屑鉄神社〜屑鉄による損失〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/27 20:30



■オープニング本文

 屑鉄。
 それは夢と希望が打ち砕かされた痕跡。

 開拓者という商いを続けていると、幾度も理不尽というものに泣かされる時がくる。
 その最たる例が運命の女神のイタズラだ。
 より強い敵を倒すため、或いは自らを守るため。開拓者は装備品を鍛錬していく。武器、防具、宝飾品、しまいには衣服に宝珠を縫い込む局地に至っており、開拓者は装備品をお犬様ならぬ『装備品さま』状態で扱っている。道具というものは基本的に消耗品なのだが、湯水のように注ぐ莫大な文は、まさに愛情に等しい。時に、病的なまでに鍛冶屋に出入りする訳だが、その結果が報われない事は多い。
 この世に壊れないものはなく、汚れないものはないのだ。

「うああああああああああああああ! 俺の刀が!」
「いやあああああああああああああ! 私の杖が!」

 本日も叫び声が響いている。
 鍛冶屋が繁盛すれば、悲鳴もまた絶好調だ。
 せめてゴミぐらい無料で引き取って処分してくれればいいものを、何故か律儀な鍛冶屋の面々は、原型が跡形もない屑鉄を、そっと持ち主の手に戻し、温かい手で握りしめて、憎めない輝く笑顔を向けるのだ。

「また来てくれよな!」 

 もしも血の涙が流れるなら、こういう時に流したい。
 二度とくるか! と歯ぎしりをしながら、翌日には別の道具を持ち込んでいるのだから、案外開拓者という生き物はマゾい……否、打たれ強いのかもしれない。
 ところで綺麗すっぱりあきらめがつけばいいのだが、得物がなくなって依頼が受けられなくなった者は日常茶飯事で現れる。

「申し訳ありません。大事な武器が壊れちゃって……」
「いま支給品暮らしで、中級アヤカシとか倒しに行けそうにないです……」
「お金が貯まるまで依頼受けられません……」

 開拓者という職業は雇われてなんぼだ。
 よって働かなければ一文ももらえない。

 屑鉄発生による大損失で打ちひしがれた心を抱えて、依頼を辞退して拠点へ帰ろうとしていた。
 ところが見るに見かねた受付係が、そっと一枚の依頼書を握らせる。
「屑鉄神社でお掃除係と巫女を募集してるのよ。行ってみたら?」
 たまには戦い以外もいいもんよ、と囁く。


 屑鉄神社。
 それは偉大なる『屑鉄の神様』を祀った、開拓者専門の神社である。
 曰く。
 皆に嫌われている屑鉄の神様は、善行の為、懸命に働く開拓者が大好きだという。だから参りに来ない開拓者のところへ、寂しくなった屑鉄の神様が頻繁に出かけてしまう。そして寂しい屑鉄の神様に愛されて憑かれると、何故か鍛冶屋に預けた品物が屑鉄になってしまう……というのだ。
 だから足繁く参拝し、心の底からお祈りする。
 寂しくさせてしまった結晶たる屑鉄を奉納し、賽銭を投げ入れる。
 すると寂しさの消えた屑鉄の神様は、神社でおとなしく待っている……とかなんとか。

 ぶっちゃけると。
 神楽の都で二万人を超える高収入世帯、即ち高額を稼ぎ出す開拓者という層を取り込めないかと暗躍した場末の神主が、侍女を連れた金髪碧眼の流離いのジルベリア女性に相談した結果――――開拓者が道端に捨てていく屑鉄を大量回収し、屑鉄で像を作り出し、噂話を流したことから発生した新興宗教である。
 しかしアレだ。
 人間、藁にもすがりたくなる時がある。
 そんな神様いねーよ、と魂の底では言いつつも、開拓者は願掛けと見物のつもりで面白半分にやってくる者も多い。一人が信じても大したことはないが、開拓者総人口の百分の一でも信じれば、それは200人を超えることになる。

