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■オープニング本文 澄み渡る青い空を、白い雲が泳いでいく。 人妖樹里はその日、主人である狩野 柚子平(iz0216)を見送りに来ていた。 「わぁ〜、宝物いっぱーい。宝飾品に五彩友禅、家が買えちゃうね」 「差し上げる品なんですから触らない」 「はーい。……本当についていかなくてもいいの? 一人で手順覚えられるの?」 「私はおじいさんですか。単に結納へいくだけですよ。すぐ帰ります」 後は頼みましたよ、と囁いて。 人妖に仕事の事務処理を任せて、柚子平は石鏡国へ旅立った。 ……そしてそのまま。 約束の日を過ぎても帰ってはこなかった。 +++ 遡ること、今年六月上旬。 石鏡国に広がる三位湖の畔には鈴蘭が咲き誇り、湖水祭は賑わいをみせた。 この時、石鏡の双子王・布刀玉(iz0019)と石鏡へ招かれた五行王・架茂天禅(iz0021)の間で『密談』が交わされた事を知る者は少ない。 口数の少ない架茂天禅が、布刀玉と面会した時のこと。 『そうそう。昨日のお話しですが、斎竹(いみだけ)家に条件に合いそうな者がいましたので、明日の夜宴の折に席を設けられると思います』 『それはありがたい。無理を聞いて頂き感謝する』 『いいえ、此方にとってもありがたいお話ですから』 王達は互いに意味有り気な視線を送り合った。この時ばかりは共に為政者の顔である。 具体的に何の話かというと、国家間の結びつきを強める政略結婚に関してだ。 五行王は独身且つ有能な研究者や高官を集めるだけ集めて湖水祭へ連れて行き、石鏡王は国内でも名だたる貴族女性や巫女に、彼らを引き合わせたのである。 決して無理強いはせず、湖水祭と戦災を理由にして。 精霊を祀る石鏡国と、瘴気の研究に励む五行国。 一見、正反対の性質により相容れぬ二国。 だが五行国で起こった大アヤカシ生成姫の戦乱の際、石鏡国内から伸びる莫大な精霊力にあふれた龍脈が五行まで伸びていた事が判明し、さらに魔の森内部で地表に現れた龍脈(非汚染区域)をいくら瘴気で汚しても、やがて元通りに再生してしまう不可思議な現象が発生した。 一分野の専門家では事態を完全解明できぬという判断になった結果、石鏡王と五行王は少しずつ、その垣根を乗り越えて協力関係を築く計画を立てた。まずは星見家との共同調査。これが良好な関係で進み、話は第二段階……即ち、政略結婚に移っていく。 順調に見合い話が進んだ研究者の中に、狩野柚子平がいた。 五行東のアヤカシに精通し、生成姫に関する研究では右に出るものがいない第一人者。最年少で『封陣院の分室長』と『玄武寮の副寮長』に成り上がった青年。大アヤカシ生成姫の合戦で王の覚えもめでたい。 経歴だけを見れば申し分のない秀才。 その柚子平が引き合わされた相手は『斎竹桔梗』という女性だ。 斎竹家は、石鏡国において政に対して古くから強い発言力を持つ貴族五家のひとつ。 開拓者女性の入れ知恵も手伝って、二人の関係は奇跡的に崩れなかった。 交際後、僅か三ヶ月で結婚を視野に入れたのだから順調と言える。 「結納の為に石鏡へ行きたいのですが」 突然休暇を申し出た柚子平の申請を、五行王は快諾した。 王達の計画は、順調かに思われた。 +++ 最初の異変は、柚子平が指定日を過ぎても帰らないことから始まった。 「滅多に会えぬのだから、一日二日は融通してやれ」 五行王や周囲は呑気に構えていた。 ところが三日四日、と経過しても柚子平が帰らない。 流石に仕事に支障が出始め、風信術で石鏡国へ急ぎで連絡を取った。 柚子平に帰国を促すように、と。 けれど。 その要求に驚いたのは斎竹家の方だ。 結納の準備をして到着を待っていたのに、柚子平は現れなかったからだ。 「仕事に支障が出るから帰国を促せって……どういうこと?」 一方的に破談にされたと思い込んでいた桔梗たちは困惑していた。 風信術による通信は、巨大な機械を用いる。よほどの急ぎの伝令でしか使われない。 国王直々の頼みなのだから、嘘であるはずがない。 話を聞いた布刀玉王は、急いで飛行場に飛空船の発着記録を調べさせた。 結果、五行を出立したはずの飛空船は、石鏡に来ていなかった。 