彩陣斎火〜霧雨の祝言〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
EX :危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 20人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/22 15:23



■オープニング本文

「ねぇ霧雨さん」
「あい」
「あたしにいうことは」
「えーと」
 頬をひっぱたく音がした。
「もう、はっきりしてよ! 言い淀む必要ないでしょ!」

 家の外まで聞こえてくる痴話喧嘩を聞きながら、里の人々は『ああ平和だなぁ』と内心呟き、せっせと宴の準備を進めていた。

 ここは【彩陣】……古くから五行東の山間にある恵みの土地だ。
 彩陣の人々は紅、黄土、緑、藍、紫の艶麗の色彩を特徴とする『五彩友禅』という染め物を作ることで生計を立ててきた。大凡一人の職人が三ヶ月に一着しか作ることが出来ず、この一着の売り上げで一家族が一年暮らせる額になる。
 近年の彩陣は深刻な『魔の森』の被害を受けていた。五彩友禅で稼いだ莫大な資金の大凡半分を職人達が出し合い、私設の陰陽師団を雇わなければ日々の生活に支障をきたすほどである。しかし彩陣の人達は今後も村を変えるつもりはないらしく、五彩友禅は絶えるのではないかと噂されてきた。
 彼らが山に拘ることにはある秘密があった。
 彩陣は、先日滅んだ大アヤカシ生成姫に呪われた里だったのだ。
 生成姫は一度、封印された記録がある。それに携わった陰陽師たちが、封印を強固とする為に移り住んだのが里の発祥らしい。諸々の事情で生成姫が誤って解放された後、子孫はその恨みを一心に浴びることになった。
 彩陣生まれの志体持ちは、通称『忌み子』と呼ばれていた。
 忌み子は生成姫の怒りを鎮める為に生贄として捧げられ、生成姫の玩具となる宿命を担っていた。一定年齢になると大アヤカシの手で惨殺されるのである。数百年もの間、忌み子の死の上に、彩陣は存続を許されてきた。
 長年、歴史の影に隠されてきた秘密取引。
 これを知ったある開拓者たちは、この悪しき呪縛から人々を解き放つ為、三年という年月を投じることになる。
 両手から砂が溢れるように、沢山の命が失われた。
 多くの苦難を抱えて駆け抜けた。
 そして掴んだ功績。

 大アヤカシ生成姫の消滅。

 配下を一掃し、生成姫の呪縛から多くの者を解放した。
 忌み子もその例に漏れず、かくして忌まわしい習慣は此処で終いとなる。

 この忌み子の中に、御彩霧雨という人物も含まれていた。
 五行彩陣の里長の嫡男である。アヤカシの魔の手から守る為、彼は死んだことにされて世間から隔離された。生成姫討伐に伴い、諸々の事情で開拓者としての権利を剥奪の上、故郷の彩陣へ帰された。

 こうなると持ち上がるのが『実家を継ぐ』という問題である。
 霧雨は彩陣を継ぎ、次代の里長となる事が決まった。よって就任と同時に嫁を取る……と考えるのが筋だが、元々殺される事を覚悟して生きてきた霧雨が『好き合う女性と祝言を上げて家庭を築く』のは想定外の話だった。
 簡単に言えば、腹が決まっていなかったのだ。
 婚約者からの追求をのらりくらりとかわし続け、最近になって婚約者の実家へ『お嬢さんを僕にください!』を実施しにいったらしい。ボコボコになって帰ってきた霧雨の横に、幸せそうな婚約者はいたというから、ひとまず許可は頂けたに違いない。

 かくして彩陣は現在に至る。

「霧雨さん、あたしね」
「んー?」
「いつか五彩友禅の山上を買うのが夢だったのよ。どれが似合うかしら」
 畳の上に広げられた錦の織物を眺めて、紫の花は艶やかに微笑んだ。
「別に好きなの着ればいいじゃないか」
「もう少し真面目に答えてよ。式の手順だって確認したのに覚えてないし、いつもいつもいつも……」
 ぐにー、と頬をつねる。
 平和ボケした霧雨に苦労する花嫁が一人。
 二人は開拓者ギルドを通じて、知り合いや世話になった開拓者達を招く準備も行っていた。

 喧嘩の多い二人に代わり、彩陣の人々が細部の準備を進めている。
 極彩色の結婚式。
 ご馳走にあふれた披露宴。
 華々しくも雄々しい花火の見世物。
 新しい里長誕生に賑わう彩陣の里に入れば、耳に挟む話題は一つ。

「そういや若長の奥方、なんて名前だっけ。俺、まだちゃんと会ったことないんだよな」
「確かナルさん、だったかな。藤や桔梗の花が似合う、青い瞳と紫の髪の……綺麗な女性だったよ」


