【鈴蘭】湖面花景色
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 18人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/21 14:50



■オープニング本文

●石鏡からの招待状
 その日、五行王・架茂天禅(iz0021)は石鏡からの勅使が来たと知らせを受け、隣国とは言えそうあるわけでもない事態を鑑み五行国の警邏隊総指揮官である矢戸田平蔵を伴って面会に赴いた。
 ――が、勅使と紹介された『彼女』の顔を見た途端に五行王の眉間の皺が増えた。
 平蔵に至っては目を丸くした後で五行王を見遣り、思わず吹き出しそうになってしまって慌てて顔を背けるという状態。
 五行王は問う。
「……此方が勅使か」
 そう彼に伝えた役人は頭を垂れて「はっ」と肯定の意を示すが、王の様子がおかしい事には気付いていた。何か問題があっただろうかと内心で戦々恐々としていた彼に、王は深い溜息の後で告げた。
「隣国の王の顔ぐらい覚えておけ」
 役人、固まる。
 再び溜息を吐く五行王に、勅使――そう自ら名乗った女性はとても楽しそうに笑った。
 石鏡の双子王が片翼、香香背(iz0020)。その背後では側近であり護衛でもある楠木玄氏が強面に呆れきった表情を浮かべていた。


 役人達を下がらせ、五行王と石鏡王、平蔵と玄氏が向かい合って座す応接間。
「王自らのお越しとは火急の用か」と尋ねた五行側に対し、石鏡は「『あの』五行王が可愛らしくなられたと聞いたので直にお目に掛かりたくて」と笑顔。ゆえに場の空気はピリピリしている。……五行王が一人で不機嫌を露わにしているだけなのだが。
 おかげで話は彼を除く三人で進められていた。
 真面目な話をするならば、石鏡側は先の戦――五行東を支配していた大アヤカシ生成姫との大戦において様々な傷を負った五行の民を、数日後に控えた『三位湖湖水祭り』に招待したいというのだ。
 もちろん招待と言うからには石鏡側で飛空船を準備し送迎を行う。
 これから開拓者ギルドにも話を通し、当日の送迎警護や現地警備を依頼して来るつもりだ、と。
 それ故に五行王の許可を得るため石鏡王は自らやって来たようだ。
「湖水祭と言えば三位湖畔に咲く彩り鮮やかな花の美しさも見どころの一つでしたね」
「ええ。今の時期は、特に鈴蘭の慎ましやかな美しさが湖の青と合わさって……」
 平蔵の言葉にそう返した石鏡王は、しかしふと気付いたように意味深な笑みを覗かせた。
「そういえばこんな話を御存知? 鈴蘭は恋人達に幸せを運んでくれる花なのですって。五行王も矢戸田様も意中の方がいらっしゃるのでしたら、是非」
 十四と言う幼さで王になった少女もすっかり年頃の娘になったかと思いきや、他人をからかう笑顔は一端の女性である。
 平蔵が笑って誤魔化す傍らで、五行王はふんっと鼻を鳴らして一蹴だ。


 その後、生成姫の消失によって起きた異変の件で石鏡の貴族、星見家の助力を得た事への感謝や、調査の進捗状況。神代に関しての話題もありつつ、王達の会談は恙なく(?)終了したのだった。


●三位湖湖水祭り
 石鏡を天儀において尤も豊かな国とした最大の恵み――それが国土の約三分の一を占める巨大な湖、三位湖である。
 毎年6月の上旬に催される湖水祭りでは、水辺を散策してその恵みに感謝し、特設舞台では音楽隊や踊り手達が楽しい演舞を披露する。
 また、首都安雲から安須神宮へと掛かる橋の上、巫女達が舞い踊る中央をもふら牧場の大もふ様をはじめとしたもふら様達が大行進するという。
 例年は石鏡の民が楽しむための行事だが、今年は五行の民にも笑顔をという願いを込めた招待状が送られたことで、この警備、警護の依頼が開拓者ギルドに張り出された。
 時は折しも鈴蘭の季節。
 三位湖の畔にも美しく咲き誇るこの花が恋人達を幸せにしてくれるという伝説が実しやかに囁かれる昨今、あなたも仕事の合間に乗ってみるのは如何だろうか――。


