【魔法】オールドデイズ再び
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/21 17:13



■オープニング本文

※このシナリオはIF世界を舞台としたマジカルハロウィンナイトシナリオです。WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。



 それは保管庫の整理と必要な道具の持ち出しを頼まれ、人妖の樹里と探していたのがきっかけだった。古びた木箱は、異様な封印が施されていた。なんとなく眺めていると、樹里が「刻魔鏡、ここに隠してたんだ」と呟いた。

「刻魔鏡?」
「うん。過去へ戻れる禁忌の道具よ。世間では悪質な夢を見せる、って事にされてるけどね」
 樹里は肩を竦めた。
 話を聞いていた人妖イサナは、封印符が貼られた木箱を眺めて口をつぐむ。
 樹里は構わず続けた。
「ユズって、ほんとヤバイものばっかり集めるのよ」

 人妖「樹里」の主人である陰陽師は狩野 柚子平(iz0216)といい、五行の封陣院に分室長として勤務する若き鬼才である。奔放すぎる人柄に周囲は手を焼いているものの、その研究や実績は確かなもの故に確固たる地位を築いていた。
 そんな彼の趣味の一つが『遺物の収集』だ。
 学術的な歴史的価値を持つあれこれではなく、曰く付きの代物……世間一般的には呪われているとされる昔の遺物収集に目がない。それは遺失技術再生を掲げる、研究熱心さが影響した趣味だったが、何しろ『ヤバイ遺物』を集めてくるので危険極まりなかった。

「この刻魔鏡は倉庫の中に保管されていたの。だけど昨年末の大掃除で引っ張り出した時に、面白そうだったから持ち出してみたわけ。ガセかなー、とか思ったんだけどね」
「本当に過去に戻れたのか」
「うん。私と、少なくとも一緒に試した開拓者のみんなはそう思ってる」

 刻魔鏡。
 この魔具は、付属の首飾りを身に纏った者を連れ去っていく。
 未練の残る過ぎ去った時間、忘れられぬ思い出の果てへ。
 与えられる猶予は48時間。
 かつて多くの権力者が刻魔鏡に魅せられ、歴史を変えようとしたという伝説があるらしい。
 けれど実態はそんな甘い話ではなかった。
 時をこえて過去へ戻り、歴史を変えようとして、殆どの者が心を壊した。
 願い通りに未来を変えた者の話は聞かない。
 いつしか刻魔鏡は禁忌の道具とされ、厳重の管理されるようになったという。
 現在の管理責任者は、狩野柚子平だった。

「でも実際に試してる最中に、持ち出したことがバレて、大目玉よ。即刻回収されちゃった」
 樹里は最後の荷物を片付けると、イサナ(iz0303)に鍵を渡した。
「おっしまい。鍵かけておいて」

 樹里が去ってから、イサナは人魂の技術を応用して、狩野柚子平に化けた。
 イサナは人間ではない。
 亡き陰陽師の傑作であり、等身大の人妖である。
 かつては『火焔の人妖』と恐れられ、賞金首として全国手配されていた事ある。
 長年様々な陰陽師に姿を変えていたように、イサナの変化技術は確かなものだった。

「必ずお返しする」

 柚子平に化けたイサナは、刻魔鏡の箱を持ち去った。
 その光景を、物陰にいた柚子平と樹里が眺めていた。
「本当に目をつぶるの?」
「イサナの望みは、刻魔鏡でしか叶えられない。研究を手伝ってくれた給金替わりですよ」
「私の時はスッゴク怒ったくせに」
「遊び半分で使うからですよ」
 樹里の額を指で弾いた柚子平は、監視役の開拓者を雇いに出かけた。


「開拓者の皆さん。お仕事をお願いします。
 私の屋敷に大事な品がありますので、二日間ほど警備をしていただきたい。
 一時的な預かりものです。あれは国の宝でして……
 きちんと守ってくださるなら『屋敷で何が起こっても目をつむって』おきます。
 よろしいですね?」

 +++

 過去へ戻れる。
 置き去りにした遠い過去へ。
 もしも昔へ戻れるなら、と誰でも一度は考える。
 常識から考えて『そんなことはありえない』と理性は囁く。

 けれど。

 戻りたい、と思ってしまった。
 試してみたい、と願ってしまった。
 心の底にしまいこんだ記憶の果てに辿り着くことが叶うなら、と。

 そうして。
 木箱を抱えたイサナは借りている屋敷へ戻った。
 弟子のソラは異国の依頼をうけていて、三日後まで帰ってこない。
 けれど締め切った部屋の一室で、イサナは途方にくれた。

 時を遡る代償は、人間の血だった。
 人がいなければ過去へ戻ることができない。

「私達が血を提供しましょう」
 現れた開拓者達にイサナは驚いたが、願ってもない申し出だった。
「……頼む!」
「それにしても楽しそうな道具ね」
「私たちも混ぜてよ。契約は『持ち出さなければ』いいわけだし」
 イサナは首をかしげた。


 部屋中に敷き詰めた和紙は謎めいた文字を記す。
 開封した禍々しい刻魔境を床に置いて一滴の血を滴らせ、其々付属の勾玉を首に飾った。
「それでは、はじめよう」
 鏡を取り囲んで手をつなぐ。
「帰りたい場所を強く願うんだ。過去へ滞在できる時間は48時間らしい。ゆくぞ」
 イサナは目をつぶって、歌うように呪文を唱えた。

「天地にきゆらかすはさゆらかすは神わがも神こそは来ね聞こゆ。来ゆらかすはすめかみのよさし給える大尊。踏み行くことぞ神ならなるに、より返し打ち返す。波は風行き海の面も漬けし。バン、ウン、ターラク、キーリク、アク」

 ぽう、と首飾りが光を放った。

 これはもしや……ヤバイのでは?
 そう思った時には、イサナは呪文を詠い終えた。

「九天応元、雷声普化天尊!」

 視界が眩い光に包まれた。
 目が痛い。意識が遠のく。埃っぽい空気が消え、澄んだ風が頬をなでた。
 ゆっくりと瞼をあけると……そこは森だった。
 イサナもいない。仲間もいない。離れた場所に街道が見える。
 全身から血の気が引いた。


 ここは一体、どこなのだろう? 


