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■オープニング本文 一人の若者が大きな門を出た。寒空の星を見上げ、手を伸ばす。 「届かない。そんなこと、わかりきっていたのになぁ‥‥」 叶わぬ気持ちは、いつか消えるだろうか。 寂しげに呟き、歩き出した。 + + + 幼い頃から、言い聞かされた。 『お前は大切な舞姫様だ』 汚れがつかぬように、と。 もう十年も、香を焚きしめた部屋にいる。 親の顔は忘れてしまった。 ここへ来てから殺生から遠ざけられていても、ひとめで贅沢とわかる食卓が、朝餉と夕餉に用意された。朝には井戸から汲んだ清めの水で禊ぎをし、日の昇るうちは舞を踊り続け、日が暮れてくれば沈黙の中に祈りを捧げる。 最初、何を祈ればいいのか分からずに、同じ年頃の目付役に尋ねると『里の平穏を祈ればよろしいのです』という難しい返事がかえってきた。子供にそんなことを強いた里の感覚がよくわからない。 年頃になると、より一層大切にされた。 それこそ半ば生き神のようであったかもしれない。 山向こうの里で織られたという艶やかな着物を与えられた。一着で一家族が一年は暮らせる額になるらしい、と目付役から聞かされても、いまいちピンとこなかった。みすぼらしい娘が華やかな衣装を金と銀の帯で飾る、その違和感に物陰でよく笑った。 見せる者など、誰もいないのに。 誰かと夫婦になることすら許されない。 そんな私の役目は『この身に鬼を降ろす』こと。 毎年鬼灯祭になると、舞姫が剣を持ち、舞台で里の成り立ちを夜通し踊る。 天姫伝説と呼称される、里と御三家の歴史はこうだ。 元々三つ鬼の財宝が眠ると言われる秘密里に、舞い降りた天女が飢えた鬼に食われてしまう。 天に復讐を願った天女。しかし天女にあらざる振る舞いだと天の怒りを買い、自分を食った鬼の姫となって生まれ変わってしまう。 美しい鬼姫に成長した後、二人の男に天の力が宿った剣と笛の音を教え、かつて天女の自分を食い殺した親鬼を成敗させたのちに、鬼の呪いを受けた男二人の片方と結婚し、人間と共に叡智を持って鬼灯の地を治める。 私はその『天女にして鬼の姫』の寄り代というわけだ。 今年もまた鬼女を演じて踊る。 そうしてお役後免になるまで、ただひたすらに飼われる。そう思っていた。 御簾の向こう。 「里を出る? 清史郎、それ本気?」 長年、目付として労苦を共にしてきた若者が「いとまをとる」と告げに来た。 「はい。白螺鈿に繋がる新しい道ができたのだそうです。私は広い世界を見てみたい、そうお館様にお願いしました。よって祭りの日、道の開通と共に旅に出ます。どうぞ健やかであらせられますよう。‥‥茜様」 そして顔も見ずに行ってしまった。 長い間一緒にいたのに、随分と淡泊な別れだと思った。 私の名前は『真朱』といった。 多くの者が『舞姫様』と私を崇めて恐れた。本当の名前を呼んでくれる者はおらず、せがんでも畏れ多いことだと絶対に呼んでくれはしなかった。子供の寂しさを理解してくれる者は誰もいない。 『では新しい名前をつけましょう』 幼い頃、赤い鬼面をつけた清史郎は物陰で泣く私に言った。 『真の朱。あの夕日と同じ色です。ですから、アカネ、という渾名はいかがでしょう』 この十年。 二人の時だけに使った、茜の名前。 その名を呼んでくれる者は、誰もいなくなってしまう。 頬を零れる涙に気づいた。慌てて振り返った。支えてくれた若者は、夜の闇に消えていた。 + + + 「舞姫がいなくなった?」 ギルドに話を持ち込んだのは、舞姫の養育係を務めていた老婆だった。 「そうなんです。もうじき鬼灯祭だというのに」 大切な舞姫。里が祭りの為だけに養い育ててきた巫女が、忽然と姿を消したらしい。それは目付役が交代になることを告げた後、うっかり門の鍵を閉め忘れた隙に、金目のものを一式持っていずこかに消えたという。 老婆は里の祭りや舞姫の環境やくせ、容姿についてひとしきり話した後に、緊急性を訴えた。 「このような失態、里の御三家に知られるわけには参りませぬ。どうかお力をおかしください」 祭りの舞い舞台が始まる夕方までに、舞姫を見つけて欲しい。 老婆はそう頼んだ。 + + + しんしんと、降りそそぐ白い雪。 渡鳥金山の高嶺に、うっすらと雪化粧。 吐息が白く曇る頃になると、人々はにわかに活気づく。 「今年もこの時期がきたねぇ。さぁ、みんな。鬼灯籠をめいっぱい飾ろうじゃないか」 ここは五行結陣が東方、山麓の田舎里。 かの名を『鬼灯』と人は呼ぶ。 かつて人々は里の裏山‥‥渡鳥金山を『しでのやま』と呼んでいた。 要は『死者がこえていく山』すなわち『あの世』を意味する。所々魔の森の侵食を受ける山脈は常人達から恐れられ、行商人や旅人が山を越えていく『山渡り』は命がけと言われている。 そんな過酷な場所だからか。 鬼灯の里では、山で命果てた者を「鬼になった」とよく例えた。 アヤカシの鬼という意味ではなく、飢えた死者の魂という意味である。供え物をして供養してくれるのを待っているとされ『餓鬼』の字をあてた。鬼は常に飢えている。食べ物を見つけても火に変わる‥‥そんな哀れな鬼の供養に、現世で炎を燃やせば、あの世で炎は食べ物にかわるだろう、という眉唾な話が広まった。 人々は供養の為、提灯に火を灯して供物とし、鬼面を被って来たる鬼をやり過ごす。 そんな土地の風習は、いつしか鬼と共に宴を楽しむ祭、へと変化を遂げた。 厳しい冬ごもりの前に、鬼に怯えず皆一緒に昼夜を騒ごうではないか‥‥ 里の人々は、鬼面の描かれた提灯『鬼灯籠』を飾りに飾った。 出かける者は、大人も子供も、赤か黒の鬼面を被る。 誰が鬼か、誰が人か。 祭の間は、区別もつかぬ。 さあ‥‥飲んで食べて、歌って踊れ。鬼灯祭が始まった。 |
■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
露草(ia1350)
17歳・女・陰
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
リン・ヴィタメール(ib0231)
21歳・女・吟
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
三太夫(ib5336)
23歳・女・シ
アル・アレティーノ(ib5404)
25歳・女・砲
計都・デルタエッジ(ib5504)
25歳・女・砲 |
■リプレイ本文 空を舞う雪の花。 渡鳥金山の頂上付近は、純白に色づいていた。 赤と黒の鬼面が描かれた『鬼灯籠』が照らす鬼灯の里。 「独特な雰囲気のお祭りですね〜。此岸と彼岸の交わる祭り‥‥とでも申しましょうか〜?」 桜色の髪をなびかせた計都・デルタエッジ(ib5504)が周囲を見渡す。 着々と進む祭の準備。増えていく旅行者。 弖志峰 直羽(ia1884)は空っぽの舞台を見上げた。 「立派な舞台だなぁ。逃げ出した籠の鳥‥‥か。他人事とは思えないなぁ」 隣でアル・アレティーノ(ib5404)が頬を掻いた。 