「まさか飛空船ごと出奔するとか」 「そんな事をする人ではないわ」 桔梗が断言した。 考えられる可能性は一つ。 石鏡から五行の途中で何かあり、飛空船が不時着した可能性だ。 「大変です!」 駆け込んできた部下が書類を握りしめて報告した。 「同日に出立した船が、航路で不審な船を見たそうです! 渓谷で黒煙があがっていたとの報告も!」 「まさか空賊? それともアヤカシ?」 国境に横たわるのは、かつて大アヤカシ生成姫の支配領域と言われた魔の森である。 既に一週間近く経過した今、柚子平の生存は絶望的だった。 厳しい表情をした布刀玉が報告書から顔を上げる。 「急いでギルドに連絡し、救出隊を編成しましょう。例えどんな事があったとしても……調べて、五行王に報告しないといけません。遺品の回収だけでも」 どさ、と。音がした。 桔梗が膝をついていた。 「……あ、申し訳ありません。桔梗さん、どうかお気を強く持ってください。狩野殿の無事を祈りましょう」 布刀玉が立ち去ろうとした時、一人の陰陽師が立ちはだかった。 「俺に指揮を任せて頂けませんか」 桔梗の弟、椎乃だ。王が『分かりました』と救出調査を命じる。 必死に我を保とうとしている姉に、弟は歩み寄った。 「絶対、見つけてくる。桔梗はここで待ってろ」 「私も行くわ」 「ダメだ。俺が行く。お願いだ……行かせてくれ」 「私と柚子平さんの結納、あんなに『認めない』って言ってたのに」 「そんな話をしてる場合じゃない」 「そうね。そうよね。しっかりしないと……やはり私も行くわ。彼は私の婚約者よ」 「分かった……じゃあ、先に行く。落ち着いてから、来いよ」 屋敷から開拓者ギルドに向かう。 椎乃は、ふいに平垣に拳をぶつけた。 「……俺のせいか、俺のせいだな。くそ……こんなはずじゃなかったのに。殺せなんて言ってないぞ。あいつら六人揃って、狩野に一体何をしたんだ」 そう呟いた。 +++ 集められた開拓者を前に、斎竹椎乃は資料を配った。 「……説明したとおりだ。姉の結納に来なかった狩野柚子平殿の飛空船が、魔の森上空で消息を絶った」 「私や弟と一緒に探して欲しいの」 「現時点で集められた目撃証言から、狩野殿の飛空船が墜落したと思しき場所を割り出した。証言にある黒煙の位置が違うので、二手に別れると思う。俺と桔梗、其々が救出班に入る。魔の森では君らの方が詳しいかもしれない。魔の森のアヤカシは生命を感知してくると思う。最大限、注意してくれ」 開拓者は依頼主を見た。 二人共、随分と顔色が悪い。 桔梗は婚約者だから心配は当然として、弟の方の様子は不可解だ。 どうやら一筋縄ではいかぬらしい。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲
十河 緋雨(ib6688)
24歳・女・陰
シャンピニオン(ib7037)
14歳・女・陰
リオーレ・アズィーズ(ib7038)
22歳・女・陰
朱宇子(ib9060)
18歳・女・巫
火麗(ic0614)
24歳・女・サ |
■リプレイ本文 ひとまずの第一目標は狩野 柚子平(iz0216)の保護だ。 「やれやれ……柚子平が迷子ですか。良い歳をして何をしてますの」 ローゼリア(ib5674)がここにいない人物を思い出して呆れかえった。火麗(ic0614)もやれやれと言う顔で肩をすくめる。忍犬の顔を揉んでいた緋那岐(ib5664)が「平穏とは程遠い人物だよなぁ」と呟き、リオーレ・アズィーズ(ib7038)は頬に手を当てて「本当に」と相槌をうった。 「友人の霧雨様も無事結婚して、副寮長も落ち着くかと思ったのですが……トラブルに事欠かない人ですねぇ」 「一週間も経ってるんじゃ、自力で生還とはいかないだろうしな。おーい樹里」 緋那岐もまた、今後の学業を考えると放置するわけにはいかなかった。まずは人妖の樹里に、出発当時の服装や持ち物を尋ねる。 樹里の話を黙って聞いていた朱宇子(ib9060)が、眉間に縦皺を刻んだ。 「もしも空賊なら、結納用の高価な品を狙って、とかあり得そうだけど……アヤカシの襲撃か、人の手によるものか……それとも飛空船の故障?」 大蔵南洋(ia1246)が「現地に行かねばわからんな」と地図を睨んでいた。 「ええ。