■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
皇・月瑠(ia0567
46歳・男・志
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ネネ(ib0892
15歳・女・陰
二式丸(ib9801
16歳・男・武
カルマ=A=ノア(ib9961
46歳・男・シ


■リプレイ本文

●遠い日の誓い

 肌寒い風が頬を撫でる。
 目を覚ましたカルマ=A=ノア(ib9961)は違和感に気づいて瞼に触れた。
 ――ある。
 失われたはずの片目が戻っている。
 周囲に広がる緑の森。それは28年ぶりに見た両目の景色だった。
「戻れたらしいな」
 嗄れていない声にも衝撃を受けた。近くの水辺を覗き込み、自嘲気味に笑った。
「よぉ。久々だな……アリストラ=ヴェルデ」
 遠き日に別れを告げた自分よ。
 湖に映ったのは18歳のカルマ=A=ノアだった。

 天儀歴985年。
 この頃のジルベリアは、天儀本島との国交が樹立されて五年が経過し、様々な貿易が開始され、輸入品や異国人が入り乱れた時代だった。この交易の大波に乗って富を築いた商家の一つが、後にカルマ=A=ノアを名乗る男アリストラ=ヴェルデの生家である。
 僅か五年で急激な発展を遂げたヴェルデ家には、商才に恵まれた嫡男がいた。親の傍らで幾つもの商談を成功させたアリストラは、将来有望な跡取りだったのだ。兄弟仲も良好で、裕福故に愛する人を選ぶ事ができた。
 この世の春だった。そう思う。
 そして今着ている正装の意味を忘れるはずがない。
「いくか」
 芝生を踏みつけて向かった先は結婚式の会場だ。
 彷徨く受付が「主役がどこに行っていた」と叫く。
 今日。ここで。
 何者にも縛られる事のない愛を誓う。
 彼女の為に、若き日の自分は仕事に勤しんだと言ってもいい。誰にも文句は言わせぬ努力を重ねた。だから家督を弟に譲り、少ない私財で独立して婚約者との再出発をする……はずだったのだ。
 式は着々と進んでいく。アリストラは傍観者の如く様子を眺めていた。
『かわらねぇな……あの時と同じ光景だ』
 花嫁が粗末な式場を歩いてくる。
 扉が開く。
 商品の短剣を握り、思い詰めた顔の弟が現れる。
「兄さんは貴族との縁談だって可能なんだ。そんな女ふさわしくない」
 弟は父親以上に自分を慕っていた。
「ヴェルデ家は兄さんがいなきゃダメなんだ!」
 弟は何も持たない彼女を認めなかった。
 叫び声がする。
 花嫁衣装が血に染まる。
 兄を当主の座につける為だけに、大罪を犯した弟は言った。
「兄さんはヴェルデ家に戻るんだ」
「……すまねぇな。選んでやらなくて……辛い想いをさせた」
 弟を抱きしめて囁くと隠し持っていた短剣を翳した。殺しの腕は磨いてきた。裏切り者と罵る弟の首を、寸分の狂いなく真横に撥ねた。弟の凶刃が右目をかすめる。
 遠い日の通りに、再び視力が奪われていく。
『慣れってのは恐ろしいな』
 不便な視界に安心感を感じつつ、身を翻して瀕死の婚約者に歩み寄った。
 輝いていた金の巻き毛が、赤錆びた血で染まっている。
「心配すんな……お前は血に濡れてても、良い女だよ」
 青い瞳は生き残った夫を見て、安堵したようだった。浅い呼吸を繰り返す唇が動く。
 ……アリ……ス……
 彼女が好んで呼んだ愛称だった。アリストラは血染めの花嫁を抱き上げる。ボタボタと落ちる血も気にはならない。雪色の頬に張りついた金糸の一房を摘んで、幾度も髪を梳く。
「ずっと一緒だ」
 未来永劫。
 死が二人を別つとも。
 白磁の指には、永遠を誓った指輪があった。絡めた指の感覚を胸に刻みつつ薬指に口づける。
 とんだ結婚式になったものだ。
「誓う。お前だけ……愛する事を、ここに誓う」
 伝えられなかった昔日の誓いを口にした。
「俺が愛するのは、お前だけだ」
 私も――……
 唇が途中で止まった。呼吸が止まり、脈が消え、瞳孔がひらき、次第に肌から熱が薄れていく……人の死に様を幾度も見てきた。
 腕の中で時を止めた、穏やかな微笑み。いつの間にか、涙が溢れていた。
「……愛してる。何度だって、言うさ。愛してる、愛してる、愛してるんだ」
 時を経た『今』でも、この思いは変えられない。
 最後の接吻は死の味がした。


