禁断の真っ裸ナイト
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/12 20:42



■オープニング本文

「媚薬、ですか」

 その日、開拓者ギルドに依頼を持ち込んだのは、顔を風呂敷で隠した開拓者の群れだった。しかしながら衣類や装備品は全く普段とかわりないので、個人情報を隠せていない。
 頭隠して尻隠さずとはよく言ったものだ。
「あれは恐ろしい媚薬だったんだ! 早く何とかしてくれ!」
「ご自分でなんとかすればいいのでは」
「俺は、もう餌食になりたくない!」
 だからって……金払って他人を生贄に差し出すのはどうなのか。
 さめざめと泣く男に、受付が白い目をむけた。

 曰く。
 彼らは、開拓者を格安で泊めてくれる宿に泊まった。
 サービス精神も旺盛で、なんと無料で酒提供を始めたそうだ。流石に申し訳なくなって追加料金を払おうとすると「開拓者様は我々を守ってくださっていますから」と言って、金を受け取らない。
 何か変だな、と思いつつ酒を煽って宴会騒ぎをして一時間後。

 仲間の大半が、半裸になっていた。
 何故か異様なほど開放感に包まれたのだ、と当事者は語っている。
 軽い幻覚も見たらしい。

 例えるならば、其処は常夏の陽州の海辺。
 普段の枷という枷から解放された者たちは、異様な火照りを冷ますためホイホイと衣類を脱いだり、思う存分に獣耳をもふり出したり、煮え切らない態度の恋人を押し倒したり……
 唯一。
 酒を飲まなかった未成年の開拓者だけが無事だった。
 ふと見ると宴会の襖という襖が少しずつ空いて、ギラつく視線を感じたという。解毒術も途中で練力切れを起こしたそうだが、介抱して二時間後、媚薬の効力は切れた。正気に戻った仲間がお互いを見る頃には……既に視線はなくなっていたとか。

「とにかく潜入調査か何かで、媚薬の現物を先に押収しないとダメね。もー、そういう時は酒瓶ひっつかんで帰ってきてくださいよ」
「面目ない……よろしくお願いする」

 帰っていく開拓者を見送った後。
 特殊な趣味をお持ちの開拓者ギルド受付嬢が群がった。

「これ……カタケで噂の宿じゃない?」
「温泉に入れて、開拓者さまに会えて、肉体美や体位の勉強ができる禁断の旅行っていう」
「やだー、楽しそう」
「うちらは仕事で会うけどさ、平民は現物を見る機会ってないもんね」
「タダ酒でつって、媚薬で自発的に剥いて、隣室から観察させるとは恐るべし」
「感心してる場合じゃないわよ」
「ツアー組んでる子は加害者になるの?」
「相当高いお金を払わされるって聞いたことあるよー、それでも誘惑に負けて行くんだって」
「じゃ、悪どいのは全面的に宿だけって事で」
「ラジャー」

 かくして。
 宿の悪行を暴くため、潜入捜査の任務が壁に張り出された。
 戦の骨休めを装って宿に潜入し、宴会会場で『媚薬入り酒の証拠品』を見つけて確保後、素知らぬ顔で帰ってこい、と。


■参加者一覧
/ 雪ノ下 真沙羅(ia0224) / 柚乃(ia0638) / 相川・勝一(ia0675) / 葛切 カズラ(ia0725) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 喪越(ia1670) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ネオン・L・メサイア(ia8051) / サーシャ(ia9980) / エルディン・バウアー(ib0066) / ヘスティア・V・D(ib0161) / シルフィリア・オーク(ib0350) / シルフィール(ib1886) / 蒔司(ib3233) / ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918) / 御調 昴(ib5479) / 蓮 蒼馬(ib5707) / 八条 高菜(ib7059) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 乾 炉火(ib9579) / 黒曜 焔(ib9754) / 葛切 サクラ(ib9760) / ジャミール・ライル(ic0451) / 綺月 緋影(ic1073


