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■オープニング本文 ●石鏡からの招待状 その日、五行王・架茂天禅(iz0021)は石鏡からの勅使が来たと知らせを受け、隣国とは言えそうあるわけでもない事態を鑑み五行国の警邏隊総指揮官である矢戸田平蔵を伴って面会に赴いた。 ――が、勅使と紹介された『彼女』の顔を見た途端に五行王の眉間の皺が増えた。 平蔵に至っては目を丸くした後で五行王を見遣り、思わず吹き出しそうになってしまって慌てて顔を背けるという状態。 五行王は問う。 「……此方が勅使か」 そう彼に伝えた役人は頭を垂れて「はっ」と肯定の意を示すが、王の様子がおかしい事には気付いていた。何か問題があっただろうかと内心で戦々恐々としていた彼に、王は深い溜息の後で告げた。 「隣国の王の顔ぐらい覚えておけ」 役人、固まる。 再び溜息を吐く五行王に、勅使――そう自ら名乗った女性はとても楽しそうに笑った。 石鏡の双子王が片翼、香香背(iz0020)。その背後では側近であり護衛でもある楠木玄氏が強面に呆れきった表情を浮かべていた。 役人達を下がらせ、五行王と石鏡王、平蔵と玄氏が向かい合って座す応接間。 「王自らのお越しとは火急の用か」と尋ねた五行側に対し、石鏡は「『あの』五行王が可愛らしくなられたと聞いたので直にお目に掛かりたくて」と笑顔。ゆえに場の空気はピリピリしている。……五行王が一人で不機嫌を露わにしているだけなのだが。 おかげで話は彼を除く三人で進められていた。 真面目な話をするならば、石鏡側は先の戦――五行東を支配していた大アヤカシ生成姫との大戦において様々な傷を負った五行の民を、数日後に控えた『三位湖湖水祭り』に招待したいというのだ。 もちろん招待と言うからには石鏡側で飛空船を準備し送迎を行う。 これから開拓者ギルドにも話を通し、当日の送迎警護や現地警備を依頼して来るつもりだ、と。 それ故に五行王の許可を得るため石鏡王は自らやって来たようだ。 「湖水祭と言えば三位湖畔に咲く彩り鮮やかな花の美しさも見どころの一つでしたね」 「ええ。今の時期は、特に鈴蘭の慎ましやかな美しさが湖の青と合わさって……」 平蔵の言葉にそう返した石鏡王は、しかしふと気付いたように意味深な笑みを覗かせた。 「そういえばこんな話を御存知? 鈴蘭は恋人達に幸せを運んでくれる花なのですって。五行王も矢戸田様も意中の方がいらっしゃるのでしたら、是非」 十四と言う幼さで王になった少女もすっかり年頃の娘になったかと思いきや、他人をからかう笑顔は一端の女性である。 平蔵が笑って誤魔化す傍らで、五行王はふんっと鼻を鳴らして一蹴だ。 その後、生成姫の消失によって起きた異変の件で石鏡の貴族、星見家の助力を得た事への感謝や、調査の進捗状況。神代に関しての話題もありつつ、王達の会談は恙なく(?)終了したのだった。 ●三位湖湖水祭り 石鏡を天儀において尤も豊かな国とした最大の恵み――それが国土の約三分の一を占める巨大な湖、三位湖である。 毎年6月の上旬に催される湖水祭りでは、水辺を散策してその恵みに感謝し、特設舞台では音楽隊や踊り手達が楽しい演舞を披露する。 また、首都安雲から安須神宮へと掛かる橋の上、巫女達が舞い踊る中央をもふら牧場の大もふ様をはじめとしたもふら様達が大行進するという。 例年は石鏡の民が楽しむための行事だが、今年は五行の民にも笑顔をという願いを込めた招待状が送られたことで、この警備、警護の依頼が開拓者ギルドに張り出された。 時は折しも鈴蘭の季節。 