【玄武】研究に挑む前に
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/21 16:44



■オープニング本文

【このシナリオは玄武寮用シナリオです】


 此処は五行の首都、結陣。
 五行の陰陽四寮ではこの時期、進級試験と編入試験が行われる。
 陰陽四寮は国営の教育施設である。陰陽四寮出身の陰陽師で名を馳せた者はかなり多い。
 かの五行王の架茂 天禅(iz0021)も陰陽四寮の出身である。
 一方で厳しい規律と入寮試験、高額な学費などから、通える者は限られていた。
 寮は四つ。

 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。朱雀寮。
 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。
 金行を司る、四神が白虎を奉る寮。白虎寮。
 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。

 そして現在多忙を極める蘆屋 東雲(iz0218)が務めているのが『玄武寮』である。

 +++

 玄武寮は入寮の時に『どんな研究をしたいか』を問われる。
 一年の頃から明確な目的を要求される点においては、研究者を排出する機関独特と言えた。
 しかし長い間学び、卒業が視野に入ると、興味はより明確なものに移り変わっていく。
 卒業論文が差し迫った者たちは、其々の研究を確定する頃合になっていた。


 八嶋 双伍(ia2195)は『魔の森について』を漠然と語っていたが、現在は『魔の森がアヤカシに与える影響』に変化している。個体差、種族差、長所の強化、など疑問は尽きない様子だが、調査分野が多岐に渡るため、これを実現するには生涯をかけねばならない。その為、研究の第一段階、および卒業論文用に、特定のアヤカシに狙いを定めて魔の森に入り、集中的に分析していく必要に迫られている。

 緋那岐(ib5664)も『魔の森について』を漠然と語っていたが、今は街中でよく現れる下級アヤカシ、つまりは子鬼についての魔の森内部と外の違いを研究していく予定らしい。

 シャンピニオン(ib7037)は『魔の森の起源調査』としていたが、今は『土地固有のアヤカシ』に関する特徴や性質の分類に興味を示し、八嶋と同じくこれを実現するには生涯をかけねばならない。その為、研究の第一段階、および卒業論文用に、特定の地域に狙いを定めて集中的に分析していく必要に迫られている。これとは別に『魔の森の植物・土壌採集』も考えているようで、どちらに研究を絞るのか考えなければならない。

 ネネ(ib0892)は『半妖の研究』を掲げていたが、その後の中間報告を求められた際、副寮長に小間使いよろしく五行東を連れ回されていたらしく、副寮長の仕業なら仕方がないと項垂れた寮長は、研究の経過報告を待ってる。

 寿々丸(ib3788)は『魔の森とアヤカシを作り出す瘴気の関連性について』着目していたが、最近では下級アヤカシの討伐前と討伐後の瘴気濃度の差、そして特に自己修復手段を持つアヤカシについても興味が強いという。

 常磐(ib3792)は『アヤカシの個体差』に関する興味が、『飛行系或いは幽霊系アヤカシへの呪声影響』や『粘泥が人魂にどのような反応をするか』へと移り変わっていた。しかし生成姫と戦った春以降、新たに研究したいことができたと話しているらしい。

 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は『アヤカシが使う術の解明』や『治癒符の上位式の開発』を掲げていたが、中間報告では『誰の怨霊か判明している怨霊に遭遇したい』と意味深に語り、研究内容は未だ公表していない。

 十河 緋雨(ib6688)は『アヤカシの能力を模した術』を語っていたが、現在では『粘泥』に熱い視線を注いでおり、合体するか、などを研究していくようだ。

 リオーレ・アズィーズ(ib7038)は『実地調査』と漠然としていたが、今は『下級アヤカシ「闇目玉」の邪視』能力に強い興味を示しており、日用品、それこそ手鏡などで反射できないかを研究していくらしい。もしも日用品での一時的な防衛が可能になれば、民衆にとっても良い研究成果をもたらすことが可能になる。

 セレネー・アルジェント(ib7040)は『古き陰陽師の知恵』や『新技術の研究』など興味は多様性を極めていたが、研究としては『自爆霊は白結界壁何枚で抑え込めるのか』を考えているらしい。

 転寮生の露草(ia1350)、御樹青嵐(ia1669)、ゼタル・マグスレード(ia9253)についてだが……

 露草は器物系つまり物型アヤカシに強い興味を持っていた。これらを観察・研究し、弱点を見出すことを掲げている。もう一つ、魔の森における人妖の体調変化なども観察したいと語っている。

