【神代】魔の森増殖【龍脈】
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/15 16:25



■オープニング本文

【※当依頼は『【神代】不可侵領域【龍脈】』(猫又ものとMS)とのリンクシナリオです。内容の特性上、両方に参加された場合、片方が白紙として強制的に処理されます。同キャラクターで重複参加されないようご注意ください。】


●瘴気が消える里と瘴気汚染される里


 ――――お前たちはいつか、後悔するぞ。

 大アヤカシ「生成姫」討伐から早一ヶ月。
 五行国では未だ合戦の後始末が続いていたが、五行国の国営研究機関『封陣院』は、合戦で発覚した目に見えぬ【龍脈】与治ノ山城と渡鳥山脈の祭壇の調査と、嵐の壁へと消えた三珠群島の落下島調査に着手しようとしていた。人々は首を傾げる。
『何故、島は落下したのか』
 虚空に浮かんでいた三珠群島の一角が落下し、嵐の壁へ消えた。
 行方は分からない。世界の果てを誰も知らない。
 だが調査地が消えた以上、近隣の島で同様の影響がないか、の調査が精々だろう。他に報告もない以上、落下島については原因不明のまま人々の記憶から消えるだろうと考えられていた。

「蕨の里が残っている?」
 封陣院分室の長、狩野 柚子平(iz0216)が渡鳥山脈上空を航行する商用飛空船から、不気味な報告を受けた。
 瘴気で汚したはずの里が残っている、という。
 蕨の里とは、生成姫の魔の森内部にあった大昔に放棄された廃村である。生成姫はここを汚染せず、浚ってきた志体持ちの子を住まわせて洗脳し、刺客の教育を施していた事が分かっている。
 去る2月、80名を超える開拓者たちが子供を救出し、二度と悲劇がおこらぬように、濃い瘴気が詰まった木の実を使い、意図的に徹底汚染した……はずだった。
「常人は一日と滞在できない場所です。誰かが浄化した、というには利点がない。もう志体を浚って育てようと考える者もいないはず。だとすれば自然に浄化したとしか……」
「狩野さま、大変です! 各地の人里で田畑や井戸、清水が湧く場所から瘴気が吹き出し続けて、急速に汚染されています。魔の森化してますー!」
 大アヤカシ「生成姫」は滅んだ。護大を見ている。消滅したのは間違いない。
 では何故、魔の森が増殖しているのか。
 この世で魔の森を構築できる存在は『大アヤカシのみ』だと考えられている。五行東を支配していた者は滅びた。他の場所から大アヤカシが渡ってきたという報告もない。点在する里の魔の森化は由々しき事態だ。
「前例のない話です。【龍脈】の調査は後回しにしましょう」
 急ぎ、柚子平は五行王と相談した。
 今すぐに汚染里から住民を救出し、被害が拡大する前に魔の森を焼くことになった。
「件の非汚染区域については、どうする気だ」
「瘴気汚染しても汚染されない。我々陰陽師にはお手上げです。生成姫が汚染せずに残した訳ではない……とわかった以上、蕨の里は自然浄化する可能性が高い。精霊力については専門家に頼むのが筋かと。石鏡国の星見家に知人がおります。お任せを」


 石鏡国。精霊が還る場所と呼ばれるその国に、貴族五家と呼ばれるものが存在する。
 彼らは古くより石鏡国の礎を陰ながら支え、その役割は今もなお続いており――。
 柚子平の言う『石鏡の星見家』とは、その中の1つ。『菊』の星見家のことである。
 星見家は石鏡国内外の交渉役を担うことが多く、その為、柚子平も幾度となく当主と対面する機会があり、親交を深めて来た。
 何より、星見家は歴代巫女の家系である。精霊力について精通しているという点においても、今回の任務には適任であると、彼が判断するのも頷ける話であった。

「……おや。封陣院の狩野殿ではないか。久しいのう」
「お久しぶりでございます。ご当主殿」
「堅苦しいのう。靜江でよいと申しておろうに」
 ふぉふぉふぉふぉ……と笑うこの嫗こそ、星見家当主、星見 靜江である。
 御年90にして現役。本人は『そろそろ引退したい』が口癖ではあるが、柚子平の目には、彼女は何年経っても変わらないように見えた。
「して、この老体に何用じゃ? わざわざこんな所までいらしたのじゃ。何ぞ一大事でもあったのじゃろ?」
「ご当主殿は話が早くて有難い。単刀直入に申し上げましょう。実は……」
 魔の森内部に現れた、瘴気汚染しても汚染されない精霊力に満ちた不思議な非汚染区域。
 それが何故起きるのか、またそれは『蕨の里』だけの事象なのか――。
 それを調査すべく、精霊力に詳しい星見家の力をお貸し願いたい、と。
 柚子平の言葉を黙って聞いていた靜江。
 うんうん、と頷き枯れ枝のような手で杖を握り直す。
「なるほど。餅は餅屋に、ということじゃな。……よろしい。引き受けようぞ」
「有難い。是非お願いしたく」
「頭は下げるでないぞ、狩野殿。……そろそろ、うちのボンクラを武者修行に出したいと思っておったところじゃしな」
「そうですか。ご当主殿のお役にも立てそうで何よりです」
「うむ。貸し借りはなしじゃな」
 ニンマリと笑う嫗に、微笑み返す柚子平。
「神代が関わったという護大封印についてや、護大祭壇そばの龍脈調査の案件も残っています。ここで時間を使うのは得策ではありません」
「そうじゃな。なるべく急がせよう。……相手は魔の森じゃ。おぬしもゆめゆめ気をつけてゆくのじゃぞ」
 ――古狸と狐の会談は、恙なくまとまったようであった。


