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■オープニング本文 紅葉舞う神楽の都。 秋色の大通りには、恒例となったもふら様の隊列が歩いていた。 実り豊かな果実の並木に心奪われつつ、もふら様が荷車を引いている。 覆われた幕で、何が積まれているかは分からない。 もっふ、もっふ、と懸命に荷を運ぶもふら様たちは、一つの建物に吸い込まれていく。 搬入口、と書かれた裏口だ。 そして建物の正面入口には、淡色の衣をまとった幅広い年代の男女が列を成していた。 頭の禿げた素敵なオジサマが、人々に向かって大声を張り上げる。 「これより、サークル参加者様の入場を開始いたします。皆様、お足元にお気を付けて、ゆっくりとご入場ください。尚、一般参加者様の入場開始予定時刻は、一時間後となっております」 誘導係員たちが掲げる看板には、 『カタケット〜秋の陣〜』 という謎めいた文字が記されていた。 今回は理穴と陰殻さぁくるが熱いともっぱらの噂である。 + + + カタケットとは『開拓業自費出版絵巻本販売所(絵巻マーケット)』の略称である。 親しみを込めて業界人からは『開拓ケット』(カタケット)と呼ばれている。 何を売っているのかというと、名だたる開拓者や朋友への一方的で歪んだ情熱を形にした、絵巻や雑貨品の数々だ。 もちろん本人の許可を得ているわけではないので、半ば犯罪である。 また開拓ケット会場には著名な開拓者の装備を真似た仮装を得意とする、仮装麗人(コスプレ◎ヤー)なる方々も存在していた。 業界人にとって、開拓者や朋友は、いわば憧れと尊敬の的。秘匿されるべき性癖のはけ口といえよう。 開拓者ギルドに登録する開拓者の数。 およそ2万人。 神楽の都が総人口100万人と言われる事を考えると、僅か2パーセントに過ぎず、世界各国で活躍する活動的な開拓者に条件を絞れば、その数は更に減少する。 開拓者とは、アヤカシから人々を救う存在である。 そして腕の立つ開拓者は重宝される。 英雄たちの名は人から人へと伝えられ、人々の関心を集める結果になった。 問題は……彼ら英雄を元に、想像力の限りを働かせる奇特な若者たちが、近年大勢現れたことにある。 憧れの英雄は、彼らの脳内において好き勝手に扱われた。 その妄想に歯止めなど、ない。 妄想は妄想を呼び、彼らに魂の友を見いださせ、分野と呼ばれる物が確立される頃になると「伴侶なんていらない、萌本さえあればいい」そう言わしめるほどの魔性を放っていた。 + + + 今年。恐るべき猛暑により、次々にバタバタと倒れる来場者を警戒した運営側は、夏の終わりにカタケットを開催することに決めた。今や一日中路上で待っても、脱水症状に陥ることはない。 「秋よ! 憩いの時が来た!」 読書の秋! 煩悩の秋! 「輝ける実りの季節に栄えあれ!」 そんな訳で。 外の騒ぎを知ってか知らずか、アナタはカタケットの会場にいた。 大きな催しがある為、会場設営という簡単なお仕事に駆り出されたのだ。 夜明け前に会場へ集い、設営を終えた。 それはいい。 しかし仕事が終わった後、開拓者達は其々の戦場へと向かっていく。 戦う相手は、アヤカシではない。 ある者は、夜明け前から路上に泊まり込んで並んでいる一般人に混じって、入場者列に並んだ。 ある者は、急いでもふら様のいる搬入口へ走り、売り物の数々を取りに行った。 ある者は、急いで手荷物預かり所へ走り、衣装を受け取る。 そして事情を知らない不運な者は、警備仕事の延長を申し込まれ、気がついたら雛壇にいた。 そう、ここはカタケット住民の聖地。 開拓者たちを愛し、相棒を愛してやまない、情熱に満ちた人々の夢の国。 世の中ではアヤカシは脅威として知られている。 しかし此処は開拓者本拠地。 神楽の都は他国に比べて、安全は保証済みと言っても過言ではない。 しからば萌えずにはいられない。 会場の渡り廊下では、出張してきた飲食店が立ち並び、身もココロも満たす用意は万全。 お昼になれば、お決まりのテーマソングを歌う吟遊詩人たちが現れる。 入場者全員で起立し手拍子を行う、あの一体感が再来する! 「皆様。大変長らくお待たせいたしました。 只今より『開拓ケット〜秋の陣〜』を開催致します! また今回は、開拓者様のご厚意により、外部会場にて相棒祭を実施しております! 普段は報告書でしか目にできない相棒たちとの交流をどうぞ! えー。 今回は、理穴と陰殻すぺぇすが拡大しております。 大アヤカシ氷羅などの硬い着ぐるみをお持ちの方は、専用入口へどうぞ。 決して仮装したまま即売会会場へ入らぬようお願いいたします! けが人が出ます!」 毎回の流行に気を配るスタッフも大変である。 |
■参加者一覧 / 鈴梅雛(ia0116) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 音羽 翡翠(ia0227) / 柚乃(ia0638) / 相川・勝一(ia0675) / 斑鳩(ia1002) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 九竜・鋼介(ia2192) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 以心 伝助(ia9077) / ニノン(ia9578) / リーディア(ia9818) / エルディン・バウアー(ib0066) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 明王院 千覚(ib0351) / 杉野 九寿重(ib3226) / 常磐(ib3792) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 緋那岐(ib5664) / ローゼリア(ib5674) / セフィール・アズブラウ(ib6196) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / セレネー・アルジェント(ib7040) / 八条 高菜(ib7059) / エルレーン(ib7455) / 刃兼(ib7876) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 黒曜 焔(ib9754) / 戸隠 菫(ib9794) / 春炎(ic0340) / ジャミール・ライル(ic0451) / 暁 久遠(ic0484) / 遊空 エミナ(ic0610) / 島原 左近(ic0671) / 綺月 緋影(ic1073) / リト・フェイユ(ic1121) |