現状は可能性がいくつもあるので、絞れる証拠がないか探してみましょうか」 「できるか」 「はい」 手ぶらで乗り込み、闇雲に探しても時間を浪費するだけだ。まずは調査すべき項目を朱宇子が書き出し、大蔵が地図上の印に指をおいた。 「墜落ないし不時着したと想定されている場所へは、飛空船での降下が難しい……その上魔の森上空だ。噂の不審船もその場に留まっていられる筈が無い、ということになるな」 ちらりと姉弟を一瞥した。 婚約者である姉の桔梗はともかく、弟の椎乃の様子は不可解だ。部屋の片隅で煙管をふかしていた成田 光紀(ib1846)が、火皿の灰を煙草盆の灰皿に落とした。 「はて、黒煙の上がりが二か所とはな。片方はそうなのだろうが、もう片方か……」 柊沢 霞澄(ia0067)は俯いて考え込んだ。 短期間に2隻の遭難、何が原因かは不明だ。アヤカシの仕業、人為的なもの、或いは両方か。柊沢のみならず、皆が不穏な何かを察している。 柊沢は「真相を明らかにするのも必要だとは思います」と前置きしてから「でも今はそれ以上に大切な事……生存者を探し助ける事を優先しましょう……」と提案した。 姉の桔梗は「よろしくお願いします」と頭を垂れた。 弟の椎乃は「万が一の時は……」と口を開いた途端、シャンピニオン(ib7037)が「魔の森でだって、何とかして生き延びてるに決まってるんだ!」と声を荒げた。 「……すまない」 「副寮長は、これから幸せになるんだから……霧雨お兄さんだって、幸せになったんだから……副寮長も、そうなるんだもん」 じわ、と目が潤んだ。ネネ(ib0892)が元気づける。 「精一杯早く、一人でも多く助けないとですね!」 「そーですとも」 アズィーズが胸を張る。 「副寮長が、飛空船のトラブルで死ぬような人だとはちーっとも心配していませんが、巻き込まれた方なども沢山居るでしょうし、何より婚約者の桔梗様が可愛そうです」 なによりこれ以上、行き遅れると困る。という感想を抱いてしまうあたり、まるで見合い婆の気分であった。 「ちゃっちゃか助けに行きましょう」 重く沈黙していた空気が、軽くなっていく。ローゼリアも立ち上がった。 「そうですわね。知らぬ仲ではありませんし、ああして樹里も心配していますし、助けにいくのは吝かではありませんけど」 叢雲 怜(ib5488)も「柚子平兄ちゃんを捜索して見付けるの!」と意気込んでいた。幸い、賞金首イサナを追っていたときの依頼主だ。顔は覚えている。 火麗が両手を叩く。 「さ、そうと決まったら、顔色の悪い二人は早く休んで。精霊門の開門は深夜0時。明るいうちに魔の森へ移動となれば、夜明け前から移動だよ」 「ええ、わかったわ」 「では夜に」 戸が締まり、室内に静寂が満ちた。 火麗は桔梗と椎乃を追い出すと、仲間に顔を向ける。 「さて。周りに迷惑をかけてくれてる、噂の色男を放っておくわけにもいかないし、きっちり無事に救出して説教するのは当然として」 この話は一旦横に置いて、とでもいいたげに身振りで表し、火麗は声を潜めた。 「作戦に入る前に、意思を統一しておこうかね」 「意思統一?」 火麗は腕を組んで、顎で姉弟が去った方向を示した。 「当然だろう。事が事だ。一歩間違えれば国際問題になるって奴だからね。この件に関する事項は他言無用、くれぐれも秘密厳守で行くってこと」 皆は顔を見合わせて、無言で頷いた。 朱宇子は「魔の森へ行く前に、五行の空港と連絡をとってみます」と歩きだした。 「五行の?」 「柚子平さんが乗っていた飛空船の名前や船体の特徴、それと乗船員の人数や名前、背格好等も調べておかないと、救出が難航すると思われますから」 大蔵も同意見だった。更に十河 緋雨(ib6688)が「私もいきますよ〜、手が多い方がすぐ出発できますから」と筆記用具を掴んで後を追う。 緋那岐は、ご機嫌に尻尾を振っていた忍犬の疾風に「おい、いくぞー」と声を投げた。人探し、それも知人なら忍犬の嗅覚が最大にいきる。 静かに、魔の森へ向かう支度が始まった。 現場の黒煙が離れた二箇所から上がっているという事で、捜索班は二班に別れ、更に皆が集合する地点に待機班を設けておくことになった。 椎乃が同行する班には柊沢、大蔵、ネネ、十河、アズィーズの五人。 桔梗が同行する班は、叢雲、緋那岐、ローゼリア、シャンピニオン、朱宇子の五人。 