「ふーむ‥‥まぁ気持ちはなんとなく分かるような分からないような。まっ、なんにせよ見つけてからだねー」 玲璃(ia1114)が先を急ぐ。 「私は御屋敷の外でお目付様に関する事などを伺い、情報収集にあたろうと思います」 「早く解決させたいですね〜。その後は〜、お祭りを楽しみたいですから〜」 のんびりした計都だが、赤い瞳は時折、鋭く里を観察していた。 「変わったお祭だしな」 弖志峰が朱塗りの舞台を振り仰ぐ。 「流石に、あの舞台を見てると‥‥里での祭の重要性が伺い知れる気がするな。伝統や因習を重んじる土地ってのは、人を護りもするが、時に呪縛のようですらあるんだろう。家柄や、身分と同じように」 崇め祀られ大事にされても。 縛られる辛さは、察するにあまりある。露草(ia1350)が頷く。 「今まで、ずっと静かに言われるままに過ごしてきて、それなのに今行動を起こす、ということは‥‥やっぱり何かを抱えているのではないかと思います」 桂杏(ib4111)が憂鬱そうに呟いた。 「問題は見つけた後になりそうですね。色々高価な品を持ち出したと伺ってますし」 「そこなんです」 露草は顔を上げた。 「最初、舞姫さんが世間知らずで、思いのままに駆け出していっただけ。そう考えて連れ戻せば済むと考えたのですけれど、言われるがまま為すがままの状態だった環境から、急いでいても金目の物をもっていったあたり、かなりしっかりしてるかと」 考えあっての行動だろう。 「彼女を見つけて、話を聞いてからですね」 犬神・彼方(ia0218)が首をならす。 「どちらを選ぶにしてぇも‥‥舞姫さんの覚悟、見せてぇもらおうかね。急いでぇみつけねぇと何処にいっちまうかぁわからねぇし、後で手分けとぉいくか」 ふと三太夫(ib5336)が立ち止まる。 「舞姫サンの館、先にいってて。備えとくから」 指先で示した貸し馬屋。里から出ていた場合、迅速に動ける足が必要だ。 養育係の老婆が舞姫の部屋へと皆を案内した。 「少々お待ち下さい」 何故か老婆は一度、リン・ヴィタメール(ib0231)達を制止して部屋に消える。 「片づけなら気にしなくてぇもいいんだけどねぇ」 犬神の言葉に「違います」と頭をたれて出てきた老婆。 手にしていたのは香炉。 「ここは鬼‥‥神に捧げる特別な香で常に満たされており、私や目付以外の、慣れぬ者が嗅ぐと倒れることがございまして。皆様がおいでになる前に窓は開けておきましたが確認を、と」 老婆が鬼面の文様の香炉をしまい、新しい目付だという男と戻ってくる。 アレティーノが問う。 「当日のこときいていいかなー。見た目とか、その時の格好とか。分かる範囲で」 一通り聞いてヴィタメールが唸った。 「最近何かしら‥‥変わった事があらしまへんどしたか?」 玲璃も同じく詰め寄ったが「特には」と語る。 「お目付役さんは何か気づかはったやろか」 目付役の男は、棚を調べる桂杏の質問に答えていた。 「アレは臨時の者ゆえ存じません」 「臨時の者?」 玲璃が首を傾げる。 「本来は姫様と似た年頃の男児を一人、幼少より世話役につけるのがしきたり。姫様にも清史郎という目付がおりましたが、私用で役を退きまして」 ヴィタメールが身を乗り出した。 「お目付け役はんが? そのお人は、どちらにいかはったんやろ?」 「白螺鈿へ参ると伺っております」 桂杏達も話がすんだらしい。 皆が順に館を出る。 ヴィタメールと三太夫の二人が足を止めた。 