【魔法】忘れられた子供たち
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/23 02:01



■オープニング本文

※このシナリオはIF世界を舞台としたマジカルハロウィンナイトシナリオです。
 WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。


 おかあさま。
 おかあさま。
 大好きです、おかあさま――……


 この言葉を聞いた時の気持ちを、どう言い表せば良いだろうか。

 本書を手に持った貴方は、少なからず興味をもって表紙を開いたことだろう。
 それは五行東に広がる魔の森の詳細を知る為か、かつて存在した大アヤカシ生成姫(iz0256)を研究する為か、或いは生成姫に人生を狂わされた者達の事を調べようとしているのか……詳しい経緯は、私には預かり知らぬことだ。
 今、筆をとっている文面が世に出る時、私は老衰で冷たい墓の下にいるに違いないのだから。だが知りたいと考えているのなら『天儀史の真実』を教えることは、やぶさかではない。

 私の名は、狩野柚子平(iz0216)……五行国封陣院を統べる長である。

 私は生まれた時から呪われていた。
 25歳になれば、生成姫に殺されるはずだった。
 理由は、恐らく皆の知るところであろうから、本書では割愛しておく。
 兎も角。
 運命を受け入れざるを得なかった若い頃の私は、それに抗うべく、人生をかけて大アヤカシ生成姫と五行国の東地域について研究を行ってきた。アヤカシの種類や能力、個体の分布、陰陽術開発の傍らで、家庭や友人関係と引き換えに得たものは、少なからず国民の生活安全に寄与したという自負がある。
 多忙な生涯の中で、私がもう一つ続けた研究がある。

『生成姫の子供たち』に関する追跡調査だ。

 生成姫の子供。
 それは彼女が生み出したアヤカシを意味する訳ではない。
 大アヤカシ生成姫を<全能の神>と崇めた人々のことだ。彼らは『生成姫の子供』『さらわれた子供』『救われた子供』と呼び名は様々で、今日に至っても固有名詞は存在しない。

 歴史に名を残す、神代や龍脈の秘密が暴かれた合戦。
 あの時、各国やギルドを混乱と恐怖に陥れた我ら開拓者の仲間。
 恐らく今の陰陽師や研究者は『アヤカシに味方した大罪人』としか認識していないだろう。

 けれど彼らに罪はないのだ。
 人の概念下における善悪は、概念の外では通用しない。

 我々は生まれを選ぶことができない。
 志体を持つ者は、誰しもが生成姫の洗脳を受ける可能性があった。
 誘拐されたまま、偽りを真実として、孤独を生き抜いた子供たちを……責めることはできないのだ。

 子供たちの人生を語る前に。
 どんな経緯で『子供たち』が誕生したのかを簡単に記しておこう。

 彼らは皆、自我が芽生えるか否かの幼い頃に本当の両親を殺され、親に化けた夢魔によって魔の森へ誘拐された志体持ちだ。

 浚われた子供達は、魔の森内部の非汚染区域(呼称「裏松の里」※現在の龍脈。)で上級アヤカシに育てられ、徹底的な洗脳とともに暗殺技術を仕込まれていたらしい。

 日記を用いて字を書く訓練から始まり、獲物狩りなど教育内容は様々だが、課題を失敗すれば幼子でも容赦なく食事を抜かれたそうだ。
 昨日隣にいた兄弟姉妹が、懐かないという理由だけで里長の上級アヤカシに連れ去られ、餌になる恐怖は想像に余りある。更に日常生活を通した過酷な訓練による体力増強。里の卒業試験という名の度重なる友殺し。
 痛む心は忘れさせられた、と聞いた。
 殺すことこそが美徳。
 やがて成長した子供達は考えを捻じ曲げられ、瘴気に耐性を持ち、山の神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んで絶対の忠誠を捧げてしまう。
 自らを選ばれし『神の子』と信じて疑わない。
 偽りの母である生成姫の為に、己の死や仲間の死も厭わない。
 絶対に人に疑われることがない――――最悪の刺客として、この世に舞い戻ってきた。

 果たして生成姫が一体いつ頃から人を飼っていたのか?
 詳しい時期は分かっていない。

 現在判明している子供たちの名簿を遡っても、当時から数えて数十年前から計画が進行していたことを想像するのは容易く、子の総数すら分かっていないのが実態だ。
 魔の森という過酷な環境下の中で、仲間を殺して生き残った子供たちは、楽器型アヤカシを必ず持たされ、優秀な密偵として世に放たれた。
 多くが戦乱で生成姫と共に散り、討伐或いは処刑された。
 幸いにして洗脳の浅い子供21名は救出されたが……

 晩年まで判明しなかった者や、本人の死後になって残された小隊仲間が告白した話などの『忘れられた子供たち』の存在を、知っている者は今も少ない。

 戦では数千人から数万人が跋扈している。
 情報が錯綜し、開拓者のひとりふたり死んだところで、詳しい事情までは明かされない事も多い。
 長年分からなかった『忘れられた子供たち』は、身元を調べると……私と語り過ごした者も少なくなかった。各地を旅し、沈黙を守った遺族から根気強く話をきいて『本当の人生』が漸く判明した。

 人は二度死ぬという。
 一度目は、肉体の滅び。
 二度目は、人の記憶から忘れ去られてしまうこと。

 だからこそ。
 これを読んでいる者に、遠き日の秘密を打ち明けよう。
 歴史に語られることのなかった犠牲者たちの軌跡を、私はここに残そうと思う。
 哀れな子供たちが二度と死ぬことのないように。

