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■オープニング本文 大アヤカシ「生成姫」討伐から早一ヶ月。 五行国では未だ合戦の後始末が続いていたが、五行東の住民たちは落ち着かない情勢に怯えていた。田畑や井戸から瘴気が吹き出し、名もない小さな里が魔の森化している、との報告も聞かれるようになった。 この大打撃の余波を受けているのが、被害のない白螺鈿などの里だ。 五行国東方、白螺鈿。 ここは五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。 水田改革で培った土木技術を用いて、彩陣の経路とは別に渡鳥山脈を越えた鬼灯までの整地された山道が開通して以来、結陣との最短貿易陸路成立に伴い、移住者も増え、ここ一帯の中で最も大きな町に発展した。 今は急成長を遂げたとはいえ、元々娯楽が少ない田舎の町だったこの地域では、穀物の生産が命綱である。あちこちで瘴気が吹き出したことで『瘴気汚染された米なのではないか』と次第に囁かれるようになった。 風評被害の影響は大きい。 「このままではマズイな」 「誉兄さん、いい手があるよ。ちょっと開拓者に申し訳ないし、値が張るけどね」 如彩家三男、幸弥の提案により、開拓者の優れた吟遊詩人を招いて『精霊の聖歌』を歌わせた。瘴気汚染されていなくとも『安心を買う』にはやむを得ない。開拓者の名前と『私が浄化しました』のキャッチコピー付きの米は飛ぶように売れて、なんとか利益が維持されている……そんな状態だった。 「封鎖は解かれても観光客の足が落ちているし、どうするか」 「人を呼ぶには、やっぱり珍しい祭だよ。御船祭やったら? 川魚も美味しい季節になった。縁日やって、警備に開拓者よんで、賑やかにやろうよ。夏の白原祭も控えてるし、楽しいことを沢山やって、暗い気持ちを吹き飛ばさないと」 御船祭とは、大漁と川上安全を祈願して、数年に1度行われる祭礼だ。 歌子の歌う御船歌や囃しにあわせて、数百人の曳き手に曳かれた、御輿を乗せた神船が陸上渡御する勇壮な行事である。大通りを川に見立て、木枠を敷いた地上を神輿船が泳ぐ。若衆らが船べりにぶら下がって船を左右に激しく揺らすと、摩擦で船底から煙があがるという。 かくして白螺鈿の御船祭が開かれることになった。 ところで。 この御船祭には怪我人が絶えない。 何故ならば、船にしがみついた連中が、屋根の人々を落とす事に熱意を注ぐからである。 しがみついた人々は川の神の使者であり、試練を与える大波の化身。 最後まで生き残れたら川の神のご加護だというが……? |
■参加者一覧 / 鈴梅雛(ia0116) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 珠々(ia5322) / からす(ia6525) / 叢雲・なりな(ia7729) / 和奏(ia8807) / 萌月 鈴音(ib0395) / 叢雲 怜(ib5488) / 緋那岐(ib5664) / 蓮 蒼馬(ib5707) / 月・芙舞(ib6885) / 巌 技藝(ib8056) / 鍔樹(ib9058) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 暁 久遠(ic0484) / 島原 左近(ic0671) / 色澤 叶(ic0708) / 雨地 波麿(ic0779) |
