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■オープニング本文 「ほんとごめん!」 子供達の前で人妖の樹里が平謝りしていた。 「手違いだったの。騙す気はなかったのよー!」 +++ 神楽の都、郊外。 寂れた孤児院に隔離された、志体持ちの子供たちがいる。 彼らは、かつて慈悲深き神を名乗った大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んでいた。 自らを『神の子』と信じて。 子供たちは自我が芽生えるか否かの幼い頃に本当の両親を殺され、親に化けた夢魔によって魔の森へ誘拐された『志体持ち』だった。浚われた子供達は、魔の森内部の非汚染区域で上級アヤカシに育てられ、徹底的な洗脳とともに暗殺技術を仕込まれていたらしい。成長した子供達は考えを捻じ曲げられ、瘴気に耐性を持ち、大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んで絶対の忠誠を捧げてしまう。 偽りの母である生成姫の為に、己の死や仲間の死も厭わない。 絶対に人に疑われることがない――――最悪の刺客として、この世に舞い戻る。 その悲劇を断つ為に、今年81名の開拓者が魔の森へ乗り込んだ。 里を管理していた上級アヤカシ鬻姫の不在を狙い、洗脳の浅い子供たちを救い出して、人里に戻したのである。 しかし。 救われた子供たちを一般家庭の里子に出す提案は、早々に却下された。 常識の違う子供たちが里親に害を出さないという保証は、まるでなかった。 洗脳は浅くても、幼い頃から徹底して戦う訓練を積まされた子供たちは、人間社会の常識を知らない。 日常生活を通した訓練による体力増強、度重なる友殺しの強要で痛む心を忘れてしまった。 子供たちはアヤカシに都合の良い価値観の中で、その人生の大半を過ごしてきた。 殺すことは美徳だった。 『子供たちの教育には、長い時間がかかります』 生成姫に関する研究の第一人者である封陣院分室長、狩野柚子平(iz0216)は子供の未来を案じる開拓者にそう告げた。 少しずつ、根気強く、正しい『人の道』に戻すしかないのだと。 だから毎月。 開拓者ギルドや要人、名付け親のもとに孤児院の院長から経過を知らせる手紙が届いていた。 +++ ところが一度手紙が途切れた。 原因は、主要施設と孤児院を結んでいた人妖の管理ミス。 ほぼ一ヶ月遅れて届いた手紙を手に、そわそわしながら孤児院へ出向いてみれば、そこには剣呑な眼差しの子供たちに取り囲まれる人妖がいた。 遠巻きに様子を眺める開拓者たちは「……あれは何をやってるんだ」と首をかしげていた。 子供たちは開拓者の来訪に気づかない。それくらい声を荒げて人妖を取り囲んでいた。 状況を把握するべく、じっと耳をすませてみる。 「やーだー!」 「わああああん」 「絶対にいくのー!」 「なんでー? 勉強したよー?」 「うそつきー!」 「約束したじゃない!」 「約束したよ! でも間違ったんだってば。嘘じゃないよう」 ははぁ。 開拓者たちは合点がいった。 「祭りの件か」 本来なら、先月末から今月上旬まで行われているはずの七夕祭へ子供たちは出かけられるはずだった。初めて許された兄弟姉妹でのお祭り参加。出店もできると聞いて、何をするか考えて、難しいお金の扱い方や接客も勉強した。 心底楽しみにしていた。 ところが子供たちは行かなかった。 正確には『行けなかった』というべきだろう。 約束の日になっても孤児院に人妖樹里はやってこなかった。人妖の樹里は各地で様々な業務を掛け持ちしていたので、後回しにしているうちに処理し忘れたのだ。世の中では、ままある現象である。しかし当然、地元の祭へ出店はできようはずもない。 まだ来ない、まだ来ない、と言っている間に七夕祭は終わってしまった。 よって人妖樹里は不手際の責任を追及されていた。 「おかあさまは決して約束を破らなかった。だけどあんたは嘘つきよ!」 年長者の結葉は感情が豊かな反面、激情しやすい性格だった。 手帳を振り上げた手は、明確に人妖の樹里を狙っていた。 「ひっ!」 見ていた開拓者たちが焦って止めに入ろうとした刹那、振り下ろされかけた腕を止めたのは、妹分のイリスだった。 「姉さん、ダメよ」 「何するの。あんたは引っ込んでなさいよ」 「怒るのはいいけど、許さなきゃダメって言ってたもの」 ねー、とエミカか相槌を打ち、和や仁たちも「戦うのはダメだよね」「うん」と首を縦に振っていた。エミカは蒼い首飾りを握り「お祭り行けなくて怒ってる人ー?」と間延びした声で手を挙げた。すると殆どの子供が手を上げる。 「じゃあ皆で目を閉じて、深呼吸しようね」 「なにそれ」 結葉たちが怪訝な顔で妹たちの行動を見ている。イリスが振り返った。 「怒りを許す方法なんだって。姉さんもしようよ」 「怒りを許す?」 「どんなに許せなくても、どんなに納得できなくても、自分が正しくても『折り合い』っていうのをつけないといけないんだって」 「折り合いって、なに?」 「わかんない。でも怒ったら罰しないで許していかないと、外の世界には出られないんだって。