■リプレイ本文

 開拓者に媚薬を盛ると噂の宿に向かう、相棒連れの開拓者御一行。壮観である。
 その先頭を行く礼野 真夢紀(ia1144)は怒りに震えていた。
『カタケに青春燃やす貴腐人達を狙うとは……許せません! 媚薬酒を全撤去してみせます!』
 カタケット住民を食い物にしているところが許せないらしい。
 エルディン・バウアー(ib0066)も「開拓者を恐怖に陥れる薬など放っておけません」と乗り込んできた一人である。媚薬入りの薬とは聞いたが……悩んだ彼の導き出した答えは『いくら私でも、男同士のムサい酒盛りならば媚薬を盛られようと何もないはず!』だった。
 バウアーは満面の笑みをたたえ「炉火殿、頼りにしています」と長身を見上げる。
 乾 炉火(ib9579)は「……おー、おぅ」と何か考えた末に短く返事をした。何か二人の間にかみ合わぬ空気が漂っている。
 それは兎も角、乾は薬師の端くれとして媚薬の内容が気にかかっていた。中毒性のない一過性の症状から悪質な麻薬ではないだろうと判断していたが、用法や容量を守っているかは調べておきたいところだ。
 正義感にあふれるラグナ・グラウシード(ib8459)は、こんな時でも離さないウサギのぬいぐるみに一人で話しかけている。
「悪辣な罠! うさみたん、宿と媚薬酒は恐ろしい敵だ……私たちで潰してやろうな」
 己の全精神と愛情を捧げる物言わぬぬいぐるみを、酔った拍子にどこかへ投げ捨てるのではないかと案じずにはいられない。
 やる気に満ちている者もいれば、逆もいる。
「きーきょぉぉぉ! タダでさえお酒弱いのに、どうしろっていうんですか!」
 相川・勝一(ia0675)は上空を飛行する人妖桔梗に向かって叫んでいる。最近、仕事を人妖が勝手に引き受けて帰ってくる事が増えていた。
「び、媚薬だなんて……そんな……は、破廉恥な!」
 雪ノ下 真沙羅(ia0224)は幼い顔を赤らめていた。もはや動揺のあまり心の声が口からこぼれる。媚薬という単語からしてふしだらな用途しか思い浮かばない訳だが、思わず赤裸々な現場を想像して縮こまってしまった。
「なかなか面白いことになりそうだな、 真沙羅、勝一」
 ふふっ、と艶めいた笑みをこぼすネオン・L・メサイア(ia8051)は、状況を楽しむ気満々だった。色々と危険だ。
「ネオンさんや真沙羅も来てたんですね」
「愉快な仕事らしいからな」
 ジャミール・ライル(ic0451)は、阿漕な商売だなぁと宿の商魂に呆れていた。
 踏ん切りのつかない相川が「ほんとに皆で行くんですか?」と隣のライルを見上げた。
「飲みホでしょ? 飲むに決まってんじゃん。……ま、精々楽しませてもらうか」
 大いなる敵、媚薬入りの酒。
 これを確保して帰るのが仕事なのだが、ちょっと目的が横にそれている者も多かった。
 例えば、タダ酒飲み放題に釣られた男こと蓮 蒼馬(ib5707)は星空を仰ぐ。
「うーん媚薬酒なぁ……考えてみれば、媚薬系統は一度も舐めたことはないんだよな」
 自分がどうなるか想像がつかない為に「どうなることやら」と悩みこんだ。なるようになれ、と半ば投げやりだ。
 八条 高菜(ib7059)は「媚薬酒、素敵ですねえ」と頬を染めていた。
「媚薬ってなによ」
 八条の横で、シルフィール(ib1886)は強烈な目眩を覚えていた。一緒に仕事を受けるのは別にいい。悪質営業の調査依頼ということにも異論はない。
 だがしかし。
 詳細を確かめもせずに迂闊に頷いたのは失敗だったと後悔しても遅かった。
 高菜の耳にシルフィールの文句が届いていない。
「うふふ〜、シルフィに当たるとどうなるかしら」
「よして。……せめて元をとらなきゃね」
 己を奮い立たせるシルフィールは目的を忘れ始めていた。
 早くもやけ酒の予感だ。
 早くも悩んだり諦めの境地にいる者達を眺めていたサーシャ(ia9980)は面倒な諸々は仲間がするだろうと踏んで、何も考えずに酒を頂くことに決めた。
「何人か潰れても大丈夫ですよね〜?」
「ただ飲めば良いのです。それが仕事です、たやすきこと」