■リプレイ本文 その船は陸上を泳ぐ神輿の船である。 人々は大通りを川に見立て、地面に敷いた木の板の上を滑らせるように、巨大な船を曳き回す。側面にしがみついた人達が、揺らしながら大波を演出していく豪快な祭だ。 神輿船の上に、勇気ある者たちが登っていく。 「お船の上ってたかーい! 直羽ちゃん、頑張ろうね!」 命綱をした水鏡 雪彼(ia1207)が、弖志峰 直羽(ia1884)の手を握る。 弖志峰はぎこちない笑顔で「うん」と答えた。怪我人が続出する祭りと聞いているだけに『水鏡が怪我をしないかどうか』だけが心配だ。 「……直羽ちゃん、もしかして怖い?」 全く怯える気配のない水鏡に問われて、弖志峰が「そうじゃないんだけど」と言葉を濁らせる。正直に言えば、遠慮なく揺らされる足場には多少の不安があった。しかし龍の背に乗って戦う事に比べれば、さほど大変なことではない……と思いたい。 「大丈夫だよ、直羽ちゃん!」 水鏡が拳を握って意気込む。 「直羽ちゃんが落ちそうになったら助けるの。いざとなれば直羽ちゃんの代わりに落ちるのも厭わないの!」 言い切った。迷いのない瞳だ。 可憐な婚約者の雄々しさに、自信を失いかける約一名。 「う、嬉しいけど、それはちょっと……俺が怒られる、かな」 あの人の娘だなぁ、と此処にいない養父の顔が脳裏をよぎりつつ、握りしめた拳を両手で包み込む。手を繋ぐと、不思議と不安が消えていく。大好きな人に寄り添うと笑顔がこぼれた。 「ふたりで踊って。揺れたら少し足開き気味に踏ん張ってみよう。できるだけ長く立っていたいね。笑顔で沢山盛り上げなきゃ」 「うん」 水鏡の表情にも自然と笑顔がこぼれた。 「落っこちたら確実に摘まれ状態……嫌です、一体どぉーしたら!」 悩んでいた珠々(ia5322)は何かに気付き、不気味な忍び笑いを零し始めた。 「……ふふふ、回避不能なほど大きな揺れがきたら『さすがシノビ汚い』と言われようとも友なる翼で万事解決! さあ一体化を!」 ばっ、と手を差し伸べた先には、迅鷹ではなく忍犬がいた。 つぶらな瞳で珠々を見上げている。硬直している主人など気に求めず、神輿船の屋根の上を楽しそうに駆け始めた。爪でかちゃかちゃ屋根をひっかき、ぷりぷりもふもふのお尻を向けてくる。 「……って、風巻ちゃんんんん?!」 珠々の野望、早々に潰える。 噂の迅鷹はお宿でお留守番だ。ところで忍犬でも、この高さは危うい。珠々は慌てて犬の胴体に荒縄を巻いた。 緋那岐(ib5664)も忍犬の疾風を連れてきていたが、こちらは『おい、大丈夫か』とでも言いたげに、生暖かい眼差しで主人を見上げている。 本来なら、妹の柚乃と屋台を巡るはずだった。 「籤運はいいのに、こういう時だけ運悪いよな。しょうがない、こっから柚乃を探すか」 頭を切り替えて、忍犬の疾風の胴に荒縄を巻く。 ふと老人の声が響いた。 「それでは皆様〜、神輿船が出発いたします。開始の音頭は、雪若さまに是非」 雪若。 それは白螺鈿特有の福男を意味する。 雪若に触れて願い事をすると、願いが叶うのだという。 しかし近年、福男が里の人間に誕生しない。昨年も今年も、開拓者から雪若が誕生した。 となると、里人は目を血眼にして雪若を追いかけるわけで。 「よっしゃ、今年限りの福男が気張って行くぜー! 出航だァァァ!」 「雪若さまァァァァァァ!」 雪若の姿を発見した人々が、雄叫びをあげながら動き出した船を追う。 神輿船の上で、扇片手に踊りつつ、燐光を散らす本年の雪若――鍔樹(ib9058)は、声援に応えながら生き生きしていた。祭りは好きだし、腰には漁師時代に教えてもらった結び方で、がっちりと固定された命綱がある。 誰にも追われずに騒げる、この高揚感。 