非汚染区域に潜伏するのが提案者の火麗と、希望を明示しなかった成田となった。 開拓者を乗せた飛空船は、一般の商用飛空船に混じって魔の森上空を飛んでいく。 「そういえば積んでいた荷についてなんですけど〜」 十河は人妖樹里が教えた以外の品について、調査結果を読み上げる。 「……とまぁ、こんな具合で。五行と石鏡を往復するだけの便ですから、大した水や食料は積んでいなかったそうですよ〜」 飲まず食わずの状態で人間は長く持たない。 水があれば、多少は生きながらえることができるが、場所が場所だけに一般的な常識よりも生存期間は短いと考えたほうがいいだろう。常人だけなら墜落で死亡している可能性が高く、そうでなくともアヤカシの餌になっていても不思議ではない。 やがて飛空船は降下予定地に差し掛かった。 ここから現場へ直行するのが早足だが、長期戦になる事も踏まえて、かつてアヤカシによる子浚いが行われていた非汚染区域、現在では龍脈と呼ばれる広い場所に仮拠点を作ることにしている。大勢の怪我人を発見した場合、その場で手当するには限界があるからだ。 飛空船の真下に広がる魔の森を眺め、忍犬を抱えた緋那岐が仲間を振り返る。 「今回、龍同行じゃないので……うん、誰か降ろして」 「緋那岐兄ちゃん、姫鶴にのるといいのだよ!」 叢雲怜が轟龍姫鶴の背をぺしぺしと叩いた。 折角なので仲間の好意に甘えさせてもらう。 「では参ろう」 まず大蔵が天幕などの荷を積んだ鋼龍とともに空を舞う。 成田もまた炎龍に持てるだけ物資を積み込んで飛空船から飛び降りる。叢雲の銃弾が向かい来る飛行アヤカシを打ち抜き、素早く荒れた土地に降りた。 精霊力にあふれた非汚染区域は、魔の森の侵食を受けずにいた。 散々破壊されただけあって、敷地の中には大きな障害物が点在している。かつて焼かれる前は家屋だったものばかりだ。 地上へひらりと舞い降りた柊沢が、岩清水などの水や食品も轟龍の紅焔から下ろす。 「汚染区域に持ち込めば、真っ先にダメになると思います……ですから、安全な場所に置いておくのがいいかと……それと、ざっと周囲を見回ってからの方が……」 「一理ありますわね」 空龍ガイエルの手綱をひいたローゼリアが、上空へ羽ばたく。 「私は一足先に近隣に危険がないか巡回してまいります。低空飛行で。すぐ戻りますわ」 「いってらっしゃーい。さ、時間の許す限り設営を手伝うよ」 シャンピニオンや叢雲、ネネ達は、自前の天幕を運んだり、皆で持ち寄った薬草や止血剤などを安全そうな物陰においた。ネネが「消毒用のヴォトカはこれで全部です」と小型天幕の中に酒を運び込む。 「そこの荒縄、とっていただけます?」 アズィーズは弟の椎乃と天幕を設営しつつ『副寮長が何かしたらなら謝らねば!』と覚悟を決めた。気分は保護者だ。 「申し訳ありませんね、椎乃様。副寮長は、見てのとおり胡散くさ……もとい、相手に精神的に圧迫感を与えるような人ですから、何か失礼な事しませんでしたか?」 「い、いや……そういう訳では、ないんだが」 絶対、何かあった。 アズィーズは別な意味で確信めいたものを抱いていた。 一方のネネは椎乃を見上げて『将来の義兄が遭難したから不安なのかも』と考えを巡らせた。完成した天幕に寝袋などを運び込みつつ、笑顔を向ける。 「大丈夫ですよ。あの人、滅多なことじゃやられません、玄武生が保証します!」 「そうか。そうあることを、期待したい」 一方。 別の天幕設営を手伝いながら、緋那岐が「そういえば」と依頼主の桔梗に話しかけた。 「石鏡の女性っていうと、巫女が思い浮かぶけど……サムライだっけか。かっこいいじゃないか!」 つとめて明るく振舞う。 「あえて巫女じゃなくサムライになったのは、何か理由があるのか?」 「……待つのは性分じゃなくて。女だから巫女だからという理由で、お飾りになるのは御免だった。女でも、巫女じゃなくても、誰にも文句を言わせない功績を立てて……斎竹家の家督を継いでみせる。そう思って、弟と張り合ってきたわ」 桔梗は手を止めた。 「六月に見合いをするまで、ね」 緋那岐は首をかしげて「考えが変わったのか?」と素朴に尋ねる。 「変わったわけじゃないわ……ただ、どうすればいいのか、決めかねているだけ」 「え、結婚について?」 