三位湖の畔にも美しく咲き誇るこの花が恋人達を幸せにしてくれるという伝説が実しやかに囁かれる昨今、あなたも仕事の合間に乗ってみるのは如何だろうか――。 ●柚子平の相談 ここに狩野 柚子平(iz0216)という人物がいる。 生家は大昔に没落。独学で国営の陰陽師養成施設『陰陽寮』に入寮し、十代で卒業。研究施設『封陣院』へ進み、二十代の若さで封陣院分室の長を任されるに至る。 五行東のアヤカシに精通し、生成姫に関する研究では右に出るものがいない第一人者。 最年少で『封陣院の分室長』と『玄武寮の副寮長』に成り上がった青年。 先の合戦で王の覚えもめでたい。 経歴だけを見れば、彼は申し分のない秀才だ。 だが性格も行動も破天荒。目的の為には手段を選ばない。それには理由があり、彼の先祖は鬻姫と裏取引をして生成姫を封印した。その業を背負わされ上級アヤカシと大アヤカシから命を狙われていたのである。 彼は25歳で殺されるはずだった。 石鏡王宮へ呼び出された開拓者は、神妙な顔つきの柚子平に出会った。 彼は戦後処理で忙しい日々を送り、今回、王に同行したのも祭の合間に仕事を進める為だ。 もしや重大な事件でも起こったのかと息を飲む。 「妻を娶ろうと思うのですが、石鏡の貴族女性を喜ばせるにはどうしたら良いのでしょう」 目が点になった。 「突然、何事かと思えば」 「王命なので割と真面目ですよ」 数時間前、国賓室で五行王と対談したらしい。 『柚子平。おまえ今、歳はいくつだ』 『24です。今年で25ですね』 『恋仲の女性はいるのか』 『おりませぬが』 『では湖水祭で妻を探してこい』 『……は?』 『元服して十年、頃合であろう。五行国の発展を思えば、石鏡と信頼関係を築いておく必要がある。湖水祭には、石鏡の政に対し強い発言力を持つ貴族旧家も集う。午蘭家、星見家、露堪家、斎竹家辺りと伝が作れれば尚良い』 『私に政略結婚をしろと』 『無理に、とは言わぬ。お前は星見家と交流があり、調査で充分な成果を出してくれた故な。だが行き遅れているなら良い機会だ』 ……。 王が先に奥方を見つけては如何でしょう? と喉まで出かかった言葉を飲み込んで帰ってきた。 「こういう訳でして」 一度は星見家の当主に『妻を娶ろうと考えている』と相談したが適齢期の女性はおらず『うちのボンクラが女子だったら喜んで嫁に差し出したものを』と嘆かれたらしい。一方、王の方で何か言いふらしているのか、柚子平の嫁探しは石鏡貴族に広まりつつあった。 明日は丁度、舞姫の芸を見る夜宴の席。 何故か斎竹家の娘と隣席らしい。事実上の見合いかもしれない。 「柚子平さんは、本当に政略結婚でいいのですか」 心配する声。 けれど穏やかに微笑む。 「私には今まで、誰かと結婚して子を育む選択はありませんでした。 友人を救う為、生成姫の業から逃れる為、他の全てを切り捨てて生きてきたのです。 妓楼遊びは散々しましたが……誰かを愛したい、と考えた事もない。 政略結婚というと聞こえは悪いのですが……王命でないと私が妻を娶らないと判断した王なりの気遣いでしょう。石鏡と関係を築くには確かに良い手。適した女性が見つかれば『妻を愛する夫』になってみるのも悪くないと考えています」 |
■参加者一覧
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰
十河 緋雨(ib6688)
24歳・女・陰
シャンピニオン(ib7037)
14歳・女・陰
朱宇子(ib9060)
18歳・女・巫
スチール(ic0202)
16歳・女・騎
火麗(ic0614)
