【玄武】魔の森の研究所
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/18 00:35



■オープニング本文

【このシナリオは玄武寮用シナリオです】

 此処は五行の首都、結陣。
 玄武寮。
 玄武寮は入寮の時に『どんな研究をしたいか』を問われる。
 一年の頃から明確な目的を要求される点においては、研究者を排出する機関独特と言えた。
 しかし長い間学び、卒業が視野に入ると、興味はより明確なものに移り変わっていく。
 卒業論文が差し迫った者たちは、其々の研究を確定する頃合になっていた。

「東雲さーん。よんだー?」
 その日、人妖樹里は蘆屋に呼び出されていた。
「ああ、樹里ちゃん。良かった。寮生たちに通知を送って欲しいんです」
 玄武寮の寮長こと蘆屋 東雲(iz0218)は、人数分の手紙を渡した。
「中身なぁに?」
「召集ですよ。暇な方全員で魔の森に出かけます」
「あ、もうベースキャンプの建物できたんだ?」
「といっても山小屋みたいなものですけどね。機材を運んで、かろうじて短期宿泊と研究ができるようになりました」

 かつて大アヤカシ生成姫は、志体持ちの子供を攫って、魔の森で育てていた。
 とはいえ人が魔の森で生きることはできない。
 瘴気感染をひきおこし、放っておけば一日か二日で死に至る。
 そこで大アヤカシが目をつけたのが、遠い昔に人が居住を放棄した村跡だ。
 ここは龍脈の真上に当たり、地下を流れる精霊力の噴出口だったのだ。言ってみれば、偶然湧いた温泉の吹き出し口である。何故か蕨の里は瘴気の侵食を受けぬまま、魔の森に取り込まれた。そして大アヤカシですら侵食不能な土地を……生成姫は、攫った子供を育てる場所に決めたのだという。
 開拓者の手で子供は救出された。
 以後、飛び地となった其処は無人に戻る。
 現在では『非汚染区域』と呼称され、魔の森に囲まれた土地という危険な場所へ、限られた陰陽師の研究者が出入りをするようになったのだが……知らぬ間に、非汚染区域の一つを独占した男がいた。
 封陣院分室長、狩野柚子平(iz0216)である。
 玄武寮の副寮長を兼任する彼は『危険? 大変? 学生に研究手伝わせれば、タダ労働です』という恐るべき発言で、豪雪で人の出入りが少なくなる冬の終わりから春先までの期間、占領権利をもぎ取ってきた。

 当然。
 寮生の安全を第一に考える寮長と衝突した。
『非汚染区域「蕨」に寮生を連れて泊まり込む!? 一日だけとかじゃなかったんですか!?』
 扉一枚隔てて。
 まさか玄武寮生達がハラハラしてる事にも気づかず、大喧嘩を繰り広げる寮長と副寮長。
『大真面目です。ほら、研究材料にもことかきませんし、玄武の生徒は興味の対象が広いですからね』
『いくら瘴気感染を抑えられる土地っていったって……魔の森なんですよ』
『平気ですよ。開拓者の子が殆どですし、身は守れます』
『ですが』
『蘆屋さん、知ってますか。あの蕨の里内には、一部のアヤカシしか入ってきません。清浄な社みたいなものですからねー、小物は嫌うんですよ。以前、里内をうろついていたのは……生成姫の手で強化された中級アヤカシばかりでした。戦後かなりの数が討伐されましたし、水源も近い。生活環境を整えて、保護者も同行すれば問題ないでしょう』
『副寮長がご一緒に?』
『いえ、私は結婚の問題が……かなーり立て込んでまして』
 このやろう……と独身寮長の目は、口ほどに物を言う。
『蘆屋さんがご一緒なら問題ないでしょう』
『わ、わたしが!?』
『寮長ですから』
 にべもない。
『それに蘆屋さん、巫女の分野も相当齧ってるそうじゃないですか。瀕死の負傷者も生き返らせられるとなれば、素晴らしいの一言です。兼業禁止なのはこの際、横に起きましょう。陰陽術一辺倒の私より、よほど安心だと思いますよ』
『……ど、どうして、何処でそれを……』
『それは秘密です。お手伝いにイサナをお貸ししますよ。では失礼』
 寮長に仕事を丸投げして部屋から出た。
 廊下に現れた副寮長は、湯呑を壁にあてる寮生徒を見て、口元に人差し指をあてた。
 ……内緒ですよ?
 かくして生真面目と名高い寮長は、非汚染区域に冬場泊り込める山小屋建設を推し進めた。