■リプレイ本文 ※この報告書は、閲覧制限により一部■で塗られています。(記録係より) 開拓ケット(カタケット)が開催当日。 事務局の救護所で働く話になっていた明王院 千覚(ib0351)は、共に救急活動にあたるリーディア(ia9818)に、割印の入場券を渡した。 「スタッフさん用の入場券……と言うのがあって、これがそれです。あの長蛇の列に並ばずに会場に出入りできるので、後から来るアクアさんに渡して下さいね。先にいってます」 「ありがとうございます、千覚さん。そうだ。アクアさんに昨日話していた絵巻の代理購入、頼んでおきますね」 数十分後。 からくりのアクアマリンは、事務手伝いのリーディアから入場券を貰い、長蛇の行列を横目に会場入りした。リーディアと別れ、会場案内図を片手に歩き出す。 「ここにある物全て、さぁくるの方々が制作されたのですね……良い機会です!」 満喫する気満々だ。 手に持つ財布は小銭がみっちり詰まっている。 「まずは千覚様ご希望の品の確保を始めねば」 使命にも忠実である。 一般入場者より先に入れる者はスタッフだけでなく、他にさぁくる所属者がいる。 さぁくる入場券で会場入りした露草(ia1350)は、上級人妖の衣通姫へ衣装に着替えてくるよう命じると、自身はさぁくるすぺぇすに向かわず、委託区画に出向いた。 「なんでしょう?」 「発送の遅れた委託本です。よろしくお願いします」 それは露草が描いた慕容王の腐向け絵巻であった。別に普段、ほのぼのや服飾ばかり好むとはいえ、描けないわけではない。希望があったから描いた。それだけである。 「さ、すぺぇすを飾らなくては!」 動き出すさぁくるたちと屋外で入場開始を待つ一般入場者。 朝も早くから列に並び、ギルド仕事の延長で手に入れた情報を元に自前の詳細会場図を作っていたニノン・サジュマン(ia9578)は、狩人の眼光で早足移動。 この秋は陰殻ものと理穴が熱い。 ちなみに開拓者は彼女だけではない。 「女の子同士の■辱ものが多めに欲しいなー、ボクが攻めの本とか物色してみるか」 発言が初参加に思えない水鏡 絵梨乃(ia0191)の隣には、水鏡の仮装をした八条 高菜(ib7059)が恋人っぽく寄り添って腕を絡ませていた。大胆な裾から除く柔肌が、男達の視線を釘付けにする。 長年開拓業を続けていると、自宅倉庫に同型装備品が余り出すのが宿命と言えるが、よもや埃を被った品物の数々が仮装に役立つ時がこようとは。 「あら、絵梨乃様人気あるんですねえ。百合本ばかりですよ」 会場図を見るだけでも楽しい。 「ふふ、ボク好みの作品を見つけたら買っちゃうかもしれないね」 「絵梨乃様ったら。私と一緒のもあるかしらー? 恋の相手は様々ですし。……ハーレムまであるし。人気多すぎてちょっと羨ましいなあ、後で可愛がってくださいね?」 水鏡の唇をつつく八条。 傍目から見ると『水鏡×水鏡』な二人の姿は、この上なく蠱惑的だ。 「後でね。ボクの趣味とは違うけど、知り合いもいるそうだから挨拶に行っていいかな」 そう言って来風(iz0284)の名前にも印をつけた。 やがて入場開始に伴い雪崩込む、人、人、人。 甲龍かつぶしを外に預けた斑鳩(ia1002)は、人で溢れた館内を見て「すごい賑わいですねー、祭りみたい」と呟き感心していた。 拠点や開拓者仲間から、屡々噂で耳にするカタケット。 「……ところで、ここって何をする場所なんでしょ? まぁ歩いてればわかりますよね」 楽しそうなので胸は躍るが、実態までは分かっていなかった。 踏み出した第一歩は、異文化に向かっていく。 友達を探しに来た遊空 エミナ(ic0610)は、会場を見渡して早々に友人との合流を諦めた。会えそうにない。すごい人だとは聞いていたが、少し認識が甘かった。 「わー、自作の本や小物を作って売ったり、きれいな仮装をして楽しむとか言ってたっけ。まるでお祭りだねー、よし。カント! 迷子にならないようにしっかり掴まっててね!」 羽妖精のカントが遊空の服にしがみつく。 受付にもらった会場案内図は、謎な表記が乱舞していたが、併設された食べ物屋のおかげで今いる位置は分かった。仮に友達に出会えずとも、拠点に所属する顔見知りには出会えるかもしれない。 「友達探しながら、色々見て回って面白そうなの探してみよう!」 右も左もわからない世界へ、遊空は探求の旅に出た。 ところで入場まで怯えていた柚乃(ia0638)は、喧しい某人の不在を確認後、一転して買い物を満喫する事を決めた。やはり服を着替えさせられた記憶は悪夢だ。 「服や装飾品が欲しいなー、掘り出し物が見つかりますように」 神に祈って、我に返った。 兄もいなけりゃ、召喚したはずの伊邪那もいない。 宝狐禅は強制的に呼び戻すことも出来るが「そのうち戻ってくるよね」と放置した。 柚乃同様、かつて衣類を毟られた経験を持つ暁 久遠(ic0484)は、誰の餌食にもならぬ為に、敬愛してやまない雲輪円真様の装束を用意していた。 暁の荷運びを手伝った島原 左近(ic0671)は、着替えた暁を眺める。 「しっかし僧形、なぁ? 毎日武僧の仕事してんだし、普段とあんまり変わらな……」 島原の言葉が途切れた事にも気づかず、暁は満足そうな表情で「これであの金髪の女人も文句はないでしょう!」と鼻息荒く錫杖を持った。 流離いの(変人にして唯我独尊な)金髪女性と侍女の姿を瞼の裏に思い描く。 