 確かに彼らは、共に生きていたのだと。


 〜目次〜

 序 章   さらわれた子供たち
 第二章   忌まわしき裏松の里
 第三章   生成姫と子供たちの戦い
 終 章   忘れられた子供たち


■参加者一覧
静雪 蒼(ia0219
13歳・女・巫
星乙女 セリア(ia1066
19歳・女・サ
露草(ia1350
17歳・女・陰
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
鞘(ia9215
19歳・女・弓
ケロリーナ(ib2037
15歳・女・巫
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
フレス(ib6696
11歳・女・ジ
津田とも(ic0154
15歳・女・砲
加賀 硯(ic0205
29歳・女・陰


■リプレイ本文

●序 章   さらわれた子供たち

 忘れられた子供達について記すにあたり、果たして何処から語ればいいのか。
 これが研究者を悩ませる。
 恐らく世間で知られているのは、子供達が成長してからの姿と名であろうが、彼らには人里で発見される以前の時間があり、各自が開拓者ギルド登録とは別に、大アヤカシ生成姫(iz0256)から与えられた秘密の名を持っていた。

 根本的な問題として、現状で集まっている子供達の資料や記録も、子供の友人であったと名乗る者や面識を持っていたと思しき依頼主、相棒達からの口頭による聞き込み情報の集約であり、ここに子供本人が書き残したとされる手記の記録を加算した、懐疑的な仮説の総論に過ぎない。

 いかなる事実も、人間という主観的で曖昧な記憶を頼りとする仲介者を通す以上、大なり小なり本来の出来事は歪んで伝わっていく。これから記していく子供達の記録が、筆者(狩野柚子平)という第三者を通している事を踏まえて、読み進めて頂きたい。

 人間は魔の森では生きられない。
 陰陽師のように瘴気への耐性を獲得させるにも、長い時間が必要となる。
 これに伴い、アヤカシは浚った子供を魔の森内部に現れた龍脈の一部(以下、裏松の里と記す。)に囲った。人が放棄した古の里を再利用し、殺し専門の寺子屋を作った。

 天儀歴986年、冬。
 ジルベリアと天儀が国交を樹立して六年目。まだ生成姫という大アヤカシの存在が世間から忘れ去られていた頃、2歳の幼子が夢魔の手で裏松の里へ運ばれてきた。生成姫に『真依(まより)』と名付けられたこの子の素性は分かっていない。
 真依が人知れず8歳になった天儀歴992年の夏。
 生成姫から『篠雨(しのめ)』と名付けられた2歳の男子が里に仲間入りした。
 更に二年後、天儀歴994年に連れてこられた乳飲み子の中に『菫青(きんせい)』となる娘がおり、一歳ほどの子が『露峰』である。
 菫青と露峰は同時期に里入りを果たしているが、全く異なる性分の娘に育っていく。
 翌年、連れてこられた子供の中に二歳の獣人『美霧(みぎり)』と……陰陽術を使う天才児がいた。
 明かりを生む夜光虫を、僅か三歳で使いこなした人間の少女は『桔梗』の名を与えられ、陰陽術に特化した教育が施される事になる。大凡、この頃の桔梗を元に『陰陽師職に育てれば瘴気耐性を誤魔化せる』という事実も知られたのだろう。
 二年後の天儀歴997年。
 陰陽師として育てる為に、乳児の『緋桜(ひおう)』が里へ連れて行かれた。同い年の『紫蘭(しらん)』は同時期ではなく、一年後の天儀歴998年に攫われて来ていたようだ。
 やはり赤子からの洗脳が、成長後に強く響いているように著者は感じる。
 しかし天儀歴1000年頃を境に、子浚いの数は増えていった。
 この頃になると四歳や五歳など、少し育った子供も里入りするようになってくる。
 正に金盞花の里入りが過渡期に当たり、里入りした頃は四歳。天儀歴1003年に里入りした彼岸は五歳であったという。


●第二章   忌まわしき裏松の里

 序章に記述した十名が、後に判明した子供達である。
 子供達が戦に至る以前、偶発的な出来事でしか存在が露見しなかった原因に、大アヤカシ生成姫の徹底した秘匿主義があげられる。
 子を浚われた親が、地の底まで探しにくる事を予測し、用意周到に動いていた節が見受けられるのだ。

 判明している依頼の事件だけでも、まずは夢魔が親の行動を観察し、親と入れ替わって家を乗っ取り、子供の警戒が解けた頃に『引っ越そう』などと言って魔の森へ浚っている。
 ひとつ屋根の下で暮らす親兄弟を皆殺しにしておけば、孤児を捜す者は存在しなくなるからだ。肉親が生きていた例は極めて少なく、偶然他所に預けられていた等になるだろう。

 かくして人知れず攫われた彼らが、裏松の里(龍脈)でいかなる日々を送ったのか。
 判明している内容のうち、裏付けのとれた事だけ記しておこう。

 まず子供達の養育に携わった『里長』と呼ばれる上級アヤカシは二体いた事が判明している。
 一体は北面の合戦で討伐された白琵琶姫。
 もう一体は護大に飲み込まれて変貌を遂げる以前の鬻姫だ。
 鬻姫は臨時の番で、主に責任を担っていたのは白琵琶姫と思われる。
 白琵琶姫は志体を持つ子を厳選して集め、鬻姫は子供に楽器を教える他、開拓者の技術を子供に習得させる為に『先生役の大人』を攫ってきていた。いかに百戦錬磨の開拓者といえど、相棒もなく魔の森の中に一人誘拐され、上級アヤカシ2体と無数の強化アヤカシを前に、魔の森から脱出したり、抗うことは不可能に等しい。

