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■オープニング本文 白原祭の季節になると、星の数の白い花が白原川を埋め尽くす。 蝉の鳴き声も心を躍らせ、彼方此方で氷菓子が売れていく。 「ハッパラ、ハスヲ、ミナモニナガセ‥‥」 威勢のいい掛け声と花笠太鼓の勇壮な祭の音色。 夏の花で華やかに彩られた山車を先頭に、艶やかな衣装と純白の花をあしらった花笠を手にした踊り手が、白螺鈿の大通りを舞台に群舞を繰り広げていく。いかに美しく華やかに飾るかが、この大行列の重要なところでもある。 人の賑わう大通りの空には、色鮮やかに煌めく吹き流しが風に揺れている。巨大な鞠に人の背丈ほどの長さのある短冊が無数に付いており、じっと目を凝らすと、吹き流しの短冊には様々な願い事が書いてあった。 ここは五行東方、白螺鈿。 五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。 水田改革で培った土木技術を用いて、彩陣の経路とは別に渡鳥山脈を越えた鬼灯までの整地された山道を約三年前の12月1日に開通。結陣との最短貿易陸路成立に伴い、移住者も増え、ここ一帯の中で最も大きな町に発展した。 今は急成長を遂げたとはいえ、元々娯楽が少ない田舎の町だったこの地域では、お墓参りの際、久しぶりに集まる親戚と共に盛大に宴を執り行うようになり、いつしかそれはお祭り騒ぎへと変化していった。 賑やかな『白原祭』の決まり事はたったひとつ。 『祭の参加者は、白い蓮の切り花を一輪、身につけて過ごすこと』 手に持ったり、ポケットにいれたり、髪飾りにしたり。 身につけた蓮の花は一年間の身の汚れ、病や怪我、不運などを吸い取り、持ち主を清らかにしてくれると信じられていた。その為、一日の最期は、母なる白原川に、蓮の花を流す。 白原川は『白螺鈿』の街開発と共に年々汚れている為、泳いだり魚を釣ったりすることはできない。しかし祭の時期になると、川は一面、白い花で満たされ続け、ほんのりと花香る幻想的な景色になることで広く知られていた。 そして今年も8月10日から25日にかけて白原祭が開かれる。 + + + ギルドの受付が慌てた様子で人を呼び集めている。 話を聞いてみると、どうやら祭のために送った警備の人間達が集団で食中毒になったらしい。 流石は夏。 物が傷みやすい時期だ。 「あー、あちぃんだよ! 外仕事とか勘弁しろよ!」 「お仕事の後は遊んでて下さってかまいません! 毎年ながら人が沢山押し掛けていて、本当に人がいるんですぅぅぅぅ」 情けない声で泣きつく受付。 蓮の花で真っ白になった白原川には観光客がごったがえし、昼間は花で飾った山車の大行列を一目見ようと沢山の人間が行き交っている。祭が恙なく進むように警備の仕事をしてくれれば、担当時間以外は好き放題に遊んでいていいと言う。 正に猫の手も借りたい忙しさ。 曰く、昼間は切り花で満ちている白原川には、ぽつりぽつりと陽炎の羽根のように薄く切り出された蓮の花型蝋燭『花蝋燭』が水面に浮かび、満天の星空の下で、優しく燃えながら香木の香りを人々のもとに運んでくれる。幻想的な光景は滅多に見られる物ではない。 あちらこちらに灯した篝火で明るい、眠らぬ街。 大通りでは昼間は花車、夜は緻密な氷像の芸術が大通りを通り抜けてゆく。 昼も夜も一向に減ることのない人混みの中、縁日で小魚を掬ったり、射的や軽食の屋台を遊び回れるという。 こうして開拓者は急いで白原祭へ出かけることになった。 + + + 浴衣姿の人々が道を歩いていく。 人妖のイサナ(iz0303)は汗一つかかない涼しいカオで、疲れた顔の弟子を眺めた。 弟子のソラは今、警備仕事の真っ最中だ。 ソラは人魂などの初歩的な術だけしか体得していない。修練にもお金がかかる。だから簡単な仕事を重ねて、まずは資金を稼いでいた。