 かくして開拓者ギルドに『意図的に瘴気汚染しても元に戻る、魔の森の非汚染区域の調査』と『五行東で頻発する魔の森の増殖阻止』という、二つの依頼が張り出されることになる。


●増殖する魔の森の謎

 何の前触れもなく田畑や井戸から溢れ出した大量の瘴気。それらは一箇所や二箇所ではなく、複数箇所に渡っていた。名もない小さな里にいた小動物が根こそぎ死に絶え、作物や草木は枯れ、代わりに魔の森独特の植物が急速に成長して、各地の集落を飲み込んだ。
 大アヤカシが滅んでも、新たに生まれ、増殖し続ける魔の森。
 そんなものは聞いたことがない。
「人命が第一優先です。ちなみにアヤカシ被害が今まで殆ど報告がない小規模集落ばかりに、魔の森化が報告されています。拡大する前に焼き払わねばなりません」
 住民には辛い話だ。
 だが魔の森化が悪化すれば、人が住めない土地になる。今ならまだ、焼き払えば生活を立て直すことができるはずだ。最も何故『局所的な魔の森化』が始まったのか。この原因を解明しないかぎり、益々同様の現象が各地に現れる可能性がある。
「原因を解明しないといけませんね」
「里を燃やす前に調査が必要です。ですが如何に小さくとも魔の森。瘴気汚染されない保証はありません。万が一、汚染された場合、今回の治療費は五行で手配します。ですが命は一つ。油断は禁物ですよ。私は動けないので、人妖の樹里を報告兼案内役で飛空船に同伴させます」
 こうして開拓者たちは五行の東へ旅立った。


■参加者一覧
/ 北條 黯羽(ia0072) / 真亡・雫(ia0432) / 酒々井 統真(ia0893) / 胡蝶(ia1199) / 大蔵南洋(ia1246) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 喜屋武(ia2651) / 鈴木 透子(ia5664) / 劫光(ia9510) / フェンリエッタ(ib0018) / ジークリンデ(ib0258) / ルヴェル・ノール(ib0363) / 萌月 鈴音(ib0395) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 蓮 神音(ib2662) / 杉野 九寿重(ib3226) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 緋那岐(ib5664) / 黒木 桜(ib6086) / 羽紫 稚空(ib6914) / 羽紫 アラタ(ib7297) / 羽紫 雷(ib7311) / 朱宇子(ib9060


■リプレイ本文

 フィン・ファルスト(ib0979)たちが鷲獅鳥ヴァーユに騎乗し、空を舞う。
 眼下に広がる里と、里を覆う小さな魔の森にファルストは愕然とした。
「瘴気汚染どころか魔の森!? 生成姫は倒したのに何で」
 答えを知る者はいない。
 過去に大アヤカシ消滅後に増殖する魔の森を見た者はいないのだ。
 蓮 神音(ib2662)が奥歯を噛み締めた。
「今は何が起こってるのか解らないけど……無事な住民の救出が最優先だね! 飛んでアスラ!」
 駿龍アスラが降下していく。
「そうですね。とにかく急ぎましょう!」
 近寄る眼突鴉を長槍で引き裂き、ファルストたちも里を目指す。