 秋真っ盛りのその日。
 集った玄武寮の生徒は、自ら整備した商用飛空船に乗り込んだ。
「皆さん、忘れ物はありませんね。現地には借りた轟龍を警備兼脱出用に確保していますが、あくまで万が一専用です。非汚染区域「蕨」の外では、大量の敵を引きつけたりしないよう注意してください。怪我をしたり、現地の研究室にアヤカシを持ち込みたい場合は私を呼ぶように」
 そう言って地図が渡された。

 + + + 

【周辺地理図】
※1マス約50M
■…汚染区域(魔の森)
□…非汚染区域(龍脈)
◇…非汚染区域(水源&小川)
=…水源への路(路幅3M。アーマーで潰しただけ。妖襲撃注意)
△▽…商船航路

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【非汚染区域「蕨」構造図】
※1マス10M
■:魔の森
=:水源への路
★:監視棟(火の見櫓)
☆:寮長室(平屋)
龍:轟龍警備
◆:仮設山小屋(平屋:寮生宿泊)
◎:飛空船発着場
研:仮設研究所兼資材館(平屋)
舎:相棒置き場
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■参加者一覧
/ 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 八嶋 双伍(ia2195) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / ネネ(ib0892) / 寿々丸(ib3788) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 緋那岐(ib5664) / 十河 緋雨(ib6688) / シャンピニオン(ib7037) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / セレネー・アルジェント(ib7040


■リプレイ本文


 この日、玄武寮の窓口では授業料2万文の支払いをする為に学生たちが列をなしていた。
 緋那岐(ib5664)が2万文を差し出す。
「……俺は頑張った。短期で用意できた! という訳で受付さんよろしく」
 開拓業をしていると、術の習得や武器の整備、相棒の育成などに大金が消えていくので財布が悲しいことになる事も多い。

 そこへ玄武寮の寮長こと蘆屋 東雲(iz0218)が現れた。
「皆さん時間ですよ。飛行場へ参りましょう」

 荷物を担いだリオーレ・アズィーズ(ib7038)は「いい時期ですし、紅葉狩りと洒落込みましょう。魔の森に紅葉があるかは知りませんが」と冗談を飛ばす。
 きっと紅葉らしき樹木があったとしても、突然動き出して襲ってくるに違いない。
「では、いない寮生を呼んできます」
 荷物の点検をしていたゼタル・マグスレード(ia9253)が走り出す。
 滞在分の食材と調味料を運ぶ手伝いをしていた御樹青嵐(ia1669)は、現地を思い浮かべた。戦いや調査で訪れたことはあるが、魔の森そのものの調査で滞在するのは初めてになる。慎重にならなければと気を引き締めた。
 八嶋 双伍(ia2195)は「いよいよ研究の始まりですね。しっかり頑張らねば」と気を引き締め……かけて突然、悩みこんだ。
 皆が集まるまでの暇つぶしに、図書室から借りた下級アヤカシ図鑑を眺めている。
 活気づく中で澱んだ空気を発するのが約一名。
「ホントに出発するんですね……魔の森って暗くて不気味で嫌いです」
 羽妖精ギンコがリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)にぼやく。
「そりゃあ、そういう場所だもの。対極に位置する精霊は、特にそう感じるのかしらね」
「もちろん戦いますし、龍脈の真上ですし、いきますけど……」
「ぐちぐち言わない」
 露草(ia1350)は人妖に向かって「いつきちゃんは絶対に私の傍から離れちゃ駄目ですよ」と念を押していた。ネネ(ib0892)も猫又うるると話し込んでいる。
「現地の探索では警戒をお願いしますです!」
「いざとなったらちゃんと抱えて逃げてよ?」
 呼ばれて集まった寿々丸(ib3788)は、人妖の嘉珱丸とともに寮長の傍らに立った。
「魔の森は危険がいっぱいでございまするからな。嘉珱丸、治癒を頼みまするぞ」
「その事なんですけれど」
 寮長が「大怪我したら遠慮なく呼んでくださいね」と皆に言付ける。
「治癒符でございまするか」
「治癒符でも処置が追いつかない場合、です。皆さんの中には開拓者として巫女の技術を学んだ方もいると聞いていますので、あまり心配はしていませんが……怪我人が大勢出た場合は、私も手伝いますから」
 寮長が巫女の技術を習得している事は、物陰で寮生に知れ渡っていた。
 ヴェルトは廊下で立ち聞きした話を思い出す。
『察するに、瀕死の負傷者も蘇生可能ってことは、生死流転も使えるってことよね』
 生死流転とは、完全に死亡する寸前の生命体の生命活動を、術者の練力によって無理矢理維持する奥義だ。
 無論、必ず蘇生できるとは限らず、本当に助ける為には生死流転だけが使えてもしょうがないのだが、……同じ道を多少齧った経験のある者からみると、眩しい気持ちも少なからずある。
 一方、十河 緋雨(ib6688)は『蘆屋寮長が巫女の術を? 何時? 何処で? どうして? 気になりますね〜』と相変わらずの記者精神を漲らせていたが、今回は記事のネタより、魔の森に持ち込む真新しいアーマーの整備でてんてこ舞いだった。
「いやぁ高かった! ようやく活躍の場所へ、ゴーですよ」
 アーマー「火竜」は、練導機関の高出力化と機体構造の強化に重点を置き、「大出力・重装甲・高機動力」の三点を揃え、性能全体は攻撃兵器・防御支援兵器としての性格を前面に押し出している機体だ。
 お値段20万文。
 続々と寮生が集まる中で、寮長が座り込んだ緋那岐を見た。
「ところで緋那岐さんは、本当にお留守番で良いのですか」
「ああ、魔の森へ赴きたいところだけど体力を温存しておきたい。来月の便で頑張るって」
 進級はできたがリベンジの後だな、という結論に至ったらしい。
「みんな揃ったみたいだし、気をつけて」
 ひらりと手を振る緋那岐に「行ってきます」と声を投げて、一同は飛行場へ向かった。