二人共とある陰陽師の豪邸に身を寄せてはいるが、元々住んでいない家を借用しているに過ぎず、都で生活を営むには元手が必要だ。 「先生……魔術師さんはお水作ったりできますし、巫女さんは氷がつくれるんですよ。いいなぁ」 「転職するか?」 「しません。僕は陰陽師になるんです」 「他職の優れたところを見つけるのは良いことだぞ?」 「陰陽師の道を極めてからです」 「頑固だな」 「先生に似ました」 燦々と輝く太陽の下で、警備員たちの他愛のない会話が聞こえる。 真夏ゆえの熱中症を警戒し、警備員は一日四交代になっていた。 朝の当番を終えたソラが、イサナの手を引く。 「先生、行きましょう」 誰にも怯えることなく、恥じることなく過ごせる祭は、どんな時間をくれるのだろう。 ソラ達が期待に胸を高鳴らせているように。 多くの者たちが、其々の時間を過ごしに出かけた。 |
■参加者一覧 / 鈴梅雛(ia0116) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 萌月 鈴音(ib0395) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 叢雲 怜(ib5488) / 蓮 蒼馬(ib5707) / 鍔樹(ib9058) / 朱宇子(ib9060) / 緋乃宮 白月(ib9855) / 白雪 沙羅(ic0498) |
■リプレイ本文 燦々と輝く太陽の光が眩しい。 花車に乗っている柚乃(ia0638)が天を仰ぎ、輝く汗を拭う。 純白の花を縫い込んだ金麦の花笠を手に、白と水色の艶やかな着物を纏った女たちが道を歩く。華々しい楽団の奏でる音色に合わせ、軽やかな踊りと共に進む一行の後ろを、各町内の花車が通っていた。 「みんなこっち見てるね?」 お揃いの簪をつけたからくりの天澪は、柚乃の真似をして硬質の手を振った。 「うん。一番の見世物だから。終わったら、さっきの縁日に行こうね」 香る風が青銀の髪がさらっていく。 今年も『白原祭』は人々の心を錦に彩っていた。 噂の縁日では出店が沢山、軒を連ねていた。 とても一日では回り切れない屋台の一角で、蓮 蒼馬(ib5707)はひたむきに机に向かい指を動かす。隣には農場で暮らす子供達……杏や聡志、小鳥もいた。迅鷹の絶影は屋台の角に止まって、つまらなそうに羽を啄いて掃除している。 ぱき、と小さい音がした。 そして周囲から溢れる「ああ〜」という残念そうな声。 「……結構、難しいものだな」 小鳥が「きゅうけい」と言って小芋の串を差し出すので、蓮が礼を言ってかぶりついた。 現在、薄板状の菓子を絵柄の通りに切り抜く型抜き遊びをしていたが、既に十枚目に突入しているのに一向に成功しない。夢中で遊ぶ子供たちに負け続けだ。 「完敗だな。さて、杏たちが終わったら次の店にいこうか、小鳥」 「いくー!」 「次は何をするんだ?」 「考えちゅーよ」 そうか、と微笑む視線の先、子供達の帯や頭にも蓮の花がある。蓮も一輪持っていた。 夕方、帰り道で流すつもりの切花だ。 「清らかさ、聖性の象徴。穢れを吸う花、か」 蓮の名前を姓に持つ事を意識して「おかしなものだ」と一人呟く。かつて一族ぐるみで重ねてきた血の穢れを、この一輪が吸い上げてくれるとは、蓮には思えない。 この花は、祈りに似ている。 どうか子供たちだけでも清らかにしてくれますように、と賑わいの中で願をかけた。 屋台にいた露草(ia1350)は両手に品物を抱えたまま、上級人妖の衣通姫に囁く。 「さぁいつきちゃん、屋台の物なんだって買ってあげますよー!」 気の重い進級試験も終わり、警備の収入で懐が暖かいからか、発言は大きく出た。愛しの人妖ちゃんとの憩いのひととき……と思うと、意識が斜めに走ってしまうらしい。 「露草さんではありませんか」 出会ったのは御樹青嵐(ia1669)だった。 