 依頼を受けた者たちは、神社にやってきて立ち尽くした。
 屑鉄神社は、美しい神社だった。
 竹林の緑に包まれた参拝道。大理石から削り出した石畳の境内。参拝者が手を洗う、手水舎の彫刻は見事なもふらだ。鏡面のように煌く水盤。朱塗りの鳥居の果てにある、荘厳な建物。増築途中である。
 なにより想像を超える大勢の開拓者がいた。
「向こうは近日完成する宝物殿です。こんにちは、お手伝いの開拓者さんでしょうか」
「あ、はい」
「境内の掃除や売り子が足りなくて、助かります。先に御神体に手を合わせて頂いて結構ですよ」
 手を合わせて、って言われても。
「今夜は宿坊にお泊りください。石庭が見える大座敷を、襖で小部屋に区切っております。貴重品の管理や他の部屋への出入りはご注意を。あぶらげの味噌汁、山菜の漬物、ご飯とささやかではありますが、夕餉と朝餉はご用意します」
「ありがとうございます」
 少なくとも屑鉄神社になる前は普通の神社だったというから、お祈りしておくのが筋かもしれない。
 境内の隅に膨大な屑鉄型絵馬があった。好奇心で読んでみた。

『大成功したいんです! だから来ないで!』
『強化成功の暁には、毎週参拝しますから!』

 これは果たして、神様は愛されているのだろうか。
 そして賽銭箱の方角を眺めると。

「屑鉄様、屑鉄様、屑鉄様、愛してます、愛してます、愛してます」
 噂の神社にやってきて、言葉を繰り返す開拓者。もはや呪文だ。
「……必死だな」
 兎も角。
 広い境内の雑草抜きや枯れた花の掃除、廊下や柱の雑巾がけ、そして屑鉄神社のお守りや記念品の販売をお手伝いしなければならない。屑鉄神社という文字が染められた着物や巫女装束を纏い、一日ご奉仕することになった。

 少しは幸運に恵まれるだろうか?


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
からす(ia6525
13歳・女・弓
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武


■リプレイ本文

●芽生える信仰心
 本殿を前にして、アーニャ・ベルマン(ia5465)は感動していた。
 両手を胸の前で合わせて、恍惚とした眼差しで幸福感に浸っている。
 こんな神様がいるなんて知らなかった。
 もっと早く、この神様に出会いたかった……
 新たなる世界を見出した乙女心は、想像の翼を羽ばたかせ『きっと今も新しい神様がどこかで生まれているのかもしれません!』と熱っぽい眼差しを御神体に向ける。
「流石は天儀、八百万の神々の国です」
「殆ど貧乏神じゃねーか。そんな神様がいてたまるかってんだ」
 悪態をつく猫又のミハイルの声を右耳から左耳へ通す。
 信心のない者の戯言など知らない。誰がなんと言おうとも、しっかり仕事をすれば鉄屑神様は離れて行ってくれる筈だと。
「アーニャ、おーい……言っても無駄だな。暇だなぁ、酒でも飲むか。神社なら奉納された御神酒くらいあるだろうし」
 ずしゃああ、と灰色のクロスボウの先端が猫又の目の前に振り下ろされる。
 ベルマンは冷えた眼差しでにっこりと微笑み。
「……ミハイルさん。ここは神聖な霊場です。屑鉄の神様がご覧になっている総本山なのです。不埒な行動したら、いくら相棒でも成敗ですよ?」
 目が、目が本気だ!


