盆地でたこ殴り隊〜炎鬼〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/09 10:48



■オープニング本文

「ヒマだ」
 膨大な依頼が貼り出されたギルドの壁を見上げた。
 世の為、人の為と心躍らせて精霊門をくぐったのは、遠い昔のように感じる。

 開拓者は自己葛藤を続ける存在といえる。
 転職を繰り返して肉体改造に磨きをかける者。鍛冶屋の屑鉄量産に耐えて、一般人の年収にも匹敵する武器や防具を強化し続ける者。本来は希少価値の高い相棒収集に明け暮れる趣味人も現れ、例えば里対立を生み出したと言われる人妖や、極めて稀な発見と言われた羽妖精も、神楽の都の開拓者ギルドへ出かければ、ほぼ必ず目にできる。
 そんな環境下において、強きを求めた開拓者の何人かは惚けていた。

 燃えつき症候群、という奴である。

 ひがな一日、依頼書が張り出される壁を眺め、己の腕や知恵が発揮できる依頼を探し続ける。日が沈む頃になると鍛冶屋で武器や防具を強化し、夜になると拠点で仲間と夜明けまで喋り倒す。
 彼らの目が輝くのは、大抵が上級アヤカシや大アヤカシが蠢く戦時が殆どだった。
 人生の中で肝心な事は『生きることにあきない』ことである。行き場のない力を持て余す開拓者たちが日々増加していた中で。

「夏バテの解消には、暴れるしかないと思うんだ」

 誰かが唐突に呟いた。
 暑さは人の思考を麻痺させる。
 自然現象への苛つき。どこにもやり場のない怒りを、思う存分にぶつける相手はアヤカシしかいない。そこでつい水系や氷系のアヤカシを探して涼をとりたくなる訳だが、これは逆に涼しさを求めて、ついアヤカシに頬をよせたくなってしまう。
 心の油断が我が身を危険に晒しかねないので、ぐっと我慢する。
 あっつい。
 この怒りの矛先を向けるには、暑苦しいアヤカシがいい。
 暑い時は鍋を喰らえ! というではないか。
「あのぉ」
 声の主は、様子を見ていた受付だった。
「五行の魔の森から現れた炎鬼が、盆地を横断しているそうです。よろしければ退治をお願いできませんか? 現地までは商船で移動を……」
「まかせておけ!」
「私も行こう!」
 次々と開拓者が現れる。
 僅か数分で『盆地でたこ殴り隊』が結成された。
 携帯食料や装備品、連れて行く相棒の話で盛り上がりながら、彼らは依頼書を握りしめて去っていく。
「鬼狩りだー!」
「ひゃっはー!」

 暑さで感覚が麻痺した彼らは、すっかり忘れている。
 盆地は平野より遥かに暑い、ということを。


■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
皇・月瑠(ia0567
46歳・男・志
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
藤丸(ib3128
10歳・男・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武