「姫様のお名はなんていわはるの?」 老婆は小さい声で答えた。 「畏れ多くも姫様の名は『真朱』と申します」 「たとえ話なんやけど、姫さんが役を降りはったら‥‥お名も呼んでもらえるんどすかな。真朱さん、って」 老婆は目をむいた。 「ありえません。そもそも役を降りるなど不吉な」 「言葉遊びをしてるんじゃないのよ」 助け船を出したのは三太夫だった。 「舞姫サンは勿論探す。でも必ず見つけられるとは限らない。仮に舞姫が戻らぬ場合、祭りはどうなるの」 老婆が呼吸を整えて冷静を装う。 「大事な舞姫様を失えば、お小言だけでは済まないのが事実。里の為、新しい真朱様をお迎えする支度をせねばなりますまい」 新しい真朱様? 「真朱は今の舞姫サンの名前だろ?」 「歴代の舞姫は皆、舞姫となった瞬間より『同じ名を賜る』しきたりにございます」 籠の鳥たる舞姫に『個』は与えられないという意味だ。 「あ、清史郎サンと話したいの。紹介状を書いてもらえない?」 老婆は首を縦に振った。奥へ消える。 「あの様子だと『大事』というより、自分可愛さというか‥‥まるで道具かモノだね」 「そうどすなぁ」 そんな話をした。 桂杏が品目を眺める。 「高価な品々をお持ちになったようです」 玉の小箱、柘植の櫛、白檀の扇、翡翠の首飾り、金の簪、絹の羽織に五彩友禅の着物。 あくまで一例だが高級品ばかりだ。 里の上空に露草の放った人魂が鳥に姿を変えて羽ばたいている。 「相当な箱入りみたいだから、まだ里の中或いは周辺にいるとは思うけどな」 弖志峰が聞かされた容姿を目当てに周囲を探す。 犬神が溜息を零した。 「物珍しそうにしてる子がぁそうかねぇ」 地道に尋ね回る計都。 「こういう女性が〜、来ませんでしたかぁ〜?」 金品を買い取ってくれそうな店を見つけると、桂杏が走った。 「お忙しい中、失礼いたします。物の値段の分っていなさそうで、このような外見の女性が店に来られなかったでしょうか?」 アレティーノが聞き込みを眺めながら呟いた。 「大凡旅に出るような格好じゃなかったみたいだし、かなり目立つだろから、誰か見ていたらすぐ分かるはずだろうし、金目のものを換金して使うとすれば‥‥旅、とか」 同じ年頃のお目付役が任を解かれた直後の失踪。 とくれば、後を追ったのではないかと考えもする。 元目付役の清史郎に会いに行った者もいる。犬神は旅行客を眺めてしみじみと語った。 「旅っつーのぉは意外と大変だ。飯やら衣服やら宿泊やらぁで費用かかるし、金儲けするにしてぇも何して金を稼ぐか、自分の身はぁ守れるか」 盗賊にケモノ、アヤカシと身を守らねばならない脅威は多い。 「全部自分の中に抱え込んで解決してぇいかなきゃならない。その覚悟はぁ舞姫さんにあるのかぁねぇ?」 まずは話し合う必要がある。 皆、虱潰しにしながら白螺鈿に向かって開通したという山道に向かう。 開通した山道には、料金所が設けられていた。 桂杏が番人を訪ね、容姿と旅慣れない娘をみかけなかったかと伝えると。 番人は道端をみた。 市女笠を被った娘がいた。 真新しい上物の着物だ。背負った荷袋が膨れている。 「人を待っているというもんですから。あなたがお付きの方ですか?」 言葉に困った桂杏だった。 馬を借りての大捜索、を実行するまでもなく、あっさり真朱は見つかった。 「お初にお目にかかります。お迎えに馳せ参じた者にございます」 深々と頭を垂れた桂杏だが、舞姫は「人違いです」とすましていた。 「単刀直入に窺いますが、姫は何がなさりたいのでしょう? 