刹那、ぽむ、と肩に白い手が置かれた。 「呼ばれて飛び出て、しゅびどぅばー。やぁ諸君、元気そうだね。今日も僕と踊ろうか」 「ぎゃー! 呼んでない、呼んでないです! 左近さ……義兄さーん!」 なすすべもなく引きずられていく。 「すまん、くぅよ……おっさんにゃ、あの憂汰姐さんは止められん。な、侍女さん」 「まるで他人事でしゅね。一緒に参りましゅよ」 「おっさんにも仮装させんのかい?」 「そんな格好で花魁の横を練り歩くおつもりでしゅか? 役になりきった方がマシでしゅ」 消えた暁が花魁の重装備に着替えさせられる事を知った島原は『くぅなら、まぁ綺麗だろうから……いっか』と不憫の二文字を投げて捨てた。「高ぽっくりは危ないよなぁ」とか呟きつつ、一時間後に泣きながら愚痴をこぼすであろう暁を追って、更衣室へ向かう。 金髪の問題児の被害は他でも発生していた。 「おい菊浬……それどーした?」 「いろんなお洋服着れる、楽しいねココ」 上級からくりの菊浬は、いつの間にか大アヤカシ天荒黒蝕の仮装をさせられていた。すっぽんぽんに近しい大粘泥瘴海さま仮装に比べれば、幾分かマシではある。 「誰に着せられたか、聞くまでもないか」 溜息をこぼした緋那岐(ib5664)は、しょうがないので生真面目に警備を始めた。 「この際だ、ありのままに起こった事を報告書に書くぜ?」 いざネタ探しへ。 しかし無理やり着替えさせられた者もいれば、そうでない者もいる。 「カタケットよ、俺は帰って来た!」 大荷物背負った弖志峰 直羽(ia1884)は、会場入りするや迷台詞を叫んで周囲を見た。 「いつもながらこの熱気は凄いね〜。さ、青ちゃん! ハガニャン! 本格的に混む前に着替えるよ! 青ちゃん。着付けと化粧よろしく! 紅とか巧くひけないから助かるよ」 「紅もですね……直羽は元気ですね」 御樹青嵐(ia1669)から話を振られた刃兼(ib7876)は「あはは、いっそのこと自分から楽しんだ方が得策だろう?」と答えた。だから今回、弖志峰と刃兼は合わせ衣装なのだ。 「楽しむ心……そうですね。おまちなさい直羽。いいですか。強い開拓者は人々の心に輝く星、その期待を裏切るわけには行きません。煌びやかな美しさと高貴さ、そして人々の心導く力強さを意識して行動するのです。中身の伴わない仮装は只の仮装です!」 「え、う、うん」 熱い訴えに怯えつつ、三人で更衣室に消えていく。 朝はガランと寂しかった会場も熱気を帯びていく。 「……また騙された上に、友とはぐれるなんて!」 杉野 九寿重(ib3226)がこの世の終わりが如き絶望の表情で打ちひしがれている。 上級人妖の朱雀はしてやったり顔で、さぁくる『わんことにゃんこのランデブー』を用意していたが、一向に現れない共謀者のからくりを目で探す。 「あれー? 忘れ物でもしたとか……ここは一つ、先に狩りを済ませるべきだねっ!」 相変わらず人使いの荒い人妖は、杉野を小間使いよろしくお使いに出すと、合流を心待ちにしながら『ワンコ観察随筆日記・改』なる冊子を机に積み上げ始めた。 「衣類も新調すべきだね。皆が帰ってきたら行ってこよう」 人妖と羽妖精など、相棒の間で密かに御用達なさぁくるの一つに『じんよーもえ』がある。 豪奢な慕容王姿で着飾った人妖衣通姫が、せっせと売り子で働いていた。 「いらっしゃいませなのー! あのね、この秋のお洋服、きっとお似合いなのー」 露草は頼もしい人妖の姿に『苦労して仕込んだ甲斐がありました!』と拳を握って打ち震えていた。 あっちへふらふら、こっちへふらふらしていた時代とは大違いだ。 「いつきちゃん、私が戻るまでスペお願いします。狩ってきます!」 友人の為にもふら商品を買い漁るべく旅に出る。 そう。 さぁくる主がすぺぇすにいるとは限らない。 さぁくる『瑞穂の国の人だもの』では、秋刀魚料理特集を組んだ『開拓メシ』の最新刊を並べて準備を整え、礼野 真夢紀(ia1144)が財布と風呂敷を持った。 「さて、これから黄薔薇のマリィ先生の所に甘酒と甘味の差し入れして、来風さんもさぁくる出したそうだからご挨拶してこないと。その足で一通り薔薇狩りしてくるから。しらさぎ、午前中は一人で……」 唐突に言葉を切った。 最近、からくりは流行の兆しがある。 ついでに、自分の延長でしらさぎを扱った成人向け絵巻まで出ている。 無知なからくりを放置するのは危険だ。 「やっぱり、しらさぎ一人で売り子やらせるの怖い……翡翠、頼んだからね!」 「はいはい。いってらっしゃーい」 毎度ながら音羽 翡翠(ia0227)は午前中の売り子である。そして首を傾げたからくりのしらさぎは「ひとりでうりこしなくていいの? うれしい」と言って音羽を見ていた。 この世には。 従順なからくりもいれば、自ら商売を始めるからくりもいるわけで。 例えば事務局のお手伝いに向かった戸隠 菫(ib9794)を尻目に、からくりの穂高桐は今日の日の為に作った渾身の人形たちを持って、確保したすぺぇすを飾り付け始めた。 「折角だから出品するのも面白そうだとは思っていたが……うん、なかなかいい出来だ」 華やかに飾り付けた机の上には、小さな人形が並べられた。 開拓者リーディアと、理穴の儀弐王、そしてカタケット憩いの胃袋担当こと司空亜祈。 人形の関節部は自身を参考に球体関節にしたので曲げることが可能だ。お祈り姿が愛らしいリーディアの肩には夫のゼロ人形。儀弐王は凛々しく弓をひき、司空は好物を手にして上機嫌な唄う姿に整えた。 ふいに現れた人物が、財布のがま口を弾く。 「こんにちは。おひとつくださいなー、可愛いですね」 「うん。コロンと可愛くしたつもりだ」 一瞬の沈黙。 「失礼だが……どこかで見たような。気のせいかな」 「あ、はい。普段はギルドで受付やってます。森村佳織といいます。扱ってる分野は、不厳王とかあっちです」 今日はギルド受付を何人も見ている気がした穂高桐がいた。 