大人はみーんなそうしてるって。お姉さんやお兄さんたちが言ってたよ」 妹イリスの言葉に、結葉は押し黙った。 黙っていた同じ年長者の恵音が「イリス達の方が……正しいわ」と結葉の肩に手を置く。 「でも、樹里が!」 「樹里ちゃんが先に間違った……それも間違ってない。……でも、ここで彼女を殺しても……多分私たちが……『いらない子』になるだけよ。悪い子って言われて、不用品になっちゃう。私たちは……人の生活を学ぶ為に、ここにきた。戦うためじゃない。ここの規則は……里と違う。……わかるでしょ」 恵音の言葉に、結葉は何かを押し殺すように震え、手帳をしまった。 妹たちに言われたとおり、目を瞑って深呼吸して、元の表情に戻った。 「樹里」 「はひぃ!」 「私は怒ってるわ。皆、楽しみにしてた。準備を頑張ってた。だから許せない。でも許す」 「それ、どっち?」 「怒ってるけど許すのよ! 恵音やイリス達が罰しないって言ってるのに、私が罰せないでしょ! だから皆が納得できるように謝って」 仁王立ちで立ちはだかる結葉に、人妖の樹里がぺこりと頭を下げた。 「て、手続き間違ってごめんなさい」 「それだけ?」 「隣町の夏祭りの出店は申し込んだけど……これじゃだめ?」 「それ早く言いなさいよ」 どうやら大人が仲裁するまでもなく口論は静まったらしい。 日々の勉強の賜物だろう。 ぱん、と開拓者が手を叩いた。 「じゃあ皆。夏祭りの支度、始めようか」 「焼き鳥屋と自由市。どっちの担当かも決めないと」 蝉が鳴く空の下で、待ち焦がれた祭りが始まる。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / フェルル=グライフ(ia4572) / 菊池 志郎(ia5584) / 鈴木 透子(ia5664) / 郁磨(ia9365) / 尾花 紫乃(ia9951) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 萌月 鈴音(ib0395) / グリムバルド(ib0608) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / レイス(ib1763) / 蓮 神音(ib2662) / 紅雅(ib4326) / ウルシュテッド(ib5445) / ローゼリア(ib5674) / ニッツァ(ib6625) / パニージェ(ib6627) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) |
■リプレイ本文 孤児院で皆の心は踊っていた。 其々が祭の支度を整える中、まずパニージェ(ib6627)が仁たちにした事は褒めることだった。 膝を追って視線を合わせ、くしゃりと仁の頭を撫でる。 「よく覚えていたな。えらいぞ」 唐突かつ言葉の少ないパニージェの行動には、人妖樹里に対して許容できたこと、教えたことを確りと覚えていたこと、こちら側の決まりごとで判断できたことを肯定する意味があった。暴力以外の解決を見出した子供たちの成長を喜ぶ者は多く、何人かは祭でご褒美を考えていた。 「さて、支度はできたか」 「もう少し待って」 フェンリエッタ(ib0018)から海のお土産をもらったエミカとイリスは、おめかしの最中だ。 ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)が手際よくイリスの髪を編み込んでいくのを眺めながら、手伝っているケイウス=アルカーム(ib7387)がしきりに感心していた。 「ゼスはいろんな事ができるんだなぁ」 「もう昔の事だが……飾り立てられていたからな」 肩を竦めたヘロージオは、イリスにヘッドドレスをかぶせ、双子星の耳飾りで首筋を引き立たせる。エミカの耳には花雫の耳飾りが輝き、ヘロージオとアルカームの持ち寄った簪が艶やかな髪を彩っていた。 「2人ともすごく可愛いよ」 アルカームは周囲を見回す。 明希はリオーレ・アズィーズ(ib7038)にもらった浴衣「朝顔」を着て、結い上げた髪に枝垂桜の簪をさしてもらった。特別な格好をすると、やはり祭を強く意識する。はしゃぐ明希たちを眺め、白雪 沙羅(ic0498)が申し訳なさそうに囁いた。 「七祭に行けなくて残念でしたね。楽しみにしていたのに悲しかったでしょう。私からも謝ります。ごめんなさいね。その代わり、今日は沢山遊びましょうね!」 フェルル=グライフ(ia4572)は、幼いのぞみに手作りの浴衣を着せ、メイド姿の蓮 神音(ib2662)は、幼い桔梗にエプロンドレスを着せていた。 「ほらほら、桔梗ちゃん。これ可愛い」 「かわいー!」 ネネ(ib0892)はののを膝に乗せて、髪を綺麗にまとめ二つのお団子を結ってリボンで飾る。 「今日はお祭りを楽しみましょうね」 祭の会場についたフェンリエッタは、当番表を配る前に、最年長のアルドを昼番に誘った。昼は自由市のみにすると話し合って決めたので、料理が得意でない子も、お金の扱い方さえわかればいい。アルドと灯心は時間帯を交代した。 「じゃあまず出店のご近所さんに、皆で挨拶しましょうか。