■リプレイ本文

●暑い
 飛空船の中は蒸していた。
「……これだから天儀の夏は好きになれないのよ」
 胡蝶(ia1199)、身動きせず。
 これでも直射日光があたっていない分だけ、まだマシ、だというのだから……盆地の荒野に出たらどうなるのか考えたくもない。
 近くの緋那岐(ib5664)は、ぼーっと虚空を眺めていた。
 暑さ故ではない。
 なぜ自分がここに居るのか分からない。
 最後に覚えているのは、夕食を何にするかという事に関してだ。気づいたらギルドに足が向き、手頃な依頼に申し込んでいた。人間、習慣というものはなかなか治らないものらしい。首をひねって暫く考え込み、緋那岐が導き出した答えは「ま、いっか。さくっと済ませて帰ろ、うん」だった。
 忍犬の疾風は、やれやれ顔で主人を見ている。
 隣の戸隠 菫(ib9794)もまた、気づいたら習性で依頼を受けていた派の人間である。
 ぼんやりする頭で『アル・カマルの方がマシな可能性があるよね』と考えはするものの、口に出す気力はなかった。
 気力も体力も、根こそぎ熱気に持っていかれる。
「頑張ろう、うん」
 一方リィムナ・ピサレット(ib5201)は炎龍チェンタウロに背負わせる荷物を選別しながら、外を見た。
「こんなに暑い中、炎鬼と戦うのか〜、……暑さ対策してったほうがいいね」
 しかし大した対策はできない。
 皇・月瑠(ia0567)は糸目を険しく細めていた。
 隣で駿龍の黒兎がガウガウ何か言っている。察するまでもなく暑さのことだろう。
 労苦を共にしてきた相棒の言葉だ。意味はわかる。
 しかし無視。
 暑いと思うから暑いのだ。皇はそう考えていた。
 心頭滅却すれば火もまた涼し。心で名文を連ねて、心を沈める。
 まだ暑い。だめだ。暑くてたまらない。心頭滅却できない皇の脳裏に……ふいに浮かんだ冷酒の思い出。キンキンに冷えているのがイイ。勿論つまみも大切だ。網で焼いた牛肉。濃厚なタレにつけた鰻でもいい。鉄板でジャンジャン焼いた料理の数々を思い浮かべ「たまらない」と呟いた皇の顔はゆるみきっていた。
 心頭滅却を心がけた結果、暑さより煩悩に染まった。
 皆を観察しつつ、からくりの穂高桐が冷静に呟く。
「しかし暑さか」
 多少の体感はあるにせよ、からくりには縁遠い感覚だ。
「暑いとは思うが、気候に歪みが出ない限りはどうと言う事は無い。後は、相棒の頭に水を掛けて冷やしてやるくらいか。しかし、現地では水がお湯になって逆効果になりそうな気もするがね」
 相棒の分析に、戸隠も「そうだね」と返す。
 例えば撒いた水は大地の熱を吸い取って気化し、地表の温度を下げてくれる。しかしながら蒸発するという事は、その場にいると蒸し風呂と変わらない。
「湿気が増して、不快感が増すんだね……頭痛いけど、頑張ろう。うん」
「ちなみにな」
 突然、皇が喋った。
「暑さには水分の補給もだいじだが……塩分の補給も重要だ」
 同じ意見の藤丸(ib3128)と皇が握手を交わす。男たちは分かりあった。
 そして炎鬼を二百メートル先の位置に捉えた一行は、飛空船から大地へ降りた。


 カッ、と突き刺さる日差しが痛い。
「なにこれ暑い?!」
 藤丸は大量に持って来た岩清水を浴び、迅鷹の竜胆が焼き鳥にならぬよう、自分よりも沢山の水をかけた。そしてそのまま仲間の龍の背中に乗せてもらう。勿論、荷物の影に。
 戦いで頼れる気配はゼロに等しいが、熱中症になるよりマシだと思ったらしい。
「……あづぁー……」
 言葉と呻き声を混ぜたような声を発し、フィン・ファルスト(ib0979)はぐんにょりと上体を傾けた。
 暑い。猛烈に日差しがキツい。そしてジルベリア育ちの白い肌は、鎧の隙間から差し込む光で、斑色に焦げていた。甲冑を脱いだ途端、変な色になっているに違いない。
「ヴィー、水、水ちょうだい……」
 迅鷹のヴィゾフニルが「くぁ」とひと鳴きして、上空から岩清水を散水する。
「うっわーあっちー!」
 燦々と輝く太陽。
 なんてもんではない。猛烈に暑い。
 人はこれを刺すような暑さだと例えることもある。煮える。むしろ焼ける。
 ピサレットは「脱いでこよ」と叫ぶやいなや炎龍の物陰で着替えた。身につけているのは前掛ビキニ、魔法帽、羽草履、陰陽の指輪のみ。多少は涼しくなった気もする。
「みんなー、水着はちょっぴり涼しいよ」
 炎龍チェンタウロがうなだれているのを見て、ピサレットは「頑張れチェン太」とウロコを叩く。
「……倒したら、……倒したら帰れる」
 呻く藤丸の茶色い巻き尻尾が垂れている。全く元気がない。
 さらに言えば、普段はぴんと立って忙しなく動く犬耳も、しょぼーんと垂れていた。
 人間よりも体毛の多い神威人には拷問に等しい。藤丸はとっとと仕事を済ませて水風呂に入りたい気持ちで一杯だった。
 ヘラルディア(ia0397)は深い溜息をこぼす。
 この時期暑いのは世の常。
 とは思いつつ、あいにく我慢できる暑さではない。
 ついつい愚痴を零したくなる仲間の気持ちには同意だった。
 最近、心の奥底に溜まった澱を吐き出す為にも、叫びつつ全力を投じるのはやぶさかではない。
「わたくしにできる限りで参戦いたしますね。まずは鋭気を養う為にも、皆様冷えた水をどうぞ」
 喉を潤し、八人は三班に別れた。
 一人で仕留めに行く者と、仲間で一掃するための班に。