一方、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)のからくりD・Dが服飾さぁくるの規模を拡大し、単独ですぺぇすを確保し始めていた。春から夏は羽妖精と人妖のレース編み衣類でお馴染みだったが、最近芸が増えたらしく、今回は姫君のようなヒラヒラドレスを発表していた。 主人とお揃いにしたいニーズにも答え、人間用のオーダーまで始めている。正に商売。 「これほしい!」 上級人妖の光華姫が、レース編みのドレスを掴んで、設置された鏡台の前で身にあてた。 元より買ってあげるつもりだった和奏(ia8807)が「おいくらでしょうか」と財布を持ち出す。本や絵巻は眠くなるが、人妖に対応した愛らしい衣類や装飾品となれば話は別だ。 尚、ヘスティア・ヴォルフ本人は、服飾列とは背中合わせで、最近流行りの陰殻ものに手を出していた。机には事務所との取引で仕上げた、豪華な装丁且つ分厚い『慕容王×風魔弾正×慕容王』の悲恋ものが鎮座している。 「さーいしーんかーん! 豪華仕様は本数限定だよー。弱っていく慕容王、ただ呪縛を解きたい風魔、王として翻弄し、個として風魔を次第に受け入れていく。狂おしい愛の最後は……涙必須だぜ!」 勿論、他の開拓者本もこっそりと扱う。 「この本は一体!? あ、ちょ、あなたがたは何ですかー!?」 相棒に騙された人、その弐。 相川・勝一(ia0675)は女性たちに掴まって撫で回されていた。人妖の桔梗は「我とてそれくらいはするのじゃ。くくっ、まあ頑張るがよいぞ。色々とのぉ」と言い残し失踪。 「く、桔梗が警備の依頼を持ってくるなんて珍しいと思ったら……あ、服は! 服はダメです! 今日は褌なんですから! 柄? 絵に残すって……ひいいい!」 問答無用で女性に引きずられていく。 不運に見舞われた相川を、暖かく眺めるつぶらな瞳。 「あれが襲われ受けというじゃんるなのですね。勉強になります」 初めてのカタケット満喫中の本職ギルド受付改め森村佳織(iz0287)は、職場のギルド受付嬢たちに色々と仕込まれたのか、その手に『安原太一』さぁくるの男女の恋絵巻を手に彷徨っていた。 現在、更なる雑食ぶりを発揮し、突然の騒動も美味しく頂く。 「なんだか楽しそうです。雛壇に向かうようですが……ついて行ってみるしかありませんよね!」 森村が腐の道に足を踏み込むのも、時間の問題に違いない。 人の数は増えていく。 からくりのローレルに手を引かれたリト・フェイユ(ic1121)は、群衆に押し潰されつつも、相棒のぬいぐるみや人形が並んだ机の列を目指す。時々ローレルが主人を気遣った。 「すごい人だな……リト、此処に来て、良かったのか?」 「うん、大丈夫。買いたいものがあるから……あの、ローレル。お、お向かいの列に、この人形の在庫があるか……見てきて!」 からくりを半強制的によそへやり、フェイユ自身はお目当てのさぁくるへ恋絵巻を買いに行った。 煌びやかな浮世絵に心奪われつつ、視線は忙しく陳列物を眺めていく。 「すいません。だ、男性型からくりと女性主人の物語で……新作『夢の浮橋』を一つ! ……あの、そっちの絵巻の『×』ってなんですか?」 「まいどー。ああ、うひひ……読んでみて」 掛け算の意味を知った純情なフェイユが目眩を覚えた。我に返って周囲を見回す。ローレルは別の店を見ていた。素早く買い物を済ませて戻り、様子を伺う。 「……あの、ローレル」 小さなからくり人形を動かしていたローレルの、硬質な横顔に向かって「お、起して貰うの……男性の方が良かった?」と尋ねる。 「いや。別に。何故」 フェイユはからくりの指を握り締め「ううん、何でもないの」と呟く。顔色が赤くなったり青くなったりする様を見て、ローレルは首を傾げた。 ところで。 着替え中の仮装麗人より先に絵師の餌食になった者たちがいる。 相川がさらわれた先。 雛壇の上で、黒檀の瞳を天井に向けたリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は悟りを開き始めていた。 『……ああ。これ、嵌められたわね。気づくべきだったわ』 「わ、私は会場を見てきますねー?」 元凶こと羽妖精ギンコの金の髪と山吹の瞳が、騒々しい景色に霞んでいく……かに思われたが、そうはいかない。呪縛符で動きを鈍らせたヴェルトは、羽妖精を掴んだ。 「逃がすか」 「いーやー! 放して、放してくださいーっ! 髪飾りや絵巻が本数限定なんですぅ!」 「うっさい! こうなったら道連れよ! 責任とって、とことん付き合いなさい!」 完全に吹っ切れたヴェルトは包帯でギンコと自分を結びつけ「リーゼロッテ様ぁ」と叫ぶ群衆に向かって艶めいた表情を向けた。 長年磨いた美貌と元貴族の品位は伊達ではない。 脱出に失敗した羽妖精は「うぅ……どうしてこんなことに」と嘆いていた。 潔いヴェルトに対して、常磐(ib3792)は恐れ慄いていた。 仕事が終わったら空を飛ぼうと約束した炎龍の紅玉は外会場に連れて行かれ、取り囲まれた自分は「可愛い可愛い」と男にあらざる褒め言葉を浴びながら耳や尻尾を狙われる。 「な、なんだよ!? 俺は警備しに来ただけだ! ひい!」 同じく絵師『猫又ものと』に捕まった星見 隼人(iz0294)も、包囲された状況を理解していなかった。 「俺達は警備に来たんであって描かれる為に来た訳じゃ……は! 助けてくれ!」 目の前を通る知人に助けを求めるが。 「知っているような、別人のような……開拓者さんがいっぱい」 放置される始末だ。 和奏は上級人妖の光華姫を肩に乗せ、雛壇の前に来ていた。絵師の餌食になっている開拓者達を、すっと見捨てていく。雛壇の相手が本物だと気づいてないだけかもしれない。 同じく壇上のジャミール・ライル(ic0451)は懐かしい空気を胸いっぱいに吸い込んで目を閉じた。 思い出すのは桃色の花が舞う、美しき春。 危なくない簡単な仕事をこなして高給を獲得でき、しかも仕事時間に『客の対応』と称して、愛らしい女の子を口説き放題だった。 「ここって最高だよねー。あ、ごめん。次の姿勢はこうかな? 