 救出班に続くのが里の調査班と魔の森破壊班である。
 飛空船から遠ざかる背中を眺めた萌月 鈴音(ib0395)が、仲間の安全と調査の達成を祈った。
「瘴気の発生源を……できるだけ細かく絞れれば……手掛かりを得やすくなります」
 人の話を聞くにも、細部まで覚えているか怪しい。
 朱宇子(ib9060)が俯く。
「……里の人たち、きっと辛い思いをしてるんじゃないかな」
 ある日突然、自分の故郷が魔の森に飲まれたら……と想像するだけで胸が潰れる。
 鈴木 透子(ia5664)が相槌を打つ。
「ですね。こちらの質問に答えるどころじゃないかもしれないです」
 矢継ぎ早に尋ねたくなる気持ちを抑えて寄り添う配慮が求められる。
 緋那岐(ib5664)も何から話しかけるか悩んでいた。
「だよな……人間、いきなり面と聞かれても答えられないもんだ」
 ひとまず飛空船まで運ぶのに、移動の足が足りないことも考慮して、弖志峰 直羽(ia1884)と喜屋武(ia2651)も出た。弖志峰は地上に降りるついでに、因幡の白兎で清浄な水源も探してくるという。
 そして地上では救出が始まっていた。
 降りる前、真亡・雫(ia0432)は甲龍ガイロンに「捜索中はあまり咆えないでね。子供たちが吃驚してしまうから」と言っていたが、甲龍の吠える元気を奪う程度には、濃い瘴気が漂っていた。木々が朽ち果て、不気味な植物が急成長している。
「瘴気が濃いですね……単独行動は危険ですし、捜索は班を組みませんか。僕の方は心眼を使って探して、緊急の時は狼煙銃を使います」
 真亡の言葉に大蔵南洋(ia1246)が頷く。
「そう致そう。二班に分かれるとして……何分、この顔でな。住民を益々怯えさせては元も子もない故、子をあやすのが得意な方あれば是非同行願いたい」
「神音がついてくよ! 玩具もお菓子も準備万端!」
「私も行くわ。心眼の準備はしてきたし」
 各班に心眼が使える者がいた方がいい。フェンリエッタ(ib0018)も手を挙げた。
「じゃ、あたしは真亡さんと一緒で」
 救出班は、大蔵と蓮とフェンリエッタ、そして真亡とファルストの二手に分かれた。
 早速フェンリエッタが意識を研ぎ澄ませ、気配を辿る。
 心眼の技術では生命体とアヤカシの区別はつかない。小規模とはいえ魔の森化している集落の中から、瘴気が入り込んで変異した動物と人間を区別するのは至難の業だ。
 焦る背中に大蔵が声を投げる。
「幸いにして戸数は然程多くない。虱潰しに見て回ることと致そう」
 強力なアヤカシには巡り合わないのが救いだ。
 フェンリエッタの刀が澄んだ梅の香りを放ち、玄関前の屍犬を切り倒す。
 大蔵が戸を叩いた。
「救出に来た開拓者だ。開けて頂きたい」
「わかった!」
 顔を出したのは窶れた家人。泣き疲れた幼い子供たち。
 水瓶は空っぽだった。田畑や緯度が汚染された以上、恐れて何も口にしていないのではないか――、そんな大蔵の予想は的中した。家に閉じこもった者達は、家の中にある物だけで凌いでいたのだ。念の為に持参した岩清水を飲ませた。
「水も食料も底をついて、もう死ぬしかないと」
「まずは落ち着かれよ。我らが参ったからには心配いらぬ。責任を持って安全な場所までお送りいたす。暫くは我らがアヤカシの侵入を防ぐ故、身支度を整えて頂きたい」
 普段は人に恐れられる強面も『真摯な態度』を印象づける事に一役買った。
 大蔵が戸を守り、身支度の手伝いはフェンリエッタ達に任された。
「この里は魔の森に飲まれています。国は、瘴気汚染が広がる前に焼くと決めました」
 故郷を失うことは辛く苦しい。
 だが命にはかえられない。
「持ち出せそうな小物で、大切なお品があるなら運ぶのを手伝います。風呂敷に詰めてください。大きな家財は……ごめんなさい。長居はできません、急ぎましょう」
 空腹の幼子にクッキーを持たせて抱え、大人に荷物を纏めさせる。
「お外はアヤカシだらけだよ」
 蓮が怯えている子供の手を握り締める。
「怖いの? お姉ちゃんたちがいるから大丈夫だよ! 外には強い人も来てる。絶対傷つけさせたりしないよ!」
 太陽に似た眩い笑顔。護衛に自信がない姿では、人々をを安心させられない、と考えてだ。持ってきたうさぎのぬいぐるみを抱えさせて「目を瞑ってる間に、おっきな船にいけちゃうからね」と背負った。

 同じ頃、ファルストたちも住民に接触していた。
 鷲獅鳥ヴァーユたちに家の周囲を見張らせ、気品ある振る舞いで里人に安心感を与える。泣いていた子供には、もふらのぬいぐるみやキャンディボックスを与えて気を紛らわせた。
「ほら、もふらさまだよー。一緒におでかけしようって」
 子供を誤魔化し、家人と共に外へ連れ出す。
 大人も子供も龍にびくりと震えた。真亡が尋ねる。
「……近くで龍を見るのは初めてですか?」
「そ、空を飛ぶのは時々見るけど、殆どアヤカシも出なかった里だから縁がなくて」
「大丈夫、この龍は分厚い鎧でキミ達を護ってくれるから。僕達を信じて」
 空は寒いからと毛布を羽織らせる。 
 だが龍は本来一人乗りだ。無理にのせても二人が限界。安定して飛ばすのは難しく、その状態で戦うことは困難だ。そこで迎えに来た事情聴取班と共に里人を連れて行く。
「もう安心です」
 甲龍テラレックスで降り立った喜屋武が、体の弱った大人の病人を筋力を増幅させた腕で担ぎ上げ、瘴気汚染が悪化しないうちに速やかに飛空船へと導く。


