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■オープニング本文 ●石鏡からの招待状 その日、五行王・架茂天禅(iz0021)は石鏡からの勅使が来たと知らせを受け、隣国とは言えそうあるわけでもない事態を鑑み五行国の警邏隊総指揮官である矢戸田平蔵を伴って面会に赴いた。 ――が、勅使と紹介された『彼女』の顔を見た途端に五行王の眉間の皺が増えた。 平蔵に至っては目を丸くした後で五行王を見遣り、思わず吹き出しそうになってしまって慌てて顔を背けるという状態。 五行王は問う。 「……此方が勅使か」 そう彼に伝えた役人は頭を垂れて「はっ」と肯定の意を示すが、王の様子がおかしい事には気付いていた。何か問題があっただろうかと内心で戦々恐々としていた彼に、王は深い溜息の後で告げた。 「隣国の王の顔ぐらい覚えておけ」 役人、固まる。 再び溜息を吐く五行王に、勅使――そう自ら名乗った女性はとても楽しそうに笑った。 石鏡の双子王が片翼、香香背(iz0020)。その背後では側近であり護衛でもある楠木玄氏が強面に呆れきった表情を浮かべていた。 役人達を下がらせ、五行王と石鏡王、平蔵と玄氏が向かい合って座す応接間。 「王自らのお越しとは火急の用か」と尋ねた五行側に対し、石鏡は「『あの』五行王が可愛らしくなられたと聞いたので直にお目に掛かりたくて」と笑顔。ゆえに場の空気はピリピリしている。……五行王が一人で不機嫌を露わにしているだけなのだが。 おかげで話は彼を除く三人で進められていた。 真面目な話をするならば、石鏡側は先の戦――五行東を支配していた大アヤカシ生成姫との大戦において様々な傷を負った五行の民を、数日後に控えた『三位湖湖水祭り』に招待したいというのだ。 もちろん招待と言うからには石鏡側で飛空船を準備し送迎を行う。 これから開拓者ギルドにも話を通し、当日の送迎警護や現地警備を依頼して来るつもりだ、と。 それ故に五行王の許可を得るため石鏡王は自らやって来たようだ。 「湖水祭と言えば三位湖畔に咲く彩り鮮やかな花の美しさも見どころの一つでしたね」 「ええ。今の時期は、特に鈴蘭の慎ましやかな美しさが湖の青と合わさって……」 平蔵の言葉にそう返した石鏡王は、しかしふと気付いたように意味深な笑みを覗かせた。 「そういえばこんな話を御存知? 鈴蘭は恋人達に幸せを運んでくれる花なのですって。五行王も矢戸田様も意中の方がいらっしゃるのでしたら、是非」 十四と言う幼さで王になった少女もすっかり年頃の娘になったかと思いきや、他人をからかう笑顔は一端の女性である。 平蔵が笑って誤魔化す傍らで、五行王はふんっと鼻を鳴らして一蹴だ。 その後、生成姫の消失によって起きた異変の件で石鏡の貴族、星見家の助力を得た事への感謝や、調査の進捗状況。神代に関しての話題もありつつ、王達の会談は恙なく(?)終了したのだった。 ●三位湖湖水祭り 石鏡を天儀において尤も豊かな国とした最大の恵み――それが国土の約三分の一を占める巨大な湖、三位湖である。 毎年6月の上旬に催される湖水祭りでは、水辺を散策してその恵みに感謝し、特設舞台では音楽隊や踊り手達が楽しい演舞を披露する。 また、首都安雲から安須神宮へと掛かる橋の上、巫女達が舞い踊る中央をもふら牧場の大もふ様をはじめとしたもふら様達が大行進するという。 例年は石鏡の民が楽しむための行事だが、今年は五行の民にも笑顔をという願いを込めた招待状が送られたことで、この警備、警護の依頼が開拓者ギルドに張り出された。 時は折しも鈴蘭の季節。 三位湖の畔にも美しく咲き誇るこの花が恋人達を幸せにしてくれるという伝説が実しやかに囁かれる昨今、あなたも仕事の合間に乗ってみるのは如何だろうか――。 ●愛の世紀末 夏です。湖水祭です。つまり恋の季節です。 ここに。 人の集まるところ、金の儲かるところ、面白そうなことに、率先して首をつっこみ続ける流離いの美食家がおりました。