 御樹青嵐は『陰陽師職における戦い』の研究に明け暮れており、術の連携、魔の森などの特殊地形における戦術と脆弱性の研究、集団戦における陣形や効果を考えているらしく、知性の高い敵との遭遇を視野に入れている。

 ゼタル・マグスレードは『アヤカシの耐久性』を調査項目にあげ、生成姫配下として知られた鬼系や夢魔系に調査分野を絞り、魔の森で力を増した鬼や夢魔の種類や格を分類の上、耐久性を研究していくらしい。今年になって生成姫が滅んだ為、大アヤカシの有無による違いも外部研究者たちの注目を集めている。

 二年生に残ったワーレンベルギア(ia8611)は元々『アヤカシの性質や共通項に着目した積み重ねる研究』を語っていたが、現在は『魔の森でアヤカシが生成される瞬間』に目を向けており、瘴気が自然発生する機会を虎視眈々と狙う必要に迫られている。また『アヤカシが人間以外にどのような存在に食指を伸ばすのか』も興味があり、どちらに絞るか時間をかけて考えていく必要がある。

 同じく二年の東雲 雪(ib4105)は明確な目的がなく、そのまま研究についても未提出である。

 一年生のエリアエル・サンドラ(ib9144)は『瘴気回収を骨鎧に手を触れずに行えるか』を寮長に相談していた。同じ一年生の土御門 高明(ib7197)は『下級アヤカシはどのようにして傷を修復しているのか』を調べていきたいという。

 +++

 その日、副寮長の狩野柚子平(iz0216)は寮長を訪ねた。
「蘆屋さん、少しよろしいでしょうか」
「どうかされました」
「王の要請で石鏡へ数日ほど出かけてきます。日程はここに」
「例のお見合いですか」
 寮長の眼差しが死んだ魚の目になった。どうぞご勝手に、と言わんばかりだ。
 副寮長が立ち去った後、寮長は封筒に入っていた予定表を見下ろす。
 ついでに小さな書置きもハラリと落ちた。
 嫌な予感が止まらない。

『前略
 今年は入寮式もなくお仕事に余裕がおありかと思います。
 そこで一つお願いが。
 先日、玄武寮の予算で調達した魔の森授業用の商用飛空船が未整備のままですので、戻るまでに修理をお願いします。寮生を動員すれば早いかと』

「副寮長ォォォ!」
 玄武寮に寮長の大声が響いた。


■参加者一覧
/ 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 八嶋 双伍(ia2195) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / ネネ(ib0892) / 寿々丸(ib3788) / 常磐(ib3792) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 緋那岐(ib5664) / 十河 緋雨(ib6688) / シャンピニオン(ib7037) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / セレネー・アルジェント(ib7040