●屑鉄様の趣味
 賑やかな者たちの傍らで。
 静かに両手を合わせてお祈りしつつ、戸隠 菫(ib9794)が呟いた。
「屑鉄の神様……って、ひねくれていると思うんだよね、呼んでいるときは来ないし、呼んでいないときに限って来るんだもの。ほんと、素直じゃないんだから」
 同意する者が数名。
 だが戸隠の言葉の意味は少し違った。
「あたし、仕事の後にこの屑鉄を奉納するんだけど……今回のこの屑鉄、元は布胸で」
 女性陣の「え」という声に「うん」と頷く。
「すけべぇな神様でもあるんだ、うん。これの時に限っていらっしゃるの早かったんだよね。二度目で屑鉄化したから」
 屑鉄神の祟る品物話に花が咲く。
 からくりの穂高桐は、遠巻きに戸隠の会話を聞きながら、首をかしげていた。
「……菫は、本当に神様を敬う為の奉仕に来たのかね? ああまで『すけべ』を連発したら神様が怒りそうなんだがな。まあ、それも一興かもしらんな」
 神様が怒って近づかなくなったら……屑鉄は発生しなくなるかもしれない。
 罰当たり気味な戸隠は好きにさせておこう、と決意して。
 からくりは一足早く売店を見に出かけた。戸隠たちは仕事でも、相棒にとっては暇だ。冷やかすつもりで売店を覗いたが、これがまた商売根性が炸裂していてお守りや絵馬が多種多様。
「ふぅん……絵馬の細工や絵が色々と凝っていて面白いな。あたしも絵馬作りをさせて貰えるだろうか?」
「ええどうぞ」
 老いた巫女の後ろをついていく。


●神様はどこですか?
 ここに元々おられた神様はどうされたのかしら。
 皆と同じように拍手打ってお参りしつつ「ちょっとの間、お邪魔します」と頭をたれたフェンリエッタ(ib0018)は、ぼんやりと考えていた。
 神に引越しの概念はあるのだろうか。
 神無月という言葉がある位だから、神社を空ける時期はあるかもしれない。
 しかし。
 どうしても『屑鉄神』という襷を斜めがけにした神様像が頭から離れない。
 笑ってしまいそうになる。神主さんの思いつきに付き合っておられるのだろうか……、と視線を逸らして、元々の御神体と思しき古ぼけた像が、屑鉄神の取り巻きになっているのが見えた。
 まるで狛犬か神使の扱いだ。
「……人間は勝手よね」
 人間の都合で哀れにも神格を降格させられてしまった元の神様の像にも、丁寧にお参りするフェンリエッタがいた。
 神様にご挨拶を終えると、巫女装束に着替える為に社を出る。


●歪な巫女装束と熱意
 純白の着物に、真っ赤な帯。
 そしてこれみよがしに刻まれた『屑鉄神社』の文字。
 胡蝶(ia1199)は手渡された巫女装束を広げて『屑鉄神社』の文字には触れず「天儀の修道服は白と赤なのね」とだけ呟いた。
 全く気にしないベルマンもいる。
 不格好な衣装も嬉々として纏う。信仰心を表す一環と思っているらしい。熱心に仕事をこなすつもりで意気込んでいた。
「屑鉄様へのご奉仕として、新しい商品開発も欠かせませんよね。屑鉄饅頭なんてどう思いますか? 夏も近いですし、屑鉄様を描いたありがたい団扇もいいと思うんですけど」
「屑鉄饅頭に団扇?」
 瞳を輝かせるベルマンに、窓の向こうの事務所を指差す。
「商品開発の相談は事務所に行ってちょうだい」
「はい、じゃあまた後で」
 遠ざかる背中に、胡蝶は微妙な眼差しを向けていた。