 お酒には自信がある御樹青嵐(ia1669)は自分を信じていたので強気だった。
 ある意味で宿と客に溜息気味のシルフィリア・オーク(ib0350)は、空の水筒を忘れていないか荷物を確認しつつ、人妖小鈴と打ち合わせをしていた。きちんと仕事を意識して考えている上、諸々見られても困るもんじゃないしと動揺の欠片も見せていない。潔きかな。
「まぁ何人か潰れても、こっちで仕事はするきの」
 シノビにとって潜入調査は本職のうちだ。
 仕事には異論のない蒔司(ib3233)だったが、酒に混入される媚薬の話をきいて『美味な酒は素直に楽しみたいのう』と苦笑いした。
 隣を歩く綺月 緋影(ic1073)は媚薬に懐疑的だった。
 話を聞いただけでは『ただ単に悪酔いしただけじゃねぇの?』と感じざるを得ない。
「まぁいいか。とりあえず宿へ行って調べてみようぜ。おーいそこの、おいてくぜー?」
「は、はい」
 枯れ木のように萎れていた御調 昴(ib5479)は、戦地に赴く特攻兵のような顔をしていた。幾度か、戦いとは別の意味でひどい目に遭ってきた御調の覚悟は『適当に逃亡しよう』から『あたって砕けるのみ』に変化していた。
「今度こそ乗り越えます!」
 御調は何と戦っているのだろうか。
 本人にしかわからぬ山が、そこにはある。
 竜哉(ia8037)がぽりぽりと頬をかいた。
「ま、ほどほどに飲むとしますかね。鶴祇も手伝っ、……鶴祇?」
 人妖がいない。見れば離れた場所でなにか騒いでいる。竜哉の上級人妖鶴祇は『次のけしからん新作絵巻の為に、ここはいい絵を提供せねば!』と闘志を燃え上がらせていた。
「いざゆかん! 戦場へ!」
「おう!」
 ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)はニヤニヤが止まらない。
『がっつりがっぷり観させていただくぜ?』
 覚悟しな! という言葉が視線から漂ってくるようだ。
 からくりのD・Dが抱えた荷物には画材が山と詰まっている。
 一方、竜哉本人は『鶴祇とヘスもいるしな』と気軽に構えて危機感ゼロだった。危うい。
 柚乃(ia0638)も相棒が仕事を持ってきたという経緯だったが、提灯南瓜クトゥルーがご機嫌で持ってきた仕事の内容に悩まずにはいられない。
「くぅちゃん……ふぅ、なんとかなるよね、うん。お宿の悪事は暴かなきゃ」
「どのみち破廉恥な宿を摘発する絶好の機会だね」
 黒曜 焔(ib9754)は珍しく一人だった。
 食事の時も、お風呂の時も、寝る時も、夢の中も含めて、どこまでも一緒なもふら……愛しのおまんじゅうちゃんは、本日の仕事が危険なのでお留守番だ。
 喪越(ia1670)は顎をさすりながら独り言を呟いている。
「我々のような善良な開拓者を騙し、おかず」
「主」
 と間髪いれずに声がした。
 上級からくりの綾音が背後に忍び寄り、喪越はごきゅりと生唾を飲んだ。
「――じゃなかった。私腹を肥やそうとは、あくどいにも程がある! しかもその手段が媚薬……けしからん。実にけしからんな!」
 拳を握って熱弁を振るう様に、何人かが感動を覚えつつ身を翻す。刹那「もっとやれ!!」と続けた喪越の耳を、からくりが抓った。キャー綾音サーン、とか聞こえてくるがこの際無視する。
「安価で飲み放題というのはステキですね!」
 葛切 サクラ(ib9760)は上機嫌で道を行く。
 提灯南瓜のLUCK=JACKと葛切 カズラ(ia0725)が後ろに続く。
 浮かれたサクラに対してカズラは気だるそうな顔をしていた。
『せっかくのお誘いなんだけど……仕事半分なのよね〜』
 仕事は仕事で大真面目だ。羽目を外すことより、やらねばならぬ仕事がある。
 カズラは上級人妖の初雪に人魂で子猫の姿になるように命じた。
「ラっくん、姉さん、お宿が見えてきましたよ!」
「いざ、飲んで飲んで飲みまくるのですー!」
 ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)は好きなだけ飲みまくるのが仕事と認識したようだ。