●あえて火中の栗を拾う
「……だああ! もうアイツいるだけであっつい!」
 愚痴りつつも、ファルストの視線が炎鬼へ注がれる。
 長い間、開拓者という仕事をしていると、自然とアヤカシの種類を覚えたり、敵の力量を推し量れるようになっていく。
『中級くらい、かな?』
 たったひとりで戦うと決めたものの、どの程度通じるのかは挑んでみなければわからない。
 ファルストは気合を入れるつもりで『うし、頑張ろう』と心に念じた。
 炎鬼が棍棒を持ったままコチラを見ている。
 ファルストは携帯品から岩清水を取り出すと、じゃぼじゃぼと頭から浴びた。ついでに飲んだ。
 様子を見ていた炎鬼が、試しに炎を吐きつけてきたが、三十メートル以上離れていたので被害はない。しかしファルストは何を思ったのか、腕輪キニェルを顔の前に掲げて猛然と走り出した。
「燃えろ! あたしの魂、鬼神の如くぅ!」
 正面へ走れば当然、放火される。
 再び吐きつけられた業火が大地を焦がし、ファルストに襲いかかった。
 腕輪に取り付けられた円盤盾は、直径二十センチ。
 面積的には顔面しか守れないので炎を浴びる。
「あづあああああああああ!」
 しかし!
 悲鳴に対してファルストは殆ど焦げていなかった!
 炎の直撃を浴びながらも全身鎧は炎を弾き返す。強いて言うなら鎧の中が、蒸し風呂のような高温になる事を除いては、全く支障なくファルストを守りきった。
 炎を浴びても猛然と向かってくるファルストに気づいた炎鬼が、豪腕で棍棒をひと振りする。
 激しい衝突に、盾は耐えた。
「かあああ!」
 鬼神の如き威圧感を放ちながら、ファルストの両手に輝く騎士剣が足を薙ぐ。
 炎鬼の片足に深い傷を作ったものの、分断するには至らない。
 炎鬼は自らが不利と悟るやいなや、棍棒でファルストの死角から胴へ打撃を咥えた。
「かはっ」
 呼吸ができない。
 鎧に大した傷はないが、強烈な一撃と振動は、ファルストの動きを鈍らせる。
 その隙をついた炎鬼は……全力で逃げ出した。
「ぐ、痛っ――って、こらぁ! 逃げるな!」
 全力で逃げる相手を、全力で追いかける。
 ファルストの騎士剣が燐光を帯びた。
「逃げるなって……言ってるのにィィィイ!」
 剣は炎鬼の股から脳天を貫いた。
 切断面が塩に変じて、炎鬼が崩れていく。
 ずぅん、と重い音がして地に伏した炎鬼は、それでも尚、腕を動かす。止めを……と剣を掲げた刹那、迅鷹のヴィゾフニルが岩清水を炎鬼にぶつけた。
 超瀕死だった炎鬼、滅びる。
「ちょっとヴィー! あたしの見せ場が……もういいや、水、水を頂戴」
 ファルストは頭から岩清水を浴びた。