 時に乳母と例えられた白琵琶姫が肩入れしていた一人が、真依である。
「真依。お前達年長者が人里において成す成果こそが、弟妹の未来を定めると心得よ」
「はい、里長様。この真依、おかあさまの為にお役目を果たして見せます」
 使命を帯びて成長していく真依の表情は、仮面じみたものになっていったと言われている。兄弟姉妹に接する際、一線を引いていたというが、幼い弟妹は気にかけていたらしい。
 天儀歴1000年代。
 里の中で真依がそっけない分、最も兄貴分であったのは篠雨と言われている。
 普段は温和で優しい物腰をしており、美霧たち弟妹の面倒を根気強く見る一方、里の仕事を放棄しようとする者には容赦のない罰を与えた。母(生成姫)を裏切る者には一辺の容赦がない二面性は、白琵琶姫というより、鬻姫の与えた影響が強いと見ている。
 また成長していく菫青は、生成姫を理想とする少女たちの中で一味違った。
 優しい笑顔で弟妹の面倒を見つつも、生成姫の意に沿わない者を率先して殺し回ったという。
 こんな逸話がある。

 ある時、子供へ技術を教える為に攫われてきた大人の開拓者を、菫青がメッタ刺しにして殺した。水汲みの為、現場を通った露峰が里長に報告し、菫青は次のように答えた。
「だって『一緒に逃げよう』って言ったんですもの。冗談じゃないわ。もう学ぶ術もないし、山の神に仕える価値がないから、屍狼にあげようと思ったの」

 生成姫の微笑みを真似する菫青は、以後『使えない』と里長に判断された弟妹殺しを率先して請け負ったらしい。
 菫青と同期だった露峰は、対照的に物静かだった。
 無表情で無感動。関心を示すのは母(生成姫)に関してだけ。
 兄弟姉妹を同じ神の子と認めてはいたようだが、決して心を開かず、一日も早く生成姫の役に立つことだけを考えて、孤独な訓練に明け暮れていたという。

 しかし過酷な日々にも『卒業』という出口がある。
 度重なる試験に合格した子は、生成姫から楽器型アヤカシを与えられ『アヤカシの声』の出し方を学んでから人の世に戻されていた。(以後、還俗と書く。)

『さぁ真依。母からの贈り物を選ぶが良い』
「はい、おかあさま」
 辛く厳しい里の暮らしを耐え抜いたのも、全ては敬愛する最愛の母に選ばれる為だ。
 生成姫の前でのみ、心から笑顔を見せたという真依が試験の合格後に選び取ったのは、尺八型のアヤカシだった。
 まもなくして真依は里を卒業し、還俗する。
 余談であるが、金盞花の里入りは天儀歴1000年で、彼岸は天儀歴1003年の里入りである為、天儀歴999年の冬に還俗した真依は、二人を知らなかった可能性が高い。
 兄の篠雨を飛び越えて天儀歴1003年に卒業が決まった菫青は、神楽鈴型のアヤカシを持って人の世に下った。
 陰陽術の才を生まれながらに授かった桔梗は、菫青が去った二年後、並み居る兄姉を押しのけて里を卒業。横笛を手に陰陽寮へ潜り込む。
 この時の桔梗は13歳だが、鬼才故の捨て子という、志体持ちにしては珍しい境遇も手伝ったのだろう。拾われた幸運を恩として強く感じ、己の存在を肯定し、必要とする生成姫をかけがえのない母と認識した。傾倒ぶりから判断するに、忠誠心に不足はなかった。
 桔梗の影響を強く受けたのが、一つ年下の美霧である。
 同年代故に仲の良かった桔梗と美霧は、ともに競い合う事も多かったが、素養に天と地の差があった。
 しかし桔梗を天才と呼ぶなら、美霧は秀才と呼ぶべきだろう。
 天賦の才を持つ者に並ぶ者が天才ならば、努力に秀でた天才は美霧に違いない。馬鹿正直とも呼べる純粋さと前向きで明るい向上心は、周囲から浮いていたものの、凡人の美霧を高嶺へ引き上げた。
 その証明に、美霧は桔梗と同年に力量を認められ、里を卒業している。
 横笛型アヤカシを手にして兄姉より先に都へ降りた。
 弟妹に先を越されて燻っていた篠雨は、それでも天儀歴1006年に神楽笛型アヤカシを配下に持つことを許された。
 その際、白琵琶姫や鬻姫を見て意味深に笑ったらしい。

 度々記録から見える篠雨の言動から推察するに……、いつか人の肉を捨てた暁には母(生成姫)の傍らに並び立ちたい、と願っていた節が見られる。それは片腕としてではなく『唯一無二の存在に昇華したい』という意味合いに近い。
 平たく言えば、生成姫の夫の座を目指して努力していたのだろう。
 幼い子は親に憧れるものだ。
 誰しも一度は『かか(とと)と結婚する』と言った覚えがあるのだろうが、悲しいことに篠雨が抱いた親愛の情は変質させられていった。恋や愛を利用するのは生成姫の十八番(おはこ)だったからだ。

