜(ia2482)が言い添えた。 開拓者は人を害する存在と戦う。その事を事前に知らされていた為か、秋桜の言葉に『そっか』と結葉が呟いた。リトナは恵音たちにも依頼書を渡した。 「よく見て、考えて下さいね。向き合わなければいけない事が、沢山ありますから」 无(ib1198)と宝狐禅ナイが、沈黙を守るアルドを見た。 出現アヤカシ欄をみた瞳が、心なしか危険な色に輝いた気がした。 紅雅が、膝を折って、灯心と視線を合わせる。 「灯心、今回はアヤカシ退治の仕事ですが、貴方達は現場へ戦いにいくわけではありません。何を学ぶか……また、後で聞かせてくださいね」 御樹青嵐(ia1669)達は受付から部屋の鍵をもらって、隅の廊下へ進んだ。 番号の部屋に入室すると「……この部屋、何もない」と恵音が呟いた。 リトナが着席を促す。 「ここは相談室です。作戦会議をする為に、依頼一つにつき一室が割り当てられます」 結葉が「会議って何をするの」と首をかしげ、隣の弖志峰 直羽(ia1884)が唸る。 「そうだな。まず依頼内容を再確認して、目的の共有、解決の為には何が必要か、どういった手段をとるのか、必要な道具選び、連れて行く相棒はどうするか……色々だよ。ユイ達も考えて、意見も聞かせてくれな」 見つめると結葉が顔を隠した。耳が赤い。小声で「はい」と聞こえた。弖志峰が頭を掻く。 幼い好意を知っているだけに、適切な距離を掴むのが難しい。 弖志峰達は着席後、まず子供達に『どうすればいいのか』尋ねた。 だが各アヤカシの倒し方に比重が傾いていた。この辺は里暮らしの名残だろう。 无が子供たちの為に依頼の手順を書き出す。 「それでは……基本的な流れは、区長宅にて被害者の治療と情報収集。郊外の探索。アヤカシの発見、殲滅……というところかな。四人も理解したかな」 「はい。お手伝い、させてください」 「頑張ります!」 グリムバルド(ib0608)は、やる気に満ちている恵音と結葉に「頑張れよ二人とも」と声を投げると、アルドと灯心に「なにか希望はあるか」と尋ねた。 「とくに」 「俺も戦う」 紅雅が「では、灯心は私と一緒に区長さんのところに救護に参りましょう」と誘う。 一方の无は、アルドに「退治か、それとも警護か」を問いかけた。 「屍狼なら倒せる。豚鬼は、試験がまだだからできないかもしれないけど、戦いたい」 「本当にそれでいいのかな。今、倒すことだけ、を動機にしたね」 怪訝な顔をしているアルドに向かって、无は「現地到着まで、よく考えるといい。この仕事は、戦う為のものではないから」と諭した。 「……考えてみる」 グリムバルドはアルドの頭を撫でつつ、男子達に「付き合わせて悪いな」と言った。 「まー、これも何かの糧にはなるだろ。アルド、しっかり見ていきな。灯心は、治療看病の手伝いと周辺の警護の手伝いを頼もうか。恵音と結葉は無茶すんなよ」 リトナが時計を見た。 「現場が他国なら深夜0時の精霊門の開門を待つのですが……今回は神楽の都郊外ですから、これから現地へ向かいます。その前に、私はフィアールカを迎えに行きますから、一緒に大型相棒を預ける場所を確認しに行きましょうか」 空龍を迎えに行くと聞いて、子供たち四人がリトナの後に続く。 他の者たちは、正面玄関で待つ。 アズィーズは遠ざかる背中を見て、遠い眼差しをした。 「子供の成長は早いものですね……蕨の里から救い出したのが、つい昨日の事のように思いますのに」 恵音が将来を口にした、と聞いて、驚くやら寂しいやら。 グリムバルドもまた『開拓者になりたい、か』と胸中で物思いにふけた。 「若干約一名の動機が爆笑もんだったが、そんな風に考えられるようになった事が嬉しいな」 話を聞いていた秋桜は「私は難しいことでなく、依頼を通して開拓者とは何たるか、というものを見せていきたいと思っておりまする。力の使いよう、辺りでしょうかなぁ」と言い包丁と仕込杖を見た。迅鷹鈴蘭が肩で鳴く。 グリムバルトは「お仕事体験はどうなる事やら。まー他の皆もベテランだから心配要らないような気もするけどな」と天を仰ぐ。无は肩をすくめて「さて何を知れるかね」と呟いた。 本来なら大型相棒で急行するところだが、今回は近場且つ人々は家に立てこもっているという話だったので、早足を心がけつつ、子供たちの負担にならない程度に現地へ急ぐ。 道中、御樹は灯心の顔を覗き込んだ。 