 シャンピニオン(ib7037)は飛行場に鎮座する玄武マークが描かれた商船に駆け寄ると、うっとりした眼差しで撫で撫でを始める。
「自分達で整備した飛行船って愛着湧くよね」
「そうですね」
 寮長が微笑む。
「僕は大変なことに気づきました」
 深刻な表情の八嶋に、寮長が「忘れ物ですか」と首を傾げる。
「いえ……調査対象が多すぎてどれにすればいいのか分かりません!」
 人生を費やす研究だろう、と言われているが卒業に向けてある程度は絞らねばならない。
「……現地。現地で決めましょう。よろしいでしょうか」
「それがいいですね。アヤカシの分布や地域特徴は、現地で解説しましょう」
 ふいに声がかかった。
「寮長ー、これは何処に起きましょうか」
「今、行きます」
 セレネー・アルジェント(ib7040)は現地の装備を見せてもらい、他に布団や火鉢などの必要な生活必需品を運び込んでいく。例えば薪なども、現地では殆ど手に入らない。四方は魔の森。唯一の水源は、緊急時を除き、荒らしてはならない事になっている。
『いよいよ魔の森ですものね、気を引き締めなければ』
 皆が次々に荷物を運び込む中で、シャンピニオンは船を見上げていた。
 正確には、船を通して……遥か遠くに感じる、懐かしい人が辿った旅路を感じた。
 いつか追いついてみせる、と胸に誓う。
「よーし、世紀の新発見を目指して頑張るぞー!」
 皆の荷物を積み込んで。
 玄武寮の飛空船は大空へ飛んだ。