 住民救出と並行して里内調査班が時を惜しむように散っていく。
 魔の森拡大を阻む為、早く里を焼かねばならない。
 しかし焦る節のない羽紫 稚空(ib6914)は、黒木 桜(ib6086)の手を握っていた。
「桜、俺のそばから離れるなよ、なんせお前は俺の大事な……つ、妻になるんだからな」
 見守りながら溜息を零す羽紫 アラタ(ib7297)……そこへ甲龍クラトスをつれた羽紫 雷(ib7311)が割り込む。
「ち〜ちゃん、あっちゃん、少し休もうよ〜桜ちゃんも、休憩とらないと頭の回転率悪くなっちゃうよ。桜ちゃん、疲れたら俺の相棒に乗ってもいいからね!」
 余りにも呑気な四人に、人妖の樹里が雷を降らせた。
「そこ! 此処は急速に魔の森化してて時間ないんだから動く!」
 猫又の白虎が稚空を見上げ「それみろ。大事なものを守るのはいいが、依頼はしっかりこなせ」と苦言を呈するが「わかってる、頼りにしてるぜ相棒」と気楽な返事が返った。真っ黒な毛並みの管狐を召喚したアラタが双子の弟を引きずっていく。
「悪いが、いちゃつくのは依頼が終わってから幾らでもやってくれ。今は調査が大事だ」
「さくらぁ〜」
「それでは月さん、一緒に捜査を御願いします。気づいた事があればすぐに……あら?」
 桜の足元に羽妖精の月が落ちていた。声も弱々しく「心配、する必要は、ない。主のためなら……どんなことでも……」とか呻いている。長話で瘴気汚染されていた。
 元々人里だと思って気を抜いてはいけない。
 ここは魔の森化しているのだから。

 とはいえ。
 目的なく見回っても、異変を見つけることは不可能だ。

 地図を手にしたルヴェル・ノール(ib0363)は、甲龍ラエルに「ここで暫し待て」と汚染外へ待機させた。懐中時計「ド・マリニー」の針は、里に接近した段階で瘴気側に振り切っている。
「……ふむ、興味深いな。私は汚染の影響の規模を調べよう。境目を地図に書き込んでくる」
 炎龍火太名に乗って里へおりた劫光(ia9510)と、甲龍黒嵐で降り立った御樹青嵐(ia1669)の二人が『瘴気回収』で瘴気の程度を確かめたが、濃い瘴気を孕んだ里は魔の森と遜色がない。
 御樹の表情が暗く陰る。
 滅びて尚、禍根残していく大アヤカシは本当に厄介なものだと、溜息を零した。
 速やかに調査を始めたネネ(ib0892)が、人魂を上空へ放つ。
 意識を共有した式の目を通し、瘴気が吹き出している場所を確認しては、地図上に書き込み始めた。
 劫光も里内に人魂を飛ばしたが、唐突に噴出した瘴気に当たって人魂が消えた。通常、魔の森の中ですら悠々と飛ぶはずの式が落ちた以上、かなり有毒だと推測される。
「紛うことなき魔の森だな。ここで発生した瘴気が、他の土地に噴出しているのではないか?」
 しかし同条件の瘴気噴出が各地で同時期に発見されている以上、どの里の瘴気が発生源なのか判別しようがない。
 ノールは酒々井 統真(ia0893)たちを振り返った。
「瘴気が突然吹き出す……か。地下に何かあるというのか」
「調べるっきゃねぇな。確かに飛び地の魔の森となると、怪しいのは地下だ。畑や井戸から噴き出たっつーことは、……水か」
 酒々井がネネの持つ地図を覗き込む。
「川や井戸は何処だ」
「この辺の田畑なら用水路から取水してるはずだし、井戸から水脈に繋がっているはずです」
「井戸なら私たちにお任せですね」
 駿龍青龍と駿龍ポチが地へ降り立つ。
 井戸の位置は、杉野 九寿重(ib3226)が船へ向かう住民から聞き出しており、胡蝶(ia1199)が地図で確認していた。
「頼む。もし水が汚染されてるなら、最終的に水が流れ込むだろう川にも瘴気汚染がいってるかもしれねぇ。俺は川を見てくるか」
 酒々井は川へ、胡蝶と杉野は井戸へ。
 ネネと御樹が、田畑の水源調査に向かう。
 劫光もまた人魂を飛ばして、重度の汚染場所を探しにいく。

 井戸からは、時々思い出したように瘴気が吹き出していた。
 杉野が心眼で生き物やアヤカシの存在を探ってみたが、特に脅威の反応は感じられない。
 胡蝶は掌に光を帯びた式を出現させた。
 人魂と共に投げ入れた。水面は澱んでいる。
「井戸の底でも探る?」
「見てみるしかないですね。胡蝶、縄が解けないよう結んでください」
「まだ水遊びする時期には早いけど……そうも言ってられないか。井戸の底に降りて、声が途切れたら引き上げて」
 杉野の荒縄を命綱に、井戸の底へ降りていく。
 胡蝶の体が淡く輝く。
 瘴索結界で瘴気を探ろうとしたが、目を回してしまった。里は濃い瘴気が滞留し、小さな虫や鼠など小動物の死骸がアヤカシ化していてキリがない。
「アヤカシになる前の瘴気と区別つかないんだったわ……ぐっ!?」
 突然吹き上げた強烈な瘴気に、夜光虫が消え、胡蝶が喉を詰まらせた。
 何処かに風穴は見られなかった。