■参加者一覧
/ 劉 天藍(ia0293) / 酒々井 統真(ia0893) / 大蔵南洋(ia1246) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 黎乃壬弥(ia3249) / フェンリエッタ(ib0018) / 久遠院 雪夜(ib0212) / 萌月 鈴音(ib0395) / アレーナ・オレアリス(ib0405) / 劉 那蝣竪(ib0462) / ネネ(ib0892) / 蓮 神音(ib2662) / 寿々丸(ib3788) / 常磐(ib3792) / 桂杏(ib4111) / ローゼリア(ib5674) / フレス(ib6696) / 刃兼(ib7876) / 白雪 沙羅(ic0498


■リプレイ本文

 その日、花嫁は御彩・霧雨(iz0164)と屋敷を出て、里の外れに向かった。
「みんながくる時間だわ。みて」
 上空の太陽を隠す影は、雲ではない。
 招待客たちをのせた、轟音を響かせる飛空船だ。


 ローゼリア(ib5674)はからくりの桔梗、そして戦友の刃兼(ib7876)と共に小型飛空船の甲板から眼下を見下ろす。彩陣の里は、彼方此方が華やかに彩られていた。
「ふふ、感無量……といった所ですわね。新郎新婦が手を振っておりますわ」
「本当だ。おー―――い!」
 刃兼の声が、飛空船の音にかき消される。
 荷造りでわたわたして飛空船に乗り遅れそうになった萌月 鈴音(ib0395)は、疲れからか半ば船酔いをした顔のまま、出迎えた霧雨達を祝う。
「お二人とも……この度は、ご結婚おめでとうございます」
「大丈夫……じゃなさそうね」
「鈴音、休むか。よ、前は顔だせなくて悪かったな、霧雨」
 上級人妖の雪白を肩に乗せた酒々井 統真(ia0893)が声をかける。
 船を降り立つ桂杏(ib4111)、そして猫又を連れた大蔵南洋(ia1246)の姿が見えた。
 大蔵は婚礼の日を迎えた若夫婦の花嫁に、鬼面のような難しい顔で重々しい唇を開く。
「言うまでもないこととは思うが……」
 到底、祝いの雰囲気ではない。
 警告か、それとも苦言か、二人が覚悟を決めた時。
「花婿殿の手綱は、緩めぬようにな」
 一世一代の冗談は、強面ゆえに珍妙な静寂を生んだ。桂杏が大蔵を突き飛ばし、霧雨の奥方は「そうするわ」と小さく笑った。
「あら」
 小隊華夜楼を率いる黎乃壬弥(ia3249)は、以前から話だけは聞いていた同拠点仲間の結婚を祝うべく、御樹青嵐(ia1669)やフレス(ib6696)たち友人一同を引き連れてやってきていた。
「ナル姉さまぁー!」
 フレスは小隊長を追い越し、元気に駆け出して、出迎えに来た霧雨の奥方に飛びついた。きゃはは、という明るい笑い声がして場が華やぐ。フレスを抱きしめたナルが、珍しく武士らしい身なりをした小隊長の顔を見上げた。
「いらっしゃい」
「よお、元気そうでなによりだ。ついに霧雨殿と結婚するんだってな」
「そうよ。そういえば、きちんと会わせた事はなかったわね。この人が、霧雨さん」
 後ろにいた霧雨の腕を引く。
 じろりと見下ろしてくる黎乃の威圧感にたじろぐ霧雨へ一言。
「断じて鬼灯酒だけが目当てではない。勘違いするな?」
「……え、あぁ、好きなだけ飲んでくれ」
「話のわかる奴だな」
 何やら霧雨と黎乃の間で固く交わされる握手。
 この場にいない養女への懺悔を脳裏で唱えた。出かけに散々言いくるめられていたらしい。黎乃の傍らから、仙猫の羽九尾太夫を抱えた弖志峰 直羽(ia1884)が満面の笑顔で顔を出す。
「ナルちゃん、霧雨さん、御結婚おめでとうな! あったかい家庭をな! 子供できたら、またお祝い贈るし。顔、見に来てもいい?」
 ナルは頬を染めて「もちろんよ」と返事をした。
「きいた? 霧雨さん。あたしやっぱり、おややは二人は欲しいなって思ってるの」
「そ、それはともかくだな。一緒に式を挙げるのは誰だっけ」
 霧雨が話題をそらし、怒った奥方が背を叩く。
「もう! でもそうね、二人も衣装を選んで着替えなきゃ」
「その点は心配ないんだ」
 劉 天藍(ia0293)と緋神 那蝣竪(ib0462)が黎乃の後方から歩いてきた。
 霧雨たちは祝言をあげると決めた後、仲間を呼ぶ際にもう一つ話をした。それは結婚を考えている者がいるなら、一緒に式をあげよう、というものだ。
 かくして劉と緋神は、思い出の品を手に彩陣へ降り立った。二人だけの静かな誓いの式はあげていたが、披露宴をしていなかったから、丁度いい、と。
「実は、前に贈った品があるんで、それを……と船で話してた」
 仄かに照れた劉を見上げて緋神が微笑む。
「求婚してもらった時、天藍君から贈られた五彩友禅「雪椿」……折角だから着て式に臨みたいけれど、構わないかしら?」
 霧雨たちの「是非」という返事を受けて、劉が緋神を見つめる。
「俺も那蝣竪さんの五彩友禅姿、見てみたいし」