24歳・女・サ |
■リプレイ本文 話を聞いていた朱宇子(ib9060)は穏やかに微笑んだ。 「柚子平さんのお見合い、是非お手伝いさせて下さい……私、寄り添う夫婦ってちょっと憧れなんです」 今まで切り捨ててきたのなら。 切り捨てた分だけ、今度は拾い上げることができればいいな、と感じた。 「初めまして。今回は、よろしくお願いしますね」 倉城 紬(ia5229)は緊張しながら丁寧に会釈をして挨拶した。少しばかり顔を赤らめ、何かを警戒するようにおずおずと後退して朱宇子の背に隠れるように立つ。 「柚子平さんにお嫁さんを!」 ネネ(ib0892)が拳を握ってやる気に満ちている。 素敵なお嫁さんを迎えてもらうためにも、ここは頑張りどころだ。 「僕も力いっぱい応援するね!」 シャンピニオン(ib7037)も拳を握って宣言する。 輝く青い瞳には『必ず達成してみせる!』という情熱の色が伺えた。その異様な情熱は『ここで副寮長がめでたくお嫁さんもらえば、寮長が心おきなく王様にアタックできるよね!』と歪んだ視点からくるものだった。彼女の脳内妄想では、寮長と副寮長が五行王を取り合っているのかもしれない。 スチール(ic0202)は『貴族女性受けする格好や動作』には自信はなかったが「がんばるぞ」と意気込む。 先ほどから思案している十河 緋雨(ib6688)は王命の言葉が気がかりだった。柚子平の見合いが失敗して王の恥、なんて事態は避けたい。 「ここはひとつ貴族受けするステキ男子に変身させるとしますか」 火麗(ic0614)が首をならしながら、柚子平をじっと見ていた。一歩踏み出す気になった男の見合いの手助け、とくれば粋なことかもしれない。 「まぁ頑張っていこうねぇ。じゃ、作戦会議といこうか」 石鏡の貴族女性に、柚子平をどのような男として売り込むか。これが結構難しい。 スチールが唸る。 「むこうの女性も貴族たちで、村娘では無いのだから、高い社会的地位の人間同士で、へたに庶民的なところまで引きずり下ろす必要もない……とは思うんだが」 具体案が思い浮かばない。 「個人的にはやはり、しゅっとした男性に持っていくのが誠意ですよ、真面目ですよ!」 ネネが擬音で誠意を表現する。シャンピニオンも通じるものがあったらしい。 「目指すは、聞き上手で女性のフォローができる紳士であれ!」 ネネは柚子平を見た。話を聞いて欲しい、と言えば、聞いてはくれるだろう。だが日常の何気ない愚痴を零そうものなら、冷静に分析して指摘してきそうな研究肌だ。危機感を覚えたネネは訓練の必要性を感じる。 「爽やかで包容力のある男子なんてどーですかねぇ」 十河の言葉に、再び柚子平を凝視する一同。 一見して清潔感はある。しかし清潔感と爽やかさは似て非なるものである。さらに包容力があるかというと……資産持ちなのは間違いないが、この外見と仕草から、常日頃『嫁第一』で『子煩悩』な姿が想像できない。妻子を放置して研究室にこもりそうだ。 「えと。料理できる家庭派男子はいかがでしょうか。あの……狩野さんも料理をできるのでしたら、言う事無しですが……いかがです?」 倉城が本人に尋ねると。 「……自炊はできなくもありませんが、美味いか不味いかは考えた事がありませんねぇ。外で買ったほうが手頃ですし、外食する前は霧雨くんに食べさせてもらっていたので……ふふ、そういえば長いこと彼の手料理を食べてませんね」 話が明後日の方向に飛ぶ。 倉城が首をかしげた。沈黙気味のネネとシャンピニオンが、亡き同僚陰陽師の生前、お宅に転がり込んで、食事の世話をしてもらっていた事を要約して伝えた。 