 その頃、畑の畦道を歩くネネは珍しいものを見つけていた。
 瘴気の中で美しく咲き誇る黒い花を。
「もしや闇百合?」
 魔の森奥地でも、極稀にしか発見できない希少植物だ。
 生成姫が各地の汚染に使ったのは、木の実の形をした瘴気だった。ならば瘴気に反応しやすい樹や花、瘴気を呼び込みやすい植物があるのでは……と探していて、この希少種を発見した事に驚きを隠せない。
 幾度か魔の森に踏み入った経験のあるネネも、現物を目にするのは初めて。
 ネネが闇百合に手を伸ばした。一本手折る。
 漆黒の百合は瞬時に枯れた。
「本の通り……」
 古ぼけた文献は語る。
 魔の森にしか咲かぬ闇百合は、禍々しくも可憐な花である。
 摘み取ると瞬時に枯れてしまう。かつて闇百合の美しさや儚さに心奪われた陰陽師たちが、人里へ持ち帰ろうと情熱を燃やした。瘴欠片で瘴気を分け与えたり、汚染土を運んで根ごと移植を試みたが……悉く失敗して枯死。
 結局のところ、凛と咲き誇る闇百合を見る為には、魔の森の奥地を延々と探し回るしかない。そんな結論が出ている。
 同じ闇百合を、里を歩く劫光の方も見つけていた。

 ところで酒々井は不思議なものを見た。
「……どうなってんだこりゃ」
 2つの川が流れていた。片方は汚染された里を通る川で、水は汚れきっている。けれど汚染里から少し外れた川は澄んでいた。距離は十数メートルもないだろう。
 この現象は用水路でも見られた。
「山脈から川が伸びている以上、水源は同じはず……汚染された川も、里に到達する前の段階では魚も生きてるが、汚染地域に入った途端、死んだ魚が浮いてるっつーと、どうみても里の瘴気にあてられてるな。……水が原因って訳じゃないのか」
 これは何を示すのだろう。


 救出班と調査班の撤退を確認したあと。
「さて、救出した住民の話とかは頼むぜぃ。こっちは安全に素早く焼き尽くさねぇとな。全部回ったら、寒月で追いかけるさね」
 仲間に一声投げて龍に乗り、北條 黯羽(ia0072)が里の反対へ回る。
 ジークリンデ(ib0258)と手分け作業だ。
「急ぎましょう」
 鷲獅鳥クロムに乗り、天を目指したジークリンデが、上空で手を掲げる。
 地表から噴火するかのように炎が巻き上がり、家屋を包み込んだ。瘴気が吹き出していたという井戸の位置に狙いを定める。頭上に火炎弾が召喚され、井戸を狙って放たれた。大爆発が巻き起こり、周囲40メートルを焼き尽くす。
「焼き跡に魔の森として復活する気配がない……新たな大アヤカシがいる魔の森、というわけではないのですね」
 首をかしげた。
 一方、北條は建物に誰もいないことを念入りに確認していた。
 人里の魔の森化。
 理不尽への悲しみも憤りも、ここの住民こそが最も相応しい。そう考えた。
 躊躇いや放置は、魔の森拡大に繋がる。
 風向きを確かめて松明を配置し『魔の森』に火を放った。北條の召喚した獣は、激しい業火を撒き散らす。斬撃符で、焼け残りそうな建物や頑丈そうな井戸も淡々と潰して回った。気休めだが汚染された井戸を旅人が使ったりせぬように。
「……贅沢な焚き火だぜ」
 轟々と燃え上がる炎を背に、柱や屋根が焼け落ちていく音を聞く。
 北條は弾ける火の粉と、天へ昇る黒煙を見上げた。
「大勢を守る為に里を焼く。皮肉なモンだなァ」
 もうここは『里』ではないけれど。
 帰る場所を失う事実は、里を愛した者の心を押し潰そうとするだろう。けれど。いつの日か帰郷を望むなら、這ってでも生きていくしかない。体は遠く離れても、心を里に残せるかが試される。北條が飛空船を見た。
 紋章の刻まれた神衣が、ひらりと風に揺れた。