 後ろの黎乃が無精ひげの生えた顎を撫でながら「やけに話し込んでると思ったら、それの話だったのか」と納得がいったように頷く。緋神は「ええ」と相槌をうった。
「あの贈り物を着て、天藍君と改めて祝言を上げたいなって。やっぱり一生の想い出で、記念日だもの」
 愛する人と見つめ合って微笑むだけで、幸せが溢れる。
 言葉はいらない。
 微笑んだ緋神は霧雨とナルを振り返った。
「私も少し、お二人の幸せに肖りたいなと思って、ね。霧雨さんと那流ちゃん、ずっと苦労を忍んで来た御二人だもの、どうか末永くお幸せにね」
「那蝣竪さんの言うとおり。諦めなかった那流さんの意思の強さ確かさが、今日の日を引寄せたと思う。本当に良かった……どうぞお幸せに」
「ありがと……」
「私からもお祝いを言わせてください」
 拠点の仲間たちの中に、真っ白い毛並みの獣耳を持つ陰陽師の少女、白雪 沙羅(ic0498)が立っていた。
「来てくれたのね。本当にありがとう」
「おーい、俺にも紹介してくれよ」
 霧雨の言葉に、白雪は抱擁から抜け出して顔を上げた。
「はじめまして。奥様とは同じ拠点なのです。ずっと幸せを祈っていました。勿論これからの幸せも。遠くからですけど、ずっと願っています」
 霧雨の妻を見上げる白雪の眼差しは、姉妹を見るような眩しく柔らかい光に満ちていた。
「そうか……ありがとう」
 まだ時間があるから、と。
 霧雨は奥方を小隊華夜楼の者達に預けて、他の者をで迎えに行く。
「驚く点が多すぎるだろ……」
 覚えのある声に霧雨が振り返ると、そこには常磐(ib3792)や泣き崩れる寿々丸(ib3788)、ネネ(ib0892)や蘆屋東雲など陰陽寮は玄武寮の関係者がいた。
 かつて霧雨は玄武寮の雑務係として勤めていた。忌み子の騒動に巻き込まれ、玄武寮には『霧雨処刑』の報だけが行われた。
「皆、寮長もいらしてくださったんですか」
「はい、お久しぶりです。突然のお話で色々驚いたのですが、祝いの席と聞きまして寮生を連れてきてしまいました。ね、常磐さん」
「御彩。生きてたんだな」
「書類の上では死んでたぜ? うーらーめーしーやー、なんてな」
 おどける霧雨。呆れた眼差しの常磐の横では、寿々丸が泣いていた。涙なのか鼻水なのか分からないもので、顔を汚しながら「御彩殿……本当に……本当に……また、会えた事が、本当に嬉しく」と声を搾り出すのに苦労していた。常磐が「ほら、寿々」と手拭いで寿々丸の鼻をかむ。
「かわんないなぁ」
 ふ、と笑った霧雨の顔に小皺が目立つ。常磐が厳しい目つきで拳を握った。
「俺や寿々……玄武寮のヤツらがどれだけ……、親しくしてたヤツが急に居なくなるって事が、どれだけ辛いか分かってんのか!」
 処刑されたと聞かされた。泣いた仲間を何人も見た。怒鳴る常磐に対して霧雨は「そーは言われてもなぁ」とぼりぼり頭を掻いた。
「俺だって戻りたかったけどさぁ、戻ったら命の保障できないって柚子平に釘刺されてたし。でも皆のおかげで戻れたんだぜ?」
 そこで常磐が傍らの寮長、蘆屋東雲を見上げた。
「寮長は御彩の事……知ってたのか?」
 蘆屋は首を横に振った。副寮長に謀られたらしい。脱力した常磐が、猫の刺繍入エプロンと青い矢車菊の刺繍入り布製の手製栞を2枚取り出す。
「とりあえず……これ。姉貴に言ったら作ってくれた。魔除けになるって。結婚、おめでとう。幸せを願ってる。で……食べたい料理あるか? 台所を手伝う」
「ほんとか? じゃあ、前作ってくれた、芋羊羹と五目炊き込みご飯のお握りが食いたいなぁ」
 そこでようやく寿々丸は涙を拭った。
 深々と頭を下げる。
「此度は、本当におめでとうございまする」
 両手に持っていたバラの花束を、霧雨の元へ戻ってきた奥方に贈った。
「奥方殿はお姫様のようですな〜。……御彩殿のお姫様でするな!」
「まあ綺麗。ありがとう。……なんだか照れるわね」
「御彩殿を、どうぞ宜しくお願い致しまする!」
 寮長の影からネネが顔を出した。
 周囲を気にしつつ、にっこりと微笑む。
「おめでとうございます。お嫁さんと、どうか末永く、お幸せに」
「ああ。ありがとうな」
「もしまた幸せブレイカーが出たらギルドにご一報ください。必ず駆けつけますから!」
「頼りにしてる」
 ローゼリアが両手を叩いた。
「さ、お喋りはここまでですわ。新郎新婦は着替えないといけませんわよ。それと」
 花嫁を一瞥したローゼリアは、霧雨の胸を指差す。
「いいですこと」
「なんだ?」
「なんだ、じゃありませんわ。今日は花嫁にとって特別な日ですのよ。妻に恥をかかせぬよう、服飾はもちろん、髪もきちんと梳かしなさい。似合ってるかも重要です、私の批評は辛口ですわよ?」
 ち、ち、ち、と人差し指を動かす。ごきゅり、と霧雨が生唾を飲み込んだ。
 屋敷までの道中に酒々井が友禅について訪ねたが、現在は彩陣と契約している万商店に殆どを納めている、とのことだった。再び市場に出るのを待つしかないらしい。