刹那、二人の腹が鳴り響く。 「失礼、もう夕方ですか」 「せっかくのお祭りです、青嵐さん。のんびりお話をしようじゃありませんか」 露草と御樹が、持ち込み可能を歌う料亭に消える。川床から見下ろす光の川に心癒されながら、自前の料理や屋台で仕入れた一品料理を机に並べた。 焼き茄子や胡瓜の酢の物が酒に合う。 二人は何気ない趣味の会話をしていたが、やがて会話が陰鬱な方向にむいた。 「それにしても青嵐さん。試験、壮絶でしたね、あれ……」 「ええ、露草さん。最近私も思うところが多すぎて自分が情けなく……」 全く話が噛み合っていないのに。 「追撃すべきだったか、そうでもなかったか、今でも……ええ、森の中なら逆襲を防ぐ為にも! とも思いますが、それで錬力切れちゃったらお話になりませんから……」 なぜか会話が続いていく。 「普段ならこんな話は致しませんが……決めきれない自分は、やはり男として何か欠けているようで、自信がもてず……いえ、わかっています。原因が私であることなど……」 人数分ひとりごと。 露草は陰陽寮の試験。 御樹はごく個人的な問題。 気分が重すぎて、お互いに前が見えない。 唯一楽しそうなのは買い物の包をあけていた人妖の衣通姫だった。 鍔樹(ib9058)は運命というものを肌で感じた。 元より想定していたので余り嬉しくない。なぜなら見知らぬ老若男女に追われるからだ。 「見つかったもんはしょうがねェ、いつも通り全力で逃げるぜかかってこいやァァァ!」 鍔樹、全力で逃亡。 先に待ち合わせの料亭でお酒を吟味していた朱宇子(ib9060)は、遠くに見える待ち人の姿に目を点にした。逃げる鍔樹を、白螺鈿の人々が追いかけている。滑り込むように店先へ滑り込むと、店の女将が音を立てて戸を占めた。 彼らを追い払うのは店員の仕事だ。 「やー、悪ィな朱宇子」 「……えっと。前々から話は聞いてたけど……鍔樹、本当に福男……雪若さま? だったんだね。姉さんが見たら、びっくりしそう」 「お前のねーちゃんは、驚くより先に腹の底から笑いそうな気がするぜ。俺ァ」 白螺鈿では、毎年冬になると『雪若』と呼ばれる福男が誕生する。たった一年限りの雪若は、触れた者に幸運をもたらすと言い伝えられ、生き神のような存在として近隣住民に崇められている。 本年の雪若は鍔樹だ。よって彼が街を通るだけで、人々は雪若を追い回す。 祭の混乱を避ける為、こうして料亭の席を借りたのだ。 酒を酌み交わしながら鍔樹が問う。 「……ホントは縁日とか回りたいんじゃねーの?」 「縁日のことは、気にしないで」 「けどよ」 朱宇子は朱塗りの盃に映る自分を見た。 頭にさした蓮切花。白地の浴衣には、赤い朝顔の意匠が映えている。普段と違う装いで過ごした祭の時間を思いつつ、光で溢れる川を見た。 「こうしてお酒を飲みながら花蝋燭や氷像を見るの、風流で好きだよ」 「そうかぁ? そういや……去年もこの祭でこーやって酒飲んでたけど、心持ちが全然違うわな。まァ、一年限りの福男ってのもなかなかできねえことだろなァ」 先程まで追い回されていた鍔樹が、ニッと歯を見せて笑う。 朱宇子は穏やかに笑って双眸を細めた。 「今度は姉さんや他のみんなも一緒に、お祭りに来られるといいね。この川を見せてあげたい」 「そうだなァ」 しみじみと呟いた鍔樹は、紅に染まる花の岸辺を見下ろした。 青く澄んでいた空が茜色に染まっていく。 『今日はお祭りですから、羽を伸ばして楽しみましょう』 そう言って鈴梅雛(ia0116)が連れ出したのは、親しい萌月 鈴音(ib0395)と、生成姫討伐後、大地から瘴気噴出の被害を受けた家の子供達だった。 「逸れると……迷子になってしまいますから………ちゃんと、ついて来て下さいね?」 萌月が幼い子供たちの手を引く。人ごみを抜けた先には、白原川が広がっていた。多くの人々が、蓮の切花や蓮型の花蝋燭を流している。同じように川べりから蝋燭を浮かべた。 