●鈴蘭歩行
 薫る風が運ぶ夏の匂い。
 祭の警備仕事というものは、なかなかに大変な作業である。
 暑くなってきたからか、騒ぎすぎて倒れてしまう者が多い。酔っぱらいの乱闘もある。騒がしい会場の厄介事を片付けて、仲間と交代すると、ようやく自由時間がやってくる。控え室に戻って武具や仕事着から、お気に入りの一着に着替えて湖水祭へ繰り出す。
 昼も、夜も。
 鈴蘭に満たされた畔の小道。
 聞こえてくるのは祭囃子か、それとも屋台の笑い声か。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 奈々月纏(ia0456) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 倉城 紬(ia5229) / 和奏(ia8807) / フェンリエッタ(ib0018) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 杉野 九寿重(ib3226) / シータル・ラートリー(ib4533) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / ローゼリア(ib5674) / フレス(ib6696) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / フタバ(ib9419) / 黒曜 焔(ib9754) / 蔵 秀春(ic0690


■リプレイ本文


 太陽の下で、三位湖の畔に咲き誇る鈴蘭の道を歩いていく。
 すると賑やかな祭囃子が聞こえ、大もふ様行列を望むことができる。
 人々は湖水祭に、胸を躍らせていた。


●澄んだ空を君と見上げて
 和奏(ia8807)は人妖の光華姫と湖畔を散策していた。
 天高く登った太陽が黄金色に輝き、世界を色鮮やかに映し出していく。
「梅雨の晴れ間、でしょうか」
 太陽を仰ぐと日差しが少しきついほど。
「この時期の木々は緑が綺麗で、雨あがりも風情がありますが、梅雨時の快晴は空気が澄んで、景色も綺麗に見えるような気がします」
 普段は曇っている山も、くっきりと浮かぶこの大気が自然の素晴らしさを引き立てる。
 頬を撫でる夏の風は、鈴蘭の香りをのせていく。
「よい時期に訪れることができて、幸運でしたね」
 頷く人妖の光華姫は、貰った鈴蘭を髪に飾った。
 雫のように垂れる白い花が、可憐に二人の容姿を彩る。
 陽の光を好んで浴びる和奏は、始まった大もふ行列の方向を指差した。
「もっと近くに行ってみますか」


●祭囃子に踊る心
 仕事を終えた羅喉丸(ia0347)は人妖の蓮華をつれて……というより、人妖の蓮華に服を引っ張られ、三位湖の畔に咲き誇る鈴蘭を横目に、道を急がされていた。
「急げ、羅喉丸。行列はお主を待ってはくれぬぞぉぉぉ」
 行列は逃げないんだがな、と。
 零したい溜息は胸の内にしまっておく。人妖の蓮華はこの日を心待ちにしていた。
 仕事の間も『行列を見るに良い場所を探せ』とか『長時間の見物には美味しいものが欠かせない』とか、どこからともなく貰って来た湖水祭の案内書を眺めては、せっせと休憩時間の羅喉丸に聞かせていたのだから、その期待ぶりは手に取るように分かる。
 以前、他の相棒を優先してかまったことで臍をまげて居酒屋に逃亡した事もあるほどだから、ここ最近の戦の疲れや溜まった鬱憤の発散には、非常に良い機会だった。
 湖水祭の警備に連れて行く、と話した日の顔が忘れられない。
『妾を連れて来るとはなかなか見所がある。褒めて遣わそう』
「これ、羅喉丸。何を笑っておる」
「いや……なんでもないよ。祭りはいいものだな。いるだけで楽しくなってくる」
 耳に響く祭の音が、視界を埋め尽くす鈴蘭が、心を軽くする。
「いるだけで満足してもらっては困るぞ!」
 焦り半分の文句を連ねる人妖蓮華の落ち着きのなさに、肩をすくめた。
 今日ばかりは、相棒のわがままを叶えるのも、いいかもしれない。
「ところで、蓮華。何で大もふ様が参加してるのかとか、行列の意味を調べてみたか?」
「それはまだ……は! のう、羅喉丸。観光の案内役を頼んでくれぬか、色々特産品の解説もしてくれるらしいのじゃ。ただ、その……値は少しはるんじゃが」
 言い淀む人妖に「わかったよ」と短く告げた。
 今日は懐が軽くなりそうである。