 式の始まりは『斎火の儀』から始まる。
 新しい里長の誕生を祝い、太平と五穀豊穣を願う儀式が終わると、祈祷を終えた宮司が降ろした火を、白服女性の提灯にうつし、里中の蝋燭へ聖なる火を点けて回るのだ。
 フレスは厳粛に落ち着いて宮司から火を受け取り、蝋燭へ移していく。
 真っ白な服を着た白雪沙羅も、やや緊張気味な表情をしている。
 宮司が紙垂を結びつけた玉串――白いヒラヒラの和紙を結びつけた祭具を左右に振るたび、心が疼く。猫として体に染み付いた習性が心をくすぐる。
『静かに全力でお祝いするのです。動くものは見ないのです!』
 ぎゅ、と両目を瞑る。
 どれくらいそうしていたのか。フレスの呼ぶ声で瞼をあげた。
 持っていた蝋燭に、橙色の炎が灯る。揺れる炎を見て「綺麗」と言葉がこぼれた。
 猫のような誘惑と衝動の代わりに、心へ宿った温かいもの。
 心からの願い。
『この灯火のように、暖かな幸せが里中を包みますよう。生成姫の呪縛から放たれたこの里が、ずっと穏やかでありますよう』
 1つ1つ願いを込めて、仲間たちの蝋燭に炎を灯す。
 同じく儀式の間、神妙な心持ちで眺めていたフェンリエッタ(ib0018)も火を持って家々を回る。晴れの日の、浮かれた里の雰囲気が心地よい。
 白衣装の女性陣の先頭を、きりりと表情を改めたネネが歩き出す。
「さぁ、待ちに待ったお祝い事ですよ! 参りましょう!」
 フェンリエッタ達も後を追う。
「元気一杯ね」
「目一杯お祝いするに決まってるじゃないですか」
「まってー! あ」
 他の白装束の女性たちと一緒に歩き出した蓮 神音(ib2662)は、群衆の中に見覚えのある少女を見かけた。片手をあげて「春花ちゃーん」と声を上げる。結い上げた髪にさした簪は、お揃いのもの。
「ほら、あの時の簪、ちゃんとつけてるよ! 一緒にいこうよ。神音も初めてだけど、きっといい経験や記念になるよ。ね」
 手を引いて連れて行く。
 白装束の女性たちの行列が出かけるのを確認して、アレーナ・オレアリス(ib0405)はからくりのロスヴァイセと共に、山百合を摘みに出かけた。霧雨の帰郷に最後まで同意しなかったオレアリスも『幸せは感じて欲しいものです』と胸中で思い、新郎新婦の通る道に沢山の山百合を飾って帰った。何も言う言葉はなかった。
 一方、白い服を纏った萌月は各家の提灯へ火を灯しながら、最後に必ず同じ挨拶をした。
「どうか……霧雨さんたちの事を、支えてあげて下さい」
 二人共まだ若く、霧雨は長く彩陣を離れていた。
「至らぬ所もあるかも知れませんが……何卒、お願いします」
 家を離れて砂利道を歩きながら「まるで保護者の気分だよね」と久遠院 雪夜(ib0212)は笑った。蝋燭の炎をうつし、空を見上げながら、久遠院は足を止める。
「どうしました?」
 萌月の言葉に「思い出したんだよ」と久遠院は山の麓を見下ろす。眼下に広がるのは、茜色の光を浴びて、朱色に染まる鳥居形の町、鬼灯。
「鬼灯の火は餌であり供養だった、飢えた鬼の」
「そう、でしたね」
「……この火は生きる人への、祝福の火でありますように」
 ナマナリの所為で起こった事件は数多く、失われた命も数え切れないほど多い。
 だからこそ、非業の死を遂げた彼らの分も、二人が幸せになってほしい。
 そう願う。