「恵音さんと結葉さんの決意について、どう思いますか」 「開拓者になる兄さん達は前もいたし、姉さん達も同じだと思います」 「自分の将来の展望は考えていますか」 「将来は『おかあさま』が決めるはずでは? より良いお役目を授かるのが『ほまれ』って里長様はいってました。でも……お料理できるところがいい、な」 「……そうですか。個人的な話ですが、恵音さんと結葉さんをどう思いますか」 「ふたりとも凄いと思います」 「いえ、そうでなく。感情的な何か」 「恵音は物知りな姉さんかな。戦ったり怒ると怖いけど。結葉とは、できれば喧嘩したくない。姉さんは、ボクより強いから。でも、いつか誰より強くならなきゃいけないから、超えてみせます」 御樹は灯心たちの間にある繋がりが『兄弟姉妹としての感覚すら希薄でしかない』ことを悟った。簡単に言えば、人の情が部分的に欠落している。アルド達を兄や姉と認識しているが『いつか超える壁』でしかないらしい。 御樹の瞳が暗く陰った。 『どの道を選ぶにせよ、もてる力と境遇に向き合わねばならぬ日が、くるのでしょうね』 かつて倒された『子供達』は、お役目の為なら容赦なく兄弟姉妹を殺していた。 里において、子供たちは互いに殺しあって『卒業』を目指し、生き残る為に『神の子という椅子』を競い合ってきたのだから、無理もない。 現地へ到着すると空に眼突鴉がいた。 真上の眼突鴉を、御樹の斬撃符が引き裂く。 御樹と无が人魂をとばして建物の影に注意し、紅雅は急いで子供達に精霊の加護を与えた。弖志峰が瘴索結界でアヤカシの索敵を行うと、まるで統率性がなく、散り散りだった。 「まるで知恵が働いてないみたいだ。区長宅へ急ごう」 弖志峰たちが立てこもっている家へ急ぐ。 問題の家の前で開拓者であると名乗りをあげると、扉が開かれた。 リトナが恵音に囁く。 「あちらの依頼人さんには、私達が来たら『もう大丈夫だ』と思って貰える様に振舞わなければなりません。ご挨拶も視線も真っ直ぐに。私たちは多少力はあっても、彼らと同じ人ですから。礼節は大切なのです」 出店や菊祭で訓練したので、挨拶は完璧だった。 リトナは区長や立てこもった人々に対して、子供達を開拓者見習いと紹介しておく。 紅雅が「灯心」と声をかけた。 「外には、私たちを食べようとしているアヤカシがいます。私は治療に専念するので無防備になってしまう……今から、私の命を貴方に預けます。傍で私を、護ってくれますか?」 灯心は紅雅と眼突鴉を見比べて「必ず守ります」と言った。 必ず。 灯心は、幼少より馴染み深いアヤカシより紅雅の保護を選んだ。 「貴方が来てくれるなら、安心して治療に専念出来る。これは『信頼』というのですよ」 いきましょう、と前へ進む。立ち尽くしているアルドを見たアズィーズは「仕事ぶりを見せていただきましょう」と手を引いた。 秋桜は「アヤカシを探してまいります」と家を出て行く。 グリムバルドも身を翻した。 「俺は外の警戒をしておこう。包帯や薬草が必要なら、クレーヴェルに言ってくれ」 猫又が室内に残った。紅雅がからくりの甘藍に周辺警戒を命じると「了。我、警戒」と答えてからくりが出ていく。グリムバルドが外へ行こうとすると、アルドが駆け寄ってきた。 『うーん。俺も余り、二人を戦闘には参加させたくないんだが……無下にするのもなぁ』 グリムバルドが頭を掻く。 「……よし。アルド。俺たちは人がいる此処の外を警備する。眼突鴉も襲ってくるだろう。俺たちの言いつけを守り『勝手に持ち場を離れない』と約束できるなら連れて行く」 「できる」 「男同士の約束だぞ」 共に外へ行く无が「考え直して、答えは出ましたか」とアルドに尋ねた。 「外のあいつらは、人を襲った。襲われた人が、いなくなることを願った。開拓者は人の為の仕事だから、みんなが来て……今の僕は、みんなと一緒に来たから、人を守る側の手伝い、なんだな。あの人たちや俺たちを襲ってきたら、戦ってもいい?」 无は「まぁ、いいでしょう」と言った。 外に出たアルドが「おにいさん」と无の服の裾を引く。 「なんです」 「開拓者が人の仕事だけをうけるなら、おかあさまやアヤカシの依頼をうける志体持ちの兄さん達は……なんていうんだろう。そういうギルドが別にある?」 アルドの質問は『未だアヤカシ側を捨てきれない』という事実を示していた。 「ありません。例えば陰陽師とは、術式でアヤカシを再構築しますが、人の為につかう者を示します。