愛しの君にキスを贈るよ」 ジャミール・ライル、本業踊り子。 しなやかな仕草で女性絵師に色目を使う。 「危ないだろ。あまりフラフラするな……ところで、開拓ケットとは何の集会だ」 一緒に連れてこられた春炎(ic0340)が、ヴェルトと衝突しそうになっていたライルの腰を引き寄せ、ひそひそと話しかける。何故絵師たちが潤んだ眼差しで見てくるのか、見当がつかない。 何より怖い。 「うん? 結局のところ俺も何の集まりかわからない! 壇上から動いた事ないしー?」 理解していない事実を、潔く告白するライル。 春炎は溜息をこぼした。 催しの詳細を詳しく聞かず『警備仕事か。いいぞ、付き合う』と承諾したのは自分だ。 「まぁいい。好きにしていろ。俺は通路の警備に行ってくる」 探求兼警備に出かけようとする春炎を「おい馬鹿、俺のそば離れんなって」っと文句言いながらショールを掴んで引き止める。マジ顔なライルには、口に出せない本音があった。 ここで迷子は困る。 何故ならば閉会後に飯をおごってもらう為に! 必死すぎる胸中を知らない春炎は、ライルの真剣な眼差しに『なんだコイツは』と若干、悪寒混じりに気圧されつつ「……わかったよ、ちゃんとここにいる」と渋々横に立った。 せめて視線だけ事務局の方へ走らせて、警備仕事をサボっている申し訳なさを訴えようにも……当のスタッフ達は輝く笑顔で親指を立ててくる。 人々が不可解極まりない。 騒いだり女の子を口説いたり男に縋ったりするライルを見た常磐は「何やってんだ」と遠巻きに様子を見守ったが、ふいに巡回中の緋那岐を見つけた。 「緋那岐!」 「なんだ?」 「俺の代わりしてくれ! ここ怖すぎる! 知らない奴にもふられるんだ!」 緋那岐は爽やかな眼差しで「残念だが……獣耳のない俺にそんな大役は務まらない」と抑揚のない口調で告げ、二の腕に輝く『事務局』の腕輪をみせつけ、手を振った。そこで常磐は第二の作戦に移行する。 呪縛符だ。 しかし戦いに負けた。勝負とは無情である。 そして懸命に耐える者の中に、もふらのぬいぐるみを持った鈴梅雛(ia0116)がいた。普段なら着ぐるみに身を包み、色眼鏡までかけて変装しているが、今回は仕事を忘れた代わりに、とついに雛壇へ降臨した。 ひいなちゃん、大きいお友達に大人気。 「……えっと、次はぬいぐるみに顔をうずめますか? それとも……あ」 そこで高き壇上から、ある者の姿に気づいた。 現在身動き不能な鈴梅が、代わりに買い出しを頼んだのがからくり瑠璃な訳だが……瑠璃は戦利品を担いだまま、鈴梅を絵巻にしている島の……成人向け区画へ進んでいく。 「る……瑠璃さん、ダメです! 瑠璃さん、瑠璃さーん! 瑠璃さぁぁぁん!」 滅多に聞けない鈴梅の悲鳴は、会場の騒ぎに混じって相棒に届かず。 「頼まれた物はこれで全部。後は……向こうにご主人様の本があるみたい。あれを買ってみようかな」 主人ひいなの胸中、相棒知らず。 隣には褌姿に剥かれた相川が天井を見上げて『僕はなんでこんな格好をしているのでしょうか』と自問自答していた。 「延長、延長のせいですね」 「そうでやんすね」 うっかりいいよ、と言ってしまったが運の尽き。 雛壇の花形こと以心 伝助(ia9077)は、仕事の延長を後悔していた。 絵師や通りがかりの今をときめく乙女たちが、何故かあられもない姿の自分が描かれた冊子や絵巻を握り締め、鼻息荒く此方を見ている。その中に時々見かける知った顔。 『彼女達はもしや! ああ、そういう事だったんでやんすね。ここが最果ての一丁目!』 以心の目の前が暗くなる。 秘密結社薔薇会による個人情報満載の萌本『開拓男子』発行を阻止した昨年秋、みかん箱に入って女性に誘拐された昨年冬、官能的辱めを受けて裸体と痴態を世間様にさらさぬ為に戦い抜き、貞操を試された春。 思い出が今、脳裏を駆け巡る。 忍犬柴丸を抱きしめて半ば放心していた以心は正気に返った。柴丸のつぶらな瞳を眺め、もふるように見せて「柴丸、お散歩してきていいっすよ、思い切り」と囁いた。 「わふ!」 以心の腕から、びょいーん、と犬が飛び出した。痛くもないのに痛そうに胸を抑えて「ああ! 調教中の犬が!」と大げさに騒ぐ。名前を呼ぶと柴丸が戻ってしまう為、当然呼ばない。 「申し訳ありやせん! あのまま放っておくと人様に被害が! あっしはこれで!」 以心、一人で逃亡。 そんな逃亡劇を眺める男がひとり。 「警備と称して雛壇に連れてかれるくらいなら……最初から事務局の仕事を引き受けた方がマシだねぇ。なぁ瑠璃」 「全くじゃ。主殿」 真理を呟く九竜・鋼介(ia2192)は、二の腕を飾る腕章の影響力の大きさを味わっていた。 幾多の仕事をこなして有名になった開拓者は、この業界では獲物だが、事務局の一員となると少しばかり扱いが変わる。客が接近を一歩思いとどまってくれるのだ。 かくして九竜は人妖を連れ、ハリセン片手に会場を巡回中だ。 「は! あの通路にいる仮装麗人、間違いなく主殿の仮装じゃな……有名開拓者の仲間入りと言う事じゃのぅ。主殿、少しばかり用事を思い出した。また後で」 人妖瑠璃は、急に旅立った。 さぁくる『駄洒落サムライ』の新刊「駄洒落がウケないのはどう考えてもクリュウさんが悪い」を買う為だった。 雛壇の前を通りがかった黒曜 焔(ib9754)もまた、餌食化した雛壇の星見達を眺めて「妄想の対象にされちゃった開拓者の方は……大変だねえ」と震えつつ、軽やかに横をすり抜けていく。 「それより荷物持ちは疲れるもふ〜。ご褒美が欲しいもふ! もふの服は可愛いのがいいもふ!」 「じゃあ雑貨を買う前に人に会いに行こうか」 丁度、もふらのおまんじゅうちゃんに似合う服飾雑貨を探そうとしていた黒曜は、希望を踏まえつつ、最初に来風の店へ出かけた。 「こんにちは。来風さんも遂にさぁくるを?」 来風がもふらと子どもの友情物語絵巻を愛らしい袋に包む。 「はい。ここって素人でも書物を上梓できるんですよね。こんな機会はすごく嬉しいです」 あえて売り子気取りのもふら「かすか」から品物を受け取った。 