不慣れな所は教えて貰いましょう」 右左、前に後ろ。一日近くで働くのだから挨拶は欠かせない。 同業者へ挨拶して戻ってきた後、鈴木 透子(ia5664)は屋台周りを清掃し、火の元を確認してから、賑わう子供たちを眺めた。体験全てが勉強になる。そしてお祭りなので細かいことは言わないと決めていた。くるりと見回してアルドを見つけ、歩み寄る。 「夜は売り手の訓練ですね」 「うん。年長者は俺だけだし、しっかりしないと」 「もし失敗しても、誰でもする事ですよ。でも……買い物はできないと生きていけないと思います」 ぼそりと本音を呟いた。 无(ib1198)はアルドにお祭りの概念を教えた。 「まぁ御託は並べてみましたが、お祭りは楽しめればいい訳です。終わったら感じたことを教えて下さいね。さて最後の確認のようです」 「皆さん集まって!」 アルーシュ・リトナ(ib0119)は子供たちを集めて、改めて通貨の勉強会を開いた。 「……ですから皆さん。挨拶と笑顔を大切に。お金は大事ですから、大人も一緒に計算しますが、預かり用とおつり用の皿を準備して、しっかり受け渡しを確認して乗せて渡して下さいね」 お金の大切さを、ニッツァ(ib6625)も語った。 最後に締めくくる言葉を、リトナは決めている。 「以上で説明はおしまいです。これから当番表を配ります。昼間に出かける皆さんは、はぐれないように手をつなぎましょう。それとお小遣いの中で好きなもの、美味しいもの、綺麗なものを買ってください。沢山見て感じて選んで下さい、ね」 講習後、リトナは品物を50文刻みで整理し、種類ごとに分け始めた。品物と値段を書いた札が後の集計に役立つ。準備も忙しくなりフィン・ファルスト(ib0979)は暑さ対策で、大量の岩清水を運び入れていた。 忙しそうにしていた菊池 志郎(ia5584)は、煮出した麦茶と布巾を用意し、肉類の鮮度を保つために大量の氷を術で作り上げた。足りなかったら言ってください、と厨房準備の者たちに声を投げ、礼文や羽妖精の天詩に声をかける。 「夕の約束や夜の当番まで時間があるんでしたよね。一緒に昼は屋台を見て回りませんか」 「はい」 「わーい、あやちゃんといっしょー!」 羽妖精の天詩が礼文の頭にのっかった。 ジルベール(ia9952)達が星頼の手元を覗き込む。 「星頼は夜の番か。昼間は遊び回れるな。いい勉強になる。あ、もし店番の時に何か困った事あったら……テッドに話すんやで。行灯も皆で作ったらうまいこと出来たやろ。一人で頑張るんもええけど、誰かと一緒に頑張るんもええもんや」 ウルシュテッド(ib5445)が「ジルの言うとおりだな」と笑った。 「仕事をしていると誰しも間違うし、それを責めても双方つらい。皆、他人と関わりながら生きていく。なら、助け合って楽しみを見つける方がいいだろ?」 白雪も当番表を覗き込んだ。 「明希は夜番なのね?」 「うん」 「じゃあ昼の間にお店巡りをしましょうか。何か食べてみたいものはありますか? 芋料理は定番ですし、海の幸も美味しい時期です。食後にりんご飴とか綺麗で美味しいですよ」 私も行きます、とアズィーズが明希の手を繋いだ。右と左にアズィーズと白雪が立ったので迷子になりにくいし、万が一絡まれたりしても全力で守れる。 紫ノ眼 恋(ic0281)はがま口に小銭を入れて真白に渡す。 「沢山は買えないけど、欲しいものはこれで買うんだ。さ、いこうか」 頃合を見計らってローゼリア(ib5674)が両手を叩いた。 「さ、時間は限られておりますの。遊びに行ける方は参りましょう。お昼当番の方々は頑張ってくださいませ。お姉さまー、私達は準備できましたわ」 未来の手を繋いだローゼリアが、恵音とリトナに声をかける。 「あ、少し待って」 開店準備中の礼野 真夢紀(ia1144)は、買い物に出かける未来を呼び止めて招福の財布を渡した。雑踏の中でスリに遭う危険を考慮し、お金を二つに分けておくよう、念をおす。遠ざかる楽しそうな背中に手を振りながら、からくりのしらさぎが首を傾げる。 「おさいふふたつで、おかねわけるの?」 「そうよ。自分で稼いだお金を擦られたりしたら、人に敵意を持ちそうだから。さてっと、道具もそろえないとね」 礼野は山姥包丁4本を年長に渡す。 「肉専用の包丁と野菜専用の包丁で使って。それと包丁は美味しいご飯を作る為の道具。それを決して人に剥ける事はしないでね。美味しいご飯は人を笑顔に出来るけど、血を流す事は悲しみと怒りと恨み、気持ち悪い感情しか生まないから……」 後方ではからくりのしらさぎが「ブタさん、つかわない?」と首をかしげていた。 弖志峰 直羽(ia1884)は結葉に「これから青ちゃんと腹ごしらえに行くけど、一緒に行かない?」と声をかけた。既に御樹青嵐(ia1669)は灯心と人妖の緋嵐を連れていた。 「じゃあ行きます」 「よかった。時間は貴重だからね。ごはん食べたら、結葉が興味のあることに付き合うよ」 「行きますよ、直羽」 御樹が声を投げた。大通りを歩くと、鮮やかな暖簾が店を彩る。 「灯心さん。食べてみたい料理があればおっしゃいなさい。祭ですから夕食分は奢ってさしあげますよ。