金髪碧眼の麗しき男装の美女。彼女の名前は、憂汰。わかりやすい偽名である。本名は長いので省略するが、元はジルベリア国の由緒正しい家柄にもかかわらず、実家の金を食いつぶしながら天儀各地で好き放題に暮らしていた。しかも侍女が化物並みに強いので、滅多に捉えられない。 そんな彼女が、湖水祭にやってきた。 姉さん、事件の予感です。 現在、湖水祭では鈴蘭が咲き誇り、恋人たちを幸せにしてくれるという伝説が囁かれている。とてもロマンスに溢れているが、悲しいほどに独り身の男や女は多いもの。道行くカップルを恨みがましい眼差しで眺める、行き遅れの男と女があっちにも……ああ、こっちにも。 そこで憂汰さんは思いついてしまったのです。 とんでもない見世物を。 「そこの諸君! 伴侶が欲しいか!」 おおおおおおお! 「行き遅れだなんて呼ばせ続けていいのか!? いやよくない!」 おおおおおおお! 集っているのは独り身の男女。 三位湖の傍で、ちょっと広い場所を貸し切った。おなじみの財力で立派な会場までこしらえた。 頭上に掲げる看板には『愛の世紀末』という謎の文字。 「よろしいか、一列に向かい合った諸君! 自己紹介は済ませたな? 君たちの手元には、今、三枚の紙がある。 そこに意中の男性、或いは、女性の名前を書きたまえ! この世の終わりになった時、誰と伴侶になりたいか……本能の声に従うのだ! 安心したまえ。 奥手な君たちの名前は、一切発表されない。 何人に思われたか、そして選ばれた理由だけを、僕が伝えてあげよう。 今後に活用し給え。 三度のチャンスで見事に両思いだった者だけに、特別な観覧席を用意した! これぞ運命の赤い糸! 愛の世紀末、大作戦! 選んだ理由もきっちり考えて書きたまえよ。それが礼儀というものだ」 つまり公開型の匿名合コンである。 見事に両思いならカップル成立、豪華な食事と観覧席ゲットだ。 果たして君は運命の相手に出会えるのか? |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 佐上 久野都(ia0826) / 緋那岐(ib5664) / 戸隠 菫(ib9794) / マリー・デューラー(ic0220) / 神室 時人(ic0256) / 鶫 梓(ic0379) / 徒紫野 獅琅(ic0392) / ジャミール・ライル(ic0451) / 文殊四郎 幻朔(ic0455) / 庵治 秀影(ic0738) / 小松 ひよの(ic0889) |
■リプレイ本文 ●運命の赤い糸をたどれ 自己紹介後に名前を書けと言われても。 人々はざわざわしつつ、決まりに則って紙に向き合う。 さて。 今回の運命の相手探しにおいて、世間を騒がせては去っていく、流離いの旅人こと憂汰という金髪碧眼の女性が出資者なわけだが、楽しいことが三度の飯と同程度に好きな彼女は、自己紹介のパフォーマンスをこの上なく楽しそうに眺めていた。 石鏡で年頃の男女に加えて、日々を殺伐とした環境の中で過ごす開拓者も混ざっている。 今は職業など関係ない。 配られた紙に、運命を感じた相手の名と理由を記す時だ。 パッションで書かれる用紙が適合しあう相手こそ運命に違いない。 「よいか諸君、この人と『あーん』してみたいと思えば自ずと答えもでよう」 憂汰が壇上から皆を茶化す。 「贅沢ご飯も気になるのです!」 小松 ひよの(ic0889)が片手を上げる。 花より団子な発言だが、心の底では胸が踊っていた。誰に選ばれるのかドキドキする。 『ボクを選んでくれる人いるかなあ。どきどきですー』 同じくマリー・デューラー(ic0220)は夢見がちな眼差しで妄想に浸っていた。屋台村では沢山のカップルを見かけていたから、華やかに着飾り、お互いに笑顔で過ごす人たちを見ていると羨ましさと憧れを抱いてしまうもの。つい「素敵な人と出会えるといいなぁ」と呟いたりして、文字を記す。 対照的に。 知り合いに放り込まれた鶫 梓(ic0379)は仏頂面で紙を眺めていた。