「今日は朝早くから色んな人に会いましたけど……事務局のエルディンさんには会えなくて。会えたらよろしくお伝えください」 「うん」 ひらりと手を振って遠ざかる。 「さて。新しい服とか買ったら、外会場へ伝言に行こうか。おまんじゅうちゃん」 愛らしい子もふら絵巻など欲しいものはたくさんあった。 ついでに仮装麗人の美脚が見れたらいいな、なんて心の中で思う程度には、健全な男子であった。 ところでそんな癒しの相棒すぺぇすに、逃亡した以心が迷い込んでいた。忍犬のかっこいい首輪とか、犬用のおやつなどが目に入り、そのまま買い物を始めていた。 相棒商品は多岐にわたる。 からくりのアクアマリンは、背中の荷袋にもふら雑貨をつめこんだまま、主人リーディア夫妻を描いた絵巻を手に、さぁくる主を質問攻めにしていた。 「攻め? 受け? 攻める人や受ける人が決まっているのですか? その場でコロコロ変わるものではないのですか? とりあえず買いますが」 アクアマリンは戦闘の話をしていたが、さぁくる主は「つまりリバ有りなんですね!」と興奮していた。 リーディアのあずかり知らぬ場所で、誤解が加速していく。 その頃、雛壇から早々に脱出を図った警備なはずのラグナ・グラウシード(ib8459)は己と宿敵エルレーン(ib7455)を恋人同士に仕立て上げたさぁくるの列に向かっていた。 「く、またあの貧乳女と私とをくっつけた無茶な本があったりするのか? そこの貴様!」 水着看板の前に立ったグラウシードは「中身を確認させてもらう!」と叫ぶや、熟読を始めた。 激しい描写をガン見する男、推定19歳。 読み終えてから講釈を垂れ始めた。 「私とくっつける相手を替える事を要求する! そうだな、あんなまな板女でなく、美しく愛らしく胸が大きく料理がうまく賢く笑顔が素敵でいつも私を見てくれて胸が大……」 話がループしている。 男の戯言をガン無視したさぁくる主は、何かを描き始めた。 羽妖精のキルアは耳栓をした。そこへ「見つけた!」と叫んで現れたのはエルレーン。 「そ、想像するのは勝手だけど……やらしいのはだめなんだからっ! わ、私そんな」 「ラグナさん、あなたご希望の女性は、こんな感じですか」 突然さぁくる主が見せたのは、胸が大きくて笑顔で豪華料理を手にスケスケ裸エプロンのエルレーンと、彼女を膝に乗せた自分だった。鼻血を吹き出すグラウシードを秒速で殴り倒したエルレーンは「見ちゃだめェ!」と叫びながら絵を奪って逃亡した。 計画通りと笑うのはさぁくる主だけだ。 ところで。 既に卍衆オールキャラやギルド擬人化、武帝様記憶喪失ものを買い占めたサジュマンは、どうしても読みたいものを風呂敷に押し込み、残りの絵巻は会場の隅から特設飛脚便で自宅に発送を終えた。 木箱3箱など普段に比べれば大した量ではない。 「次は爺ずラヴじゃが……大伴×藤原の数が減っておるし、再録も目立つのぅ」 パシリよろしく召喚された管狐の花林糖は「じじいずらぶだけに老衰か」と茶々を挟む。 『ぐ、朝廷の諍いが再びギルドに持ち込まれれば、再燃する可能性もあるというに!』 静まれ大いなる怒りよ! きっと未知なるアヤカシの所為で怒りという感情が乗っ取られているのだー―――と、若い頃にありがちな妄想設定を脳内に繰り広げてみたが、さほど感情は静まらなかった。 「花林糖」 結局聞き捨てならなかったサジュマンは、花の笑顔で財布を持たせた。 「よいか。著名開拓者ふ■■り絵巻の成人向けを百冊買う迄……戻ってくるな?」 報復は死出の旅であった。 探し出すのと練力枯渇とどちらが早いか言うまでもない。 そんなサジュマンの後方では、水鏡の美麗春画を手に入れた八条が「ちゃっかりゲット!」と叫んでいた。水鏡本人は自分総攻め絵巻を仕入れたり、好みの売り子女子を片っ端から抱きしめていて満喫している。 吟遊詩人の演奏が、昼時を知らせる。 開拓ケットの胃袋を担う司空 亜祈(iz0234)は、お昼が近くなると氷をせっせと削り始めた。太陽が真上に上ると、やはり暑い。未だ根強い人気のかき氷に黒蜜やドライフルーツをかけ、てっぺんに生卵の黄身をのせた。 「自慢の月見氷よ。めしあがれ」 「いただきまーす」 月見氷を頬張りながら、遊空は黒い兎耳をくったりと垂らしていた。 「あー……、色々とすごく濃い世界を知ってしまった……」 「随分疲れた顔ね」 「歩き回ったから。でもすごく面白そうだった! 私もやってみたいなあ」 瞳を輝かせる遊空を見上げ、羽妖精のカントは「戻ってこい」と冷静に突っ込んだ。しかし全く意味を理解していない遊空に「え、私はどこにも行ってないよ」と返されていた。 音羽もまた。 礼野達をすぺぇすに残し、開拓メシ本を持って司空の所へ来ていた。 「月見氷ひとつ。後、真夢紀が宜しかったら最新刊どうぞって。今回秋刀魚特集ですので」 「ありがとう。お礼にドライフルーツ2倍盛りにおまけしちゃうわね」 月見氷を堪能した後、音羽は好奇心から成人向け区画へ狩りに行った。 調査かねて購入していく。 「やっぱり……姫よりしらさぎちゃんの方が弄られてるわよねぇ、分布調査しとかないと後が怖いもんなぁ。あ、次回申し込み用紙も書いて申請出さなきゃ」 音羽は受付の所へ向かっていく。 事務局の腕章をつけたユウキ=アルセイフ(ib6332)は、空龍カルマを外会場に預け、あえてエルディン・バウアー(ib0066)の仮装をして受付にいた。事前に聞き込みをした知識が役立っている。かくして入退場管理。次回の申し込み管理に勤しんでいたが……アルセイフの所へ大量に運び込まれる落し物が問題だった。 「はい、お預かりしました」 謎の風呂敷を預かったアルセイフは、中に持ち主を示すものがないか探そうと結び目をほどいた。中身はヴォルフ作の『鬼畜エルディン×キサイ』絵巻などだ。 「あ、エルディンさんとキサイさんの絵巻だ」 「何ぃ!?」 遠い受付の小声すら拾う地獄耳の罠師が慌てる。更衣室から出てきたばかりだ。 気づかないアルセイフが風呂敷を点検して、絵巻をみた。 