ダメだ、処置なし。 十河が片手をあげる。 「むしろ議論とか訓練に入る前にですね、どのような対応や贈り物を想定しているのかを語ってもらっていいですか? 改善点は指摘しやすいかと」 火麗も便乗する。 「まずは柚子平さんから女性観や結婚観を聞きたいわけだけど」 柚子平は流水紋の青扇で顔を仰ぎつつ「そうですねぇ」と間延びした声を出した。 「そうですねぇ、石鏡といえば巫女の国といって差しつかない処ですから、そちらの方面……巫女術や精霊力辺りの話題が適しているのかな、とは。政に造詣が深そうな方なら、石鏡国の政や龍脈について色々とお伺いしたいとは思ってます。結婚となると、瘴気やアヤカシの研究が盛んな国に来ていただく事になりますので、不自由のない暮らしは心がけますが……石鏡とは食文化も違うでしょうし、一流の料理人でも雇い入れた方がいいんですかね。贈り物はどうしましょうか……無難なところでは宝飾品とか」 びたーん、と激しい音がした。 火麗が両掌を机に叩きつけて立ち上がった。 「ちょっとそこに座りなさい」 低い声を発した笑顔の火麗は、依頼主に地べた正座を迫った。 首をかしげて「なんでしょうか」と問い返す柚子平に、火麗の堪忍袋の尾が切れた。 「もうちょっと相手を想定して真面目に考えなさい! 貴方が嫁を娶るんでしょうが! 貴方に足りないのは相手に対する敬意よ! それを持って人に接していれば『妻を愛する夫』になってみるのも悪くないと考えています〜、なんて透かした台詞は出てこないわよ! 自分を大事にそれと同じくらい相手を大事に想うこと! それができたら他の事は後についてくるもので……何笑ってんの!」 胸倉を掴まれた柚子平は「失礼」と言いながら肩を震わせていた。 「いえ、私にこんな説教をしてきたのは、顔面を蹴り倒した霧雨君くらいだった事を思い出しまして……ふふ」 「今、そんな思い出に浸ってる場合じゃないでしょうがあああ! 見合いは明日なのよ!」 初対面の依頼主、それも今や五行国の重要人物に烈火のごとく怒る火麗。 その度胸は恐れ入る。 周囲が呆然と見守る中で、スチールが頬を掻く。 「さて、仕事面が優秀なのは間違いないようだが、私生活面アレコレはダメダメだな」 怒り冷めぬ火麗が振り返った。 「もとより『顔だけ』はいいけどねぇ……初対面の印象をいい方に向けるためには、仕事できるけど真面目過ぎる為にこの歳になっちゃった系男子、ってところかしら」 柚子平の「あ、ひどい」という文句は聞かなかったことにする。 散々悩んでいた朱宇子が案をひねり出す。 「柚子平さんを売り込む時は……命を狙われても知識を駆使して苦境を乗り越える力があること。この機会にと、非常に前向きな発言をされていたこと。これらを前面に出しては!」 スチールも頷く。 「アヤカシ相手の大変な仕事のために私生活を切り詰めていたのなら誇るべきこと、みたいな流れで売っていくのは賛成だな」 「有能振りと……それ故に、ちょっと女性には不器用という方面で売っていきたいわ。よって。間違っても女遊びに手馴れた空気や妓楼の話は出しちゃダメよ。いい子だから」 依頼主の首を掴んでギリギリ締め上げる火麗がいた。 とにかく長時間、見合い相手と思しき女性の隣に座るのだ。 選ぶ話題は運命を握る。 十河はカッと両目を見開いた。 「相手は初心なお嬢様です。優しく気遣ってあげつつ、和歌や舞の相手をするなどして教養をみせてみるのが良いかと思います。但し、高慢になってはいけません。今夜だけで和歌や舞の練習、石鏡の風習を学ばねば!」 十河の脳裏で深窓の姫君像が出来上がっていた。 倉城が首をかしげた。 