 さておき。
 篠雨と七歳ほど年の離れた露峰は、三味線型アヤカシを持って天儀歴1009年、世に放たれる。幼馴染の菫青が世に出て、六年後の冬であった。
 翌年。
 里を卒業した緋桜は、兄弟姉妹の記憶に調理番と残っているものの、会話記録は殆ど不明だ。
 篠雨の卒業から四年間。兄貴分として弟妹の面倒を見ていたようだが、露峰同様に口数が少なかった事が災いしている。更に教師役だった陰陽師の死後、子犬の忍犬を受け継ぎ、生成姫から与えられた犬笛型アヤカシを使いこなす修練へ明け暮れた為と考えられる。
 犬笛は忍犬を操る音とアヤカシを操る声で、使い分ける必要があったからだ。
 人の親を一切知らぬ緋桜が無口な反面、同い年の紫蘭は感情豊かで年上には甘え倒し、後から里入りした金盞花や彼岸には、尊敬すべき姉としての態度を明確にする小狡さを備えていた。

 二面性を持つ篠雨や紫蘭のような子供は上級アヤカシ達を喜ばせ、生成姫からもより難しい『お役目』を与えられていた事が、後の調査で判明している。

 そんな紫蘭も、美霧を模範として踊りを愛した。
 生成姫が里へ来訪した際、皆の奏でる音と共に、舞いを披露できる時間がこの上なく幸せそうだったと言われている。
 紫蘭が楽器を後に覚えたのは、試験後に必要に迫られたからであろう。
 生成姫への心酔ぶりは他の兄弟姉妹と変わらず、最初は苦手意識を示した篠笛も、時間をかけて使いこなす粘り強さを持っていたそうだ。
 ところで金盞花は、紫陽花という娘と頻繁に遊び、学んでいた。
 紫陽花は姉妹で里へ攫われた子供で、妹を守る為に生成姫への忠誠を誓った少女だ。還俗後、菫青とも密に連絡を取り合ってお役目をこなしているが、戦前に正体が露見した不出来な一人でもある。
 いかなる経緯で歳の近い彼岸や紫蘭よりも親しくなったのか。
 戦後、紫陽花に心当たりを尋ねたところ、驚くべき返事が返ってきた。

「金盞花は、裏松の里へ来る前の記憶が、大人になっても残っていたんだと思います。話しかけてきた彼女は『同じ瞳をしているから』と言っていて……私と彼女は瞳の色が違うので、長い間、意味がわかりませんでした」
「つまり……金盞花は偽りの忠誠を生成姫に?」
「いいえ。金盞花はおかあさまを愛していました。心の底から大好きだったはずです」

 横笛を持って里を卒業した金盞花は、天儀歴1008年に還俗した。
 親の記憶を持つ子供の中で、金盞花が彼岸との親交をさほど結ばなかった要因に、彼岸の未練のなさが挙げられる。
 里へ来て馴染んだ頃、幼い彼岸は、ほら貝と銃器に興味を示した。
 実家が鉄砲の類を扱っていた為、親しみを感じたのだろう。尚、彼岸の実家が判明しているのは、誘拐を命じられた中級アヤカシの失策により偶然、親族が生き残った為だ。郷愁感を覚えそうなものだが、彼岸は親の生存を知らず、何より理不尽に怒っていた実母よりも生成姫が『母として』秀でていた為に、実母より慕う結果に繋がった。
 未練などあろうはずがない。

 ここで。
 人の世に出た子供たちが、いかなる偽名を名乗り、約束の日までどのような日々を送っていたのか。
 平穏な時代を開拓者ギルド記録などから辿っていきたい。

 天儀歴999年の冬、真依はアヤカシに滅ぼされた寒村出身と偽り、復讐の名目で開拓者ギルドに登録した。その後、しばらくは五行国内の依頼を中心に受けていたが、一年後に当時の依頼主、陰陽師氏族の中でも名を馳せていた加賀家の嫡男に求婚を受けている。
 幾度か断ったらしいが、里帰りから戻った直後に妻となり、ギルドの登録名を『硯』から『加賀 硯(ic0205)』に変更している。
 恐らく生成姫か里長辺りの入れ知恵だろう。
 人妻となった硯(真依)は三年後に長女の弓、その二年後の天儀歴1005年に長男の誠、更に四年後には次女の環を出産。夫婦生活は円満といえたが……旧家ゆえに『何処の馬の骨とも分からぬ女』等と姑や家人の風当たりはきつく、実力を認めさせる意味合いもあって開拓者業を引退しなかった。

 後ほど詳しく後述するが、次女環だけは一度、裏松の里へ連れて行かれており、生成姫の『加護』を受け、アヤカシに一切襲われぬ稀有な体を手に入れた。
 この代償にとんでもない騒ぎに巻き込まれる事になる。

 良妻として周囲に知られた子供は、硯(真依)以外に菫青がいる。
 菫青は天儀歴1003年に9歳で還俗後、星乙女 セリア(ia1066)と名乗り、同様に五行国内で開拓者として活躍。成人した翌年、白螺鈿の旧家と婚姻を結んでいる。
 残念ながら終生において子供は授からなかったが、多くの孤児や養子を迎え、母(生成姫)と同じ慈愛の注ぎ方をした。大アヤカシの愛し方が良妻賢母と謳われるのだから、少しばかり考えさせられる。
 しかしセリア(菫青)には裏の顔があった。

 養子にした志体持ちの子供は『遠方の寺子屋で学ばせる』と言って、実際は『裏松の里送り』にしていた。素養のある子を『神の子』候補として送り続けた胸中を考えると、里にいた頃と、何ら変わらぬ恐ろしい娘のままだった。