 飛空船は魔の森上空へ立ち入る。
 そして水源が見えてきた辺りで、飛空船は右にそれて『非汚染区域「蕨」』に到着した。
 かつては破壊された家屋の残骸で埋め尽くされていた場所は、現在、簡素な建物と複数の火の見櫓を持つ、研究所と化していた。
 区域の中央に飛空船が着陸する。
「いっちばーん」
「まってくださーい」
 シャンピニオンとネネが船外へ飛び出す。さらにアズィーズ、マグスレード、露草達と続いて降りて仮住まいに入ると、船内で決めた部屋割りに従って荷物を置いた。
「さて」
 居間に現れた御樹が割烹着を纏う。
「食事当番は厨房の充実を訴えた者の責として引き受けます。まずは体力のつく料理で」
「でしたら……とりあえず水汲みにでも行ってきます」
 八嶋が轟龍燭陰を連れにいった。
 アルジェントは冬支度の道具点検を始めている。
「次は雪かきの道具も要りますわね」
 外でアーマー「火龍」を組み立ててきた十河が「そういえば寮長」と、蘆屋を呼ぶ。
「研究対象のアヤカシも現地調達なんですかね〜?」
「そうなりますね」
「わーお。ではアヤカシを捕らえる檻や壺ってあります?」
「あるにはありますが、……瘴気の持ち込みと、アヤカシ単体を檻に繋ぐのは手間が段違いですよ」
「つまり?」
「手頃なアヤカシを倒して、瘴気を壷に詰めて持ち帰ってくる。これは比較的簡単です。けれど野良アヤカシを研究室に運ぶには、実際に交戦して対象の力を限界まで減らし、消滅寸前で捕縛しなければなりません。そして術具をつけて、素早く特殊な檻に閉じ込める」
「……えらく大変そうですねぇ」
「ええ。余力を残したまま檻に叩き込むと……例えば黒の幽鬼なら、特殊能力で転移されたり、檻そのものを腐食させられ、一斉に破られかねません」
 あくまで安全に確保できるアヤカシは『下級アヤカシまで』と考えた方がいいようだ。
 中級となると、ここにある間に合せの設備では「厳しい」という。
「ほほ〜、となると捕獲したい対象の能力や耐久力は徹底して調べておかないと、研究する前に捕獲で頓挫すると。そういうことですかね〜。ま、今日は土木作業してきます」
 十河が拡張工事に出かける。
 話を聞いていた何人かが陰鬱な表情になった。
 研究の仕方は今後に響きそうだ。
「研究も大事でするが……まずは、ちょこっとだけ周囲の探検をしてきたいと思いまする」
 寿々丸が里内や近辺の散策にいくと話すと、ヴェルトが「私も一緒にいくわ」と呪術武器を手にとった。
「今回は初回だし。まずは深くまでは踏み込まず周辺の下見を、と考えてたから」
「寿々はアヤカシとの戦闘を避けて、瘴気感染について調べてみますが、かまいませぬか?」
「いいんじゃない。瘴気感染の度合いが深刻になる前に戻りましょ。季節より先に財布が冬を迎えたら笑えないわ」
 肩をすくめるヴェルトに、羽妖精のギンコが「世知辛いですねぇ」と呟いた。


 午前中せっせと冬ごもり準備をしていたアルジェントは、からくりのシュラウとともに森へ入り、知性の殆どないアヤカシを探していた。
 シュラウがアルジェントの袖をひく。
 斜面の下に、下級アヤカシの白羽根玉が漂っていた。まぁるい大福の外見に鳩の羽を足した様な愛嬌に満ちた姿だが、数十匹揃うと共鳴を起こし、百戦錬磨の開拓者すら行動不能に陥れるだけの力を発揮する。
 どうやら他に個体はいない。
 アルジェントは、結界呪符「白」で四枚の壁を構築し、白羽根玉を囲った。
 ぽふよん、ぽふよん、ほぷよん……
 白羽根玉が延々と壁にぶつかっては跳ね返される。どうにもシュールだ。
 思わず「ぷっ」と笑いが溢れたが、やがて上部から飛び出した白羽根玉は、何事もなかったかのように森の中へ消えていった。元々小型動物を襲うことが多いアヤカシで、人を襲うのは集団であらわれた場合が多いという。
「白壁って、下からしか出現させられないのですよね……縦に重ねることもできないですし、もっと長くアヤカシを防ぐ術があればいいのに」
 溜息が零れた。