●愛する人に土産話を
 奈々月纏(ia0456)は、ずりおちた眼鏡の存在を忘れる程に、湖の煌きや鈴蘭に心奪われていた。
「なぁあ〜、三位湖は初めてやったけど、こない大きいモンやったんやね」
 ……これほど見事な景色なら無理を言ってでも夫を連れてくるんだった、と。
 後悔の念がほんの少し脳裏をかすめた。
 夫が来られない事もあり、心配させないためにも夜間観光は避けた。
 せめてこの雄大な景色を、大もふ様の行列や舞手の姿を、夫に伝えてあげたい。
「おー。ほんまに、綺麗な場所やな〜」
 来年は一緒にこれたらいいな、と淡い期待を胸に抱いて。


●たいせつなもの
 恋人たちの祭という言葉に少し居心地の悪さを覚えたからか、人妖の樹里を花見に誘ったフェンリエッタ(ib0018)は「小さな花もこれほど揃うと見事ね」と囁いていた。
 樹里の主人は見合いで忙しく、ここにはいない。
「狩野さんがお見合いだそうね……特別親しくなくても、そういうお話を聞くと不思議な感じ。樹里ちゃんはどう?」
「ん、とりあえず人妖嫌いな人じゃないといいな」
 石鏡は精霊力と縁が深い。対して五行は瘴気と隣り合わせの国だ。
「そう。周囲は……色んな事が変わっていくのね。大切なものも増えてく。でも、私には子供達を最優先にはできない。愛情は無限でも体はひとつきり、もっと考えなくちゃ」
「それは普通のことなんじゃない」
「え?」
 難しい顔をしているフェンリエッタの肩に、人妖の樹里が降りる。
「これはユズの受け売りなんだけど、人は生きた分だけ大事なものが増えるんだって。開拓者は、守ったり戦ったりする立場だから、つい順番を考えがちだけど……本当は、大切なものって比べるものじゃないんだ、って。そう言ってたよ」
 ぱちん、と片目を瞑ってみせた。


●もふもふで、もふ〜な、もふ日和
 太陽が眩しい。
 フタバ(ib9419)と黒曜 焔(ib9754)は両腕いっぱいの特産料理を買い占めて、見物席を目指していた。道中、あちらこちらに咲き誇る鈴蘭が美しい。
「風が花の香りを運んでくるね」
 太陽に輝く湖を彩る、鈴蘭のなんと可憐なこと……と、黒曜が立ち止まって詩人を気取る。花に見惚れている隙に、もふらのおまんじゅうちゃんが、ガツガツと軽食を盗み食いしていた。食事を奪われたのは何度目かわからないが、それでもつい許して甘やかしてしまう。
「ほんま綺麗やわ」
 フタバは道端に咲く鈴蘭に心奪われながら、はっと我に返った。
 もふらたちが鈴蘭に興味を示している。おまんじゅうちゃんは露骨に「鈴蘭良い香りもふ〜」と近づいている。つまり食べる危険がある。
 人とは違うにしても、お腹を壊されてはたまらない。
「そういえば綺麗だけど毒があるんやっけ……ゆきちゃんもおまんじゅうちゃんも食べたらあかんで」
 おまんじゅうちゃんは「このお花食べられないもふ?」と首をかしげて、悲しそうな眼差しを向けた。一方のゆきちゃんは「ゆきはきれいなすずらんを食べないもふ!」と胸を張っている。
「ゆきちゃん、ええこやなぁ。それなら、鈴蘭の香りの練香とか、そういうおみやげも帰りに買おうか。おまんじゅうちゃんは……」
「おみやげは甘いのがいいもふ〜」
 どこまでも食い気。
 そんなもふらたちに心なごみつつ、フタバは湖を振り返った。
 いつまでも平和であってほしい。
「さあ、ついたよ。丁度、近くにいらっしゃるね」
 日差しの強い昼間でも、天幕の張られた観客席では風が吹き抜けて涼しい。
「大もふ様行列すごいなあ……ね、おまんじゅうちゃん」
 早速席に座って饅頭にかじりつきながら、黒曜が囁く。
「大もふ様すごいもふ〜、おっきいもふ。もふも将来はあれくらいになりたいもふ」
「ゆきも、あんなすごいもふらになりたいもふ」
「ゆきちゃんは、いるだけでかわええから、ええんよー?」
 フタバがもふらのゆきに顔を埋める。
 もふもふが気持ちいい。
 そんなフタバを眺めながら、大もふさまを交互に見た黒曜は。
「さぞかし、大もふ様のもふもふ気持ちいい……なんでもありません。おまんじゅうちゃん可愛いよ」
 黒曜がおまんじゅうちゃんのもふもふで欲望を満たしていた。