「曳けェェェ!」 「もふ〜」 もふらのいろは丸は、曳き手の先頭を歩いて注目を集めている。 「これもまた風物詩じゃのう」 音羽屋 烏水(ib9423)は神輿船の歌子に混じって、観客の声援に負けじと三味線を奏でていた。 「さぁさぁ、雪若落とした若衆にゃ、ご利益がありそうじゃぞ! 命綱でぶら下がっておれば、周りの者も触れることできるじゃろうし、遠慮はいらんぞぃっ!」 「待てこらァァァ!」 雪若の雄叫び。 音羽屋にけしかけられた若衆が、神輿船を大きく揺らし始める。 「うわあ!」 指が震える。 命綱の結び方が思い出せない。 どうしてこんな事になったのでしょうか。 暁 久遠(ic0484)は青い空に問いかけた。 一瞬、エエ笑顔のじーさんが見えたが、多分気のせい。現実逃避をしても始まらない。 暁は必死に頭を働かせた。確か、酒に酔いつつ、物凄く楽しそうな島原 左近(ic0671)に連れられてきた。気づいたら神輿船の上にいた。正直に告白すると、高い場所は大の苦手で……て、そんな事はどうでもよろしい。 ぐらん、と大きく揺れる船。 「ひっ!」 奇跡的に転がり落ちなかったが、目の前で人が落ちていく。 ざーっと血の気が引いた。 しかし暁の苦悩など微塵も知らない島原は、上機嫌で高笑いを上げていた。 「あっはっは、こういう時こそおっさんの隠れた才能が輝く時よぉ! 楽しんでるかい、せーねん?」 ぽふ、と暁の肩を叩く。 振り返った暁が病人のように青ざめている。 しかし島原は、顔色よりも重大な問題に気づいた。視線が暁の腰に注がれる。 「左近さん?」 「おい! 命綱が解けてんぞ!?」 「……あ」 ぐらん、と再び大きな揺れが襲った。 周囲の歓声が耳に入らない。暁が虚空に放り出された刹那、島原が飛びついた。そのまま落下すると、頭を打つどころの騒ぎではなくなると判断したからだ。抱えられた暁は完全にノビている。側面にぶら下がった島原は、命綱を音羽屋に切ってもらい、行列を離脱した。 「邪魔だ、そこ空けろ! 救護所はどこだぁあぁぁぁ!」 ところで。 水に浸かるかもしれない、と思い込んで水着に羽織ものという薄着をしてきた月・芙舞(ib6885)や巌 技藝(ib8056)は、別な意味で『この格好でよかった』と安心していた。 振り落とされる時に吹っ飛んでいきそうな貴重品や着替えは駿龍のアヤメと炎龍の阿修羅に預けていたし、陸上を強制的に走らされる神輿船は、延々と太陽に照らされる。当然、屋根の上で踊ったりしがみついたりしていれば、長時間日光にさらされるので暑い。 そう、暑いのだ。 よって薄着は快適だ。 「涼しいわね! 祭りの花のひとつになっていればいいのだけど……」 「ああ! 川の神様への奉納の舞を、存分に踊れそうさっ!」 「是非とも祈りを込めて、舞を奉納したいものだね!」 やはり笑顔の女性は華がある。 樹理穴扇子を手に、得意の軽業や舞いで賞賛を浴びる同小隊の二人を眺めつつ、礼野 真夢紀(ia1144)は顔面蒼白で蛙のようにしがみついていた。懐には、やけに楽しそうな子猫又の小雪が一匹。 「たのしーいっ!」 「ひい! 小雪、暴れないで! まゆが落ちちゃ……あわわわ」 ぐらりと揺れる屋根にしがみつく。 命綱をしていても怖い。 むしろ酔う。 「うう、いっぱい遊んでお買い物するはずだったのに、こんなに荒っぽいお祭りだなんて想定外……は! お姉さん? おねーさぁぁぁん!?」 月と巌の姿がない。 どうやら軒下に落下したらしかった。 ゆらゆらぐらりと揺れる船は、荒波に揉まれているかのようで。 「よ、よ、よっ」 左右に動いて均衡を保っていた水鏡達も、足を滑らせた。 