●屑鉄と神様の進化論
 少し違和感のある巫女装束を真面目に着こなした柚乃(ia0638)は、石畳の参拝道に落ちた枯れ葉や花の掃き掃除を始めた。
 柚乃の足元を走り回るのは、真っ白な毛並みをした子犬の忍犬。遊びと勘違いしている子犬の白房を箒や足で退けながら、柚乃は極力境内の方向を見ないように勤めていた。
 時と共に境内には参拝者が増えていく。
 屑鉄様に必死に祈る様をみていると、かつて『お気に入りの弓を屑鉄にしてしまった』ことを嫌でも思い出す。高級品にして思い出深い一品が、ゴミへと変貌を遂げる一瞬の衝撃というものは忘れられない。鍛冶屋の強化実験は、いかなる品物でも鉄屑に変えてしまう。そう考えると、ある意味『鉄屑作り』は凄いことなのかもしれない。
「……はぁ」
 空が青い。
 物思いに耽るには最適な一日だ。
 考え事ができる時間が生まれると、どうでもいいことを考え出すのが人の性である。
「は! もし……屑鉄がアヤカシ化して護大の力を得たなら、最強にして最凶の敵に!」
 ねーよ、という幻聴が脳裏に響く。
 とはいえ。
 大事な品物が屑鉄になるのは勘弁願いたいが、柚乃にとってはさほど嫌な現象ではなかった。切ない思い出と共に、屑鉄は屑鉄としてキチンと持ち続けている。
 むしろ。
 どうでもいい品物を屑鉄にして集めたい。百個集めたら、いいことが起こるような気がするからだ。しかし戸隠が言うように、集めたいと思うと得られないのも世の理である。
「柚乃ちゃん、売り子を手伝ってくれる?」
「はーい」
 急激に現実へ引き戻され、売店目指して走り出した。
 移動中、同じく境内を掃除する胡蝶を一瞥しつつ『いっそ、陰陽寮辺りで屑鉄研究をして欲しいものです』と謎の願掛けをしておく。一日も早く屑鉄の発生理論を知りたい。
 柚乃は売店で愛想を振りまいた。
「お待たせしました。屑鉄様のお守りと絵馬の販売を再開します。占いサービスもしてますので、お気軽にどうぞ。貴方の悩みをマルっと解決……できるかは貴方の運次第!」
「うぅーん、どうしようかな」
 購入をためらう人。
 隣から忍犬の白房が膝に乗り、机の上に前足と顎をのせた。くりくりのつぶらな瞳で見上げる様は『全部買わないの?』と言いたげだった。


●新興宗教らしさってなんだろう
 掃き掃除をして、売店を手伝って、お昼時になると……やはり人の波はどこかへ消える。
 軽い食事を取った後、見事に暇になった。
 黒い宝珠が埋め込まれた銀製フルートを吹いていたフェンリエッタが天を見上げる。
 迅鷹ブランスィーカが、悠々と翼を広げて空を飛んでいた。
「アスカー!」
 フェンリエッタが呼子笛を吹いた。鹿皮で縫われた餌掛けを左手にはめる。分厚い手袋に似ているが、猛禽類の鋭い爪から身を守るものだ。迅鷹が戻ってくると、藤の蔓で編まれた餌籠の中からヒヨコを一羽取り出して与えた。一日一度の食事だが、満腹にさせすぎると戻ってこない。一般的な鷹匠と同じ苦労は必要だが、特別にできることもある。
「友なる翼をお願い」
 同化すると光でできた翼が、フェンリエッタの背中に生えた。
「……これ、初めてなのよね。ふふ」
 神々しい翼の生えた姿で、自慢げに歩く。
 屑鉄神に仕える者に高位開拓者がいるという存在感は示せるかもしれない。