●遺言の理由

 馬車から雪景色のジルベリアを眺めたフェンリエッタ(ib0018)は、期待と後悔を抱えていた。華やかな帽子と古めかしい深緑のドレスを纏った姿は、若き日の母親瓜二つ。そして車内には羽妖精のラズワルドと三歳の自分がいた。
 天儀歴994年。
 この頃の父は、帝都で療養していた……と聞いた。過去に戻ったフェンリエッタ達は、まず実家へ密かに潜入し、母の衣類と隠し金を拝借すると、馬車を仕立てて戻った。母を装い、使用人に伝言を残し、幼い自分だけを連れて、寂しそうな幼い姉の眼差しに罪悪感を感じながら背を向けた。
 父親と面会する為に。
 姉妹共に父親の記憶がなく、遺品を一つも貰えなかった。それが父親の意向だと知らされても釈然とせず、今までも時々父の遺言の意味を考えてきた。
 もしかしたら。
 病で弱っているお父様に、残酷な事をしようとしているのでは?
 目の前で羽妖精ラズワルドと遊ぶ、自分の幼さを急に責めたくなってきた。きっと会っても記憶に残らない。今日という一日は忘れ去られるに違いないからだ。

「奥様、お早いお帰りですな」
 母は外出中だった。
 使用人たちは衣装の違いに驚いていたが、尋ねては来なかった。
 羽妖精ラズワルドが幼い自分の手をひく。二人が父の寝室に消えるのを見て、フェンリエッタは戸の影に隠れた。廊下を見張る必要があったし、姉を差し置いて父に会うのは躊躇われた。
 直接会いたい気持ちを抑えて、薄い扉の向こうに耳を傾ける。
 この先はラズワルドに任せてあった。
 羽妖精が幼いフェンリエッタの耳に唇を寄せた。
「ほら『お父様』って呼ぶんだよ」
 けれど澄んだ翠の瞳がラズワルドを見た。
 ぷるぷると首を横に振る。

「おとうしゃまじゃない」

 廊下のフェンリエッタは愕然とした。やがて意味を悟ると、両手で口を覆って嗚咽を零す。自分と姉は、生後すぐ祖父母に預けられた。実父の名前や顔を知らずに今日まで育った。幼い頃、事情を知らぬフェンリエッタが『おとうしゃま』と呼んだのは祖父だった。 
 ……あぁごめんなさい、ごめんなさい。親不孝な娘でごめんなさい……
 私はなんと馬鹿なのか。
 澱んだ感情が魂の底から溢れていくようだった。
 扉越しに聞こえる困り果てた羽妖精ラズワルドの声が、仲介しようと「この子は」と説明しかけたが、穏やかな声が「いや……話さなくていい」と遮った。
「はじめまして小さなレディー。お名前は」
「ふぇんりぃ」
「それではフェン、お父様は好きかい」
「うん。おひげがね、くしゅぐったいの。きのー雪だるまつくったの」
 雪だるまに精霊が宿るという話をした後「では、お前の傍にいてくれる父の所へお帰り」と締めくくった。幼い自分は寝台から飛び降り「ばいばい」と別れを告げて戻って来た。
「怒らないの? 貴方はフェンに会いたくなかったんじゃ」
 室内の会話は続いていた。
「……私はね。昔、大事なものと引き離された。会えないのは辛い。思い出すのは苦しいから、忘れようと思った。同じ痛みを家族に与えるくらいなら、私など忘れて欲しいと願った。思い出さずに済むよう、私物や姿絵はできるだけ処分してきた」
 遺品は何もなかった。
「しかし……祖父を父と呼ぶあの子を見て、祖父への嫉妬と憎悪を抱きそうになったよ。余命幾ばくもない私より長く子供達の傍にいられる。そう判断して預けたのは私なのに……今更忘れられる事を恐るとは、人とは身勝手だな」
 愛する人に忘れられる事は不安だった。
「君はフェンの傍にいてくれるのか」
「……いるよ。会えなくなったとしても。彼女が僕を忘れても。僕は彼女に会いたいから。必ず戻るよ、いつか大人になった時に」
「では。いつか守ってやって欲しい」
「大人になった娘たちに伝言は?」
「ない。一番大切だから何も遺さない。最後くらい格好つけたままで、いさせてくれ」
 羽妖精ラズワルドが部屋を出た時、大人のフェンリエッタは蹲って泣いていた。
「おとう、さま」
「……帰ろうフェン」
 羽妖精は二人に両手を差し伸べた。


●在りし日の想いビト

 秋桜(ia2482)が最初にした事は、相棒を判別不能にする事だった。からくりが発見されていない時代な為である。椿は「非常に動きにくいのですが」と文句を言ったが、刻魔鏡がいかなる影響を齎すかは不明なのでやむを得ない。
 森を抜けて街道を通り、町中に入ると秋桜は饒舌になった。
「はぅ。ここは私めが初めてお使いをした味噌屋さんですよ。三軒隣は、客人用の御菓子を仕入れたお店で、斜め向かいは旦那様がお好きだった酒蔵です。なんと懐かしい」
「里帰りなら何も刻魔鏡に頼らずとも」
「現世では、大火で焼けて……既にありませぬ故」
 ここは蜃気楼の幻に似ている。
「そして此処が育った旧家です」
 懐かしい屋敷の庭で、少女が木の葉を掃いていた。主人に取り次ぐよう頼むと、不審な眼差しを秋桜たちに向けて「少々お待ちください」と母屋に消えた。からくり椿が視線を投げると、笑顔を崩さぬ秋桜は頷いた。
「14歳の私ですね……椿、ここでは私をサクラと呼んでください。私たちは流れの開拓者です」
「何をするつもりですか」
「私の望みは唯一つ……妖に襲撃され壊滅した、この主家を守り抜くことです」
 数分後、秋桜は懐かしい顔と対面した。
 遠い日に死なせてしまった、唯一無二の主人と。