 水汲みから戻った八嶋は、寮長の仮宿を尋ねた。
「失礼します」
「おかえりなさい。水汲みはいかがでしたか」
「早々に襲われましたが、蛇神を使うつもりでいたら、燭陰が尾で払ってしまいまして。あんなに生き生きした燭陰は久々に見ました。とりあえず襲いかかってきたアヤカシの記録から取ろうと思ったのですが、武装した一般的な鬼でしたので……研究は肉体派のアヤカシの方が良いですかね」
 頬を掻く八嶋に着席を促す。
「この近くにいるアヤカシは、比較的弱い下級アヤカシが大半だそうですから、強い実験体を求めるなら奥に入る必要があるでしょうね。さて」
 蘆屋は書物を開いた。
「アヤカシには大凡の分類があることは図鑑などでも載っていますね。人喰鼠などの獣系、怨霊や吸血霧などの幽霊系、昆虫に似ている蟲系、草木や泥が変異した自然現象系、屍狼などの不死系、小鬼などの鬼系……ここに各国や地域独特のアヤカシが一系統を担うこともあります。当然、かつて生成姫の支配領域だったこの魔の森にも『傾向』はあります」
「比較的、幽霊系や鬼系が多い、でしたか」
「ええ。肉体派を探すなら鬼系になると思います。獣系も居ますが、大型が多いですからね。下級で狙うなら、一般的な赤小鬼、猿のような軽快な動きをする猿鬼、犬の頭を持つ犬鬼、集団襲撃が主な悪鬼兵、目に見えぬ刃も繰り出す妖鬼兵、鎧鬼、炎鬼、氷鬼、雷鬼」
 しかし人里で頻繁に見かける下級アヤカシには、既にある程度の研究がなされており、論文としての価値が低い。一方で影鬼、化け鬼、単眼鬼などの特殊能力を持つ中級アヤカシは、昨今の合戦で開拓者を困らせている上、完全解明されたとは言いにくく、研究材料に適するが……捕獲が困難且つ、実際の調査に苦労がつきまとう。
「蛇神を使える以上、そう困難な状況にはならないでしょうが……対象はよく考えて絞ったほうが良いでしょうね」
 八嶋の滞在三日間は、対象を絞る時間に費やされそうだ。

 アズィーズとシャンピニオン、ネネの三人娘は特殊な壺を借りて南の森に入った。
「うるるー、魔の森の植生を調べますよ! 例の黒い花も見つけないと!」
 瘴気の中で美しく咲き誇る黒い闇百合。
 魔の森奥地でも、極稀にしか発見できない希少植物だ。
 猫又が主人の背中を追いかけ、シャンピニオンが「ネネちゃん待って〜」とからくりフェンネルの手を引く。アズィーズはからくりベルクートとともに保護者気分で後を追った。
「ベルクート、敵に遭遇しましたら一撃を与えて怯ませてください。いざとなったら玄武奥義『壁の立て逃げ』で撤退するとしましょうか」
 シャンピニオンが「結界呪符の準備はばっちり!」とアズィーズを振り返る。
「足止めして撤退が基本だね! 場所が場所だし、無理は禁物だよね。森への侵入は、瘴気感染を悪化させないように半日以内にとどめないと……魔の森は、支配者が違っても同じなのかな」
 不気味な森を見渡す。
 アズィーズが首を傾けた。
「出現するアヤカシの比率違いはあるそうですけどね」
「もうナマナリはいませんし、あれから魔の森も拡大してませんし、大アヤカシ不在の空白の森と考えられていますから、昔と全く同じって訳じゃないと思うんです」
 瘴気まみれの植物を、スケッチしながら歩くネネの足取りは軽い。
「もしかしたら『瘴気の木の実』や大元を見つけられるかもしれませんね。瘴気を吸い上げる木とか!」
「其れは確かに、見つけ出したいですね」
 アズィーズの狙いは、生成姫の兵器『瘴気の木の実』だ。
 あれを運んでいた眼突鴉は撃破され、大半の実が処分された。だが一体どこから運ばれてきたのか分かっていない。他国で見ない事から、生成姫が瘴気汚染を人知れず拡大する為に作り出した品種と考えられているが、如何に生産されていたのか誰も知らないのだ。
「瘴気の実が、植物に生っているのか、植物型アヤカシに生っているのか。色々と興味はつきませんものね。確かこんな胡桃のような外見で……あら?」
 足元に転がっていたものを拾い上げると、それは瘴気の実だった。
 一粒、手に入れた。
 しかし元の木らしきものがない。多分、鴉が落としたのだろう。アズィーズは借りた壺に実を放り込んだ。その後歩き回ったが、近くに元の木らしきものを見つける事はできなかった。
 ネネの方は非汚染区域を出てすぐ、闇百合を見つけた。
 魔の森にしか咲かぬ闇百合は、禍々しくも可憐な花である。 
 摘み取ると瞬時に枯れてしまう。かつて闇百合の美しさや儚さに心奪われた陰陽師たちが、人里へ持ち帰ろうと情熱を燃やした。瘴欠片で瘴気を分け与えたり、汚染土を運んで根ごと移植を試みたが……悉く失敗して枯死。結局のところ、凛と咲き誇る闇百合を見る為には、魔の森の奥地を延々と探し回るしかない。そんな結論が出ている。 
 ネネはひとまず地図へ分布を記すことにした。