 宿は小奇麗だった。
 予約していたのですぐさま宴会場へ通される。
 適当な場所に座る開拓者たち。
 お酒のお品書きを見ていたヴィンダールヴが店員を呼んだ。
「開拓魂をお願いするのです! あと、油揚げとかはないのですかね」
「すぐお持ちいたします」
「あるのですか! やったのです! それをつまみにお酒を飲みたいのですー!」
 黒曜は「林檎の酒はないのかなぁ」とお品書きを覗き込みつつ「甘い酒が好きだから私は桃色ハルカで」と注文した。
 どの酒に媚薬が入っているのかわからないので、皆がそれぞれに好みの酒を注文していく。
 開拓魂を掴んだ御調は、独り言を繰り返して自分に暗示をかけている。
「一番強い酒を飲めば酔い潰れる、一番強い酒を飲めば酔い潰れる、一番強い酒を……」
 飲む前から気配が怪しい。
「ま、そんな渋い顔してないで飲みなさいよ。悟られるわよ」
 お猪口を渡したカズラが、二の足を踏んでいる御調に酒を注ぐ。
 ライルも御調の肩を叩く。
「そーそー、折角の飲みなんだからさー、薬とか、んなもん忘れて、パーッと楽しまなきゃ。一緒に飲む?」

 覚悟を決めた者たちが酒を煽り始める。
 御樹は管狐の白嵐に調査を任せ、自身は開拓魂をお猪口に注ぎながら、漫然と微笑んだ。
「笊と通り越した筒、と呼ばれた私に……隙はありません」
 ちびりちびりと飲みながら、天ぷらに箸を伸ばす。
「蓮さん、何を飲まれます?」
「俺も開拓魂で。酒の味を楽しむとくれば辛口! 甘い酒なぞ認めん!」
 蓮は清酒『開拓魂』が運ばれてきた途端、ぐびぐびと飲み始めた。
「さ、タダ酒だタダ酒! モチのロン! いくぜ、開拓魂〜! バーニン!」
 喪越はこれだけ人数がいるなら、誰かが調査仕事をしてくれるだろうと踏んでいた。
 即効に仕事を放棄した喪越の狙いは、判明した媚薬を確保してギルドに――――届けず持ち帰ることだった!
「カーっ! 喉が焼けるねぇ。ドゥフフフ……」
 上級からくりの綾音が「あからさまな犯罪者の顔になっていますね」と主の下心を見抜いていた……が、結局のところ喪越に、媚薬を確保する暇なんぞなくなっていく。
 ヴォルフが「さぁてー酒を」と盃に手を伸ばそうとすると、竜哉が先にとってしまう。
「あり、たつにー?」
「俺が先に飲もう」
 竜哉は『もてなしには受けて立つ!』と一気に酒を煽った。
 開拓魂の強烈な酒精は喉を焼く。思わず「かはっ」と咳き込んだ。上級人妖の鶴祇は他の席を飛び回り、媚薬酒っぽいものを探す。
 グラウシードはカクテル『桃色ハルカ』を光にかざす。
「おお、これはうまそうだ。桃が入ってるぞ、うさみたん! どれど……うまい!」
 夏に食べたら益々美味しそうだ、と考えていると、お酒の瓶を礼野が拾い上げた。
「しらさぎー!」
「なに、マユキ」
 礼野がカクテル「桃色ハルカ」をからくりに差し出す。
「このお酒を飲んで、アルコールと桃果汁と水分以外の成分があったら教えて」
 かくり、と首をかしげたからくりは「うん、わかった」と酒を煽る。当然、からくりが何か食べようと腹の中で消滅してしまうので酔いはしない。
「マユキ、ももあじ、あまいよ」
「ハズレね」
 地道な作業だ。

 最も酒精の優しい『桃色ハルカ』を、相川と雪ノ下も頼んでいた。
「……も、もし当たっちゃったりしたら……どうしましょう、ネオン様」
 媚薬の影響を考えて、ボッと赤くなった。
「では高みの見物と行こうか。どんどん飲むといい」
 メサイアは、白く濁ったウーゾ酒カクテル『情熱Chitai』をひと舐めして、二人がどうなるのか見ていた。こっちは幻覚を見る気配はない。
 意を決した雪ノ下はメサイアの陰に隠れて、こっそりと杯に口を付ける。
 甘くとろりと桃の味。
 相川も一杯飲んだ途端、瞬時に顔が赤くなった。
 激しい動悸に胸を押さえつつ、媚薬の恐怖に構える。
 しかし何分たっても幻覚を見ない。
 精々、体がぽかぽかして上着を脱ぎたくなる程度だ。
「……勝った。桔梗に勝ちました!」
 人妖の野望に打ち勝った相川は、自分の酒が『おいしいカクテル』と認識するや、勢いよく煽り始めた。ほとんど果汁だ。そして氷った角切り桃が案外うまい。
 人妖桔梗は「く、はずれか」と悔しげにうめくと、ヴォルフのところへ飛んでいく。
「ゆっくり楽しませてもらいます。えい」
 暑いので脱いだ。褌一丁で座ると、お膳に手を出す。
「いただきまーす。お、この煮付け美味しいですよ」
 そして雪ノ下は、ぼーっとしていた。
 媚薬は入っていないが、相川同様に酒には弱い様子である。ネオン様ぁ、ネオンさまぁ、と舌っ足らずな声を発しながら猫のようにすりより、ぎゅうっと抱きつく。
 これは潰れるのが時間の問題である。

 ところで蒔司は超越聴覚で宴会場の外の気配を探っていた。
 大勢が蠢いているが、殺気はないのでひとまず放置を決め込む。
「おちつかんのぅ」
「ま、楽しく飲もうか」
 綺月が「乾杯」といいつつ蒔司と盃を傾ける。
「情熱Chitaiを選んだけど、他のも味見してみたいんだよな。蒔司、ちょっと酒分けろよ。可愛いお嬢さんたちもいるし、何人か後で……口説いて」
 蒔司、夜春誤爆。
 ぽーっとしている綺月に自分の酒を与えた。ふたり仲良く媚薬の餌食だ。