●一方的な鬼ごっこ
 藤丸は目を凝らす。八十メートル先に炎鬼がいた。
 じっと此方を見ている。
 待ち構える炎鬼に向かってスタスタと歩きながら、紅い彼岸花が描かれた飴色の弓を構えて、矢を放つ。2本の弓は恐るべき距離を飛んだ。八十メートル先の炎鬼を貫く。
 炎鬼は待っていては狙い打たれると判断したのか、藤丸に向かって走り出した。
 しかしながら藤丸と炎鬼の距離、八十メートル。
「よっと」
 再び2本の弓が炎鬼を狙い打つ。
 炎鬼が十秒間ほど全力で走っても、未だ五十メートルの距離が二人を阻む。
 火炎噴射は三十メートルが限界だ。
 もう十秒ほど走らないと届かない。
 藤丸は炎鬼に微笑む。足に気の流れを集中し、今度は藤丸が逃げ出した。
「わーはっはっは、つかまえてごらんなさぁーい。おーりゃー!」
 思わず芝居がかった台詞を連ねながら、弓を引いた。
 一本の矢が炎鬼を貫く。
 シノビの仕事をしていて最も便利なことの一つが、走りながらの攻撃に適した技術である、と藤丸は自負していた。全く縮まらない藤丸と炎鬼の距離に、不毛さを察知したのは炎鬼だった。
 ブスブスと矢に貫かれた体を抱えて、全力で逃げ出す。
「……って、こらぁぁぁ! 俺から逃げられると思うなよ!」
 足に気を集中し、全力で逃げに徹する炎鬼を追いかける。
 追いかけながら弓矢を放つ。
 重ねて申し上げるが、華妖弓の射程は八十メートルである。
 矢を命中させる技術が、よほど下手でない限り、この距離で体長3メートルの巨体から狙いを外すことはない。暑さでゴリゴリ集中力が奪われているにも関わらず、藤丸は炎鬼の火炎放射が届かない絶妙な距離を維持して、ひたすら矢を放った。
 それはある意味、いじめっ子を彷彿とさせる容赦のなさだが、相手はアヤカシなので遠慮はいらない。
 実に七本目の矢が刺さった刹那、炎鬼は瘴気となって砕け散った。
「竜胆!」
 翼を広げ、嘴も広げ、足も広げて地に伏し、焼き鳥寸前の相棒を呼ぶ。
 何故かアヤカシを倒した後だというのに、藤丸は同化を迫った。
 煌めく翼が背中に生える。
「こんなトコ、いつまでもいられるかああああ!」
 ばっさばさと上空に羽ばたく!
 照り返しのない上空は、太陽の光こそ強いものの、地表より遥かに涼しかった。
 調子にのって岩清水を頭や首筋などに浴びまくり、水も滴るいい男になってみたが、空の散歩は僅か二十秒しかもたなかった。
 練力のご利用は計画に。


●短期決戦に挑め
 ピサレットは戦域の遥か後方にいた。
 何をするかと思いきや、自前の風鈴を炎龍のしっぽに飾り付けていた。リー―ン、リ――ン、と涼しげな音をたてるものの、戦域の爆音で全く皆の耳に聞こえなかった。

 一方、暑苦しい炎鬼を前にした緋那岐は、危機感により距離を見極めていた。
 炎鬼と対峙したのは一度や二度ではない。あれはやばい、マジでやばい、と威力だけは覚えていたので、四十メートルほど離れた地点で符を構え、獰猛な九尾の白狐を2頭召喚して嗾けた。
「こういう時は短期決戦! まるごと焼ききつねになりませんように!」
 のんきな声に対して、放たれた白狐は抉る様に炎鬼を切り裂き、一撃で葬り去った。
「二体同時とは、流石でございますね」
 様子を見ているヘラルディアの賞賛に対して、緋那岐は「しかしこれには問題がある」と胸を張った。
「問題?」
「かなり練力を食うから、あと2体ぐらいしか召喚できない!」
 大技といえど欠点はある。
 戸隠は岩清水を頭からぶっかけながら、身長を超える槍を手に身構える。敵の数が多いので、接近の機会を推し量らねばならない。長丁場になることも覚悟して、練力の効率的な配分が必要になる。
「備えて桐」
「あたし防御は低いしね……そんな事も言ってられないだろうけど」
「いいから。狙っていくよ」
 からくりの穂高桐に準備を促すと、戸隠はキレのある動きで両手で印を組んだ。戸隠の指から精霊力が溢れていく。それは湧き出す泉のように体を覆い、影のような存在に変わった。
 ふらりと戸隠が動くと、体は風に揺れる柳がごとき動きを得る。
 後方の胡蝶もまた敵に狙いを定める。
「暑いけど、気合入れて行くわ」
 ジライヤを封じた符を指に挟み、精神を集中する。
「ゴエモン、おあつらえ向きの相手よ。派手にやりなさい!」
 ジライヤの実践訓練相手に不足はない!
 と期待している胡蝶の前で、ゴエモンの長ったらしい口上は延々と続いた。
「おうおうおう、オレこそがお嬢のジライヤ! 天下のゴエモン様だ! どいつもこいつも暑苦しい顔並べやがって覚悟しやがれぃ! そんな邪魔くさい棒っ切れ、オレが吹っ飛ばしてやらあ! 鍛え抜かれた俺の……」
「喋ってないで戦いなさい!」
 ジライヤという相棒は性質上、召喚者が全ての神経を集中させ続ける必要がある為、召喚しながら戦ったりはできない。つい気を抜くと、相棒を片付けてしまいかねないのだ。
 そんなジライヤの目の前で。
「焚付にしてくれるわ!」
 皇が山姥包丁を振り回し、叫びながら突進する。
 誰もが『アヤカシを食う気だ!』と男の背中に戦慄した。ところで奇跡か偶然か、うまい具合に、皇は吹き付ける炎を避け切った。肌を焼いた程度で怯む男ではない。皇は脳裏に鉄板焼きを思い浮かべながら、三十メートルの距離を疾走する。