それ以外は、お小遣いでまかなうように」 「あれが食べたいです」 焼き饂飩の店の行列に並ぶ。時折、結葉がぴょんぴょんと跳ねて先頭の様子を伺う。落ち着きのない横顔に子供らしさを感じつつ、ふいに「素敵だったよ、結葉」と言った。 「う?」 「樹里ちゃんとのこと」 バツの悪そうな表情で顔を逸らした結葉に、弖志峰は続けた。 「別に怒ったりしないよ。……どうしようもない悲しみや憤りを、ぶつけずにはいられない事は沢山ある。でも皆が許せない事をぶつけあっていたら、傷つく人はどんどん増えてしまう。でも誰かが許し、悲しい連鎖を止められたなら……って考える人は多い。考えても行動に移せない人もいる。結葉は、それができたんだ」 弖志峰は結葉に笑いかけた。 「俺、とても誇らしく思うよ」 露天で小洒落た装飾品を見て回っていたローゼリアもまた、人妖樹里との顛末を聞きながら「許すという事はとても尊いこと。偉いですわね」と未来や恵音たちを褒めていた。誰に言われずとも、自分達で結論を導きだしたことが喜ばしい。 その頃、自由市の準備が整った子供たちは、緊張で顔をこわばらせていた。 蓮がくるりと振り返る。 「嫌なお客さんもいるかもしれないけど、接客は笑顔でね」 かくして店は始まった。 日差しが強いので戸仁元 和名(ib9394)は到真と一緒に冷えたお茶を配っていく。 「どうぞ」 「ありがとう。さて。いいか、イリス」 咳払いしたヘロージオの手に輝くのは簪だ。 「こういう場所では、ただ見ているだけの客は多い。どうすれば彼らを買う気にさせれるか? それを共に考えていこう。失敗も経験の一つだ。自分が如何されたら買いたいと思えるか、という事に置き換えて考えてみるといい」 様子を見ていた到真が「僕も売れるかなぁ」と呟く。戸仁元は静かに囁く。 「肩の力を抜いてください。相手がどう思ってるのか、どうしてほしいのかを……きちんと受け取るのは大人でも難しいことですけど、知らない相手とたくさんお話して得られるものは多いと思います」 戸仁元はにっこりと微笑む。 「相手が何を探してるのか一緒になって考えていきましょう」 それが見つかった時の嬉しさ。 感情を共有できる喜びを、いつか知ってもらいたい。 自由市で買い物をしてくれた客には、ヘロージオの提案で飴を一粒おまけした。 一方、年上と違って幼いのぞみはお客さんをみて、じーっとしているのでグライフが助け舟を出す。 「はい、一緒に、いらっしゃいませって言ってみて」 「いらっしゃいませぇー」 「のぞみちゃん、これを渡してあげてね」 のぞみが「あい」と紙袋を突き出す仕草は事務的で愛嬌にかけるが、微笑ましさがあった。間違えずに渡せた時は「お利口さん」と褒めてあげる。 その頃、からくりウールヴは店の宣伝の為に、のぼりを持って周囲を歩き回っていた。 人妖のカナンが甘え上手で客引きをしている一方、蓮は桔梗と一緒にぬいぐるみを紙芝居のように扱いながら、売り出していく。 裏ではフェンリエッタが商品の一覧を確認し、在庫出しと金銭管理に対応していた。だがフェンリエッタも時々売り場へ顔を出し、お手本になった。 「竹行灯は子供達が作ったの。夜は見本を動かすから見るだけでも是非」 休憩時間の話である。 「いつも通り楽しく演奏すれば大丈夫! 俺がついてるって」 エミカを連れたアルカームは竪琴のケースを前に置いて、声を張り上げた。 「さぁさぁ皆さん。異国の曲をご披露するよ。お気に入りの一曲がみつかれば、是非一文」 元々は屋台で、子供たち全員に演奏をさせる案も上がっていた。しかし客の評価が褒める言葉ばかりではない事や周囲の店舗への対応に苦慮した結果、出店での演奏はまた今度になったのだ。 とはいえ賑わいの中だ。 音楽が好きな子に一曲位、と考えたアルカームは、休憩時間の弾き語りを選んだ。 常に完璧を目指す姉たちと違い、エミカによる失敗だらけの曲は、決して褒められたものではない。けれど失敗を覆い隠すようなアルカームの演奏は周囲に賞賛され、一人前の吟遊詩人というものを横目で見ていたエミカの眼差しには憧れの色が伺えた。 その頃、食べ歩き中のアズィーズたちが芋餅を片手に予定を考える。 「明希ちゃんはお洒落が好きみたいだから、食後に古着や小物の出店を見るのがいいかも」 白雪は、明希とアズィーズの簪を見て、はたっと我に返った。 明希の顔を覗き込む。 「よかったら後で私に髪飾りを見立てて貰えませんか? 明希はお洒落さんだから、是非お願いしたいんです」 「いいよー」 和やかに時は過ぎていく。 ところで幼い春見は、つい欲しい品物を手に「これくださーい」と言ったまま、楽しさのあまりお金を払い忘れる事が多かった。様子をみていて、お目付け役のファルストが慌てて対応していく。 「こーら。お金は払った? お店のは勝手に取っちゃダメだよ?」 「まだー。あい」 「……春見ちゃん。お財布を渡すんじゃなくて、お金を渡すの。すみません、これ幾らです?」 小さい子の教育は骨が折れる。 紫ノ眼はからくりの白銀丸を荷物持ちに使いつつ、自らは真白と手をつないで出店を回っていた。 「そういえば……真白は玉蜀黍が食べたいと言っていたな。