「いいえ。お互いに尊重しあえる、政治を踏まえてもやっていける、と判断したから結納を決めたわ。勿論、私が当主を継いで彼を婿に迎えることも可能だと言われた。けれど斎竹家の婿にするには……柚子平さんは立場が難しいのよ」 「何か問題があるのか」 「私たちの見合いは、石鏡王と五行王が仲人になっているわ」 言わずもがな、国同士の政略結婚には違いない。 「柚子平さんを斎竹家に迎えれば、陰陽術のいい相談役にはなるけど、石鏡で彼の出世は頭打ち。けれど彼が五行に残れば、この先かなりの地位への昇進が分かっている。それは斎竹家が五行に対しても強い影響力を持てるし、もし戦が発生しかけても、五行王に進言して回避できる可能性がある地位よ。その為には『私が斎竹家の当主になる』夢を諦めて嫁がなければならない。……ままならないものね」 緋那岐と桔梗の話に、大蔵は黙って耳を傾けていた。 同じく話に注意を傾けつつ、朱宇子は桔梗の様子を伺う。いくら戦いを乗り越えてきたサムライとはいえども非常時だ。無理をしすぎないかが心配だった。 『……あまり、眠っておられない。それだけ柚子平さんを心配……想い慕っている、ってことなんですよね、きっと』 持ち前の責任感の強さも影響しているに違いない。 朱宇子は負担を少しでも軽く、と考えて話しかけた。 「桔梗さん、柚子平さんって大アヤカシ相手に生き残られた方ですし、陰陽師には魔の森で隠れる術があると伺ったことがあります。でしたよね?」 朱宇子が陰陽師のシャンピニオンに話題を投げると「あるよ!」と元気な声が帰ってきた。シャンピニオンも桔梗の袖を引く。 「桔梗さん、暗いこと考えたらダメだよ。悪い想像を現実にしない為に、ボク達来たんだもの。副寮長なら、きっと大丈夫! 封陣院分室長で、ボク達の副寮長で、すっごく強いんだよ。……でも、ちょっと困ってるかもしれないから、早く皆で迎えに行ってあげよう! 絶対、見つけようね!」 「そう、ね」 桔梗の瞳に光が戻ったのを見て、シャンピニオンたちは微笑んだ。 朱宇子が手を握る。 「はい。見つけて、ものすごく心配したんだってこと、伝えないと。希望を捨てずに、探しましょう」 叢雲もまた桔梗を早く安心させてやりたいと考え、気合を入れ直した。 「さ、大体の力仕事は大丈夫だよな。ローゼリア姉ちゃんが戻り次第、捜索をはじめるのだぜ」 柊沢がそろりと手を挙げた。 「あの……ある程度、時間毎に連絡を取り合うのが……良いと思うのですが……」 「瘴気感染対策と相互連絡の為に、2時間おきの拠点へ帰還するのは?」 シャンピニオンが「どうかな」と手を上げる。 「違いないね」 火麗は定時連絡の取り決めをした後、ローゼリアの帰着を確認して「あとは任せて」と二班を送り出した。 もしも負傷者を見つけたら、此処へ運んでくるように、と。 「では班ごとに捜索を。ここは魔の森です……皆さん、大きな怪我のありませんよう……」 柊沢と朱宇子。巫女が二手に分かれるといっても、練力は限られている。 「うん。そっちも気をつけて。二時間後にまたここで。……飛行船に乗ってたのは副寮長だけじゃない筈だし、一人でも多く生存者を保護しなきゃね」 シャンピニオンの声を聞いて、アズィーズが険しい表情で森の中を睨む。 「全く……進級試験にて『保護対象が居る戦い』を指導したのです。貴方も飛行船の方々、守っていますよね。副寮長」 深い魔の森のどこかに、隠れていると信じて。 飛空船が墜落したと思しき場所へ、椎乃が同行する班が到着した時、不気味な以津真天の群れが残骸の上で翼を休めていた。柊沢が龍に警戒を促す。 「紅焔……襲ってきたら、炎で攻撃を手伝ってください……でも味方を巻き込んではいけませんよ……?」 「それでは先手必勝です!」 ネネが毒蟲を放って動きを鈍らせ、一斉に襲いかかる。十河が斬撃符を叩き込み、大蔵たちの刀がなぎ払っていった。幸いにも柊沢のおかげで錯乱や誘惑の阻止や、解毒はなんとかなったが、瘴気感染ばかりは避けられない。 以津真天の一掃を終えた頃、柊沢が懐中時計ド・マリニーを取り出すと、時計の針は瘴気側に振り切れていた。あまり長居はできない。誰かひとりでも瘴気感染が重度になった段階で引き返す必要がある。 