 飛空船がアヤカシの襲撃を受けて、迎えの便を待たねばならない。
 屋敷の主人は嘘を間に受け、客間を提供してきた。困った開拓者を装えば、性格上、旦那様は断らぬだろうという秋桜の読みは的中。宿賃代わりに何でも申し付けて欲しい、という提案に対し、近隣を荒らし回るアヤカシの相談を受けながら、秋桜は長年焦がれた相手と過ごす夕餉に浸っていた。 
「それでは雇われている間は、私めの旦那様ですね」
 少し強引かと思ったが、すっと畳の上で膝を折り、頭を垂れる。
「旦那様。今日も一日、お疲れさまでございました」
「いえいえお客人にそのような。面を上げて、共に酒でも一献」
「では僭越ながら、私めから酌でも」
『……これ以上の幸せはございませぬなぁ』
 ふいに敵意を感じた。幼い自分が此方を睨んでいた。
 あの目は嫉妬だ。
『今だけはお許しくださいませ』
 胸中で自分に謝罪して、夢にまで見た一夜を噛みしめた。

 翌日の深夜、上級アヤカシ率いる群れが街を襲った。
 どう贔屓目に見ても一人で戦える相手ではない。
「否、私の力の全てをかけて、例え首一つになったとて主家には通しません! 椿、屋敷で待機を」
 秋桜は命を捨てる覚悟で、アヤカシを討ち取りに行った。しかし数の暴力に叶わない。
 結局、秋桜が痛む体を引きずって戻る頃には、屋敷が炎上していた。
「いやぁ! 旦那様! 旦那さまぁ!」
 炎に囲まれて泣き喚く自分が、主人の遺体に縋っていた。
 椿に連れて逃げるよう命じ、先に脱出させる。
 轟音を立てて崩れる屋敷の中で、秋桜は物言わぬ主人を見た。二度と目覚めぬ眠りについた主人の横に膝をつき、秋桜は体温の消えた手を握った。
「ずっとお仕えしていたかった」
 孤児の自分を拾い、女中の価値を高めてくれた恩人にして……温もりをくれた養父。
 心に決めた私の主は、この命果てるまで貴方だけ。
「大好きです、旦那様」

 燃え崩れていく屋敷を見上げて主人を案じる椿の隣で、膝をついた幼い秋桜が「旦那様のおそばに」と呟いた。守り刀で喉を貫こうとしている。
 もしも幼い彼女が果てたなら。
 秋桜の存在は、この世から消される。
 からくりの椿はゾッとした。小刀を奪い取り、頬を平手で打った。
「……私に、主を失った貴女と同じ苦しみを与えないで下さい」
 体温のない体で、椿は幼子に縋りついた。
「こんな所で死なないで。全てを無かった事にしないでください。お願いです」
 哀願する椿の声が、炎の屋敷から現れた秋桜の耳にも届いた。
 静かに歩み寄っていく。
 自分が開拓者になったのは天儀歴1009年6月24日で、初仕事に挑んだのは同年10月13日だ。今後立ち直るまでに長い時間を要する。
「秋桜……私たちは帰らねばなりません。でもずっと貴方を見守っています。必ず未来で会える」
 椿と入れ替わるように抱きしめる。
 理由は話せないけれど。
 いつか必ず、分かる日が来るから。
「ですから死なずに生きてくださいませ。旦那様の愛したこの世界を守ってください」
 ふいに首飾りが輝き、景色が霞んでいった。


●遠い背中

 龍牙・流陰(ia0556)が人妖を連れて戻った場所は、天儀歴1000年の故郷だ。
 アヤカシに殺された両親を救うために。
 昨今、開拓者達が大アヤカシを屠るようになったとはいえ、依然としてアヤカシ被害は絶えない。まるでイタチごっこのような日々だ。徒労感はあれど、絶望感は今と昔では比較にならない。
 かつては中級アヤカシ一匹現れただけで、壊滅状態に陥る里は少なくなかった。龍牙の故郷も、そうした中の一つだったと言える。
 修行と実践を積めば倒せると、思っていた。
「く、鵺だったのか」
 恐るべき射程による雷を回避しようがない。既に呪わしい声で、術を封じられた。普段と違って巫女の解術はアテにできない。腕一本で戦うしかない上、空を飛び回る王者の前では圧倒的に無力だった。
「そこの君」
「お願いです。この子を連れて逃げてください」
 思い出の中にしかいなかった父母が金品と共に押しつけてきたのは、泣きわめく幼い子供……無力な自分だった。
「この子は私たちの希望なの」
「どうか守ってください」
「僕は……」
 そんな事のために来たんじゃない。
 言い淀んでいた龍牙を、ふいに父親が突き飛ばした。一瞬の閃光が視界を焼く。景色に色が戻ってきた時、目の前で黒く炭化し、崩れていく父がいた。
「あ」
「逃げて! 早く逃げて!」
 金切り声をあげる母に背を向けて、龍牙は走り出した。後方から母の断末魔が響いてくる。腕の中の自分は泣き叫んでいた。次の標的は自分だと覚悟を決めて振り返った時、上空の鵺は竜に体当たりされていた。
 その背に乗った旅人らしき武人が鵺の前足を凪ぐ。
 暫くの攻防が続き、鵺は遠ざかっていった。