相手を見つける気はさらさらなかった。仕方ないので適当に、と男性をぐるーりと見直して、目を止める。 やがて鶫は誰よりも情熱的に文字を書いた。怖い。 伴侶は求めていない、そのに。文殊四郎 幻朔(ic0455)も考えを改める。祭を楽しむには良い催しだ。お遊び感覚で文字を記す。 緋那岐(ib5664)は場が場だからか、顔を隠していた。身震いが止まらないらしいが、風邪だろうか。頭をガリガリ掻きながら、文字をしたためる。 柚乃(ia0638)は周囲をキョロキョロ見ていた。お互いに席は板で区切られているので、誰が何を書いているのかさっぱり分からない。 賑やかな会場に惹かれてやってきた戸隠 菫(ib9794)は、何処か楽しそうだった。気の合う人が見つかれば、お祭りはより一層楽しめそうな気がする。 仮初の連れ合いでも祭を味わい深くしてくれるに違いない、と考えた庵治 秀影(ic0738)も、目のあった女性たちに『にっ』と笑ってみせた。 「室ちーん、書いて?」 字が書けないジャミール・ライル(ic0451)は友人に代筆を頼んだ。とても楽しそうな様子で、賑わう女の子たちを順番に眺めている。自らの性質を考えると、かるーいお付き合いができる機会は絶好の機会だった。デートしたい意中の女性の名前を、ぼそぼそと誰にも聞こえないように伝える。 「あー、楽しみだよねぇ」 ところで神室 時人(ic0256)は百面相が止まらなかった。赤くなったり、青ざめたりと忙しい。字が書けないという友人の紙を代筆しながら、滝のような冷汗を流したりしている。その様子は『もしや持病でも?』と周囲に思わせるぐらいには異様だったが、自分の用紙に二人目まで名前を書きながら「こ、このままでは」と何かブツブツ呟いている。 「は、そうか!」 何かをひらめいた神室は、とんでもない行動に出る。 神室にイイ人を見つけて欲しい、と微笑ましい笑顔で見守る徒紫野 獅琅(ic0392)は知り合いの多さに気後れしつつ、自分も気になる女性の名前を書き始めた。 佐上 久野都(ia0826)は気楽に文字をしたためていた。偶には、こういう少し愉快な刺激も悪くはないし、何かの転機になれば尚良しだ。 かくして紙は回収された。 舞台袖の侍女が内容をまとめて戻ってくる。 「これから諸君を選んだ人々の理由のみを発表する! だが」 憂汰は選んだ理由に目を通す。 「なかなかに独特な言い回しで癖字なのでね。発表中に発言者がバレないよう、少し理由に手を加えたり、短文にして、書いた人物が殆どわからぬようにさせてもらうよ。安心したまえ、個人情報は漏れない!」 誰が言ったかわからない。けれど誰かが自分を選んでいる。 誰かにどんなふうに見えたかだけが公表されるのだ。 「それではいこうか」 憂汰は一枚の紙を引き出した。 「柚乃くんは……『仕草が女らしく穏やかな印象』、『芯の強そうなところが好み』と」 「佐上久野都くんは……『おっとり優しそうだから。話をしていて楽しそう』、『知的で凛々しく頼れそう。隣にいて欲しい癒し系』だね」 「緋那岐くんは……『青い髪が印象的。何か秘密を持っているように感じる』『一目惚れかも』だね」 「戸隠菫くんは……『明るい表情と水菓子を用意する女性らしさが良い』、『金色の髪がすごく綺麗だから』と」 「マリー・デューラーくんは……『俺には分かる。酒好きの匂いだ』」 「神室時人くんはモテモテだね……6人から愛が捧げられているよ。『初々しい自己紹介が非常に可憐』、『甘いものが好きだそう、何か作ってあげると喜ばれそう』、『猫耳にさわってみたい』、『誠実で誰にでも優しく欲が無く献身的で慈愛に満ちていそう』『特になし』『お菓子のにおいがする。隣にいるとなんだか安心』だそうだよ」 「鶫梓くんは……『一番気になるから』、『クール系美人。初心そうで可愛い』『真面目な顔、もっと寛ぐと可愛い』とさ」 「徒紫野獅琅くんは……『ちょっと可愛い』、『もともと好きだから』、『知り合いだし』だそうだ。