鈴梅が子供たちの様子を伺う。 「まだ大変だと思います。私も出来る限りの事はしますから。困った時は言って下さいね」 暫く様子を伺っていた萌月が「ミケが場所取りに行っているはずです、行きましょう」と踵を返す。猫又のミケが席を取っているはずだ。大通りに光る無数の灯火を眺めながら、萌月は祈る。 「来年も、その次も。これからずっと……このお祭りが平和に続きます様に……」 決して迷わぬように手を結んで。 蓮の花を身につけたアルーシュ・リトナ(ib0119)と真名(ib1222)は、踊るように駆けた石畳の小路から天を見上げた。 飴色に染まった夕暮れの空に、ローズクオーツの月が浮かぶ。 闇の帳が落ちていく。 真っ赤に燃える太陽に別れを告げる時刻になっても、人々は藍の闇に消えゆく気配がない。 華々しく彩られた道を行き交う人の数は、白原川を埋め尽くす純白の切花の数に同じ。 時々偶然に巡りあう友人達へ、蝶のようにひらりと手を振った。 やがて二人が辿りついたのは白磁の壁が際立つ、古葉色の柱が目印の料亭だ。 予約していた川床から一望する景色は、金の星屑を降らせたような、光の洪水。 生命の鼓動を感じさせる祈りの光だ。 「姉さん、あれ見て。綺麗……」 「ええ。それに川風が気持ち良いですね……流れる花蝋燭の上の川床なんて本当に贅沢」 瞼を瞑ると、爽やかな甘い香りに囁かれているような錯覚を覚える。 「すごいご馳走ね、姉さん」 着席後に運ばれてくる豪華な料理を見て、真名が黒真珠の瞳を輝かせて無邪気に笑う。 「偶には、と思って奮発したんです。料理を今後の参考にもしたいですし、それに」 翠玉の瞳が、穏やかに真名を見据えた。 「ひと月遅れましたが……真名さんのお誕生日祝いも兼ねて」 瞳は大きく見開かれた。覚えていてくれたことへの喜びが言葉を失わせる。 震える白面にリトナが囁いた。 「冷酒、頂きましょうか。さ、どうぞ? 冷えた果物の蜜煮も注文しましょうね」 「そんなに頼んでいいの?」 「もちろんです。寮の卒業も間近。望む道、良き道を進まれますように」 朱塗りの盃を掲げたリトナが、白磁の指で銀と真珠の髪飾りを指差した。 「髪飾り、付けてくれたんですね」 「う、うん。久しぶりに姉さんと二人の時間だから大事にしたくて」 真名の頬が薄紅に染まる。 微笑むリトナは、真名と幻想的な美しい光の川をエメラルドの瞳に焼きとけた。 「多くの人と寄り添い離れ、流れて、生きていく……これから色々な事がたくさんあるはず。けれど……どこに居ても、真名さんたちを思っていますから」 未来はまるで七色に輝くアレキサンドライトのようでも。 大切な人々を想う心は、永遠を輝くダイアモンドの輝きのように色あせぬものでありたい。 謳う様なリトナの囁きを、真名は胸に刻み、存在を確かめるように手を握った。 「今年もありがとうございました。また来年」 无(ib1198)は毎年顔を合わせている赤波組の町人にお礼をのべると、宝狐禅のナイと共に白原川へ足を運んでいた。片手には酒の壷。帯に蓮の花を一輪。薄切花を咥えたナイは元気そうだが、无の表情は一息ついた途端、暗く沈んだ。疲れではない。 「……傷つけちゃったなぁ」 傍らを通る恋人たちが眩しい。目が痛い、と片手で顔を覆うと、ナイが肩を叩いてきた。まるで『元気出せよ』とでも言いたげな様子が、胸にしみた。 こういうのは慣れていない。それ故に起こった出来事だったのかもしれない。 前へ進めるだろうか。 失恋の痛みと想いも蓮切花にのせて川へ流す。今度こそ一年の厄を流そうと、花蝋燭にも火をつけた。蓮切花と花蝋燭が遠ざかっていくのを見守る。見えなくなるまで。 「具合悪いですか? 大丈夫ですか?」 蓮切花を髪飾りにした白雪 沙羅(ic0498)が、无に声をかけた。 无が我に返って周囲を見回す。練力が切れて宝狐禅のナイは元に戻っていた。