 その頃、炎龍を飾りつけたピサレットは、仲間の遥か後方で、借り物の木桶に携帯品の岩清水を取り出しては、じゃーぼじゃぼ注いでいた。

 緋那岐が再び白狐を放ち、二体の炎鬼を消滅させる。
 緋那岐一人で四体葬っていたが、まだ残りの炎鬼は健在だ。
 ヘラルディアが見守る中、戸隠が動いた。
「いくよ、桐!」
 この時を待っていた。
 戸隠は流麗な動きで大地を駆ける。炎をかすめても怯みはしない。
 一方、皇は炎鬼に焦がされつつも足元に到着していた。
『機動力を奪えば、ただの木偶だ!』
 皇は素早く足を踏み出し、山姥包丁で足を狙う。
 どう見ても傍目には炎鬼を食おうとしているようにしか見えないが、皇は至って真面目だ。
 炎鬼を薙ぐ包丁。しかし相手の近距離に迫るということは、他の炎鬼にも狙われることになる。一度、二度の打撃には耐えても、集中攻撃には耐え切れない。
 その時、駿龍の黒兎が横から炎鬼に体当たりした。騒がしく唸って威嚇している。
 同じ頃、胡蝶がジライヤに指示を出した。
「仲間を巻き込まないで! 単体を狙いなさい!」
 火炎の射程ギリギリに立ったジライヤのゴエモンは、大きく息を吸い込んだ。そして熱された大気を口の中で旋回させて、炎鬼に向かって放つ。竜巻と化した二つの渦は炎鬼を飲み込み、真空の刃で無数に刻んだ。

 その頃、全く戦わないピサレットは、氷霊結で手頃な氷を作っては桶に叩き込んでいた。

 話戻って。
 緋那岐が「氷龍どーん!」と言いながら符を翳したが、ぱしゅん、と情けない音を立てて消えた。
 練力不足により、発動ならず。即効で戦域外に逃亡する。
 ヘラルディアが様子を見守る。
 接近した戸隠が槍を掲げて瞑目する。すると瞬く間に火炎の幻影が槍を覆った。
 燐光が散る。
 本物の炎ではない為に暑さはないが、これにより槍は精霊力を宿していた。
 鋭利な槍が炎鬼の胴を貫き、戸隠は踊るような動きで槍を引き抜き、炎鬼の肉を裂く。
 攻撃を畳み掛けるべく、再びジライヤのゴエモンが大気を吸い込んで竜巻を発生させる。
 最後の炎鬼は、風の渦の中で無残に散った。


●そして暑い
 日差しが肌を刺す中で、胡蝶はジライヤを見上げ満足そうに笑う。
「十分な戦果ね。戻りなさいゴエモン」
 自らは出る幕がなかったが、実践訓練の目的は存分に果たした。
「あれぇ? みんなもう倒しちゃった?」
 ちなみにピサレットが延々と用意していた水は『水かけ祭り』と称して戦う仲間にかけて回る予定の水だったが、準備の時間より倒す時間の方が早かった。
 皇の限界ぶりを察した駿龍の黒兎は、首根っこを加えてヘラルディアの所へ運ぶ。賢い。
 戦いを終えて地に崩れる仲間を眺めた後、回復作業を終えたヘラルディアはじっと手を見る。
『……やはり、これだけの量の練力は持て余しましたか』
 そしてヘラルディアの管狐こと百地は暑さにへばっていた。
「巫女の誰か……帰りの船に乗ったら、私に氷嚢作って」
 声の主は、ぐったりしている胡蝶だった。
 頭から岩清水を被っている。戻ってきた藤丸やファルストも右に同じ。
「帰る、オレお風呂はいる」
「川! あたし、まず川がいいと思います! 水!」
 ちなみに助けを求める胡蝶の声を聞いた結果、ヘラルディアが帰りの船で用意したのは、氷で作った板に布をかぶせた氷布団だったという。