身近に恋の予感だね?」 「ジャミール・ライルくんは……『一緒にお酒飲みたい。すごく楽しそう』、『何となく。軽そうだしノリは良さそう』『特になし』だそうだ。評価が一律でなによりだ」 「文殊四郎幻朔くんは……『髪キレイ、髪長い子好き』、『色っぽい。俺は好きだ』、『綺麗でかっこいい。お姉さんに一目惚れ。憧れる』と三人が」 「庵治秀影くんは……『胡散臭そうなのが良い。遊べそう』、『背がおっきくて、お髭もすてき。さわったら怒るかな』だそうだ。歳は関係ないようだね」 「小松ひよのくんは……『溌剌とした雰囲気が愛らしい。小鹿の様で』、『落ち込んだ時も、元気をくれそう』と」 憂汰は紙を折々した。 「以上だ。これから運命の出会いを果たしたカップルを発表するが……ひとつ言っておかねばならぬ事がある。この中には、同性カップルが存在する!」 会場がざわめいた。 元より男女の出会いを銘打ったはずだが、どうやら愛に年齢どころか性別は関係ないらしい。 誰だ、と周囲を見渡す人々。 「それではいってみよう! 運命の君! 柚乃くん、緋那岐くん、壇上に上がりたまえ!」 盛大に鳴り響く音楽。黒い装束の裏方が、二人の前に赤い絨毯を敷く。 顔を染める柚乃。立ち尽くす緋那岐。運命の相手に出会えた喜び、ではなく、もはやどうにでもなれ、という状態には理由があった。この二人、サクラ役である。元より互を選ぶことでカップルになるように仕組まれていた。 本人たちは恋愛に関心が薄く、そもそもこの二人、兄妹関係にある。たまには仲良くお祭り観光でも、と畔を歩いていて、憂汰さんに捕獲された。 とはいえ。 そんな事を、周囲が知る由もないわけで。 「おめでとう!」「運命の糸ってほんとにあるのね!」「第一号に幸あれ!」などなど羨ましい参加者から、声援が送られる。のしつけて声援を送り返したい気持ちに囚われつつ、報酬を約束された柚乃たちは、造花で飾られた鈴蘭のアーチから静々と去っていく。 「諸君、愛は実った! 鈴蘭の奇跡を知りたいかァァァ!」 うおぉぉぉぉ、と波のような声。 会場が仕込みに気づかぬまま、次のペア発表を迫る。 「佐上久野都くん、戸隠菫くん、君たちに鈴蘭の祝福あれ!」 真紅の絨毯を踏みしめて、壇上でめぐり合うこの二人。 仕込みゼロで調査用紙が噛み合った。 奇跡ってあるもんなんですね、びっくりです。と、憂汰の侍女が真顔で呟いている。 周囲がはやし立てるので、佐上がにっこり微笑んで手を差し出す。 「参りましょうか、鈴蘭の門へ。宜しければ食事の後に、鈴蘭の群生が見える東屋でお茶でも如何です」 「う、うん。……ふふ、こういうの初めてだから、少しドキドキする」 気恥かしそうに笑いながら、そっと腕を絡めて歩いていく。 門の外では憂汰の侍女が「おめでとうございます。どうぞデートをお楽しみください」とすでに予約された豪華お食事券を配っていた。 「さらに行くぞ! 鈴蘭の妖精が愛を囁く、今宵の真価をとくとみよ!」 憂汰さんは元気である。 「文殊四郎幻朔くん、庵治 秀影くん、前へ出たまえ」 赤絨毯の道を歩いて壇上に到着した、文殊四郎が「今回はよろしくね。適当にあそびましょ」と囁く。庵治はコメント主に合点がいったのか「旨い酒になりそうだ」と呟いた。 「ところで諸君」 突然、憂汰さんは神妙な面持ちで会場に語りかけた。 「次のカップルは同性なんだが……今日この日に勇気を出した二人をたたえて、僕はあえて二人の名を呼ぼうと思う。みんな、どうか真実の愛に気づいた二人に、鈴蘭のめぐり合わせを否定せず、声援を送ってやって欲しい! それが僕の頼みだ!」 もったいぶって語ると真面目に聞こえるのだから不思議だ。 「神室時人くん! ジャミール・ライルくん! 僕は君たちの愛を見届けたい!」 ええええええええ! と絶叫したのは、他ならぬライルだった。 おかしい。確かに代筆の時に女の子三人の名前を伝えた。そして自分を想ってくれる女の子が複数いたのはコメントから確認済みだ。