世の中には悪意を持って姫に近付かんとする者もいないとは限りません。外にお出になるという事は、厄介事に御自分で対処なさるという事も御理解されておられますか?」 説教まじりの話に舞姫があらぬ方向を見ていると、急に駆けだした。 「清史郎!」 視線の先には若者がいた。若者が驚いて娘の方を凝視する。 飛びつかんばかりに走ってきた娘が手を伸ばし‥‥ 「はい、家出終了〜」 傍の三太夫が、娘の行く手を阻む。 「何をする無礼者! 私に触るな!」 「な、言った通りでしたやろ?」 ヴィタメールが「ふふふ」と悪戯めいた笑いをこぼす。 元目付役の青年、清史郎を先に訪ねた三太夫達は、舞姫の失踪を説明し、恐らく清史郎の元へ来るに違いないと踏んでいた。清史郎が「ありえない」と言い張るので「その目で確かめたらいい」という話になったのだ。 通行の邪魔ですと鬼面の男に注意され、道端に移動した。 「茜様、その格好は」 「私も白螺鈿に行く」 「は?」 「お前が私の世話にあいたというなら、私がお前の世話役になる」 「何をバカな。第一そんなこと」 「飯炊きの仕方は分からぬが、一日教えてくれれば覚えるぞ。洗濯のやり方は前に清史郎がやっていたのを最初から最後まで覚えている。自分のことは自分でする。お金の工面ならしてみせる。だから端女においておくれ」 唖然、としたのは何人いたか。 「‥‥無理では」 「なんだその顔は。みてみよ!」 舞姫は手荷物を開けて見せた。 中身は無くなった宝飾品、異様な大金、代えの衣類一着、保存食と水、小刀とロープが入っていた。色々足りないが、幼少より何年間も軟禁状態にあった姫にしては上等の部類に入る旅備えだ。 「‥‥これは?」 「買った。以前、山渡りの備えは聞いていたから、必要そうなものを」 弖志峰が頬を掻く。 露草が文を数える。 「十万文以上ありますね。こんな大金、簡単に手に入るものではありません。館からお金が無くなったとは聞いてはいませんが」 例えば三人家族が一ヶ月暮らすのに七千文あれば豊かな生活が出来る。 遊んで暮らせる大金だ。舞姫は胸を張る。 「呉服屋で着物を売った。五彩友禅は高値で取り引きされていると清史郎が前に教えてくれたろう? 最も良い山上だからと十二万六千文で買い取ってくれたわ」 「そんなにですか〜?」 驚く計都に、桂杏が「あの」と手を挙げる。 「私の兄がギルドの依頼で、同じ名の着物を探しておりました。今は品薄で値が高騰し、相当苦労しているとかで‥‥確か二十万文や三十万文を越えていたかと」 一同、絶句。 買いたたかれている。利発な部類とはいえ、世間知らず確定だ。 「着物。取り返しに行った方がぁ、いいんじゃぁないかい?」 「必要ない。一緒にいけなくなってしまう」 アレティーノが舞姫の肩を叩く。 「結局さー舞姫ちゃんは彼が好きなんっしょ? いやーそういうのっていいねーあたし好きだわー。恋は盲目っていうし」 「無責任な」 口笛が聞こえた。ヴィタメールだった。 「落ち着いてくらはりました? うちは楽士のリンいいますわ。皆、姫さんの事心配してはるんよ。もちろん、清史郎はんも、な!」 清史郎の背を押す。 「私を、館へ帰すのか?」 「それは‥‥あ、茜様は舞姫様で、私は迎火衆で」 ゴッ、と清史郎の後頭部にフロストフルートの一撃が加わった。「ちがいますやろ」と一言呟くヴィタメールの表情は笑顔だが『このヘタレめ』といわんばかりだ。 玲璃が怯えた舞姫に「落ち着いて」と岩清水を与えた。 「貴方にはすべき事が二つあります。