屋台を探してみようか」 炭火で焼く焼き玉蜀黍の香りが紫ノ眼たちを誘う。2本買い込んで二人で食べた。 「これは私のおごりだからお金はいらないぞ。いつもよく周囲を見ている、ご褒美だ」 晴れやかな笑顔が太陽よりも眩しい。 祭りを満喫していたネネとののは早めに戻ってきた。夕番だからだ。 「お店のお勉強のおさらいをしましょうか」 「おさいー?」 「おさらい、です。飴屋のおじさんは、お客さんにどう声をかけていましたか?」 「うんっと……いらっしゃいませ、おいしーよー?」 昼の自由市仕事を終えた後、 蓮は桔梗を浴衣に着替えさせ「桔梗ちゃん、カナンにも、なんでも買ってあげるよ!」と飛び出していった。明希を連れたアズィーズと白雪もそれに続く。 泉宮 紫乃(ia9951)も明希たちと出かける予定だったが、暇そうにしている華凛を見つけていた。明希のことを二人に頼んだ泉宮が、ドレスで着飾った華凛に話しかける。 「お昼もすぐ帰ってきてましたね」 「ここ広いし、一人だと迷うから」 泉宮が春先にあげた漆黒の髪紐をいじって遊んでいる。最初は楽しかったのだろうが、寂しくなって自由時間を持て余したのだろう。戻ってきて早々、時間外なのに掃除の手伝いをしていた華凛を、泉宮は見ている。 「夜の当番まで時間がありますし、一緒にお祭りを見て回りませんか。頑張った華凛さんには、私から特別なお小遣いもさしあげます。知りたいことがあれば聞いてくださいね」 急に華凛の瞳が輝いた。 立ち上がってドレスについた砂を払う。 皆、はぐれないように手をつなぐ。 ここでふらりと人混みに消えるアルドを鈴木が追った。 「一緒に行きましょう。こういう機会は少ないですから、楽しんだもの勝ちだと思います」 そして。 陰陽寮に個人的な用事があり、神楽の都ひいては祭へ来るのが大幅に遅れた芦屋 璃凛(ia0303)は、猫又の冥夜とともに昼過ぎにやってきた。周囲を見回しても、結葉や灯心は既に皆と出かけていて時間におらず、また相談の結果、昼の焼き鳥屋がなくなったので、ひたすら葱を刻んでいた。 「流石にうちらで回ってもしゃーないよな。出店荒らしの極意を教えようかと思ったのに」 「ただいまー」 噂をすれば、灯心や御樹が帰ってきた。出迎えた紅雅(ib4326)が灯心の前にかがみ込む。 「ふふ、おかえりなさい。お昼ご飯は何を食べました?」 「焼き饂飩です」 「そうですか」 紅雅の後ろでは、からくり甘藍が無表情で氷を運んでいた。猛烈な日差しと人ごみの熱で、作った氷は次から次へと溶けていく為、昼間、菊池が氷を作った後を紅雅が引き継ぎ、氷霊結で製氷作業に従事し続けていたのだ。 「さ、夕番は焼き鳥屋もしますから忙しいですよ。御樹君に料理を教えていただくとして……当番の時間が終わったら、今度は私の買い物に付き合ってくださいね」 こくり、と首を前後させる。 店の裏ではグリムバルド(ib0608)が陽気に包丁を振るっていた。 「俺の泰包丁捌きを見よ!」 鶏肉を一口の大きさに切って下味を付け、串に刺していく曲芸状態。 自由市で売り物の手伝いをしていたはずの桔梗達が「しゅごいー」と両手を叩いている。 美味しそうな匂いに幼い子は惹かれるのだろう。蓮やグライフが仲間の邪魔にならないように幼子を連れ戻すのが大変だった。食欲に負けて、売り物を食べかねない。 「こーら、売り物を食べないようにね。素手で触っちゃダメだよ」 蓮が「メッ」と叱りつける。 グリムバルドが声を上げて笑う。 「あはは。まぁ、やってみたいならやらせてもいいんじゃないか。まずは石鹸で手を洗ってからな。串に刺した肉が腐らないように、氷柱の間に器ごと持ってってくれると助かる」 そして早めに焼き鳥屋に戻ってきた御樹がまず始めたのは、タレの調味やサイドメニューの準備だった。肉の選別や串刺しはグリムバルドや子供たちに任せている。人妖緋嵐がふよふよと空を飛んで器を運んでいた。 「灯心さん。焦らず、一つずつ、仕事をこなしてくのがコツですよ」 「はい」 昼当番と夕当番が次第に入れ替わり、店も慌ただしくなっていく。 郁磨(ia9365)は串を焼く係を中心に、お揃いの法被と鉢巻を用意した。 「そうだ。此のハッピを着てる人がお店の人だって分かる様に、ね。……って事で、大人の皆さんもハッピ着て下さいね〜」 料理中の御樹や紅雅達にも声を投げる。 不格好なのはご愛嬌だ。 勘定と接客は開拓者が少し手伝い、金銭や品物の受け渡しは子供たちに任せる。火の扱いは、孤児院の庭で焼き物をした経験が生きたのか、前よりもずっと上手になっていた。 紅雅が肩に手を置いて、灯心を背後から覗き込む。 「深呼吸、深呼吸。さぁ灯心、大きい声で『いらっしゃいませ』と『ありがとうございます』は言えますか? 言葉の意味を考えて、しっかりと言いましょうね?」 聞いていた郁磨がへらりと笑う。 「皆も。おっきい声で『美味しい焼き鳥は如何ですかー』って言えば良いんだよ」 「いかがですかー?」 「ぼっちゃん。とりもも3本、つくね6本」 現れた老人からスパシーバがお金を受け取り、ニッツァの所へ運んでいく。自由市と焼き鳥屋の会計は別だ。ちゃりちゃりと鳴る細かいお釣りをスパシーバに持たせた。 