これはきっと何かの間違いだ。そうに違いない! 「その決定、異議あ……げふっ!」 完全に油断した状態で鳩尾に一撃を喰らう。目を白黒させるライルを抱えたのは他ならぬ神室だった。耳に薄い唇を寄せて一言「すまない、ジャミール君。この借りは必ず返すよ」と囁いて、ライルを姫抱きに壇上を目指す。ライルの用紙は、神室が代筆した。何か理由があって名前を書き換えたのは明らかだった。 唐突に湧き上がるホモォ疑惑。 これなんて羞恥プレイ。 ところで壇上の庵治は神室の顔をにやにやと見た。なんとなく裏を察しているのだろう。 「どうした時人君、楽しもうじゃねぇか」 面白がって神室の背を、ばーん、と叩いた。つまり押した。 神室、壇上から落下。うけとめた……というより真下にいた鶫は、状況がよく理解できていなかった。きょとん、としている。 神室は鶫を押し倒し、豊かな胸の谷間に顔を埋めていた。うめき声を上げつつ顔をあげようと試み、鶫の片胸を鷲掴む。一応は事故だが、神室はつい胸をひと揉みして「これが……女か」と呟いてしまった。 絹を引き裂く悲鳴というものは、多分こういう時の声を示すのだろう。 鶫は神室をボコボコに殴り倒した。 「ちょ、室ちーん!」 駆け寄るライルごと救護所に搬送される神室。彼の悲運はどこまで続くのか。 「ちょっとトラブルが発生したが……鶫梓くん、徒紫野獅琅くん、前へ出たまえ!」 「きゃあああ、やっぱり運命なのね!」 狂喜乱舞した鶫が、胸を揉まれた衝撃も忘れ、徒紫野へ抱きついた。 一向に前へ進まないので、黒子の皆さんに運ばれていく。恍惚とした眼差しで撫で回された徒紫野は、何やら扱いが愛玩動物に似た何か違うものを感じつつも、舞台の上で咳払い一つして、真顔になった。 「梓さん。俺きっと、あなたが想ってくれるのと同じくらい、あなたのこと好きです!」 鶫の返事を待たずして、会場が告白に沸く。 「おめでとう! おめでとう! いっそ霊騎に蹴られたまえ!」 かくしてカップルの巡り合いは終了した。 ●私達サクラです 仮面を外した緋那岐はボリボリと頭を掻いた。 「俺もお人好しだよなぁ。ま、折角の祭りだし、皆が楽しんでくれればいいか……ところで約束のご馳走だけど」 と振り返った先では、柚乃が憂汰を前後に揺さぶっていた。 「幸せのお手伝い! 微力ながらお力になりました! だから次は報酬です! 報酬にたくさんのもふら様を紹介してくれるって言ってましたよね!」 柚乃はもふらさまに釣られ、緋那岐はご馳走に釣られて手伝った。 仕事は終了したので、今から争奪戦である。 「ちょ、ちょっと待ちたま……」 「まーたーなーいー!」 ●おひとりさまたちの女子会 運命の人に巡り会えなかった小松ひよのとマリー・デューラーは、豪華料理は逃したものの、席が近かったからか、集っていた男性について論じたり、鈴蘭の群生地について話していた。 「マリーさん、珍しい草花のスケッチに来たんですか。鈴蘭はもう?」 「鈴蘭はこれからなんです」 「へー、楽しそう。ふふー。なんだかお腹すきましたね、あっちの屋台村でごはんにしませんか? 一人で食べるより、二人の方がきっと美味しいのです!」 「うう、そういえばまだ屋台村にいってませんでした。食べにいきますか」 「そうと決まれば、いざ出撃です!」 運命の人は見つからなかったが、新しい友人は見つかったらしい。 ●その好きは恋なのか 目の前に広がる、カップル用の御膳が凄い。 独特の食感が楽しめる、数の子の味噌漬け。濃厚な雲丹のだし巻き卵。菜の花の胡麻和えに甘辛な茄子田楽。彩りを添えるきぬさや。ホタテとアワビの磯焼き。鯖の味噌焼き。ぷるぷるの牡蠣は甘く、筍ご飯と手まり寿司の数々が華やかだった。 目の前には普段食べない食材の山なのに。 考えすぎて味がしない。 鶫にナデナデされながら、徒紫野はもんもんと考えにふけっていた。告白した、確かに勇気を振り絞って気持ちを伝えた。