 複数の里に渡る救出は、途中、真亡が狼煙銃を打ち上げる緊急事態が起こったものの概ね予定通り行われた。瘴気感染がひどい者は一旦、浄化が行われてから避難先の里へ運ばれていく。
 飛空船内では鈴木が反魂香を焚き、心安らぐ香りの中で「大変でしたね」と労わって甘酒を振舞った。
「国からの支援が始まっています。これから仮住まいまでご案内しますが、開拓者が皆さんを護衛します。困ったことがあったら何でも言って下さい」
 鈴木は泣き言にも真摯に耳を貸す。
 愚痴や弱音に手がかりが隠れているかもしれない。大人も子供も見るものは違う。
 一方、緋那岐は駿龍の月牙が運んできた怪我人の治療をした。
「これでよしっと。なぁ、爺ちゃん。ここんところ何か気になった事ないか?」
「霧の代わりに瘴気が湧いた以上にかい?」
「なんて言えばいいのかな」
 質問の角度に困る。
 萌月も年配に声をかけた。
「瘴気が吹き出す前に、植物が急に枯れ出したり……村で祀っていたものとか……ありませんか?」
「平凡な祠しかないよ。畑の野菜は瘴気が吹き出してから一気に枯れたんだ……去年は実りが薄くても米は収穫できたのに、全部ぶち壊しだ」
 朱宇子は衰弱している者を優先的に当たる。子供にはチョコレート等のお菓子を与え、同じ目線に屈んで穏やかに話しかける。
「田畑や井戸から瘴気が噴き出したと聞いたんですが、最近農作や水汲みをしていて、異変はありませんでしたか? いつも通りの春だったんでしょうか」
「毎日……川で魚釣ってたし」
 本当に突然の事だった、と人々は口を揃える。
 アヤカシもいない、もふらさまと暮らす、穏やかな霧深い里だったのに、と。
「枯れやすいとか、実をつけないとか、正常に成長しない植物はなかった? この辺は豊作な方なのかな? ここ数年間と最近の違いで気付いた事があれば、時期別に教えて欲しい」
 弖志峰の質問が、後に驚くべき事実を知らしめる。
 聞き込みに勤しむ中で、喜屋武は子供と遊ぶのをやめて、窶れた老人に語りかけた。
「子供たちに、昔話でもしてあげて頂けませんか」
「きかせるような寓話は何も……」
「寓話ではなく里の昔話を。残念な事にはなりましたが、魔の森の増殖が止まれば……いつか里を再建できます。幼い子供たちにも、故郷に変わりありません。昔から続く里の祭、歌、習慣、伝統……里に戻る時の為にも必要なことです。古い物事を伝えられるのは、おじいさんのような年配の方々だけです」
 喜屋武の真摯な眼差しに、老人は「そうかもしれんな」と瞼を伏せた。
 やがて桜の花湯を手に、老人が暇そうな子供たちを呼び集める。
「里の昔話をしようか。まずは虹色に光る苔の話だ」