「おーし、ほんだらこれが釣りな?ちゃんとお客さんに声かけて渡すんやでー?」 必要以上に手は貸さない。 最初にお金の扱い方は教えた。 スパシーバと客の対話に耳を傾け、きちんと言いつけ通りにお釣りを数えて渡した事を確認してから褒めた。 「おっしゃ、ようでけた。その調子でがんばろな?」 自由市の夕番は、驚くことに年少の春見とののがやっていた。お金の管理と見張り役にネネとファルストがいたし、からくりのリュリュも手伝いつつ、子供から目を離さない。ネネは拳を握って人ごみをみた。 「門前の小僧なんとやら、ですよ!」 「もー?」 ののには意味が通じない。一方のファルストは陽気だ。 「よし、お祭りを楽しんでこー!」 「こー!」 「ほら、春見ちゃん。客寄せは元気な声で行くよ? いらっしゃいませー!」 日も暮れ始めた頃。 店の奥では、パニージェが忙しそうにしていた。 暑さというより人の多さにバテた春見に岩清水をのませたり、仁の火傷の手当をしている。割れた薪から飛び散った火の粉や、うっかり熱い網を触ったりした事が原因だ。 子供の集中力は、決して長続きしない。 だからこそ一日の営業時間を3つに区切り、休憩も挟んだが、子供たちの気力が持つのは精々で一時間。それ以降は、個々の義務感や責任感が頼りだ。 ところで昼当番を終えた者たちは、念願の祭を楽しんでいた。 フェンリエッタとアルドは、まず食事を終えると、金魚すくいに向かう。 「見てて、こういうの得意なの。……あれ?」 自信満々で挑んで、和紙の膜が破れる。 初めて金魚すくいを見たアルドは、ナイフで突いたり、網やお玉で掬ってはいけないのかと、遊びを知らぬが故の発言で周囲の目を点にしていた。 ヘロージオは親友のアルカーム、そしてイリスとエミカを連れて店を巡った。夕刻になると出店の中にも売り切れの店が現れ始める。長蛇の列に並んだにも関わらず、自分の番では買えなかった、などということは当たり前だった。 姉妹は怒ったり暴れたりしなかった。 教えた通りの仕草をして、時には自分より小さい子供に譲る姿勢すらみせた。 殺し合って奪うことしか知らなかった子供たちとは思えない。 「イリス、エミカ」 姉妹はヘロージオを振り返った。 「争いからは何も生まれない。だからこそ必要なんだ。樹里のことも……偉かったな」 魔の森で育った兄弟姉妹にとって、年長者に異議を唱えて逆らう事は、開拓者が思うよりも恐怖心や勇気を伴う。優れた成長の姿勢を知り、ヘロージオはイリス達を抱きしめた。 アルカームは沈黙を守っていたが、その表情は穏やかで嬉しげだった。親友が全て言ってくれたからだ。アルカームは姉妹に笑いかけて頭を撫でた。 戸仁元は到真とともに食べ歩きをしながら、気の赴くままに道を歩く。 「到真くんは、こったものより、素朴な味のものが好きなんやねぇ」 塩をふった豚肉の串を手にご機嫌の到真を眺め、戸仁元は心が温かくなるような錯覚を覚えた。 興味を持つものを、少しずつ知っていければいい。 のぞみを連れたグライフは、酒々井 統真(ia0893)と一緒に夕食を楽しんだ。玩具や飴細工をのぞみに買い与える。祭りはこれから、という時に、のぞみは瞼をこすり始めた。満腹と疲れからだろう。グライフがのぞみをおんぶする。 「統真さんに沢山おねだりするつもりだったのに」 「おいおい」 「けど……のぞみちゃんはオネムだから帰ったほうがいいですね。戻ります?」 酒々井は「そうだなぁ」と言いながら、何かを探していた。人妖の雪白も虚空へ舞い上がって何かを探す。隣のグライフが首を傾げる中で、雪白は「隣の道にいるよ」と教えた。 酒々井が探していたのは、遊び倒していた結葉と弖志峰だった。 「探したぜ、祭は満喫したか」 「ええ! 沢山買ってもらったの!」 保護者役の弖志峰が、小銭入れを逆さまにしてみせる。グライフが後ろで軽く笑った。 「そりゃよかったな。んで、結葉は夜番だったか。まだ自由時間だろ?」 「そうだけど……お店忙しいの? 戻ったほうがいい?」 「いや。少し時間があるなら、約束した占いの店に連れてってやろうか、とな。俺が勉強して教えてもいいんだが、聞きかじりよりは本職の方が良いだろ?」 「いくいく!」 結葉は二つ返事で酒々井の手を握った。グライフが「いってらっしゃい」と笑顔で結葉達を見送る。のぞみを背負い直した後「今日は楽しい日ですから、お姫様は譲っちゃいます」と囁いた。 旭と手を繋いで歩き回り、出店を遊び倒していた刃兼(ib7876)は、魚料理の少なさを胸中で嘆いていた。時折居酒屋の屋台で干物を焼いているのを見つける程度だ。食べ歩いても物足りなそうにしている横顔を伺っては、大人に混じって魚の一夜干しをつついた。 「旭、気に入ったものはあったか?」 「お芋おいしい。かき氷はおいしいけど、とけちゃう」 「なるほどな。そうだ、旭。夏が過ぎれば、秋刀魚や秋鮭の美味い季節がやってくるぞ。そのうち魚市場へ食べに行こうな」 露店の提灯に明かりが灯る。 浴衣姿の星頼と手を繋ぐウルシュテッドの背中を眺めながら、ジルベールは双眸を細めた。道行く他の親子と遜色がない。連れてこれた事を喜ばしく思いながら、ジルベールは烏賊焼きや団子を買い込んで、二人の背後を追った。 