■リプレイ本文

 五行を襲った戦火からじきに半年。
 ようやく人々が立ち直ってきた今日この頃。
 玄武寮でも授業再開につき、卒業論文を何にするかの最終的な調査が行われていた。課題が変わった者もいれば、能力向上の為に試験への再挑戦を申し込んだ寿々丸(ib3788)や緋那岐(ib5664)もいる。寮長、蘆屋 東雲(iz0218)から「近々学費の二万文を集金する」という恒例の説明を受けたあと、最後に玄武寮の学生たちは飛空船修理を命じられた。
 八嶋 双伍(ia2195)は「飛空船の掃除だけでなく修理点検、ですか」と呟く。
「ええ。魔の森へ行く為の足として、副寮長が飛空船を手配してこられたのですが、何分、経費が余りなく……老朽化の激しい機体らしいので、点検や整備が必要です。皆さんが共同で使う飛空船ですから全員で当たってくださいな。頼みますよ」
 窶れた寮長が寮生を見送る。
 暫く歩いてから、常磐(ib3792)は出てきた部屋を振り返り「……寮長って受難体質だよな。きっと」と呟いた。
 毎度ながら厄介事を持ち込まれる寮長が不憫でならない。
 後方の十河 緋雨(ib6688)は、粘泥に関する提出資料を折々しながら、何か忘れているような気がする……としきりに首をかしげていた。が、最終的には「まぁいっか」という結論になった。
 ふいに緋那岐がリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)を見た。
「そういえばさ。随分めんどくさそうな書類を書いてたけど、あれなんだ?」
「ああ、研究内容を変えるって話をね」
「難しかったとか?」
「違うわよ。ただちょっと……色々とね。元々、怨霊はどの程度生前の記憶を保持できているのか、を調査するつもりで、ひいては――とか考えてたわけだけど……生成と鬻姫の一件以降、あっち方面でアプローチする気は失せたのよねぇ」
 あれほど面倒くさい怨霊の上位結晶体を、いくつも相手にしていては命がいくつあっても足りない。
「だから研究は治癒符の改良にしたのよ。色んな人が挑戦している分野だけど、私の目標はもっと高い場所に置いたわ。みてなさい」
 ヴェルトが胸を張る。
 ふぅん、と緋那岐が興味深げに相槌をうつ。
「そっちはどうなんだ」
 隣を歩くリオーレ・アズィーズ(ib7038)も研究内容を変えた一人だ。
「ええっと。今までのも興味深いのですが、白螺鈿周辺の惨状を見るに、瘴気の実の研究は喫緊の課題ですので……瘴気の木の実について研究を纏めていきたい所存です」
 セレネー・アルジェント(ib7040)は「私は地縛霊について少し」とだけ答えた。
 そして御樹青嵐(ia1669)は難しい顔をして悩みこんでいた。
 独り言が多い。
 ひとまず進級はできたので一安心だが、終わった試験を思い起こしては『どう今後にいかすべきか』を考えているらしい。難しい顔をしている御樹の肩を、露草(ia1350)がぽふりと叩いた。
「ともかく提出も終わったことですし、皆で張り切って修理に参加しましょう」
「そうですね」
 ネネ(ib0892)が元気よく「いざ改修のお手伝いへ!」と叫んで走り出す。シャンピニオン(ib7037)が後を追う。
「皆で協力して一つの事をやるのは楽しいですね」
 穏やかな表情を崩さない八嶋は「楽しいです……が」と前置きして、先日まで穴があいていた床を眺め、自ら釘を打った天井を見上げる。
 五行の国家予算が大きく復興に傾けられ、公的機関は後回しとなり、玄武寮の修理もまた、寮生たちが殆ど自力で修理していた。雨漏りや染みがあったとしても、それだけ思い入れのある学び舎になったといえば味わい深い……が、今回は寮生が授業に使う備品とは言え、飛空船だ。命を預ける乗り物を、自ら修理せなばならない。
 厳しい現実を前に、八嶋の眼差しが明後日の方向に向かってしまう。
「素人がやってると思うと、少しだけ心配です」
「右に同じでございまする」
 寿々丸が、白い耳をぺっしょりと垂れた。
「とにかく一つ一つ丁寧にいきましょう。まぁ最終的に飛べば良いですよね!」
 さらりと恐ろしい冗談を飛ばす。
 帰路は相棒で帰ってくる程度の根性はいるかもしれない。人妖嘉珱丸を肩に乗せた寿々丸が唸った。
「寿々では、何が必要か分かりませぬ故。此処は専門家に聞くのが得策かと思いまする」
 八嶋が「同感ですし、私も聞いてみようかと思いましたが……様子を察するに雇う予算はないのだと思います」と肩を落とす。
「で、では。雇うのが無理でも指南を受けたり、専門書だけでも!」
 どのみち飛空船の状態を確認するのが先だ。
 常磐が手を挙げた。
「じゃあ俺、厨房で弁当を作ってから行く。先に行っててくれ」
「私もお手伝いしましょう」
 御樹も栗ご飯用の栗をもっており、食堂の方へと消えた。


 発着場で目の前に鎮座する飛空船は、見るからに老朽化していた。
「予算も限られてるだろうから贅沢言えないけど……ボロいわねぇ」
 ヴェルトはしみじみと呟いて飛空船を眺めた。
 合戦でないにしても開拓者がギルドから借りる商用飛空船ですら、もう少しまともな気がする。
 呆然としていたゼタル・マグスレード(ia9253)が正気に戻った。
「修繕箇所を見て、手分けして整備にあたろうか」
 夜光虫で薄暗い船内を照らす。
 白墨を持った八嶋はぎしぎしと撓る床に不安を覚えつつ、人魂で子ネズミを象ると、配管の中に放り込んだ。
「まず船内の点検をしましょうか。配管関係をやるとしましょう」
 視界を鼠と連動させ、詰まっている場所や亀裂のある場所を見つけて印をつけていく。
 同じく白墨を持った寿々丸は、鞠を床に転がして水平かどうかを調べたあと、煙管の煙で隙間風などを確認しはじめた。同時進行で色々すすめるべく、船外の壁の点検を人妖嘉珱丸に頼みこむ。
「寿々の頼みとあれば、仕方なかろうな」
「宜しくお願い致しまする」
 十河は「船の根幹である竜骨を確認しておきますよー」と言った。
「いざとなって墜ちるのはヤなのでキッチリやっておきますかー。もし割れてたら廃船にしてほしいもんですねぇ」
 更に緋那岐とシャンピニオンが、飛空船建造当初の見取り図を操縦室からひっぱりだし、手分けして今と昔の違いを書き込んでいく。
 目に見えて老朽化した箇所を調べているだけで半日が過ぎていった。