舞姫を辞める事を村に認めさせる事。貴方の同行を清史郎さんに認めさせる事」 弖志峰も言った。 「舞姫は、重荷でしかないのかもしれない。でも里に必要な存在なのも確かだろう」 じきに舞台の時間だ。 「沢山のひとが〜待っていると思います〜。事情はよく存じ上げませんが〜、あなたにしか出来ぬお役目であるならば〜、先ずはそれをこなす事が筋なのではないかと〜」 真朱は泣いた。 「絶対嫌だ! 私はひとりになってしまう! 一人は‥‥寂しい」 「ちょぉっと、いいかぁい?」 煙管を片手に、犬神はふぅっと紫煙を吐き出した。 「周囲の都合も省みずってぇのはないだろ? あんたぁの覚悟は分かったが、俺ぇ達は連れ帰んのが仕事だ。けど大事な人の傍にいたいってぇんなら、力を貸してぇやるよ。そいつも共にいたいってぇんならな。仲を引き裂くなんざぁ、粋じゃぁないだぁろ?」 ぱちん、と片目を瞑って見せた。 舞姫が清史郎へ向き直った。清史郎は苦い顔で俯く。 「私は‥‥」 その夜。 里に舞姫は戻ってきた。 依頼を完遂させた開拓者達は物寂しげな目で舞台を見る。 折角の機会だからと笛を少々共演したヴィタメールと、今後の参考のためにと舞台袖で舞を見る玲璃。時に雄々しく、時に哀しく、茜は舞台の上を舞う。 元目付役の姿はない。 白螺鈿へ向けて既に旅立った。 「若いってのはいいねーホント」 アレティーノが様子を見守る。弖志峰が瞳に舞を焼き付ける。 「代わる者がいない役目、か。物語とは違うからな‥‥人が生きてくしがらみってのは」 「見納めですね」 露草が寂しそうに笑う。 そして夜、舞姫は家族同然の大切な人に文を書いた。 涙で墨が滲んでも丁寧な文字を綴った。 コンコン、と窓を叩く音。 「時間だよ?」 声がした。 帰った舞姫は‥‥ 翌朝、再び何処かへと消え去った。 養育係が開拓者達を探す。アレティーノは「やっぱり」という顔をした。 「どうせ今強引に連れ戻してもまた繰り返すだけだろうし。お手上げです」 玲璃が老婆に笑いかける。 「私で良ければ代理を務めますよ? 昨晩『全て』学ばせて頂きましたから」 玲璃が舞台袖へと向かっていく。 弖志峰が手を合わせた。 「ほんとに、ごめんなさい」 犬神が笑った。 「なぁに仕事をすませただけさ。後で何が起ころぉーが、誰の依頼をうけよぉーが、俺らは仕事に従うってぇだけ。ついでぇに依頼主の話は守秘義務っと」 「姫さんの願い、無碍にはしとうないわ。ですやろ?」 裏はこうだ。 一度、舞姫を時間までに連れ戻した。 これで依頼は終了だ。 次に舞を別の誰かが運良く覚える機会を得た。 その後、清史郎の依頼『囚われた妻を誰にも気づかれず取り戻し、白螺鈿まで無事に送って欲しい』をうけた。 そして舞姫不在を『奇遇にも舞を知っている玲璃』が埋めてしまう。 以上だ。 「茜さん達、大丈夫でしょうか」 露草が唸ると桂杏が「ギルドへの頼み方はお教えしました」と言った。 「舞姫ちゃんにはこの先、嫌ってほど困難が付き纏う。それでも挫けず彼を求めて先に進むっていうならあたしは応援したいけどねー。諦めるなら自ずと帰ってくるさー」 アレティーノの声は陽気だ。 「ばーさん、手紙を読んだかねぇ」 説教して書かせた老婆宛の手紙があるはずだったが、そこまで彼らは干渉できない。 「どうでしょうか〜、玲璃さんが戻ってきたら〜、きいてみると〜いいと思います〜」 計都が微笑む。 「今夜が〜、楽しみですねぇ〜」 軒下の鬼灯籠が風に揺れる。 鬼灯祭は今宵も鬼面で溢れ、雄々しい舞姫が踊っていた。 |