●安心を買うお値段
 午後もすごい参拝者ね、と胡蝶は思う。
 すでに一種の観光地と化している気がする。屑鉄神社なんて発想を出す人間の顔が見てみたい、と思いつつ、まさか知り合いの憂汰がそれを発案していたとは露程も思いつかなかった。
「胡蝶殿、すまないが集めた枯葉を詰めてもらえるかな」
「ええ」
 からす(ia6525)は黙々と仕事をこなしながら屑鉄神社が『危険な宗教ではないか』どうかを吟味していた。仕事に生真面目だ。一方で、からくりの笑喝は境内の一角に休憩所を設けて、冷えた麦茶を提供していた。最近は暑い日々が続いている為、すばらしい心配りであると言える。
 枯葉を麻袋に詰めながら、胡蝶は膨大な数の絵馬や賽銭箱の前に並ぶ開拓者の様子を伺う。
「瘴気とはまた違った情念が渦巻いてないかしら……ここ」
 あの瞳には狂気が宿っている。
「気持ちは……分からなくもないけどねぇ」
 胡蝶の独り言を耳に拾ったベルマンは「胡蝶さんも何か屑鉄にしたんですか?」と首を傾げる。
「ええ。手に入れた聖剣を合戦前に……と思ったのが誤りだったわ。強化は3段階目からは常に5割が生、残り5割は……死よ」
 過去の失敗を思い出して深い溜息をこぼす。
「アーニャも随分入れ込んでるみたいけど、やっぱり壊したことがあるのね」
「ありますとも!」
 ベルマンは懐の屑鉄を眺めた。
「折角、友達に譲っていただいた物なのに、調子に乗って鍛えまくったらこんな姿に……」
 切ない思いを分かち合う、ベルマンと胡蝶。
 しかし猫又のミハイルは隣の灯篭に飛び上がり、呆れたような声を投げつつ尻尾を揺らした。
「アーニャが金をケチって、巻物とか買わなかったせいだろ……っていてて!」
 ベルマンは思わず猫又の尻尾に恐るべき握力をかけていた。我に返って手を離すと、猫又が「何しやがるんだ!」と毛を逆立てて唸り声を上げる。
「からすはどう?」
 戻ってきたからすが胸を張る。
「私は失敗しない。私はとても運がいいから、くず鉄は作らない」
 その自信には清々しさすら覚える。
 じっと話をきいていたからすが「特に駆け出しから一年足らずの者によく言っているが」と前置きをして、鷹のような鋭い眼差しを向ける。
「何故、保証をかけないのか」
「「うっ」」
「大事大事と言うが……その大事なものは保証をかける必要がない程度のものかね」
 足元で猫又が「そーだそーだ」と同調し始めたので、ベルマンがキリキリと締めあげ始めた。暴力と躾の狭間を見極めて、平然と見守るからす。
「何故といいつつ……大体の想像はつくがね。
 周りが強いから焦って強化しようとする。すると保証を買う金銭的余裕がない。あるいは用意する時間がない。もしくは、失敗しても替えがきく、なくても問題ない、むしろくず鉄がほしい。そういう場合は、保証を買うのはもったいないと思っている者は多い」
 艶やかな黒髪が風に揺れる。
「以後二度と手に入るかわからない以上、全ては自己責任だ。だから私はこう考えている。
 90%、成功するのではない。5%、くず鉄になるのだ!」
 名言か迷言か。
 判断に迷う。
「気をつけた結果が私の茶器であり湯呑である」
 からすの手のひらにある湯呑は、実に14回以上、鍛えることに成功した品が纏う艶めきがあった。それはもはや趣味と娯楽の領域である。
 ただの湯呑、されど湯呑。
「と、私の論や信条はさておいてだ。この神社で保証書を売ってるなら買ってみてはどうかね。御利益は確実にあるだろう」
「そうですよね! 買ってきます!」
 ベルマンを見送りながら、胡蝶が傍らを見下ろす。
「……狙った?」
「なんのことかね」
 面をつけた通りすがりのフェンリエッタが話に交じる。
「結局、大事な装備は保証をつけるのが一番よね」
 保証の神様ありがと、と内心感謝を捧げる。新たな神様が誕生した瞬間であった。