「うーん、でも、狩野さんは、その事柄についての知識はなくても構わないと思います。興味を示す事をキッカケにして、二人で学んでいく……のが良いかと。はい」 相手女性の誇れそうな部分を潰してはいけない。そして付け焼刃ならボロが出る……ということだろう。 朱宇子が明日の予定を眺める。 「実際に踊るかは存じませんが……、舞姫を見る宴なので、その舞台に由来や伝説があるならそれを切り口にして、こういう舞台は結構見るのかとか、普段は何をしているのかとか……石鏡寄りで、お互いの何気ないことを話してみるとどうでしょう」 「それいい! 日和の話や祭の事とか、自然な内容で相手の緊張を解して、向こうから話しかけたり、質問等しやすい雰囲気を作るってのは大事だと思う」 朱宇子とシャンピニオンが意気投合する。 「あとはー、もふら様の話題、石鏡の人なら好きそうかな。他国の見聞を語るのも良さそう。あ、でもアヤカシの分布とか陰陽術等専門的な話題は控えてね」 倉城は口元を袖で隠しつつ、自分の好きな人の事を思い浮かべた。 「えと。お食事の席や馴染んできたら、料理の事を話題にするのは如何でしょうか? お相手の方は良家の方と伺ったので、花嫁修業の一環で料理も嗜まれていると思います。その、えと。相手の得意な料理を伺って……ですね。興味を示すといいと思います」 柚子平、ひたすら聞く。 「……つまり、舞台の由来や伝説に興味を示しつつ、石鏡の祭や日常、もふらさまの話に移行して、諸国見聞の話で相手の興味を誘い、最終的に相手の手料理の話まで持込めと」 干らたすぎる解釈に不安芽生える火麗たち。 ネネが気を取り直す。 「議題が決まれば、まずは会話の受け答えの特訓です! 女の人と遊びの粋な会話はできてるんですから、それをゆるっと女の子、に向ける会話に方向転換……」 できるといいなぁ、と脳裏に本音ぽろり。 「あ、相手の話を聞いてもマジなアドバイスじゃなくて共感してあげてくださいね! やんわりですよ、やんわり! むしろ向こうの情報をゆるゆる聞きだすくらいで!」 「……調査依頼のようですね」 柚子平の感想が前途多難。 『まったく世話が焼ける……顔はいいのに困った男ってのがいるもんだね』 火麗は生ぬるい眼差しで見ていた。 そして議題は贈り物へ。 「贈り物は絵物語の描かれた扇子に和歌を認めて贈ると吉かもです」 十河が型にハマった贈り物を提案したが「和歌は相手の教養しだいだよね」と数名が悩みこんだ。シャンピニオンが花瓶に飾られた鈴蘭に目を止める。 「贈物は、相手の趣味が分からない内は季節の花が無難かも」 朱宇子が天井を仰ぐ。 「確かに、いきなり高価なものを贈るとびっくりされちゃいますよね、たぶん。貴族と言っても一人の女性ですし、髪の色に合いそうだからこの装飾品を選んだとか……って、初めて会うんですよね」 朱宇子は鈴蘭を見た。 「いずれにせよ、ちゃんと柚子平さんが『理由』を付けて選んで、贈ると喜ばれると思います。この花の花言葉が素敵だから贈ろうとか……ちなみに鈴蘭の花言葉は『幸福の再来』だったかな。でも鈴蘭は今あっちこっちに咲いてますし」 頭を悩ませる朱宇子達を尻目に、柚子平はじーっと鈴蘭を見ていた。 当日の格好の話になると話は益々弾んでいった。 「格好は仕事着以外にしましょう。派手じゃなく、質のいい着物は持っていませんか?」 朱宇子に尋ねられて「持ってきた着物はとなり部屋にありますが」と返事をした途端、着物漁り隊が一着一着引き出して品評会を始めた。 「服は天儀での正装推し、かなぁ。派手さは抑えつつも上質な素材がいいよね。