 戻ってきた龍牙は幼い自分を放り出し、両親の遺体の前で膝をついた。なぜ守れなかったのか。どうしても過去の改竄はできないのか。不毛な考えだけが脳裏に浮かんでは消えていく。
「お前……この人たちの親族か?」
 幼い龍牙を抱き上げた武人が声を投げても、返事をする気力がない。人妖の瑠々那が、困り果てたように龍牙と武人を見比べる。返事が無くとも武人は続けた。
「希少と歌われる幻の人妖を、こんな所で拝めるとはな。どこの金持ちか知らないが……」
 男の声が途切れた。
 人妖瑠々那と龍牙を見る武人の眼差しが鈍く光った。
「……お前、ここの奴じゃないな。武具の刻印が違う」
 うなだれていた龍牙が顔を上げた。奇妙な沈黙が続く。先に静寂を破ったのは、武人の一言だった。
「なるほど」
「な、何だ」
「いーや。噂に聞く鏡は実在するんだな、と思っただけだ。俺が知ったところで、どうにかなる代物ではないし……お前が何処でどうやって至宝を手に入れて、何故今ここに来たのか。理由なんぞ聞きたくもない」
 武人は地面に刺さっていた刀を、龍牙に投げてよこした。
「それを持って、元の時代に帰れ。お前は此処にいるべきじゃない。お前が見ているのは亡霊だ」
「な……んだって」
「忘れろとは言わないが、その宝は人の手には余る代物だと聞いている。取り返しがつかなくなる前に手放すんだな。……過去に縛られるな」
 言い返そうとして胸元が輝いた。
 時間切れだ。
「お前が本当に望むことはなんだ。いつか復讐を果たすことか。それとも二度と後悔しないように強くなることか」
 光の向こうに消える武人が、何か言っている。
「心……んな。ガキひ……の面倒……俺が……やるさ」
 霞ゆく声は、笑っていた気がする。


●迷い子

 ……私、なんでこの時期に来ちゃったのかしら。
 森から街に出てきた胡蝶(ia1199)は、町で聞き込みをして立ち尽くした。
 そこは天儀歴1004年の神楽の都だったからだ。
「ジルベリアですらないなんて。参ったわ」
 この頃、既に実家は没落していたはずだ。
 刻魔鏡の使い方を間違えただろうか、と胡蝶は思った。色々考えすぎたのかもしれない。
「48時間だったわね。先に宿探した方が賢明ね」
 蝦蟇口財布を見た。
 更なる問題に気づいた。
「……このお金、たぶん使っちゃダメよね」
 ここでは存在しない年号の貨幣だった。これはマズい。宿を探す前に、手頃な仕事で日銭を稼ぐ方がよさそうだ。流石に花も恥じらう年頃であるし、戦でもない以上、野宿は避けたい。
「ん?」
 道端の子供に気づいた。誰かにぶつかっては、無言で頭を下げていく。道行く人たちが、視線を投げては遠ざかる。金の髪に青い瞳。日焼けを知らない透き通った肌。ジルベリア人だ。
「この年代で珍しくもないでしょうに」
 ジルベリア帝国と天儀が国交を樹立したのが、天儀歴980年の事である。急激な貿易の傍ら、ジルベリア人の多くが天儀を訪れだして、少なくとも二十四年が経過していた。他国ならいざ知らず、ここは神楽の都である。天儀の中でジルベリア人の往来が最も多い地域と言えた。
「……でも。子供だけってのは確かに目を引くわ」
 擦り切れたドレスも奇異に映る。
「どうしたの。親とはぐれたの?」
 声をかけても押し黙ったままだ。
「言葉、通じないのかしら」
 首を傾げてから故郷の言葉で『具合でも悪いの?』と話しかけた。
 少女は顔を上げた。やはり天儀の言葉はわからないらしい。
『じきに日が暮れるわ。親御さんの所にお帰りなさい』
『いないわ』
『どういう意味?』
『私だけで来たから。他はいないの』
 それだけ言って黙る。家出娘にしろ、一人で放置するわけにもいかない。同郷だからと一晩の相部屋を申し出た。胡蝶は手持ちが無かったが、一時間もすると医者の所で日銭を稼いで戻ってきた。
 治療術は本来貴重な技術だからである。
 安宿を選んで食事をとり、風呂に入って部屋へ戻っても、殆ど会話はなかった。
 ジルベリアの言葉で話しかけても反応が薄い。
『名前は?』
 無言。
 のれんに腕押し。
 困った胡蝶は符を取り出し、ジライヤを召還して見せた。
『どう。こういう陰陽術は初めて見るんじゃない? ジルベリアにはないものだし。これはジライヤという種類で、符に練力を注ぐことで実体化させて使役……』
『あなた五行国を知ってる?』
 胡蝶が頷くと『私、陰陽師になる為にきたの。連れてって!』と目の色を変えた。
 しかし残念ながら胡蝶が居られるのは48時間だけだ。この時代、まだ開拓者名簿に名前のない胡蝶に、精霊門は使えない。
 胡蝶は少し考えて、五行の都「結陣」への行き方や安い宿を紙に書き出し、さらに青龍寮で交流のあった先輩や氏族の名前を書いた。
『信用できるところよ。そこで技術を磨いて、陰陽寮の入学試験を受けなさい。貴女ならきっとやれるわ。さ、道中長いわよ。今日は寝なさい』
 胡蝶は少女を強引に寝台に投げ込んだ。蝋燭の炎を消して「おやすみ」と囁く。この先、一人で生きていかねばならない。異国の地で一人で眠る心細さを思っての強引な行動だったが、数分も経たぬうちに寝息が聞こえた。
 せめて夢の中だけでも、心安らかにあればいい。