 シルフィールは清酒カクテル『秋風の旅情編』、八条はウーゾ酒カクテル『情熱Chitai』で乾杯だ。
「普段飲むのは葡萄酒だけど、たまには違うのもね」
「ん、こういうお酒もいいなあ。よし、脱いじゃおう!」
「こら、見分けつかなくなるでしょ」
「あぅん、叩かなくても〜〜、冗談だってば〜〜」
 酒を飲んでいたシルフィールは、八条が媚薬を引いた場合に備えていたが、……異様に体が熱くなる事に首をかしげ、しばらくして自分が引いたことに気づいた。
『が、我慢しなきゃ!』
 こんなところで、ややアブノーマルな性癖を暴露するわけには行かない。
 そう思うあまり、媚薬酒を確保する事も、仲間に知らせることも、頭からすっぽり抜けていた。

 適度なほろ酔いでいい気分のオークは、胸の谷間に人妖小鈴を抱き寄せて、撫で撫でしながら抱きしめていた。ついでに襖の向こうの視線に「こんな場所で高い金払うくらいなら、温泉旅館の護衛って言って直接雇えばいいのに……」といらん知恵を授けていた。

 桃色ハルカの氷がわりな桃キューブをシャリシャリ齧る黒曜は顔色を変えない。
「おたく酒つよそーだねぇ」
 ライルが黒曜に話しかける。
「こう見えてもザルなのだよ」
 ザル。
 それすなわち大量の酒を飲もうとも余り酔わない人物を示す。
「とはいえ。これは果汁を絞ったような口当たりだからどんどん飲めるし、美味しいし、タダだし、これはなかなかいい仕事……潜入調査も忘れてないぞ、うん」
 媚薬入りの酒はきっちり確保しなければ、と考えはするものの、目の前の大惨事を見ていると『それらしきもの』を一緒に飲まされるのではないか、という恐怖心に駆られる。
「媚薬酒ってほんとにあるんかね」
「ほらあそこ」
 同じくザルのヴィンダールヴは……ぼんやりしていた。数分前まで「あれー? おかしいのですー?」等と喋っていたが、次第に発言がふにゃふにゃと意味のわからない言葉になっている。突然すくっと立ち上がったかと思うと、尻尾を丸めて女性――オークの膝に縋った。耳を撫で撫でされると気持ちがいいらしい。
 眺めていたライルたちが状況から推察する。
「あー、開拓魂はあたり、かな」

 その例に漏れず、蓮は……上半身裸になっていた。
 鍛え上げられた胸筋が眩しい。
「流石、砂浜はあついな。はーっはっは。む……あ、あなたは」
 おい、大丈夫か……と声をかけるライルが見えない。
 ぼやーっと霞がかった視界に見えた姿は、想いを寄せた師兄の奥方そのもの。
「お、おくがたあああああ!」
「ぎやあああああ!」
「俺は、俺はずっと貴方が、好きでしたあぁぁぁ! 今宵こそ! 今宵こそは俺の妻に!」
「放せって! 泰拳士相手じゃ力でかわな……誰か助けろぉぉぉ!」
 近くの実力者に助けを求めてみるものの。
「わー大変ですねぇ、がんばれー。うー……海で服着てるのもどかしいですねぇ」
 御調が床の間の飾り物のうちわで顔を仰ぎながら上着を脱ぎだした。
「海って、おまえもかー! ぎゃー! 助けてお嬢さーん!」
「おくがたあああ!」
 敏腕な回復係の礼野が走り回る。
 未成年なので酔う心配はなかった。
「もー、正気に戻ってください! 何しに来たんですか、もぅ!」
 解毒を行うと蓮が正気に戻った。そしてふらりと厠に向かって恐怖の酒を戻しに行った。
 一方、御調がオークににじり寄っていく。
 幻覚の作用で、男女構わず想いビトに見えているらしい。
「僕だってねぇ、成人した男なんですよ、そういう事に興味だってあるんですよー?」
 正気に戻ったら自決しそうな間違いである。
 オークの背中に御調が迫る。のんびりしていた人妖小鈴が「キャー!」とか悲鳴をあげながら解毒術を使った。急激に媚薬がさめた御調は、思春期の少女のように顔を赤らめて「失礼しましたぁぁぁ」と叫んで走っていく。
「あらあら」
 蠱惑的な眼差しで背中を見送った。