落ちる! とわかった時に手を伸ばしたのは愛しい人。 「直羽ちゃん!」 「雪彼ちゃん!」 お互いの体を抱きしめる。 一瞬、弖志峰の脳裏に妄想がよぎった。 『危ないよ、直羽ちゃん! 雪彼を放して!』 『そんな事しない。……君となら、どこへ落ちても構わない』 …………。 ダメだ、恥ずかしい! 赤い顔を反射的に背けた弖志峰が、喉まで出かかった言葉を飲み込む。 格好つけるには、少しばかり勇気が足りなかった。 ぶらりと軒下に吊るされた状態で、小柄な体を壁面に打ち付けないよう守る。終着点まで吊るされたまま街の観光が決定した。 「直羽ちゃん、日陰涼しいね!」 一方、鍔樹も腰を落として踏ん張っていた。 「海より揺れ……うおお! この調子じゃ、どこまで行けるかわかんねェな!」 「これも初夏の運試しですよ。そうでしょう、緋嵐」 「ですー」 のんびりと主人を応援する人妖の緋嵐。 涼やかな青い着物を纏った御樹青嵐(ia1669)は、砕魚符で召喚した巨大な初鰹を大きくしならせ、優雅さを心がけながら踊っていた。踊りは得意ではない、とは本人談だが、体を動かすのは気晴らしに最適である。 麗しい着物に、凛々しい表情。 隙がないくらい整った姿勢なのに……巨大な初鰹が全てを微妙なものに変えてしまう。 もちろん扇の代わりにブンブン振り回せば、誰かに当たるのは必然で。 大きく揺れた瞬間、べちぃぃぃんと鍔樹に当たった。 「これは失礼」 「ぎゃああああ!」 鍔樹、足を滑らせ、空を飛ぶ。 福男だからといって本人に福がくる訳ではない。雪若の福は、周囲にのみもたらされる福というのが定説である。 神輿の壁面に衝突してぶらぶらしている。 「いてぇぇぇ! 落ちちまったモンは、しょーがねえよな。後は他の船上の連中に任せたこんにゃろォォォ!」 足に縋ろうとする里人から逃げるように身を捻る器用な鍔樹がいた。 ついでに。 砕魚符で召喚した巨大な初鰹を振り回す御樹もほどなくして落ちた。 野生の勘で飛び跳ねて、耐え続けていた忍犬風巻も、大波には勝てなかった。 ぴすぴす、鼻を鳴らす宙釣り忍犬。 ぶーらぶーら吊り下がったまま、見えない主人を探す。 流石に可愛そうだと思ったのか、音羽屋が回収して中に入れた。吐かれても困る。 「おーい、この犬を預かっておくぞぃ?」 「分かりましたぁ!」 遥か天空から主人の返事。 神経を研ぎ澄ませた珠々が、周囲の音の中から「せーの!」という掛け声を拾い、屋根を蹴る。色々と能力の無駄遣いだが、練力なんて惜しまない。流石忍び汚いと言われようと落っこちなければ本望。まるで地面で曲芸をこなしているかのようだ。 「生き残ってみせます!」 神輿船が縁日の大通りに差し掛かる。 「おや、悲鳴が……かなり落ちてますね」 神輿飾りが落下した人間なので、かなり異様だ。 人妖の光華姫を肩にのせた和奏(ia8807)が、賑やかな大通りの傍らを歩いていく。 「不思議な気もしますが、楽しそうな神事ですね。活気があって」 神輿船の上で躍る者たちを、なんとかして振り落とそうとする者たちの情熱を感じる。 クラゲのようにふよふよと人の波の中を歩きながら、時折、人妖の光華姫が興味を示した露店に立ち寄る。鮮やかな小間物に造花の髪飾り。宝飾品の数々を選んでは、渡された鏡を覗き込む。光華姫が祭を満喫していると、嬉しくなった。 それは「あれ、可愛いね」という、なりな(ia7729)の何気ない一言から始まった。 縁日の籤や景品の一等は大抵が目玉商品だ。 手を繋いでいた叢雲 怜(ib5488)が「欲しい?」と恋人の顔を覗き込むと、なりなは瞳を輝かせた。 