 硯(真依)が長男の誠を出産した年に、陰陽術の天才児こと桔梗が『露草(ia1350)』という偽名で陰陽寮に入寮。後を追って還俗した美霧と共に、開拓者ギルドにも登録した。
 露草(桔梗)は三年で所属寮を主席卒業すると、五年後の天儀歴1013年には、五行王にも覚えめでたき新鋭研究者となっていた。

 一つ告白をしておこう。
 実は筆者と露草(桔梗)は、同じ職場に働いていた時期がある。僅か半年ほどの共同研究であったが、幾度か食事も共にした。話してみると非常に聡明な女性であり、共に出世の椅子も争っている。温和で聡明な女性が……まさか王城の内部情報を横流しして、アヤカシや生成姫に関する記録を廃棄し続けていた等と、誰が想像できようか。

 話戻って。
 美霧は『フレス(ib6696)』という偽名を用い、育ちが悟られぬよう、開拓者ギルドに登録する出自や経歴を、異国のものに変えた。
 無邪気で人懐っこいフレス(美霧)は、拠点で人々の目にとまり、すぐ小隊に所属したようだ。兄さま、姉さま、と周囲を慕うフレス(美霧)の姿を知る者は、戦後『とても人殺しの訓練を摘んだように見えなかった』と口を揃えている。
 弟妹より遅れて還俗した篠雨は、この時14歳で成人していた。
 しかしすぐ開拓者になった訳ではない。

 天儀歴1006年の春。アヤカシに襲われた町医者を、篠雨は気まぐれに助けた。
 往診の帰りであったらしく、手当の過程で篠雨の聡明さに気づいた医者が、弟子となって更に知識を磨くことを提案した。知識欲に貪欲な篠雨は、里の暮らしで薬草や毒草の扱いに元々秀でていた為、医療の現場で重宝される事になる。
 弟子入りして四年後。医者としての技術を持って、篠雨は開拓者となった。
 開拓者ギルドに登録された篠雨の名は『弖志峰 直羽(ia1884)』といい、偶然か必然か、フレス(美霧)と同じ小隊に所属する事になる。初対面を装った兄妹はすぐに打ち解けた風を装い、気の置けない仲間としての立場を築いていったらしい。

 時は少し巻き戻り。
 直羽(篠雨)が町医者の弟子になって二年が経った頃、金盞花が里を巣立った。
 開拓者ギルドに登録された名は『カーチャ』といい、二年後の天儀歴1010年、成人を境に、カーチャ(金盞花)は神楽の都で豪商に嫁いで一子を設けた。開拓者業を休止して子育ての傍ら、夫の商いに打ち込んだ理由に資金調達が考えられる。というのもカーチャ(金盞花)が担当した商いには二重帳簿が存在し、用途不明金が存在するからだ。
 被害額は数千万文にのぼる。

 カーチャ(金盞花)が結婚する一年前に、紫蘭と露峰が還俗している為、順に軌跡をおってみたい。
 天儀歴1009年に還俗した紫蘭は、石鏡の辺境地で発見されている。アヤカシに生贄にされかけていたと語り、隠れ里の巫女という触れ込みで知識不足を補った上『静雪 蒼(ia0219)』を名乗って開拓者になった。
 一方の露峰は同年の冬、神楽の都へ来た。
 理穴の魔の森に呑まれた里出身、と語る露峰の話は手に汗握るほど真実味があり、生活の為に開拓者になった露峰の生い立ちを、大勢が気遣った。無表情無感情の冷徹な弓の名手として知られる事になる露峰は『鞘(ia9215)』の名を開拓者ギルドに登録する。
 この一年後、彼岸と緋桜が市井に降りた。
 彼岸は神楽の都の偵察役として『津田とも(ic0154)』の名で開拓者になった。
 一方の緋桜は開拓者ギルドに『緋那岐(ib5664)』の名で登録し、春まで淡々と仕事をこなすと、溜め込んだ入学金を持って、露草(桔梗)の後を追うように陰陽寮へ入寮する。
 これは露草(桔梗)が入寮して五年後の事であり、生徒として机が隣り合うことはなかったが、臨時講師と寮生徒という形で姉弟は歪な再開を果たす事になった。

「あの〜先生、この論文に関して、意見を聞かせて欲しいんだけど」
「はい構いませんよ。空いている研究室へ行きましょう」
 傍目に、露草(桔梗)と緋那岐(緋桜)は新米研究者と熱心な学生だった。
 実際には里の話をしたり、お互いが動けないときの伝達役も努めたというから、お役目は順調だったに違いない。

 入寮し、五行国首都「結陣」で暮らし始めて数ヶ月後。
 緋那岐(緋桜)は市場で、自分と瓜二つの少女に出会う。相手は緋那岐(緋桜)の双子の妹だと名乗り『探していたの』と緋那岐(緋桜)に追いすがったが、乳児の頃に攫われた緋那岐(緋桜)にそんな記憶がある訳もなく、人違いだと袖にしている。

 彼らの生活を垣間見てわかるように、子供たちは『普通』だった。
 誰も疑いようがない。


●第三章   生成姫と子供たちの戦い

『――――お前たちはいつか、後悔するぞ』
 大アヤカシ生成姫が天儀歴1013年に意味深な言葉を残して消滅したことは、正史の記す通りであるから本書では目的や意図する所について割愛する。