稀に、アヤカシ側の仕事を秘密裏に請け負う者もいるにはいますが……彼らは開拓者ギルドの所属を認められない」 人の賞金首は、多くがソレだ。 アルドが首をかしげる。 里にいた兄や姉の『開拓者として潜入していた』前例と、今の説明が食い違う事に対して、理解が追いつかないのだろう。 无は眼鏡をとってアルドの前にかがみこんだ。 「アルド。もし君が将来、アヤカシを助ける者になりたい、なら、それを止めることは多分できない。だがそれは人を助けて回る開拓者の私たちと、時には命を奪い合う仕事も存在する事を意味する。もし君と傷つけ合わねばならないなら、私は悲しい。できれば避けたい未来です。君は? 私たちと戦う未来を、どう感じますか」 アルドは黙り込んだ。 无が、そしてグリムバルドが、辛抱強く返事を待つ。 「みんなと戦うのが、俺のお役目なら、戦わないとダメだ」 山の神……生成姫のお役目は絶対。 その規則に準じている。 「でもみんなと戦わない、開拓者にならないお役目があるなら、そっちがいい。俺、戦いも訓練も好きだけど、兄姉の誰よりも強くなったら……きっと戦うお役目になるんだ、な」 うつむいたアルドは、自分の手をじっと見た。 屋内では怪我人の治療が進んでいた。 紅雅は手当の前に、幼児、女性、男性の順で様子を伺い、怪我の具合で優先順位を判断することを子供達に囁く。もしも、と前置きして、意識不明者がいた場合に手を握ったり、肩を軽く叩いて話しかける場合の対処も教えた。 「傷を塞いだり、毒を中和したり、開拓者の中で癒して手なるのが巫女の仕事ですが、何事も過信は禁物です。……何かあれば、すぐに誰か呼んでくださいね?」 「治癒術は、巫女の専売特許とは限りませんけどね」 御樹が護法符をかざす。 五芒星と九字が眩く輝いた。符は式神となって虚空に浮かび、御樹の指をなぞるようにして負傷者の患部に張り付いた。无も同じように治癒符を施し、その様子を御樹が説明する。 「陰陽師の場合、こうして軽い怪我なら式神が体の一部を補います。ですが増血作用はなく、威力では巫女にはかないません。よってあくまで補助的な……」 御樹の話が、子供たちの右耳から左耳へ抜けていく。 難しい話はまだ無理そうだ。 弖志峰の胸に疑問がよぎる。 『いつか開拓者になるとしたら、結葉は何の職を目指すんだろう』 結葉は『開拓者の職』を詳しく知らない。孤児院を訪ねる開拓者達は様々だが、その技術を全て目にした訳ではない。 何を志すか、その手本もまた開拓者の背中に違いなかった。 『まずは被害者にできる事を考えさせたほうがいいかな』 弖志峰が結葉を呼ぶ。 「いいかい、結葉。俺や紅雅さんの精霊術のように、癒しの技を持たなくても、できる事は沢山ある。例えば……以前、怪我に効能がある薬草の煎じ方は教えたね?」 リトナが子供達に「薬湯を作って渡してあげては」と囁く。 治療と処置を済ませた後「台所をかしてください」と動いたのは、結葉と灯心だった。 料理に馴染んでいるからだろう。 弖志峰が結葉に語りかけた。 「あとは心を痛めている人に対して、結葉は何をしてあげたい? それがもし、君のきょうだい達であったのなら、と置き換えてもいい。ゆっくり考えてみてくれな」 結葉は困った顔をした。 「真剣に誰かの為を想って為された心は、必ず伝わるものだ。その心こそが、結葉を強くする。開拓者としての姿の一つが、其処にあるんだよ」 少しずつ学び、結論を出していく事だ。 御樹が区長宅に残る灯心に、呼子笛を貸した。万が一、身の危険に備えてである。 「さて外の様子を見に行きますか。もう終わっていそうな気もしますが」 外から大きな音は聞こえてこない。 リトナは恵音を連れて外へ出た。 依頼書には、豚鬼1体、屍狼5体、眼突鴉5羽と書かれていたが、家に近づく屍狼の群れはグリムバルドの投げ槍が一撃で葬っていたし、……アルドは、払い落とされたとはいえ、无へ再び襲いかかってきた眼突鴉を、素手でひねり潰したという。 御樹が人魂を飛ばした。 「豚鬼と残る屍狼の相手は、秋桜さんが相手をしているようですね。黒い屋根の裏です」 グリムバルドが「頑張ってこいよ」と笑顔で送り出す。 手を振る恵音に、リトナが語りかけた。 「外に出たからには、大事なのは身を守ることです。それと先に言っておくことがあります」 「なあに?」 「もし開拓者になったら『おかあさま』から頂いた曲は、使えません。