●眠らぬ夜の屋台より
 祭は太陽が陰っても静まる気配がない。
 茜色の空に闇の帳がおちれば、無数の提灯に火が灯る。

 三位湖が望める屋台村では、蔵 秀春(ic0690)が相棒のちりめんをつれて食い倒れを楽しんでいた。普段は金欠で苦しむ日々で、二日や三日ほど食べないこともある自分にとって、今日は警備仕事終わりで懐が温かい。
「いいねぇ。こうして泉を眺めながらの食い放題なんざ、そうそうあるもんでなし、目一杯食っていいぞ。って……おい、ちりめん、肩から舌を伸ばすんじゃねーの。自分がとってやるからさ?」
 ついつい行儀を忘れがちなジライヤの舌を箸で掴む。
 ひと皿平らげては、次の店へ旅立つ。
「これはりんご飴かねぇ。簪に似てらぁな」
 屋台村では着飾った女性たちも多く行き交っていた。時々箸を止めて、じっと眺める。こちらに気づいた女性には、軽く手を振ってごまかした。見とれていた相手は人ではない。彼女たちを華やかに飾る簪だ。
 人々に愛される数々の簪を見ていると、職人としての心が震える。
 簪は使われてこそ意味がある。
「いでっ、分かった、分かったって、次に行くからせかすなぃ」
 べちべちと舌で催促するジライヤに苦笑を零して、道を進んだ。


●愛しき夜に捧ぐ白
 屋台の通りでは、あちらこちらで花を売っていた。
 ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)も花売りから買った花は両腕いっぱいになっている。
 白を基調とした花束には勿忘草を交えつつ、勿論鈴蘭も一輪二輪と紛れ込む。
 闇と溶け合う湖面には、無数に連なる提灯の灯りが写りこんでいた。
 ひと気のない場所で駿龍ネメシスに体を預ける。
「――お前と出会ったのも、此れ位だったよな。自分のミスに巻き込んで大切な人を失った俺と、大切な人に捨てられたお前……忘れたくとも、忘れられない思い出だな」
 区切りにはよい夜だ、そう囁いて湖面の際に歩いていく。
 立ち止まった。
「あんたが言ってた事がようやくわかった」
 沈黙を守る湖の果てに向けて、腕の白い花束を投げた。
「ありがとう」
 花は星屑のように湖面へ広がる。
「愛していた」
 捧げた勿忘草の花言葉は、真実の愛。
 寂しげな色を瞳に宿したヴォルフは、眼帯についた石を指先でなでた。
「こいつだけはもらっておくぜ。……指輪じゃ、なくなったけどな。今度会うときは、きっと片翼と共に、土産話を持ってだ」
 いつか。
 遥か遠い未来になっても。……きっと、あんたに会いにいくよ。