駿龍ロロから降りたネネが「足跡を探してみます」と声を投げた。 鋼龍八ツ目に周囲を見張らせつつ、大蔵が飛空船の出入り口を探す。 「この船は、柚子平の船ではなさそうだな。誰か、空戦の跡が船体にあるか調べてくれ」 十河が「はいは〜い」と気楽に声を投げて、駿龍の小次郎さんから甲板に降りる。 大蔵は扉を蹴破った。 「拙者は内部を見てくる」 「私も参ります。ベロボーグ、引き続き周囲を警戒してください」 「お、俺も行く!」 「椎乃殿は出入口を見張っていてくれ」 「お二人共……これを……」 柊沢から渡された2本の松明を片手に、大蔵とアズィーズが船内に潜り込む。 ほぼ全焼に近い状態だが、雨か何かで鎮火したようにも見えた。操舵室に向かう途中、唐突に何かが大蔵へ襲いかかってきた。言語にならぬ呻き声。腐敗臭が鼻をつく。 「かあぁあ!」 刀を一閃すると、骨を断つ手応えがした。何かが床に落ち、ごろごろと出入り口に向かって転がっていく。柊沢の小さな悲鳴が聞こえた。それは腐り落ちた人の首だった。 恐らくは船員だ。死後、瘴気が入り込んだに違いない。 一方、十河は破損状況を見て回った。動力室の辺りで急激に腐食している。錆壊符と同じ形だ。意図的に撃墜された痕跡と見えた。 「陰陽師と交戦して落ちたんでしょうか〜?」 数分後。 ネネが周囲の見回りから戻ったが、襲撃を受けていた。元は船員だったに違いないが、屍人が何日間かに渡って歩き回ったと思われ、区別するのは困難を極めそうだった。 さらに大蔵とアズィーズが船内を調べた結果、生存者はいなかった。めぼしい輸送品もない。屍人と化した遺体が、幾つか見つかっただけだ。刃こぼれした物々しい武器も見つかっている。 大蔵が錆びた刀を投げ捨てた。 「察するに空賊だな。柚子平殿の船を襲った可能性が高い」 「ですが台所の数、変じゃありません? 焼けた寝具の数もそうですし」 アズィーズが見た船内には、明らかに発見された遺体の数より多い生活痕跡が認められた。 これはおかしい。 飛空船を飛ばすには、相応の人員が必要になる。 まずは船長。航海士と観測員。操舵手と機関手。多数の空夫。ここに規模や用途に応じて、料理人や聖職者などが加わるが、上空にとどまらせておくだけでも操舵手と機関手は必要不可欠だ。 大蔵が顎に手を当てる。 「うーむ。他は食われたか、落ち延びたか……墜落からの時間を考えると瘴気による汚染の度合いは相当な物になるはず。正直な話3日も持てば良い方だ。よって非汚染区域に移動して救援を待つのが合理的。上空から非汚染区域が見て取れれば、そこに移動していてもおかしくはないのだが」 仮拠点周辺をローゼリアがざっと見回ったが、誰かがいた痕跡はなかったと聞いている。 今頃、火麗たちが詳しく見回っているはずだが、何か分かれば知らせてくるに違いない。 ネネが手を上げる。 「ここから一番近い水辺にかけて歩いてみませんか。既に一週間経っているのでここだけじゃなく古い足跡は無いだろうけど、逆に今も移動していれば新しい足跡は見つかるかも。仮に足跡を消しても、人が動いた痕跡はあると思うんです」 アズィーズも「私も同意見です」と声を投げた。 「副寮長ならば調査隊が来ることを見越して、何らかの目印や手がかりを残しているのでは、と思うのです。特にただの事故でなかった場合は、陰陽師にしか判らない方法で。例えばコレとか」 錆壊符の跡は、陰陽師と交戦した痕跡と言える。 ここにいない乗員は果たしてどこに消えたのか。 アヤカシに食われた可能性も高いが、調べる価値はあった。 大蔵は損傷した機体をこつこつと叩く。 「こちらはともかく。二隻とも航行不能に陥っておったなら、容疑者の身柄を抑えることも可能かもしれぬし、事の次第を問いただすことも出来るやもしれぬ。急ごう」 「今は生きていると信じて探すのみです!」 十河の人魂が、小鳥の姿をなして森の中を先行する。 時は少し巻き戻り。 桔梗が同行する班が目的地上空に到着した時、桔梗は龍を操り、地面へと急降下した。 「桔梗姉ちゃん、待つのだよ!」 「桔梗! すぐに降りてはいけませんわ! ……ガイエル、追いなさい!」 特攻した桔梗を追って、轟龍姫鶴と空龍ガイエルが空を駆けた。更にシャンピニオンの甲龍ショコラが追いかける。 