「まてって」 「なんだ遅いぞ……ジル、それ一口くれ」 「あはは、甘いのとしょっぱいの交互に食うと止まらへんよな」 「さっきからずっと食べてる気がするけどな。ほら星頼も食べてご覧」 既に夕食時だというのに、一向に腹が減らない。絶えず食べているからだろう。飴細工の屋台で、もふらの顔の飴を買った後、ウルシュテッドは周囲を見回す。 「みんな楽しそうだなぁ。ジル、俺たちも何か勝負しようぜ」 「ええなぁ。金魚掬いやと持ち帰るのが大変やし、射的でいこうや。星頼もやってみるか?」 三人は射的の店の列に並んだ。 「おや、礼文。もう一度、射的に挑むでありますか?」 礼文と七塚 はふり(ic0500)は射撃で景品を打ち落とす事に熱中していた。狙いが悉く『食べ物』な様を見守りながら、荷物持ちの八壁 伏路(ic0499)は隣で戦利品の処理に明け暮れている。こういう遊びは『勝ち取る』のが楽しいもので、獲得した戦利品はどうでもよかったりするものだ。 「乾き物ばかりでは口が渇くな。……はふり、礼文。それを撃ち終えたら、早めの夕飯を食べて焼き鳥屋にもどるぞ。当番の時間までは多少あるが、準備は欠かせぬからの」 「はーい」 「了解したであります。夕飯は家主殿のおごりでありますか?」 「はふり。小遣いはどうした」 「資金は無情であります」 話をごまかす七塚と上機嫌の礼文をつれて、饂飩屋の暖簾をくぐる。注文の後、出てきた饂飩には刻み葱と鴨肉が浮いていた。七塚は「砲術士を目指してみるでありますか?」と話しかけた。 「砲術士?」 「開拓者の仕事のひとつであります」 「その話はまだ早かろう。先に買い物や当たり前の生活になじまねばな。よいか礼文」 咳払いした八壁は箸を手につらつらと自論を話す。 「売買は買ってもらった時でなく、売ってもらった時も、感謝をするのだ。金を出す方だけが偉いわけではない。作る、集める、売る、どの仕事も尊く立派なのだ。相手の労苦を称え報いれば、相手もおぬしを真にありがたく感じる。そうして信用が生まれるのだ」 話を聞くこと数分。ふいに七塚が「……家主殿、饂飩がのびているであります」と告げた。既にコシを失った麺が、琥珀の汁を泳いでいる。 「ぬぅ。ありがとう、はふり。……毎度だが、わしはちと説教くさいな」 ぼそりと独り言を呟き、八壁は麺をすすった。 酒々井に結葉を任せ、一足早く戻って食材の下準備に勤しんでいた弖志峰は、時間に戻ってきた結葉や恵音たち夜の当番に軽く接客のおさらいをした。恵音はリトナと自由市の管理を受け継ぎ、未来はローゼリアと共に、丸のままの鶏肉を手際よく解体していく。炭の燃える熱で、裏方は汗が止まらない。 真白は紫ノ眼と共に客の呼び込みを始めた。なにもかも良い経験になればいい。 「鳥のお肉あります!」 「真白、そこは『焼き鳥』でいいぞ?」 「他店で……お酒の入ったお客さんも、増えてきましたから……注意しないと」 周囲を気にかける萌月 鈴音(ib0395)は、泉宮と帰ってきた華凛と共に手を洗い、皆で串を刺していく。 幸いにも今日は必ず、子供一人に対して必ず大人が付き添っていた。 皆、熟練の開拓者であるから、深く心配していない。 けれど時々、萌月は様子を眺めて手を止めた。 「鈴音、大丈夫か」 刃兼が肩に手を置く。萌月は「あ、はい」と我に返った。華凛が「つかれてるー?」と顔を覗き込む。子供たちから「休んだほうがいいよ」と言われ、萌月は気遣いに甘えた。 「……ありがとう、ございます。……少しだけ、休憩、させてもらいますね」 刃兼はつけダレを調合していた旭を呼ぶ。 「鈴音の代わりを頼めるか」 「うん」 刃兼の頼みを聞いた旭が、華凛の横で串打ち作業を始めた。焼き鳥屋の裏手に移動した萌月は、菊池から氷入りのお茶を受け取り、商売に専念する子供たちを見守る。 その眼差しはどこか遠い。 刃兼が額に手を当てた。 「熱はないが、昼間の疲れが出たかな」 「少し休めば……大丈夫です。ただ……子供たちが楽しそうにしてると……、ヨキさんや紫陽花さんに、その妹たち。ひょっとしたら、山吹や他の子供たちも、ここに居たかも知れないと考えてしまって……ちょっと複雑です」 萌月の胸中を知り、刃兼の表情が暗く陰る。 「そう、だな」 何人かは知っている。 大アヤカシの洗脳を受けた子供たち。その全てが救われた訳ではない、ということを。 例えばヨキも救えない子の一人だった。成人後、妖刀を修復できる刀匠の誘拐を試み、任務の為に兄弟を手にかけ、神代「穂邑」暗殺に失敗し……自ら首をはねた。彼女もまたアルドや灯心たちと一緒にいた時期がある事を、七夕の際、結葉の言葉が証明している。 『まるでヨキ姉ね』 子供たちの存在を世に知らしめた事件の影で、大勢の子供たちが救い出されぬまま命を散らした。 ヨキ、紫陽花、桜火、山吹、石榴、透、……名が分かっている者だけでもかなりの数に上る。名も知らぬまま手にかけた子供も多く、戦場で散った数は数え切れない。 萌月や刃兼のみならず、五行東で長年仕事をしていた開拓者の数十人は、子供達にとって『養母の生成姫』や『兄弟姉妹殺し』の仇にあたる。心の底から幸せな人生を願う反面、秘密を抱えた心の消耗は大きい。 