 初日に近くを散策した寿々丸は、呪縛符で下級アヤカシを捕らえられないか試みたが、呪縛符は最大20秒ほど動きを鈍らせるだけであり、捕縛することはできなかった。
「ふむぅ、研究に至るのも大変でございまするなぁ」
 人妖の嘉珱丸が「寿々、何事もこつこつと根気良く、だぞ?」と慰める。
「今日も頑張ってますね。どんな事をしているのです?」
 書類を持った蘆屋寮長が通りかかった。
「寿々は感染を調べようと……したのですが、うまく捕獲できませぬ」
「感染?」
「瘴気感染していない土を集めて、アヤカシと共に置いてどれだけの感染が見られるかを時間とともに調べようかと」
「あら、そういえば厳密に教えたことがありませんでしたっけ」
 寿々丸が首をかしげると、寮長が「私の不手際ですね」と困ったように笑った。
「結論から言うと、ただ単にアヤカシの横にいても土壌の瘴気感染は起きませんよ。以津真天や瘴気の木の実ように『瘴気を振りまく』ような種類であれば話は別ですが、普通のアヤカシを倒しても、瘴気が大地に降り注ぐだけで、土壌汚染は滅多に起こりません」
 目に付いた下級アヤカシを倒しながら、即席講義が始まった。

「今日も狩りの時間ですよ〜」
 ごりあて、と名付けたアーマー「火竜」に乗った十河は、道や敷地の拡張などを行いつつ、人魂を飛ばして粘泥を探していた。
「うーん、やっぱり昼間は見つかりませんねぇ」
 寮長から借りた資料を眺める。一般的に粘泥は日差しを嫌い、夜間の行動活発化が認められるという。火竜で掬って帰ることを考えていたが、常に湿気が多くて暗い場所となると魔の森の中や沼地、水源の岩場近辺を探るしかないだろう。
「次は足で探すことになりそうな予感です」
 ごりあてはメキメキと瘴気汚染された樹木をなぎ倒しながら蕨に戻った。

 東の森に向かう露草は御樹を見上げた。
「青嵐さん、いいんですか? 私とゼタルさんの護衛なんて」
「ええ、夕飯の仕込みもバッチリしておきましたから。なにより、術士の戦術戦略を研究するものとして、彼を知り己を知れば百戦して殆うからずというところです」
「そうか助かるよ。ありがとう」
 マグスレードの狙いは、鬼系と夢魔だった。ひいてはその耐久性調査である。
 大アヤカシ生成姫が滅びた後、彼らの強さに変化はあるのか興味があった。とはいえ人並みに知恵が働く人型アヤカシが、どこにいるのか見当がつかない。夢魔に至っては脆弱で、元々は睡眠中の標的しか狙わぬ程の慎重さを持ち合わせている。
 当然、道中の遭遇は鬼が多くなった。
「ゼタルさん、あそこの」
「援護しましょうか?」
「否、ありがたいが……実験対象なら手出しは無用だ」
 純白の宝珠を埋め込んだ陰陽刀「九字切」を取り出した。
 どの呪術武器を使うかでも、威力は大きく異なるものだ。
 林の中を無防備に歩く白冷鬼の背後に迫る。
「その身で聞け、嘆きの旋律を」
 絶望の涙を流す乙女が虚空にあらわれた。
 召喚した式である。呪わしい乙女の声が二度、送り込まれた。突然の奇襲を受けた白冷鬼は、大アヤカシ不在の魔の森でも強化されているのか、まだ動いていた。奇襲者をその目に捉えようと立ち上がり、振り向いた刹那。
 金切り声が、その身をくだいた。

「流石、魔の森といいますか。対象には事欠きませんね」
 御樹の言葉を聞いて、マグスレードは手の中の陰陽刀をじっと眺めた。
「俺の力だと、白冷鬼は呪声が直撃すれば三発、単眼鬼は四発は必要か」
 マグスレードは知恵の回る白冷鬼や平凡な単眼鬼など一部の中級アヤカシを発見する事はできたが、影鬼や吸血鬼には逃げられ、三日かけても夢魔を発見できなかった。