●鈴蘭と母の教え
 蜜蝋色の月光が湖面を流れていく。
 月明かりで照らされた一面の鈴蘭は白銀に煌めいていた。クラリッサ・ヴェルト(ib7001)は、母であるリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)とともに湖畔を歩いていた。
「綺麗ねぇ」
 リーゼロッテは鈴蘭で満ちた地上から、星空を見上げる。
 今宵は雲一つない。
「お昼に大もふ様行列を見てもよかったけど、ゆっくりするなら夜かな、って」
 感嘆する母リーゼロッテの横顔を、嬉しそうに見上げるクラリッサ。
「それにしても……私を誘ってくれたのは嬉しいけど、どうせなら気になる子でも誘えばよかったのに」
「んー、恋人に人気のお祭りらしいけど、私はそういう人いないし」
「あら。私はクラリッサがどんな人を連れてくるのか、今から楽しみなのに。いいのよ、遠慮しなくても」
「いないよ。ホントだよ!? 母さんの意地悪」
 ぷくっと頬を膨らませる。
 恋人はいない。それは本当のこと。それより今は……
「それに……もう少ししたら、進級とかでお互いに忙しくなるでしょ。頑張るためにも母さんとゆっくりしたかったんだから」
 大アヤカシ生成姫が残した爪あとは深く、陰陽寮は後始末に駆り出されている。こと玄武寮に所属するリーゼロッテは、封陣院分室長を兼任している副寮長に振り回されることも少なくなかった。
 娘の気遣いに、微笑みをひとつ。
「ふふ、冗談よ。でも。この美しい鈴蘭にも毒があるように、綺麗に見えても、それだけとは限らないってことは覚えておきなさいね」
 クラリッサが首を傾げる。
「ま、悪い男には引っかからないようにって事よ」
 リーゼロッテが片目を瞑ってみせた。クラリッサは意味深な母の言葉を胸に刻む。
「うん、わかった。早く一人前になるね。みてみて、母さん、あそこ綺麗!」
 鈴蘭の庭を駆ける愛娘の姿を見送りながら、リーゼロッテは満足気な微笑みを浮かべて小さく笑った。いい息抜きになった気がする。全く気負いすぎよ、という囁き声を薫る風が浚っていく。
 揺れる鈴蘭の夜は、親子の距離を近づけていく。


●ひみつの舞踏会
 シータル・ラートリー(ib4533)は屋台村から連なる提灯の明かりを見上げた。
「この、明かりは提灯? ボクの国では燭台なのですが、こんなに異なるんですのね」
 大勢の道行く人々を倉城 紬(ia5229)と共にかき分け、人通りの多い大通りから湖の湖畔へ。
 満開の鈴蘭に見惚れて、息を飲んだ。
 立ち止まって目を凝らすと、白い絨毯が広がっている。
「紬さん。これも天儀の花、なのですか?」
「はい。この花も天儀のでして……鈴蘭ですね。この時期は、よくこの湖で見られます」
「なるほど。鈴蘭といいますのね、素敵ですわ。砂漠で、こんな可憐な花は見たことがありませんもの」
 白い花をラートリーの指先がつつく。
 生まれ育った故郷の国に、友達を連れてこられた事が嬉しい。屋台で食べたものも、湖畔から眺める景色も、楽の音一つとっても新鮮に映っていることが分かると嬉しかった。
「この先に樫の木の東屋があるんです、そこからの眺めが素敵なんですよ」
 倉城がラートリーの手を引いて、鈴蘭の小道を進んでいく。
 いつの間にか人影はなくなっていた。
 人目を気にせず、鈴蘭を愛でる秘密の場所で、ラートリーは足元に気をつけながらくるくると踊ってみせた。
「ご一緒にいかがですか?」
 華やかな微笑みが楽しそうで、倉城も流れるように手を伸ばす。
「はい、……え? ここで踊るんですか?! シータルさん、待って」
 星空の下。
 鈴蘭が埋め尽くす東屋は、今宵限りの舞踏会へと変わっていく。