刃兼は萌月の額に冷えた手ぬぐいを当て「少し眠って休むといい」と告げた。 調理場に戻ると、旭たちが料理に専念している。 作った焼き鳥の串は、均等と言い難い肉や葱がついていた。 「……変かなぁ?」 「少し、な。多少失敗しても気にするな。一通りつくって調節したり工夫すればいいから」 願わくばどうか、このままで。 酒々井は焼き鳥でひと仕事終えた結葉を呼び、売れ残った品物の売りさばき方を伝授していた。 「ここまで売れ残ったもんだが……物には利便・実用以外にも『意味』って価値がある売り込むだけじゃなくて、自分達が作ったものならその苦労とか『価値』をつけてやればいい。ああいう感じでな」 酒々井が指差す。 浴衣姿のジルベール達が星頼たちに売り込みの手本を示していた。 「竹行灯、キレイですやろ? 全て手作り! 器用なこの子らが作ったんですわ」 ひとり、ふたり、と。丁寧に接したお客が買っていく。お客の背中を見送ったウルシュテッドは「お客さんもいい顔してたね」と笑って、星頼の頭を撫でた。 更に明希とアズィーズが装飾品と服を組み合わせたり、ぬいぐるみにブローチを飾ったりして工夫を加えていた。たくさん人が来た時は、白雪が「慌てずに行きましょう」と額の暗算や支払いに助け舟を出し、泉宮は面倒事が起きた時だけ手伝った。 泉宮は子供達に言い聞かせる。 「緊張しなくても大丈夫ですよ。昼間お店を回っている時に、自分がされて嬉しかった事を真似すれば良いんですから。よく思い出してくださいね」 客を装って現れたレイス(ib1763)が、何故か子供達に羨望の眼差しを向けつつ、近くにいた礼文に焼き鳥を注文した。経緯は聞いているだけに、自分が昔体験した喜びを子供たちにも体験して欲しいという気持ちが強い。 「おつりが、えっと、一文、二文、三文……」 「焦らなくても大丈夫ですよ」 レイスは穏やかに告げた。礼文がお釣りを間違えないように、指を折って真剣に数えている。やがてお釣りを受け取ったレイスは、笑顔を返す。 「はい、確かに。ありがとうございます」 「お買い上げありがとうございました。縦にするとタレが流れるので、横で持ってください」 接客に勤しむ礼文を眺めて、裏方の菊池は素直に感心していた。 日々の成長だけでなく、昼間から夕方にかけて、様々な食べ物屋を巡っていた成果だろう。 目に見える成長の証が喜ばしい。 レイスは無意識に知り合い、もとい主人のファルストの姿を探したが、ファルストは焼き鳥屋の裏で熟睡している春見を抱えて、同じく寝ているのぞみを抱えたグライフと話していた。数分後、裏道から忍び寄って話しかけるレイスにファルストが慌てて春見を落としそうになり、迅鷹のヴィーはつまらなそうに嘴で翼をつついていた。 夕方の店番を無事に終えた子供達の足は踊っていた。 「さぁて何から行く? 何見ぇたい? 祭りはなぁ、楽しんだもん勝ちやでぇ!」 「おい、ニッツァ。少し落ち着け」 「ええやん、パニ。せや。シーバ、手ぇ繋いだってくれへんか? 俺、迷子んなってまうかもしらんやん?」 どっちか子供か分からんな、と嘆く声が聞こえる。郁磨が笑った。 「さっきの疲れがどこかに行ったかな。じゃあ和。良い子にしてたご褒美に、今日はいっぱい遊ぼうね」 和と仁、スパシーバの三人は、郁磨とパニージェ、ニッツァたちに連れられて祭の中に消えた。 紅雅とからくりの甘藍もまた大通りへ歩き出す。 「食べた事がないものを食べても良いですね。昼間、気になったお店はありましたか? 是非連れて行ってください。歩きながらヒトも見てみましょうか? 皆が笑っていて楽しそうだと思いませんか?」 そうだ、と。 紅雅は思い出したように懐から魔除けの銀のスプーンを持ち出し、灯心に渡した。 「希儀という儀のものです。幸運のお守りなんですよ?」 あなたに数多の幸運が届きますように。 夜の当番が終わる頃、出かけていた子供たちも帰ってきて、店の撤収を手伝い始めた。 鈴木やグリムバルドと戻ってきたアルドを見つけ、道具を洗っていた无が「どうでしたか?」と話を振る。情緒方面に疎いアルドですら「花火が綺麗だった」とか「また来たい」という趣旨の話をしており非常によい傾向が伺えた。 紫ノ眼は残り物の串も全て焼いて、真白たちに振舞った。 「一生懸命、仕事をしたあとだから美味いよな」 「みんなよくやってたぜ」 グリムバルドはそう言って皆を褒めた。 すべてが売れたわけではないし、接客をうまくできた子も、できなかった子もいる。 けれど、人は誰でも間違うものだ。 完璧はない。人間は失敗を繰り返して成長する。 花火が咲き誇る星空の下で、ウルシュテッドは星頼たちに笑いかけた。 「有難う。楽しい1日だったよ」 汗を流して普通に働き、大勢の人々の中で過ごした。 魔の森の中では、夢に見ることさえ許されなかった穏やかな暮らし。 その違いを、最も感じているのは子供達に違いない。 救出され、約半年が過ぎた。 一年後、果たして子供たちはどうなっているのか。 誰もわからない。 何が正しいかは、後になって初めてわかる。 まだ見ぬ子供達の未来を照らすかのように、大輪の花火が頭上に咲き誇った夜だった。 |