 台所では里の女たちに混じって、御樹や常磐たちが料理に専念していた。
「祝宴にふさわしい料理は、なんといっても鯛ですね、尾頭付きの塩焼きをじっくりと仕上げて参りましょう」
 御樹が考える全力の祝福は、豪華な料理で表現されていく。
「塩は足りるか? それにしても結構、大掛かりだよな」
 常磐は鯛の塩釜焼きに加えて紅白饅頭、そして霧雨が所望した芋羊羹と五目炊き込みご飯のお握りを作っていた。
 となりには蓮が出かける前に煮て行った鯛の姿煮があった。素麺を盛り付け、鯛の煮汁をつけ汁にして食べる縁起物で、鯛麺というらしい。
「一生に一度のことです。大掛かりでよいではありませんか」
「まぁそうだよな」
 頷いて蒸し物の様子を見る常磐の背中では、御樹が隠し包丁を山ほど入れた刺身を恐るべき速さで刻んでいた。


 里中の明かりが灯り、挙式では着飾った霧雨と妻のナル、そして一緒に合同結婚式をあげる里の者と、劉や緋神が粛々と道をゆく。
 花嫁たちが纏う五彩友禅は、一つとして同じものがない。
 ナルの着物には豪華絢爛で、富貴と繁栄の象徴である牡丹の花、恥じらいの芍薬、清浄の睡蓮、純愛の撫子、幸運を象徴する胡蝶蘭、長寿や延命を表す吉祥文様を兼ね備えた、四季の花が移ろう。
 緋神の着物は淡い鳥の子色の地に、裾から薄紫のぼかしが重なる凝った地で、輝く銀糸が雪降る空を思わせる清純な品で、ぼかしの向こうに紅地白斑の入る雪椿が凛と咲き誇る姿が上品で、雪椿の花々へ鴛鴦が遊ぶ絵柄は早い春を囁く。
 夏空の下で叶った、永遠の闇からの解放。
 正にナマナリの消滅で迎えた、里の花嫁たちの春だった。
 いつか生まれてくる子供たちに、もはや悲しい宿命はない。新しい命は祝福されて然るべきだと、何人もの開拓者が思った。
 焦がれる者や涙ぐむ者、感慨深く眺める者と様々だ。
 そして式の間、上座の霧雨が奥方に見惚れるように、劉も緋神の横顔に見惚れた。