●宝石細工〜鈴蘭と蒼玉と薔薇の誇り〜
 深い琥珀色の髪を指先で遊びながら、黄水晶の瞳は親友を一瞥した。
「ふふ、敵いませんわね。九寿重には」
 ローゼリア(ib5674)の傍らには、着物姿の杉野 九寿重(ib3226)がいた。
 艶やかな黒珊瑚の髪を編み上げた姿は、月光を浴びて凛と艶めく。優しく微笑む白面に宿る瞳は、美しい瑠璃色のブルームーン。澄んだ夜空の青は、友の悩みも見抜いて語りかけていた。
「今まで、沈黙を守らざるを得なかったのでしょうから」
 ローゼリアは「降参ですわ」と、華奢な手を蝶が如くひらりとはためかせる。
 普段は血と硝煙に塗れた手も、今宵は鈴蘭の花束で白く清められていく。
「友人を助ける為に、他の救いを求める手を見捨て、切り捨てた。偽りの告白が齎した賞賛。ですから……わたくしは元より英雄などではありませんでした。本物のルビーではない、赤いスピネルと同じ」
 スピネルは……外観上はよく似ていても、中身が全く違う、万民を騙した偽りの宝石。
 英雄の賞賛は、所詮偽りだったのだ。
 いつかは真実が明るみに出る。
 今、ようやく其の時が近づいていた。ローゼリアは輝ける紅玉の肩書きを、じきに失う。
 けれど後悔はない。
「恨み辛みをぶつけられようとも、事実と違う英雄などと呼ばれるよりは、マシですわ」
 肩の荷がおりますわ、と囁く横顔は、気高い薔薇の姿に似ていた。
 騒めく鈴蘭。杉野は純白の平原に立つ親友の姿に、誇りを感じた。迷いのない生き方は何よりも美しく、輝きに溢れている。こうして重くしまってきた気持ちが解き放たれる時の訪れに、微笑ましさを覚えた。
「やる事は残ってますが、まずは一区切りですかね」
 今は夜の闇に愛され、レインボームーンの光を浴びて咲き誇る鈴蘭を楽しんでほしい。
 ローゼリアは九寿重の手を取り「ええ」と囁く。
 一方、スタールビーの赤い髪を靡かせた人妖朱雀は、蒼玉の瞳を細めて相棒を見守る。
「獣耳同士の良い風景だよ。ね、桔梗」
 見上げた先には、からくりの桔梗が菫青色の浴衣を纏って立っていた。硬質な白磁の横顔も心なしか楽しげに見えた。陶器の唇は「はい」と囁いて、蜜蝋色の月を仰いだ。


●宝石細工〜鈴蘭の月光浴〜
 黒蝶真珠の黒髪を靡かせた礼野 真夢紀(ia1144)は、瑠璃の瞳で真綿の後ろ姿を追う。
 透けるような爽やかで白い浴衣を纏うからくりは、幼子のように燥いで道を駆けた。
 純粋で幼い仕草を見ていると、夜道を一人で歩かせるのは不安になる。
 薔薇石が如きガーネットの瞳は、足元に目を止めた。
「スズラン、ひかってる」
 梔子色の月光が、鈴蘭の白を引き立てる。
「白い花だからね。しらさぎも夜道では目立つよ」
 夕顔のような白面を眺めて、そういえば去年は連れてこられなかった事を思い出す。
 食べ歩きの食の追及も今日はお休み。可愛い妹同然のしらさぎの手を引いて、真珠の実る小道を歩いていく。薫る風に揺れる鈴蘭。
 小花が奏でる祭囃子は、礼野たちを夢の狭間へ誘うかのようだった。