 騒ぎの中、どっしりと構えて膳に箸を伸ばしていたのはカズラである。
 松茸ともみじ麩の吸い物に炭火焼、アミタケの胡麻和え、栗の甘煮、青銀杏の岩塩かけ、神楽牛の霜降り肉が網の上でパチパチと音を立てていた。さんまの煮付けは酒によく合う。
「おいしいわねぇ。味は悪くないわ」
 鮭の手まり寿司をもっしもっしと食べながら乱痴気騒ぎを傍観しているが、決して食欲に負けたわけではない。人妖に厨房監視は言いつけてあったし、真面目に働いている開拓者もいたので無問題だ。
「んー、潰れ始めた、かしら」
 正面のグラウシードは、ぽや〜んと天井を見ていた。
 甘い酒は口当たりがいいので飲みまくったらしい。
 はうー、とか、あうー、とか意味をなさない声をあげている。
「うさみたん、ラグナたんおねむだお……おやすみぃ」
 瞼をこしこし擦って、ぬいぐるみを抱っこすると「ごあー」といびきを立てて寝始めた。

「ひどい目にあった」
「お疲れ様、ライルさん、そっちのお酒は……どう?」
「んー、5杯飲んでみたけど変わんないな。普通の酒かぁ。安心安心」
 焼肉を齧るライルが、白く濁ったウーゾ酒『情熱Chitai』を光にかざす。
「タダ酒超うまー。あ、そこのカーノジョ、この後で俺とデートしない?」
 ふんわりいい気分になって、近くの女の子を口説いてみる。
 仕切り直しだ。ナンパはほぼ日課みたいなもんであるが、今日ばかりは相手が悪かった。
「うそうそ、ジョーダン」
「のんでーのませてーのんでーのまれる〜〜うちゅ〜〜?」
 完全に酔っ払ったサクラは、近くにいたライルの襟首をひっつかみ、口移しで酒を飲ませていた。もとの酒癖が酒癖なので、泥酔なのか、媚薬のせいなのか判別不能だ。
 姉のカズラは暫く放置を決め込んだ。
 ごきゅり。
 ライル、サクラの持っていた『秋風の旅情編』を強制的に飲まされる。
 ま、キスぐらい安い……と考えていて、舌に違和感を感じた。微かに薬の味。
 慌てて顔をはなす。
 サクラの目の焦点が合っていない。
『あかーん! これ媚薬入りじゃーん!』
 体の芯が急激に熱くなるのを察して、サクラの隣から脱出した。目指すは屈強そうなおじ様のとなり。一緒に仕事に来た女性にあらぬ姿をみせられないという意地があった。

 ふられたサクラがくるりと身を翻す。
「あ〜、う〜、姉さぁーん! しろぼしのらめー! げこくじょーなのらぁぁぁ!」
 カズラに飛びかかるも、正気の人間に勝てるわけもない。サクラを押さえ込んだカズラが視線を走らせる。サクラが飲んでいた盃は、スカイブルー色の液体が入っていた。
 柑橘を絞ったカクテル『秋風の旅情編』だ。
 カズラが走り回っている礼野に「アレ」と指摘する。
 サクラの飲んでいた酒瓶を奪った礼野は、からくりを呼んで再び飲ませた。
「マユキ、なんかニガい粉、はいってる」
「じゃあ、しらさぎ。この徳利と同じ徳利の中身捨てて、岩清水に交換して」
「うん。おみずすててこうかーん」
 しらさぎが媚薬酒を捨てに厠へ行く。
 一方の礼野が、粛々と媚薬入り酒を皮の水筒に詰めていく。
「よし、確保。さて次ね」
 隣であられもない格好をしている、子どもの教育上宜しくない乾たちには解毒で正気に戻っていただく。