 茜色の空に、闇の帳が落ちていく。
 笑顔の花嫁花婿を囲んで、夜の宴が始まった。
 凛々しい顔つきで座した黎乃は、里の翁たちを相手に、霧雨の元へ嫁いだ仲間をまるで娘か孫のように語っていた。旨い酒が益々入れば、武士の口も饒舌に滑り出す。
 対照的に、静寂を守る白雪は眩しそうに主役の二人を見守る。
『私もいつか、あんな素敵なお嫁さんになりたいなぁ……』
 憧れを抱いたのは白雪だけでなく、自然と微笑んでいるフレスもそうだ。幸せそうな花婿と花嫁を見ていると、自分と婚約者を重ねてみてしまう。
『私もあんな風な結婚式あげられたらいいなぁ』
 宴の席で設けられた舞台では、フレスが主役たちを想った舞を披露することになった。
 情熱的でありながら、どこか密やかで穏やかな、ずっと一緒にいたいという焦がれる思いを、一生懸命に体で表す。曲は蓮の横笛が補った。
 フェンリエッタは新郎新婦に「おめでとう」と一言お祝いして、ご馳走狙いの人妖ウィナフレッドと席に座る。
「嬉しいね」
「うん、素敵なことね。これからの道も平坦ではないと思うけれど、苦労の分だけ、それ以上の安寧と幸せを紡いでいけると、信じるわ」
 長い歳月の犠牲と尽力を思い、目頭が熱くなったらしい。
 心からの尊敬と幸を祈りながら、フェンリエッタは楽器を握った。
「私も曲のお手伝いしてくるわ」
 料理を運ぶ御樹は、楽しそうな霧雨と奥方を眺めて『永遠の固い絆』を感じていた。
 刃兼たちが「男前じゃないか」と霧雨たちをひやかす。
 ローゼリアは霧雨をじろじろ見て「ふむ……ま、及第点ですわね」と告げた。隣に立つ新婦が幸せそうなら、どんな格好でも合格だと思っていた。
 刃兼もまた酒杯を掲げて、最大限のおめでとうを伝えようと決めていた。
「晴れて夫婦となった二人が幸多く在りますように」
「既に苦労を共にし、新たな道を行くお二人に最上の幸がありますよう……祈っておりますわよ」
 刃兼とローゼリアの盃が二人を祝う。
 そして久遠院は美しく着飾った霧雨の奥方を、ぎゅーっと抱きしめた。
「ナルさん、絶対に、絶対に幸せになってね」
「うん」
「懐かしい顔が揃っておりますなぁ」
 山の麓にある鬼灯の里、卯城家の当主が朗らかに声をかける。傍らには境城家を継いだ和輝。けれど霧雨の天敵がいないことに気づいて、にんまり笑う。
「よかったね来てなくて。昔『あ』の女に言い寄られてたもんね」
「おぉい!」
 大蔵の兄妹も酒を注ぎに現れる。全く祝っている節がないように思える兄の強面は、生まれながらのものなので、どうしようもない。
「して霧雨殿、以前にも問うたが……これほどの女性を妻とされるからには、御覚悟よろしいでしょうな?」
「ああ、俺にはもったいないほど、できた妻だよ」
 霧雨の返事に、ふ、と浮かべた意味深な笑み。
 ちょいちょい、と謎の手招きをする。首をかしげて近寄る霧雨。大蔵は奥方を気にしつつ、小声で耳打ちした。
「……よいかな。奥方の思い切りの良さに驚かされた事は、一度や二度ではない。色々な意味で『次はない』と心得られよ」
「う!」
 花婿を青ざめさせて、恐るべき重圧をかける。
 そんな大蔵を、桂杏が再び突き飛ばす。
「もう兄様、お祝いの席で何をこそこそ言ってるんですか」
 ……兄?
 呆気にとられた若夫婦に、桂杏が言い繕う。
「本日は誠におめでとうございます。不器用な兄を許してあげてください、あれでも精一杯やってるんです」
「あ、ああ。…………似てないな」
「霧雨さんのバカ!」
 今度はナルが霧雨を突き飛ばした。
 不用意な発言を競う場ではないのだが『やれやれどうして男は』的な空気が、奇妙な笑い声を発してお茶を濁す、花嫁と桂杏の間で静かに流れた。
 弖志峰はといえば、晴れて夫婦となった友人たちを前に、羨望の眼差しを向けていた。
「うん、俺も近い内に……想いを遂げられるように頑張る! ちゃんと結果を出せたら、霧雨さん達にも紹介するよ。報告、待っててくれよな」
 霧雨たちが「ああ」と言う前に、弖志峰の肩を掴んだ存在がいる。
「なんだ直羽、楽しそうな話をしてるじゃないか。ちょっと俺も混ぜてくれや」
 泥酔気味の黎乃現る。
 弖志峰の心に宿る愛しき金色の君は、どこぞの酔っぱらいの宝であるらしい。
 ざ――、と血の気がひいた弖志峰が「そうだ、花火! 青ちゃん、花火の支度を忘れてたよ!」と通りがかりの御樹を捕まえて逃げ出す。升酒を握り締めた黎乃が立ち上がり「おい、まてよ」と二人の後を追いかけ、熊が歩くように、のしのしと遠ざかっていった。
「やれやれ」
 消えた御樹の代わりに、常磐が皆のもとへ料理を運んでいた。
「樹里、美味しいか?」
 人妖樹里はもごもごと口を動かしながら、首を縦に振った。寿々丸も樹里を膝に乗せて親友の料理を絶賛している。白い尾が、ぱたぱたと大きく動いていた。
「常磐殿の料理も美味しいでするが、此方もなかなか美味でございまする。……幸せな料理でお腹もいっぱい。また『皆で一緒』でする。常磐殿が言った通りですぞ」
 常磐は「そうだな」と言って空の皿を拾う。
 寮長と副寮長の話では、霧雨は開拓者としての権限を剥奪され、陰陽師としての技術も封印具で失われているという。彩陣の若長となった以上、おそらく陰陽寮はおろか、結陣へも来る機会も殆どないに等しい。
 人は皆、同じように見えて、違う道を歩いている。
 其々の道を、各々の歩調で。
 寮で会える事はないのだとしても、生涯会えない訳ではなくなった。

 人が遠ざかったのを見計らって、緋神が劉の手を握る。
「私……幾久しく、天藍君と共に生きていたい。貴方のくれた沢山のものに報いたい」
 妻の告白に、劉は「幸せにするから」と囁く。若き里長夫妻がそうであったように、どんな困難も諦めずに乗り越えることを誓った。緋神もまた、今後栄えていくであろう彩陣の佳き日に幸せを刻めることを嬉しく思った。
 決して忘れない。
 この日を。