にもかかわらず運命を喜んだ相手は『んー、恋愛感情かはわからないわ』という一言を返してきたので、精神をどん底に落としている。 果たして。 自分は、獣をもふもふしたい愛玩衝動と同じなのか。 『……結局どうなんだろ』 徒紫野の葛藤はしばらく続きそうだ。 ●懺悔の時間です 「なーんでこうなっちゃったのかしらねぇ」 「……巻き込んですまない」 箸で卵焼きを突き刺しながら苦笑いするライルに対し、神室はひたすら書類改竄をライルに謝罪していた。おそらくライルは女の子とデートしていた可能性が高いのだが、その用紙を書き換えたのは神室だった。 「室ちん、けっこうモテモテだったよね」 「う、その、女性は嫌いではないんだ……どうして良いか分からないだけなんだ」 神室は会場に飛び込んではみたものの、女性との会食やデートを避ける為、三枚の書類全てに身内、それも男性の名前を記していた。更に知り合いは全員、異性を選ぶと分かっていた彼は、ライルの用紙を書き換えた、というわけだ。 「すまない、すまない」 「んー…ま、良いや。女の子とデートはいつでもできるし、今日は許そう。その代わり何か甘いもの奢ってよ、そんくらいしてもバチは当たらねぇでしょ」 女の子とデートしたかったなぁ……、と。 ライルは自分を選んだ姿も名前もわからない女の子に思いを馳せつつ、道行く綺麗な浴衣美人を眺めていた。 ●仮初の連れ合いも乙なもの 夜の祭囃子は途切れることなく聞こえてくる。 今の生活に満足しているという文殊四郎は、本気の恋を探しにきた純粋な『運命の相手』には「ごめんなさいね」と言うつもりでいた。しかしながら互いに酸いも甘いも知った同士となると、話は変わる。 お互いが楽しみ方を心得ているからだ。 「二人になれたんだ。堅っ苦しい呼び方は止めにしようじゃねぇか。酒は飲むかぃ?」 庵治が文殊四郎に酌をする。男らしい名前に反して、文殊四郎の花のかんばせは月夜にはえた。贅沢なお膳を酒のつまみに、二人は『今宵限りの運命の人』を粋に嗜む。 「ふふふ……それじゃ、お言葉に甘えましょ。ね、秀影。好きも嫌いも時の運、っていうから、もしかしたら、私が好きになるかもね」 ぱちん、と片目を瞑ってみせる。 「ひゅーっ、言ってくれるねぇ。どうだい、食事の後は夜店でも。祭の酒と肴を旨くしてくれた美姫に、簪のひとつくらい贈らせてもらうぜ」 今宵の言葉遊びは、飽きることがなさそうだ。 ●鈴蘭の導き 食後は賑やかな席から、静かな東屋に移動した。 佐上と戸隠はお互いに用意したお茶と菓子を披露していく。佐上のとっておきは、鈴蘭の花を模した上生菓子。戸隠は手作りの蕨餅と水羊羹を、お気に入りの綺麗な器に持って。 「さあ召し上がれ。味は結構自信あるんだ」 金糸の髪を揺らして微笑む。 「是非頂きます。ああ、そうです。雨季の夜は冷えますし、宜しければひざ掛けでも」 二人の時は和やかに過ぎていく。 お膳の料理について話したり、菓子のこだわりについて語ったり、何気ない会話が途切れることなく続いている。かわらぬ穏やかな眼差しをそそぐ佐上は「……退屈ではありませんか?」と尋ねた。 のんびりと穏やかに、流れゆく時間を愛する自分の誘いは、特別面白いものではない。 戸隠は「ふふ」と笑みを零した。 「ちっとも。ここ……とても綺麗な景色だよね。あたしだけだったら、きっと来なかったし、知らなかった場所だと思う。湖水祭を聞いて来た時、楽しい時間を持てると嬉しいなぁって思ったんだ。だから、ありがとう」 昨日までは名も知らぬ者同士。 「そうですか。心地良い時間と思って頂けたなら、探した甲斐がありました」 今日からは新しい友人の一人。 「ね、明日は暇なの?」 「私ですか? 湖水祭をゆっくり回る予定でしたから、特に仕事はないですが」 「もしよかったら明日は一緒に祭見て回らない? 昨日まで警備仕事で、全然回れてないんだ。警備の時にオススメの甘味処を教えてもらって……」 静かに響くお喋りの声。 何事も、ひとつの切欠に過ぎない。 新しい縁はゆるりと結ばれていく。 |