どうやら思っている以上に長い時間、川を見つめていたらしい。偶然通りかかった白雪は、身動きせずに蹲っていた无を見つけて『熱中症か何かでは』と心配したようだ。 「いえ、考え事に耽っていただけです」 「そうでしたか。お邪魔してごめんなさい。実は、さっきから何人も怪我人や病人に出会ったので。何事もなくて良かったです」 にこ、と笑って小首を傾ける。銀糸の髪がしゃらりと揺れた。 「ええっと、警備で見た顔ですね。白雪さんでしたか。貴方も花を流しに?」 「はい! この白原祭……白いお花がいっぱいで素敵ですよね。私も汚れを吸い取ってもらったので流そうかと……というかですね」 白雪は急に陰鬱な表情になり、白原川を見た。簪と一緒にさしていた蓮切花を引き抜くと、なにかを小声で呟きながら蓮花を水面に浮かべる。わ、と顔を覆った。 「……この性格も吸い取って全力で水に流したい! ……だって、そうしないと、どこで誰に迷惑かけるか……蓮のお花さん、お願いします!」 願掛けが必死。 白雪には揺れるものを見ると、つい本能的な動きをしてしまう癖があった。いつ何処でどんな状況でも沸き起こるその衝動は、自制を利かせるのが大変らしい。このままではお嫁にも行けない、とでも言いたげな雰囲気で、本人には大問題だった。 「……いっそ自分が川に流れてみたら、消えますかね?」 「いや……それは流石に、危険ではないかと」 危険な空気を感じるので止めてみる。无は「一杯おごりますよ」と言って元気づけた。 「近くに山女魚の塩焼きが旨い店があるんです」 「ほんとですか? ご飯まだだったんです、是非教えてください」 少女の顔に元気が戻った。旅先で出会った仕事の仲間同士で食事をするのも悪くない。 「案内します。さぁて。俺も呑み直しますか」 无達は縁日の喧騒の中へと消えた。 礼野 真夢紀(ia1144)は、からくりのしらさぎと共に美食に舌鼓を打っていた。 金粉で輝く漆盆の上に彩られたのは食べる芸術だ。 泡立てた卵に雲丹を混ぜて焼き上げた厚焼き、湯葉と玉蜀黍のミルフィーユ、干瓢と鮑の葉山葵和え、燻製鶏の柔らか煮、鰻の押し寿司。 涼しげな川床から眺める景色が愛おしい。 「残さず味を覚えてね」 「うん」 勿論、探求も欠かさない。 隣の席では、賑やかな一行が氷水で冷やしたトマトをひとかじり。 「うちの畑も美味しいけど、これも格別だね。あ、その海老しんじょう、ウィナの!」 「ふふ、早いもの勝ちよ」 対岸を花車の行列が歩いていく。 華々しく飾られた行列から聞こえてくるのは、人々の楽しげな声だ。ちらりと横を一瞥すると、笑顔で祭を眺めているフェンリエッタ(ib0018)がいた。向日葵の浴衣に身を包み、蓮の花を髪に挿した横顔は微笑んでいる。けれども何処か違う。人妖ウィナフレッドは違和感を探していて、気づいた。 『目が……』 空虚な色。 ここではない何処かを見据えていた。 最初に『白原祭へ行きたい』と告げたのはウィナフレッドの方だった。浴衣はフェンリエッタに縫ってもらった。鮮やかな緑に山吹色の帯が艶やかで、祭りは楽しいし、料理は美味しい。それなのにフェンリエッタの横顔は寂しげに見えた。理由は察しがつく。 「居なくなったら嫌だよ」 「あら、珍しく甘えん坊ね」 笑顔に覆い隠された心の言葉。 川を流れていく白い花が、静かに遠ざかっていく。 ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)が食前酒に選んだ琥珀色の酒は梅酒だ。 「にゃ、この飲み物……梅の味がする。ママと一緒の〜?」 「ざんねーん。俺のは食前酒だが、怜のは酒じゃないぜ。でもやっぱ、夏は梅に限るよな」 鱧の湯引きに箸を伸ばす。 料亭に頼んで豪華料理を並べてもらった。ヴォルフが鱧の湯引きを口に運ぼうとすると、叢雲 怜(ib5488)が物欲しそうな顔で見ていた。暫くすると傍らに移動し、ぎゅぅっと抱きつく。 