 移動中、蓮は病気の人に桜の花湯を提供し、時間があれば横笛で演奏していた。フェンリエッタの精霊の唄が怪我を癒していく。人々が寝静まった頃を見計らって開拓者たちは一室に集まった。
 杉野たちが皆の情報を紙に纏め、ネネやフェンリエッタが地図上に異変の箇所と発生時期を書き込んでいく。
 ジークリンデが天井を仰いだ。
「地脈の流れを知り尽くし、流れを都合の良いように改竄していたのならば、ナマナリという支配者が喪われ、本来の流れに戻ろうとしているのかも知れませんが……」
「……山の神を自称していたのも、力の流れを制御をしていたなら、神に等しい存在といえるのかもしれない」
「制御を失い、高まった力が何らかの方法で拡散した……ということ?」
 ジークリンデと弖志峰、フェンリエッタが地図を凝視し、酒々井が声を投げた。
「だが理由がない里ばかりだぜ」
 生成姫は意味もなく動かない。
 信仰から里に介入して神格化した餌場の里、洪水や雪崩による大災害誘発を狙った事業への干渉、浚った子を育てる為に使った廃村……どこも『干渉に値する理由』があった。ところが魔の森化した里は、小規模で特別影響力があるわけではない。
 意図的に瘴気を遠ざける理由がない。
 萌月が地図を眺めた。
「でも場所や時期を考えても……ナマナリと無関係、と言う事は……無い気が」
 劫光が「奇遇だな、俺もだ」と肩を叩く。
「ありうるはずの無い魔の森内部の浄化、各地で吹き出た瘴気汚染……これらが一切無関係とは思えない。生成姫の最後の予言も……気がかりだしな」
 御樹も「ええ」と頷く。
「私も蕨の里の浄化と、魔の森の増殖が同時に起こったことが気になっています。もしや……蕨の里の方も、浄化してるのではなくて、何らかの手段で里に発生流入した瘴気を別の場所に移動してるのでは」
 だが浄化の原因は、蕨の里調査班の報告を待つばかり。
「分からぬな」
 壁に背を預けていた大蔵が進み出た。
「魔の森の瘴気を寄せ付けぬ程の精霊力がどこからか生み出されていたとして、だ。そのような場所をナマナリは忌み嫌ってはおらず、むしろ積極的に利用していた、と言って良いと思う」
 人が魔の森では生きられないとはいえ、清浄な場所を厭わずに活用し続けた。
「根を辿ると……どこかで一つになるとでも言うのか」
 萌月が悩み込む。
「いずれにせよ。生成の使っていた木の実も……魔の森を発生させかねない瘴気が詰まっていたそうですし………意図的に起こされた可能性はまだ残ります」
 胡蝶が地図上の井戸に印をつける。
「井戸の底に、瘴気の木の実とかはなかったわ。瘴気が空から降ってきてる訳じゃない以上、地下と見るのが自然ではあるけど……壁から染み出している感じだったのよね」
 酒々井も井戸に入ってみたが、瘴気の木の実は見つからなかったという。
「堰みたいなのが壊れたとか、強力なアヤカシの出現とか。そういう話もきかねぇな」
 駿龍鎗真とともに近隣を調べまわった酒々井曰く。
 悪影響が出ているのは『瘴気が噴出した場所』を中心とした一定範囲だけで、汚染区域から外れると、近くの川や沢も澄んでいる。
 ネネが小箱を机に出す。
「枯れてしまいましたが……これは魔の森の奥で、稀にしか発見できない闇百合です。全ての里で発見しました」
 環境の変化に過敏で歴代の研究者が移植不可能だった植物を、魔の森化した里でばかり発見するのは異様だ。闇百合が生育できる条件を、全ての里の土壌が満たしていた、とでもいうのか。
「闇百合が咲き出したのは、瘴気噴出が始まってからで……過去に見たことはないそうです」
 萌月が証言の紙をめくる。
「益々、わからないですね……お話を聞いても、汚染の前兆は……ありませんでした。急激に瘴気が……吹き出した事ばかりで」
 朱宇子も申し訳なさそうに俯く。
「子供たちにも聞いてみましたが、瘴気が吹き出す直前に虫が変異した話はありませんでした。草木が突然枯れる現象もなくて、精々遊び場の清水が湧かなくなった程度で」
 喜屋武は「それぞれ肥沃な土地だったようです」と告げた。
「ご老人たちの昔話によると、里は静かに続いてきたらしいです。隣の里が飢饉に見舞われても、何故か里の田畑は実り豊か。獣たちは群れを率いて現れる事も多く、不思議と食うには困らない。ところが昨年の春頃を境に、実りに陰りが出たとか」
 昔話を語り伝えることで里の再建を掲げさせたのは、生きる気力を取り戻させる以外に、数十年から数百年の単位で、里の成り立ちを調べるという目的があった。
「一昨年までは小さな野良もふらさまも見られたそうです。発見する場所はいつも決まった霧深い場所で……今回、瘴気が噴出してた辺りで、昼寝していたとか」
 饒舌な喜屋武。
「汚れた場所に、仮にも精霊のもふらさまが和むわけないよ、ね」
 ファルストが唸る。弖志峰が地図を見た。
「汚染前は比較的、清浄だったのかな……実はさ、最初に実のない穂が発見されたのは去年の十月頃らしいんだ。田植えは五月頃。突然不作で、他にも春の終わりから夏にかけての作物もできが悪かったみたいだよ。急に土地が痩せたような……ただし、アヤカシや瘴気汚染が確認された訳じゃないから、一見大した話ではないんだけど」
「一年近く前ですね。流石に関係ないのでは……」
「でもさ、青ちゃん。何十年も豊作続きだったのに、今回の汚染と同じ範囲だけ不作になったって……何か変だよ」
 御樹と言い合う弖志峰に「その事なんですが」と鈴木が手を挙げた。
「農耕や狩猟をしていた人の話は興味深かったです」
 別の汚染里の住民にも話を聞いたが、喜屋武と同じ結果が出た。いずれの里も霧に包まれた土地で、恵が豊か。獣も大勢いた。ところが一年ほど前を境に、霧が晴れ、作物は育たず、獣の数は激減。秋には元の実りを取り戻したが、今年の二月以降、例年なら売るほど生い茂る蕗の薹などが全く拝めず、間もなく瘴気が二度に分けて大噴出した。
 噴出時期を聞いたフェンリエッタが「二度?」と問い返す。
「はい」
「そういえば残留者を護送している時に『あの時逃げるべきだったんだ』という言葉を聞いたわ。尋ねたら『海岸沿いの松林から三珠群島へ、紫の蛇が登るのを見た』って」
 朱宇子が手を挙げた。
「私も聞きました。子供たちは紫の虹が島へ伸びるのを二回見たとか」
 ネネが地図を見直す。
「実はどんな間隔で瘴気が噴出しているか地図に記録したんですが、多少の違いはあっても、其々の汚染里から海まで、ほぼ一直線で道筋が並んでいます。紫の蛇や紫の虹がもし瘴気の帯なら……」
 劫光が指を弾く。
「伝承の龍脈か。俺も気になっていたが……アレは全く関わりの無い土地に、別の土地に起きた影響が出る事があるのだと聞く。魔の森や蕨の里の瘴気が、龍脈を通ったとは考えられないか」
「森から流入の可能性は低いと思う」
 弖志峰が首を振った。
「柚子平さん曰く、蕨の里は約300年以上も魔の森に囲まれていたらしい。龍脈に森の瘴気が流れ込んだなら、連続的に瘴気が吹き出してもおかしくない。長年もふらが生じるほど清浄で肥沃な大地、なんて事はないはずだ。今回の噴出量は度を超えてるよ」
 この猛烈な瘴気は、どこから湧いたのか。
 わからない。だがここで『魔の森の瘴気流入』説は薄くなった。
 しかし。
「蕨の里へ長年流入していたはずの瘴気がどこに行ったのか、は気になるところです」
 御樹の疑問は別の調査を待つしかない。