 横笛でお祝いの演奏を終えた蓮神音は、霧雨と奥方の所へ走り寄った。
「霧雨さん、ナルおねーさん、おめでとー! 鯛麺、口に合う?」
「うん、美味しいわ」
 花嫁のとなりでは、すっかり鯛麺を平らげた霧雨が、仲間に酒を継がれていた。
「今ならいいかな」
「え?」
「あのね、好きな人を捕まえるには……どうしたらいいのかな?」
 奥方に耳打ちした蓮の瞳は真剣だった。好きな人を捕まえる方法が知りたい。願いを成就させたナルは、古い記憶をたぐり寄せる。
「お願いだよ! 詳しく教えて!」
「何から話そうかしら」
「実は正直、初めて鬼灯に行った時は二人がこうなるなんて思わなかったけど、でも、とっても嬉しいんだよ」
 蓮の言葉に、奥方は何かを思い出して小さく笑った。
「あたしもね、そもそも霧雨さんを好きになるなんて、思ってなかったのよ。影が薄くて、のろまで、貧乏くじばっかりひいて。ほんとダメな人でしょ。ほっとけなくて、あたしがお尻を蹴飛ばしてあげなきゃ、って思って傍にいたら、いつの間にか……目で追ってたわ」
 最初は恋なんて考えなかった。
 見合い話が嫌で実家を飛び出し、小隊仲間の色恋の世話をやき、時には当時まだ連れのいなかった仲間――弖志峰と一緒に祭の屋台を回ったりしていた独身時代を思い出す。
「恋なんて考えもしてなかった。でも鬼灯の事件で、霧雨さんが天奈に誘拐されて、奪還した後、天奈と話したんだけど……その後、思ったのよ。『あたしは何故こんなに必死になってたのかしら』って。それで気づいたの『ああ、彼のことが好きなんだわ』ってね」
 ぱちん、と片目を瞑る。
「あたし自身の気持ちを確かめるのに一年かかった。あたしも随分と鈍かったのね。でも、そこから『振り向かせるまで』が大変よ」
「どうやったの」
「何があっても諦めないこと、かしら」
 蓮は目を点にした。ナルが馬鹿騒ぎしている夫を眺める。
「ほんと苦労したんだから。告白は鬼灯祭であたしからキスしたんだけど……はぐらかそうとするし。本気よ、って伝えても、霧雨さん、結婚願望ないんだもの。二年後に生きていたら祝言を申し込む、そういう条件で付き合い始めたわ。でもあたし達は『付き合って』なんていなかった」
 ナルの瞳が暗く陰る。
「時々嬉しいこともカッコイイことも言ってくれたけど、甘い言葉なんて一切なし。あの人は『好き』だとか『愛している』とは絶対に言わなかったの。いつもはぐらかして不安にさせて終わり。挙句あたしがデートに誘って、二人っきりになって、どんなに誘惑しても、寝たふり決め込んだのよ、あの人」
 思い出して腹が立ったのだろう。
 頬をふくらませて、ぷいっと夫から目をそらす。
「彼が他の女と楽しそうにしてるだけで、嫉妬したりする自分自身が、すごく嫌な女に思えたり、女としての魅力がないんじゃないか、って散々悩んだわ。でも」
「でも?」
「……そのうち気づいたの。彼はずっと、あたしが呆れて諦めるのを待ってた。何ヶ月も見捨てるように仕向け続けた。なぜだと思う?」
 蓮が首を傾げる。
「古い男の思い出が少なくなるように、よ。一生を添い遂げられる他の男と一緒になれ、って考えてたみたいなの。バカよね。だから言ってやったわ」
「なんて?」
 古い記憶の中に落ちた、忘れられぬ、遠いあの日。
「ふふ……

『あなた以上に好きになる男なんていない。
 それだけもう心にしっかり入り込んじゃったもの。
 それに「覚えていてくれるか?」って言ったのあなたが先よ?
 だから絶対に忘れてなんてやらない。
 おあいにく様。
 あたしの望みはあなたと共に生きる事よ。忘れないで』……って。

 あの人は一言『莫迦だなぁ』って言ったわ」
 酒を煽って、ナルの目元が薄紅に染まる。
 色んな事があった。
 一分一秒と忘れられぬ日々を過ごした。
「どこかで諦めていたら、あたし達はそこで終わってたの。霧雨さんを観念させるのは大変だったし、一緒に生きてもらえるように説得するのも大変だった。あたし達の場合、何が交際の決め手だった、とかじゃないの。処刑の件で、別れて暮らさなきゃいけなかった時も会えないのはつらかったし、悪夢に魘されたりもしたけど……」
 ナルが微笑む。
「信じて諦めなかった、それだけよ」
 花嫁の言葉を胸に刻んだ蓮が「おめでとう」と太陽の笑顔を向ける。
「神音も頑張る。それでいつかセンセーと!」
「頑張って。それでいつか、あたしと霧雨さんを呼んでね」
 ゆびきりげんまん。
 絡めた小指は、未来への約束だ。

 ローゼリアと刃兼は酒樽を傍らに見つめ合っていた。
「さて。第二ラウンド、ですわね?」
「この間も競ったから今日は二度目、か」
「ええ。今度こそ酔い潰して差し上げますわ」
「めでたき日に一勝負と行こうか」
 刃兼は挑戦に乗り気だった。
 相手が大の男を酔い潰す程度に酒豪なのは、重々承知した上だ。
 果たして自分が先に酔いつぶれ、ローゼリアからもらった太刀を抱えて寝潰れ、猫又キクイチの座布団がわりにされるのが先か。
 それとも酔いつぶれたローゼリアに水やおしぼりを差し出す栄誉を勝ち取れるか。
 そこは正に酒好きの戦場。
「そうですわ、柚子平。あなたも一緒に参戦しませんこと?」
「えー、私は明日の仕事に響くのでやめておきます」
「この程度のお酒、一日で消化なさい」
「それは無茶だと思う、ぞ?」
 刃兼が突っ込む。