「持ち主不明……コレってどうすればいいのかな。中身が少し気になるけど……」 「ダメだ! 開くんじゃない! ぎゃー!」 ぺらり。 雑踏にかき消されるキサイ(iz0165)の悲鳴虚しく、アルセイフは中身をみた。 好奇心だ。 視界に飛び込む、赤裸々で肌色な表現を眺めること数秒。 何事もなかったように巻き直した。 「見た、の、か?」 「あ、キサイさん。……うん。モデルになると大変そうだね」 駆けつけたキサイが心理的消耗で灰になった。そして顔を覆って逃げた。 更に。戻ったはずのエルディン本人が再び警備の旅に出た。 さぁくるを出していたリィムナ・ピサレット(ib5201)は、自分とリンスガルト・ギーベリ(ib5184)の等身大似絵姿を壁に立てかけていた。巫女やメイドや白い水着などの仮装から花嫁姿まで種類豊富。さらにキワどい絵まで準備万端。 「じゃーん。新作だよ! 決められた寸法の竹夫人に糊で貼り付ける事で、等身大抱き枕として使えるの。お兄ちゃん、あたし夜も一緒にいたいな……だから、いっぱい買ってね!」 夜春とヴィヌ・イシュタルの技術で売りさばく。 商魂たくましい恐るべき少女だ。 「あと、これ特典券の絵。仮装会場のリンスちゃんに見せてね」 その頃、ピサレットの愛するギーベリは、黒いヒラヒラのドレスに身を包み、両手の鞭で『パシーンパシーン』と音を立てて存在を主張していた。物音に引き寄せられたのは、ピサレットから特典券をもらった『お兄ちゃん』達だ。 「そこの貴様! その様な幼子の似姿など持ち歩きお……妾の絵ではないか! この変態! 恥を知れ! 何をニヤニヤしておるか! 喜ぶでないわ! こうしてくれるわァ」 容赦なき平手打ちを叩き込む。 本人達曰く、言葉責めはご褒美らしい。 尚、仮装麗人とは本来有名人になりきる人々のことであり、鞭打ちの芸当は特殊現象といえる。 半ば強制的に更衣室で着替えさせられた胡蝶(ia1199)は、儀弐王の格好をしていた。 いくら理穴と陰殻が流行で、すぺぇす拡大したテコ入れにしても、何度目かで此処がどういう場所か理解していた胡蝶の顔色は優れなかった。 「はあ、なんで私がこんな真似を。ま、衣装は裁縫が細かいし露出はないからマシだけど」 露出系の大アヤカシ仮装が流行っていた時代を思い出して、身震い一つ。 そこへ儀弐王の格好したキサイが通りかかった。 「ここはな。ギャーギャー言うから駄目なんだ……堂々としていれば攻略できる!」 「だぶる儀弐王さまだわ! 絵姿を! 絵姿をお一つ! 弓持ちで!」 「あ?」 「え、私達のこと? ゆ、弓? ……ええと、こうでいいのかしら」 興奮気味のキサイと絵師に捕まった胡蝶は、おだてられるまま次々に姿勢を変える自分に気づいて、事後に顔を赤らめた。 最近、抵抗が無くなってきている気がする。 「お、おう……な、なんで私がこんなところに……」 会場を彷徨っていた斑鳩は、自分を題材にした絵巻を手に取りつつ、自分と寸分たがわぬ格好の仮装麗人を見つけて声を失う。こちらも絵師に捕まった。 悲喜交々な仮装麗人の中で、生き生きとしている有名人代表といえばマルカ・アルフォレスタ(ib4596)達である。 例えばアルフォレスタは艶やかな金髪をオールバックに油で固め、自宅のじいやを意識して執事の衣装に着替えていた。更に「執事には主人がいなければ格好がつかない!」という概念で、自らの仮装をしている女子を見つけては「お嬢様、一緒に一枚」と手を引いて、絵師の前で凛々しくキメる。 低めの声で、白手袋をはめた手で、お嬢様をエスコートしていると……妙に胸が踊った。 『男装というのも楽しいですわね! は! どうせですからジルベリア貴族の所作講座でもやってしまいましょう! やはり仮装する以上、完璧でなければ』 少し離れた場所には刃兼達がいた。 慕容王姿に着替えた弖志峰は、傍らに立つ友人の姿に大興奮。 「わ、弾正さん似合ってるよー! カッコイイ! 仮面ちらりはしないの?」 「この格好だと、長布や仮面で顔がかなり隠れるから選んだんだ」 かぽ、と仮面を装着する刃兼は風魔弾正の格好をしていた。獣耳に尻尾。そして体型がさっぱりわからない衣装に仮面。これなら知り合いにあっても恥ずかしくない。 「しっぽもふもふ〜」 「……慕容王。触るほど珍しいものか、これ?」 刃兼は大人しく付け耳や尻尾をもふもふされていた。 風魔弾正をもふる慕容王。 現実ではお目にかかれぬ光景である。 「いい手触り。けど流石、流行だね。他にも慕容王さまの仮装している人いるみたいだ」 ほら、と弖志峰が示す先には、微笑を浮かべ朱色の傘をくるりと回す後ろ姿。 「ご心配なく。拙者は拝観料など、取ったりはしませんよ」 紅を引いた鮮やかな唇から溢れる男の声音。 情報屋の阿尾(iz0071)だった。なにやら手鏡を持って悦に入っている。 「後で背中合わせの絵でも頼もうかなぁ」 やがて陰殻の仮装に集合がかかった。 「凄いな。どこも異様な雰囲気、だが」 事務局の腕章を腕に巻いた綺月 緋影(ic1073)は、じっと仮装麗人を見ていた。 「どうかしたか」 交代に来た九竜が綺月に声をかけると、綺月は上機嫌で返事をした。 「いやー、楽で割のいい仕事だなってな。仮装麗人だっけ。あれはいいね。目の保養だ。特に女性のはいいな。野郎はどうでもいいんだけど……白い肌や胸元見ても怒られないもんなぁ」 沈黙した九竜が「……右の執事はともかく、左の陰殻はよく見ろ」と阿尾たちを指差す。 「ハァ!? あいつら女装した野郎かよォォォ! 俺の純情を返せ! くっ……人は見た目で判断しちゃいけねえな。細身に騙された……委託すぺぇすの警備してくる」 傷心の綺月、戦線離脱。 「次は戦闘でお願いしまーす」 刃兼は風魔弾正になりきり、慕容王な弖志峰を押し倒して、模擬刀を突きつけた。 絵師から飛んでくる「殺し愛キター! もっと顔近づけて!」という要求に応じるものの……どうにも女装した成人の男を襲っている、女装の自分を意識すると小っ恥ずかしい。 『ええい、腹を決めたからには全力でやり通すぞ、俺! 