何一つ」 かつて大アヤカシ生成姫が子供達に授けた曲は、楽器型のアヤカシを通して『命令』を発するように作られていたという。楽器は全て破壊されたが、それでも不安の種は残る。 音楽を取り柄とする恵音の顔に変化があった。 「けれど、おかあさまの曲でなくとも、開拓者が使える曲や踊りは沢山あります。私がお見せできるのは、その曲ではない、仲間を援護する曲や音を活かした力。音に乗せて遠く皆に小さな力を与えたりすること……みていてくださいね」 遠くまで響く軽快な楽曲を奏で始めた。 「おや」 秋桜が気づいた。 「やはりいらっしゃいましたか。支援ありがとうございまする」 豚鬼の攻撃を、軽やかにかわす。すでに屍狼の姿はない。実力的にはひとりでも数十秒で葬れるが、子どもの見物を考慮に入れたのだろう。リトナの竪琴で力の増幅をうけた秋桜は、遠慮はいらぬとばかりに仕込杖から刀を抜いた。 「では決着をつけましょう」 細い刀が、梅の香りを放ち始める。 シノビらしい瞬足の動きで豚鬼に肉薄し、素早い斬撃を繰り出した。 豚鬼は、なすすべもなく地に崩れた。 「……すごい」 「そんなに特別な事ではありませぬよ」 秋桜は恵音を手招きする。 「いずれ開拓者になるにしろ、他の事をするにしろ……我々の志体持ちの力は、常人より強うございます。強い力は、考えてお使い下さいませ。まったく同じ力でも、使う人により違うもの。使い方によって人を救えたり出来れば、傷付けられもする。ちなみに私は、救えぬ者に救いの手を差し伸べる為、この力を行使しておりまする。安全を知らせに戻りましょうか」 秋桜の背中を追いながら「恵音さん」とリトナが声を投げた。 「戻るのよね」 「ええ。いいですか。私は……貴女の望む道への協力は惜しみませんが、まだ幾らでも道を選び直してもいい。それでも嫌わないこと、覚えていてくださいね」 撫でる手の温かさを忘れないで欲しい。 見物は恙無く終了した。 恵音は吟遊詩人とシノビの技術について興味を示し、結葉と灯心が退治を待つ人々の強ばった顔に笑顔を取り戻す一方で、アルドは何やら難しい顔で黙り込んでいた。 孤児院へ帰ってきた頃には深夜だ。 子供たちは皆の背中で眠り込んでいた。 あどけない結葉の寝顔に、弖志峰は「好きになってくれて、ありがとうな」と囁く。 唯一無二の存在にはなれないけれど、妹や娘のように思う気持ちに偽りはない。 「灯心、お疲れ様でした。今日はゆっくり、おやすみなさい」 院長に起きない子供達を任せ、開拓者たちも帰路につく。 「疲れたんですね」 グリムバルドは「だな。開拓者になりたい、って心境に、大なり小なり変化があったかもな」と呟いた。 「今日の仕事を見てて、今後どう思うか。ルゥの方はどうだった」 リトナは「そうですね」と相槌して竪琴を見た。 孤児院暮らしの支えだった『おかあさまの曲』が使えなくなる事を教えた時の、恵音の悲しそうな顔が脳裏に焼きついている。 開拓者になるならば、乗り越えなければならない壁だ。 「私達を見て……開拓者になることを望んでくれたのなら、嬉しい事ですけれど……まだ楽しい事や嬉しい事を体験していてほしい、と願うのは過保護でしょうか」 ふふ、と切なそうに微笑む。 アズィーズは孤児院を振り返った。 「でも、あの様子では、子供たちが何らかの形で巣立っていくのも遠い日ではないのかもしれません」 人は出会いと別れを繰り返す。 「その日に子供達が良い旅立ちを迎えられるよう、私達も努力しないといけませんね」 アズィーズの言葉に、御樹が頷く。 「ええ。子供たちのの真剣な想いに向き合っていきたいと思います」 「出来る限りの事はしていかねばなりますまい」 秋桜は断言した。 「私も出来た人間ではなき故、多くを語る事は出来ませぬが、ね。つくづく思い知らされます。本来、子供は無垢なもの。何色にも染められてしまうのは、怖いものだと。……あの子等も大きくなった折に、贖罪の意識に悩まされるのやもしれませぬ」 「贖罪?」 「子供が巣立つ前に、私ども開拓者が向き合わねばならぬ問題もございます。今は知りようもないでしょうが、例えアヤカシとはいえ、母上を奪ったのも開拓者なのですから」 避けられない告白の時がいつになるのか、誰にもわからない。 そして大きな変化があった。 この日を境に、アルドは戦いの訓練と刃物を持つことをやめた。 おかあさまの為に己が強くなる事より、開拓者と戦わずに済む道を望んだのである。 |