 賑やかなお祝いの宴を満足げに眺めたネネは、片隅のイサナとソラの傍にいた。
「イサナさんとソラくん、最近いかがですか。新しい生活は順調ですか? 何か困った事、ありませんか?」
 陰陽寮の試験は終わった。幸せな人たちを見れた。
 だから幸せをもっと増やしたい、とネネは意気込んでいた。

 桂杏は変装した茜と清史郎を見つけると、走っていった。
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
 うっかり置き去りにされた兄の南洋も、咳払い一つして妹の傍らに並び、以前に二人から借りた鍵はその使命を十分に果たした事を報告するとともに、忌み子達と共に茜さんも呪縛から解かれたことを心から祝った。
 楽しく語らう妹と茜を眺め、花嫁と花婿を見て。
「……感無量だ」
 やり遂げた事を誇りに思った。 

 落ち着いた頃を見計らい、緋神と劉は連れ立って里の人々に改めて挨拶した。
「今後も、私達でお力になれる事があれば馳せ参じますね」
「里はこれからですね。未来に向けて頑張って下さい。俺達も手伝える限りお手伝いします」
 里の人たちの幸せも、願わずにはいられない。


 宴の最後を飾るのは、手筒花火だ。
 男たちは己の勇気を示す為、着火した手筒を抱えて里中央の小川で延々と踊ります。手筒の大きさは様々で、中には十メートルほど吹き上げるものもある。
 これに挑んだ男たちの中には、霧雨、弖志峰、御樹、黎乃、酒々井も含まれていた。
 まず酒々井が手頃な手筒を選ぶ。
「度胸試しってんなら、やってやろうじゃねぇか、今更火傷程度、怖いもんかよ。どーせなら、派手に燃えてやる!」
 酒々井は「まあ祝いの席だしな」と呟き、手筒の花火を真上に向けて、より上に、そして自分の身に降り注ぐように持って着火を待っていたが、……これを越える男がいた。
「準備いいか」
「ちょっと待って」
 弖志峰は羽織袴に鉢巻装備、袖は襷で邪魔にならないようにしつつ、両腕はなぜか包帯でまいていた。一方、気合を入れすぎた御樹は褌一丁で手筒花火を抱えていた。
「そんな薄着で……だ、大丈夫なの、青ちゃん」
「もちろんですよ、直羽。何があろうと本望です。ところで御彩さん」
 御樹は霧雨を見据えた。
「覚悟のほど見せてもらいましょう、如何に今の状況を跳ね除けて彼女を幸せにするつもりなのか。態度で示してもらいますよ! 私と!」
「君となのか!?」
「ふん、あまっちょろいな若造ども」
 黎乃は大きな手筒花火を二つ、両腕に抱えていた。うっかり手筒がずり落ちたら、吹き出す花火は黎乃自身を直撃する訳だが、そこは根性で耐えて見せるらしい。
「小隊長の意地ってもんを見せてやろう」
 景気づけに、弖志峰の提案で男衆が一献酌み交わす。
 そして手筒に着火が始まった。
「さあ、華炎の舞をとくと御覧じあれ!」
 火花を舞う花弁のように纏って、弖志峰たちが神楽を舞う。
 包帯や衣類がぶすぶす焦げていくが、求婚の為を考えると、黎乃に負けるわけにはいかない。御樹は引きつった笑いで脂汗を流しているのが見えた。治療が必要かなぁ、と頭の隅でぼんやり思いながら、弖志峰は呪縛から解き放たれた里と尽力してきた全ての人達に幸いあれ、と祈りを込めて舞踏を続けた。
 燃え上がる炎。
 人々の歓声。
 煌めく星屑よりも眩しい火の粉を全身に浴びながら、黎乃は天まで届けと大筒を振り回す。
『見てるか……?』
 火花の向こうに、思い出が蘇る。誰にともなく胸の内で囁く。
『こっちは心配すんな、だからそっちも元気でやれよ』
 黎乃は火花の雨向こうに立つ花婿と、見守る花嫁を見た。
「あついー!」
 叫ぶ霧雨の隣に、酒々井が近寄っていく。
「おい、霧雨。これから女房貰って、そのうち子供も出来るだろうし、最後の火傷にしとけよ!」
 片手で背を叩く。
 すっ転びそうになって大騒ぎしていた。

 一生に一度。
 輝くこの日は、人々の胸に刻まれる。
 忘れない。決して忘れない。永遠を輝く、新しい始まりの日々を。