「え、ホントに!?」 「任せるのだぜ!」 射的の店は、砲術士の腕が唸る戦場である。 叢雲が玩具の銃を構えると、ハッとするほど板についていた。本職なので当然といえば当然だが、一撃で狙いの品を打ち落とす。店のオヤジが鳴らす鐘と鮮やかな手際に、周囲の人々が拍手を贈った。 「わぁ! 怜ありがとう! 大好きだよ」 ぎゅ、と飛びつく。 一瞬でも『欲しいな』と思ったものを、とってくれた優しさや、叢雲のカッコイイ仕事ぶりを見れた事が何よりも嬉しかった。 早速、手に入れた髪飾りを付けてもらい、自慢げに道を歩いていく。 「色々な屋台あるね〜、そろそろ何か食べる?」 「屋台で食べ物を買うのだぜ! 串のヤツが食べやすいよね……お?」 美味しそうな肉の焼ける匂いが二人を誘う。 脂ののった肉を串に刺して焼いていた。好みの部位を買いこみ、傍らの休憩所で分け合う。なりなの頬にタレがついたのを見て、叢雲がぺろりと舐めとった。 「怜!? う、あ、ありがと」 「隙ありなのだ。えっと、交換じゃなくて……あ〜ん、だな!」 輝くような笑顔が眩しい。 仲良く食べさせ合いながら、幸せな時を過ごしていた。 縁日をめぐりながら、柚乃(ia0638)は忍犬の白房を抱えて歩いていた。 「兄様どこ行ったんだろうね? 白房」 きゅーん、と鼻を鳴らす。 兄の緋那岐は行方不明。 まさか神輿船の上にいるなんて、柚乃には考えつきもしない。 そもそも神輿船に乗ろうとして『乗り物酔いしやすい体質ならダメだ』と断られていた。 「楽しそうだったのに……残念」 見ていると羨ましくなるので縁日を歩き回り、延々遊んでいたわけだが、兄探しにも疲れ果てて座り込んだ。休憩兼ねて、無料の占い屋を開店する。 取り出したのは、お気に入りのタロット。 「特にお代は取らないので、占いますよー?」 ミヅチの魂流と神輿船を追いかけていたからす(ia6525)は、気づくと射的にどっぷりハマっていた。 狙うのは箱物の菓子だ。 金平糖に干菓子、飴の小箱。 開拓者の間でも名の知れた弓術士である事は、もちろん秘密。銃の扱いは弓とは違うが、鷲の目の技術は遺憾なく発揮できる。バレないように細心の注意を払った。景品は頂いてこそ価値がある。時々大きく外しながら、自然体を演出する。 「じょーちゃん、すげーな。当てる率の方が高いぜ?」 「今日は運がいいのだな」 ぱかん、と打ち抜いた菓子の箱を手元に積み上げていく。 「お、射的か。そこのお嬢ちゃん、イイ腕だな。まあ、開拓者で砲術士の俺がやっちゃあいけない遊びだねえ」 突然現れた第三者。 色澤 叶(ic0708)の声に、からすの肩が少し揺れた。 開拓者でも凄腕の弓術士とバレると、余り宜しくないので景品を没収されないうちに一旦引き上げる。出店で買ったアケビの蔓籠に、菓子の小箱を詰めていく。 「では失礼する」 からすの肩に、色澤が手を置いた。 「まぁ待てって。小さい好敵手も楽しいもんだ。アンタ菓子ばっかだろう。望みを俺に言ってみな。親父ィ、賞品追加しな! 全部撃ち落として俺の腕を見せてやんよ!」 「にーちゃんは却下」 「何ィ!? なんでだオヤジ!」 「なんでもなにも。取れて当たり前の本職に全部打ち落とされちゃ、たまったもんじゃねーよ。俺の店潰す気か」 からすの予感的中。ここは勝ち取った駄菓子を死守する為にも、早々に撤退するのが賢い道である。自ら身分をばらして参加拒否された色澤は、己の財布をおっさんに投げた。 「……ああ? 用意がなくなるってか? 俺の財布、これで買ってこい! 釣はいらねえ!」 勢いで投げつけてから我に返る。 