「お疲れ」
「お疲れ様です」
 玄武寮で弁当を作っていた御樹と常磐が、昼を少し過ぎた頃に合流を果たした。
 自前の重箱には、栗ご飯のおにぎり、金平牛蒡、焼き茄子など季節の料理が敷き詰められていた。横には麦茶を詰めた水筒もある。
「お待ちしておりましたぞ常盤殿〜」
「少しは食べないとバテるぞ。寿々。……この船、本当にアレだよな。そこ穴開いてるぞ」
「腐っていたそうです。午後には塞ぐそうですぞ」
「そっか」
 皆に食事を手渡しながら、点検の様子をアレコレ聞いた常磐が、飛空船と相棒の紅玉を一瞥する。
「……木材は結構、必要そうだな。運ばせるか。塗装も防水にした方が良いのか……あ、そうだ」
 懐から和紙を一枚取り出してマグスレードに渡した。
「あとこれ。近くで資材を安く売ってる場所、聞いて来た」
「ありがとう。助かる」
「それにしてもですね」
 オカンよろしく割烹着姿のままな御樹が、栗ご飯を茶碗に盛り付けながら真剣な顔で飛空船を振り仰ぐ。
「整備ですが……動作関係を徹底的に検査することも必要だと思います。用途が用途だけに、いざという時に動かない、となれば、まさに生死問題になりますから」
 緊急脱出したいのに、緊急脱出できなくなる。そんなロクでもない事態を想定して青くなる面々。
 だが幸いにも、その心配はない。
 各種宝珠と計器類の動作確認は十河が確認していた。
「大丈夫みたいですよー。最低限、動くのは確認しましたー」
「左様ですか。内装の具合はいかがです?」
 ふ、とヴェルトが微笑む。
「腐った床板はがすのは、なれたものだったわ。畳ほどじゃなかったけど」
 ヴェルトの隣で八嶋が明後日の方向を見る。
「となり部屋の床も、腐っているようなら……床板は全部張り替えですかね」
「怖いこと言わないで。でも可能性はあるわね。床下からの確認はギンコにさせるわ」
「うう、ホコリとクモの巣地獄! でも頑張りますー!」
 羽妖精のギンコは人では手の届かない部分の確認や、掃除を担当した。
 皆そろって、ふと玄武寮修理の日々を思い出す。
 あれも大変だったが、こちらも大変だ。
 専門的な事はわからないにしても、やることがわかっている今の作業は楽だ。印のついた板全てを撤去したら、次は一部塗装の塗り直しが待っている。
 おにぎりを口に押し込んだシャンピニオンが「ところでさー」と言って、皆の前に整理した見取り図を持ち出した。
「これ、今の船内図なんだけど、貨物庫とかやたら大きいし、どこにどんな設備入れるか話し合わない? まとまった意見は寮長に提出してみるよ。魔の森探索には色々用意もいるし、必要な物資を積んでいける倉庫とか、休憩できる部屋とかもあるといいよね」
 夢、膨らむ。
 常磐が「飛空船の中にも本棚は欲しいよな」と呟いたのをきっかけに、皆がささやきあう。
 この商用飛空船はギルドの所有物ではない。
 玄武寮の備品なのだから、今の寮生に有意義な船を目指すことができる。
 アズィーズは「冬もすぐでしょうし、可能な限り頑丈にしたいですわね」と魔の森での運用を想像する。
「保存食や水を積んでいく格納庫は欲しいです。危険に対する備えを手厚く」
 格納庫、ときいたシャンピニオンがさらに別の一覧を書き上げていく。
「搭載するのは水と食糧、治療道具、燃料……相棒達の食べ物とかも、予備に少し積めるといいな。食料庫と倉庫は別がいいかな」
「そうですね……」
「よろしいですか、皆さん。厨房の充実と食糧庫の確保は必要不可欠です。やはり日々の気力の維持には食事が重要ですからね」
 しゃもじ持って訴える御樹の姿に説得力があった。
 緋那岐やアルジェントも調理場充実に一票を投じた。
 あれこれ悩んでいたネネは防水布の袋で作った水桶を沢山積みたい、と話す。木桶などは場所をとるので軽量化と携帯性を考えたようだ。
 マグスレードが箸を掴んだまま茄子を睨んでいる。
「希望する船内設備か。そうだな。魔の森で採集した物を一時保存しておける、気密性の高い保管庫も提案したい」
 露草が保管庫ときいて瞳を光らせる。
「現地で纏めた資料とか、必ず守るべきものですよね!」
「そうだな」
「じゃあ資料を守れるくらい頑丈な書類入れ、後で作ってみましょうか。いざという時に持ち出せたりすぐできるように」
 気分は防災訓練だ。
 アルジェントも手を挙げる。
「頑丈保管庫は私も賛成です。帰還時に消毒の必要性があるかもしれませんし、居住区間からは遠ざけて独立させて、この際ですから個室の割り振り……は、お風呂。そうですよ。お風呂を男性用と女性用でわけなければいけません!」
 ふいに思いついた男女別の風呂の有益性について力説する。
 ついでに部屋も個室を持とう、という話が一度はあがったが、残念ながらそこまで空間を確保できそうにない。ひと部屋につき二人から四人前後になるだろう。其々の私物をしまえる鍵付きの箪笥が望ましいのかもしれない。
 シャンピニオンが皆の希望をまとめていく。
「あと休憩室には、くつろげる椅子とか寝具とか置けないかな。危険な場所に赴くんだから、救護室も必要だと思うんだ」
 そんな夢あふれる癒しの昼食時間は瞬く間に去り。
 空になった重箱をしまって立ち上がった常磐は、炎龍の手綱を引いた。
「紅玉、行くぞ。今から重い物を運ぶけど……お前なら出来るよな」
 主人達の圧力に、果たして相棒達は何を思うのか。