 だが生成姫と子供たちが、我々人間とは異なる視点と倫理概念で戦っていた事は疑いようがない。
 長い歴史の中で、時として神と崇められ、代償と引き換えに願いを叶えたと言われる生成姫の性質だけに着目すれば、生成姫にとって我々人類とは家畜に過ぎず、アヤカシに育てられた子供たちは忠実な牧羊犬に準ずる位置づけだったのかもしれない。

 戦の始まりは、朝廷の使者による帝の后候補の暗殺未遂、及び、浪士組との睨み合い。ここに開拓者ギルドを襲撃した上級アヤカシ鬻姫の出現と陰陽寮の襲撃。五行東各地でアヤカシが動き出した事に始まるわけだが、当然、子供達のもとへは世間に知られる前に連絡がついている。
 
 生成姫に対する狂信的な信仰と忠誠心を抱く鞘(露峰)は「遂におかあさまの役に立つ時が来た」と歓喜したという。下級アヤカシから通達を受けた露草(桔梗)は「やっとお役に立てる」と呟いたそうだ。更に「早く肉の体を捨てたい」とも。

 動き出した子供たちの暗躍により、各所の動きが封じられ、封印された配下解放阻止の対応なども手伝って、混乱を極める事になるが、戦乱の裏で子供たちは与えられた任務をこなしていた。

 加賀硯(真依)や蒼(紫蘭)は開拓者軍の中に入り、密偵として動きを生成姫側に漏らし続けた。加賀硯(真依)と同じ天幕で過ごしたという開拓者が、暇つぶしに夫や子供の話をせがんだ際、憂鬱な表情をしていたと話している。
 蒼(紫蘭)は小隊やギルドに偽情報を始終流し、羽妖精浅葱と共に戦地を攪乱し続けた。
 羽妖精にも関わらず宿敵アヤカシに味方した浅葱は、どちらかといえば蒼(紫蘭)を見捨てることができなかったらしい。

 セリア(菫青)と紫陽花は、鳥型アヤカシの指揮を任じられ、瘴気の木の実を五行東一帯に撒いた。
 戦が本格的に始まると、紫陽花は封印された上級アヤカシの解放へ動く。
 セリア(菫青)は難民の先導と保護を唱えながら、その実、各国の軍やギルドに足手まといを押し付けて動きを阻害した。
 長引く戦で国と民衆の摩擦は更に加速。
 しかしこれが災いしてセリア(菫青)は武術の腕を奮うことなく激昂した雑兵に斬り殺されている。甲龍が気づいた時には、事切れていたという。

 緋那岐(緋桜)は陰陽寮内の手引きを行っており、表立った行動派避けていた。
 どちらかといえば諜報活動が主体で、希儀から輸入された護大を持って反乱を起こそうと騒いだ鬻姫の対応を担ったひとりでもある。鬻姫の使役は兄貴分の子供に取られたが、陰陽寮の戦力投入を最小限に抑え、あわよくば五行王暗殺を狙って、露草(桔梗)と手を取り合っていたと見られる。

 五行国軍の内訳は、大凡露草(桔梗)を通じて生成姫の元へ知らされた。
 加えて陰陽師の信用を利用し、少数の精鋭偵察班を編成したと見せかけ、上級アヤカシの元へ送り込んで全滅させていたというから末恐ろしい。
 一緒だった管狐チシャは、露草(桔梗)を問い詰めようとして宝珠に戻され、捨てられた。
 この時、露草(桔梗)は泣き喚く管狐チシャに一言だけ謝罪したという。
「ごめんね。次は良い主人に、会って」
 管狐チシャが露草(桔梗)を見たのは、これが最後であった。

 何度挑んでも、露草(桔梗)だけが生きて戻る。
 この歪な現象を誰も疑わないわけがない。
 程なくして露草(桔梗)に『生成姫の子供』ではという嫌疑がかけられる。よく話していた緋那岐(緋桜)も対象に入った為、露草(桔梗)は『自分が無残に食い殺される』脚本を選んだ。そうすることで潔白を演出し、緋那岐(緋桜)にお役目を引き継ぐ道を選んだのである。
 翌日、露草(桔梗)は兵を守って死んだ。
 手違いで将来有望な研究者が失われたことを、当時の監査官は傷んだという。

 ところで当時、腕利きの巫女になっていた直羽(篠雨)は、小隊の垣根を越えて救護所の要となっていた。しかし治療に勤しむ直羽(篠雨)は民ばかりを助け、軍の司令官や腕利きの開拓者が運び込まれると、配下を使って隠密に殺していった。
 手は尽くした。
 けれど助けられなかった。
 絵に描いたような悲劇の演出だ。
 合戦初期で毒に侵されたり失血状態で救護所に運び込まれた者は二度と戻らず、次第に墓を作る暇もなくなり、人員不足が深刻化していく。
 異常に気づいたのが、町医者の弟子時代から寄り添っていた仙猫の羽九尾太夫と小隊仲間である。
 負傷者の容態急変は、毎回決まった時刻に起きた。
 直羽(篠雨)が「戦で疲れた者の為に」と神楽笛を吹いている間の出来事だったのでアリバイは完璧だった。
 ところがある日、過労気味の直羽(篠雨)を不憫に思った仙猫が、小隊の仲間に増援を頼む。一時的な留守番のつもりで来た元巫女の陰陽師が負傷者を吸血するアヤカシを発見し、瘴索結界で全て炙りだそうとした際……直羽(篠雨)の神楽笛が反応を示した。