「瘴索結界が役立たずっていうのはめんどくさいわねぇ」
 あくまで人里で探る為の技術なのだと思い知らされる。
 三日間に渡って周辺を散策したヴェルトは、狙いを『何らかの手段で自己修復能力を持つ単独行動のアヤカシ』に絞った。最も弱い対象で、吸血による回復を行う吸血蝙蝠がいたが、集団は恐ろしいので却下していく。
「下級だと、屍鬼か……志体の遺体に瘴気がついたやつね。これが十時間で元通りっと。夢魔は遭遇しようにも、一人だと変身や状態異常が怖いのよねぇ。他にも吸血鬼一派、女郎蜘蛛、水母姫が……どれから攻めればいいかしら」
「うぅ、早くかえりましょうよー」
 ヴェルトが覚書をしている間、護衛の羽妖精ギンコがびくついていた。

 三日目のお昼になると露草が「寮長、歩き回ったのに器物系アヤカシが見つかりません」と嘆いた。手元の和紙は遭遇したアヤカシの記録だが、見事に植物や鬼ばかり。
 寮長が露草を慰めた。
「この辺は人が立ち入れない地域ですし、洗脳された子供を救出する際に、里だった痕跡は燃やしたり、破壊し尽くしたそうですから、……大元となる人工物がないのは仕方がありませんよ」
「よー、なかないの〜」
 上級人妖の衣通姫が頭をなでなでする。
 話を聞いていた人妖イサナが「実験対象がいなければ、作ればいいのではないか」と言い出した。
「……と、申しますと」
「不要な鍋のフタでも縄で縛って、魔の森に放置しておけばよかろうに。一ヶ月も放っておけば、瘴気まみれぐらいにはなるだろう。アヤカシ化するかは運任せだが」
 鍋の蓋に生える手足を想像した寮長が吹き出し、露草は「青嵐さんにもらってきます!」と叫んで台所に直行した。
 一時間後。
 取っ手の取れた鍋のフタ、割れて焦げたしゃもじ、汚れが落ちない雑巾寸前の割烹着を荒縄で縛って、森に放置する露草がいた。
 露草ご希望の『付喪怪』は、人形や道具に瘴気の入り込んだアヤカシであり、棄てられた物や大事に扱われなかった物に憑きやすい。ついでに、かつての持ち主を狙う場合が多い。この場合、アヤカシ化した道具に狙われるのは十中八九、御樹であった。
 実験は来月に持ち越しだ。

 初日に汚染土を持ち帰ったシャンピニオンは、非汚染区域「蕨」の隅においてみた。
 けれど、二日間ほど観察しても、急激且つ大きな変化は得られずに終わる。
 微かに……瘴気が薄くなった、気がする程度で。
「多少は浄化作用が働いてるみたいだけど……変異したミミズや蟻が元に戻るわけじゃないんだね、フェンネル」
「そのようですな」
「龍脈上が汚染されないなら、力を誘導して魔の森を縮小できないかなぁって思ったけど……誘導するにしても『目に見えない上に触れないものをどう動かすのか』ってのも課題だよね」
 シャンピニオンは『頭が煮えそうだよ、ととさま』とぼんやり思った。

 かくして。
 慌ただしい魔の森合宿2泊3日は、瞬く間に過ぎた。
 その間、緋那岐は陰陽寮の縁側で火鉢を傍らにゴロゴロしていた。
「陰陽術に瘴気感染を回復するスキルがあればなぁ」
 しかし陰陽師は、そもそも瘴気を己の身になじませて活用する者たちであり、身から瘴気を取り除こうという試みは巫女の分野である。瘴気回収では除去はできず、一定量を集めるに過ぎない。以前、瘴気の抽出を考えた者はいたが、結局分野外という話になっている。
 卒論や術開発というのは、中々に茨の道である。
 そこへ提灯南瓜が「あそ……ぼ?」と顔を出した。緋那岐が身を起こして首を傾げる。
「んー…まだ名前がねぇんだよな。どうすっかねー……おい?」
 構ってもらえない提灯南瓜は、自由気ままに落書きを始めたのだった。