朱宇子が甲龍ナミの背中から、魔の森の木々に侵食された飛空船を見下ろす。 随分こげて見る影もないが、おそらくは柚子平が乗っていたと思しき五行国の飛空船だ。 まるで意思を持つ化物のような木々を破壊しながら、地上に近づく。 そこには複数の屍人が徘徊していた。 見る影もなく肉が削げ落ち、骨がむきだした虚ろな眼窩で周囲を見ている。 そしておもむろに、首にかけた真珠の首飾りを齧っていた。 「桔梗、私の後ろへ! ガイエル!」 依頼人を背に庇い、ローゼリアは武装した屍人の脊椎を銃弾で砕く。 「まさか、この中に」 「ううん! 皆、よく見るのだよ!」 叢雲が指差す。 武装した屍人が身に纏うくたびれた服は、五行の服ではない。 朱宇子が暗い眼差しを向けた。 「柚子平さんの船に、武装した船員は乗っていないはずです」 ローゼリアが肩をすくめる。 「多勢に無勢。どうやら集団で飛空船を襲撃されたようですわね。見るからに賊ですけれど。あれ、一掃しますか?」 「あ、足跡を調べたいから、極力、踏み荒らさないでほしいのだ」 なかなか無茶な注文だと愚痴をこぼしつつも、一行は上空から飛空船周辺を徘徊していた屍人を破壊した。ローゼリアが船体側面の穴に近づく。中から破壊されていた。 「一応、中も探しましょう。ここに潜んでいた可能性もありますもの」 「そういえば大蔵さんが、宝飾品なども残っているか確認したほうがいい、とおっしゃっていました」 ローゼリアと朱宇子の相談に、叢雲が声を投げる。 「姉ちゃんたち、中を調べるなら注意したほうがいいのだぜ。船体がもろくなってるし、巻き込まれかねない。残骸の強度を確かめつつ、手分けして捜索するのだ」 シャンピニオンが「そこは任せて!」と人魂を船内に飛ばす。 「真っ暗だけど、何か動いて……あ!」 薄暗い船内には、同じように金銀の装飾品が焼け付いた屍人も徘徊していた。 背格好から柚子平ではない別人と判断して、松明の火で内部を照らしつつ、順番に屍人を屠っていく。操舵室の船長を含め、五行国乗組員の遺体も見つかったが、幸か不幸か陰陽師の痕跡はなく、肉と骨の状態から『墜落による脊椎の骨折』或いは『何者かに背後から斬り殺された』と判断できた。 「……皆、襲われたんだね。かわいそうに」 シャンピニオンは遺留品を少しずつ回収して、遺体を毛布で包んだ。遺留品は帰ったら遺族に、遺体全ての回収は難しくとも、せめて罪のない船員だけでも非汚染区域で静かに眠らせてあげたかった。 遺体を包んだ毛布を「臭いは我慢してね」と甲龍ショコラに荒縄で結びつける。 「ガイエルにも運ばせます……やれやれ。屍人を見る限り、財宝に目がくらんだようにしか見えませんでしたわね」 残っていた結納品の山も、炎上してゴミと化していた。 「財宝なんてどうでもいいわ」 桔梗の目は周囲を探していた。叢雲が「落ち着くのだよ」と桔梗の手を握る。 「中に柚子平兄ちゃんはいなかったけど、何人かの足跡が、森に入って消えてたよな」 朱宇子が聞き込みのメモを再び眺める。 「柚子平さんもいませんが、やはり船員の数が足りません。それに、幾つかグライダーが無くなっています」 「え?」 「どこかに落ちたのかもしれませんが、この船はグライダーを積んでいたそうです。仮に柚子平さん達が脱出できたのなら、近くの里に辿り着いてもおかしくないはず。けれどそんな報告は来ていません。もう少し近隣を調べたほうがいいのかも」 シャンピニオンは甲龍ショコラに、小川へ先回りして待機するように伝えた。 「いい、ショコラ。アヤカシが襲ってきたら、迷わず空に逃げて」 「ほんじゃまぁ、副寮長の匂いでも追うとしますかね。疾風、俺の分まで頑張ってくれ!」 緋那岐の声に「きゃん」とひと鳴きして、忍犬は魔の森の中を走り出した。 はぐれないよう、全員で後を追う。 ローゼリアが「ところで」と傍らの桔梗を一瞥する。 「弟さん、随分と柚子平を心配しておられた様子ですが……ご関係などお聞きしても?」 「関係というほどの事は。私も不思議なくらいで」 「不思議?」 「この見合いを反対していたの。五行の人質になることはない、って。大げさだとは伝えたけれど……先日までずっとそんな調子で。私の結納が決まってから、義兄になる相手と腹を決めたんじゃないかしら」 ローゼリアは「そうですか」と相槌をうった。 