「どういうことです、直羽。巫女の貴方がアヤカシに気づかぬはずがない」
 小隊の親友達は説明を求めた。
 知らなかった、と言って欲しかった。そう証言している。
 この頃、帝の后候補たる神代暗殺を目論んだヨキに代表される、生成姫の育てた刺客の存在は明るみに出ていた。状況から判断して、直羽(篠雨)もそれだと薄々気付いていたそうだが、戦後暫く経つまで「言えなかった」と告白している。
 直羽(篠雨)はまず話かけた。
「この世の采配は間違っているんだ。人間は私欲に傾いて争いを続けるだけだ。けれどおかあさまは違う。山の神は契約は守り、調和をもたらす。おかあさまが政をすれば、みんな幸せに暮らせるんだよ。だから皆も協力して。俺がおかあさまに紹介してあげるよ」
「あれは化物だ! ここで一体、何百人死んだと思ってるんだ!」
「目を覚まして直羽ちゃん!」
「大義の為には犠牲がつきものだ。肉の体を捨てた彼らは、おかあさまの元で新しい命を得るのに。話してもダメか。……残念だよ。ずっと友達でいられると思ったのに」

 この時を境に、半殺しにした小隊員の前から直羽(篠雨)とフレス(美霧)は消えた。
 からくりファルは捨てて行かれた。
 実力から言えば直羽(篠雨)は小隊員を皆殺しにできたはずだ、というが、そうしなかった事から推察するに仲間や仮初の恋人への愛着が多少なりともあった為ではないかと考えられる。
 数日後、フレス(美霧)は生成姫の隣でアヤカシを率いていたが、直羽(篠雨)の姿はなかった。

 任務を終えて一足早くアヤカシ陣営に戻ったフレス(美霧)や蒼(紫蘭)は迷いがなく、友人であろうと誰であろうと、無邪気な笑顔のまま皆殺しにしていった。
「おかあさま、美霧をみていてほしいんだよ。ここからの景色、火でいっぱいで、とっても綺麗なんだよ」
「ふふ……おかあさまの為や、ごめんやぇ?」
 後に、蒼(紫蘭)は開拓者の刃からフレス(美霧)を庇って命を落としている。
「おかあさまの為やったら、この命……幾らでもつこうとぉせ。美霧。必ずお役目を最後まで果たしてな」
「うん! 痛いのはすぐに消えるから。先に眷属になったら、お手伝いに来てね」
 子供達にとって『おかあさまの為の殉死』は、眷属になる為の試練に過ぎなかったという。

 この頃、加賀硯(真依)は眼突鴉を使役しているところを発見され、正体が知られた。
 しかし彼女はあがくような事をせず、次のように語ったそうだ。
「夫と子供たちは無関係です。人里に身分が必要になって利用しただけ。……家族に害をなさないで」
 加賀硯(真依)は守刀で自害した。
 生成姫より娘や息子たちの未来を選んだのだろう。

 戦況は開拓者や五行軍に不利な状況になっていった。
 しかし転機が訪れる。

 本来のお役目をこなす者が多い中で、カーチャ(金盞花)だけが兄弟姉妹を裏切った。
 生成姫を裏切り、ギルドに味方したのである。
 情勢は一気に均衡を取り戻した。
 そんなカーチャ(金盞花)を生成姫が放っておくはずもなく、鞘(露峰)が暗殺にきた。
「馬鹿なことをしましたね、金盞花。裏切り者に神の子の資格はない」
「ちゃんと、承知していますの。帰れないことも、わかってます。おねえさま」
「……何故、潜入している兄弟姉妹の名を明かさなかったのです」
「だって……金盞花のおにいさまやおねえさまですもの」
 矛盾した行動に、気づいていたのだろう。
 カーチャ(金盞花)の首を刎ねる時「全てはおかあさまの為に」と祈るような声が聞こえたと、鞘(露峰)に破壊されたコレット(からくり)が修理後に証言している。

 情報の攪乱から仲間殺しまで請け負った鞘(露峰)は、世間へ正体が露見する前に、所属小隊の手で暗殺された。開拓者ギルド記録上では『アヤカシに奇襲を受けて戦死した』と報告されていた為、長年『鞘は、露峰である』という裏付けをとるのが困難だった。
 鞘(露峰)の人妖かたなは、戦の中期に姿を消した。
 戦後、鞘(露峰)の長屋から弓に貫かれた衣類が見つかっている為、恐らく邪魔になって消したか、何らかの密告をされるまえに消さざるをえなかったのか。どちらかであろう。

 津田とも(彼岸)は戦の終盤に、滑空艇にのって裏切り行動を起こした為、混戦を極める空の上で散った。鞘(露峰)同様に、アヤカシに襲撃されて戦死、とされていた為、子供の一人と判明したのは後世の調査が進んでからとなる。


●終 章   忘れられた子供たち

 以下は、蛇足である。

 戦後、開拓者の屍の山から諦念を纏う微笑みを浮かべた直羽(篠雨)の遺体が発見された。
 最前線に混じり、有力開拓者を刺客から殺し回っていたと推測される。

 失踪していた羽妖精浅葱は、戦後の龍脈調査の際、裏松の里で発見された。
 調査員が説得したが、都に降りる気はないという。
 蒼(紫蘭)の形見を抱きかかえ、調査隊に言った。
「望みを叶えてあげる、って約束したの……『なぁ浅葱帰ろか』って、里で一緒に遊ぼうって、言ってたんだから」
 蒼(紫蘭)の遺体は残っていない。
 アヤカシに食われたか、或いは捨てられたか、どのみちあれから数十年が経つ。羽妖精浅葱は、今も裏松の里跡地で暮らしているはずだ。