 ときは少し巻き戻り。
 媚薬入りの酒『開拓魂』を飲んでしまったバウアーは、カソックの襟首を緩めたり、顔を仰いだりしつつ、脳裏に浮かぶ奇妙な発想を振り払うことに必死だった。何故か隣に座っている乾が、やたらと素敵に見えてくる。
『わ、わわ、私は神に捧げた身です! しっかりなさい! 女性はもちろん、ましてや男性に興味を持つことなんてありえな……しかし、この胸の高鳴りはもしや!』
 それは動悸です、と教えてくれる親切な医者はいない。
 一説に『危険な吊り橋に男女を置いておくと恋に落ちやすい』という話があるが、これは恐怖による心臓の鼓動を恋に錯覚してしまう現象であり、バウアーについても同じ症状が考えられた。強力な酒の効果で心臓が早鐘のように鳴っている事に加え、媚薬入り、そしてバウアーにとって最も災難だったことは二つあった。
 一つは、酔っ払った乾による夜春効果。
「随分熱の入った目を向けるじゃねぇか」
「……申し訳ありません、私、何かおかしくなったようです」
 もう一つは、乾の雑食。
「大丈夫か。ホイホイ脱いじまって。俺は野郎でも構わず食っちまう男だぜ? ほせぇ、首筋だな。変じゃねぇよ、人間ってのはそういうもんさ」
「覚悟は決まりました。ああ神よ、一夜の淫らな私を許したまえ」
「なぁ、今夜だけは神様でなく俺を見てくれよ」
 そんな乾の袖や襟首を、後ろから柚乃が引っ張っていた。
 未婚の乙女として直視できない、この醜態。
「いーやーっ! 押し倒すのはだめぇぇぇ! それは恋じゃないですぅ!」
 正気に戻った彼らの将来を考えた柚乃は、心優しき乙女として己にできることを考えた。
 それすなわち!
 目にも止まらぬ流れるような速さで、拳を鳩尾に叩き込むこと!
「ふんっ!」
「ごふぉ!」
「ああ、炉火殿! 私の炉火殿になんということ!」
「えいっ!」
「ぐふぁ!」
 乾、バウアー、ともに撃沈。
「ふー、イイ仕事をしました」
 柚乃が輝く汗を拭う。といっても二人は痛みに呻いているだけで、媚薬が抜けた訳ではない。礼野が死んだ魚のような眼差しを男達に向けつつ、解毒していった。

 騒ぎを眺めるサーシャは、強めのカクテル『情熱Chitai』を水で割って白く濁る様を眺めつつ、お楽しみ優先を決め込み、脱衣を始めた人たちを放置していた。
「あらー、あたりを引いた人たち大変そうですねぇ」
 全く大変そうに聞こえない。
 こちらもお膳をもしゃもしゃ食べていた。酒に味の濃い料理がよく合う。

「へ、ひゃ、へひゃひゃひゃひゃ! ひゃーひゃひゃひゃ!」
 綺月が奇声を上げている。
 帯を解く作業だけが楽しいのか、近くの人間に男女構わず襲いかかる。
「脱ぎ方がなっていまへん!」
 斜め上の指摘をする男、御樹。その手に握られたるは――開拓魂!
 媚薬酒だった。一杯目から虎穴に入った御樹は、既に呂律が回っていない。
 おもむろに外套や上着に手を伸ばす。
「よろひーですか皆さん。服には脱ぎ方というものがあうのです。バッサバッサと情緒なしに脱ぐなど言語どー断、こうひて、こうひて、ゆる〜と流れる川がごとぉーく! 華麗に脱いでらーきゃくを喜ばせねば、脱ぎ芸ではありまへん! そう! 酒は水物!」
 ついでに会話が成立しているようで、全く成立していない。
 彼は一体、何を訴えたいのだろうか。
 常識という枠から飛び出した男は、真っ赤なレースと紐による色々ギリギリな下着姿で性癖を暴露しつつ、通りがかった柚乃に「そんなもの見せないでください!」とか叫ばれながら鳩尾に一撃を叩き込まれていた。
 ごふり、と畳に沈む。
 布団と荒縄で簀巻きもどきになって転がされた。ある意味、御樹の安全は物理的に確保された。
 ところで蒔司も綺月の標的になったが、襲いかかってきた綺月の頭を撫で撫でしはじめた。
 おお手懐けている!
 と周囲が見守る中、耳の付け根をカリカリ掻かれた綺月が喉を鳴らす。
 ああ、神威人って大変だなぁ、と正気な者だけが遠巻きにみていた。
 ちなみに向かいにいた蓮が「お似合いだぞご両人」と愛藍傘をさしかけていく。媚薬が抜けても酔っ払いにかわりないらしい。