 翌朝。
「じゃ、御者さん。この子をお願いね」
 胡蝶は可能な限りの手配を行った。
『……さ、この馬車にのれば乗り換えなしよ。私のお金もとっておきなさい。気をつけてね』
 頷くのみ。
「お姉さん、その子の名前は」
 御者の言葉に、少女は身を堅くした。胸内がわからない訳ではない。
 胡蝶も、実家が権力争いに敗れ、家族を失い、家名は地に落ちた。慣れ親しんだ領地を捨てた時に、本来の名前を捨てざるをえなかった。残っていた家財を持って、着の身着のまま天儀へ来たジルベリア人は……余りにも多い。
『私の胡蝶という名を使いなさい。世界は広いのだもの。同じ名前の人間が、何人かいても困りはしないわ』
 最後まで殆ど会話がないまま、二人は別れた。
 遠ざかる馬車の窓から急に顔を出した少女は「ありがとう!」と天儀の言葉で叫んだ。一瞬、胡蝶の目が点になって……口元に笑みが浮かぶ。胸の首飾りが輝いたのをみて「時間ね」と呟いた。


●過ぎ去った時間に挑むもの

 悲鳴が聞こえる。
 からくり月夜見に変装させた皇・月瑠(ia0567)は、自らも着崩していた着物をなおして襟を正すと、三度笠を深くかぶり、奇声と悲鳴が入り交じる町中を目指した。
 確かめるまでもない。
 天儀歴1004年――9年前、妻を亡くしたあの日に帰ったのだと肌で悟った。襲いくる屍狼を刃で凪払い、皇は自宅を目指す。
「あの時は、全てが遅すぎた」
 皇が帰ってきたのは、全てが終わった後だった。
 アヤカシは既に周囲を食いつくして去り、喰い残した遺体が散らばる赤錆びた土を踏みしめ、妻の遺体を前に拳を地面に打ちつけていた……そんな記憶が浮かんで消えた。
「もしや奥方の死を改竄するのですか」
 後を追いかけてくる月夜見の声に「否」と短く返す。
 本音を言えば、妻を取り戻したい。生き返らせる秘技があるなら、縋りたい気持ちが無いわけではない。
 けれど。
「運命の改変は無理らしいからな」
 刻魔鏡は、運命の逸脱を修正する、という。
 助けたはずの命が、再び目の前で奪われていく。元の運命より、悲惨な最期を遂げたのを見た者も多いと聞いた。妻を助けたところで、死者が蘇るとは限らない。妻がより残虐な死を迎えたり、代償に娘の命が奪われるのは耐えられない。
「この時を、有効に使わせてもらうことにしよう」
 皇とからくりは一軒家に入っていく。
 部屋の中は喰い散らかされた痕跡があった。
 壁に散った血痕も生々しく、引きちぎられた四肢からも血が溢れている。生きながらにして臓物を食われた妻の頬には涙の後があった。
「まるで寝ているようだな……遅れてすまない」
 手を握った。まだ微かに温もりがある。
「ありがとう、娘を守ってくれて」
 閉ざされた押入を一瞥した。
 あの中に娘がいる。
 生き残った幼い娘が唯一の救いだった。
 妻が必死に隠した事は推察できた。身を守る者もなく、たった一人。どれほど心細かったことだろう。娘を守って惨殺された妻の胸中を思うと、これが過ぎ去った過去であると分かっていても……泣けてきた。
 今ならまだ妻の敵が討てる。
「月夜見」
 皇はからくりを振り返った。
「これは俺の利己心だ。付いて来てくれるか」
 からくり月夜見は黙って頷いた。
 皇は周囲を見回して手頃な玩具を掴むと、押入に近づき、そっと襖を開けていく。葛籠の中で娘は眠っていた。幼い手に手鞠を持たせた。
「必ず戻ると約束する。待っていろ」
 蓋を閉めて襖を閉ざす。
「いくぞ」
 かくして皇達、は夜の路を走りだした。
 逃げまどう人の流れと逆流しながら、片っ端から朱色の刀でアヤカシを八つ裂きにしていく。どいつが妻を喰ったのか判別できない以上、己にできる限りで屠っていく他ない。
「おぉおぉおぉぉぉ!」
 怒りと悲しみに身を任せ、獣のような方向をあげて刀を振るう皇は、正に鬼神が如き有様だった。アヤカシの中に、女の腑ばかりを喰っては捨てるアヤカシを見て、皇は首をはねた。下級アヤカシ達が蜘蛛の子散らすように森へ逃げていく。
 気づけば夜明け。
 自分自身もかなりの重傷を負い、地に膝をついた。
「お、おい、あんた大丈夫か」
 覚えのある声が聞こえた。笠の狭い視界に見覚えのある下駄が入る。相手が誰なのか悟った皇は、笠を深くかぶり、助け起こそうとする手を振りきって背を向けた。
「早く家へ帰れ。妻と娘が待っているぞ」
 それだけ言って。
 皇と月夜見は、残党を滅する為に森の中へ消えていく。