仮面でよかった』 素顔同士だったら裸足で逃げ出す自信があった。 しかし顔は隠しても首は隠せないわけで、照れに気づいた弖志峰はくすくす笑った。 「ハガニャン、一生懸命だけど顔紅いし」 つつー、と首筋を辿る指がヤバイ。 片隅では絵の完成を待つセレネー・アルジェント(ib7040)とサジュマンが陰殻絵巻について熱く語っていた。 「陰殻じゃんるは、初代の陰謀横槍にも萌えを感じますが、やはり鉄板は慕容王様と風魔様ですわね。リバありですわ!」 「くくく、この『ずっと貴様が大嫌いだ』という台詞がたまらんのじゃ!」 集合絵の後は、やはり疲れが出る仮装麗人もいるわけで。 「うう」 「無理に起きないで。徹夜で寝てないんじゃないですか? さ、参りましょう」 事務局スタッフの腕章をしたエルディン・バウアーは、すごいもふらのパウロと共に外会場を見回っていた。仮装麗人は、無茶な格好や急激な減量で頻繁に倒れる事がある。足元のおぼつかない人を荷車にのせては、救護所まで運ばねばならない。 「も〜ふ〜も〜ふ〜も〜ふ〜」 間延びしたパウロの鳴き声が通路に響き、ざっと道をあけていく。途中で黒曜に会った。 「いた。エルディンさん、お使いおわったから届けにきたよ。それと来風さんから伝言」 「ありがとうございます!」 話戻って。 刃兼が茶を買いに行ったのと入れ替わるように、林檎の焼き菓子を差し入れに来たのが、学業合間の潤いを求めに来たアルジェントと腐の世界に目覚めた羽妖精ヴェルだ。 御樹や弖志峰の根性に感動すら覚えつつ、最近は頭の中身が漏れ始めていた。 「青嵐さん。このお菓子、素手で直羽さんに餌付けしてくださいませんか!」 頼みが赤裸々。 達観した姫将軍姿の御樹は「いいでしょう」と答え、弖志峰は「わーいおかしー! 美味しく頂くよー!」と喜んでいた。アルジェントと羽妖精が生唾飲み込んで様子を見守る。 「直羽、諦めて口を開けなさい。期待に応える事が運命です」 「え、運命って……あ、青ちゃん。それおっきいよ、一気に口なんて入らな……」 もしも。 彼らの会話が官能的に聞こえた人は、腐海の毒に犯されていると言えた。 既に手遅れなアルジェントと羽妖精は小声で「禁断の果実を堪能……萌えます!」とか「そうですわね!」と叫びながら壁を叩いて悶絶していた。さらに本職ギルド受付の北花 真魚(iz0211)が加わって、人外の言葉を喋っている。北花の手にはしっかりと【鷹羽柊架】という作家の最新絵巻が入手済みだった。武天某領地の管財人の若かりし頃の老女と領地に巣食うアヤカシの百合絵巻である。 ところで。 万引き犯や仮装麗人への不要なお触りに挑んだ者の相手は、事務所の給仕をしていたセフィール・アズブラウ(ib6196)やからす(ia6525)が受け持っていた。 例えばお仕着せ姿のアズブラウは、口頭で注意や警告を行いつつも、対象が話を聞かない様ならば、優雅な振る舞いを保った状態でオタマや短銃で物理的な制圧に挑んでいた。 「ですから周囲の迷惑になりうる行為は……そこな不届き者、おまちなさい! からす様、確保した方を頼みます!」 「分かった。任せておくといい」 からすの場合、問題児を密室に連れ込み、押収品は机の上に堂々と置く。傍から見ているとからすの様子は、まるで『勝手に息子の部屋を掃除して隠していた如何わしいものを見つけた母親』に等しい。待っているのは心理的圧迫と言葉責めだ。 ひと仕事終えると、大抵の相手がしなびている。 「ふぅ、キリエ」 羽妖精を呼んだからすは冷茶を湯呑に入れながら「違反者がいたら誘惑して連れてきて」とだけ告げて、見回りという名の遊びに放った。 同時刻。 委託すぺぇすで万引きを取り締まっていた綺月は、無警戒で男色絵巻の中身を目撃してしまい、目に焼き付いた筋肉と筋肉の■し■いを脳裏から消し去りたくて叫んでいた。 「俺は! 何も! 見なかった! 見なかったんだ! 目が! 目がァァァ! ……ここは地獄か。生き地獄だな!? くそ、これも仕事だ! 俺は逃げねえぞォォォ!」 警備には地獄でも客は天国だ。 外会場を去ったサジュマンは、委託さぁくるの前で興奮していた。 「ふお……これは二人がうら若き時の出会いを捏造した長編!」 小躍りしながら見本を立ち読みし始める。 「瑞々しく繊細な心の襞を描ききり、枯れた今との対比が切なさを際立たせておる……神じゃ! 神の新刊じゃ! 三冊買わねば!」 用途は『閲覧用』『保存用』『布教用』である。 その頃、救護所では明王院とリーディアが働いていた。 「千覚さん、新しい氷水いただけます?」 「はぁい」 救護所には走って怪我をしたり、体調を崩した人々が溢れていた。秋風がそよぐ肌寒い時期なのに、前日から泊まり込んだ入場者や、薄着や厚着のまま殆ど水も食料も摂取していない無理した者達は軒並み倒れている。 こういう場合は栄養価の高い甘酒が一番だ。 「はい。まず飲み物をどうぞ。彼女飲めますか?」 「よぉ、悪いね。儀弐王に囲まれてのぼせたのか、人酔いをしたらしい」 鶴瓶クマユリ(iz0298)は、リーディアから受け取った甘酒を、呻く銭亀八重子(iz0299)に渡す。 飲み干して横になった。 やや遅れて明王院が氷枕を運んでくる。よく見ると銭亀が『鳥間あかよし』さぁくるを始め、島買いした儀弐王本や人形を抱きしめていた。 「ふふ、後で読めますよ。今はゆっくり休んでくださいね」 そして事務所と救護所が利用する厨房では、戸隠が片手で食べやすいおむすびを握っていた。スタッフ用だ。具は梅干、昆布、たらこと種類豊富だが、作る数が数百個になっていたので、いい加減、握るのに嫌気がさしているらしい。 「もー終わらなーい。せめて月見氷食べにいきたいなぁ」 「そういうと思って出前に来たわ。今休める?」 司空が作りたてのかき氷を手に顔を出した。 夕暮れとともに、主催者が閉幕の声を張り上げる。 本日も開拓ケットは満員御礼。 年末年始の祭まで、皆さん元気にお過ごしください。 おうちに帰るまでが『開拓ケット(カタケット)』なのです――と。 |