 近くでは媚薬で内なる何かが解放された主こと喪越の痴態を放置したからくりの綾音が、媚薬酒の確保と破棄を淡々と行いつつ、ヴォルフの原稿を覗き込んでいた。
「噂に聞く、カタケ資料とやらにも興味がありますね。どのような嗜好が存在するのか」
 色々な絵をじっと眺める。
 そしてあっちこっちから筆記用具の音が響くので興味を引かれる。
 例えば何見てもへーきな提灯南瓜クトゥルーが、特殊なペンで延々何かを書いていた。
 人の目には見えない。
 暗闇で相棒たちにしか見えない謎塗料の為、柚乃たちには決してわからないが、半裸の人たちを前にしてご機嫌なので内容は推して知るべきである。
 そんな落書きの数々に心奪われていた上級人妖の鶴祇が、暫くして戻った。
 徳利を抱えたまま頬を掻く。
「うーん、媚薬酒っぽいものを見つけたというのに」
 竜哉は既に媚薬酒を飲んでいた。
 ついでに『良い絵』を前に、ヴォルフが筆記用具を握って芸術の秋に浸っている。両脇にはラフ画の山が出来上がっていた。年末年始のイベントは熱いこと請け合いだ。
 人妖は手間が省けたと思うことにした。
「そなた、筆の進みは如何か」
「其れはもう。冬の新刊はこれに決定! ってな。あ、D・D、媚薬入りの酒は確保して置けよ?」
 ヴォルフがからくりに指示を出す。
「わかりました」
「あ、提出分とは別にだぜ?」
 ここにもギルド提出分とは別に、私的に使う気満々だった。
 竜哉が正気に戻る前に、と。
 書き上げた資料をしまったヴォルフは、戦線離脱を始めた仲間に続くことを決めた。画材他一式を、からくりD・Dに預けて、竜哉を助け起こす。
 上級人妖の鶴祇が「いま解毒を」と手をかざしたが、ヴォルフが待ったをかける。
「ふっふっふー、同士鶴祇よ! たつにーは貰って帰るぜ〜。そんじゃおっさきー!」
 ヴォルフ、竜哉を担いで逃亡。

 その頃、八条の酒も進んでいた。
「ご飯もおいしーい……ああ、ちょっと酔ってきたかもー、ねーシルフィーちゃーん」
 返事がない。
 八条は隣のシルフィールを見た。顔が赤くて手がブルブル震えている。
 がし、と腕を掴まれる。両目が潤んで息が荒い。ここまで己を律するシルフィールの自制心に感心しつつ『あら、これは不味い、かしら?』と事態に気づいた。
 礼野を呼んで解毒をかけてもらう。
「ありが、と」
「媚薬は除去しましたが、お酒が完全に抜けるわけではないので、無理しないでください」
「それじゃあ、シルフィーちゃんこんなだから、先に帰るねぇ。後よろしくぅ」
 八条が戦線を離脱。

「さて」
 カズラは柿餅を口に放り込むと、酔いつぶれているサクラを小脇に抱えた。
「潰れちゃったから先に撤収するわ。あ、この子はお持ち帰りするから」
 じゃあねぇ、と長髪を翻し、近場の安宿を目指す。

 気づくと仲間が減っている。
 強烈な酒を煽った者も多いので致し方ない。

 残った者達の所へ現れた礼野は、媚薬入りではない2種類の酒……を大量に腕に抱えていた。
 一人につき2瓶ずつ渡して、言い放った一言は。
「これらは媚薬入りではないみたいなので、全部飲んでください」
「ぜ、全部?」
 礼野が微笑む。
「在庫は全部もってこさせます。だって『タダです』とお店側が言ってるんですもの。お言葉に甘えて……全部飲み干して、宿を潰してください。大丈夫ですよ。酩酊状態になったら、解毒でほろ酔いまで戻しますから」
 鬼、現る。
「こちらに任せるといいよ」
 黒曜が酒瓶を見て手招きする。
 ザルというより、もはやワクの領域だ。だが……酒に強いのは結構だが、大量の砂糖を口にしていることにかわりないので、体重増加が心配である。

 会場の片隅では相川が人妖桔梗と自分の褌を取り合っていた。
「せっかくじゃし、これくらいサービスせぬとの?」
「どんな!? うわー返してー!」
 褌がないなら脱いだ服を着ればいいじゃない、と思う者がいそうな気もするのだが、酩酊状態で正常な判断ができないのだろう。
 解毒で正気に戻された蓮は、部屋の隅で丸まっている。両手で顔を覆って「娘には、娘には」と自己嫌悪に陥っていた。己の醜態も然ることながら、仕事を忘れたことで二重に落ち込んでいる。
 解毒で正気に戻った半裸の蒔司は、悲しい眼差しで虚空を見ていた。
 そんな蒔司の隣では、奪った酒で周囲に迷惑をかけていた綺月が土下座を繰り返している。おとなしく自分の酒だけ飲んでいればこんな事にはならなかったのだが、欲とは罪深きものである。
「すまん。正直媚薬の威力を舐めてた」
「まともな酒で飲み直したいのぅ」
 ああ、飲んで忘れたい。
「こ、今度酒を奢らせてくれ! すきな酒を奢るぞ」
 ここぞとばかりに名誉挽回を図る綺月の「奢る」という単語に、蒔司の耳がピッと立った。


 過ぎ去った夜は正に、極楽と地獄。
 開拓者たちの体を張った調査により、媚薬入りの酒は二種類確保された。
 そしていい思いをした者がいる一方、一生忘れられない恐ろしい出来事を体感した多くの者が、思い出を記憶の底に沈めたらしい。