●策士の口上
 井戸端会談ならぬ屑鉄会談を横目に、Kyrie(ib5916)は心の中で云々頷いていた。
 からすの意見に。
 実を言うと、Kyrieは屑鉄をひとつも持っていない。
 万一、失った時の事を考えると保証の巻物無しでは怖くて強化なんてできない類の人種だった為である。それが例え1%であろうとも、大失敗や突然変異が発生する可能性がある場合は、必ず保証の巻物のお世話になってきた。
 毎回、鍛冶屋に「まいどー」とニコニコ見送られながらも、保証のという名の安心感購入を欠かしたことはない。
 よって個人の過去を踏まえると、屑鉄神社とは縁がない。
 だが、それと仕事は別問題である。
 参拝者の前では、決してそんな話をしたりしない。
 仲間の前でも口には出さない。何故ならば、ベルマンのように屑鉄神の存在を信じて陶酔して良きお客様になる可能性のある者がいる以上、商売に水を刺さぬよう細心の注意を払わねばならない。
 戦いはすでに始まっているのだ!
 給料に色をつけてもらう為、神社の装束に着替えた後は、にこにこと菩薩のように微笑みながらお守りの販売だ。
「よろしいですか、皆様。お守りは屑鉄の神様への愛の証です!」
 二時間に一度のKyrieによる境内パフォーマンスが始まった。
「これを身に付けていますと。屑鉄の神様は『ああ、この開拓者さんは私の事が大好きなのね』と満足され、憑依はなさらないのです!」
 土偶ゴーレムのザシが通りがかりに足を止め、サクラを務める。
 不思議なことに、誰かが足を止めると、続々と人が立ち止まっていく。
 集団心理だ。
「但し、神様は寂しがり屋! 持っているお守りの数が少なかったり、買ってから時間が経過したお守りばかりだと『本当に好きなのかな……?』と、肩に乗ってお確かめに来られるかもしれません」
 演説を遠巻きに眺める誰かさんの猫又が『ねーよ』とでも言いたげに様子を見守る。
「ですから皆様。お守りは常に! 鮮度の高い物を! 可能な限り沢山身に付けましょう! 私なぞこの様に!」
 ばさァァァ、と露出狂ヨロシク、巫女装束を脱ぎ捨てた。
 だが下には無数のお守りを縫い合わせて完成させた衣を纏っていた。
 流石の観客もドン引きしたが、それも一瞬の事だ。
「このお守り帷子を身に付けてからは屑鉄はゼロ! これも失敗なしで連続九度も強化に成功できました!」
 天高く掲げたのは、開拓者の多くが欲しがる品。
 赤みのかった大きな宝珠のはまっている短剣――名品『アゾット』である。
 実際にはKyrieが小隊長を拝み倒して大事にしているアゾットを借りてきただけだ。
 しかし補償なしでは三度目には失敗し、四度五度は大金と引換の保証が必要と言われる中で、実に九度の強化を施したご利益アゾットは、とてもとても……光り輝いて見えた。
「わ、私はお守り百個!」
「俺はお守り全種類だ!」
「買い占めるな、俺にも買わせろ!」
 売店に殺到する人々を満足そうに眺める策士がいた。
 屑鉄様も満足げに見ているに違いない。


●これは布教です
 便乗したベルマンも、声高らかに屑鉄神の実在を言い広める。
「鉄屑の神様は見ておられます。鍛冶屋で信仰の足りない人を罰するのです!」
「アーニャ、それは脅迫……」
 笑顔のまま猫又の尻尾を踏みつける。
 猫又の悲鳴が響いた。
「また何か言ってるわね」
 胡蝶は屑鉄神社を胡散臭いと思いつつ、貴重品を鍛冶に持ち込む気満々の初々しい開拓者を見かけては、不憫そうに眺めて爪の垢ほどのご利益を囁く。
「屑鉄様との相性占いは向こうの売店、今は空いてるわよ」
 屑鉄神社のおみくじは、強化に関する相性のみに特化しており『装飾品は変化なしの予感』とか『今日の武器は一段と磨きをかけるべき!』とか『屑鉄様がみてる』更には『屑鉄様と一緒』等と書かれていた。
 ちなみに胡蝶もひいてみた。今日は、屑鉄様に見られているらしい。
「あと。屑鉄の買取は万商店と同じくやってないから奉納しなさい」


●職歴と確率
 奉納されていく屑鉄の数々。
 巫女として働きながら、フェンリエッタも参拝者を観察していた。
「勿体無いなぁ……どうして皆くず鉄を捨てちゃうのかしら。いらないなら私にくれたらいいのに」
 百個貯めたらきっとイイコトがある、とフェンリエッタも信じていた。
 だから一個も捨てていない。奉納もしない。
 開拓者になって三年と三ヶ月が過ぎた。貯めたくず鉄は実に62個。屑鉄を作ろうと思った時もあるが、なかなか上手くいかない。けれど数百回、或いは千回以上鍛冶に挑戦していると、第六感のようなものが備わると考えている。それは「あ、今叩いたらくず鉄」という野生の予感めいたもので、的中率もかなりのものだという自負があるが、結局強化をやめないので意味がない能力かもしれない。
「あ、あとで絵馬描かなきゃ」