皆が飛空船の簡単な調査を終えた頃、龍脈の敷地を見て回った火麗と成田は首をかしげていた。 この魔の森内部で、人間が生存できる条件を満たしているのは非汚染区域だけだ。 しかし駿龍早火で上空から見下ろしても、内部を歩き回っても、ここ数日の間に誰かがきた様子はない。 仕方がないので、ひっそり天幕のところへ戻ってきて皆を待つことにした。 「日が暮れ始めたら影鬼に襲われぬよう、集めた松明を炊くとして……暇なので個人的な調査に行ってもいいかな」 暇を持て余す成田の冗談をきいて、火麗が調理具一式を拾う。 「まだ誰も見つかってないんだからそんな暇あるわけ無いだろう。今はあたし達しかいないんだから、魔の森のど真ん中で一人になるのは危険だ。……皆の分の食事も準備しなきゃならないし、怪我人が運び込まれたら手当も必要になる。丁度いいから、湯でも沸かしてもらおうかね」 成田に火の番を頼み、火麗は真上の太陽を見上げた。 幾度となく仮拠点と捜索地を往復して。 川辺を散々歩き回った忍犬疾風が見つけたのは、巨石の影に横たわる船員達だった。 「おい、疾風。副寮長はどうした、これ別人だろうが」 「くぅーん」 犬の耳が垂れる。 血の匂いを嗅ぎつけたのだろう。元は大怪我を負っていたとみられ、足は折れ、浅い呼吸を繰り返している。朱宇子が「大丈夫ですか」と駆け寄ったが、意識は朦朧としていた。 「急いで仮拠点に運びましょう」 「俺も運ぶの手伝うのだぜ! 兄ちゃんたち、しっかりな!」 呻く船員たちの頭の下に、やけに立派な着物があった。ローゼリアが拾い上げると、べっとりと血がついている。脇腹に刺し傷の痕跡。シャンピニオンが両手で口を抑えた。 「それ……副寮長の、服……」 「ちょっと貴方達。柚子平はどこですの!」 「……きましたか。流石に命の危険を感じていたので助かります」 細い声に振り返ると、川の上流から見窄らしい格好の長髪無精ひげ男が歩いてきた。 木の枝に魚らしきものを吊っている。 「柚子平さん」 「副寮長!?」 「お久しぶりで……ああ、桔梗さんまで。ひどい格好で申し訳ない。結納にも遅れてしまって」 まるで別人だった。 無精ひげの顎をじょりっとなでて、申し訳なさげに皆のもとへ歩いてきた。 野生生活をしていた柚子平と数少ない生存者は救出された。 一旦、火麗たちの待つ仮拠点へ運ばれた後、戻った朱宇子と柊沢の手で、骨折や臓器の裂傷、腐りかけていた手足などを元通りに治してもらい、無数の切り傷や火傷には、酒で消毒して止血剤や包帯で手当した。 「はいよ、色男」 「ありがとう、ございます」 火麗が横たわった柚子平の髭を剃って髪を梳くと、ボロの格好でも多少は元の面影があった。天幕の中で、寝袋と毛布の寝台に沈んだ姿は疲弊しきっている。 「私では川に運ぶのが精一杯でして」 「何があったんだい?」 「えーと、襲われました。詳しくは……、……とりあえず、眠らせてください」 意識が途切れた。 火麗は肩をすくめて天幕を出る。正面に心配そうな顔の桔梗が立っていた。 「具合は」 「よく寝てるよ。起こさないように、傍にいてやんな」 桔梗が天幕の中に消えた。 他の天幕でも、生存者の手当を終えたネネや朱宇子たちが顔を出した。 「助かって良かったですね、って言ったら泣いてました」 「よほど怖い目にあったんですね……」 今は柊沢や十河が、汁粉などの温かい食事を生き残った船員に提供している。 「沢山食べて、元気になって貰って、皆揃って無事に脱出したいな」 「夜はアヤカシの領分だ。完全に日が落ちる前に、飛空船へ収容したほうが良いな」 叢雲と成田が話しているところへ、船員の遺体を埋めてきたシャンピニオンや大蔵が戻って来た。 「お待たせー。ちょっと皆で話さない?」 「今日中に急いで出立の準備をするとして、少し皆で話しておきたいことがある。柚子平殿の結納の件も含めて、このまま石鏡に運ぶわけにもいくまい。まず空賊の飛空船から川まで来る途中に、盗まれたグライダーや空賊遺体を見つけたが、例えば空賊の遺体に組織的と思しき刺青などが……」 足音がした。 大蔵たちの背後に、桔梗の弟、椎乃が立っていた。 「君たちに相談したい話がある。……姉さんと狩野殿、抜きでな」 茜色の太陽を背にした椎乃の表情は、重く沈んでいた。 |