●まばゆい朝と父の面影

 朝霧の中は肌寒い。
 猫又のうるるが周囲を歩き回っている音で目が覚めた。
 ネネ(ib0892)が「うるる」と声を投げると「やっぱりネネなのね」という不思議な返事が返ってくる。手を伸ばそうとして、手のひらが小さい事に気づいた。
「……小さくなってます」
「みたまんま子供ね。どういうこと? 刻魔境に何を願ったの」
 問われて考えること数秒。
 やがて芝生に咲く花を眺めて「あ。ああ、そうでした!」と慌てて立ち上がった。己の姿が子供に戻っているならば、願い通りの時代に来た事になる。走り出したネネを追いかけつつ、猫又うるるは「どうしたのよ」と声を投げた。
「お父さんにいえなかった! 最後のいってらっしゃい……言わなくちゃ!」
 ネネが五歳になった朝、開拓者の父はいつも通りの旅に出た。
 そして……二度と帰ってこなかった。
 死因も、仕事の内容も、息絶えた場所すら、母は教えてくれなかった。遠い場所での難しい仕事だったからと聞いただけ。父の旅路を追跡しても、48時間以内に救い出せるとは限らない。
 助けることは不可能だった。
 第一、仕事を誇りにして、楽しげに出かけていったという父を、自分に止める事ができるとは思えない。
 ならば唯一可能なことは、見送りに立ち会い……今はもう忘れてしまった父の顔を胸に刻んでおくことだった。
「せっかく貰ったチャンスを逃すわけにはいきません! 幸い、家はすぐそこです」
 あの日。
 前日の夜に見送りをすると約束しながら、起きられなかったネネを見て、父は『起こさないでおいてやろう』と母親を窘めたと聞く。覚えているのは、頭を撫でていた感触だけだ。目が覚めた時には、昼を回っていた。
 窓から居間を覗くと、母が朝食の支度をしていた。
 父の背中が見える。
「さて、ネネに行ってきますを行ってこないとな」
「起こしましょうか」
「いやいい。起こさないでおいてやろう」
 父が立ち上がる。
 目を輝かせたネネは花壇の植木鉢を一つ一つ持ち上げていった。重い鉢の真下に、裏口の鍵が隠されていた。
『あった』
 鍵を持って裏口へ回り、子供部屋を覗く。父と母が小声で何かを話しながら、眠る自分の頭を撫でていた。物陰に隠れて父と母をやり過ごし、猫又のうるるに小声で囁く。
「……おねぼうさんの当時の私のこと、見ててあげてくださいね。たぶん、おきてこないとは思うのですが」
 父が書斎から大きな荷物を抱えて出てきた。
 忘れ物を点検する母の声が聞こえる。
「もー。仕方ないわね。ちゃんと、心残りの無いようにやってくるのよ?」
「はい」
 ネネは物陰を飛び出した。
 驚く母の横をすり抜け、背を向けた父に飛びつく。
「いってらっしゃい、おとうさん」
 精一杯の笑顔で見上げた。
 思い出せなかった父の顔が、自分を見下ろす。
「起こしちゃったか。ああネネ、行ってくるよ。お土産を沢山買ってくるからな」
 お土産なんていらないから、帰ってきて。行かないで。
 そう言ってしまいそうな弱い心をぐっとこらえ、父の笑顔を曇らせないように、にこにこと笑い続けた。
「うん! 待ってる!」
 この父の笑顔を、優しさを……私は今度こそ忘れない。
 背中が見えなくなるまで手を振った。
 おとうさん、おとうさん、と。
 何度、叫んだか分からない。
 やがて「少し早いけど朝御飯食べる?」と訪ねてくる母に「もう少し寝ます」と行って子供部屋に戻る。母が台所に消えたのを確認して、猫又うるるを抱えて、裏口から外へ出た。家の鍵も、元の場所へ戻す。
「本当にあれだけで良かったの」
「はい」
 ちゃんと見送ることができた。父の顔を見ることができた。だから、これから悔いなく生きていくことができる。
 父と同じ開拓者の道を。
「私たちがいるべき時代へ帰りましょう。刻魔鏡さん、私とうるるを戻してください」
 まるで声を聞き届けたように、首飾りが淡く輝きだした。


●薄紅の桜を見上げて

 青く澄んだ空と木漏れ日の陽光。
 満開の桜が美しい大樹を覚えている。
 屋敷前の小路は、桜の花びらが吹雪のように舞い、赤茶けているはずの砂利道は桃色に染め変えられていた。
 天儀歴1012年、春。
 陽州開門の翌年。一家で過ごした花見の翌日、頭領の言いつけを受けた二式丸(ib9801)は、潮騒の聞こえる屋敷から少し離れた町へ出掛けていた。用事を済ませて帰ってきた時には、何もかもが手遅れだった。
「……あの時の、俺は。その場に、立ち尽くす、だけで」
 一家の壊滅。
 血みどろの屋敷と息絶えた頭領達。
 凄惨な死体の山を、忘れたことは一度もない。
『――あんな。想いを、するのは。もう御免、だ』
 この手で一家を救ってみせる。
 そう決意して屋敷についた。一瞬、門をくぐろうとして……足を引いた。誰にも見つからないうちに塀の隅で身を潜める。出掛けているはずの自分が中へ戻ったら疑われるし、襲撃をはなしても信じてもらえないだろうと判断していたからだ。
 惨劇が起こった後日、屋敷から生き残った女中によると、アヤカシが人の体に吸い込まれては消え、暫くすると再び現れて別人の体内へ消えたという。
 それが憑依性質を持つ特殊なアヤカシだと知ったのは随分と後のことだ。
「陽州開門に併せて、天儀に渡った一家の何人かが――アヤカシに憑依されて帰ってきている、なんて」
 信じるわけがない。
 仲間に裏切られる皆を守るには自分が彼らと戦わねばならない。……そう決意を固める頃になって、憑依された者達が屋敷へと帰ってきた。慌てて走り込む。
「頭領、そいつら、アヤカシだ」
「二式丸!? お前まさかサボり……、なぁ。お前なんだか、背ェ伸びてねえか」
「そんな話を、している、場合じゃ」
 とぼけた会話の傍らで、帰宅したばかりの家族が近くの者の首をはねた。ひひひ、という忍び笑いが聞こえてくる。一瞬で状況を悟った頭領は、二式丸に「ひけ!」と命じた。
 首を振って「俺も、戦う」と伝えたが、頭領は譲らない。
「一家の不始末は自分の責任だ。それにあれは、お前には無理だ」
 そんな事はないと言いたかった。この一年半、開拓者として戦いの中に身を置いた。
 けれどどんなに六尺棍で打ち付けても、衝撃波を浴びせても、砕けるのは憑依された体ばかりで、アヤカシは大怪我を負う前に次々と体を取り替えていった。戦っていて悟った。
 相手は上級アヤカシだったのだと。