 粗方の点検を終えた午後は益々、力仕事の度合いが増した。
 例えば八嶋は龍の燭陰を踏み台がわりに、なんとなくザクザク刺さる視線を感じつつ、配管の錆を落とすのに専念した。内部まで腐食していた部分はいずれ穴が開く為、今のうちに交換しておくのが望ましい。
 緋那岐のからくりの菊浬は、意味不明な歌を口ずさみながら釘を打っている。
「カナヅチ片手にトントントン〜、弁当片手にトンチンカン〜」
「菊浬〜、終わったらこっち手伝え〜」
 近くではマグスレードも補修に勤しんでいたが、何度も指を打つ不器用っぷりを発揮していた。涙目で「こういう作業は苦手だ」と呟いている様子から察するに、得手不得手を理解しつつも挑む根性はあるらしい。
 苦悶に歪むマグスレードの様子を目撃した露草は、金づちを握り締めたまま固まっていた。目元が心なしか潤んでいる。
 異様な熱視線に「露草君、何故そんなに嬉しそうなのだ」とマグスレードが問いかけたが、返事はなかった。
 ただ露草は胸の内であることを誓った。
『男性の憂い顔……すばらしい! 仲間に今の一瞬を流せるように纏めておきましょう。ふふふ』
 本人のあずかり知らぬ場所で妄想の餌食。
 その頃、御樹は長時間を過ごす事になりそうな台所をつきっきりで心ゆくまで掃除していた。
 賑やかな空気の中で進む修理。
 実際の修理や補修は、いずれも一日二日でできる仕事ではない。
 けれど毎日少しずつ修理を続ければ、秋のうちに調査に繰り出せそうな希望が見えていた。


「暗くなってきたし、今日はここまでだね。みんなー! 続きは明日だよー!」
 シャンピニオンが茜色の空を見上げつつ声を張り上げた。御樹たちが疲れた顔で飛空船からでてくる。
「塗装の直しだけでも何日かかかりそうですね」
 ふとシャンピニオンが「そういえばね」と言って手荷を探った。
 取り出した和紙には、愛らしい亀さんの絵が描かれている。
「じゃーん! 玄武寮の船だから『玄武』の絵を入れたらどうかなって思って、ボクなりに親しみやすく描いてみましたー!」
「上手ですね」
「よろしいのではないでしょうか」
 戻ってきたアズィーズやアルジェントが図案を覗き込む。
 御樹が、飛空船の広い側面を見上げた。
「全ての整備が終わりましたら、どこかに最後に玄武寮の船とわかる徽章を入れましょう」

 この船で旅する日々も、そう遠くないに違いない。