今回の警備報酬がまるっと入っている事に気づいた色澤は、半ばやけになって射的に挑んだ。その腕前は、確かに一般人以上だったが、からすの異様な駄菓子取得数には及ばなかった。 「……酒代がなくなった。……けどまあ、これもまた祭りの醍醐味ってね」 「自ら財を投げるとは……色澤殿は、不思議なお人だな。食べるか? 遠慮はいらない」 ぽふ、と飴の小箱を手渡した。 大通りを駆け抜ける神輿船を間近で見物するには、やはり場所取りが欠かせない。 「ものすごい熱気です。すごく激しいお祭りなんですね。今のうちに買っておかないと」 からくりの瑠璃と猫又のミケに場所取りを頼んだ鈴梅雛(ia0116)と萌月 鈴音(ib0395)は、観覧席で楽しむための食事を大量に買い込んでいた。 串焼きに焼き物、甘いお菓子。 「あとはお茶を買って、全部でしょうか」 「あ、ミケにも……何か買って行かないと……怒るかも」 けれど焼き魚はちょっぴり高い。白螺鈿では元々海産物が高額なことも相まって、炭焼きの出店は軒並みお高めの値段だった。しかしそれも祭の醍醐味。川魚の塩焼きを仕入れた。 「雛ちゃん、戻りますか?」 「はい……あ、少し待ってください」 鈴梅が知り合いの背中を発見して歩いていく。 射的の出店に長居をしていたのは蓮 蒼馬(ib5707)だ。 連れているのは、働いている農場に暮らす、三人の子供たち。そして迅鷹の絶影。 「杏、聡志、小鳥。がんばれよ」 欲しいものは、自分でとってこそ嬉しさが増すものだ。 そこへ鈴梅が声をかけた。 「こんにちは。来ていたんですね、神輿船は、もう見ましたか?」 「雛か。いや。いい席がとれなくてな」 「よければ、ご一緒しませんか? 七つ角の前に席をとってあるんです」 「それはありがたい。このあと三人に食べ物を買ったら、お邪魔させてもらおう」 またあとで、と。蓮たちと別れ、鈴梅たちが席へ戻る。 萌月が、留守番の猫又のミケに魚を差し出した。 「これで……機嫌、直して下さい……」 「し、仕方ないにゃ。今日のところは許してやるにゃー」 「瑠璃さんも、ありがとうございます。これ、お土産です」 程なくして。 飴細工を手にした三人の子供たちと、両腕に料理をかかえた蓮が現れた。 一気に賑やかになった席で、物欲しそうに鳴く迅鷹の絶影に「この間の裏切り、忘れていないぞ」とひと睨み。色々あるらしい。最終的には食事を分けていた。 「あ、雛ちゃん。船きましたよ」 萌月の言葉に、鈴梅と子供たちが立ち上がる。摩擦で煙を上げる神輿船に手を振りながら、蓮は「子供達の笑顔も、楽しい思い出も、幾つあってもいいものだな」と呟いた。 天高い場所で輝いていた太陽も、地平線に沈んでいく。 定められた道順を通った神輿船が戻ってきた時、屋根に残っていたのは、屋根に張り付いていた礼野と、練力を使い果たした珠々と、何故か均衡を崩すたびに持ち直した緋那岐の三人だけだった。 川の神に愛されたらしい三人と、不運にも吊り下がった者たちは、打ち上げの酒と遅すぎる昼食を宴会場で堪能することになった。 懐石の人参を丁寧によける珠々が、席を立つ友人の御樹を振り返る。 「一緒に飲まないんですか」 「のんびり応援してくれた緋嵐に飴細工を買ってあげる約束でして。救護所の様子も見てまいります。また後ほど」 御樹は人妖の緋嵐と初夏の熱気の中に消えた。 救護所では、島原が失神した暁の介抱をしていたし、少しよろけた水鏡と弖志峰が、怪我人の治療に当たっていた。 眠らぬ街の大通りに飾られた神輿船。 夕闇が押し寄せても、人々は屋台の通りを練り歩く。 祭の夜はまだ、始まったばかりだ。 |