 つまらない、と言い残してアレは消えた。追いかけて滅したいと思っても、今は目の前で虫の息の一家を癒す方が先決だった。けれど失血が多すぎる。
 助からない。そう悟った。
『汝、昔日を改竄するべからず』
 刻魔鏡の裏には、そう彫られていた。
 歴史を変えてはならない。過去を変えてはならない。
 あえて警告するのなら、何故そんな道具をこの世に作ったのかを創造者に問うてみたい。
 大切な者に生きていて欲しいと願う事は罪なのか。
 恩を返したいと思ってはいけないのか。
 奇跡は、何の為に起こったのか。
「みん、な」
 赤錆びた血染めの大地を踏みしめて、やり場のない怒りと悲しみを抱えた二式丸は、頭領の傍らに崩れた。
「……生家で、死にかけていた、俺を。助けて、家族として迎えてくれて、名前や、言葉や、身を護る術を教えてくれた」
 なのに。
「何ひとつ、返せず……すみません」
 伏して謝罪した。
 力の及ばない自分がなさけなかった。
 ふいに頭が重くなった。何かが頭上に乗せられている。それは二式丸の頭をなぞるように左右に蠢き、ゆっくりと横に滑り落ちていった。
 視線を動かす。
 皺の多い骨ばった血染めの指だ。腕を辿った先にあるのは、穏やかに微笑んだまま事切れた……頭領の顔だった。
 刹那、忘れ去っていた声が脳裏をかすめた。

 二式丸。
 なぁ、二式丸。
 来年もまた、花見をしようや――……



●夢路の果て

 人妖イサナ(iz0303)が目を覚ました時、既に数名が目覚めていた。
 皇は無傷の体を不思議そうに見下ろしている。

 隣では人妖瑠々那が「りゅうくん、大丈夫?」と龍牙の肩を揺すっていた。
 龍牙が身を起こして頭を振り、心配そうに気遣う人妖の顔に笑いかける。
「りゅうくんか……瑠々那と初めて会った時はまだ龍斗って名乗ってたっけ」
 師匠のようになりたくてガルインの名を借りた。今の名前は、組み合わせた名の響きをそのままに、適した字を当てたものだ。
『復讐の為に戦うな』
 修行を終えた日の言葉。そう遠くない将来に愚かな弟子が何をするか、知っていて師匠は念を押したのだろう。今更悟っても旅立ちの時の制約に背いた。
「僕が本当に望むこと、か」
 偉大な師の背中は、今も遠い。

 正面では身嗜みを整えた秋桜が立ち上がった。
「私めは仕事後に里帰りに参ります」
「では手土産のお酒でも買いに参りましょうか。私も道中で申し上げたい事がヤ・マ・ホ・ドあります」
 からくり椿は嫌みを匂わせて、秋桜の肩を掴んだ。記憶が上書きされた秋桜は、バツが悪くて振り向けない。
 ネネは猫又うるるを抱えて「何か美味しいものを食べましょうか」と、楽しそうに部屋を出ていった。フェンリエッタが「私も行くわ」と後を追う。

 ふいに憔悴した二式丸がイサナに歩み寄った。
「暫く、一人に、なりたい」
 絞り出した声を聞いて、イサナは隣室が空き部屋だと告げた。二式丸は軽く頭を垂れ、忍犬を連れて襖の向こうに消える。壁に背を預けて座り込むと、忍犬七月丸を膝に乗せた。抱きしめると温かい。
 瞼の裏に光景が蘇る。
 頭領はこちらを見ていた。頭を撫でて、静かに逝った。
「少し、疲れた、な」
 毛皮に顔を埋めた二式丸の嗚咽が、誰もいない部屋に響いていく。

 胡蝶は難しい顔で悩み込んでいた。
 イサナが「どうした」と声をかけると、胡蝶は首をひねる。
「大したことじゃないの。ただ自分が天儀に来た頃ってどうだったか考えたら、思い出せなくて」
 自分の人生で1番イヤな時期の始まりだったはずだ。
 さほど昔の事ではないのに、記憶が霞がかっている。誰かに助けられたような、そんな気はするのに、相手の顔が思い出せない。どうしても……分からない。
「呆けたかしら」

 カルマ=A=ノアは縁側に腰掛け、煙草に火をつけた。
 瞳は庭を見ていたが、二度と開かれぬ瞼の裏には記憶が蘇り続ける。自分と彼女が過ごした終わりは、決して幸せなものではなかったかもしれない。それでも変わらぬものが胸に残り、果てのない旅路の支えとなるだろう。
 胡蝶が「満足そうね」と声を投げる。
 遠き彼方で微笑む、金の女神に色あせぬ愛を誓った。
「……あぁ、良い夢だったぜ」


 人よ。子の子よ。その孫よ。
 我が鏡を持つ者へ。
 これだけは教えておこう。
 道具とはただ存在するだけの物だ。
 いつだって……非は使う側にある、という事を。 ――――作者不明。



※このシナリオはIF世界を舞台としたマジカルハロウィンナイトシナリオです。WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。