●神様の住まいをキレイに
「さて、境内の柱は他の人に任せたし、私もはりきっていこうかな」
 巫女装束を纏った戸隠は黄金の髪をひとつに纏め、たすきで着物の袖を引き上げる。
「床と言う床を全てピカピカになるまで磨きたおすんだから」
 四時間後。
 額から滑り落ちる玉の汗を拭って見下ろす。本殿の床は、艶めいていた。木板が差し込む陽光を浴びて、飴色に輝いている。掃除とは魂の洗濯であり、一種の修行に似ている。磨き上げた床を満足げに見て回った後、戸隠は真っ黒になった桶の水を捨てに行った。
「わぁ、すごく綺……わわわあ!」
 つるりと滑るベルマンを目撃した通りがかりのからくりは、「やはり被害者は続出だな」と呟いて通り過ぎていった。極端に磨いたものは仕方がない。それより今は絵馬を仕上げることが、穂高桐にとって重要な課題だった。


●奉納と絵馬
 夕食時になると、流石に神社も静まり返った。
 Kyrieは後片付けを手伝い、柚乃と胡蝶、フェンリエッタは絵馬を書きに出かけ、からすは『私のくず鉄は自己責任の産物だから祓わないさ。ではおやすみ』と格好良く囁いて部屋に戻った。
 仕事を終えた戸隠とベルマンは奉納に向かう。
 ベルマンは「うう、私の愛用品さようなら」と、名残惜しそうに鉄屑を奉納しつつも、激しく願掛けをしていた。戸隠も、神様のスケベ根性の成果と認識している屑鉄を奉納する。二人に屑鉄様の祝福あれ。
「じゃ、私はお仕事がありますので戻ります」
 ベルマンが事務所に向かう。仕事って何かあったっけ、と首をかしげた戸隠が我に返る。
「あれ。そう言えば、桐ちゃん何処〜?」
 様子を見に行くと、からくりの穂高桐は絵馬作りに熱中していて、呼びかけにも反応しなかった。しょうがないなぁ、と手燭で絵馬の方を照らす。
 そこにはフェンリエッタの絵馬があった。
『目指せ100個! 屑鉄神様うぇるかむ』
 何を百個目指しているのか、尋ねるまでもない願掛けだった。
 そして手持ちの屑鉄を奉納しなかった柚乃は絵馬に次の文面を書いていた。
『屑鉄百個ください。』
 願いが直球である。
 傍らにある胡蝶の絵馬には『屑鉄になった聖剣が帰ってきますように』と記されていたが、それは無理な相談であろう。

 一方、事務所に足を運んだベルマンは、徹夜で屑鉄神社繁栄に関する策を練る。知恵を絞って考え出したのは、屑鉄擬人化だった。
 神主の姿をしたイケメン『テツ雄』と、巫女装束を纏う美少女『クズ子』の広告案。
 ベルマンは思った。
 いける。これは売れる。
 屑鉄の神様にもご満足いただけるに違いない!
 情熱を和紙に炸裂させるベルマンを眺め、もはやツッコミに疲れた猫又が欠伸を噛み殺した。宿坊の石庭からは、胡蝶と、同じく泊まり込んでいる謎の旅人こと憂汰の話し声が聞こえていた。


 翌朝、不審者――憂汰を発見した、忍犬の白房は黒い耳先をぴんと立てて、足首あたりにかぶりついた。甘噛みして、引っ張っている。おもちゃだと思っているらしい。
「ふふふ、おちゃめさんだね。さらばだ」
 屑鉄神社の発案者、改め、憂汰さん逃走。
 彼女の人相書きを和紙にしたためたからすは、指名手配書をぺたりと路地の壁に貼っていた。