●精霊力と瘴気と龍脈

 開拓者達の調査結果を五行で待っていた狩野 柚子平(iz0216)と、一度石鏡に戻った星見 隼人(iz0294)が合流し、調査結果を纏めていた。分析を聞く為に残った開拓者達も固唾を飲んで耳を傾ける。
「蕨の里も裏松の里も、石鏡の龍脈の延長でしたか。精霊力が吹き出していたと」
 星見が頷く。
「更に南下して、与治ノ山城に渡鳥山脈の祭壇。
 急激に魔の森化した里は、汚染前の様子を聞く限り、石鏡から続く同じ龍脈だな。石鏡に戻って当主に確認したら、虹色に輝く苔の話は、森でも発見された夜光苔の事だ。精霊力に溢れた龍脈上にしか生息しないらしい。匂い立つような霧の発生も、精霊力の濃い証拠だとか。
 しかし。
 片方は精霊力の恩恵で浄化されているのに、何故山脈向こうは闇百合まで生えて汚染が拡大したんだ?」
「……里の不作が始まったのは、裏松の汚染が確認された頃からです」
 約一年前。
 一部の開拓者が魔の森内部の『裏松の里』へ行った。
 この時、裏松の里は既に瘴気に汚染されていた。
 だが同時期に、瘴気が吹き出した痕跡はない。
 柚子平の柳眉が険しくなる。
「裏松や蕨の里の瘴気は、他の地域に一切影響を与えていない。吹き出した片鱗すらない。精霊力の供給を止め、やがて清浄な状態に戻った。つまり『瘴気が精霊力に押し流されなかった』という可能性が高い。
 にもかかわらず、二度に渡る瘴気の大噴出。
 この龍脈に『与治ノ山城』と『渡鳥山脈の祭壇』が含まれる場合、瘴気の出処は明確です。鬻姫と生成姫を、我々は龍脈上で倒しています」
 希儀から搬入した護大を使い、変異した鬻姫と。
 完璧に護大を制御をした生成姫。
 膨大な瘴気を、開拓者たちは『大アヤカシ討伐』の形で龍脈上の大地に注いだ。
「まて」
 星見が人差し指を地図上に置いた。
「龍脈の途中一箇所が汚染されただけで、石鏡からの莫大な精霊力供給が、一時的に寸断したとしよう。枯れた龍脈へ瘴気が流れ込んだ場合、各地へ管のように通す……となればヤバイんじゃないか」
 もし何者かが。
 枯れた龍脈を見つけて膨大な瘴気を流せば、各地で同じ現象が起こりうる。
「問題は、それだけではありません」
 柚子平は出来事を時期別に並べた。
「蕨の里に滞留する瘴気が、何かの作用で精霊力の供給を阻んだ。その間に、鬻姫と生成姫の瘴気が各地に供給されて魔の森化した。龍脈の最終到着地と思しき島へ瘴気が流れた証言は確認されましたが、三珠群島では魔の森化が起こる事なく――落下した」
 莫大な精霊力の代わりに。
 莫大な瘴気が島へ注がれた。
 理論的には、大量の瘴気を吸った三珠群島は汚染される。
 だが現実は違った。精霊力の枯れた龍脈を通って瘴気が島へ到達した結果、汚染の痕跡なく嵐の壁へ消えた。
「狩野殿。天儀史上で大アヤカシ討伐に成功したのは天儀歴1009年の十月が最初だよな」
 嫌な予感がする。
「ええ。我々は炎羅討伐以後、各地の大アヤカシを破竹の勢いで倒し続けてきた。大アヤカシさえ倒せば魔の森の増殖が止まる――と。大地に降り注ぐ瘴気の行方を一切考えぬまま」
 今回。
 地に還った大アヤカシの瘴気が、枯れた龍脈に入ると、各地で害をなす事が判明した。
 ならば。
 龍脈にのらず大地に還り。
 魔の森を再構成すらしなかった……過去に滅した大アヤカシの瘴気はどこへ消えた?
「今まで……何処かに噴出した例はない、よな」
 声が震えた。


●滅びの予言

 かつて。
 精霊クリノカラカミに『朝廷が何を隠しているのか』を聞いた事がある。
『滅び』
 たった一言。
 そして滅ぼしてきた大アヤカシ達も謎の言葉を残してきた。
『お前たちは、無駄なことをしている、のに。……じきに全て……お、終わ……る』
 瘴海は、開拓者の行いを非難した。
 弓弦童子も鼻で笑った。
『塵芥がどう足掻いても、世の理は変えられぬ』
『どれだけ足掻こうと無為じゃ。全ては滅ぶ定めにある。そう遠くないうちに、全てが、の』
『滅びは避けられえぬぞ』
 神に等しい精霊も、大アヤカシも『滅び』を口にする。
 その理由を人は知らない。


『……何百年経とうとも。所詮、人間は変わらぬな』

 脳裏に嘲笑う声が蘇る。
 幾千万の命を弄び、悪戯に願いを叶えて。
 代償の贄を求めながら、慈悲深き神を名乗った生成姫の声が、鮮明に。

『時と共に祖先の言葉も忘れ去り、歴史を都合よく変えていく。目先の物事に囚われ、それ以上のことなぞ考えられぬ。命短き人の、なんと愚かで救いがたき業よ』

 蔑むような。
 憐れむような。
 慈母の眼差しが瞼の裏に蘇る。
 アレは『いつか後悔するぞ』と囁いた。家畜として生かされる幸せを捨てた。護大を制御した者の中で、この世で最も慈悲深いナマナリを屠った罪を思い知る、と。

『神殺しの大罪を背負いし者たちよ。
 決して引き返せぬ、絶望の果てを識るがよい』

 その手で滅ぼしてきた者達の声が、心に重い影を落としていく。