●宝石細工〜誓いの鈴蘭〜
 馨は鈴蘭。耳に届くのは波の静寂。瞳に映るは月光に輝く鈴蘭の平原。
 ガーネットに燦めく祭火を、視界の果てに望みながら、水鏡 雪彼(ia1207)と弖志峰 直羽(ia1884)は手を繋いで、心躍る湖畔の道を歩んでいた。陽光と月光に愛されて咲き誇る真珠色の花は、石鏡の大地を覆い尽くしている。
 ぎゅっと絆いだ手のひらが熱い。
「綺麗だね」
 水鏡の耳に囁く、低い声音。
 てっきり月長石の輝きを纏う鈴蘭の海や、サファイアの湖面に輝く月煌の道を示すのかと思いきや、弖志峰は触れた金糸の髪を梳き、ひと束掬って口付けた。
 水鏡の心臓が早鐘のように脈打つ。
『……この人は誰? ううん、雪彼は知ってる。日溜まりに咲く花のようで、だけど』
 冴える月を背負う、白皙の横顔。
 黒檀のオニキスを溶かした髪と、菫青石に似た群青の瞳。
 幾度も見た夜の色を確かめるように、翠の瞳は弖志峰の様子を見守る。
 弖志峰は菫青石の瞳を細めて微笑み、ジルベリア貴族を気取って水鏡の華奢な手を誘う。
 鈴蘭の揺れる平原の中でくるりと踊って、己の腕の中に閉じ込めた。
 誰にも譲れない一番大切なひと、愛しきエメラルドの君。
 ずっと手の届かない光だと思って、いた。
「……君の願いを教えて。俺が叶えてあげる」
 抱きしめられた熱が囁く。変わらないものが此処にあること。
 優しく包み込むような陽の光の彼に惹かれたのはいつだったのか、もう覚えていない。今はただ魂が惹かれる。ゆるゆると動いた華奢な腕が、広い背に手を回す。白磁の指が、黄緑の衣を掴む。
 蜜蝋色の月光の下で、鈴蘭の海に祝福されていいのならば。
「雪彼と、いっしょにいて……」
 願いはそれだけ。
 ありがとう。ありがとう。
 巡り合えたこと。好きになってくれたこと。雪彼を愛してくれてありがとう。
 震える声は思いを伝えきれない。いつか血と脂に塗れて、屍のように生きながら、深い闇の底に眠るものだと思っていたのは、ほんの数年前のこと。
 今はこの手を離せない。
 弖志峰もまた同じことを思っていた。何が起ころうとも、どこへ落ちようとも、守るものがある今は、どんな未来も望むように変えてみせる。
 幾千幾万の鈴蘭に誓って。


●宝石細工〜鈴蘭が魅せた幻〜
 爽やかに頬を撫でる、鈴蘭の芳香。
 蜜蝋色の月が輝く夜の湖畔を歩きながら、フレス(ib6696)は提灯の焔に照らされる夜の鈴蘭を眺めていた。儚く風に揺れる真珠色の小さな花。本当は恋しい人と共に、星空に愛されながら純白の花景色を眺めるつもりでいたけれど、都合がつくとは限らない。
 沈む心に『仕方がない』と言い聞かせても、押し寄せる不安は海の波に似ている。
「……もっと私を見て、と思うのはわがままなのかな?」
 言の葉を薫風がさらう。
 一緒にいて、私を見て、ずっとずっと傍にいて。
 恋をするまで、こんな風に心揺れる日々を知らなかった。愛を知るまで、こんな独占欲があるなんて考えなかった。帰ればいつでも会えるけれど、少し離れただけで不安になる。
 フレスは寂しさを抑えて宵闇の空を見上げた。
 満天の星空。
 優しく包み込む闇と湖面に映る月は、愛する婚約者を彷彿とさせる。ブラックオパールの髪をした満月の横顔を思い出す。
 傍らにいるだけで、寄り添うだけで、心が踊る、唯一の幸せをくれる人。
「うん……今は、鈴蘭も屋台も楽しむんだよ。帰ったら、湖水祭のこと教えてあげたい」
『ずるいな、フレス』
 ぱっ、と振り返った。誰もいない。
 けれど急に、隣に立っている気がした。明日、帰ったら。いつも見守ってくれている白皙の横顔が、何と話しかけてくるのか、想像にたやすい。牡丹雪が舞った冬の夜のように、薫る柚子茶を手に『楽しかった?』と囁いてくるだろう。鈴蘭の伝説を言い淀めば、鋭く気づいて『どうしたの』と気遣い、悪戯な眼差しを向けてくる。
 心の中はいつだってお見通し。悔しくなるほど見抜かれる。
 そして約束の夜と同じように囁いて、月の魔法をかけるに違いない。
『焦らなくていいよ。フレスが大人になるまで、待ってるからね』
 それは永久を誓った約束の記憶。
 月光の星空に浮かぶ、ぬばたまの君。

 今は、どんなに遠く離れていても。
 心はずっと、貴方の傍で。