 露草(桔梗)の管狐チシャが封じられた宝珠は後に回収されたが、新しい主人を得る事に抵抗を示し、最終的には同僚の蘆屋東雲が引き取って、陰陽寮の備品として働いた。

 思い出の中でしか生きられない者もいる事を示している。

 鞘(露峰)に破壊されたからくりのコレットは、戦後に修復され、カーチャ(金盞花)の手記を著者に届けた後、彼女が残した愛娘ケロリーナ(ib2037)を見守ると言って去った。カーチャ様のひ孫が生まれたと、時々手紙をくれるので元気だろう。

 津田とも(彼岸)の遺体は、実家に引き取られたが、ほどなく実家は没落している。

 鞘(露峰)の遺体は小隊員の手で埋葬された。人妖かたなの遺品も一緒らしい。小隊にとって鞘(露峰)は何者であろうとも仲間なのだろう。仲間を人知れず屠って埋めた小隊員の胸中を思い、墓の場所は伏せておく。

 結局。
 戦後、十名の中で生き残った子供は、フレス(美霧)と緋那岐(緋桜)だけだった。
 忍犬の疾風を連れて消息を絶った緋那岐(緋桜)は以後、歴史の表舞台に登場しない。
 もし緋那岐(緋桜)が人間のままならば、徐々この世を去っている頃だろう。

 人間のままならば、と書くのには理由がある。
 少し思い出していただきたい。

 硯(真依)の里帰りに便乗して『山の神(生成姫)の加護』を受けた次女環は……戦後に『アヤカシ』『生き残った子供』『開拓者』の三者に追い回される事になった。
 実は加護とは寄生型の下級アヤカシで、心臓に寄生後、血液を啜りながら宿主と共に生き続ける。
 このアヤカシが発する超音波は、生成姫支配区域の全アヤカシへ『手を出してはならぬ』と通達を出すのみならず、定期的に生成姫(本体)へ居場所を伝達した。
 これだけでも駆除が厄介にも関わらず、ある特殊な音を当てて人の捕食を促すと『上級アヤカシへ変異する』という恐怖の性質を備えていた。
 全く同種の寄生型アヤカシが別人に確認されているが、この加護(御印)は山吹という年長者の子供を喰い、生成姫に従順な記憶を核として『急激に肥大化する上級アヤカシ』に変貌後、開拓者と死闘の末、討伐された。
 環に宿った加護(御印)は幾度も交戦の末、フレス(美霧)に奪われている。
 その約一ヶ月後。フレス(美霧)は、容姿や記憶はそのままに、上級アヤカシに変貌していた。加護(御印)がフレス(美霧)を食ったのだろう。
 あれはもはや故人の記憶を悪用する陰湿なアヤカシに過ぎない。

 上級アヤカシ「美霧」は未だ打たれておらず、賞金首として図書館の壁に名を連ねている。
 セリア(菫青)の育てた孤児達を従えて各地を移動しているらしい。前触れもなく聞こえる無邪気な笑い声が、開拓者たちを恐怖のどん底に突き落とすと聞く。
 開拓者となったからくりのファルが、時々、アヤカシの能力についての見解を聞きにくるので、まだ当分は捕まりそうもない。時折『どうにか元の人間に戻すすべはないか』という趣旨の相談を受けるが……それは無理な相談であろう。


 彼ら誘拐されて洗脳され、大勢の人間を殺した後に、非業の死を遂げた子供達に罪があるか否か。
 何十年もの間、同じ議論が繰り返されてきた。
 罪があるか。
 罪がないか。
 研究者として長年調査を重ねたが、著者はこれに適する答えを持っていない。
 大アヤカシに育てられながら、その立ち振る舞いを真似しながら、今日において尊敬に値する偉大な賢人を生み落とした子供も、確かに存在しているからである。
 人の世では罪とされている事が、果たして概念の外でも罪になるのか、という問題もある。

 人間は食物連鎖の中で頂点にいると言われ、命を紡ぐために他の命を犠牲にする。
 草木や動物。
 例えば動植物に対する罪悪感から逃れる為「食べ物に感謝を捧げて無駄なく食す」という名目を掲げて良心を刺す痛みを和らげているが、やっていることはアヤカシが食物として人間を食す行為となんら変わらない事も、議論に答えがでない理由であると見ている。
 無知で幼い子供が、決して食べない虫や小動物を甚振って遊ぶのと……知恵のない下級アヤカシが食う以外の目的で人間を弄ぶのと、果たしてどう違うのか、と唱える研究者もいる。

 人間は見たいように、物事を見ている。
 
 殺しの罪があるといえばあるに違いないし、犠牲者だといえば罪がない事にもなる。
 白と黒では割り切れない事象のひとつとして、著者は彼ら子供たちを見ていると言わざるを得ない。
 ただ人間社会の基準から見た評価の一つとして、本来あるはずだった『人としての生涯』を奪われた子供たちには、同情を感じている。
 結局、十人の中で人として幸せになった子は、誰ひとりいなかったのだから。

 以上が、著者が知る『忘れられた子供達』の顛末である。


天儀歴1083年 10月某日
                                   封陣院長 狩野柚子平

※このシナリオはIF世界を舞台としたマジカルハロウィンナイトシナリオです。WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。