どこかに遊び心いれたりして」 シャンピニオンと一緒に、火麗やネネも衣類を並べていく。 「服装はそうね、質はいいけどできるだけ地味な印象の物で選らんで行きましょう」 「華やかよりは、地味目かつ上品な格好がいいそうです。きっちりしつつも、何処かちょっと緩めるというのはどうでしょう?」 「屋内の宴なら、狩衣ではなく直衣にしたいところなんですが……」 「なんだいこれ」 腕を組んで悩んでいる十河の声を遮り、火麗が一着を掲げた。 豪奢な衣類の中に混ざった一着。 くすんだ薄紅の地で汚れた帯。 「なんでくたびれた女物の着物が! まさか!」 火麗が目を見開く。柚子平が手を左右に振った。 「……いえ、それは調査仕事で変装に使っているもので」 「ああ、なんだ仕事、もーびっくりしたよ」 一方、十河は何着か目星をつけながら着ている姿を想像していた。 「衣装に合わせて、髪の毛は綺麗にまとめ、必要ならば結って清潔感のあるようにしましょう」 朱宇子が両手をあわせる。 「そうだ、柚子平さん。待ってる間、こちらに座っていただけます?」 つげ櫛を持った朱宇子が、部屋の隅から持ってきた椅子に柚子平を座らせる。 「髪を束ねて、男の人らしい肩幅を見せるといいかも。柚子平さん、髪長いですよね、サラサラで艶々です」 ふふ、と笑いながら髪を梳かす朱宇子は若干楽しそうだ。 「扇など小物はセンス良くいきたいよね。副寮長、扇持ちだから色々あって楽しそう」 シャンピニオンが小物を探す。 「これ、なんだろ。青い手ぬぐい?」 「……それは私の褌です。差し支えなければ、箪笥に戻していただけると嬉しいのですが」 年頃の女性達や教え子に、褌まで改められてしまう男、柚子平。 顔を覆う柚子平に対して。 シャンピニオンは折りたたんで、そっとしまった。 ちなみにスチールは衣服や贈り物などの細々した気遣いは苦手分野らしく、あーでもないこーでもないと衣類を漁る女性たちを、柚子平と静かに眺めていた。 翌日、青と灰色を基調とした身なりで挑む夜が来た。 朱宇子は最後までアレコレ世話をやき「貴族女性となると、急に異性に接近されたり触れられたら仰天しそうですから……その場合、一言断りを入れた方がいいかもしれません。焦らないでくださいね!」と念押し。倉城は「私は料理を例に挙げましたが、それに限らずに相手の得意なことに興味を示すと喜ぶと思います」と最後に一言。 十河とスチールが見守る。 ネネが柚子平に銀の扇子を渡した。 「大丈夫、いざとなったら私がお婿さんにお迎えしますから、背後は気にせずどーんと突撃です!」 「おや、それは老後の心配がなくなりますが……ネネさんが成人する頃には、私二十九歳ですね」 天儀では親と子ほどの年の違いだ。 だから子供の戯言と取られても気にはしない。 ネネの愛らしい応援に「そーそー」と便乗したのは火麗。 「もしだめなら屍くらい拾ってやるよ、顔だけはいい男だしね」 にっ、と笑い冗談めかして囁く。柚子平と火麗は殆ど年頃も同じで身長も似通っていた。ネネが火麗を見上げて頬をふくらませたが、今夜は柚子平の人生を決める日。 そこで着慣れない礼服に戸惑っていたシャンピニオンは「そうだ」と独り言を呟いた。 何か思い出したらしい。 柚子平の所へ走り寄り、ぺこりと頭を垂れた。何やら暫し話し込む。 「……だからね。副寮長も、自分の為の幸せを掴んで欲しいと思うんだ。望むなら、どんな形だっていいと思う。どんなに重いものを背負ってても、皆幸せになっていいんだよ。だから幸運を祈るよ!」 いってらっしゃい、と送り出した。 ところで。 狩野柚子平の隣席に座す斎竹家の息女は『桔梗』という二十九歳の……『サムライ』であった。 