「えへへ〜……ママ、食べさせてほしいのだよ」 「今日はやけに甘えるな?」 からかうような言葉を口にしつつも、ちゃんと食べさせる。さらに頭を撫でてやった。 「で、……どうかしたのか?」 「あのねあのね、ママ、だぁい好き。ママの一番側に居るのは、ずっとずっと俺なのだよ。てか、俺じゃないと駄目なんだよ!」 すりすりと頬をよせる叢雲が微笑ましい。 「おや、俺奪われるのか? 恋人はどーすんだ」 「にゅ。こ、恋人のとは別だもん!」 頬をふくらませて、ぷい、と外を向いた。川見ないのか? と声を投げても、叢雲の機嫌はなおらない。元の席へ戻り、自分の分をすっかりと平らげてしまった。いつもと違う様子の叢雲に首をかしげつつ、食前に飲んだお互いの盃を見た。 ヴォルフのは梅酒。叢雲のは酒ではない……はずだ。 「ママ」 考えに耽っていたヴォルフの唇に、突然重なる温かい感触。 「大好きなのだぜ?」 そのまま、こてん、と膝に倒れ込んだ。ヴォルフが「おい、怜」といって肩を揺さぶるが、既に意識が遠のいている。幸せそうな寝顔で、むにゃむにゃ何かを話していた。 半ば呆然としつつ、叢雲の盃をとって、ひと舐めする。 「やっぱり酒じゃない……よなぁ? あれ?」 ヴォルフは暫く首を捻っていたが「まあいいか」と呟くと、膝上の黒髪を指で梳いた。 川床にいると、香木の匂いを乗せた涼しい風が、たえず頬を撫でていく。 上級人妖蓮華は、目の前の羅喉丸(ia0347)に「飲め」と漆塗りの盃を差し出した。 とろりと濃い酒が喉を焼く。 机の上には鮎の塩焼き、胡桃豆腐、鮑の煮付け、湯葉の刺身。かぶりついた玉蜀黍は、岩塩を振ってあるにも関わらず、砂糖のように甘かった。 「昼間は楽しかったな。たまにはこういった贅沢も悪くはない」 警備仕事の報酬全てを、料亭の料理に捧げた。 極上の酒、旬魚や旬野菜つまみの数々、途切れることのないご馳走を前に、上機嫌の蓮華は物知り顔で笑った。 「張り詰めた弓の弦は切れる。お主も分かってきたようじゃな。」 苦笑が溢れる。 最近は目的もなくお金を貯めることに価値を見いだせず、骨休みのつもりで使い切ることにした。なにより時々人妖の鬱憤も抜いておかないと、また財布を持ち出して、ある日、何処かの居酒屋に逃亡を計る可能性も否定できないからだ。既に前科あり。 満足気な蓮華を見ていると『暫くは余計な心配をせずに済みそうだ』という結論に至る。 「ここは風流だな。川床というのも面白いし、景色もきれいだ……蓮華、また花車が通るぞ」 「おお! ぬぅ、群衆が邪魔で踊り手が見えぬ!」 人妖の蓮華が手摺から身を乗り出す。 幻想的な白原川と行列を眺めながら、羅喉丸は「また来たいものだな」と夜の闇へ囁いた。 深い闇が、光の川を浮き上がらせる。 「わ〜、とっても綺麗です。マスター、早く早く!」 「香木の匂いも漂ってて、なんだか幻想的な景色だね」 「はい、お昼にも来てみたかったです!」 白原祭に初めて来た緋乃宮 白月(ib9855)は、仕事の後に羽妖精の姫翠を連れて街中を巡っていた。賑やかな人々、催しの数々、縁日で遊びまわって最後に白原川へやってきた。蓮切花を流す為だ。 白月が長い茎を折って「こうやって蓮切花を流せば良いのかな?」と周囲の人を真似して花を投げる。姫翠も同じように蓮切花を流した。 「これでマスターや私を清らかにしてくれるんですね」 遠ざかる白い花を眺めた白月は「うん」と呟く。静寂の心地よさを感じていると、羽妖精の姫翠が肩に乗った。 「えへへ〜、マスターとお祭りに来るのも久しぶりですね。とっても嬉しいです!」 ふっ、と白月の口元が弧を描いた。ここ数カ月忙しくて骨休めできた日は数少ない。 「折角ですから、明日もゆっくりと楽しみましょう」 「はい!」 幸せに満ちた平穏のひととき。 白月は眠らぬ街の宿へ戻るべく踵を返す。 満天の星にも似た夢路の果て。穢れを祓うと詠われる、大河の花々を背にして。 |