深窓の令嬢とは真逆の性質で、数年前に起こった理穴と石鏡の国際問題を解決した程度には活動的だ。昔から戦とあらば勇名を馳せて来た斎竹家は、現在、仲の良い長女と長男が次期当主の座に就くべく勝負の真っ最中だった。 よって。 『……布刀玉王御自らの話で無下にはできないとはいえ……馴れないわね、こういうの』 普段は全く縁のない煌びやかな衣装に身を包み、硬い笑顔の裏で溜息を零していた。 柚子平も桔梗も仕組まれた縁談故か、形式に則った挨拶がカタイ。 ふと。 柚子平は桔梗の手を見て気づいた。タコがある。 労働と縁のない貴族令嬢の手とは違う。剣を握り、鍛錬を重ね、労苦を知る者の手だ。 ただ嫁がされる為だけに育てられた女性ではない。 「わたくしの手が、何か?」 女性をじろじろ見るのは失礼だ。 贈り物に意味ある季節の花を、とシャンピニオンと朱宇子の助言に従う事にした。 「失礼を。これはお詫びの印に」 桔梗の目の前で、柚子平の掌にひと握りほどの瘴気が集約された。 ポンッ、と音を立てて一輪の鈴蘭に変わる。かつて陰陽寮の花見で一度だけ披露した『瘴気の花』だ。ただ花の姿を保ち続け、二十四時間が経つと瘴気に戻って消えてしまう。 「瘴気を花型に結晶化させたものです。人妖研究の副産物でして、明日には大地に還ります。人体に害はありません。瘴気は嫌われものですが……こうすると美しいでしょう? 三位湖に咲く鈴蘭の美しさには負けますが、友人から鈴蘭の花言葉は『幸福の再来』と伺いまして。今以上の幸福が、あなたに訪れますように」 若干面食らった後で面白そうに。 弟より年下の男性から瘴気の鈴蘭を贈られた桔梗は「枯らさずに済むわね」とだけ告げた。 礼服が窮屈で仕方ないシャンピニオンが、遠巻きに柚子平の首尾を伺う。 「喋ってる喋ってる、アヤカシの話とかしてないよね、ちょっと心配」 「えと、狩野さんより年上の女性みたいですね」 倉城が口元を覆って相手を見る。 「ボクさっき、斎竹家の息女や家柄について噂話好きそうな人に聞いたんだけど……なんか、雄々しい武勇伝しか聞かなくて」 「……私もです」 二人に限らず、十河も噂好きそうな女御に話をふったが、想定と全く違う女性像に戸惑っている。 一方、おしとやかに着物纏った火麗は、呑みたいお酒も我慢しながら、近くの女性に貴族社会について訪ねている。朱宇子は『巫女術を修める一人として、宴で名家の方に失礼がないようにしたい』を理由に、貴族女性について聞きまわっていた。 綺麗に着飾ったネネは迷子よろしく、猫又うるるをおともにちょろちょろ動き回っていた。狙うは壁の花。 『こういう場で引っ込み思案な子は箱入りの確率が高いから、そっと連れ出してくれる人が王子様に見えるはず! 勉強熱心な方であれば、柚子平さんのお仕事や環境にも興味を持ってもらえるかも』 こうしてネネが集めたのは、本家ではなく分家の情報が大半を占めた。 ところでスチールは何を思ったのか、小さい馬をつれて門番や雑用の仕事をしていた。 宴の後、席を立った斎竹桔梗の所へヤキモキしていた弟がやってきた。 「ど、どんな様子、だった? 本気で、五行との見合いを受けるのか?」 「……そうね。今回のお話だけど、私は、また話してみたいわ」 百面相をしている弟を尻目に、桔梗は静かな目で鈴蘭を眺めた。 石鏡国の湖水祭を終えた後、柚子平のもとに一通の手紙が届いた。 それは『斎竹家当主』から結婚を前提とした正式な見合いの申し込み。 添えられた文香は、夜宴の席で桔梗が纏っていた香と同じもの。 どうやら見合いは順調である。 |